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友人機ウニー  作者: 久米 藍
一章
10/38

たき火を囲んで



 すっかり焦げた肉を噛みながら、ハウヴィは自分が気を失っていたこれまでのことを聴いた。説明はシースがしてくれた。

「お前が小型と戦って死にかけた時に、急にウニーちゃんが目を覚ましてオマエをさっきと同じ要領で治療したんだ。それで外傷は面白いように治ったんだけど、目は覚めなかった。ウニーちゃんの話によれば、血はすぐには戻らないってことだったから、お前が眠ってる間は彼女と一緒に行動してたんだよ。ここら一帯のヒト型は──」

 ここまで訊いて、ハウヴィは思い切りむせた。数々の異常に思考を奪われ、違和感に気付くことができなかった。

 どうしてウニーはシースを知覚してるのかと、ハウヴィは尋ねた。

「ああ、それか、さっぱり俺にも分からん。最初から当たり前みたいに見えていて、俺も最初は驚いたけど。そもそもハウヴィ、お前以外に俺は会ったことも無かったから、彼女が異常なのか、普通にほかの奴らにも俺が見えるのかも分かってない」

  確かめようがないため、保留にしたようだ。

「結果として、協力できたから見えて良かったよ。俺たちはここいら一帯の物資を漁って数か月過ごしてきた。この周辺のヒト型は皆あの小型にやられてたから、平和なもんだったぜ。居住区より快適だった。

  お前は最初死んじまうんじゃねえかって思ってたけど、さっきのやつで少しずつ回復していってな。俺が言うのもなんだけど、ウニーちゃんは得体が知れねぇよ」

  シースとハウヴィは顔を見合わせてから、同時にウニーを見遣る。視線に気づいた彼女は居心地悪そうに口元の肉汁を袖で拭った。

  これまでの事情は、大体把握することができた。そして、今から何を口にするべきかも。

「……ウニー」

ハウヴィは慣れない名を口にする。

「んぅ?」妙に不服そうな声をウニーが出す。

「なれなれしい」

 久々の他人との会話で距離感を図りかねた。シースとの今までの粗暴な会話のせいで敬称を思いだすのすら少しの時間がかかってしまう。

「ウニー……さん?」

「何?」

ぶっきらぼうだがウニーは応答する。

「助かった」ハウヴィは固まった体を折り曲げ、頭を下げる。

「命を救ってくれたことも、あと、経過を見守ってくれたことも」

「……」礼を受けたウニーは黙ったまま毛先を指先で巻いている。特に大した反応は示さない。

妙な反応にハウヴィは傍らのシースを見遣った。シースも妙に空々しい表情で浮いている。

「別に」ウニーが急に口を開く。

「わたしも目的があってやったことだから、まあ、お礼は受け取っておくけど」

「目的?」

 ハウヴィは首を傾げる。

「そう」ウニーがハウヴィを視線で射抜く。

「わたしに記憶が無いのはさっき言った通り、どんな理由があってここに寝ころんでいたのかも思いだせない。けど、二つだけ分かることがある。わたしに備わっている『特異』らしい力のことと、行かなくてはいけない場所があるってこと」

