89 獣人族と呪いの絵画 ③
なにか見せたいものがあると大長老に言われたシルヴァンと別れ、里の中の見学をかね、ギルドへ向かったルーファスとウェンリー、アテナでしたが、毒を盛られたことに落ち込んでいたウェンリーを励まし、元気を取り戻したその横で、ルーファスは不審な獣人を見かけます。敵対存在を示す赤い信号は脳内地図に現れず、一応気に止めておこうと思うことにしたルーファスでしたが…
【 第八十九話 獣人族と呪いの絵画 ③ 】
ギルドに向かうために通りを歩いていると、ぱたぱたぱた、とどこか上の方から羽音が聞こえて来て、なんの前触れもなく俺の肩に一羽の野鳥が止まった。
耳元で、ピチ、ピチ、キュルル、という変わった鳴き声を上げたその小鳥は、まるでなにか俺に話しかけているような気がして、ふと俺は、黒鳥族のウルル=カンザスさんを思い出した。
「可愛い…鶲ですか?ルーファス様。」
逃げもせず俺の肩にいる小鳥に、アテナがそっと指を伸ばした。
「鳴き声が違うからどうかな。」
「ルーファスってば昨日は猫で、今日は鳥かよ?まさかまた誰かに呼び出されてんじゃねえだろうな。」
「まさか。ここでそれはないだろう。」
すっかりいつも通りの調子に戻った様子のウェンリーは、ついさっきそこの露店で買ったばかりのロングベストを取り出すと、歩きながらそれを羽織って、アテナに似合う?とか聞いている。
――そう言えばウルルさんは、前に俺の情報をどうやって知ったのか聞いた時に、〝鳥はどこにでも飛んでいる〟って言ってたけど、もしかして近くの鳥に伝言を頼めばウルルさんに届いたりするのかな?
できれば頼みたいこともあるし…ちょっと試してみるか。
それは単なる思いつきに過ぎず、ギルドで連絡を取った方が確実なのはわかっていたが、近くにそれが無い時に、そんな方法が取れたらいいなと思っただけだった。
「ウルルさんに伝言をお願いできるかな?できるだけ早く連絡を取りたいって、伝えて欲しいんだ。」
右肩にいる小鳥にそう話しかけると、小鳥は小首を左右に二度傾げてから、チチチッと鳴いて飛び立って行った。
「あ〜あ、ルーファスが鳥に向かって変なこと言うから逃げちったじゃん。」
「変なことってなんだよ。ウルルさんに連絡が取れるか、ちょっと試してみたかっただけだろう。」
「黒鳥族の『遣い鳥』だっけ?あんなちっこい雀には無理なんじゃね?」
「あれは雀ではありませんよ、ウェンリーさん。きっと鶲です。」
…やけに拘るな。アテナは鶲が好きなんだろうか?
むきになったアテナに、そう思い微苦笑した直後だ。
『ルーファス様、聞こえますか?ご連絡を頂戴しました、私に御用ですか?』
突然俺の耳元で、その声は響いた。
「うわっ!?え…この声、ウルルさん!?」
――まさか本当に、しかもこんな一瞬で連絡が取れるとは…!
俺は急いで無限収納から『精霊の鏡』を取り出すと、慌てて人目に付かない場所へ走って移動した。
建物の影で精霊の鏡を覗き込むと、そこに写っていたのは確かに黒鳥族の長、ウルル=カンザスさんだった。
「うおっマジか…あの雀、ホントに遣い鳥だったんじゃん!!」
「違います、鶲ですってば!」
いや、それはもういいから。
「驚いたな、こんなに早く連絡が取れるなんて…突然すみません。」
『いいえ、ルーファス様、お元気そうでなによりです。ご無事であることは報告を受けて存じていましたが、ノクス=アステールを出られて以降こちらへはお戻りになられず、少々寂しく思っておりました。ですがお顔を見られてこのウルル、安心致しましたよ。』
「あ…!」
そうだった…ウルルさんの屋敷から、転送陣で黙っていなくなってそれっきり…いくらなんでもなんの音沙汰も無しじゃあんまりだろう…!!
