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友人機ウニー  作者: 久米 藍
二章
14/38

夜の密会


 

 ヒト型を排除したあと、ハウヴィ達は羊を四輪のシートに押し込み林を後にした。ソリダンに羊を届けたところ、健康状態に問題はないということだった。戻った時には既に夜が深けていたため報酬は後日となり、その日はソリダンの家に泊まることを許してくれた。

 久々の経口摂取の栄養は得も言われぬ幸福感をもたらしてくれたが、ベットは妙な居心地の悪さを覚えた。ここ数か月を硬いシートの上で過ごしたせいだ。

 与えれらた客室は清潔でもなかったが、身体がかゆくなるほどでもなかった。

既に夜は更けていて、窓からは青白い光が差し込み、宙に浮かんだまま寝転がっているシースの寝顔を照らしている。

ハウヴィはベットから起き上がり、幻覚のおしとやかな顔を眺めた。ハウヴィとウニーで別々の部屋を与えられたため、こちらは自動的に二人部屋だ。

夜風に当たろうと家屋から出ると、外は静かな風切り音を世界に忍ばせていた。玄関前の木造の階段を下りていくと、軋む音が小気味よく鳴る。牧場の柵に近づくと、そこには先客がいた。

「ハウヴィ?」

 柵に背を付けて座り込んでいるウニーが呼びかけた。

「ウニーか? どうしたんだこんな時間に」

 まだ暗闇に慣れ切っていない目で、どうにか彼女を視認する。

「それはこっちの言葉」

「俺は、眠れないから」

「なら、わたしもそれ」

 視線を切ってウニーは目を伏せる。

 なんだそれ、と言い返したくなったが時間帯のせいかウニーの物静かな声音に気勢をそがれてしまう。初めて彼女を見つけた時を思いだした。

 彼女がいたから部屋に戻るというのも、どうなのかと思い、ウニーから三人分の隙間を空けて柵に寄りかかる。ウニーが横目でこちらを見た。

「まだ怒ってるの? これまでのこと」

「これまでって……なんだ?」

「……ほら、わたしイライラしてたでしょ。それ」

 ハウヴィは目を丸くする。車内でのいざこざを彼女なりに気にしていたようだ。

「別に、大して気にしてない。それにお互い様だ」

「だったらどうしてそんなに距離空けるの?」

「……別にこれくらいが普通じゃないか」

「わたしが女だから意識してるの?」

「そんなわけないだろッ」

 食い気味に答えてしまう。いきなりのことで少し動転した。

 そのざまを見て、ウニーは目を細める。

「シースの言った通りね。あいつはこれまで女の子とロクに交流したことなくて異性への耐性がゼロを下回っているから気を付けろって、いつかプッツリきてわたしを襲いかねないって」

「それは絶対に無いから安心しろ」

「そのあと、シースも絶対に無いってすぐに訂正した。そんな度胸は無いって」

「……俺がいない時どんな会話してるんだ」

 癪だったため、ハウヴィはわざわざ一度立ち上がりウニーの隣に腰を下ろした。彼女は変わらず目を細めたままこちらを眺めている。悪手だったと後悔した。

 あの幻覚があることないこと吹き込んでいる可能性がある。そして、それよりも気になることをウニーは口にした。少し逡巡したあと、訊くことにする。

「シース……あいつは結構話したのか? その、俺の過去の事とか」

「……」

 ウニーが突然黙り込むと、ピンときたように眉を上げた。

「そっかー、もうかー、シースの言った通り」

ハウヴィは眉を潜める。「何の話だ」

「いや、関係ないはなしー」

ウニーは愉快そうに答えて、ハウヴィの隣に座り込んだ。

「シースはあまり詳しいことは話さないよ。気を使ってるんだと思う。いい子だよね」

「……そうか」

 初めて自分の知らないシースのことを訊くのは不思議な気分だった。シースは、普通は眼にすることができないようだし、そもそもシースと一緒に行動するようになってから誰にも会うことは無かった。

