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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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96 君だけを永遠に愛す ⑤

ようやく一週間前に自分達が飛ばされて来た、あの石版のある地下空洞が見つかり、ルーファスはウェンリーとアテナを連れ、そこへ調査にやって来ました。手分けして辺りを探り、ルーファスは石版に刻まれた魔法陣の意味を調べてみると、それは『召喚魔法陣』であることが判明します。ところがそれはルーファス達にとって良くない結果で…?

       【 第九十六話 君だけを永遠に愛す ⑤ 】



 ――転移魔法石に正確な座標を新たに刻み、それを使って俺とウェンリーとアテナは、一週間前に黒衣の男達に遭遇したあの石版の地下空洞へとやって来た。


 だがその場所で俺が見た光景は、あまりにも凄惨なものだった。


 ウェンリーから聞いていた通り、あの襲撃者達は確かに死んでいた。それも一人残らずあの場にいた全員がだ。その目を覆いたくなるような状態の死体が、そこら中に散らばっている。

 武器を握ったまま切り落とされた腕が落ち、腐りかけた首が転がっていた。足が捥がれたものや、既に身体が魔物かなにかに食い散らされた後のような遺体まであった。

 そのあまりにも残虐な有様に、俺は唯々自分が恐ろしくなる。


 これを、もう一人の俺…レインフォルスが本当にやったのか。シルヴァンでさえ過去に見たことのない力を使ったと言うが、これほどまでに残虐な死に方をさせる魔法を俺は知らない。


 いや、もしかしたら魔法じゃないのかもしれない。もっと別の…なにか特殊な力だ。


 なんにせよ "もう一人の自分" かもしれない『レインフォルス』に、もうこんなことをさせてはいけない。レインフォルスがこんなことをしたのは、俺のせいだ。

 もし俺の予想通り、俺がレインフォルスと入れ替わるのに『闇』が関係しているとするなら、俺はもう二度とマーシレスが刀身に纏っているような『闇』に触れてはいけない。


 ――そう心に強く思いながら俺は、ウェンリーとアテナに手伝って貰い黒衣の男達を埋葬した。


 全ての遺体をアテナが魔法で掘った穴に埋め終わり、ようやくこの場所の調査に取りかかる。

 ウェンリーもアテナも、無残な死体を目にした割りには淡々としていて、特にウェンリーは俺が意外に思うほど普段通りだった。

 それが却って心配になったが、後で様子がおかしければ話をしようと決め、今はこちらに集中することにした。


「…時間が経っているせいか、時空点は見当たらないな。いや、残滓すら感じられないところを見ると、元からなかったのか…とにかくこの場所を手分けしてよく調べてみよう。」


 ウェンリーとアテナには、周囲になにか変わったところがないか探して貰い、俺はこの足元に埋め込まれた円形の石版を調べることにした。


 この石版には三重の輪を描く溝が、それぞれ輪と輪の間に呪文字と属性色を持った埋め込まれている魔石を挟むようにして掘られていて、外側から順に魔法紋が発動して行くような仕組みになっているようだった。

 最初にここへ来た時、全体的にパッと見た印象は、これまで何度か目にしたことのある『召喚陣』に似ていると思った。

 エヴァンニュの軍事棟にあった、カオスが設置したと思われる合成魔獣(ケミカル・ビースト)を召喚していたものや、カラミティを足止めするためにルクサールの上空に現れた、アリファーン・ドラグニスを召喚したあれだ。


 俺は地面に身を屈めて、石に刻み込まれた呪文字と、組み合わされた魔法紋を一つ一つ見て、それがなんの意味を持っているのかを読み取る。

 すると幾つか『転送』を表す空属性魔法の呪文字が見られた。


 ――この呪文字が使われていると言うことは、この石版が転送陣に似た役割を持っているのは確実みたいだな。…だけど時空転移魔法にしては構築術式が少しおかしい。


 『重力』と『引力』を示す文字が並び、そこに一定量以上の魔力を流すことで外側の魔法紋が発動…それから『対象物』を示す呪文字に時属性と空属性を無効化する呪文字が一緒に刻まれている…?――こんな術式が構成できるのか?