 やけに抽象的な表現にハウヴィは口を挟む。

「場所って、そこが何処かは覚えてるのか?」

「覚えてない」

「……なら」

 どうしようないだろうと、言外に伝える。

ウニーは突然立ち上がり、一方を指さした。立ち上がった勢いで黒髪がひるがえり、天井の穴から差し込む月光が彼女の全身を明かせる。

「方角は分かる。こっち」

「……こっちって、それだけか?」

 気圧されそうになったが、指摘することはできた。

「あと、景色。目的地の風景だけは思いだせる。『花畑』」

姿勢を維持したまま、ウニーは思いだすように瞳を閉じる。

「種類は二つだけだったけど、真っ白な花と真っ赤な花。それが一面に広がってて、寝っ転がると、気持ちいい?」

 囁いて、彼女は眼を開けた。そのまま、すとんと坐りなおす。

 再びハウヴィはシースと顔を見合わせる。シースの反応から、この幻覚は事前に聞いていたようだが、お手上げらしい。

「花畑に何の用があるのか、それも覚えてないのか?」

 そう訊くと、ウニーは膝を抱えながら頷く。

「それでも、わたしは行かないといけない」

 先程と同じことを同じ熱量で繰り返す。目的は既に義務になっていて、そこに疑問を挟むことはしないようだ。

「それじゃあウニーさんが俺が目を覚ますまで待っていたのは……」

「わたしに協力して」

 寄り道なしの直球だ。決意を表すかのように、ウニーの瞳にたき火の炎が映る。

「あなたは武器を扱える。シースに聞いた話ではそれなりにヒト型との戦闘経験もある。弾だってシースと一緒にそれなりに見つけた。わたしは腕っぷしに自信はないけど、あなたの傷を癒せるし、この力を使えば食事の必要だってなくなるのは確認済み。途中で行き倒れる心配もない。

 ともに行動するメリットはある。この周辺だって、いずれはヒト型が入り込んできて危険になる。なら、わたしと一緒に移動して、その先で安住の地を見つければいい」

 そこまで話して、ウニーは答えを聞くために黙った。

「一応言っておくと旅路の足は何とかなりそうだ」

シースが付け足す。

「前に見つけた四輪が動いたからな。整備すりゃまだ働いてくれそうだ」

 悪くない提案だとハウヴィは素直に思う。そもそも、危険を冒してまで都市区画に侵入したのは、他に選択肢が無いも同然だったからだ。彼女がいれば食事の心配はない、これは本当だろう。ハウヴィが数カ月も昏睡した状態でも生きていたのが証拠だ。

 ここにいつかは居られなくなるのも確かだろう。ヒト型は時に不規則な行動を起こす。それが少しずつ周囲に溢れていき、じきにこの場所も元に戻るはずだ。

 いい提案だ。未来に光明がさす。


 それでも、さしたる魅力を感じなかった。口が勝手に返答する。

「断らせてくれ」

 ウニーは少し目を見張っていたが、シースは予想していたのか特に表情は変わらず、口も出さない。

「どうして? 悪くない提案だと思うけど」

 先程と変わらない声音でウニーは訊く。しかし毛先を弄る指先がわずかに早くなった。

「断る理由も無いけど、受ける理由もない」

「理由ならある。あなたの生存確率が上がる。それじゃ不十分?」

 答えを聞いたウニーが、初めて苛立ちをうっすらと見せた。心なしか頬が赤い。

「……そうだ。デメリットが大きい」

 ハウヴィは相手の機嫌など考慮せずに答える。

自分の心がかつてなく冷えていくのを感じた。気づいていなかったが、久々の他人、それも異性との交流で気持ちが浮き立っていたようだ。

 ほんの一時の交流ならば、それも良かったはずだ。しかし、提案を聞いて想像してしまった。

 三人の旅路の光景を。

 

 その後ろをヘドロのようにへばりついてくる視線を。


 それはずっと付きまとってくる。意識しないようにすればするほど、ふと思いだした瞬間に留め金が外れたように吹き出す。

 自責の足枷がずっと繋がれたまま存在を主張してくる。彼女の提案を飲んだ瞬間に、自分の中の彼らが怒声を上げるような気がした。

 こぶしを強く握り込む。小指と薬指が少し痛んだ。

「……言い方を変える。わたしへ、命の恩人へ恩を返して」

 ウニーが手段を変え、治癒のことを引き合いに出す。

「その前に俺は君を助けてる。貸し借りは無しだ」

 ハウヴィは淡々と告げる。

 目の前の少女は訳が分からないだろうとハウヴィは申し訳なく思う。断る理由などないはずだからだ。結局は意地だ。

 一度ケチが着いてしまった人生だから。

 そんな諦めと、楽になりたいという願望。少しでも楽しい気分になれば、ふと足首をつかまれる。ならば、どんな刺激を受けずに日々を過ごしたい。

「逃げんのか?」

 そんな言葉に心臓を掴まれ、ハウヴィは顔を横に向ける。シースがこちらを見降ろしていた。

 ハウヴィと同じ髪色と瞳の色。顔も瓜二つの存在が睨むでもなくハウヴィを瞳に映している。

「ハウヴィ、お前はその子の命を助けた、勝手にな。その責任があるんだよ。死んだなら流石に無効だが、お前は生きてる。そんでウニーちゃんには目的がある。これはもう義務だぜ」