「あなたは過去に何かあったの?」

 ウニーの質問は、夜半に紛れて煙のように空に上がった。

 会話の流れからして何もおかしいことは無い。それに最初に話題に出したのはこちらだ。

 話すべきなのか、まず悩んだ。そして伝える必要など、どこにも無いことがわかる。これから肩を並べて旅をしていく上で、こちらの身の上など、どうでもいいことだろう。誰かに話してどうにかなる話でもない。

「……話したくない?」

 ウニーの声は窺うような音を帯びた。抱えた膝に頬を付けてハウヴィを見つめる。

 話したくない?──そうだろうかと考えてみた。

したいか、したくないか、その判断の元考えてみる。

それは決まり切っていた。既にシースに話したことがあるのだ。その時にどんな気持ちで話したのか、今もはっきりと覚えていた。

「聞いてくれるか?」

 気づいたら、そう訊いていた。

「話すなら早くして」

 そう言って、からかうように笑う。

 ハウヴィは話した。自分の生まれたイクリル共和国のこと、父親が執行していた職務。どんな生活をしていて、ケチャップたっぷりなオムライスが好きなこと。どんな友達ができて、士官学校に入学してからの地獄の訓練の日々。それでも射撃は好きだったこと。そしてどんなことがあって、自分の責任から逃げ出したのか。

 話してしまえば、三十分もかからなかったような気がした。それでも終えた時には妙な倦怠感を感じて、よく眠れそうだと思う。

「……そっか」

 ただウニーはそう言って、前を向いていた。

 感想を求めるような話でもなかったし、面白いものでもなかっただろう。それでも訊いてくれた彼女に感謝を抱いた。代わりと言っては何だが、気になっていたことを訊く。

「そういえば、どうして今日はあんなことをしたんだ?」

「あんなことって、どれ?」

「ヒト型を排除する時に、何であんな危険なことしたのか」

「あー」と彼女は軽く視線を彷徨わせてから、観念したように言った。

「気になったの。ヒト型ってどんな存在なのか。本当に人の真似事をしているだけなのか。ほら、この村に来た時に訊いたでしょ、倒れているわたしの近くで戦っていたヒト型がいたって。

 もしかしたら大きいほうがわたしのこと守ってくれたのかなって、そう思ったの。だったら嬉しいなって」

 ウニーはずっと笑顔で話していたが、どこか寂しそうに見えた。

 ハウヴィは小型の方ばかり気にかけていたが、ウニーにとっては大型の方が気になる存在だったのだろう。一人でいた彼女にずっと寄り添っていてくれた存在なのではないかと期待していたのだ。だから今日の、あの何かが違うヒト型で実験をしたのだ。本当にヒト型は人類の敵対者なのかを。

結果は期待したものではなかった。ウニーは何かをごまかすように手を振った。

「分かってるよ。あいつらが人類の仇なのは、でもわたしは記憶が無いから、どうしても敵だってストレートに思えなくて」

「俺だって別に憎くてヒト型を倒してるわけじゃない。そうじゃ……ないと思う。ただ生き残るためにそうしてる、敵意は抱いてもそれ以上はない」

 誰に言い訳するわけでもなく、そんな台詞が口から出る。

「でも、あの時の大型は確かにどこか変わってた。もしかしたら特別な個体だったのかもしれない。ほら、進化した個体? みたいな」

 気休め程度の願望を口する。適当な言葉はむしろ気を悪くさせるのではないかと気が気でないが、どうしても彼女の望みを否定したくなかった。

 不思議そうな顔で話を聞いていたウニーは、ふと、おかしそうに吹き出した。

「うん、そうかもね」

 彼女が気ままに笑う姿を初めて見た。その顔を目にして、どうしてか彼女の顔を見ていられなくなる。めまいのようなもので思考が鈍る。

 途端に口が開けられなくなったハウヴィは黙り込む。一通り笑ったウニーも一つ溜息をついてから、静寂に身をゆだねるように黙った。

 宵闇に紛れ全く姿の見えない虫たちが鳴いている。草木が夜風に揺れた。どうしてこれだけの音にまみれて、全く不快にならないのか不思議だった。廃墟都市に潜んでいた頃はこんなことは思いもしなかった。

