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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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95 君だけを永遠に愛す ④

時空点が見つからなければ1996年に帰れないルーファス達は、過去の獣人や人間達との接触を避け、ウルル=カンザスの遣い鳥にその捜索を依頼することにしました。その結果を待つ間、ウェンリーの希望で外の世界を見に出たルーファスでしたが、ふとした会話で襲撃者の黒衣の男達が既に全員死んでいるらしいことを知ってしまいます。どうもその原因は自分にあるようで…?

      【 第九十五話 君だけを永遠に愛す ④ 】



 ――硝子越しに見えるその桜色の髪が、たった一晩で艶を取り戻している。


 罅割れていた唇と酷く痩けていた頬も、少しずつふっくらと元通りになりつつあった。

 別れを告げ、最後に会ったあの日から…もうどれほどの時が過ぎたのだろう。何度目にしてもまだ信じられぬ…こうして再びそなたの顔を見られる日が来るとは、思いもしなかった。


 あの薄暗い場所での混乱の最中(さなか)、見知らぬ者どもに攫われ、恐ろしい思いをしていたであろうに、それでもそなたは我の名を呼んだ。我をまだ〝愛しい〟と思っていてくれた。


 あの瞬間、守護七聖であることを忘れた我に、もう一度そなたとの別れを思い切れるだろうか…?



「ここか、シルヴァンティス。」


 ――その声に振り返ると、我を探していたらしい旧友(ウルル)の姿が目に入る。


 アメジストのような濃い紫色の髪に薄青い肌、灰色の瞳を持つこの友人は、我が一族のもう一人の恩人でもある。

 迫害戦争時、己の命と引き換えにしてでも一族を守りたいと願った我に、皆を救う唯一の方法を教えてくれたのが此奴だったからだ。

 半信半疑でその方法に賭けた結果、絶体絶命の危機に我が(あるじ)…ルーファスが現れ、我は獣人族(ハーフビースト)を救って貰った恩もあり、自ら守護七聖<セプテム・ガーディアン>となる道を選んだ。…つまりはルーファスと引き合わせてくれたのも此奴だったと言うことだ。


 ウルル=カンザスは少し呆れた目を向けて我を見たが、口元に諦めたような苦笑いを浮かべると、我を気遣いながらも苦情を口にした。


「二度と会わぬと誓って当時別れたきりだったのだ、傍にいたいという気持ちはわからぬでもないが、あまりここに入り浸られるとこちらが困る。」

「ああ…そうか、そうであったな、すまぬ。」


 黒鳥族(カーグ)は同族以外にその姿を見られることを極端に嫌う。彼らは我ら同様、迫害戦争よりも遙か以前に、その生まれと見た目から他種族による酷い迫害を受けた歴史がある。故に我がここにいると姿を見せられぬ医師や看護に携わる者が立ち入れない、と言っているのだ。


