08 夜の魔物討伐 後編
メク・ヴァレーアの森で予想通り、タイラント・ビートルの変異体を見つけたルーファスとリカルドは、そのまま討伐戦闘に突入します。魔法が使えないルーファスは援護と囮に徹し、リカルドは属性術<エレメンタル・アーツ>を使って、二人は協力し、見事に倒しますが…?
タイラント・ビートルの変異体は特徴的なその三本角を含めると、全長が五メートルにもなる。表面は光沢のあるエボニーブラウンで、背中に硬質化した固い翅とその下にある薄くて白い二枚翅で空中に浮き上がっている。
通常体は結構な距離を飛んで行くことが可能だが、変異体は躯体が大きい分、どこかへ移動することは難しい。
つまり、この変異体はこの森で生まれて、この森でここまで育ったのだ。
頭の先から伸びる巨大な三本角は、真ん中の一本が最も太くて長く、先端が矛状に尖っていて、動もすれば身体を貫かれて一溜まりもないだろう。
反面、部位的にはそこが最も叩き落としやすく、力任せにへし折ってしまえば、危険度はかなり減るのも確かだ。
…と言うわけで俺は、先ずそのご立派な角を横から狙い、渾身の力を込めて最初の一撃を食らわすことにする。
剣の刀身には丹田に気合いを込めてから集中して闘気を流し、一点を目掛けて素早く振り下ろす。通常体ならこれで間違いなく角はへし折れるのだが――
ガキイイイィンッ
表皮の頑強さを如実に示すように、弾き返された剣の刀身からビリビリと振動がもろに伝わって来た。
俺の渾身の力を込めても、まるでアルティマイト(フェリューテラで最も硬いと言われている伝説の鉱石のことだ)に刃を立てているような気がする。
「くっ…やっぱりかなり硬いな!」
下手をすれば俺の鉄剣<アイアンソード>の方がいかれてしまいそうだ。
俺の攻撃が通用しなかったのを確かめると、変異体はくぐもった声を上げて欣快に小躍りでもするように俺に向けその角を大きく振り回し始める。それはまるで巨大な金棒でもぶん回されているような感じだ。
俺はそれらを躱しながら後衛のリカルドに注意が向かないように、今は大して効果のない攻撃を細かく繰り返すと、様子を見ながら弱そうな部位を探して行く。
ガッガッ、ガキンッ、ギインッと、夜の闇の中、攻撃を繰り返す度に俺の剣と変異体の硬質化した表皮がぶつかり合う音が響いた。
≪ やっぱり翅を先に狙わないとだめか。≫
図体がでかい割に上手く翅を利用して飛び上がっては、勢いを乗せて攻撃してくるし、俺の攻撃を回避するのにも宙に浮いては大きな損傷を受けないようそれを利用して避けている。
「飛び上がられないように先に翅を狙います!」
「了解だ、頼んだ!」
変異体がギチギチと、蟲の声とも言うような音を立てて俺に迫る。俺は剣を横にして盾代わりにその悪臭を放つ顔面を間近で押さえ込むと、リカルドの属性術<エレメンタル・アーツ>が当たる瞬間を待った。
「氷の息吹よ、『アイス・バインド』!!」
空中に青い魔法陣が出現し、霧状の冷気が渦を巻いて変異体の背中からその躯体を包み込んで行く。
パリパリパリという木の薄皮を剥ぐような音と共に、低く浮いていた変異体の翅が見る間に凍り付いて行った。…と、宙に浮いていられなくなった巨体がドズンッと大きな音を立てて地面に落下する。
そこにさらに追い打ちをかけ、強力な水属性の氷系アーツが襲いかかった。
「氷雪よ、凍てつけ!!『グラース・ヴァランガ』!!」
ヒュオオオオ…バキンッバキバキバキバキ…
再び輝いた青い魔法陣から水の大きな塊が出現し、弾け飛ぶ。それが空気中に水滴を鏤めて凍らせた、雪のような氷粒が舞い吹雪き、猛烈な速さで変異体を取り巻いて行く。
直後その全身が凍り付くと一気に変異体の動きが鈍くなり、ミシミシ、ギシギシと不気味な音を立て始めた。
俺はその隙にさっき折り損ねた角を再び渾身の力を込めて叩き斬る。
バキインッ
凍結して脆くなった角は、今度はあっけなく砕けて折れた。
次にリカルドは、間を置かずに火属性のアーツを一気に放った。
「灼熱の業火よ、熱せ!!『デス・フレイム』!!」
ゴオッ
轟音と共に森の木々よりも高く火柱が立ち昇り、凍結していた変異体の装甲を瞬時に高温で真っ赤になるほど熱した。
虫系、植物系、獣系の魔物は大抵が火に弱く、例に漏れず甲虫型魔物タイラント・ビートルの弱点も火属性だ。これで外殻にも多大な損傷を与えられるようになる。
「さすがリカルド!!」
「今ですルーファス、一気に畳みかけましょう!!」
炎上して暴れ回る変異体に隙を与えず、俺とリカルドは連携して剣による攻撃を左右から叩き込んで行く。
そしてさらに弱まったところで、リカルドが風属性のアーツで躯体を下から持ち上げるように浮かせると、俺がそれを渾身の体当たりで横からひっくり返す。そしてそのまま飛び上がって躯体に乗り上げ、全体重をかけて心臓目掛けて一気に刀身を柄まで突き刺した。
