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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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97 君だけを永遠に愛す ⑥

1996年のウルル=カンザスに、ロジェン・ガバルの召喚魔法陣を使用して1002年から召喚して貰い、1996年に帰る方法を思い付いたルーファスは、自信なさげに心配しているウルル=カンザスに、自信を付けさせようと召喚魔法の練習をさせることにします。それは上手く行き、残るはマリーウェザーのことだけになりますが…?

      【 第九十七話 君だけを永遠に愛す ⑥ 】



 ――それから翌々日。


 言葉に表すと、ボウオンッ…という感じのくぐもった音を立て、試験的に使用してみた例の『召喚魔法陣』が、無事に作動する。


 俺の必死の頼みを受け、今から約千年後の1996年に、俺達をこの時代から召喚するという大役を、狼狽えながらも了承してくれたウルルさんは、やはり自信を付けたいと言って何度か実際に召喚魔法を試すことを望んだ。

 そこで俺はロジェン・ガバルの地下にある他の場所に、石版と同じような魔法陣を設置し、その中に俺達四人が実際に立って、ウルルさんには石版を利用しての召喚魔法を本番同様に試してみて貰った。


 結果冒頭に戻り、俺達はウルルさんに召喚され、あの石版上にたった今喚び出されたところだ。


「――うん、問題なく作動しているな。これならきっと大丈夫だ。」


 腰に両手を当てて、石版の召喚魔法陣を眺めながらそう言うと、俺の横で心配で堪らない、と言った顔のウルルさんが呟く。


「本当に大丈夫なのでしょうか…?もしルーファス様に万が一のことがあったら、私は……っ」

「そなた…案外肝が小さいな。一族の長たる者がそのような為体(ていたらく)でどうする。」


 至極他人事の顔をしてシルヴァンは言う。多分これで励ましているつもりなのだろうが、ウルルさんがなにをこんなに不安がっているのか、シルヴァンの方はあまりわかっていないようだ。


 ウェンリーやシルヴァンを必要以上に怖がらせないために黙っているが、実は時空転移魔法や時間を越えての召喚魔法というのはかなりの危険を伴う。

 言うまでもないが、それは施術者の『魔力切れ』が引き起こす、魔法の失敗による()()()()()だ。


 通常の召喚魔法であれば、たとえそれが『人間』であっても、同軸の世界に存在する召喚対象者は、その世界から移動はせずに済むのだが、今回の俺達の場合はそうはいかない。

 〝1996年のウルルさん〟が召喚魔法を発動し始めた時点で、ここを出発した俺達は、『時間』と『時間』の間にある、〝存在しない世界〟に足を踏み入れることになるからだ。


 これはあくまでも俺個人の定義と解釈だと思って聞いて欲しい。


 俺にとっての転移魔法というのは、一枚の紙に直線で結ばれ描かれている、離れた点と点を出発点と終着点と仮定して、紙を折り曲げるように湾曲させ、互いにくっつけるようなものだと理解している。


 これは召喚魔法も召喚対象者を別の場所から〝移動させてくる〟という点に於てはほぼ同じだと解釈していて、その二つの点が描かれている一枚の紙が、"現実に今俺達が存在している世界" という定義で、それにもう一枚、"時間という一定方向にのみ流れる性質を持つ不可視のもの" という、あるのに見えず触れることの出来ない紙を足したものが、『時空転移魔法』もしくは『時間を越えての召喚魔法』だと考えている。


 この湾曲された紙だが、実時間にしてみれば僅か数秒間の転移(召喚)であっても、その時間と場所に距離があればあるほど、出発点と終着点の間にある "歪み" は大きくなる。

 もし転移魔法や召喚魔法の最中、刹那的時間の中で移動途中に魔法が中断されたとしても、これが現実世界の紙上なら、湾曲された状態のどこに着地してもそこは現実世界であることに変わりがない。


 だがこれが、時間という全く触れることも見ることも出来ない紙の上ではどうだろう?