色々あってそのことをすっかり忘れていた俺は、ひたすら鏡の中のウルルさんに頭を下げて謝った。
ウルルさんは俺の事情を理解してくれていて、笑いながら気にしないようにと言ってくれたのでホッとしたが、黒鳥族の族長に対して随分失礼なことをしたと、俺は深く反省した。
『して、ルーファス様、現在はルフィルディルにいらっしゃるようですが、火急のご用件でしょうか?』
「さすがウルルさん、俺達の行動は全て筒抜けですか。実はちょっと頼みたいことがあって――」
ノクス=アステールから動かずに、知りたい情報を得ることが可能な黒鳥族は、世界中、何処にでもいる鳥たちと、いつでも連絡が取れるんじゃないかとは思ったが…ここまでとはちょっと驚いた。
当然俺達が魂食いの森に行った時点で、ここの獣人族のことも知っていたのだろうが、シルヴァンにさえ一切情報を漏らさなかったところを見ると、その徹底した情報管理と秘密厳守に対する鉄心石腸ぶりは、尊敬と信頼に値する。
今後もウルルさんとは、良好な関係をずっと続けて行きたいものだな。
『エヴァンニュ以外の他国に獣人族の集落、ですか?』
「うん、本当に存在するのか調べて欲しいんだ。」
『それでしたら調べるまでもありません、既に滅んだイシリ・レコアとルフィルディル以外に、獣人族の拠点と呼べるものはどこにもございませんよ。』
俺が頼むまでもなく、世界中の情報を知り尽くしているウルルさんに、知らないことは殆どなかった。
特に獣人族に関しては、シルヴァンと個人的にかなり親しいこともあって、その動向には気を配っていたという。
『過去他国で獣人を見たという報告が上がって来たこともありませんし、間違いありません。』
「そうか…。」
――大長老の話を聞いていて、ルフィルディルの話を聞いた時と違い、シルヴァンが最初から全く取り合っていない様子だったから、なにかそんな確信があるんじゃないかと思っていたけど、やっぱりそうか。
だとすると、外から来た獣人というのは何者なんだ?
『そう言えば…二週間ほど前に遣い鳥から、ルフィルディルに関して奇妙な報告を受けました。』
「それはどんな?」
『姿形は獣人なのに、獣人ではない者がいる、と言うものです。デゾルドル大森林に棲む野鳥に周囲を探らせようとしましたが、近付くと捕まって食べられてしまったので、その正体はわからないのですが…』
…た、食べられちゃったのか…可哀相に。だけど、姿は獣人なのに、獣人じゃない…?
獣人族は相手の血の匂いを嗅ぎ取り、同族かどうかを見分けられると言う。獣人でない者が入り込めば気づきそうなものだけれどな…。
「それって、もしかして赤目に犬耳の獣人のことかな?」
『申し訳ありません、そこまでは…』
「ああ、いや、いいんだ。知りたかった答えが聞けただけで十分だよ、ありがとうウルルさん。」
それからウルルさんは、俺宛に "ある道具" を手紙と一緒に、ここのギルドに送っておいたから受け取って欲しいと言って来た。
俺は彼に礼を言って、ウルルさんの方でもなにか困ったことがあったら、遠慮なく連絡して欲しいと伝えると、それで鏡の通信を終えた。
「やはりなにかきな臭いですね、ルーファス様。」
「うん?…ああ。」
横で俺とウルルさんの話を聞いていたアテナが、そんなことを言う。〝きな臭い〟なんて言葉の使い方をいつの間に覚えたんだろう?