ギシャアアアアアアッ
メク・ヴァレーアの森中に響き渡った断末魔の叫声に、夜間にも関わらず、眠っていた野鳥が驚いて真っ暗な空へと飛び立った。
俺は変異体の腹の上で心臓に突き刺した剣を強く捻り、完全に息の根を止めると、そのまま引き抜いてべっとりと付着した魔物の体液を振り払ってから、地面に飛び降りた。
ストッ
「お疲れさん、リカルド。」
俺は剣を鞘に戻すと、右手を挙げてリカルドが挙げていた右手と打ち合わせ、小気味良く叩いた。
パンッ
所謂勝利のハイタッチ、って奴だ。
「問題なく狩れましたね。」
「ああ、リカルドの属性術<エレメンタル・アーツ>のおかげだな。俺は魔法が使えないからいつも助かるよ、ありがとう。」
俺はその場にしゃがみ込み、手早く変異体の解体を始める。必要なのは検体用の部位と戦利品、換金用の爪や角、タイラント・ビートルの場合は蟲眼もだ。
その間リカルドは周囲に注意を払い、俺の作業が終わるまで気を抜くことはない。いつもの役割分担だ。
「どういたしまして。…と言っても、ルーファスは一人でも狩れてしまうのでしょうけれどね。」
ふふ、となにかを思い出すように一度笑うと、リカルドは俺が否定ではなく、肯定して返事をするのを待っている。その様子から多分リカルドは、二年前俺達がこの森で初めて共闘した時のことでも思い出しているのだろう。
「それは…うん、まあかなり時間をかければの話だな。でも効率が悪いし、なにより疲れる。」
≪ よし、こんなものか。≫
解体を終えた俺は立ち上がり、無限収納にそれらをしまうと索敵を続けるリカルドに声を掛けた。
「――どうだ?」
因みにこの戦利品や換金用素材は、検体を受けた後で全て換金し、リカルドと折半するのだ。
「目立った動きはもうありませんね。タイラント・ビートル以外の魔物も落ち着いているようですし、前線の集団が散ったのも今確認しました。やはりこの変異体が群れを率いていたのに間違いないでしょう。」
「そうか、とりあえず一安心だな。…それじゃノクト達の所へ戻ろうか。」
「そうですね。」
俺達は静けさを取り戻した森の小径を、来た時と違ってゆっくりと歩きながら入口へと向かう。
「そう言えばさっき宿で聞きそびれた、俺と叶えたい夢って言うのはどんなものなんだ?」
俺は部屋での会話を思い出しそう尋ねると、リカルドは少し困ったような顔をして照れ臭そうに笑った。
「覚えていたのですか?忘れて下さい、あれはあくまでも私の願望の一つで、まだ話すつもりはなかったのですから。」
まだ、と言うことは、いつかは話してくれるつもりでいた、と言うことなのかな。
そう言いながらリカルドは、俺が覚えていてその内容を尋ねたことに嬉しそうな顔をしつつはにかんでいた。
時折他者に冷ややかな面を見せるリカルドが、俺にだけはこう言った表情を見せてくれることが俺は嬉しかった。
「いいじゃないか、教えてくれよ。俺達はもう二年、こうして背中を預けて魔物と戦って来たんだ。ただ…おまえに言われた通り俺は話していないことがあるし、おまえの方もあまり自分のことは言わないよな。それでも俺は、少しずつ話せることから打ち明けていきたいと思っているのも確かなんだ。」
俺はリカルドが俺に甘いことを知っていて、わざとこんな言い方をする。
リカルドは俺よりかなりしっかりしている印象が強く、多少我が儘を言っても笑って受け入れてくれるところがあり、俺は時々こうしてリカルドに甘えたくなることがあった。
「その先駆けが私ですか?狡いですよ、ルーファス。そう言われたら教えないわけには行かないじゃないですか。」
そう言いながらもリカルドはまた俺を見て目を細める。
俺はウェンリーの時とはまた違う、同じ守護者として一緒に過ごすリカルドとのこんな時間が好きだった。
協力して助け合いながら強敵を倒し、一仕事を終えた後に得る満足感は、共に戦った信頼できる仲間同士でないと味わえないパーティーならではの感情だ。
思わぬ苦戦を強いられた場合などは、こう言った帰り道が戦闘中の行動を振り返っての反省会になることもあるが、今日の所はもう討伐報告を済ませて撤収し、後は宿に戻って寝るだけだ。
「――そうですね…それならまずは、私が守護者になった理由から話さないといけませんね。」
リカルドが顔を上げて過去に思いを馳せるように、どこか遠くを見ながら静かに話し始める。
「もう…随分と昔になりますが、私がまだ十五の子供だった頃、とても仲の良い友人がいました。彼とは不思議なほど馬が合って、良くこの世界のいろんな国の話をしたものです。」
――いつか魔物がいなくなって、自分のような子供でも街の外を歩けるくらいに平和になったら、世界中を二人で旅して回ろう。
いろんな国のいろんな景色を見てみたい。小さな辺境の村で閉じ込められて育ったリカルドとその友人は、子供心にそんな日を夢に見て過ごしていたようだ。