 なにを言っているのかわからないとは思うが、俺が首を捻っているのは、魔法を発動させるものの中に、発動した魔法効果と相反するようなものが同時に含まれていたから、疑問を抱いているのだ。


 俺は俺が現在所持している魔法の中に、これと同じような呪文字の構成が並ぶものを検索して探し出す。

 似たような魔法が見つかれば、それを手がかりにこの石版の魔法がどんなものなのかをある程度予測可能だからだ。


 すると幾つか俺の魔法一覧から、それに該当するものが頭に表示されてきた。


 それを見た俺は思わず驚く。五つほどあった魔法の内、三つが異界属性の魔法で、その中に俺が使用することが出来ない、時空転移魔法と空間圧縮魔法、そして時間停止魔法があった。


 時空転移魔法は言うまでもなく、過去や未来に転移することが出来る魔法だが、空間圧縮魔法というのは、使い方次第では物質を消滅させることの出来る魔法に等しい。

 そして驚いたのは、時間停止魔法だ。これは現実世界の時間を止めると言う類いのものではなく、限られた空間を定めて、その内部の時間のみをごく短時間停止させられるというものだ。

 俺の計算上では、それは精々数秒間だ。だがこれも戦闘中の使い方次第では、起死回生を狙えるほどの絶大な効果を持つ魔法だった。


 その三つの魔法呪文を部分部分持ち合わせ、残り二つの魔法と組み合わせるといったい、どんな効果を持つ魔法が出来上がるのか。


 俺はその場で足りない部分を除いて、自分の中で魔法術式を石版と同じような形になるように、試行錯誤して組み上げてみた。


 すると、出来上がったのは――


≪やっぱり、召喚魔法の術式だ…!≫


 ――それは欠損部位のある、不完全な『召喚魔法』だった。


 俺の中の魔法だけで組み上げたものだから、足りない部分があるのは当然で、これに石版の解読できていない残りの部分を足せば、同様の魔法陣がほぼ完成する。


 召喚魔法は通常、召喚対象者の詳細情報を呪文字に変換して術式を組み上げて行くものだ。俺は現在、アテナを喚び出す召喚魔法を所持しているが、これは通常の召喚魔法と違って他者に真似が出来ないよう、何重もの防犯対策が仕込まれており、俺でさえ今はまだ全てを解読出来ない。

 普通の召喚魔法はもう少し単純で、召喚対象の情報が異なる以外はそこまで真似るのも難しくはなかった。


 それはともかくとして、これで一つはっきりとわかったことがある。この石版は、なにかの儀式に使用されるような、特定対象を呼び出す『召喚魔法陣』だと言うことだ。


 つまり――


 やられた…俺達は時空転移魔法でここに来たんじゃない、誰かにこの召喚魔法陣を使って喚び出されたんだ…!!

 だとしたらここからじゃ、どうあっても自力では帰れない。俺達を喚び出した施術者を見つけて、元の場所に送り返させるか、別に時空点を探すしかないじゃないか…!!


 基本、喚び出された側にとって召喚魔法は一方通行だ。施術者側に元の場所へと送り返す意思がなければ、用が済んでも自動で帰ることは出来ない。


 召喚魔法には、大精霊と契約して呼び出しに応じて貰い、一時的に協力して貰うものなどがあるが、その場合、大精霊の本体(精霊界では精霊にも実体がある)は精霊界にあるままで、霊体(精神体:スピリチュアル)のみがこちらの世界で行動する。

 そのため喚び出された大精霊は、本体と霊体が見えない糸のような物で繋がっており、それを辿っていつでも本体へ帰還することが可能で、わざわざ喚び出した側が送り返す必要はない。だがそれは大精霊の召喚に限る特殊な例で、あくまでも召喚魔法と言うのは喚び出されたら最後、それまでなのだ。


 それとこの石版状の召喚魔法陣を見て、気づいたことがある。


 たった今言ったが、この石版はなにかの儀式に利用されるような、特定対象を喚び出すものだ。それはこの魔法陣の術式内部に組み込まれておらず、喚び出す対象は魔法陣に魔力を注ぎ込む施術者の意思で自由自在だ。