 これを今回の俺達が行おうとしている、時間を越えての召喚魔法に照らし合わせてみよう。


 現実世界の紙の点は、出発点と終着点が同じ場所だから点の位置は動かない。ところが時間の方の紙は、出発点と終着点が994年分距離が離れていることになる。

 では魔法が発動した後、ほんの僅かな実時間だとしても、俺達は994年後の終着点に辿り着くまでの間、いったい何処にいるのか、と言う話だ。


 それが『時間の出発点』と『時間の終着点』の間にあり、湾曲された見えない紙の歪みである、〝存在しない世界〟だ。


 俺はその『存在しない世界』のことを『時狭間(ときはざま)』と呼んでいるが、ウルルさんがこれほどまでに心配しているのは、俺達がその『時狭間(ときはざま)』に取り残されてしまうことだった。


 だがそれについての対応策ももう、俺の方できちんと考えてある。


 ――その物言いにウルルさんは割に合わない、と言った表情を浮かべて不満を漏らす。

 シルヴァンは初めからウルルさんが失敗するとは微塵も思っておらず、ウルルさんの方も俺が大丈夫だと言う以上、本当に失敗したらどうしよう、なんて心配してはいないのだと俺は気付いている。


「…なあルーファス、1996年で俺らはこの場所を確認してねえだろ?もし天変地異かなんかで、ここが埋まっちまってたりしたら…どうすんだ?」


 そう問いかけられた瞬間に、俺は目を半開きにしたくなった。


 またウェンリーは…しなくても良い心配を口に出す。本当は俺を信用していないんじゃないか?


 …と言いつつも、その質問は単なる好奇心で、その顔を見れば本気で心配しているわけじゃないことはわかっているのだが。


「その可能性も考慮して、俺の方でこの部屋全体に既に強化保存魔法を施したよ。だからたとえそこの通路が崩れて埋まるようなことがあったとしても、この部屋だけは残るから心配するな。」


 そのことは俺の方でも〝万が一〟のこととして万全を期している。


「けどそしたら閉じ込められるじゃん。」


 …もう、ウェンリーはなにが言いたいんだ?


 そもそも994年後のこの場所で、ウルルさんが召喚魔法陣を発動させるのだから、そんなことはあり得ないのだ。


 そんな右に行ったらなにがあるの?的な顔をして聞くなよ。まさか本気で心配しているわけじゃないよな、と直前の発言を撤回したくなる。


「なに言っているんだよ、だとしても転移魔法石や黒鳥族(カーグ)の戻り羽根があるだろう?他に魔法で穴を掘って出るとか、今回のように魔法が封じられて使えなかったとしても、脱出用の穴を空けられるくらい強力な魔法石を作ってあるから、なんの問題もない。」


 但しその時は、上に聳え立つ『ロジェン・ガバル』が、崩壊してなくなっちゃうかもしれないけどな、と、俺は笑いながら冗談めかして言い放った。

 ウェンリーは「あ、そうなんだ。」と同じように、あははは、と笑い返したところを見るに、本気で冗談だと思っているようだ。


 だがこれは真面目な話で、本当に非常時のものとして最大威力の『ザラーム・クラディス』級魔法石を作ってあった。

 そんなものをなにに使うのか、って?…実はどの程度の魔法まで魔法石に込められるのか、俺が試験的に試して作ったものだったりする。


 でも心配は要らない。この魔法石には封印魔法も施してあって、たとえ盗まれても、俺以外の他者には使えないようにしてあるからだ。…じゃないと、さすがに危ないだろう?


「――よし、これで試験的な練習は終わりにしよう。後の細かい段取りは、俺とウルルさんで話し合って決めた通りだ。決行は余裕を見て明後日にするから、そのつもりでいてくれ。」


 ここにいる全員にそう確認を取ると、俺達はまたノクス=アステールに戻った。




 ウルルさんの屋敷で解散すると、俺はシルヴァンを呼んで二人きりになり、マリーウェザーについて話をすることにした。


「1996年に帰る方法が見つかって、俺達は明後日にはこの時代を離れる。俺はおまえに、自分に正直になって、どうしたいのかを良く考えておけと言ったが、答えは出たか?」