だが今でもそんな平和はまだ遠い。そこがどこなのか正確にはわからなかったが、リカルドが子供の頃を過ごしたその地域では、大人は必死に戦い、国の騎士や兵士達が民間人を守ってはいたが、根本的な解決には至らず、魔物に襲われ、次々と町や村が滅ぼされて行ったと言う。
「そんな光景を見続けているうちに、私より年上だった彼は、ある日突然、正真正銘の『守護者』になる、と言い出して私の前から姿を消してしまいました。その時の私は無力で、後を追ってついて行くことも、いなくなった彼を探し出して一緒に戦うこともできませんでした。」
結局、リカルドはそれきりもう二度と、その友人には会えなかったのだそうだ。
――その友人との間に残された、果たせなかった約束と子供時代の夢…それが切っ掛けとなり、リカルドは守護者の道を選んだ、と言うことなのだろう。
リカルドは俺の方を向き、少しはにかんだ笑顔を向けながら続ける。
「ルーファス…私があなたと叶えたいと思っている夢は、いつか魔物をこの世界から完全に駆逐することなんです。姿を消した友人が最後に口にしていたように、戦う術を持たない力無き民間人でも、命の危険に脅かされることなく、いつでも自由にどこへでも行ける安全な世界にすること…ですがそれは到底一人では成し得ない困難なことです。」
「…うん。」
俺は俺に語りかけるリカルドに大きく頷く。
「ここまで打ち明ければ、後はもう…言わなくてもわかって貰えますよね?」
リカルドは莞爾として然も当然、と言いたげにほんの少し顔を傾ける。
「…ああ。でもその言い方は少し卑怯じゃないか?」
苦笑いを浮かべて、詮無い言葉で俺は返事をした。
「この私に滅多に他人には明かさない胸の内を語らせたのですから、おあいこでしょう。」
「――……」
――リカルドが俺になにが言いたいのか、話を聞いてわかっていた。リカルドは俺に唯一の相棒として自分と同じ場所に立って欲しい、と言っているのだ。
リカルドの夢はこの世界から完全に魔物を駆逐すること…それは無理難題と言える、途轍もないものだ。だがその夢は俺と叶えたい夢だとリカルドは言った。
それはなにも本気で一体残らず魔物を駆逐しよう、と言っているわけじゃない。
ウェンリーには言っていないが、俺は二年ほど前、リカルドに誘われて最終的に守護者になることを決めた。
それはいつまで経っても記憶が戻らない、俺自身の身分証明を得るという都合もあったが、それ以上に強力な魔物がヴァンヌ山や周辺の森に出現することが増えていたため、そのうち俺一人の力では対応できなくなるかもしれないという不安を感じ始めていたせいもあった。
そんな時ギルドで声を掛けられて知り合ったリカルドは、俺に記憶のないことも、ヴァハの村を守ることを第一に考えていることも、その全ての都合を考慮した上で、自分とパーティーを組まないかと誘ってくれたのだ。
俺のどこがそんなに気に入ったのかわからなかったが、実に根気よく熱心に説得し続けてくれたリカルドを俺は信頼し、その申し出を受けることにしたのだった。
だが俺は、そんなリカルドに申し訳なく思っていることがある。
至極当たり前のことだが、普通パーティーを組むと言うことは、互いの都合はあれど一緒に仕事をすると言うことだ。
国内外でもその名が知られている、Sランク級で世界最高位守護者のリカルドは、ギルドからの要請で先日のように国外へ出ることも多い。
それなのに俺は、ヴァハを守りたいという自分の思いを優先し、パートナーでありながら長期に村から離れることをよしとしていない。
それでもリカルドは文句一つ言わずに、こうして俺と一緒にいてくれるのだが…
――やっぱりこれは、俺にもSランク級に昇格して、外国への依頼なんかにも一緒に来て欲しいと言いたいのかな…いや、それ以上の意味か。
他国では魔物の被害がかなり深刻そうだし、ヴァハを出てリカルドとエヴァンニュ以外の国に行くことを考えて欲しいと言われているんだろう。
でもそれなら俺は、このままリカルドのパートナーでいていいんだろうか?
「――…黙り込んでしまいましたね。あなたがなにを考えているのかわかりますよ。このまま私のパートナーでいても良いのか、とかそんなところでしょう?」
「!」
顔に出ていたのか、見事なまでに見透かされた。
「すみません、悩ませるつもりはなかったのです。少なくとも今のあなたにヴァハを出るつもりは微塵もないようですし、私だって無理を強いる気は毛頭ありません。ですから願望の一つだと言ったのです。第一、あなたとの信頼関係をさらに深めたくて話したのに、そんな風に思われては本末転倒じゃないですか。」
「あ…いや、その…ごめん。」
リカルドの言うことは尤もだ。俺の方から教えてくれと言っておいて、黙り込んで悩むのは違うよな。