 例えば俺が良く知っている魔物を今ここに呼び出そうと思えば、この召喚魔法陣を使って簡単に呼び出せる。

 それらの対象には、大精霊であったり、不死族であったり、悪魔と呼ばれる魔族なんかも含まれ、施術者が直接召喚する場合、呼び出す対象に見合った量の魔力があれば普通は問題がない。


 しかしその対象が今回の俺達のような場合はそう簡単ではない。


 召喚魔法陣というのは通常、異界などの常人に手の届かない世界から、異質な存在を呼び寄せるために使用されるものだ。

 それを本来の用途ではない、同じ世界の異なる時代から、時を超えて特定の人間を呼び出すのに使用するには、それ相応の膨大な魔力が必要で途轍もなく困難だ。


 それだけではなく、異種族を含む人間には複雑な思考と対象者本来の強い意思、個人的能力や魔法抵抗値などがあるため、その対象のかなり詳細な情報が必要不可欠なのだ。


 要するに俺がなにを言いたいかと言うと、俺達を召喚して呼び出したのは、少なくとも俺達四人の内の誰かを、とても良く知る人物だと言うことだった。


 1002年と言う時代的に考えて、ウェンリーやアテナが召喚対象だとはまず考えられない。この時代からすると俺かシルヴァンのどちらかだが、これまでの状況を鑑みれば、俺が対象者であることはほぼ間違いないだろう。


 それ以外にも俺達を呼び出した施術者に関することで、色々と判明したことは多い。


 ――これ以上はシルヴァンを交えて話し合った方が良さそうだ。


 俺の中でそう区切りが付いて顔を上げると、いつの間にかウェンリーとアテナが俺の背後で退屈そうな顔をして地面に座り込んでいた。


「ウェンリー、アテナ…そんなところに座り込んで、いったいどうしたんだ?」


 びっくりした俺は目を丸くして尋ねる。


「どうしたもなにも、俺がいくら声を掛けても耳に入らないぐらい考え事に没頭してたからさあ…おまえが俺達に気が付くまで、仕方なく待ってたんじゃん。なあ?アテナ。」


 ウェンリーは大きく背伸びをして立ち上がると、口を尖らせてそうぼやいた。ほぼ同時にアテナも立ち上がって、衣服に付いた汚れを払うと、手に付いた泥をはたき落としながら頷く。


「はい。随分と深く考え込んでいらしたようですが、なにか帰る方法についてわかったのですか?ルーファス様。」

「え…」


 二人は一旦、この部屋から外に出てまで周辺を調べて来てくれたらしいのだが、めぼしいものは見つからず、なにもないことを報告しようとして俺に何度か話しかけたと言うのだが、俺は術式を組み上げたり、呪文字を調べたりすることに夢中でどうやら気が付かなかったらしい。


「ご、ごめん二人とも…この石版を調べるのに夢中で気づかなかった。」


 俺は右手で後頭部を掻きながら慌てて二人に謝る。ウェンリーは微苦笑して少し呆れながら、「やっぱな〜そうだと思ったぜ。」と鼻を擦り、アテナは二人の声に気づかないほど俺が思考に耽っていたことを〝珍しいですね〟と微笑んだ。


「そんで?時空点はどこにもなさそうだけど、帰れそうなのかよ?」


 ウェンリーは両手を頭の後ろで組み、さして心配している風でもなく、まるで俺に聞けば答えが出るのが当たり前のように聞いてくる。


「いや、ここからじゃ無理だ。そもそも俺達は時空転移魔法でここに来たわけじゃなかったから、この時代に時空点があるかどうかすら怪しくなって来たよ。」「い!?ちょい待て、マジか?」