 俺とシルヴァンは横に並んで、以前現代の方のウルルさんの屋敷で酒を飲みながら話をした時のように、テラスに出て囲いの柵に凭れた。


 そう尋ねたところで、答えが出ているとは思わない。多分俺がなにも言わなければ、シルヴァンは一生悩み続けるだろうからだ。


 案の定シルヴァンは押し黙ったまま、暗い顔をして俯きがちにへこんでいる。


 俺は守護七聖であることや、獣人族の長であることなども除外して、シルヴァン自身が真にマリーウェザーのことをどう思っているのか言ってみろ、と促した。


「――あの当時は一族が滅びる瀬戸際であったことから、もう我にはこの道しかないのだと、自分に言い聞かせることが出来た。だが今は…」


 自嘲するように、ほんの僅かに目元を上げて押し黙り、また思いをはっきりとは口に出来ない。戦闘ではあんなに頼りになるのに、本当に手のかかる、仕様のない奴だ。


「わかっていると思うが、マリーウェザーはもうルフィルディルに帰ることは出来ない。彼女が里に戻れば、俺達の知るルフィルディルの歴史が大きく変わってしまうからだ。そのことと俺達が未来から来たことは、彼女に話したのか?」

「…いや、それが…」


 呆れたことにシルヴァンは、未だ彼女になにも話せてはいなかった。


 それじゃあ彼女が目覚めてからこれまで、いったい傍にいてなにをしていたのかと聞くと、マリーウェザーが妊娠していたことをなぜシルヴァンに言わなかったのか、と言う別れた時の話や、いなくなった息子の話ばかりしていたようだった。


 それはある意味当然なのかもしれないが、マリーウェザーの息子『ヴァンアルム』を失った悲しみは大きく、行方不明になった当時のことを話し出すと泣いてしまい、ひたすらシルヴァンにごめんなさい、と謝ってばかりいるらしい。


「あれほど悲しんでいる彼女に、この上我が未来から来て、この後1996年にまた戻らなければならないのだとはどうしても言えなかった。」


 言えなかった、じゃないだろう。シルヴァンはわかっていない、それは〝逃げ〟だ。


「はあ…シルヴァン、おまえは大きな間違いを犯している。いいか、考える時間が必要なのはおまえじゃない、マリーウェザーの方なんだ。」


 俺は溜息を吐きながら、シルヴァンにかなり厳しいことを言う。


 獣人族(ハーフビースト)の長であることも、守護七聖であることも、全てシルヴァン自身の問題であって、マリーウェザーには関係がない。

 1996年から来て、1996年に帰るのも俺達の都合だ。だがマリーウェザーは、そんな俺達の事情に巻き込まれて攫われ、死なずには済んだものの未来が変わるから、という理由で、もう自分が元いた場所には戻れなくなってしまったのだ。


「おまえはマリーウェザーがなぜあの場所にいたか、その理由を考えてみたか?」

「うむ…だが我にはわからなかった。(あるじ)には見当がついたのか?」

「ああ。…これも結局は推測に過ぎないが、マリーウェザーがあの場に攫われてきたのは、シルヴァン、彼女がおまえの弱点だからだ。」


 俺達をあの場に召喚した施術者は、俺かシルヴァン、もしくはその両方を殺したかったのかもしれない。

 だが魔法を封じられていたとしても、俺達が落ち着いて対処し協力すれば、あんな状況になるはずはなかったのだ。


 思えば最初からあの黒衣の男達は、俺とシルヴァンを引き離しにかかっていた。


 シルヴァンを俺から引き離し、壁際に誘導して足元の荷物に気を取らせる。それがマリーウェザーだと気づいたら、シルヴァンはどうする?


 結果、あの状況になった。


 俺が今回のこの件を不気味に思うのは、その辺りが理由だ。なんと言っても、相手は俺達のことを知り尽くしている感じがする。


「マリーウェザーは俺…もしくは俺達のせいでこの件に巻き込まれたのだと思う。だから俺は彼女を放ってはおけない。が、おまえは自分のことしか考えていないだろう。彼女をこれ以上傷付けたくないとか、悲しませたくないとか言うのは単なる言い訳だ。本当はおまえが真実を告げることから、ただ逃げているだけじゃないか。」


 俺の辛辣な言葉に、シルヴァンは酷く傷付いた顔をした。当たり前のことだが、嫌なことから逃げようとして目を逸らしていた事実を、他者から指摘されることほど胸にグサッと来ることはない。


「もう一度聞くが、おまえは彼女をどう思っているんだ?そして本当はどうしたい?『次』はない。これが本当に最後の、マリーウェザーとの別れになる。おまえはまた、彼女の手を放すことが出来るのか?」


