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友人機ウニー  作者: 久米 藍
二章
11/38

アラムの村


 自然に隠された間道。木漏れ日がガタガタの通路をまだら模様に染めている。ひび割れた箇所から、植物が芽吹いていた。あちこちから伸びている枝葉が車体に擦り傷を刻みつけていく。

 風に飛ばされた葉っぱがハウヴィの頬に張り付いた。

 運転席に座っているハウヴィはただ黙々とハンドルを握っていて、ウニーは青に縁どられた目元を横一文字にして片腕を車外に投げ出している。

 そんな二人の様子を見てシースはため息をこぼし、栗色の髪を指で梳いた。

 誰も辺りの美しく雄大な景色に目を向けていない。

 廃墟都市から出発して、既に半年弱が経過していた。

「ここ数週間、ずっと同じ景色の中にいる気がするんだけど、気のせい?」

 ウニーが耐えかねたように呟く。

「気のせいじゃないな」

 同様にうんざりしながらハウヴィは答える。

「迷ってるわけじゃないんだよね」

「判断しかねる。ウニーこそ、適当な方向を指さしてるわけじゃないよな?」

「なに? わたしを疑ってるの?」

「……訊いてるだけだ」

 思わずため息を吐いてしまってから、不味いと思う。案の定、ウニーの目が細くなっていく。

「悪かったわ、なんの確証もない道案内で」

 台詞とは裏腹に避難がましい視線を向けてくる。

「そういう意味じゃなくて、いや、別にそっちに問題があるとか言いたいわけじゃない」

 パン、と乾いた音が響く。

「ご両人、そこまでにしろー」

 今まで静観していたシースが見かねて、仲裁に入った。

 お互いばつが悪く、ハウヴィはここ数カ月で大嫌いになった運転に再び集中し、ウニーは半眼のまま景色を見遣っている。

 外に出れば何か変わるかもしれない。ハウヴィはそんなことを出発時に思っていた。確かに変わった。慣れてしまった。景色にも、相乗りする相手にも。 

良くも悪くも。

 


廃墟都市での生活は本当に楽だったのだと、今のハウヴィなら口にすることができた。慣れ親しんだフィールドで自分の事だけ考えていればよかったからだ。そもそも二年という歳月を生き延びることができた時点で本当に恵まれていたのだ。遮蔽物が多く、ヒト型の生息地が偏っていて、食料な弾薬などが少量とはいえ残っている。てっきり、周りも同じなのだと勘違いしていた。

 廃墟都市を発ってから、いくつもの人の住んでいた跡地を見てきた。ほぼ例外なくただの瓦礫の山と化してしまっていて、ヒト型すら寄り付かない場所ばかりだった。ヒト型がそこを住居だったと判断しないのだ。セットが無いと奴らはモノマネすらできない。

 更地を片手で数えられるくらいのヒト型が徘徊していて、無視するか、それが無理なら排除してきた。もちろん弾薬を補充する当てはない。瓦礫を掘り起こして探すなんて現実的ではなかった。

 楽観視していたわけではないが、三人とも世界の現状を知らなかった。ハウヴィとシースは廃墟都市の外に出たことが無かったし、ウニーに至っては記憶が無い。

 日々目減りしていく弾という対抗手段と、自分たちが何処へ、どの方角へ向かっているかも分からないことへの不信感、みるみる陰気になっていく同乗者の顔など、荒むには十分すぎる要素が揃ってしまっていた。

 この状況をどうにかしなければならないとハウヴィは焦っていた。食事にありつけないことも、なかなかに辛い。ウニーは栄養補給を必要とせず、ハウヴィも彼女を介して問題なく生存できている。ただそこには何の楽しみもなく、嫌な痛みも伴う。死ぬことは無いが満たされることも無い。