「ルーファス様が戻られる前に話したいことがある、顔を貸せ。」

「…わかった。」


 治療機器の脇の椅子に腰かけてマリーウェザーの顔を見ていた我は、治療が終わるまでは目を覚まさぬと知ってはいたが、後ろ髪を引かれてもう一度彼女を見てから立ち上がる。

 マリーウェザーが目を覚ますその時には、彼女のあの水色の瞳が真っ先に見られるように、なんとしても傍にいてやりたいのだ。


 不思議なもので、二度と会えぬ、会わぬと心に思っていた間は忍んでいられたものが、すぐ手の届く場所に眠っていると思うだけで離れ難くなる。

 もう一度己の名を呼ぶ声が聞きたい。その頬に触れ、彼女が生きていることを確かめたい。その思いが沸々と湧いてくるのだ。…我ながらなんと堪え性のないことか。


 医療院から場所を移し、ウルルの執務室へ入ると、此奴は追い払う時と同じような右手の動きで、適当に座れ、と合図をする。

 促されるままに我は、テーブルを挟んで置かれていた革張りのソファに腰を下ろした。


「そなた、きちんと朝食は食べたのか?」


 ウルルは脇棚に用意してあった飲み物をグラスに注いで二つ運んで来ると、その片方を我に手渡し、自分も正面のソファに腰かける。


「…う、うむ…。」

「嘘を申せ。碌に喉を通らなかったと言わんばかりの顔をしておるぞ。この上ルーファス様にさらなるご心配をおかけしたら、今度こそ許さぬからな。」


 昨日医療院で言い争った時、ウェンリーがウルルの言葉遣いが変わってしまっている、と言ったが、我と二人の時などはこちらが此奴の真の口調だ。

 ウルルにとってルーファスは『邪龍マレフィクス』の呪縛から解放してくれた大恩人であり、救世主どころか神にも等しく思い、崇めている。

 当のルーファスは自分がしたことを必要以上に感謝されることを嫌がるが、我も含めウルルのように、ルーファスのためならどんな些細なことでも協力したいと願う者は多い。


「それで?話とはなんだ。」

「ああ、まずルーファス様に調査を頼まれた『時空点』の結果だ。」

「ふむ…ルーファスが1996年で確認しているそれの在処だったな。」


 ――我らがどうやってこの時代に来たのか、その方法はまだわからないままであったが、ルーファスは『時空点』と呼ばれる時と空間の歪みさえ見つかれば、ルーファスの力で元の時代に戻れるはずだと言っていた。

 そこでウルルの『遣い鳥』にそれがどんな状態のものなのかを説明し、心当たりのある場所を見に行って貰うことにしたのだ。


 ルーファスが今はまだ見つかっていない、フェヌア・クレフト以外で告げたのは五箇所。エヴァンニュ王都の王都立公園、ムーリ湖畔、ルク遺跡最下層、ルクサール近郊のアラガト荒野、イシリ・レコアの広場内だ。

 言うまでもないが、それらは全て1996年代での地名で、この1002年には存在していない(表には見えない)場所もある。

 その代表的なものは王都の公園と、ルク遺跡だ。


 王都はまだ完全に出来上がっておらず、公園は影も形もない。ルク遺跡に至っては表面を樹木で覆われた小山の中に埋もれている状態だと言う。


 先の二つは調査すら不可能なもので、実質は残りの三箇所に絞られていた。ウルルの言う結果とは、そこを調べて来た『遣い鳥』の報告のことを言っている。


 だが――


「…そうか、それらしいものは見つからなかったか。」

「うむ。もしかしたら後に変化の起きる可能性もある、引き続き監視はさせておくことにした。」

「となると…やはり我らが飛ばされて来た、あの円形の石版が埋め込まれていた地下空洞を探す他なさそうだな。」


 我はグラスに注がれた冷えた茶を口に運ぶと、昨日の光景を思い出す。


 この頭には今、荷物のように横たえらえたマリーウェザーと、壁に並んだ神殿様の石柱に、広間奧の地面に埋め込まれた円形の石版、そして転移直前に見た…あの()()()()()()が浮かんでいる。


「まあ、そうなる可能性が高いと思い、予めその場所も同時に探させている。ただ、迷宮のような場所に遣い鳥は入って行けぬから、小動物など他生物の協力が必須でな、そちらは結果が出るまでに数日かかる。」


 我が友ながら相変わらず手回しが早い、と感心する。


「さすがだな、ウルル=カンザス。面倒をかけるが、そなたにしか頼めぬ。我らが現代に戻れなければ、フェリューテラの未来はないのだからな。」

「当然だ、そなたに言われるまでもない。私は一族の特性上七聖にはなれなかった故、こういう時こそ御役に立たねばな。上手く行けばルーファス様に喜んで頂けるだけでなく、お誉めにあずかれるかもしれぬ。」


 普段そう言った感情をあまり表に出さぬウルルが相好を崩す。此奴は元々ルーファスが大好きで、ルーファスに褒められることがもっと大好きなのだが、ルーファス様、ルーファス様、とルーファスを褒めちぎり、纏わり付き過ぎてウザがられるのを避けるため、(あるじ)の前ではそれを曖気(おくび)にも出さない。


 そのウルルが急に真顔になり、意外なことを口にする。


「――本当はな、シルヴァンティス…私はルーファス様の所在が掴めなくなって、もうあの方がこの世界には戻られないのではないかと不安だったのだ。」

「なに…?」


 それは他に類を見ないほどの高い知能を持ち、あらゆることに通じていると言われる黒鳥族(カーグ)の長、ウルル=カンザスの言葉とは思えなかった。


「そう感じているのは、私だけではない。精霊女王マルティル様も同様だ。」

「マルティル様が?なぜだ。」

「ああ、まあそのことはいずれ1996年に再会した時にでも、改めて話すことにするが、今回のことでそれは私の杞憂だったことがわかり、ルーファス様が未来から来た、と仰った瞬間、殊の外喜んでしまった。」