「…だけどリカルド、おまえなら俺じゃなくても、おまえと同等の実力を持った他の守護者が幾らでも見つけられるんじゃないのか?」
そのことは俺が常々思っていることでもあった。
「――傷つきますよ?ルーファス。他の誰かで良いと思っているのなら、最初からあなたに声を掛けたりしませんでしたよ。…私にはあなたでなければだめなのです。ですから先程もいつまででも待てると言いました。それに今はこのままでも良いのです。私はこうしてあなたの隣で共に戦えるだけでも十分幸せですから。」
そう言ってリカルドはまた極上の微笑みを俺に向ける。
――参るよな…そうまで言われて無下になんてできるはずがない。
幸せってそれは少し大袈裟じゃないのか?と言って今は笑い返すしかなかった。…俺はリカルドに甘えっ放しだな。
リカルドの俺に対する感情や期待、守護者としての能力も、過大評価なんじゃないかと思うことが多々ある。
常に一緒にいるわけでもないのに、完全に俺を信頼しきっているようだし、どうしてそこまで俺のことを思ってくれるんだろう。
俺にはその理由がどうしても思い当たらなかった。
呑気に雑談しながら歩いているうちに、ノクト達警備兵が待つ森の入口に戻って来た。
俺達が変異体を倒したことでタイラント・ビートルの集団は逃げ出し、一部の上級守護者と警備兵を除いて、他の人員は既に撤収し始めていた。
ぞろぞろとメクレンへ戻って行く大勢の守護者達の中から、二人の警備兵と一緒にノクトが俺達を見つけて駆け寄って来る。
「リカルドさん、ルーファス!」
「お疲れ様です!前線にいた全ての守護者達が戻って来ました。あんなに大量にいたタイラント・ビートルが急に森の奥へと逃げて行ったそうです。」
俺の知らない警備兵が敬礼をすると、すぐにそう状況を説明してくれた。
「ええ、そのようですね。こちらでも確認しました。」
俺はリカルドから一歩下がって後ろに立ち、報告のやり取りは全てリカルドに任せることにする。こういうことは俺が口を出すより、リーダーであるリカルドに任せた方がすんなり事が運ぶからだ。
「やはり変異体がいたのですか?」
ノクトの隣にいた初対面の警備兵が、リカルドではなく、なぜか俺にそう尋ねてきた。
――珍しいな、大抵の人はリカルドと話をしたがるんだけど…
「ああ、もう大丈夫だ、無事に倒したから。」
そう思いつつも、三十代後半ぐらいのその警備兵に俺は、笑顔を向けて大きく頷くとそう答える。彼は俺の答えを聞くと、安心したのか、安堵の表情を浮かべていた。
「助かったよルーファス。やっぱり呼びに行って良かった。」
「いや…もう少し早く緊急討伐の依頼を気にしていれば防げた事態かもしれなかった。ノクトに依頼のことを頼まれていたのに、対応が遅くなってすまない。」
ギルドの掲示板に張り出される『緊急討伐依頼』は、今回のように表に出て来た時点でなにかの大きな異変が起きていることがある。
だから俺とリカルドは普段からこまめに掲示板を見るようにしているのだが、今日は少し前にリカルドが出張から帰って来たばかりだったことと、俺もメクレンを暫く訪れていなかったこともあり、後手に回ってしまった。
もちろん俺達以外の守護者が引き受けてくれようとしていたようなのだが、聞くところによると失敗して駆除しきれず、最低報酬(規定で定められた依頼失敗時に保証されている最低限の報酬のこと)だけを貰って完遂には至らなかったらしい。
≪裏に変異体がいたんじゃかなり負傷者が出ただろうな…実際、今夜も亡くなった守護者がいることだし…≫
俺は撤収される救護所の脇に、横たえられたままの布に覆われた守護者達の遺体に目を向けた。
彼らはすぐ近くに家族や引き取り手がいない場合、常外死亡者管理局に引き取られることになる。
「ルーファスが気にすることはないさ、みんなそれぞれやれることをやっている。そんな中で間が悪いこともあるし、巡り合わせで間に合わないことだってあるんだ。」
「…ああ、そうだな。ありがとう、ノクト。」
――少しぐらい戦える力があるからと言って、なにもかも自分でどうにかできると思うのは傲慢な考えだ。
俺が望み、俺がなによりも優先したいと思っているのはヴァハの安全なんだ、できないことがあるのは仕方がない。…そう思うことにする。
「リカルド、この後俺達も手伝いに残った方が良いのか聞いてみてくれないか?」
「ええ、そうですね。あなたはウェンリーが心配なのでしょう?」
もちろんそれはそうだが、まだ後片付けをしている人達がいるのに、現場を放置して先に帰るわけにも行かない。
「ああ…あなたがヴァハの守護者ルーファスさんですか。リカルドさんと同じく、その珍しい銀髪と言い、街中で時折お噂を耳にしますが…なるほど、道理で。」
「…?」
リカルドと話をしていた警備隊の隊長らしき年上の男性が、うんうんと頷きながら俺を見ていた。…なんだろう?