「時空点がなければ、おそらく1996年にはもう帰れませんよね?……どうしましょう?」

「アテナ、〝どうしましょう〟じゃねえ!!マジでそりゃヤバいって!!もう少し慌てようぜ!?」


 そこは慌てるところだ、と言ってウェンリーは、アテナに当たり前の対応を教え込む。

 別に慌てなくてもそこは人によりけりだと思うんだけどな。


 だがこれで冗談ではなく、俺の力で1996年に戻るのはかなり難しくなった。それこそ偶然どこかに時空点が出現しない限り、今の俺ではほぼ帰ることは不可能だろう。


 困ったことになった。…なにか別の方法がないか、ウルルさんやシルヴァンを交えて考え直さないと――


「――とにかくこれ以上ここを調べても、もうなにもわからないだろう。ノクス=アステールに戻って改めて考えよう。」


 そうして俺達は、今度は転移魔法石ではなく、『黒鳥族(カーグ)の戻り羽根』を使ってまた、ウルルさんとシルヴァンの元へ帰ることにしたのだった。




                 *


 医療院の治療機器が全ての治療を終えたことを知らせる通知音を鳴らして、傍に立って待っていたシルヴァンの前で、ゆっくりとその蓋を開いて行く。


 シルヴァンがここへ運んできた一週間前とは異なり、完全に健康体となって治療を終えたマリーウェザーは、実年齢としては三十を過ぎていたがまだ十分に若く、十代だった肖像画の頃ほどではないにせよ、その美しい姿を取り戻していた。


 シルヴァンは己のその高鳴る胸の鼓動を聞きながら、ピクリと動いたマリーウェザーの指先に、息を呑む。


 ――マリーウェザーが目覚める。…ここにいる我を見て、真っ先になんと言葉を発するだろうか。


 その期待と微かな不安に、治療機器の淵へかけていた両手に、ぐっと力を込めた。直後に、マリーウェザーがゆっくりと、ずっと閉じていたその瞼を開いて行く。


 ――まるで死から甦ったかのように、大きくその胸を膨らませて一度、深く息を吸い込むと、彼女はそれを吐きながら、ぱちぱち、と二度瞬きをした。

 そうして傍らに立つその気配に、シルヴァンへ向けて顔を動かすと、その目を大きく見開いて、声を上げずに水色の瞳から涙を溢れさせた。


「…っ…夢じゃ…なかった…?シルヴァン…本当に、あなたなの…?」


 マリーウェザーは唇を震わせて身体を起こすと、そのままシルヴァンに手を伸ばした。


「マリーウェザー…!ああ、我だ。…すまぬ…!本当にすまぬ…!!」


 シルヴァンはその手を取り、マリーウェザーを静かに、しかし強く抱きしめた。


 懐かしい彼女の香りと、その温もりにシルヴァンの視界も滲んでくる。


「シルヴァン…シルヴァン…っ会いたかった…ずっとずっとあなたに会いたかったわ…!」


 そう声を上げ、シルヴァンにしがみ付くようにして腕の中に顔を埋めた彼女は、突然ハッと我に返り、シルヴァンから離れて「いやあっ!!」と叫ぶと頭を抱え治療機器内に蹲った。


「マ、マリーウェザー!?」


 驚くシルヴァンにマリーウェザーは続けて叫んだ。


「見ないで!!こんな…醜くなった私を見てはいや!!私…私…っ…」


 すぐにシルヴァンは、意識を失う直前のマリーウェザーがガリガリに痩せていたことを思い出すと、後ろに控えるようにしていたウルルに手鏡を持って来るよう頼んでから、優しく声を掛けた。


「落ち着くのだ、マリーウェザー。大丈夫だ、そなたは以前と変わらず美しい。さあ、目を開けて先ずは己の手を見てみよ。ふっくらとして元通りの柔らかな手に戻っているであろう?」

「…え…?」


 マリーウェザーは恐る恐る目を開けて、シルヴァンに言われるまま自分の両手を確かめるように見た。

 そこへウルルが手鏡を持ち寄り、それを受け取ったシルヴァンは彼女の手にそれを握らせ、怖がらずに顔を鏡で見てみるようにと、さらに優しく言ってその肩を抱くように手を伸ばした。