「とりあえずギルドに行こう。ウルルさんがなにか送ってくれたらしいからな。」
「道具って言ってたよな、なにかな?」
「それは見てみないとわからないな。」
鏡を無限収納に仕舞って通りに戻り、俺達はその足で真っ直ぐ魔物駆除協会へ向かった。
ルフィルディルのギルドは、一階と二階が民間人用の階になっていて、守護者専用の階は入口自体が別にあり地下にあった。
それも巨木の根を傷付けないように、根を避けるような形で空間ごとに地下一階、地下中一階、地下二階、地下中二階、といった感じに間が通路で繋がっていて、微妙にそれぞれ高さに違いがあるのだ。
それは多分、横から断面図にして見ると、土中の蟻の巣みたいな感じだろうか。しかも驚いたことに、最深部は例の地下迷宮に通じていて、獣人族の守護者や冒険者は、主にそこで仕事をしていることがわかった。
――獣人族の守護者達が、里から出ずにどこで魔物を狩っているのかと不思議だったけど、まさか地下迷宮が主な活動域だとは思わなかったな。しかも行動範囲が決められていて、転送陣は全て完全に封印されているようだし、外部への出入りは遮断されていると来た。…大したものだよ、本当に。
俺はウェンリーの昇格もあって、昨日の依頼完了報告をウェンリーとアテナに任せると、掲示板の前で俺達が受けるのに適した仕事を探していた。
すると高難易度の緊急討伐依頼の中に、気になる内容のものを見つけた。
「…ファソラポカの…特殊変異体?」
〖緊急討伐/ファソラポカ特殊変異体/推定体躯一メートル半/猛毒所持/UNKOUWN〗
――出現場所は地下迷宮の三階か。…特に募集要項にこれと言ったおかしな点があるわけじゃないけど…なにか引っかかるな。
「…よし、これにしよう。」
昨夜のことがあって、これが張り出されている。きっと単なる偶然じゃない。俺の勘がそう言っていた。
依頼票を剥がし、窓口へ向かおうとしたところで、ウェンリーとアテナが合流する。
「無事に昇格したぜ、ルーファス。俺もこれでアテナ達と同じBランク級だ。」
ホールモールを一人で倒せと言った時は震えていたのに、ウェンリーは自分を右手の立てた親指で差すと、ドヤ顔をして誇らしげにそう言った。
「おめでとう、ウェンリー。次に目指すのはAランク級だな。」
俺がクスリと笑ってそう言うと、ウェンリーは一瞬口の端を引き攣らせたものの、すぐにそれを誤魔化して平静を装う。
討伐ポイントを短期間で一定以上稼ぐのと、単独で同等級以上の依頼を完遂するなど次の昇格条件は厳しいが、Aランク級にまで等級を上げておけば、その後はもう誰にも侮られることはなくなる。
まあそれはもう少し経ってからだな。
「お、おう、頑張るぜ。…で、なんかいいのあった?」
「いいのと言うか、気になるのは見つけた。」
俺は二人に依頼票を見せる。
「ファソラポカの特殊変異体ですか?」
「…って、昨夜の食事の…?」
「ああ、気になるだろう?」
そのまま二人を連れて受付に向かうと、依頼受諾の手続きをしてウルルさんからの贈り物を受け取り、俺達は一旦、打ち合わせ用のテーブルに移動して椅子に座った。
ウルルさんから送られていたのは、飲料用ボトルくらいの大きさの長方形の箱だった。蓋を開けて中を確かめると、そこにはいくつかの転移魔法石と十枚ほどの黒羽根が入っていた。
添えられていた手紙を読む。
「ええと…?」
『ルーファス様へ/シルヴァンティスに渡しておいた転移魔法石では、お好みの場所に移動可能な反面、こちらには中々おいでいただけないかと存じます。なので、私の羽根、"黒鳥族の戻り羽根" をお贈り致します。』
――この黒羽根は何度でも使用が可能で、手に持って『ヴォラーレ』と一言唱えると、ノクス=アステールに一瞬で移動できるという。
「『緊急時の避難道具としても非常に優秀ですので、是非お一人一枚常時お持ち下さい。』…ウルルさん…」
手紙を読んだ俺は、微苦笑する。
気にするなとは言ってくれたけど、やっぱり俺が黙っていなくなったことと、その後連絡しなかったことを根に持っているんじゃ…?