「それで私達も残った方が良いですか?警備隊長。」
「ああ、いえ、街中に被害が及んだわけではありませんので、後のことは我々にお任せ下さい。二人ほどAランク級守護者に護衛を頼んでありますので、お気遣いなく。」
「――だそうですよ?ルーファス。」
「そうか、それじゃ俺達はお先に失礼しよう。」
その言葉に甘えて俺とリカルドはノクト達と別れ、宿に戻ることにした。
道すがらリカルドが警備隊長、と呼んだあの男性のことが気になった俺は、リカルドに尋ねてみる。
「あの警備隊長さん…俺が『ヴァハの守護者』だなんて気になる言い方をしていたけど、なんだろう?」
「ああ、それはかなり以前からあなたの住む村が噂になっているせいでしょう。」
「噂…どんな噂だ?悪い噂か?」
「え?まさかルーファス…知らないのですか?」
「?」
知らないって…なにをだ?――そう言いながら首を捻った俺に、リカルドは心底呆れたように頭を二、三度振って大きな溜息を吐く。
ここで俺は思いも寄らぬ話をリカルドから聞くことになった。
「ギルドでも有名な噂話ですよ?山向こうにあるヴァハは周囲を完全に閉ざされた小さな村なのに、十年間魔物の討伐依頼が全く出ない不思議な村だとね。あそこの村は住人だけでどうやって村を守り生活しているのか、魔物に襲われたりしないのか、とか…そんな話です。」
「ええ…っ」
「私があなたに興味を持ったのもその噂話からでしたね。」
驚いた…村がそんな噂になっていたなんて――
そうか…俺が村に保護されてから間もなく恩返しに護衛を始めて、大概のことは俺一人でも対処できるから、外の守護者に依頼を出すなんてことはなかったかもしれない。それを不思議に思われているなんて考えたこともなかったな…。
「まあ今ではあなたが私のパートナーとして知られ始めているので、あの警備隊長のようにその理由が判明し納得する人も増えていると言うことです。」
魔物の情報は些細なことでも見逃さないのに、相変わらずそれ以外の噂話には疎い、となんだか本格的にリカルドに呆れられてしまった。
俺は微苦笑しながらもう少し周りのことも見るようにしようと、ほんの少しだけ反省し、この後リカルドと宿に戻った。
部屋に戻るとすやすやと寝息を立てるウェンリーの様子を確認して、宿のご主人とウェンリーに付き添ってくれていた従業員の男性にお礼を言う。
そうしてもう遅い時間になっていたが、明日の予定について聞かれたので、少しだけ俺達の部屋に残ったリカルドと立ち話をすることにした。
俺は明日学術地区にあると言う考古学研究所に、ある有名な老齢の博士を訪ねる予定なんだと打ち明ける。
するとリカルドは有名な老齢の博士、と考古学研究所と聞いてすぐにその名前を言い当て、そこの博士達とは以前に何度も個人的に護衛依頼を受けたことがあり、懇意にしているのだと言った。
俺は詳しい事情をリカルドに話し、いきなり研究所を訪ねて会って貰えるかどうか聞いてみる。…が、忙しい人物らしく、紹介もなしに門を叩いても無視されるか追い返されるのが落ちだと言われた。
「良ければ私の方からすぐに連絡を取りましょうか?」
「え…こんな時間に?もう遅いぞ。」
「知らない仲ではありませんので、大丈夫ですよ。寧ろ普段振り回されているのは私の方なので、このくらいの融通は利きます。」
俺は少し驚いて面食らった。
リカルドが振り回される?…それは中々凄そうなご老人だ。
「私が同行することを条件に出されるかもしれませんが、それでも構わなければ時間を取って頂けるでしょう。」
「それは助かる。悪いな、リカルド…お願いするよ。」
融通が利く、か…それほど親しい相手だと言うことかな。仕事柄なのだろうが、意外なところで顔が広い。
リカルドは快く俺の頼みを引き受けてくれると、明日の朝またこの部屋で落ち合うことを約束し、おやすみを言って別棟の同じ階にある自分の部屋へと戻って行った。
部屋の鍵をかけ、俺はベッドで寝息を立てるウェンリーの顔を覗き込む。一時は顔色が真っ青で酷く心配したけど、今は落ち着いていて大丈夫そうだ。
その癖のある赤毛を撫でながら俺は、昼に横に並んで真剣に魔物と戦っていたウェンリーの姿を思い出し、大きくなったな、と感慨にふける。
十年…そろそろ俺は、真剣に自分のことを考えなければならない時期に来ているのかもしれない。…リカルドがあんな風に俺のことを望んでくれているようだし、ウェンリーももう大人になった。
「…後どのぐらいおまえの傍にいられるかな、ウェンリー。」
俺が自分から出ていくことを決めない限り、もう暫くはこのままで…いずれなにをしたって離れなければならない時は来るだろう。
「俺も寝るか…おやすみ、また明日な。」
最後に一度くしゃりとウェンリーの頭を撫でると、俺も隣のベッドで横になり、柔らかな寝具の中へと潜り込んだ。
――ルーファスと別れた後、自室の鍵を開け、リカルドが部屋へと戻る。
真っ暗な中、壁のスイッチに触れると明光石の明かりを灯し、壁際に置かれた剣立てに愛用の中剣を立てかけてから、上着を脱いで椅子の背もたれに畳んでかけた。
リカルドが借りているこの続き部屋は、宿の中でも長期滞在用の一番高級な造りになっていた。
三部屋続きで洗面所とトイレ、浴室に洗濯室、書斎、寝室と完備され、調理場こそないもののまるで集合住宅の一室だ。
入口から入ってすぐのリビングに置かれたソファやテーブルも、他の部屋とは明らかに違う、見るからに値段の高そうな豪華なもので、リカルドは自宅代わりにこの部屋を、もう五年以上も契約して使わせて貰っているのだ。
その部屋の窓際に立ちリカルドは、カーテンを少しだけ捲って中庭が見える外の様子を窺う。すると月明かりに照らされた木の陰に、風景に溶け込むようにして立っている二つの人影が見えた。
そこでふう、と短く溜息を吐いた後に一度、暫くの間瞼を閉じると、数秒後に再び目を開けた時には、まるで別人のような顔付きになっていた。
そのリカルドが、抑揚のない冷ややかな声で突然独り、言葉を発する。
「――いますね?スカサハ、セルストイ。」
その声になんの音もなくリカルドの背後に、二人の人物が現れた。それは高度な魔法、転移術を使って瞬時に移動してきた、独特な雰囲気を持つ男性達だった。
一人は濃い緑髪に額飾りを付け、ポニーテールのように髪を纏めた、子鹿色の瞳の男性。もう一人は同じく濃い緑に所々薄い黄緑色のメッシュが入った色の短髪に、後ろの一部分だけを少し伸ばして結んだ金瞳の男性で、耳に雫型の飾りを付けている。両方ともあまり見ない変わった服装をしていた。