 シルヴァンは俯き震えながら目をぎゅっと閉じると、絞り出すような声で遂に吐いた。


「――無理だ…!彼女が愛しい…もう二度とあの温もりを離したくない…!!叶うことなら、彼女を1996年に連れて行き、今度こそ我の生涯の伴侶として娶りたい!!」


 ようやく本音を言ったな。


 俺は両手の握り拳で顔を隠すようにしていたシルヴァンを見て、目を細める。


「ならばそうしろ。」


 ――次の瞬間、え?、とでも言いたげに目を見開いて吃驚し、シルヴァンはそのまま固まった。


「おまえにとっても彼女にとっても、そして…今後の獣人族(ハーフビースト)の未来にとっても、俺はそれが最善だと思う。」


 〝マリーウェザーを1996年に連れて帰るぞ。〟


 ――俺はシルヴァンにそう告げた。




                  *


 医療院の治療室から出たマリーウェザーは、シルヴァンがすぐ傍にいて支えていたこともあり精神面も落ち着き、ウルル=カンザスの屋敷一階にある客室に移っていた。


 経過観察も問題なく、もう普通に生活して行けるようにはなったのだが、身体と心が元気になるにつれて、守護七聖として眠りについたはずのシルヴァンが、どうしてここにいるのかと言うことを含め、自分がルフィルディルから攫われたことや、夜明けの来ないこの不思議な場所についても色々と疑問を持ち始めていた。


 トントン、と扉を叩く音がし、はい、と返事をすると、部屋の前から聞こえて来たのは、ウルル=カンザスの声だった。


「マリーウェザーさん、大切なお話があります。シルヴァンティスが来る前に、少しお時間を頂けませんか?」


 扉越しの声にマリーウェザーはすぐに椅子から立ち上がると、扉を開けてウルル=カンザスを部屋に招き入れた。


「どうぞ。私もウルルさんに伺いたいことがございます。」


 客室のテーブルを挟んだ椅子に、互いに対面で腰かけると、時間が惜しいと言わんばかりにウルル=カンザスは話に入る。


「――話というのは二つありまして、先ず一つはあなたとシルヴァンティスの息子のことです。」


 ウルル=カンザスは自分が古くからのシルヴァンの友人であり、マリーウェザーがシルヴァンには告げずに、一人アガメム王国で子供を産んだことも知っていたと話した。


「私は一族の特性上、千年後にシルヴァンティスが眠りから目を覚ます頃にも、自分が存在しているとわかっていますから、彼があなたと息子のことを知る日が来たら、二人のことを話してやりたいと思っていました。ですがそれが…息子さんは行方不明になってしまった。」

「…はい。」


 常に監視していたなどというわけではなく、時折遣い鳥に様子を聞く程度だったことを打ち明け、どうか気味が悪いと思わないで欲しい、そう謝罪しながらウルルは続ける。


 ヴァンアルムが突然消えたことを知り、ウルルに可能なありとあらゆる手を尽くして子供の行方を捜したのに、遂にその手がかりが掴めなかったこと。

 まるで神隠しのようなその消え方に違和感を持っているのだが、多分まともな手段ではもう行方を捜すことは不可能であると思うことなどを、言葉を選びながら慎重に話して行った。


 その上で、もし二人の息子のことを探し出せる人物がこの世界にいるとするなら、それはもうルーファス以外にはいないことを告げる。


 そうしてヴァンアルムについての話が終わると、ウルル=カンザスは、お願いがあります、と言って深刻な表情になり、突然マリーウェザーに頭を下げた。




                  ♢


 ――話が纏まった俺達は、マリーウェザーに今後のことを話すために、彼女がいる客室を訪ねることにした。


 歩きながら俺はシルヴァンに、マリーウェザーがどうしてもこの時代に残りたいと言えば、無理を強いることは出来ないと言うことと、息子を失った悲しみをシルヴァンが支えられなければ、未来へ連れて行っても彼女が幸せになれないことを言い聞かせる。