 責任。

『それは私たちが背負うべきものだ。責任だよ』 

 父の言葉が思い起こされた。いつの頃だったか、ハウヴィが父の仕事を疑問に思い尋ねた日。

 父から継ぐはずだった仕事、使命からハウヴィは逃げ出した。

 動悸がする。目の前が明滅し、呼吸が浅くなってくる。

 逃げだした先で、また逃げる。そうしたら次はどうなる。投げ出した問題が小さくなるとでも。これ以上苦しくなるのではないか。

 責任から逃げだす。それはハウヴィにとって耐えがたいものだった。責任に押しつぶされることも、逃げ出すことも怖い。


 この苦しみから逃れたい一心で、一つの考えが浮かぶ。

 ウニーの目的に協力すれば、誰かの役に立てば、いつか自分を許せる日が来るのではないか。

 そんなことを考えた。目の前の少女とは何も関係が無い罪の意識、口に出すのもはばかられるような強引な繋げ方だった。

 慈悲の心など欠片も持たない、自己保身のためだけの発想。

しかし揺れる視界と思考の中、それはものすごく魅力的な提案に思えた。ハウヴィは眼を強く閉じる。

「……協力するよ」

 電源が落ちたように、視界が暗くなり、身体を横たえた。



「もったいない。全部わたしが食べればよかったかも」

 ウニーは既に炭化してしまった肉が刺さった串を摘まみ上げ、小さく鼻を鳴らす。

「ウニーちゃん。礼を言わせてくれ」

 寝息を立てているハウヴィを眺めながら、シースは頭を下げる。

 目の前の男は急に倒れ込み、そのままぐぅぐぅと眠りこけてしまったのだ。

「……別に」

協力した実感も湧かずに頷く。

 ウニーはシースに協力を申し込まれていた。ハウヴィが目を覚ましたら、ウニーの目的に使ってくれないか、と。

 ウニーとしても悪い話ではなかったため了解したが、何故そんなことを頼むのか彼女は訊いていなかった。

「でも、まさか本当に断るとは思わなかった。シースの言った通りだね」

 ウニーは寝っ転がり、枝で薪を崩して炎を弱める。

「こいつは絶対に一度断ってから承諾するタイプだからな」

「そうなんだ」

「俺がそうだから」シースがニヤリとする。

「ビビりなんだろうな、性根が」

 まだ眠れそうになかったウニーは、少しの沈黙のあとにハウヴィを見遣った。

「この人のお礼訊いた時さ、わたし余計なことしたのかなって少し思ったよ。それくらい棒読みだった。助けてほしくなかったのかな?」

 ウニーにとって、ハウヴィは意外な人物だった。話で聞いただけだが、彼は満身創痍のなかでヒト型に捨て身の突進を行ったらしい。そんな話を先に耳に入れていたため、かなり血気盛んで男らしい気質を想像していた。確かに、目つき鋭く身のこなしは堂に入っているが、どこか希薄で生気がない。柔らかい栗色の髪と容貌は、見ればどこかのご子息のようだが、それを否定するように顔に付く生々しい無数の傷。そして常に何かに怯えているような視線の揺れ。