 マリーウェザーはカタカタと震える手で鏡を覗き込むと、痩せてガリガリだった顔が元通りになり、その髪も艶を取り戻して輝いていることに驚いた。


「そんな…どうして?あんなに痩せこけて酷い顔をしていたのに…。」


 彼女の疑問にはシルヴァンではなく、その後ろから一歩進み出たウルル=カンザスが静かな声で答えた。


「あなたはこの一週間、その治療機器の中で眠っていたのですよ。」


 その声にマリーウェザーはウルル=カンザスを見上げた。


 ウルル=カンザスは怖がらせないよう、にっこりと優しく微笑んでから胸元に手を当てて話しかける。


「――初めまして、マリーウェザーさん。私はシルヴァンティスの友人で、黒鳥族(カーグ)(おさ)、ウルル=カンザスと申します。」

黒鳥族(カーグ)…?」


 まだ自分になにが起きたのか、状況を良く理解できないマリーウェザーは、その水色の瞳を再び大きく見開くのだった。




                 ♢


 ――ノクス=アステールのウルルさんの屋敷へ戻ると、入口の玄関先に置いてあった縁台に腰かけて、シルヴァンが俺達の帰りを待っていた。


 わざわざこんなところで出迎えるなんて、なにかあったのかと一瞬心配したが、無事に目を覚ましたマリーウェザーが黒鳥族の医師に診察を受ける間、医療院を追い出されただけだったらしい。


 俺達はシルヴァンも一緒に、とりあえず一旦俺達が使わせて貰っている部屋に向かって歩き出す。

 その間に調べて来たあの地下空間には時空点がなかったことと、俺達は時空転移魔法でこの時代に来たのではないことを、シルヴァンにも掻い摘まんで話した。


「全ての魔法が封印されていたのだから、ルーファスの力でこの時代に来たのでないことは予想していたが、時空転移魔法でない手段で来たのだとすると、一体我らはどうやってここに飛ばされて来たのだ?」


 首を捻るシルヴァンに、俺はまだウェンリーとアテナにも言っていなかった答えを告げる。


「――飛ばされたんじゃない。俺達は召喚魔法で()()()()()()()()()()()。」

「…!?」

「詳しいことはウルルさんを交えて話したいんだ。時間を取って貰えるか聞いてきてくれないか?」

「承知した。ウルルに声を掛けてくる、部屋に呼びに行くから待っていよ。」

「ああ、頼んだ。」


 そう言うとシルヴァンは慌ただしく俺達から離れていった。


「ルーファス、召喚魔法って?」

「ああ…うん。」


 ウェンリーは『召喚魔法』自体を知らなかったか。


「ウェンリーさん、召喚魔法というのはですね…」と、透かさずアテナが俺の代わりに説明を始めた。

 アテナはまるで自分が教師にでもなったかのように、右手の人差し指を立てて、俺のデータベースを参考にしながら分かり易いようにきちんと教えている。

 ウェンリーはウェンリーで、アテナの説明を真剣に聞いていて、疑問に思うことはその場で質問をし、俺達の話について行けるように努力しているみたいだ。


 近頃のこの二人は、互いに互いの知らないことを教え合う、良い関係を築いているように見える。

 アテナのおかげで、俺がウェンリーに戦闘以外のことについて教えることは殆どなくなっていたが、アテナの方も俺からの自立が格段に進んでいるように見える。


 俺がブラインドの常時発動で、思考を読み取れなくしていることも不思議に感じていないようだし、アテナの精神面の方は良いけれど、問題は身体の方だな。


 どうして俺から外に出ているのに、俺が魔法を封じられるとアテナまで意識が無くなってしまうのか…そっちのことも原因を調べないとならない。


 ――俺達は一旦部屋に入り、シルヴァンが呼びに来てくれるのを待った。


 それから暫くしてシルヴァンが戻ってくると、俺達はまた応接間の方に移動して今度はシルヴァンとウルルさんを交え、初めから詳しく話をすることにした。


「ルーファス様方を、何者かがこの時代に召喚魔法で喚び出したと…幾ら召喚魔法陣があると言っても、そのようなことが可能なのですか…?」


 ウルルさんはかなり驚愕した様子で、顔色を変えた。


 それはそうだろう。さっきも言ったが、常識的に考えて普通はあり得ないことだ。


「俺も信じられない気分だが、実際に俺達が辿り着いた場所は召喚魔法陣の真上だった。それに俺がこちらへ来る直前に魔法を封印されたのも、俺達を確実にこの時代へ召喚するためだったからじゃないかと思う。かなり難しい抵抗手段だが、俺が魔法を封じられていなければ、ディスペルのような効果消去魔法で召喚魔法から逃れる方法もあったからだ。」