 また勿体ぶった物言いを…、とイラッとするが、こう口にした以上、此奴が続きを話すことはないと知っている。


「話が逸れたが、本題に入る。『黒衣の集団』と『ケルベロスの(きば)』とやらについてだ。こちらはルーファス様にとってかなり厄介な相手になりそうだぞ。」





                  ♢


「――おーい、ウェンリー、アテナ!もうそろそろノクス=アステールに戻ろう。昼には帰る約束だっただろう?」


 飽きることなく広大な森を歩き回るウェンリーとアテナは、放っておいたらそのままここで永遠に遊び回りそうだった。

 俺はそんな二人を呼び戻すと、頭の地図で方角を確かめながら『カストラの森』へ向かって歩き出した。


「あー、楽しかった!ヴァハの周りにもヴァンヌミストの森があったけど、立ち入り禁止で入れなかったし、メク・ヴァレーアの森は魔物だらけだったろ?デゾルドル大森林は幻惑草があって生物は殆どいなかったし、本当の自然な森って、こんなに空気が美味くて動植物が豊かなんだな。」

「…そうだな。」


 僅か三時間ほどの探索でも、満足げにそう言ったウェンリーを見て、ウェンリーはどこへ行ってもウェンリーのままだな、と目を細める。

 それが俺にとって救いであり、羨ましくもある。


「ルーファス様…ウルル様に調査をお願いした場所に『時空点』は見つかるでしょうか?」

「うーん…どうかな、まだなんとも言えないけど…」


 以前光神の神殿に飛ばされた時、突然現れた誰かに俺が望む場所へと送り返して貰ったが、あんな自由自在の時空転移魔法は俺には使えない。(と言うか、時空転移魔法自体が暗転していて俺の意思で使えない)

 この前の例から考えると、俺が自分の意思で時空転移をするには、なんらかの空間の歪みや、極狭い範囲に生じる特殊な環境が必要だ。

 俺はそれを勝手に『時空点』と呼んでいるが、そもそもその定義自体がはっきりしない。

 ただ漠然と空間が揺らいで見えるとか、妙なモヤモヤしたものが見えるとか、そこだけ周囲と違って見える、と言った印象でしか未だ認識できていないのだ。そんなものを他者に任せて探せという方が無理がある。


 せめて俺自身が歩き回れればまだ良かったのだが、ここまで過去の時代だと、1996年から来た俺達の取った行動で、この後の未来がどう変わるか想像もつかなかった。こうなると下手に動き回らない方が絶対に良いことだけは理解できる。


「――まあどうしても見つからない場合、最終的には逃げたはずの黒衣の連中を探し出して、なぜ俺達があの場に転移してくると知っていたのか聞き出すしかないかな。」

「えっ…」


 俺の横でウェンリーがなぜか小さく声を上げた。


「?」


 なにが〝えっ〟なのだろう?そう思い、ウェンリーを見ると、目が合った瞬間に〝しまった〟という顔をした。


「それは難しいのではないでしょうか?」


 アテナが自分の頬に右手の人差し指を押し当て、首を傾げながら答える。


「ア、アテナっ!!」


 わたわたとウェンリーは慌て始め、アテナの言葉を止めたがっているように見えた。


「その黒衣の連中と言うのは、既に()()()()()()()()()と、ウェンリーさんとシルヴァンティス殿が話していましたから。」




 ――『黒鳥族(カーグ)の塔』からノクス=アステールのウルルさんの屋敷に戻ると、俺は自分の頭を整理するために、一人にして欲しいと言って鍵をかけ、昨夜使わせて貰った客室に閉じ籠もった。


 常世の国ノクス=アステールに星明かりはあっても月はない。


 明光石(ライトストーン)の灯りを点けずに暗闇の中、椅子に腰かけて、薄明るい窓の外を見ながら、ウェンリーから聞き出した話の内容について考える。


 アテナの言葉を聞いて、黒衣の男達が()()()()()とはどういうことかとウェンリーを問い詰めると、ウェンリーは隠すつもりはなかったと言い訳をし、話し難そうに俺がまた意識を失った後に外見が変化したんだと言った。


 その上漆黒髪に変化した俺は、シルヴァンでさえ過去に見たことのない力を使い、あの場にいた黒衣の男達を一瞬で動けなくしたのだという。

 それだけならまだしも、ウェンリーとシルヴァンは、黒鳥族(カーグ)の戻り羽根で転移する直前、黒衣の男達が突然狂い出し、味方同士で殺し合いを始めた姿を最後に目撃していた。