俺から手紙を取ると、ウェンリーが追記を読み上げた。
「なになに?因みにルーファス様のお仲間以外の方が、黒鳥族の許可無くこれを使おうとした場合、ノクス=アステールの巨大怪鳥『アンズー』が召喚されますのでご注意下さい。…って物騒!!」
「盗難にあった際の侵入予防策だな。まあそのくらいは当然だろう。せっかくだからウェンリーとアテナに今ここで渡しておくよ。」
「私もですか?」
「ああ。無限収納じゃなくて、携帯用のバッグに入れておいてくれ。」
「わかりました。」
俺は早速それをウェンリーとアテナに一枚ずつ手渡し、自分も抜き取って腰のカラビナバッグに仕舞い込んだ。
残りは箱ごと無限収納の貴重品に入れると、仕事に取りかかる。
「よし、それじゃ午前中の内に一仕事終わらせてくるか。」
地下迷宮へと続く入口のあるギルドの最深部には、監視役の獣人守護者兼協会員が立っていて、身分証を提示しないと通らせて貰えないようになっていた。
「昨日来た人族か…里で行動する大長老の許可はあるのか?」
その男性は頭部にホーンドボアに似た角があり、おそらくは猪の獣人だと思われた。
「自由に出歩いて良いとの許可は頂いている。」
「…IDカードを見せよ。」
「ああ。」
「!…Sランク級守護者!?パーティー名『太陽の希望』…結成初日でSランク級に昇格したという新規一団のリーダーか…!!」
おっと…いつの間にか俺達のそんな情報が、ルフィルディルにまで伝わっていたのか。
俺のIDカードを確認すると、その獣人は人族への不審から守護者としての尊敬へと、俺達を見る目つきが変わった。
「大変失礼した、我ら獣人の守護者は特に武勇を尊ぶ。変異体をも単独で倒せるというその強さを、いつかこの目で拝見したいところだ。」
「ありがとう、そんな機会があればだな。後ろの二人も俺のパーティーのメンバーだ。」
「承知した、お気を付けて行かれよ。」
――あっさりとその態度が軟化し、一瞬で見る目が変わる。やはり獣人はその気性が真っ直ぐな人間が多い。
守護者の身分証明であるIDカードや個人の実力を示す指針となる等級は、人族ではなく黒鳥族の管理の下、徹底して不正が行えないようになっている。
だからこそどこの国でも通用する共通の身分証明になるのだし、そこに記載されている情報の信用度は確実だ。
獣人族もそれを知っている様子だが、まさかこんなところで、俺がパーティーを作った理由の一つである『信用』を得られることになるとは思わなかった。
地下迷宮の入口を入ると、十分も進まない内に低ランクの魔物に出会す。
その種類や出現数がかなり多く、一属性の魔法で簡単に一掃…と言うわけにはいかなかった。
それでも俺達の敵ではなく、問題なく倒せたが、素材を回収した後で辺りの壁面をよく見ると、あちらこちらに特殊な魔法石が埋め込まれていることに気づいた。
「この魔法石は…」
俺の真眼でなら見つけられるが、通常ではまず巧妙に隠されていて見えないようになっている。誰かが意図的に壁に埋め込んだもののようだ。
「ルーファス様、これは『ポーター』の魔法石です。一定の間隔でどこからか魔物をここに運び込んでいるのではありませんか?」
「…あー…なるほど。」
そう言うことか。…つまりここは、営利目的の商業用ダンジョンだ。
「この魔法石を破壊してしまえば、魔物は出現しなくなりますよね。壊しますか?」
シャキンッと、アテナが両手にチャクラムを構えた。
「いやいや、壊したらだめだアテナ。魔法石はそのままにしておくんだ。」
「え?ですが…」
「ここの地下迷宮は、獣人族の収入源にもなっているんだよ、魔物がいなくなったら彼らが困るだろう。」
「…どゆこと?」
俺は歩きながらウェンリーとアテナに説明する。閉ざされた場所の魔物を狩り尽くしたら、獣人族は里から出て、食料となる魔物の肉や様々な用途に用いる素材を得るために、外の魔物を狩りに出なければならなくなる。
そうなればここに里が存在することも、獣人族がエヴァンニュ王国内に存在していることもすぐに隠しきれなくなるだろう。
それを防ぐために、天然の地下迷宮をそのまま利用してここに魔物を送り込み、獣人族用のダンジョンを作った誰かがいるのだ。
俺の予想では、そんなことが可能なのは一人しかいない。…そう、黒鳥族のウルルさんだ。
詳しい経緯はわからないが、ウルルさんは獣人族のことを考えて、こんなことを思い付いたんだろうな。
≪前にメク・ヴァレーアの森から入った地下迷宮の壁にはこの魔法石はなかった。だから多分、限られたこの辺り一帯の地域だけに限定されているんだろう。≫
出現する魔物の種類が豊富なことから、世界中のあちこちに罠を仕掛けて魔物だけを送り込んでいるんだろうな。
しかもきちんと階層ごとにランク分けされているところが凄い。
――お誉めに与り光栄です、と言うウルルさんの声と、鼻を高くしたその表情が目に浮かんできそうだった。
その後も俺達は出現した魔物を狩り、時折好奇の目を向けてくる獣人達と擦れ違いながら、討伐対象のいる地下三階に降りて行った。
そこで俺は、ここが確かに管理されたダンジョンである、その証拠のようなものを見ることになった。
ある一定の区画に、討伐対象の特殊変異体が結界障壁で隔離されていたのだ。
「ああ、凄いな…異常な魔物が出現した時は、隅に追い詰めて障壁で隔離措置を行っているのか。」
この方法なら、地上にある里や上階のギルドに、一切の被害が及ぶことはない。その上に各階ごとに存在していると思われる隔離場所の壁は、どんなに暴れても崩れたりしないように強化されているみたいだった。
これなら俺も、遠慮なく強力な魔法をぶっ放して、確実に魔物を倒せる。そう思ったのだが――
討伐対象のファソラポカは、特殊変異体と言う割には異様に弱く、確かに通常よりは遙かに身体の大きいファソラポカに違いなかった(元々が小さい魔物だからな)のだが、攻撃も行動も通常体となんら変わりがなかった。
これは予想通り、当たりだったかな?