「おまえの気持ちは固まっているかもしれないが、彼女にそれを押しつけるなよ。俺の提案は、あくまでもおまえ達二人の気持ちが一致していることが条件だ。」

「うむ…わかっている。」


 俺に本音を吐き出し、ようやく自分の気持ちが固まったら固まったで、今度は彼女がそれに応えてくれるのか心配し始めたシルヴァンは、昔マリーウェザーに婚姻の申し込みをした時よりも緊張する、と言って一笑した。


 俺達がその客室前まで来ると、部屋の中から話し声が聞こえて来る。片方はもちろんマリーウェザーだったが、もう片方はウルルさんだった。


「ウルルさんの声?」


 俺は横に立ち足を止めたシルヴァンと顔を見合わせる。


「…わかりました、そう言うことなら私も『約束』がありますので、なにも言いません。」

「ありがとう、どうかよろしく頼みます。それで私に聞きたいこととはなんでしょう?」

「はい、ルフィルディルの様子を…シルヴァンは心配いらないと言って、なにも教えてくれないのです。私が無事であることも知らせておりませんし、きっと皆心配しているのではないかと…」

「それは…」


 部屋の中から聞こえて来たその会話に、シルヴァンは俺の前に出て扉を叩いた。


「――マリーウェザー、我だ。…開けるぞ。」


 返事を待たずにシルヴァンはからり、と引き戸を開けて室内に足を踏み入れる。幾らここがウルルさんの屋敷でも、女性が使用している部屋にその立ち入り様はないと思うんだが。


「その問いには我が答える。」


 明らかに不機嫌な声を出してシルヴァンはウルルさんを訝しげに見た。


 正面の椅子に背を向けて座っていたウルルさんは振り返り、すっかり元気になったマリーウェザーが俺を見る。


「シルヴァンティス…ルーファス様も。」

「ルーファス、様…?」


 俺は意識を取り戻した後のマリーウェザーに会うのはこれが初めてだ。時空点の捜索を優先させていたのと、シルヴァンとマリーウェザーを二人にしてやりたかったこともあり、ウェンリーとアテナもまだ目覚めた彼女には会っていなかった。


 マリーウェザーは少し驚いたように、あの肖像画と同じ水色の瞳を見開いていたが、俺と目が合うとカタリと音を立てて椅子から立ち上がった。


「初めまして、太陽の希望(ソル・エルピス)様。既に御存知かと思いますが、マリーウェザーと申します。」


 そうして彼女は婉然として胸元に手を当てると、その生まれを感じさせるように、背筋をしゃっきりと伸ばしてから深くお辞儀をし、俺に命を救われたことの礼を言った。


「え?」


 ――初めまして?…今、そう言ったよな。


 一瞬だけ固まった俺に、シルヴァンとウルルさん、マリーウェザーの視線が集まる。


「ああ、いや…俺はルーファスだ。元気になって本当に良かった。」


 とりあえずその場は取り繕って挨拶を済ませることにする。…シルヴァンに疑問を感じている様子がないことから、マリーウェザーの挨拶通り、俺と意識のある状態での彼女は、どうやらこれが初対面だったようだ。


 おかしいな、俺の思い違いだったのか?こうしてシルヴァンと一緒に、何度か顔を合わせたことがあったような気がしていたのに――


 俺は肖像画を見るまでマリーウェザーの顔を知らず、どうしても彼女を思い出せなかったことから、戸惑いながら首を捻るも自分の方が間違っていたのかと考え直した。


 こう言った俺の症状は記憶を失っているせいなのだろうか。時々頭の中にどこからか別の光景が流れ込んで来たり、自分の感覚とは異なる事実に突き当たったり…自分でも良くわからなくなる。


「マリーウェザー、今後のことについて我とルーファスから大事な話があるのだ。」


 そう切り出したシルヴァンは真剣な顔をして、これから話して聞かせる内容が、マリーウェザーに重大な決断を迫るものだと言うことと、自分の腑甲斐なさからもうあまり時間がなく、この場で一度に説明しなければならなくなったことを始めに詫びた。


「では私は席を外しましょう。聞くべきではない話もあることでしょうから。」


 ウルルさんはすぐに席を立ち、シルヴァンの前を通り過ぎる。


「すみません、ウルルさん。」


 そうして俺の言葉に、お気遣いなく、と莞爾してそのまま部屋を出て行った。


 ウルルさんはマリーウェザーとなにを話していたんだろう?


