幻覚との歓談
ハウヴィは元々民家だったらしき瓦礫に背を付けながら、己の武器を確認する。
カービン銃の安全装置を外し、ピストルの遊底を引いて実弾が薬室に送られていることを確認した。砂色の外套に着いているフードを目深に被り、防弾繊維ベストの上から己の心臓に手を当て、呼吸を整える。
「おいボンクラ! 奴らはざっと数えたところ四体だな」
粗暴な報告に呼吸のリズムが乱れた。知らせは続く。
「近くに二体。ちょっと離れたところに二体だな。距離はいちいち言わねぇぞ。まあ、一発でもぶっ放したらすぐにでも集合するだろう距離とだけ言っておくぜ」
その声は性別の区別もつかないほどに幼い。ハウヴィは頭上から降ってくる声を無視する。
「おい返事しろ聴いてんのか! わざわざ教えてやってんのに、その態度は素晴らしいもんだぜ。肝が据わってる」
「……シース。俺の名前はボンクラじゃない」
「そんなちいせぇ、ちいせぇこと気にしてんじゃねぇよ。ハウヴィ。これが俺とお前の関係性に相応しい呼び方だってことくらい。分かるだろ。分かれよ」
応答があったことが嬉しいのか、シースの語尾は高い。相手にするだけ無駄だが、たまには言い返さないと調子に乗るのだ。
「お前の甘え方は独特過ぎて、鬱陶しくなる」
「きめえ!」シースが身をくねらせる。
「きめぇこと言ってんじゃねぇぞ。誰が、いつ、お前に甘えたよ。ドエムシュミも大概にしろ」
早口でまくし立てるその様は、反撃に焦っていることが丸出しで面白い。
奴らとの距離は決して遠くない。シースはこれだけ大声で喋っても問題ないが、ハウヴィはそうはいかない。今までも誰かの耳元で囁く程度で話していた。
シース相手にはそれで問題ない。
銃身を瓦礫に置き、銃口を奴らに合わせる。ハンドガードに手を添え、
「シースは引き続きサポート。周辺警戒を」
「……お前、俺の話聞いてたのか?」一転して、シースは疑うような眼差しを向ける。「四体いるって伝えただろ。二体までは先手を取って、やれるだろうが、残りの二体をどう処理するんだよ。殺されるぞ」
「この先に行けなきゃ野垂れ死にだ。だったら体力があるうちに賭けに出たい」
奴らに視線を合わせたままハウヴィは答える。
「向こう見ずな若さがかっこいいねー。行ってきまーす」
話にならないと判断したのか、ふざけた態度のままシースは奴らの頭上に飛んでいく。
晴天が瓦礫の山々を照らしている。民家、商店、その他の建築物を混ぜ合わせて完成した瓦礫は、あちこちで三角を築いていた。辛うじて形を保っている建物と瓦礫は半々といったところだ。人類が残した繁栄の残り香が、ショッピングモールの間を吹き抜ける。
廃墟都市。ハウヴィはここを勝手にそう呼んでいる。かつてはちゃんとした名称もあったのだろうが、知るすべはない。知るために家屋の中を物色しようにも、既に先客がいてそんなことをする暇もない。
ハウヴィは少し移動し、民家の二階に上がる。グラグラと床が軋むが、気にせず奴らの動向を確認しようとすると、靴底が何かを踏みつける。見遣れば、子供が抱きかかえてでもいそうな、女の子の人形が顔をへこませていた。
「……悪いな」
ハウヴィは前方へ目を向ける。
奴らは人と同じ五体を持っている。空のような青い目が、煌々と光っていた。
前方に見える二体は廃墟の中にいた。屋根が朽ち壁は崩れているので、中の様子が丸見えだ。片方が椅子に座り、テーブルに上体を投げ出している。その視線の先にはキッチンで錆びだらけの包丁を手に、何かを刻むふりを続けている、もう片方がいる。
大方、料理をする親と、それを待ちきれずにいる子供を模倣しているのだろう。
「まるでごっこ遊びだ」
奴らはこちらを見つけたら、その瞳の色を、嫌らしい赤色に様変わりさせる。
奴らは常時、何かを探し求めるように青い眼孔を右へ左へ動かす。こちらには気づいていないはずだが、その様子が不安を掻き立てる。
「……いつも通りだ。いつも通り」
自分を励ましてから光学スコープを覗き込み、引き金に指を掛けた。
銃口から飛び出した弾丸が、キッチンにいた奴の胸板を食い破った。
「ヒット! バイタルゾーンだ」
ハウヴィが発砲の反動で状況を把握できないうちに、シースが効果判定をこちらに知らせる。
「次」
ハウヴィは銃口を椅子に座ったままでいる奴へ合わせ、二体目を排除した。
「遠方の二体が異常を感知。来るぞ!」シースが早口に伝えた。
「十一時方向から一体。三時から一体!」
素早く銃口をこちらへ向かっている奴に合わせる。奴らは既にアスリートのような速度とフォームで距離を縮めてくる。
焦りを押し殺しながら引き金を引き、近い方の機体、三体目の腹を突き破った。
「命中! おい、今のギリギリだったぞ!」
こちらを焦らせるようなことをシースが口にする。
残り一体。
狙いは既に付けている。しかし、瓦礫の道を大きく腕を振りながら疾走する四体目に、なかなか狙いが定まらない。
「距離五十!」
シースはそれだけ言う。そして、その言葉は「さっさと撃て」と同義だ。ハウヴィは既にスコープをずらし、サイトで標的を見据えていた。
もし、奴の腕がハウヴィの腕を掴もうものなら、ビスケットを砕くような音であっさりと骨が砕けるだろう。首を絞められたら、苦しい間もなく意識が飛ぶ。
死ぬ。そんなイメージがハウヴィの脳裏を占める。
死ぬのか? 死にたくない。
これではだめだ。指が震えてまともに撃てない。
考える。本当か? と考え方の方向を変える。
死にたくないか? 死にたくないと思える資格のある人間か。
余計なことを考える。死んでもいい理由を見つける。
「……」
この瞬間ハウヴィは死んでもいいと一瞬だけ、本気で思った。
「ハウヴィ!」と呼びかけるシースの声を聞き流して、狙いをつける。狙い目は、激しく動くときでもあまり動かない、腰の辺りだ。
一体目を倒したときと同じ態度で、引き金を絞る。