「お呼びですか、リカルド様。」
すぐに二人はリカルドの前に頭を垂れて、身分の高い者に対してするように跪くと、まずはポニーテールの男性が声を掛けた。彼の名は『セルストイ』と言う。
「久しぶりですね、セルストイ。スカサハも変わりがないようでなによりです。」
その言葉とは裏腹に、リカルドの視線は酷く冷たく、機械的なものだった。
「はい。予定よりお早かったようですが、無事のお目覚め、我ら心よりお待ちしておりました。」
『スカサハ』と呼ばれた短髪メッシュの金瞳男性が、セルストイと同じように頭を垂れたまま返事をした。
今別人のような雰囲気を纏うリカルドと、儀礼的であまり感情のこもらないやり取りをしている彼らは、端から見るとかなり近寄りがたい、異質な気を放っているように感じることだろう。
「それについてはこれから説明しますが、まずはこの五年間の敵の動きと現在の状況、重立ったフィネンでの活動について簡単に説明して下さい。」
リカルドは跪く二人の前で窓枠に背中を預けると、足を交差して組み、右手を左の二の腕に添えて、なんの感情も映さない視線を投げかけた。
「――は。ですがその前に、ヴァンヌ山で『カオス』が放ったと思われる、ダークネスを一体見つけました。当初のご命令通り、我らは一切の手出しをせず、監視するに止めております。すぐに破壊した方がよろしいかと思いますが、いかがなさいますか。」
セルストイは顔を上げ、リカルドの返事を待った。
「それはルーファスが遭遇した個体に違いありませんね。危険が及ぶ前に始末します。連中にこちらの存在を気付かれると面倒なので、今晩中に私が駆除しましょう。この後で案内を頼みます。」
「かしこまりました。」
「それともう一つ、緊急にお知らせしたいことがございます。」
今度はスカサハが続けた。
淡々としたやり取りに、リカルドは無表情で愛想のない声を出す。
「なんですか?」
「――エヴァンニュの護印柱が一週間ほど前から、遂に崩壊を始めました。」
「!」
それは予想外の報告だったのか、リカルドは窓枠をガタン、と鳴らして身を乗り出した。その表情は険しく、彼の美しい顔が酷く歪んでいる。
「これは我々の予想よりも速く、現在の残存数は僅か三基です。この内の国境街レカンの物は明日にも動力源が枯渇します。次は恐らくメソタニホブの物が、そして最後が王都と予測しておりますが、これらはほぼ同時に崩壊する恐れもあり、その場合は一気に守護壁が消失すると思われます。」
「…ではもう、殆ど時間がありませんね。守護壁がなくなれば、災厄<カラミティ>の封印が弱体化します。災厄は元より、カオスも一斉に動き出すでしょう。この時機に私の封印が解けたのは、望んだ結果ではありませんでしたが、ある意味不幸中の幸いだったのかもしれません。」
「はい。急を要する報告は以上です。ではセルストイ、リカルド様にご説明を。」
スカサハは無表情のままそう告げ、それを受けるセルストイも、にこりともせずに頷いてつらつらと話し始めた。
その説明をただ目線を落としてじっと聞いているリカルドは、世の無常を観ずるような、どこか昏く悲愴な面持ちをしていたのだった――
――翌日の朝…
昨夜遅く横になったルーファスは、ウェンリーの具合もあって、いつもよりゆっくりとした朝を迎えていた。
「…ううう、いってえぇぇぇ…」
「完全に二日酔いだな。グラス一杯しか飲んでいないのに…意地を張るからそんなことになるんだよ。」
ウェンリーは今朝目を覚ますなり、両手で顳顬を押さえ、ずっとこんな風に青い顔をしてベッドで唸っている。
「あうう…や、やめてルーファス、そのくらいの声でも頭に響く…」
情けのない声を上げて枕を後頭部に押し当てるウェンリーを見て、俺は両手を広げながら首を左右に振った。
「そんなんで出かけられるのか?無理しないで、このまま休んでいても構わないんだぞ。」
「ええ…?だっておまえ一人に探させるなんてさあ…あううっ…」
自分の声で頭痛を起こしたらしいウェンリーが、また悶える。
「それなら心配は要らない。考古学研究所を探し回る必要はなくなったんだ。」
「へ…?それってどういう意味――」
昨夜のリカルドとの会話をウェンリーに話す前に、扉を叩く音がする。もう良い時間だ、多分リカルドが来たんだろう。
「ルーファス、私です。起きていますか?」
「ああ、今開けるよ。」
扉越しの声にすぐさま鍵を開けると、リカルドがいつも通りの笑顔で中に入ってくる。
「おはよう、リカルド。」
「おはようございます、ルーファス。昨夜は遅くまでお疲れ様でした。緊急討伐の疲れは残っていませんか?」
「ぐっすり寝たから大丈夫だ。おまえの方は?」
リカルドの背後でパタン、と扉を閉める俺に、もちろん問題ありませんよ、と言う答えがすぐに返ってくる。
だがその直後、俺達の会話を聞いたウェンリーが頭に枕を押し当てたまま、むくりと起き上がった。
「緊急討伐ぅ…?」
ただでさえ具合が悪く、見るも無惨な酷い顔なのに、俺達の会話に不審感情丸出しのジト目を向けるウェンリーには、俺でさえ一瞬引きそうになった。
「おやおや、さすがに酷い顔色ですね。酒場で引っくり返った時はなにをふざけているのかと思いましたが、あなた…本当に飲めなかったんですねえ。最初からそう仰れば良かったのに。」
「う、うるっせえな、てめっ…」
ガイイインッ
「あうっっ!!」
――どうやらウェンリーは、リカルドの挑発に反論しようとして、自爆したようだ。俺は眉間に皺を寄せ、懇願するような目でリカルドを見る。もう昨夜のようなことは勘弁して欲しい。
「おいリカルド…頼むよ。」
「大丈夫ですよ、心配しなくてもわかっています。これでも一応、お詫びも兼ねて二日酔いに良く効く薬を持って来たのですから。」
「そうなのか、それは助かるよ。ウェンリー聞こえたか?」
「――……」
聞こえはしたようだが、どう見てもあれは疑っている。その証拠にウェンリーはこちらに三白眼を剥いて睨み、全身から黒い負の念を漂わせていて、それがまるでおどろおどろしい渦を巻いているようだった。
「なんでしょうねえ、あの顔は。これを飲めば一発で頭痛も治まるのですが、どうやら疑われているようなので、持って帰りましょうか。」
リカルドが俺にパチパチと目配せをしている。これは…もしかしてウェンリーの性格を見越した作戦、なのかな?