 ふと気になったが、わざわざ追いかけて聞くようなことでもなし、俺はシルヴァンに促されるまま近くの椅子に腰を下ろした。


 ――それから俺達はマリーウェザーにゆっくりと時間をかけて、俺達が1996年から来たことと、俺達とマリーウェザーの身に起きた出来事の関係について、未来のことやマリーウェザーがもうルフィルディルに帰れないことなどを、全て隠さずに詳しく話して聞かせた。


 マリーウェザーは元々一国の第一王女だったせいなのか、俺達の話を聞いても殆ど動揺したり取り乱すようなことはなく、話しに聞いていたシルヴァンに対して行かないでと泣き叫んだり、醜いから見ないでと狼狽えた時とはまるで違って、至って冷静にそれでもしっかりと内容を理解していた。


「…ようやく合点が行きました。シルヴァンは坊やのことをウルルさんから聞いていたのだと思っていましたが、遠い未来でルフィルディルに残されていた肖像画を見て、初めて知ったのですね。」


 マリーウェザーは膝の上で重ねていた両手を、きゅっと握りしめると、そう静かに声に出して目線を落とした。


 そうして一呼吸置いた後、今度は声を震わせて俺達に問いかける。


「1996年から来られたと言うことは、この後…皆様はその遠い未来へ帰らなければならないのでしょう?当然、シルヴァン…あなたも。」


 落ち着いて話をしているように見えたマリーウェザーが顔を上げると、その瞳からは既に涙が溢れていた。


 俺はシルヴァンに視線を投げかけ、一度目を閉じてから大きく頷くと、シルヴァンの方から続いて話をするように促した。


「――そのことなのだが、良く聞いて欲しい。我らは確かに1996年に帰らなければならぬ。だが我は、もうそなたを放したくない。そなたともう離れたくないのだ。だから…」


 シルヴァンはマリーウェザーの前に跪き、左手で彼女の手を包み込むように握り、右手でその頬を伝う涙を拭った。


「マリーウェザー…ここより遠い彼方の未来で、もう一度我と共に生きて行かぬか?」

「…え…?」


 泣き濡れた瞳を見開き、マリーウェザーがシルヴァンを見る。シルヴァンは彼女の瞳を見つめ返し、懇願するようにさらに続けた。


「我らと共に1996年に行き、叶えられなかった願いを…今度こそ我が伴侶となって欲しいのだ。結婚してくれ、マリーウェザー。我はそなただけを永遠(とわ)に愛す。これまでも…これからも。」

「シルヴァン…!」


 マリーウェザーは感極まって涙し、そのままシルヴァンの首に手を回して抱きついた。


「私…あなたがいなければもう、生きて行けない…!それが本当に叶うのなら、一緒に行きたい…!!でも、でも…そんなことが許されるの…?」


 椅子から立ち上がり強く抱きしめ合う二人に、今度は俺が口を出す。


「――マリーウェザー、最も大事なのは君とシルヴァンの気持ちだ。」


 俺達と一緒に未来へ行くことで、二人の息子であるヴァンアルムの帰りを里で待つことは不可能になる。

 ルフィルディルの歴史では彼が戻った記録はなく、マリーウェザーも同様に二度と帰らなかったと記されていた。

 息子を失った悲しみは深く、忘れることなど出来るはずもないが、それでもシルヴァンがいればきっと、生きて行く希望を抱けるだろう。


 ただ1996年は凶悪な魔物も蔓延っており、災厄は既に目覚めてこれから暗黒神が復活する、そんな混沌とした世界だ。

 必ずしも幸せに暮らして行けるとは限らないし、シルヴァンは俺とまだ旅を続けて行かなければならない。


「君が未来へ行くことは良いことばかりじゃない。だがシルヴァンだけではなく、俺と俺の仲間も出来る限り君を守ると約束する。だから――」


 ――俺達と一緒に行こう。


 俺はマリーウェザーにそう言って微笑み、手を差し伸べた。




「はあ…、そう来たかよ。」


 ウェンリーは寝台の上で胡座を組み、両手で足先を握ると、大きな口を開けて感じ入る。


「私も賛成します。行方不明の息子さんのことは気にかかりますが、それでもシルヴァンティス殿とマリーウェザーさんにとって、最も良い結果になりましたね。さすがルーファス様です。」