これじゃ目的地を目指すどころじゃないぞ、と気を揉みながら、争いの種になりかねない溜息は呑み込む。

「止まって!」とウニーが急に制止の声を上げる。

ハウヴィは慌ててブレーキを踏む。いやな音が鳴り、タイヤから妙な匂いがする。

「どうしたウニーちゃん?」

 四輪が止まると、シースが訊く。

「あれ、道じゃない?」

「道?」とウニーが指し示す方にハウヴィは視線を向ける。

 確かに、そこだけ不自然に草木が生えていない場所があった。四輪をそちらに近づけると、そこには雑草の成長によって砕かれた石畳が敷き詰められている。別の間道だ。

 ウニーが四輪から降り、石畳から何かを拾い上げた。

「これ看板だね。んー、ア…ラム、『アラム』ってところがこの先にあるみたい」

「……覚えはないな。主要都市ではないと思う」

 ハウヴィは少し考えてから答える。

陸軍士官学校に在籍していた際、ある程度の地理は学んだ。しかし、この世界の状況下ではあまり重視していなかったため、各国の主要都市以外は記憶から欠落してしまっていた。

「じゃあ、早く行こう」再び助手席に乗り込みながらウニーが言う。

「今度は形が残っていればいいけど」

 シースは難しい顔をしながら唸る。

「進んでヒト型のいる可能性が高いところには行きたくないが、情報は欲しいな」

「シース、先行していてくれ」

 アクセルを吹かし、四輪を道に沿って進める。タイヤが敷き詰められた石を砕く音が断続的に響く。



 アラムは小さな農村だった。

禿げた田園が数百メートルと続き、ワッフルのような模様を地に描いていた。田園を抜けると、田畑に比べて十分の一の敷地もない崩れた民家が行儀悪く並んでいる。

 民家の密集地の近くに四輪を止めると、シースが先行して近場の民家の安全を確認する。そこを拠点にすることに決めた。

「かなり建物が形を保ってるな。ここら辺じゃヒト型との戦闘が起こらなかったんだろうな。一瞬で住人が淘汰されたか、既に避難した後だったか」

 シースが興味深そうに建物内を浮遊しながら言う。

 こじんまりした室内には、既に営みの気配はない。棚の足やテーブルの足にほこりがこびりつき、腐食しているところもある。役目を果たせず、窓から差し込む陽光を浴びている背もたれの長い椅子が、寂しそうだった。

 しかし、建築物が形を保っているということは、奴らが潜む可能性がある。

「シースは先行して周囲の状況を確認してきてくれ。俺たちはここで待機する」

 民家入り口で周囲を窺っているハウヴィはシースに頼む。

「めんどくせえ」と言いながらもシースはすぐに見えない所まで飛んで行った。

「ふう」とウニーはへこんだソファに腰を下ろすと、ほこりが舞ってむせていた。手にはピストルを握っている。ハウヴィが渡したものだ。形だけの護身用だが。

 ハウヴィも慎重に椅子に腰かける。何とか役目は果たしてくれそうだ。

 二人きりになった途端、静寂が辺りを包み込む。

 数分の沈黙が流れた。 

 先の車内のちょっとした口論が、ハウヴィに気まずさを与えている。しかしこのまま黙っている方が息苦しい。

 同じように考えていたのか、ウニーが意を決した表情で口を開く。

「わたしが眠ってた時、その近くでヒト型が戦ってたんだよね」

 数舜、何を尋ねられたのか分からなかったが、それはハウヴィ達が初めてウニーを見つけた時のことを指しているのだと思い当たった。

「大型と小型のヒト型が戦ってた。大型が負けると、小型は今度はウニーを殺そうとした。だから俺が破壊した」

 そう答えながら、小型のことを思いだしていた。

あの個体は明らかにほかのヒト型と比べて異質だった。瞳を奥に称える光には無機質とは無縁の何かがあるように見えたのだ。

「大型の方は、わたしを守ってたの?」

「大型?」

 小型の事ばかり印象に残っていたせいで、突然大型のことを訊かれてもすぐに答えることができなかった。しどろもどろになりながら答える。

「……守っているように、見えなくもなかったけど、実際のところは──」

言葉を切って、ハウヴィは椅子から飛び上がりカービン銃を入り口へ向けた。

「ヒト型⁉」とウニーは慌ててソファから立ち上がろうとする。

「違う、人間だ」

 外へカービン銃を向けたまま答える。


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