ウェンリーとアテナには、予めなにか起きる可能性が高いことを知らせておいた。予想外の敵の出現や、獣人の襲撃などがそれに当たる。シルヴァンが傍におらず、イゼスやレイーノ達も護衛にいなければ、行動を起こす機会は今しかない。
そして俺達が相手を撃退したとして、それが獣人であれば、里の住人に敵意を持たれるようになる懸念もある。だがそれが相手の狙いだったら?
獣人族と人族である俺達の関係悪化。獣人には俺達への敵愾心を抱かせて煽り、俺達には獣人への疑いを抱かせる。
昨夜万が一にもウェンリーが傷付くようなことがあれば、それは上手く行っていただろうな。それどころか、怒りで俺の理性が吹っ飛べば、獣人達に相当な数の死者が出たことだろう。
アティカ・ヌバラ大長老の言葉通り、多分俺にはこの里を滅ぼせるだけの力がある。相手がそのことを知っているかどうかが問題だが――
――ああ、やっぱりお出ましだ。
ウェンリーとアテナが、特殊変異体にしては弱すぎると、戦利品をまだ回収せずに死骸を調べていた。
俺は調査を二人に任せ、周囲の警戒をしていたのだが、突然、頭の地図に大きな赤い点滅信号が出現した。
それは地下迷宮内を歩いてきたのではなく、どこからか転移して来たような出現の仕方だった。
フェリューテラの住人である獣人族が、転移魔法を使えるはずがない。(属性素養が無いからだ)つまりこいつは、普通の獣人でさえない、と言うことだ。
そうして俺の前に姿を見せたのは、さっき見た赤目に犬耳の男だった。
「――さっきは敵意を感じなかったんだけどな。…俺達になにか用か?」
俺の声にウェンリーとアテナが立ち上がり、身構えて下がった。
その隙に戦利品を俺のスキルで全て回収し、男がこの場所に入った瞬間に、俺の方で隔離結界を張った。これでこいつはもう、俺から逃げられない。
次の瞬間、男は一声も発さずに黒い犬に獣化して俺に襲いかかってきた。後には破けて散らばった衣服の切れ端が残っている。
「リレストアの魔法を知らないのか。やっぱりおまえは獣人族じゃないな?」
鋭い爪を立てて前脚を振り回し、口をガアッと開けて、お決まりの噛み付き攻撃を仕掛けてくる。俺はその全てをいなし、剣を抜かずに素手で応戦すると、その腹に蹴りによる一撃を食らわせた。
ギャンッ
鳴き声だけは犬科動物のそれだが、攻撃を叩き込んだ時の足を伝わって来たその感触が、普段とは明らかに違った。
「…!?」
ドガッ
壁に叩き付けられ、獣化した男が地面に落下する。…と、その躯体から黒い靄がブワッと吹き出した。
その正体に気付いた俺は、ハッとしてウェンリーとアテナに叫んだ。
「ウェンリー、アテナ、暗黒種だ!!」
すぐさまアテナが戦闘態勢を暗黒種対応に切り替え、補助魔法を施す。
「対暗黒種戦闘フィールド展開!!『フォースフィールド』、『バスターウェポン』、『ディフェンド・ウォール・ダークネス』!!ルーファス様、ウェンリーさんの防御はお任せ下さい!!」
「ああ、頼んだぞアテナ!!ウェンリーは魔法石を主軸に戦え!!俺の援護を頼む!!」
シャッ
「了解!!」
エラディウム・ソードを抜き、戦闘態勢に入った俺達の目の前で、黒い靄に包まれた黒犬姿の男から、六本の折れ曲がった長い足が生えてくる。
バリバリと肉が裂け、見る間に膨らんでいくその身体は、生き物ではなく、まるでインフィランドゥマで見たゴーレムのような金属製だった。