 近くのソファに座っていたアテナは、シルヴァンとマリーウェザーの結婚話に手を叩いて喜んだ。


 俺達が使わせて貰っている部屋で、マリーウェザーにアテナとウェンリーを紹介すると、俺はもうルフィルディルに帰れない彼女を未来のルフィルディルに連れて行くことを二人に話した。


 そうしてこれからマリーウェザーも交えて、全員で1996年に帰るための最終的な打ち合わせに入ろうとしている。


「ま、良いんじゃね?これで獣人族(ハーフビースト)のもう一つの問題も片付くし。なんつーかこりゃ、ルーファスにしか出来ねえ解決方法だったよな。」

「そうですね。」


 良かったじゃん、シルヴァンおめでとう!と破顔すると、ウェンリーとアテナは離れた位置にいるにも関わらず、互いに当たり前のように頷き合った。


「まあそんなわけで、今後のことも説明しておく。まず――」


 俺達が1996年に確実に全員無事で帰るために、各々つい最近手に入れたもので、大切にしている物品を提出するように告げた。


「なんで私物が要んの?」と、ウェンリーが素朴な質問をぶつけてくる。

「俺達は自分が帰るべき1996年を良く知っているが、この時点でその未来は()()()()()()()()()()()。時空転移魔法であれば、『時空点』によって出発点と終着点が結ばれているから確実に元の世界に帰れるが、今回はウルルさんに頼んで召喚魔法で帰ることになる。すると本当に極僅かだが、『並行世界(パラレル・ワールド)』に到着してしまう可能性があるんだ。」


 ――『並行世界(パラレル・ワールド)』とは、ある世界のある時点から分岐した、同じ時間軸に並行して存在する別の世界のことだ。

 それはあらゆる可能性の数だけ無限にあると言われ、ほんの少しずつ微妙になにかが異なっているという。


 言うまでもないが、俺達は過去に来てウルルさんに接触し、意図せず未来の情報を与えたことで過去に介入してしまっている。

 この時点で俺達が過去に来ていない未来と、俺達が過去に来てしまった未来の、二つの未来が存在するわけだ。

 そしてその未来はこの二つだけなら良いが、俺達がここで過ごした時間から派生する周囲に与えた影響と、この後の994年間でそれに伴う様々な影響が生じて行き、最終的には無数の数の未来が存在することになる。


 その中には、もしかしたら俺の想像もつかない、とんでもないことになっている未来だってあり得るのだ。


 そんな未来に辿り着かないように、元々俺達がいた、〝過去に行く前の未来〟で手にしたものを、時空点代わりにウルルさんに預けて行く。

 こうすることで、並行世界へ軌跡がブレたりしないように、仮の点と点を作っておくというわけだ。


 出来るだけ分かり易く説明したつもりだったが、ウェンリーは頭がこんがらがって首を捻る。まあそこには『物』に宿る記憶と持ち主の思いなど、様々な要素が絡むので、全ての疑問に答えることは難しく、敢えて放置しておくことにする。


 そう説明した後で、それぞれに個人の持ち物を出して貰う。


 ウェンリーはルフィルディルで気に入って買ったばかりの衣服を、アテナは俺が作ってやった腕輪(バングル)を、シルヴァンはメクレンで買ったと言うミスリル製のイヤーカフを、そしてマリーウェザーの分は、俺が1996年のルフィルディルで長老から借りていた、彼女自身の日記にすることにした。


「ルーファスはどうすんだ?その首のチョーカーか?」

「いや、俺はこれだ。」


 そう言って俺が取り出したのは、『キー・メダリオン』だ。


「ルーファス、それは!!」


 これにシルヴァンが慌てる。


 言うまでもないが、このキー・メダリオンは俺にとって最重要貴重品だ。守護七聖を封印から解き放つのにも、守護七聖主(マスタリオン)の紋章が刻まれた扉を開くのにも、なにより『神魂の宝珠』から俺が力を取り戻すために、絶対になくてはならないものだからだ。