「――それは確かに。」


 ウルルさんは魔法に関しても様々な知識を持っていて、俺の説明もすんなりと理解してくれる。だからこそ話を聞いて貰うことで、なにか俺達が1996年に帰る良い方法を思い付いてくれるかもしれない、と言う期待があった。


「それと俺達を召喚した施術者についてだが、幾つかわかったことがある。」


 それはさっきも言ったが、その施術者が最低でも俺達を良く知る人物であること…おそらくは、召喚対象者が『俺』である可能性が高く、当然そうなると相手は、相当俺のことを良く知っている人物である可能性が高いと言うことだ。


 召喚魔法は必ずしも俺達四人全員の情報を必要としない。この場合は俺一人の情報さえ知っていれば、同じ魔法陣内に囚われている同行者ごと、纏めて喚び出すことが可能だからだ。

 ただ、それだけでは説明の付かないこともあるのだが…それは一旦置いておき、説明を続ける。


「それとその施術者は、俺と同等の魔力を所持しているか、それ以上の力の持ち主だ。そうでなければ、俺の魔法を封印することは出来ないからだ。しかもそれだけじゃない。」


 もう一つ忘れてはならないことがある。俺が罠にかかったのは、1996年のフェヌア・クレフト内で、召喚魔法を使用して喚び出されたのは、1002年だと言うことだ。そこには千年近くもの時間差がある。


 考えられることは俺のように不老、もしくは不老不死の存在がいるか、時空転移魔法を使用して過去と未来を行き来可能な存在がいるか、後は千年も後の時代であっても、別の誰かにそこへ罠を仕掛けさせることが可能な存在かの三つだ。

 因みにこの時代に仕掛けておいて、と言うのは除外だ。なぜなら、フェヌア・クレフトが()()()()()()()()()()()()だ。


 そのどれもは想像し辛く、あまり現実的ではなさそうに思える。だが実際に俺という存在がこの世界にいる以上、絶対にないとは言い切れなかった。


 そこまで聞いたところで、シルヴァンが重々しく口を開く。


「――その可能性は我も考えていた。それ故にこちらへ来た直後動揺し、対応が後手に回った。…まさか(あるじ)の魔法を封じることの出来る存在が、『カラミティ』と『暗黒神』以外にいるとは思いもしなかったからだ。」

「〝災厄〟である可能性はないのか?」


 ウルルさんがその質問をシルヴァンに投げかけた。


()()にそのようなことをする理由がなかろう。ルーファスに用があれば、いつ、どこにでも現れることが出来るのだぞ?それになぜだか奴はルーファスを()()()傷付けぬ。完全に信じられるというわけではないが、あのようにわけのわからん連中を利用して殺そうとするなど考え難い。第一――」


 第一、カラミティはこの頃既に、ルク遺跡の地下に封印されているはずだとシルヴァンは言った。


「…そうだな。それにカラミティなら、俺を召喚しておいて姿()()()()()()()()()()しないと思う。」

「…!?」


 俺が口に出したこの言葉に、全員が俺を見た。


「魔法を封じられて焦っていたから気づかなかったが、俺達を召喚した施術者は、俺達があの場に到着した時、あの場所に()()()()()()なんだ。」


 ――あの召喚魔法陣は、時限式のものでも自動式のものでもなかった。…と言うことは、召喚魔法が発動し、俺達がきちんと召喚され終わるまで、魔法陣に魔力を注ぎ続けなければ成功しない。