 その光景は凄まじく、狂化した猛獣が相手の息の根を止めるまでひたすら攻撃し続けるように、全員が血走った目をして口から涎を垂らし、各々武器を手近にいる味方に向かって振り回していたのだという。

 それはほんの数秒間目にしただけの光景に過ぎなかったが、それでも誰も生き残ってはいないだろうとシルヴァンすらも青ざめさせたそうだ。


 ウェンリーはそのことを俺に話した後、小さく告げた。


 あの黒髪の俺は俺ではなく、黒衣の男達に『レインフォルス・ブラッドホーク』と呼ばれていたんだと。


 それはいったい、どういう意味なんだ?


 ――いくら考えても答えが出ない。だってそうだろう?マーシレスを手にした時と同じく、俺にその記憶はないんだ。


 なにより、俺ではない俺が使った力のせいで、その男達が死んだのではないかと思うと恐ろしくなった。


 俺にとって『人』は守るべき対象であり、簡単に命を奪って良い相手ではない。だからこそ、たとえ自分が傷付けられても、己の意思で決して人を殺めることはない。…そう思って来た。それが『俺』であり、『俺』が『俺』である絶対的な定義でもあるからだ。


 その根底が崩れていくような気がした。


≪…俺の中に、俺ではない誰かが…いる?…もしかしたら、そう言うことなのか?その誰かが、俺が意識を失うと表に出て来て、身体を動かしていた…?≫


 ――そんなことがあるのか…?


 愕然としながら、遠い意識の中で聞いた『声』のことを思い出す。


 俺がなにかとても大切なことを思い出そうとした時、まだ思い出すなと、それを止めたあの『声』。

 その声と俺に闇を近付けるなと言った声は、同じものだったような気がする。


 それは俺と同じ声でありながら、俺が発した声ではなかった。


 もし、俺の中に俺ではない誰かがいるのなら…自己管理システムの中にいた最初の頃のアテナのように、意思疎通は可能なのだろうか?


 そう思い、意を決して恐る恐る自分の中の誰かに、問いかけてみる。


 ――〝そこに誰かいるのか?〟


 本当に返事があったらどうする気だ?…そう思い緊張して身構えてしまう。


 ドクン、ドクン、と早鐘を打つ自分の鼓動に邪魔されて、まだ何も聞こえない。


 ――〝お願いだ、誰かいるのなら答えてくれ。〟


 もう一度懇願するように問いかけてみたが、あの『声』が返って来ることはなかった。


 俺は長い長い溜息を吐いて目を閉じる。


 …今のこの気持ちが、安堵なのか、落胆なのか、自分でもわからなかった。




 カラララ…


 小一時間ほどが過ぎ、ようやく落ち着いた俺が引き戸を開けて部屋から出ると、少し離れた階段上の空間に、部屋から閉め出された形になっていたウェンリーとシルヴァン、アテナの三人が椅子に座って待っていた。


 三人は俺を見るなり立ち上がり、各々心配や不安と言った感情をその顔に浮かべていた。


「ルーファス…」


 特にウェンリーはこの世の終わりみたいな顔をしている。


「ああ…悪かったな、閉め出して。話があるからみんな部屋に入ってくれるか?」


 ウェンリーもシルヴァンも、アテナでさえも黙ったまま室内に入ると、今度はきちんと灯りを灯し、室内を明るくしてから各々好きな場所に腰を下ろした。

 俺はなんとなく座る気になれずに、脇棚に寄りかかるようにして立ったまま話し始めた。


「――ウェンリーから、俺がまた別人のようになったと聞いた。この銀髪が漆黒に染まり、年令は幾分か上に見え、声は同じでも口調が異なる。ウェンリーやシルヴァンに対しての態度も素っ気なく、極めつけが闇魔法を主体として使用し、見たことのない力を使って人を死に至らしめることが出来るみたいだ。」


 そのもう一人の『俺』を、黒衣の男達は『レインフォルス・ブラッドホーク』と呼んだ。その人物が何者なのかはわからないが、仮に俺の中にもう一人の自分がいると仮定して、そのもう一人の『俺』を、今後は『レインフォルス』と呼ぶことにする。