「ならぬ、いくら何でも…それは安易に他者に預けて良いものではない!!我らにとっては一瞬でも、ウルルに預けている期間は今後994年間にも渡るのだぞ!?」

「わかっている。だがこれがあればウルルさんは俺の魔力を使用して、召喚魔法を()()成功させることが出来る。」


 そう言った途端にシルヴァンが、最初からそのつもりだったな、と眉間に皺を寄せてキッと俺を睨んだ。


 その通りだった。


 ウルルさんをロジェン・ガバルの地下空洞に連れて行き、そこで実際に召喚魔法陣を使用して貰ったが、ウルルさんが懸念する通り、彼の魔力では俺達を1996年に召喚するのは厳しい。

 そこで俺は足りないとわかっていても、わざと大丈夫だと言って、ウルルさんには自信だけを付けて貰うことにした。


 ウルルさんは俺の言葉を疑わずに完全に信じてくれる人だから、俺が大丈夫だと言えば、必ずやり遂げてくれる。あとは魔力が足りないのなら、それを補う方法さえあれば問題なかった。


「俺のこのキー・メダリオンを使えば、ウルルさんの中に俺の魔力が流れ込み、元から俺とキー・メダリオンが引き合う性質も相俟って、失敗する確率が殆どなくなるんだ。」


 これも俺がウルルさんを信頼しているからこそのことだ。


 俺達が無事に1996年に戻れば、その場でこれはすぐに返して貰える。寧ろウルルさんの方がこれの扱いに困るかもしれないけどな。


「それから念には念を入れて、シルヴァン、おまえとマリーウェザーの間で『眷属の誓い』を交わしておくんだ。夫婦の誓いの前になってしまうのは申し訳ないが、『時の強制力』によってマリーウェザーと万が一にも引き離されることがないように、俺とおまえ、おまえとマリーウェザーを『魂の絆』で結ぶことで、彼女を確実に1996年に連れて行けるよう守るんだ。」


 一度にそう捲し立てたことで少し困惑していたが、マリーウェザーを守る、と俺の口から聞いただけで、一も二もなくシルヴァンは頷いた。


 因みにこの場合の『眷属の誓い』とは、シルヴァンを主として一定の強制力を持つ、主従契約を交わすことだ。と言っても、奴隷のような扱いをする類いのものではなく、俺の守護七聖に関しては弱者を守るための意味合いが強い。


 そして『時の強制力』の方だが、これはその名を見ただけでなんとなくわかって貰えるだろう。要するに、時代の異なる世界に、その資格のない人間を連れて行かせまいとして働く、未知の監視力のことだ。


 以前俺がウェンリーを巻き込んで時空転移した時、当時のアテナが『同行者保護障壁展開』と言っていたことがあるのだが、これはその未知の監視力からウェンリーを守るためのものだったと推測できる。

 俺は『時翔人(ときかけびと)』であり、多分元々時間を移動して歩くことをなにかに許されている存在で、そう言った力が作用することはない。

 だがそうでない人間は、その強制力によって『時狭間(ときはざま)』に放り出される可能性があるのだ。


「――しかしルーファス、我とマリーウェザーの間で眷属の誓いを立てると、強制的にマリーウェザーもあなたの庇護下に入ってしまうが…構わぬのか?」


 シルヴァンはマリーウェザーの肩を抱き、心配そうに俺に尋ねる。


「当たり前だろう。マリーウェザーはもう、俺の仲間だ。それに彼女には未来のルフィルディルで獣人族(ハーフビースト)の『巫女』になって欲しいんだ。」

「わ、私が…巫女ですか?」


 獣人族(ハーフビースト)の『巫女』とは、イシリ・レコアでシルヴァンの力を引き出して、長の代わりに獣人女性の遺伝子異常を治療していた存在のことだ。


「ああ。」


 幾らシルヴァンにとって唯一無二の存在でも、1996年のルフィルディルでは、人間のマリーウェザーは受け容れられ難いだろう。

 ならば彼女が獣人達に必要とされる存在になれば良いのだ。俺の計画にはもちろん、そのことも初めから含まれていた。


 マリーウェザーが巫女になる、そのことについてはまた今度話すことにして、とにかくこれで全ての準備は整った。


 過去へ来て既に十日近くになる。ようやく俺達は1996年に帰ることが出来るのだ。


君だけを永遠に愛す、ようやく終わりです。次回、ルーファス達は1996年に戻りますが、新たな問題が発生します。仕上がり次第アップします。ブックマークありがとうございます!

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