二つの楕円形の丸みを帯びた大きさの異なる物体が頭部と身体を模すように前後に繋がっており、その脇から足が伸びている。外見的には、土中に生息する地蟹
に似ている。
全長にして三メートルほどの大きさだが、あの獣人姿のどこにこの大きさの本体が収納されていたのかが謎だ。
ゴーレム同様、頭部前面に空いた横帯状の窓からは、ちらちらと動く赤い球体が目の役割をしてこちらを見た。次の瞬間、予想外の攻撃が来る。その目から赤い高熱の光線が放たれたのだ。
「な…」
一直線に延びた熱光線は、俺の背後の防護障壁内にいたウェンリーとアテナに向けて下から上へと縦方向に動いた。
「避けろウェンリー、アテナ!!」
俺のディフェンド・ウォールは光を通す。光属性の魔法攻撃ならエンチャント効果で無効化できるが、この光線は限りなくただの光に近く、高熱を帯びているだけの攻撃だ、無効化どころか――
ズガガガガッ
「うえっ!?」
それが音を立てて地面を穿ちながら襲いかかると、左右に分かれて避けたウェンリーとアテナの間を通り、ディフェンド・ウォールを粉砕した。
パアンッ
――やっぱり破壊されたか!!
「絶対障壁が…破壊された!?」
ウェンリーとアテナは驚いて、ほんの一瞬、身体の動きが止まる。
ブアッ…
その隙を突き、正面にいる俺を無視して、暗黒種の身体から無数の黒い触手が伸び、ウェンリー達を襲った。
「ディ、『ディフェンド・ウォール・ダークネス』!!」
それが届く寸前、アテナはウェンリーの前に出て防護魔法を再詠唱し、前面を覆った盾型の障壁がどうにか間に合ってそれを無効化した。
俺はウェンリー達に敵の意識が向いている間、完全に無防備だったその躯体に、暗黒種に効果的である光属性の攻撃魔法を叩き込む。
「穿て強雷撃、『ハルバ・トゥルエノ』!!」
カッ…ズガアアンッ
閃光の中に浮かび上がる暗黒種の躯体にそれは直撃し、真上から高威力の落雷が穿った。ところが――
「…無傷!?」
電撃は丸みを帯びた躯体表面を這うように流れ、地面へと逃がされて暗黒種は無傷だった。
こいつ、今までの暗黒種と毛色が違う!?
俺の雷撃が効かなかったことを確認すると、ウェンリーはすぐさま魔法石を放り投げた。
「龍炎石と風流石の即席合成魔法だ、喰らえっ!!」
ヒュヒュッ
ゴッ…
炎の渦が風に煽られて剛炎となり、ゴーレムの躯体を熱した。だが――
「触手だ、アテナ!!」
魔法石の効果が発動中の、その炎の影から、またも俺を無視して黒い触手がウェンリー達に飛んで行った。
「『ディフェンド・ウォール・ダークネス』!!」
ガガガガッギンギンギンッ
アテナがその攻撃を障壁で防ぐ。
俺は無効化されるのを承知で剣による攻撃を繰り返し、攻略方法を探る。
「アテナは防御に集中!!ウェンリー、そのまま魔法石での攻撃を頼む!!」
「了解です!!」
「任せろ!!」
龍炎石による火属性の攻撃も効果は無かったが、風圧で僅かに躯体が押されるのを見た。風属性魔法なら効くのか!?
ブンッ
剣での攻撃を続けながら、左手に魔力塊を練り上げ、瞬間詠唱で魔法を発動する。
「切り裂け『エア・スラスト』!!」
ヒュヒュヒュ…シュパパパパパンッ
――だが、それも効かなかった。
『ルーファス様、この暗黒種にフェリューテラの七属性魔法は全て効果が無いようです!!』
アテナの分析が終わったのか、そんな声が頭に響く。
七属性全部か!?