シースは困ったように笑う。「本人に自覚は無いだろうけどな」

「それって、この人のさっきの態度に関係あるの?」

 シースはそこで口を噤み、まるで見えないハンモックがあるかのように宙で寝ころんだ。

「……それは本人から訊いてくれ。俺の口から言うことじゃねえ」

「教えてくれるとは思えないんだけど」

 髪の毛がたき火に当たらないようにしながら、ウニーは寝返りを打つ。シースとハウヴィを視界から外した。

「案外近いうちに教えてくれるかもしれねぇぞ。こいつ寂しがりの家出少年だからよ」

 その言葉にウニーは首だけ巡らせて、シースの背中を見た。どんな顔でシースが言っているのか、ウニーには分からない。

ハウヴィの寝顔が目に入った。ほんの少しだけ、眉間のしわが薄くなっている気がした。

「……まぁ、あんまり興味ないけど」

 元の体勢に戻りながら、ウニーは呟く。



 何とかハウヴィがまともに動けるようになった三日後。ハウヴィはシースと共に四輪があった廃墟へ行き車両ごと引き返した。

 今は車両を太陽の元へ置き、車両上部に付いているアンテナのような形をした太陽光パネルを展開させている。

 それなりに手を加える必要はあったが、長期間放置されていたにしては十分すぎるほど状態はいい。

「手がかりがもう一つあった?」

 ハウヴィは訊き返す。

拠点で待機していたウニーが手掛かりになりそうなものを見つけたという。

「これ」とウニーはずり落ちてくる袖を捲りながら、手にあるものを見せた。

服もいつか何とかしなくてはならないと思いながら、シースと共に覗き込む。そこにはワッペンのようなものがあった。ほとんど黒ずんでいて、どんな柄なのか分からない。

「どこにあったんだ?」

 ハウヴィが作業の手を止めて訊く。

「わたしが倒れていたところの近く」ウニーは答える。

「黒ずんだ布に引っ付いてたこれを取ってきた。わたしに関係あるのか分からないけど、無いよりマシでしょ」

「ワウラ……ディ?」シースが読めるところだけ読み上げる。

「どっかの地名か、組織名かね? どんな紋章なのかはさっぱりだが」

「本当にわたしの物だったのかも分からないし、手がかりって言うほどじゃないかも」

 ウニーはしおらしくなって、ワッペンを放り捨てようとした。思ったより役に立ちそうにないことに気付き、気まずそうだ。

「ちゃんと保管しておいてくれ」ハウヴィはウニーに言う。

「記憶が無いとは言え、ウニーが重要だと思ったんだ。本当に大事なものかもしれない」

「……分かった」

 ウニーは留め金が壊れた肩掛けパックにワッペンを仕舞った。

 それから必要な物資を四輪の後部座席に移動させていく。ウニー達がハウヴィが意識不明であった間にこの辺りで見つけた食料や、乾燥させた肉。銃弾などが主だ。

「準備……ッ完了」と最後の荷物を後部に載せ終えたウニーが助手席に入り込む。

ハウヴィも運転席に乗り込み、ハンドルを握る。

「一度確認させてくれ。ウニー、さんは」

「これからずっとわたしのことそう呼ぶつもり?」

 ウニーは座席の前に備え付いている小物入れを空けながら訊く。

「前になれなれしいって言ったのは……」ハウヴィは息を一つ吐く。

「気難しいな、ウニーちゃんよ」

 二人の中心で浮遊するシースが自身の髪を撫でつけ、意地悪く笑う。

「うっさい」とウニーはシースを叩くふりをした。

 シースはウニーと行動を共にした期間が単純にハウヴィよりも長いためか、彼女はシースには心を開いているふしがある。

 話を聞いてくれと二人を制してから、再び口を開く。

「ウニーは目的地の方向が分かるって話だったが、いくら何でもそれを鵜呑みにはできない。記憶が戻ることを期待するのも気の長い話だ。だから情報収集しながら進もうと思う」

「異論はないよ」

ウニーは答える。

「それと、エスコートみたいな待遇は期待しないでくれ」

「頼んだ覚えもない」

「……」

自分を棚に上げ不愛想だなとハウヴィは思う。

「話は済んだか? 済んだな。じゃあ出発!」

 シースが話を断ち切るように手を合わせる。ハウヴィは四輪を少し進ませ、拠点から通りへ出た。

「ここからはシースが先行して、ヒト型と接敵しないように前進するぞ」

「まって、それより一気に進んじゃったほうが良くない? 全速なら流石に追いつかれないでしょ」

「そんなリスク取れない、事故ったらヒト型の世話になる前にオダブツだ」

「ゆっくり移動しているところを見つかった方が危険でしょ。最高速になる前にヒト型を車内に招き入れるつもり?」

 ハウヴィの消極的な案に、ウニーの強硬的な案が噛みつく。その様子を端から眺めているシースが溜息を吐く。

「……幸先いいね」

 シースの言葉に、ハウヴィはウニーにぶつけていた視線を切る。彼女の方も同様だ。

 がたがたと不安定で不規則な車両は、どんどん進んでいき、やがて廃墟都市を離れていった。





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