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友人機ウニー  作者: 久米 藍
二章
12/38

たった一人の男

慎重に入り口から外を確認すると、外の小路でこちらに猟銃を向けている男が一人いた。顔には深いしわが刻まれ、日に焼けた肌が男の鋭い目つきと合わせて、威圧感を形作っている。

 ドアから身体をはみ出さないよう気を付けながら、ハウヴィは声を出す。

「何の用だ?」

「撃ってこないのか?」質問を無視して、男は猟銃を向けつつ言った。

「ならいい」

男はあっさりと猟銃を下ろした。「付いてこい。頼みがある」

 そう言って、そそくさと男はどこかへ歩き始める。

「なんなのあれ?」

 いつの間にか近くで控えていたウニーが、胡散臭そうに眉をひそめる。その手にはピストルを持っているが、安全装置は外れていない。

「分からない」率直に答える。

「ここの住人かもしれないけど、得体が知れないな。ウニーはここで待機」

「着いていくの⁉ 信じられない」

 ウニーが目を丸くする。

 あの男がこの周辺に詳しいのは、一人で出歩いていることから推測できる。情報を期待できるかもしれない。しかし、無条件に信用できるほどの愛想と風貌、目つきを男は持ち合わせていなかった。早くしないと男が見えなくなってしまいそうだ。

「……シースが戻ったら事情を伝えて、待機していてくれ。後で俺が迎えに行くから」

 口早に言い、ハウヴィは外へ出ようとする。

「でも単独行動なんて、シースが戻ってからでも」

「生きた人間なんていう貴重な情報源を無視できない。ここで見逃したら二度と現れないかもしれない」

「そうかもしれないけど……」

 これ以上話が長引く前に、外へ飛び出す。男の背中はまだ消えてはいなかった。慌てて後に付いていく。

 男は振り返ることなく歩き続ける。こちらが背中に付いてきているのは気づいているはずだが、あまりにも素っ気ない。男の目的を想像してみるが、見当はつかない。いくら情報が欲しいとはいえ、相手は猟銃を携えている。いつでも対処できるように、カービン銃は腰の位置でとどめておく。

「こんな無警戒に出歩いていいんですか?」

 少しでも情報を得ようと男に尋ねる。

「ここにヒト型は滅多に現れない。最後に現れたのは二十年ほど前だろう。まあ、ここに住んでいるのは既に私だけだから、気にする必要もないが」

 どうやら、現世には未練が無いようだ。巻き添えを食らうのはごめんこうむるため、警戒は緩めない。

 廃村の中をしばらく歩き続けていると、開けた場所に出た。

牧場があった。

広く囲った柵の中を何匹かの牛や羊が草をはみ、のんびりとひなたぼっこをしている。

 牧場を横目に、男は一軒の民家の前で立ち止まった。こちらに振り返り、

「付いてこい」とそれだけ言って、民家のドアを開けて一人中に入っていった。

 流石にかなりの覚悟を要する。屋外なら万が一の時に対処する自信はあるが、屋内は不測の事態に対応するのが難しい。しばらく悩んでいると、男がドアから顔を出した。

「どうした?」

「悪いが、あなたをそこまで信用できない」

 地面を銃口で指す。

「ここで話せませんか?」

 男は一つ息を吐くと、外へ出てきた。先ほどの猟銃は既に携えていない。牧場の柵に寄りかかり、遠くの家畜を眺めた。ハウヴィも隣に立ち、カービン銃を肩に掛ける。

「俺はハウヴィ。あなたは?」

「ソリダン」

「それで、頼みとは?」

 ソリダンはしばらく家畜を眺めてから、こちらを向いた。

「盗まれた一匹の家畜を取り戻してほしい。羊だ」

「……盗まれた? 家畜泥棒を捕まえてほしいってことですか?」

 ソリダンはゆっくりと頷く。

 想定外の頼みに拍子抜けしてしまう。ソリダンの雰囲気からもっと危急な要件だと想像していた。

「既にこの村に住人はあなた以外いないのでしょう。だったら誰が……近場にほかの村が?」

「盗んだのはヒト型だ。一体のな」

「‼」反射的に、ピストルを腰から引き抜きそうになってしまった。

それ程、その存在は敵性存在として刻み込まれている。その様子を見て、ソリダンは初めて笑った。

「数週間前だ。ヒト型が農舎の中から縄の付いた杭ごと羊を奪っていったんだ。咄嗟の事だったんで銃を持っていなくてな、その反省として最近は普段から持ち歩くようになった」

 ヒト型が家畜を盗む理由など、人間の真似事をするため以外に考え付かない。

「それほど前となると、その羊はもう……。どこに連れ去られたかは判明してるんですか?」

「この村の北東に林があって、そこに入り込むところまでは確認できた。それ以上近づくと気づかれそうだったから、そこから先は分からない。既に移動した可能性もあるが、その場合はそれが確認できただけでもいい。死骸が見つかっても同様だ」

 頼みの内容は分かったが、まだ分からないことがある。

「どうして、その一匹に拘るんです? まだ個体数はさほど問題なさそうですが」

 牧場の中にはそれなりの頭数がいる。一人で生活するにはいささか過剰なほどだ。

「死んだ妻がよく撫でていた奴だった」

 ソリダンは言って、耳の裏をかいた。

 最初に相対した時に感じた威圧感が、急に鳴りを潜めた。ソリダンはいつから一人なのだろうかと、余計なことを考える。かつて、彼の隣には共に歩んできたものが立っていたのだ。

ハウヴィにもシースがいる。もし一人だったとしたら、一年すら耐えられたかどうか分からない。

自然とソリダンに好感を持ってしまう。

無条件で協力したくなってしまうが、それは人が良すぎてしまうだろう。

「どうだ、頼まれてくれるか?」

「いくつか報酬を約束してください。まずあなたは地理に詳しいですか? この村がアルミルジ共和国のどこに位置するとか、かつて周辺にどんな都市や町があったとか」

 お互い貸し借りなしで協力するために、取引を提案する。まずは情報を持っているか訊く。

「自信はないが、家に妻の蔵書がある。それを好きにしてくれて構わない」

「銃弾や食料の備蓄はありますか? できればある程度譲ってほしい」

 ソリダンは牧場の中にいる一匹の家畜を指す。

「何ならそこの一匹をご馳走してやってもいい」

「分かりました」とハウヴィは柵から離れ、ソリダンに背を向けて歩き出す。

「仲間を呼んできます。もしかしたら彼女が報酬を上乗せするかもしれませんが、それは後で」

 ソリダンはウニーの存在には気づいていなかったようで、ポカンと呆けていた。ハウヴィはもう一つ訊いておこうと思い続ける。

「そういえば、奥様の名前は?」

 少し目を丸くしていたソリダンは、初めて頬を緩めた。

「……ミーサだ」

 小さく答える。

 そこまで聞き届けて、ハウヴィはウニーの元へ向かった。

 



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