『はい!躯体表面は古代兵器ゴーレムに似た金属製のようですが、七属性無効化の防御特性を備えているようです。魔法障壁ではありませんので、効果消去魔法での解除も不可能ですが、恐らくそれは外殻に過ぎません。内部に本体である暗黒種の核と、それを覆う霧煙状の防御層が存在するはずです。まず先に装甲を引き剥がす方法をお考え下さい!』
そうは言っても、物理攻撃は弾かれるし、七属性魔法が効かないんじゃ…
俺が今使用可能な異界属性魔法は、補助系や威力の低いものばかりだ。攻撃魔法としてゴーレムのような強化装甲を、一度に破壊できるほどのものはまだ暗転していて使えない。…どうする?
『ルーファス様、間接魔法をお作り下さい!腐食性の毒効果のあるものや、強酸性の効果を持つものです。冥属性魔法か暗黒属性魔法なら――』
間接魔法か!わかった、やってみる。
それならなんとかなるかもしれない…!
「ウェンリー、アテナと一緒に囮を引き受けてくれ!!できるか!?二分…いや、一分でいい!!」
「了解!!できなくてもやるから、任せろ!!」
「さっきの熱光線攻撃にだけは気をつけろ!!あれはディフェンド・ウォールで防げない!!アテナ、ウェンリーの補助に徹してくれ!!頼んだぞ!!」
「はい!!」
俺は自己管理システムの情報を全活用して魔法を検索し、腐食毒と強酸性効果を持つ冥属性間接攻撃魔法を探し出した。
あった!『ベネノカロード』と『アシッド・バブル』の二つだ。どちらも継続損傷を与える間接攻撃魔法で、威力が弱く、殺さないように体力を奪う際に一定時間効果を発生させる魔法だ。
これを強化して周囲に飛び散らないように、圧縮して閉じ込める必要がある。
バスクラップ(圧縮包囲)効果を持つ魔法術式を分解して、再構築…空属性魔法を結合、ベネノカロードとアシッドバブルの術式を合成してバスクラップ効果を付加…よし、これでいい!!
頭の中でパズルのピースを組み替えるように、魔法陣を作り上げて行く。
「お待たせだ!!今度こそ…鉄壁装甲を引き剥がせ!!腐して蝕め、『ベネノカロード・アジ・スクラフト』!!」
俺の左手に薄紫と金色の魔法陣が輝き、それと同じものが暗黒種の周辺に出現すると、そこから深緑と黄土色の気体を内包した薄い膜を張って、その躯体を丸々包み込んだ。
ブシュウウウゥ…ドロッ…
暗黒種の装甲が俺の知らない未知の金属でない限り、俺が強化した腐食毒と酸の溶解に耐えられるはずもない。
異様な匂いを当たりに振り撒きながら、その強化装甲はどろりと崩壊を始め、解けて液化していった。
ズオッ…
金属の装甲が全て消え失せると、さらに膨れ上がるように、内包されていた暗黒種本来の姿が現れる。ゆらゆらと陽炎のような瘴気状の靄を纏い、物理攻撃を加えると霧散しては回帰を繰り返す、これまでと同じような例のあれだ。
引き続きアテナに防御と補助を任せ、ウェンリーが使う魔法石の攻撃と、俺の風属性の魔法剣技で防御層を吹き飛ばしながら、核の数とその位置を正確に探る。
この暗黒種は六本の足にそれぞれ一つずつと、頭部と胴体に一つずつの、なんと八個もの核を躯体に所持していた。
「幾つ持ってんだよ、多いっつーの!!ルーファス、あれいっぺんに壊さねえとなんねえんだよな!?どうするよ!?」
装甲が消え失せ身軽になった暗黒種はその敏捷さを増し、四本の足で躯体を支えると、二本の前足を同時に振り回しながら、背中の菌根から延びる触手による攻撃を激しく繰り返す。
頭上を掠め壁に叩き付けられるそれを避け、避けた先から首元に突き出される別の触手を剣で叩き切る。
切り落とした触手は地面に落下すると霧散し、切り落とされた先からまた先端が生えてくる、堂々巡りだ。
「今考えてる!!」
暗黒種の核は魔法耐性が高く、それを守る外側の防御層から露出している間に物理攻撃か、高威力の魔法を当てて破壊しないとならない。
この場所の壁がいくら強化されていると言っても、魔核を破壊可能なほどの魔法を俺が使用して地下迷宮の方が耐えられるか…!?
