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友人機ウニー  作者: 久米 藍
二章
13/38

羊飼いのヒト型



 ウニーとシースをソリダンに会わせ事情を呑み込ませた。その際に判明したことだが、やはりシースはソリダンには見えていなかった。そうなってくると、異常なのは見える側であるこちら側ということになる。しかしそこは考えても何の糸口も無いため、答えを出すことは当面諦めることにした。

 報酬の件で食に飢えていたウニーが家畜をもう一匹絞めてほしいと頼み込み、ソリダンは了承した。これで一人一匹だと彼女は満面の笑顔を浮かべていた。

 不足している分の銃弾や武器を支給してもらい、その日のうち行動を開始する。

 村はずれにある林はそれなりの規模があった。

 木々は合間なく幹を伸ばしあい、けもの道も既に雑草が覆い隠している。

「敵影なし、羊ちゃんもなし、思ったより深いみてぇだ。こりゃ奥まで進まなきゃ仕方ないかもな」

 林を一見してきたシースが報告する。

四輪を走らせ周囲からぐるりと窺うが、それだけではヒト型も家畜も見つけることができなかった。仕方なく、徒歩で奥まで歩いていくことになる。

「……わたしも持たなきゃダメなの? これ結構重い……」

 手にした短機関銃(サブマシンガン)を持ち上げながらウニーが言う。

 短機関銃はソリダンから与えられたものだ。使う機会もなく腐らせていたらしい。

「それでもライフルよりは大分取り回しがいいはずだ。射程も威力も控えめだけど、関節や顎下に撃ち込めば効果はあるだろうし、ただ全身に浴びせるだけでも多少の足止めにはなる」

 ハウヴィはカービン銃の軽い点検をしながら答える。

 ウニーは銃の扱いは素人のそれだが、身体能力は数か月共に過ごしたシースのお墨付きだ。近距離だけで活用する短機関銃なら誤射の心配も少ない。

「おっさんは林の中にはヒト型はほとんどいないって言ってはいたけど……本当かよ?」

 胡散臭そうにシースが眼を眇める。

「件のヒト型が現れる前までは定期的にこの中で狩りをしてたみたいだから、危険は少ないと、思う」

 ハウヴィは徐々に自身を失いつつ答える。

「まあ」シースはため息を吐く。

「いつも通りの俺頼みだよな。あーめんどくせぇ、俺には報酬なにも無いのに」

「頼りにしてるよ、相棒」

「今度そのきもい呼び方したらボイコットしてやる」

「いつまでやってんの、行こうよ」

 ウニーがさっさと行こうと林を示す。

 いつも通りシースが先行し、しんがりがハウヴィ、間にウニーを配置する。これが一番安全で一番確実だ。

 草木を掻きわけながら前進する。シースはものともせず進めるが、実態を持つ二人はそうはいかない。

 林は静かだった。しかし、外から眺めた時に感じた静けさとは別種のものだ。

 あちこちの茂みに何かが潜んでいて、こちらの様子を窺ったり、逃げだしたりしている。生息している動物だろう。木の表面を凝視すれば、多種多様な昆虫や羽虫が留まっている。

 騒がしい沈黙、と、そんな感想が浮かんだ。前方のウニーは虫が嫌なのか、樹皮からは距離を取って移動しているようだった。

 ふと、ウニーが少し振り返りハウヴィを盗み見た。

「ん? どうかしたのか?」

 何かあるのか、とハウヴィは訊く。

「なんでもない」

 気付かれていないと思っていたのか、慌てて視線を切ってウニーは口を噤んでしまう。

 何か言いたげにしていたような気がするが、機会を潰してしまったのかもしれない。

「前方に敵影、お目当てが見つかったぜ。運がいい」

 先行するシースが呟くように言う。

 ハウヴィとシースは物音を立てないよう身をかがめて息を殺し、シースが指さした方向を見やる。

 僅かに開けた草原に一体のヒト型と、羊がいた。

 ヒト型は人の背丈ほどの石の上に腰を下ろし、手にロープを握っている。その先に羊が繋がれていて、羊はゆっくりと草を食んでいた。距離は決して遠くない。

「羊の栄養状態は悪くなさそうだな」シースがにかっと笑う。

「たまたまエサが生えている位置でヒト型が止まったんだな。運がいいぜ」

「……ああ、運がいい」と目の前の光景に目を奪われ、気のない返事をする。

どこか違う、とハウヴィなんとなく思った。ヒト型のモノマネは所詮は猿真似だ。インプットした動作を延々と真似することしか能がない。しかし目の前のヒト型の動きには機微がある。ふとした時に羊に顔を向け、様子を確認したらまた虚空を眺めるのだ。