 俺はまず三人にそう話した。


「今現在わかっていることは、俺がレインフォルスを知らなくても、レインフォルスの方は俺のことを良く知っているらしいと言うことだ。それは俺を闇に近付けるな、とシルヴァンに警告したことからも明らかだと思う。…ここまではいいか?」


 深刻な表情で俺の話に聞き入る三人は、それぞれに戸惑った顔をしていた。


 特にアテナは、俺の中にいながら俺のそんな事実にはまるで気付いていなかったようで、その困惑ぶりは一目見て明らかだった。


「ルーファス、その『闇』なのだがな、ルーファスの記憶に残っているかどうかわからないが、ルーファスは元々その『闇』が苦手で、千年前…つまりは暗黒神やカオスを相手にしていた頃はだが、それがかなりの()()だったのだ。」

「弱点?」


 一言で闇と言っても、俺が自分でも使用するような闇属性魔法などの属性を表す闇のことじゃない。シルヴァンの言う『闇』とは、人の持つ邪悪さや負の感情のことを言う。

 だがそれなら今現在も俺は苦手だ。人の醜悪さを目撃すれば吐き気をもよおして逃げたくなるし、負の感情を剥き出しにする人同士の争いなどは、できるだけ関わらないよう避けるようにもして来た。

 ところが、シルヴァンが言うにはそれの比ではないらしい。


「もし千年前のルーファスであれば、あの禍々しい(つるぎ)…マーシレスや、ケルベロスの(きば)とか言うあの武器に刺されれば、程度にもよるが一月から二月以上は眠りから目覚めなかったことであろう。」

「…そんなにか…!?」

「そうだ。だからこそカオスに操られたような人間でさえ、その手にかけられぬルーファスを守るために、我らは人間が敵対した時は必死になった。あなたが倒れれば、その合間に暗黒神の力が増すからだ。」


 ――それは初耳だ。俺がそんなにも闇が苦手…?そんな自覚はない。


 するとアテナが、そのシルヴァンの言葉に同調するような言葉を発した。


「――シルヴァンティス殿の言葉は確かです。人間は…ルーファス様にとって最大の敵でもあるかもしれません。」


 過去のデータベースを調べると、人の持つ『闇』に関する記述からその危険性が垣間見えるのだとアテナが頭に直接話しかけて来る。

 と言うことは、シルヴァンの言う通り、過去に人間が絡むなんらかの事態に陥ったことがあるのだろう。


 以前リカルドは、俺に殺意を持って襲ってくるような人間が存在することが心配だと言ってくれたが、それでもし本当に俺が倒れるようならこの世界は終わりだ。


 そんな人間のために滅びるなんて、と思うかもしれないが、いつの世も心無い一部の人間が引き起こす事柄によって、多くの善良な人々が死に至って来たという歴史がある。

 人の持つ『闇』というのは、案外馬鹿に出来ないものなのだ。


 そのことを踏まえ、頭の中でシルヴァンの言葉をもう一度反芻した瞬間、俺の中にまたどこからか〝なにか〟の記憶が流れ込んできた。


 それはなぜか昨日のフェヌア・クレフトの出来事で、異なる状況と異なる結果の二つの記憶だった。


 一つは、俺が防護障壁(ディフェンド・ウォール)で自分を守り、ケルベロスの剣を持った黒衣の男が弾き飛ばされ、その直後に見えた光景はシルヴァンが抱きかかえていたマリーウェザーが、布に包まれたまま、襲撃者の男二人の剣で貫かれるというもの。


 そしてもう一つは、同じく俺が防護障壁で自分を守り、また黒衣の男の背後にシルヴァンが見えたが、今度は襲撃者の男二人に貫かれて倒れたのがマリーウェザーではなく、彼女を庇ったシルヴァンだったというものだ。


 その頭に流れ込んできた幻のような記憶は、一瞬で消え失せ、俺は軽い眩暈を起こした。


「ルーファス!?」

「ルーファス様…!?」

「ああ、いや…なんでもない、大丈夫だ。」


 …今のはなんだ?幻覚…にしてはやけに現実的な――


 ふらりと身体が持って行かれそうになった俺に、ウェンリーとアテナが驚いて手を伸ばした。俺はすぐに気を取り直し、その手を止める。


「――もしかして『レインフォルス』が表に現れるのは、その『闇』が原因なのか…?」

「…わからぬがそう、かもしれぬ。前回と今回…共通しているのはどちらも武器に纏われた強力な『闇』だ。守護神剣(ガーディアンソード)マーシレスが纏っているのも、人の持つ『業』や『因果』から齎される負の塊だと言われているからな。」