「そうか…せっかく持ってきてくれたのに、悪いなリカルド。なあに、ウェンリーは今日このまま留守番させておくからいいよ。大分頭が痛いみたいだけど、我慢していれば良いんだし。本当に悪いな、わざわざ持って来てくれたのに。」
俺はリカルドを疑いもせず、素直に効く薬を持って来てくれたのだと信じ切っていた。だからこそリカルドの目配せに応じて、俺が知るウェンリーの煽られ弱い部分を突いたのだ。
やがてウェンリーはぷるぷると身体を震わせながら、俺の挑発に耐えきれず根負けすると、恨めしげな目を向けてようやくその手を伸ばした。
「…わかったよっっ…あうっ…の、飲むからくれよ、その薬っっ…!!」
やっと飲む気になったか、と少し呆れた俺の横で、リカルドは敗北したウェンリーにとても嬉しそうな顔で莞爾した。
「そうですか、では早速。」
そのまま素早くさささっと薬の包みを手渡すと、甲斐甲斐しく水を汲んだグラスを持って来て、今度はなぜか薬について説明をし始める。
「良く聞いて下さい、実はその薬はですね、今朝方私の知人に頼んでわざわざ調合して貰った物で、某国三千年の歴史を持つ先祖代々から伝わるという酒類分散薬でして、本来はあまり飲用に用いられないのですが、その効能は捨て難く、飲めばたちまちに二日酔いの症状を治してくれます。た・だ・しその代わりに欠点がありまして、良薬なんとやらと言う通り、とんでもなく――」
リカルドの説明が終わる前に苛ついて痺れを切らし、一気に薬を口に放り込んだウェンリーが、突然叫び声を上げた。
「ぐああああああっ!!!」
驚いた俺は慌てふためいてウェンリーに駆け寄る。
「どどどうした、ウェンリー!?」
「――苦いので、少しずつ飲むことをお勧めします。…おや?」
「み、水、水ううっっ!!苦え苦え―――っっ!!」
おろおろする俺の後ろでリカルドはきょとんとウェンリーを見、ウェンリーは水差しをそのまま抱えて中の水をガブ飲みする。
呆然とした俺は振り返り、疑いの眼を向けてリカルドを見た。
「リカルド……」
「だから良く聞いて下さい、と言ったのに…説明する前に一気に流し込むとは、ウェンリーはせっかちですねえ。」
頬に手を当てて頭をコテン、と傾けると悪びれもせずに呟く。
いや…絶対にわざとだよな、リカルド…。
「リカルド、てめえ!!あんな苦い薬を飲ませやがって、俺を殺すつもりか!?」
エントランスホール中に響き渡る大声で目くじらを立て、人聞きの悪い言葉を叫んでいるのは、あれから五分ほどで二日酔いの頭痛が完全に治まったウェンリーだ。
「心外ですね、私はお詫びに薬を持って来たのですよ?その証拠に、二日酔いの頭痛は治まったでしょう。話を最後まで聞く前に口に放り込んだのはあなたです。言いがかりを付けるのは止して下さい。」
階段を降りる俺の後ろでギャンギャン喚くウェンリーと、飽くまでも白を切り通すリカルドに、俺は無言で(無駄なことだとわかっているが)他人の振りをする。
俺達はこれから、予定通りに『アインツ・ブランメル考古学研究所』という場所を訪ねるつもりなのだが、朝食を取ってから出かけようと昨夜のレストラン(夜は酒場)へ向かうところだ。
一階に降り、レストランの入口手前にある受付台前に差し掛かると、中にいた宿のご主人が朝の挨拶をして、昨夜の件が噂になっていると声を掛けてきた。
俺達が緊急討伐に出たことを知らなかったウェンリーは、なんの話だと俺に詰め寄り睨んだが、後で話すから、と言ってその場はなんとか宥め賺す。
その後宿のご主人から、レストランのマスターが昨夜メクレンを守ってくれた変異体討伐のお礼にと、俺達に無料で朝食を用意してくれていると聞き、リカルドと相談してありがたくご馳走になることにした。
「――へえ、ふーん、あっそ。俺がぶっ倒れた後魔物騒ぎがあって、おまえとリカルドだけでよろしくやってたってわけね。」
レストランに入り、運ばれてきた朝食を取りながら、昨夜の経緯を話した俺に、思いっきり不機嫌な顔でウェンリーが不貞腐れる。
「…おまえな、なんだよその言い方は。」
コーヒーカップを手に荒んだ物の言い方をされた俺はうんざりして溜息を吐く。
なんでそんなことで不貞腐れるのかわからないし、よろしくってなんだよ?