二つの赤い瞳を思いだす。ハウヴィの腹を貫いた小型のことを。ハウヴィは自身の腹部に手を当てるが、あの大きな穴は既にない。

「どしたよ、返事しろや」

こちらの顔を覗き込んで、シースが詰め寄る。

慌てて返事をし、ハウヴィはスコープをずらして照星で狙いを定める。

「この距離なら問題なく排除できるだろうけど、羊が音におどろいて逃げ出すはずだ。それを捕まえられるか?」

「林の中だしな、動物に逃げられたら追うのは骨だろうよ」

 シースが眉をしかめて答える。

「……」ウニーがじっと前方の光景を見つめていた。いや、正確にはヒト型の方を。

「ウニー?」

 ハウヴィが呼びかけると、ウニーはゆっくりと顔を二人に向けた。

「ねぇ、少し試してみたいことがあるんだけど、いい?」

 目を丸くするハウヴィとシースに、ウニーは自身の算段を告げる。

 その内容を訊いて、ハウヴィは頭を振る。

「危険すぎる、それにそんなことを確かめてどうする? 相手はヒト型だぞ」

 先程の自分を棚上げして、そんなことを言う。

「お願い」

 ウニーは言い募ることはせず、ただ目で訴えた。

 ハウヴィとシースは眼を見合わせる。



「……ウニーちゃん、ゴー!」

 シースの合図でウニーは、ヒト型の前に躍り出る。

羊の食事風景をただ眺めていたヒト型は、不意に聞こえた足音に反応し、周囲を見回すと彼女に気付いた。

 ウニーは木立を背にして手には短機関銃を持っているが、構えてはいない。ヒト型はフリーズしたように固まり、じっと彼女の姿を見つめていた。ウニーも見つめ返す。

「……」ヒト型はただ見ている。

「……………………………⁉」

 ヒト型はその双眸をシグナルレッドに染め、ウニー目掛けて疾走した。短い距離がみるみる縮まっていく。

「もうッ!」

ウニーが短機関銃を構え発砲すると、ヒト型の全身を9ミリ弾が叩くが、ヒト型は怯みはしても止まらない。

 あっという間にウニーに肉薄し、ヒト型は右腕を振り上げる。「んッ!」とウニーが身をかがめて躱すと、彼女の頭部を砕くはずだった拳はウニーの背に生えていた木を叩き、拳が樹皮にめり込み、この葉が降り落ちた。

 すんでのところで回避したウニーはヒト型の脇を通り過ぎようとするが、体勢を崩して転んでしまう。

「……!」拳を木から引き抜き、ヒト型は振り返るが、そこで動きが止まった。こちらに気づいたようだ。

 ハウヴィはカービン銃を構えたままヒト型へ呼びかける。

「こっちだ!」

先程までヒト型がいた、大きな石の元にハウヴィは立っていて、カービン銃を羊に向けている。紐を踏んで羊が逃げないようにもしていた。

「!」ヒト型は足元のウニーに目もくれず、ハウヴィの元へ直行しようと走り出したが、その隙をウニーは見逃さない。

「ぁアアッ!」

 転んだまま上体だけを上げたウニーが、引き金を絞り乱射すると、大半の弾丸はヒト型の外皮に弾かれるか、表面を滑っていくだけだが、数発は顎下を撃ち抜いた。

「……ぴぴぴ、がぴ」

 痙攣を起こしながらヒト型は不明瞭な鳴き声を漏らす。

「……後は任せろ」

 ロープを抑えたままハウヴィがカービン銃を構え発砲すると、ヒト型の頭部がはじけ飛んだ。

 ヒト型は膝をつき、うつぶせに倒れ、それきり動かなくなった。

メェェエ、と、どこを見ているのか分からない眼差しの羊が、一度鳴いた。



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