「…そうか、そのことは一応気に止めておくことにする。」


 つまりレインフォルスは、俺をその『闇』から守ってくれているのかもしれない。そう考えれば俺が聞いたあの言葉の意味も辻褄が合う。だが…


「なにが原因にせよ、俺の知らないところで身体を使われていて、それを覚えていないことが問題なんだ。俺は完全に意識を失っていて、誰になにをしたのかも覚えていない。もし万が一、それがウェンリーやシルヴァン、アテナに向いたらと思うと…」


 それが最も心配だった。


 だから俺は三人に、もし今度同じようなことが起きたら、絶対に俺に隠すな、と言い聞かせ、この次はレインフォルスにできるだけ人を傷付けたり、敵だとしても人を殺めたりしないように言って欲しい、と頼んだ。


 ウェンリーとアテナはすぐにわかって頷いてくれたが、シルヴァンだけは時と場合による、と答えを濁した。

 それはなぜかと尋ねると、相手が世界の滅亡を望むような輩では見逃せば命取りになる、と深刻な表情を浮かべて答えた。


 そうして続けざまに丁度いいからこの場で話す、とさらに険しい顔をする。


「ルフィルディルを襲撃し、我らを襲った黒衣の男達の正体が判明した。」


 ――いつの間に…いや、今それを調べても1996年に戻れば意味がないんじゃないか、そう思った。ところが…


「連中は終末論信者の宗教集団だ。組織名は『ケルベロス』。少し混乱するかもしれぬが、ヴァハでルーファスの背後から斬りかかったのも同じ宗教集団の信者である可能性が高い。連中の特徴として信者は皆左の二の腕に、三匹の黒犬の横顔を模した入れ墨を彫っているのだそうだ。」


 三匹の黒犬の入れ墨…ヴァハで俺を襲った男達の左腕にあった――


 俺はシルヴァンの即死攻撃で倒れ伏した、闇装束の男達を思い出す。あの中には俺が知る村の人間も含まれていた。直後ウェンリーがその名前を口にする。


「はあ!?それって…クルトとラディもそうだったってことか!?」


 クルトとラディ…次期村長のシヴァンと仲の良かった幼馴染三人組で、将来を期待されていた二人だった。

 俺は彼らに手を合わせることを許されず、その翌日にはヴァハを出たのだ。


「終末論信者の宗教集団…所謂カルト教団、ですか。」


 アテナはデータベースを検索してその意味を呟く。カルトとはある種の資質を備えた支配的指導者を中心とする、熱狂的な信者を持つ宗教集団のことを言う。


 その名前が『ケルベロス』…――


『部下達からの報告で時折耳にする、ある組織の名前がケルベロス、と言うのです。あまり気分のいい話ではないので、正直に言ってルーファスの耳には入れたくないのですが…』


 ヴァハでリカルドの口からそんな話を聞いた覚えがある。だとするとこの時代に既に存在していた宗教集団が、千年近く後にも残っていると言うことか。


「ウルルさんがそれを調べてくれたのか?」

「うむ。ルーファスを襲った連中の正体をすぐに突き止めた方がいい、と言ってな。我もまさかヴァハでの襲撃者がこんなところで判明するとは予想外だった。」


 それで俺を刺した男は狂気に満ちた顔で笑っていたのか。


 人の持つ盲目的な狂信は恐ろしいと言うが…滅亡的終末論が千年も続くというのは少し異常じゃないのか?…いや、実際に暗黒神ディースは俺達にとっての現代に復活する…もしかしたらそれを知っている人間が興した宗教なのか。


 そう青ざめる俺と同様にウェンリーもぶるるっと身を震わせた。


「千年も続くそんな宗教思想なんておっかねえ…終末論ってあれだろ?世界の終わりが来るとか、滅ぶとか言う奴だよな?それ自体はまあ、強ち間違っちゃいねえのかも知んねえけど…ゾッとするぜ。」