「放っておいて構いませんよルーファス。そもそも〝ぶっ倒れた〟のではなく、〝ぶっ潰れた〟の間違いですし、そうでなくとも緊急討伐時に守護者ではないウェンリーの同行を許すことはあり得ませんから、"お留守番" には変わりがなかったのです。まあ、一刻を争う状況の時に、連れて行けだのなんだのと喚かれなくて良かったと思うべきでしょう。」
リカルドまでもが一瞬で不機嫌な顔になり、腹立たしげにそう捲し立てると、顎を引いて下から見上げるように、ジロリとウェンリーを睨んだ。
「んだとてめえ…」
カチンと来たらしいウェンリーが、また昨夜のようにリカルドへ敵意を向ける。
「――そうやってすぐに頭に血が上るのも問題外ですよ。私に対して不満を言うのはともかく、ルーファスに対してその不貞腐れた態度は許せませんね。この程度のことで我が儘を言ったりして、いったいあなたは、今までどれだけルーファスに迷惑をかけて来たのですか?その分では自分の行いを反省するどころか、困らせていることにすら気づいていなさそうですよね。そうでしょう?甘えるのもいい加減にしなさい。」
「ぐ…っ」
リカルドは軽蔑するような視線を向け、村でのことを話して聞かせたこともないのに、ウェンリーの行動を見透かしたかのようにピシャリとそう言い放った。
「そこまでにしておいてくれ、これから考古学研究所を訪ねるつもりなのに、そうやって険悪になるなら、もう俺一人で行くぞ。」
俺は頭が痛くなってそう言うと、二人はそれきり黙り込んだ。
「それで昨夜の話だけど、先方に連絡は取れたんだよな?リカルド。」
「ええ、はい。なにか話があるようで、やはり私も行くことになりましたが、時間を作って待っていて下さるそうです。午前中の早い時間に伺うとだけ伝えておきました。」
「そうか、ありがとう助かったよ。」
「あ?なんの話だよ。」
すっかりやさぐれた口調でウェンリーが俺に聞き返す。
「俺達が探している考古学者の博士と、リカルドは知り合いだったんだよ。だから事情を話して会う約束を取り付けて貰ったんだ。」
「こいつにあのことを話したのかよ!?」
「ああ、大方な。大体隠しておかなきゃならないようなことでもないだろう。どうしてそんなに目くじらを立てるんだ?少しおかしいぞ、ウェンリー。」
「…っ」
ウェンリーはまたそのまま押し黙った。
――やっぱり昨日から様子が変だな…普段も喧嘩っ早い所はあるけど、大した理由もないのにここまでいちいち噛みつくなんて…なんだかまだイライラしているように見えるし、どうしてなんだ?
異常だと感じはするものの、その理由がさっぱりわからず、俺はただ困惑するばかりだった。
「――そろそろ出ましょう、ルーファス。私も少し彼に対して意固地になりすぎました。あなたに嫌われたくありませんし、態度を改めるように少しは努力します。」
そう言って席を立つとリカルドは、ウェンリーを見て言いすぎたと謝罪した。ウェンリーは拍子抜けしたような顔で、ああ、とだけ返事をするも、到底関係が改善しそうな雰囲気にはならなかった。
朝食を済ませた後、マスターにごちそうになったお礼を言うと、俺達はレストランを出てそのまま表通りへ向かう。
リカルドに考古学研究所の場所を聞いて、学術地区の方向へ歩き出そうとしたが、不意に後ろからリカルドが誰かに呼び止められた。
「リカルド様。」
その声に立ち止まり、俺とウェンリーも一緒に振り返る。
見慣れない服装の、緑髪男性が二人…上手く気配を隠しているようだが、常人とは思えないような独特な雰囲気と不思議な力を感じる。
それに目に見えるわけでもないのに、なにか防壁のようなものに包まれている気がして、奇妙な圧迫感があった。
「少し待っていて下さい。」
「ああ。」
リカルドは彼らの元へ行き、それとなく俺達から離れて距離を取る。
「リカルド、様?…変わった連中だな、緑髪もそうだけどあんな服装も見たことねえ…知り合いか?」
「いや…俺も初めて見る顔だ。リカルドにあんな知り合いがいたなんて知らなかったな。」
話をするリカルドの表情は特に普段と変わりがないように見える。ただ、笑顔を見せることもなく淡々とやり取りをしていることから、親しい友人というわけでもなさそうだ。
なんとなくその関係が気にはなったものの、あまり不躾にジロジロ見るのもどうかと思い、俺は別の方向に視線を移した。
程なくしてリカルドは小走りに俺の元へと戻ってくる。
「すみません、ちょっと急用ができたので先に行っていて下さい。すぐに済みますから、終わり次第伺いますとアインツ博士には伝えて頂けますか?」
「ああ、わかった。」
「ではまた後ほど。」
俺にいつものように笑顔を向けてそう言うと、リカルドは足早に彼らと連れ立って去って行った。
俺に紹介してくれなかったと言うことは、親しい間柄の知人じゃないのかな…
ふとそんなことを思う。
「ちっ…用事が済んだら戻って来んのかよ。」
ぼそっと呟いて舌打ちをしたウェンリーの声が、否応なしに耳に飛び込んで来た。
「…聞こえてるぞ、ウェンリー。」
こうして俺とウェンリーは、先に考古学研究所へと向かうことになったのだった。
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