 到着直後のあの真っ暗闇の中、ウェンリーに言って魔法石の照明が点るまでの間も、その施術者は息を殺して俺達のことをすぐ傍で見ていたに違いなかったのだ。


 それは不気味なことこの上ない事実だった。


 そのことを話すとウルルさんもシルヴァンも、さすがに色を失い絶句した。ウェンリーは…言うまでもないが、もっと酷い衝撃を受けている。

 アテナは俺が平然としているからか、あまりその表情も変わらないようだ。


 俺達を召喚した施術者は、いったいなにが目的だったのだろう?そもそもそれが最も謎だ。

 わざわざ千年も後の未来から魔法を封じて喚び出して、俺を殺すつもりだったとでも言うのか?それこそあり得ない。俺は不老不死だ。俺を召喚可能なほど良く知っているような存在なら、寧ろそのことを知らない方がおかしいだろう。


 そう言えばヴァハで俺を背後から斬った男達も、俺が守護七聖主(マスタリオン)だと知りながら、なぜだか不老不死だと言うことは知らない様子だった。…わけがわからないな。


「そう言えばウルルさん、ウルルさんが『ケルベロス』という宗教集団について調べてくれたと聞きました。その後他になにかわかりましたか?」

「ルーファス様…いいえ、それが――」


 ウルルさんは俺に申し訳なさそうな顔をして答える。俺がシルヴァンから聞いたあの情報を遣い鳥から入手した直後から、パタリとケルベロスの行方が掴めなくなったそうだ。

 目星が付いていた潜伏先からも完全に姿が消え、その後幾ら探しても信者らしき人間はどこにも見当たらなくなってしまったと言う。


「ウルルさんの情報網を掻い潜るなんて、余程の連中なんだな。」と、俺は首を捻った。

「いいえ、ルーファス様。私共の目の届かない場所は意外と多いのです。先日もシルヴァンティスに申し上げましたが――」


 黒鳥族(カーグ)の遣い鳥が入っていけない場所は、遺跡や地下迷宮などのダンジョンと、遣い鳥が生きて行けない場所。そして…


「魔法国カルバラーサです。あの国は雷神『トール』が守護する地で、邪龍マレフィクスの因縁から、我らは元より、遣い鳥も近付くことが出来ません。」

「そうなのか…」


 邪龍マレフィクスの因縁とはなんだろう?…まあそれは1996年のウルルさんに聞いた方が良さそうだな。


「例えば、ケルベロスの本拠地が魔法国カルバラーサにあって、その教祖がそこの人間、若しくはそこと関わりのある存在、と言うことはないかな?魔法国と言うくらいだから、もしかしたら俺より魔力の高い存在がいるかもしれないだろう?」

「いや、それはない。」


 即答したのはシルヴァンだ。


(あるじ)よ、あなたの魔力は桁が違う。何度も言うが、あなたを超える魔力の持ち主は、カラミティや暗黒神のような存在でない限り通常ではあり得ないのだ。」


 そんなキッパリと否定して…人を化け物みたいに言うなよ。いや、十分そうなのかもしれないけど…。


「――まあいい、ケルベロスの話は置いておこう。ただ俺は、俺達を召喚したのがそのカルト教団の教祖かなにかじゃないかと、ちょっと思ったからなんだ。根拠があるわけじゃないし、この話はここまでだ。」


 これ以上は肝心な話が進まないので、一旦それは打ち切る。施術者のことは気になるが、それよりも優先すべきことがあるからだ。


「それより、そんなわけで時空転移魔法でこの時代に来たわけじゃない以上、1996年と繋がっている時空点を見つけるのはかなり難しくなった。俺達が何よりも優先して今考えなければならないのは、元の時代にどうやって帰るか、その方法だ。」