 今と数か月前、一体何が違うのか。それを確かめるために、しばらく音に耳を傾ける。

 少し肌寒くなってきたため、もう帰ろうとウニーに言おうと横に顔を向ける。

 彼女の身体がこちらに倒れ込んできた。

「……え」

 突発的に起きた非常事態に思考が硬直する。何が起きたのか理解することができない。確かにわだかまりはなくなったが、いくら何でも距離が縮まりすぎだと混乱した頭で思う。耳が熱くなっていくのが分かる。せっかくのいい眠気が吹き飛んでしまった。

「ウニー?」

「……」

 ウニーの応答がない。不審に思い急速に頭が冷えていく。

 こちらが熱くなったのかと思っていたが、どうにも彼女の体温が高い。呼吸も小刻みで、苦しそうだ。

「どこか調子が悪いのか?」

 ウニーを驚かさないよう耳元で囁く。

「……その、おなか」

 途切れつつウニーは答える。

 すぐさま彼女の上着を少しめくり腹部を確認する。そこには赤黒い傷口があった。傷口がかなり発熱しているようだ。

「ヒト型が、木を殴った時に、木片が飛んできて、刺さったの。抜い、たら傷口はすぐに塞がったし、痛みも、そこまでなかったから……大丈夫かなって」

「痛くない訳あるか、こんな傷」

「嘘じゃないよ、ほんと」

 ウニーは徐々にうつらうつらとしてくる。

 どうやら彼女は痛みにかなり鈍いようだ。そうでなければ先程までの余裕な様子が説明付かない。こちらの腕の中でウニーはまどろみはじめる。

「……すご、くねむいから、ちょっとねる……ね」

 そう言い残して、ウニーは瞳を閉じる。青みがかったまつ毛のふちに涙が伝った。

 動かしても大丈夫なのかハウヴィは判断しかねていると、変化が起こった。

彼女の腹部に刻まれた傷口を表皮から生えた触手が包んだ。漆黒の中では目立つほどの光量を彼女の全身が発する。

 ハウヴィの脇腹の傷を治した時と同じ現象が起こっていた。

 ウニーを動かさずに様子を見守っていると、彼女から少しずつ熱が引いていくのが分かり、吐息も落ち着いたものになっていく。

「傷口を直そうとしてるのか……」

 光が落ち着いた頃を見計らって、ハウヴィはウニーを外套で巻いてから抱き上げる。銃器と同じくらい、もしくはそれ以上に軽く感じる。痩せぎすなのはお互い様だが。

「……んぅ」

 ゆったりと閉じた彼女の瞼が、むずがるように震えた。少し赤みがかった鼻が夜気でツンとしたのか、鼻先を外套に突っ込む。

 その様子が妙に面白くて、少しの間見入ってしまう。

「……何やってんだ俺」

 自身を客観視して、頭を振る。こんなところをシースに見られたら半年はネタにされる。

 揺らさないよう気を付けながら、ウニーを寝床へ寝かせるために玄関前まで引き返す。扉が少し開いていた。どうやらハウヴィが出た時に閉め切れていなかったらしい。その隙間から栗色のくせ毛が垂れている。

「もういいのか? もうちょっと堪能してからじゃねぇと勿体ねぇぞ」

「……お前いつからそこにいた?」

 苦々しく訊くと、シースは眼と口を弓なりにしてクククとノドを鳴らす。

「さあて、何時からだろうなぁ。ああ、俺はウニーの方の部屋で一人で寝るから心配すんな。なに、覗きに行ったりなんかしねぇよ、安心しな」

「……俺にそんな度胸は無いんだろ?」

「違いねぇ」

 やかましい出迎えを受けながらウニーを寝室に置いてくる。念のためシースを彼女と同室にしておいた。最後までシースはやかましかった。


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