「中には自分達の力で破滅を招こうとする人間もいると言いますね。わざと争いを起こしたり、物事を悪い方へ悪い方へと誘おうとする――」

「やめて、アテナ!怖いからっ!!」


 アテナが俺のデータベースを参考にウェンリーを脅している。…つもりはないのかもしれないが、二人のやり取りに俺は思わずふっと目を細めた。


 俺が微笑んだことで、ウェンリーとアテナがほっと安堵した顔を見せる。随分と心配させているみたいだな。


 でも、大丈夫だ。今はまだ、俺の中にいるらしき〝もう一人の俺〟の存在をはっきりと知ったばかりで、どうしたらいいのかもわからないけど…暫くこのまま様子を見るしかない。


 どう悩んでも結局はいつものように、その時が来なければ〝答え〟は出ないのだから――




               ♢ ♢ ♢


 ――俺達がノクス=アステールに滞在して一週間が経った。


 未だ時空点は見つからず、1996年に帰れるのか不安になり始めている。俺は最悪、これから千年ほどの時間をこのまま世界に紛れて過ごす、と言う方法も取れなくないが、ウェンリーやシルヴァンは(アテナはどうなんだろう?)そうはいかない。

 せめてフェヌア・クレフトから飛ばされた、あの石版のある場所がどこかわかれば、そこを調べることでなにかわかるかもしれないのだが…遣い鳥の調査報告はまだ来なかった。


 この数日間で、実は不味い変化も起き始めている。それは黒鳥族(カーグ)の人々が俺達の存在にすっかり慣れてしまい、ちらほらと姿を見せるようになってしまったことだった。

 ウェンリーに至っては事の重大さをわかっておらず、気が付いたらアテナと一緒に子供達と遊ぶようにまでなっていた。

 それを見た俺の血の気が引いたのは言うまでもない。


 黒鳥族(カーグ)はその特性から、他種族の前に姿を見せないと言われている用心深い種族だ。故に『影の一族(シャドウ・フォルク)』と呼ばれて来た。

 千年後もあれほど徹底して俺達の前に姿を見せなかった彼らが、俺達に慣れて平然と過ごすようになっては、未来がどう変わっているかわからなくなる。

 下手をすればこのことが原因で彼らに危険が及ぶ可能性だってあるのだ。


 そこで俺はウルルさんと話し合って、黒鳥族に隠形魔法『ステルスハイド』を教えておくことにする。

 意外なことに彼らが普段使っているのは、黒鳥族特有の隠形スキルで、気配を消すことに関しては俺の魔法ほどの効果はないそうだ。

 それならこれは魔力や魔法の鍛錬にもなるし、いざという時にきっと役に立つ。…そう思ったのだが――


 予想外に喜んだウルルさんに教えた後で、はた、と思う。そう言えば1996年でノクス=アステールを訪れた時、あまりの人気の無さに驚いたものだが、もしかしてあれは、俺がこの魔法を教えたせいだったんじゃないか、と。


 もしそうなら、黒鳥族の人々が完全に気配と姿を消していたのも頷ける。俺が教えた魔法を使用して姿と気配を完全に消し、仲間同士なら味方と認識することで、視認が可能なのだから、何食わぬ顔でみんな日常生活を続けていたのだとしたら…?いやでもその時俺はまだ、過去に来ていなかったんだし…??

 俺はその可能性に気付いて愕然とした。愕然として、ウェンリーにその話をしたら、「それってもう、鶏が先か、卵が先か、って奴と同じだろ?考えるだけ無駄だからやめとけって。」と笑い飛ばされた。

 確かに無駄かもしれないが、そんな無責任なことで良いのだろうか…。


 そんなことを悶々と悩んでいたら、ウルルさんが物凄い明るい顔をして、俺達が滞在している部屋に飛び込んで来た。


「ルーファス様!遣い鳥から例の場所が判明したと、たった今連絡が来ました!!」

「ウルルさん、本当ですか!?」


 例の場所、とはあの石版が地面に埋められていた、神殿様の地下空洞のことだ。


 俺はほっとして先ずウルルさんに感謝し、遣い鳥のことを褒めた。するとウルルさんはなぜかとても複雑そうな顔をして、私のことはお誉め頂けないのでしょうか、と項垂れる。

 俺は微苦笑しながら、ウルルさんは俺が褒めるまでもなく凄い人で、ウルルさんがいなければ俺はきっともっと困り果てていた、と告げ、ウルルさんは守護七聖同様に俺にとって大切な仲間だと言ったら、涙を流して喜んでくれた。…ちょっと大袈裟じゃないか?