『いえ、危険ですルーファス様。防御層を散らして核を破壊するには、前のザラーム・クラディスのような、守護七聖の方々との共有魔法でもなければ確実とは言えません。ですがその威力に、ここの地下迷宮は耐えられないでしょう。』
やっぱりか?…だとすると、物理攻撃しかないよな。だけど俺の剣技の範囲攻撃じゃ、あの核を砕くのは精々二、三個が限度だ。
『私が暗黒種の動きを完全に止めて、そこからのウェンリーさんのエアスピナーによる攻撃なら、同時に私の方で威力と軌道を制御することで、左右両足の核を破壊できます。残り二つの頭部と胴体の核は、攻撃を合わせてルーファス様の"インスピラティオ" で届きませんか?』
ウェンリーのエアスピナーが角度調整で戻ってくる軌道を利用するのか。だけどインスピラティオは魔法剣技だぞ?物理攻撃じゃない。
『三つの魔法による波動撃を風属性に設定して防御層を吹き飛ばすのに利用し、最後の払いには魔力を込めず、突き攻撃に変更して下さい。恐らくそれで届くはずです。』
出来ないことはないけど、また複雑な注文を…
『インスピラティオは波動撃の吹き飛ばし威力が高く、正面から放射状に三方向へと放たれるのでちょうど良いのです。ルーファス様ならお手の物でしょう?』
言ってくれるな。…よしわかった、アテナが立てた作戦だ、信じるよ、それで行こう。ウェンリーへの説明を頼む。
『はい!』
――この時、アテナはとても嬉しそうだった。いつものように明るい声で返事をし、戦いながらその作戦を笑顔でウェンリーに説明する。
俺の自己管理システムの中にいた時のように、ウェンリーを含めた俺とアテナに実行可能な、考え得る最善の策を練り、俺にそれを提案する。
その行動理念は、全てにおいて俺の守護と補助を最優先とした目的から来るものだ。
俺はアテナの成長があまりにも早く、まるで初めからそうであったように、あまりにも個の存在として人同様に過ごしていたから、アテナの中に、"ある物事" への概念が欠如していることに気が付いていなかった。
今日この戦闘で、暗黒種の触手攻撃が、なぜか注意を引くはずの俺を無視してウェンリー達に向かっていたこと。
アテナはしっかりとそれを予見して絶対障壁を発動し、全て完全に防いでいた。アテナの行動予測ならそれも可能だろうと特に不思議にも思わなかった、それがそもそもの間違いだ。
「ではルーファス様、ウェンリーさん、私が暗黒種の動きを完全に封じたら合図をしますので、よろしくお願いします!」
「ああ、任せた。」
「オッケー、アテナ!いつでも良いぜ!!」
キッと暗黒種を睨んだアテナの顔を見て、ふと俺の中に一抹の不安が過る。
――全て任せ、敢えて尋ねなかったが、アテナはどうやってこの複雑な暗黒種の動きを、完全に封じるつもりなんだろう?
物体としての躯体を持たないこの敵に、『バインド』のような拘束魔法は効果が無い。あれば一番楽だが、時属性魔法の相手の空間を制御して、時間を止める補助魔法は、魔法一覧に並んではいてもまだ使えない。
今の俺に浮かぶ方法はそうそう無いんだけど、アテナはなにか思い付いたのか…?
「ヘイトアップスキル『敵意集中』効果増大、時属性魔法『フォーカス』!」
「!?」
な…まさか――
「待てアテナ、なにをする!?」
俺は焦った。アテナが口にしたのは、敵の攻撃を自分に集中させるためのスキルと魔法だ。それなのにアテナに、ディフェンド・ウォールを使用する気配が一切なかったからだ。
ゴオッ
俺とウェンリーを無視して、暗黒種の無数の触手が、後方に飛んで後退ったアテナに向かう。
ズドドドドドンッ
――そして、その先端がそのまま勢いに乗ると、四方八方からアテナの身体を貫いた。
「あ…アテナーっ!!」
カッ…
ウェンリーの叫び声が聞こえた直後に、アテナの身体から眩い閃光が輝くと、俺とウェンリーの目は一瞬そのまま…なにも見えなくなった。
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