 俺は時空点を探す、と言う方法以外でなにか思い付かないか、みんなに考えて貰おうとした。ところが…


「や、ルーファス…(わり)ぃけど俺には無理。魔法のなんたるかすらわかんねえのに、時間云々をどうにかする方法なんて思い付くわけねえって。」


 最初から諦めてウェンリーはテーブルに突っ伏した。


「常識的に考えれば、召喚魔法を使用した施術者を見つけ出し、元の時代へ送り返して貰うのが一番ですが…無理なのでしょうね。」


 アテナも真剣になにか方法がないか考えているようだ。


「ああ、あの黒衣の男達が生きていれば、施術者に関してもなにか聞き出せたかもしれないが…もう無理だな。」


 連中はもう一人の俺…レインフォルスが殺してしまった。


「いや、生きていたとしても口を割ったとは到底思えぬ。施術者とて同様であろう。当てにしても無駄だな。」


 シルヴァンは腕を組み、さっきから首をコキリ、コキリ、と鳴らしている。あんまりそれをやると、首の関節がおかしくなるぞ。


 ウェンリーはテーブルに顎を乗せ、下唇を突き出して、ティーカップに添えられていたスプーンを銜えながらそれを上下に動かした。


「じゃあどうすんだよ?…てかさ、時空転移魔法で来たんじゃねえんなら、同じ方法で帰れねえの?召喚魔法って奴で召喚されたんなら、また誰かに召喚して貰うとかさあ…」

「……え?」

「む…?」

「まあ。」


 俺とシルヴァン、アテナが順々にその声を出し、思わずウェンリーを見た。


「ん??」


 ウェンリーはなぜ自分が注目を浴びているのかわからず、口からスプーンをぽとりと落とした。


 召喚魔法でここに来たのなら、召喚魔法で帰る――


「――それだ!!」

「…は?」


 自分で口に出しておきながら、言った言葉の意味にまるで気づいていない様子のウェンリーは放っておいて、俺とシルヴァンはその視線をウルルさんに向けた。


「お…お待ちください、ルーファス様…!そのような大役は、私にはとても――!!」


 ガタンッ


 既に俺とシルヴァンがなにを考えているのか察したウルルさんは、慌てて椅子から立ち上がると、両手の手の平を俺に翳して大きく左右に動かした。


「第一に、私ではルーファス様をお喚び出しできるほどの魔力がありませぬ…!!」


 慌てふためき、蒼白顔をするウルルさんに俺は詰め寄る。


「魔力の問題はなんとか出来る。ウルルさん、お願いします。俺達が1996年に帰るには、もうあなたに頼るしか方法がない…!!」

「ル、ルーファス様、そんな…っ」


 俺はウルルさんの手を握り、必死に頼み込んだ。


 ――そう、もう俺達にはこの方法しかなかった。


 時空点が見つからず、俺達をこの時代に召喚した施術者も見つけられない。俺は自分の意思で自由に時空転移魔法が使えず、偶然発生するような時空点をこのまま待つわけにも行かなかった。

 ならばウェンリーが口に出した通り、召喚魔法でこの時代に喚び出されたのなら、1996年の俺達が飛ばされた日に、誰かに召喚魔法でまた俺達を同じ場所に喚び出して貰えばいいのだ。


 そうは言っても未来と今ここで連絡が取れるはずもなく、普通ならそんなことは不可能だ。だがそれを唯一可能にできる人物が()()()()()()。それがウルルさんだ。


 ウルルさんは不老でも不死でもないが、黒鳥族(カーグ)(おさ)の特性で、肉体が死期を迎えても、『転輪の儀』で記憶と経験を受け継いだまま、新たな肉体を得ることが出来る。

 その上魔法に関しても知識が豊富であり、なにより異界属性の理にも通じているのだ。こんな適任者は他に誰もいない。


 ウルルさんはその額からだらだらと冷や汗を流していたが、俺はさらに顔を近付けてその灰色の瞳を覗き込んだ。


「大丈夫です、ウルルさんならきっと出来ます。どうしても心配なら、何度かロジェン・ガバルのあの召喚魔法陣で練習してみるといい。そうして自信が付いたら、計画を立てましょう。」


 ただでさえ薄青い肌が、真っ青になっていたが、俺は有無を言わさずウルルさんを押し切った。


 ――そうしてウルルさんは、もうそれしか方法がないのだと諦めて、泣く泣く俺達に協力することを約束してくれたのだった。



次回、仕上がり次第アップします。

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