 その話を聞いた後少し早めの昼食を取り、俺とウェンリーとアテナは、早速その見つかった場所へ調査に向かうことにした。


「本当に我は行かずとも大丈夫か?」


 酷く申し訳なさそうな顔をしてシルヴァンが気に病む。


 今回シルヴァンは、もうすぐ目を覚ますマリーウェザーの傍にいるために居残りだ。


「心配するな。正確な場所が把握できたから、もう座標指定の転移魔法石が使えるし、遣い鳥の報告で既にケルベロスはいないこともわかっている。一、二時間で戻ってくるから、おまえはマリーウェザーの傍にいてやれ。もう半時ほどで治療が終わるんだろう?」

「うむ…。」


 ――俺達が転送された場所の調査の方は待ったなしだ。もう一週間も過去の世界にいるし、これ以上ノクス=アステールに影響を与えないよう、少しでも早く1996年に帰る必要がある。

 一番の目的は時空点を見つけることだが、それ以外にもあの場所がどんな場所で、地面に埋め込まれていた石版がなんの為のものなのか、それを調べなければならない。その結果次第では多分色んなことがわかるはずだからだ。


 その中には、俺を罠に嵌めた術者のことも含まれる。


 因みに、判明したその場所は『ロジェン・ガバル』の地下だった。ロジェン・ガバルは1996年で、フェヌア・クレフトから続いていると言われていた、デゾルドル大森林内にある、シェナハーンとの国境にほど近い巨岩石の岩山のことだ。

 ここは1002年でもそう呼ばれていて、ルフィルディルからは結構離れているため、あそこの住人である獣人や人間と出会す可能性は低い。

 人が容易に入れる場所でもない上に、山頂には(ヌシ)の巨鳥、大鷲の『ヌイ・アウィス・ラパクス』が実際に棲んでいるらしいから、過去の人間に接触することはないだろう。

 どうも1002年の頃は霊力(マナ)がかなり豊富なせいか、異常に巨大化した魔物ではない怪物が、エヴァンニュ王国の各地に結構いるようだ。相手をしている時間はないし、君子危うきに近寄らず、だな。


「――シルヴァン、まだ時空点が見つかるかはわからないが、マリーウェザーが目覚めたら、今後どうするか話し合わなければならない。おまえも自分に正直になって、どうしたいのかを良く考えておくんだ。」

(あるじ)…」


 シルヴァンが俺から視線を逸らし、沈鬱な表情を浮かべる。シルヴァンはシルヴァンなりに悩み、色々と考えていることだろう。

 だが俺はシルヴァンにはまだ話していない、ある計画を目論んでいた。


 マリーウェザーは里の歴史で、ルフィルディルを襲撃した人間の集団に攫われ行方不明になり、そのまま二度と帰らなかったことになっている。

 マリーウェザーの思念体は、自分はフェヌア・クレフトで殺されたと言ったが、そのことを正確に知っているのは俺達とアティカ・ヌバラ大長老だけだし、実際はそれとは大きく状況が異なっている。

 ならば行方不明の事実のままで、1996年までの歴史上は何の問題もない。


 寧ろ問題なのは、マリーウェザーが生きていて、ルフィルディルに無事に戻ってしまうことの方だ。

 マリーウェザーが里に帰れば、その後の歴史が大きく変わってしまう。俺は世界の歴史と時間には、ある程度の修復作用があると思っているのだが、さすがに彼女の存在はその範疇を超えているように思えた。


 そのためマリーウェザーには厳しいことを言うが、今後も行方不明のままでいて貰おうと思う。


 ただシルヴァンの息子『ヴァンアルム』が、里から行方不明になったということもあり、彼女があれほどまでに痩せ衰えるほど、愛する息子がいなくなったことを嘆き悲しんでいるのであれば、俺が口を出せることに限界がある。

 だから俺の目論見が上手く行くかどうかは、シルヴァンとマリーウェザーの気持ち次第だ。


 もしシルヴァンが彼女への思いを諦めることが出来ず、再び共にあることを強く望み、マリーウェザーが息子を失った悲しみを自分が支える、と誓えるのなら、その時は――



 ――俺はシルヴァンにとって、彼が獣人族(ハーフビースト)の長であるが故の問題に対する解決方法が、最善になるように、心配するな任せておけ、と言って約束した。


 俺は自分が言ったその言葉を忘れていない。


 

次回、仕上がり次第アップします。ブックマークありがとうございます!!いつも読んでいただき、とても嬉しいです。寒くなってきましたが、頑張ります!!

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