86 シルヴァンと獣人族<ハーフビースト>
イゼス達の案内でもう一つの隠れ里に着いたルーファス達でしたが、里の名前を聞いた途端に、シルヴァンの様子がおかしくなりました。その後も門前で門番と揉め、無理に中に入らなくても…と口にしたルーファスに、ランカが必死に訴えます。どうやらここの里にはなにか大きな問題があるようで…?
【 第八十六話 シルヴァンと獣人族 】
「シルヴァン…?」
――シルヴァンの顔が強張っている。血の気が引いたような酷く青い顔をして、その名前を小さく呟いたまま押し黙ってしまった。
思えばメクレンでアインツ博士から、国内にイシリ・レコアでない獣人族の里があると、ここの話を聞いた時も様子がおかしかった。
同族の生存者が現代にいると知ったのに欠片も喜ぶことはなく、普段はあんなに明るいシルヴァンが、ここに来るまでもイゼス達に対してだけ、終始渋面で一度も笑顔を向けていなかった。
実際に仲間に会い、里を見ればそれも変わるだろうと思っていたが、寧ろ逆に精神的ななにかに追い込んでしまったようにすら見える。
シルヴァンにとって良かれと思いここまで来たけれど…なにを悩んでいるのか、きちんと聞き出してから来るべきだったのか…?
そんなことを考えていると、門番の獣人が二人、武器を携えて駆けて来た。
片方は獅子の鬣に丸い形の耳と突き出した鼻先を持ち、もう片方は顔は人間のそれで頭が途中から鳥のような焦げ茶色の羽毛に包まれている。
「イゼス!!人間が一緒に来るとは聞いていないぞ、どういうことだ!?」
ザッ
シルヴァンの瞳と同色の、エメラルドグリーンを基調とした民族衣装を着た彼らは、俺達に槍の矛先を向けて、なにが起きても良いようにすぐさま構えた。
「この方々はシルヴァンティス様のお仲間だ。失礼がないようにと厳しく言われている。大長老を呼んでくれ、人族を中に入れるための許可を頂きたい。」
イゼスは冷静にそう言って二人を説き伏せた。
「しかし…!」
どうやら彼らは、俺達が人間であると言うこと以外にも、シルヴァンに対して本当に守護神なのかという疑いを未だ持っている様子だ。
まあ千年前の伝説となった人物が、本当に生きていて訪ねて来ると、妄信している方がどうかしているのかもしれないが…出来るだけ揉めたくはないな。
「――イゼス、無理をしてまで俺達を中に入れる必要はない。いきなり信用しろという方が無理があるし、シルヴァンを同族に会わせたかっただけだから、ギルドへの報告だけ頼んで俺達はすぐにここを離れるよ。」
「ルーファス様…!?」
「それは困ります!!」
元々俺は中に入れなくても構わないと思っていたぐらいだから、無理を強いたくないとそう言ったのだが、意外なことにイゼスではなく、隣にいたランカが必死な顔をして猛烈な反応を返してきた。
「シルヴァンティス様のお目覚めと里への来訪は、我々が千年間待ち望んでいた願いでもあるのです!所詮伝説に過ぎないのだと諦めかけていたところへ、ようやく…ようやく希望の光が見えたのに、どうかそれを奪わないでいただきたい…!!」
「ランカ…?」
希望の光?諦めかける…?
その訴えは、ここの獣人族がなにかシルヴァンでなければ解決することの出来ない、大きな問題を抱えていることを示していた。
「とにかく早く大長老を呼んで来い!!これ以上この方々に礼を失するな!!」
「わ…わかった、すぐにお呼びする、待っていろ…!」
門番の男性一人が、慌てた様子で鷹の姿に獣化して空へ飛び立ち、門を開かずにそれを越えて里の中へと消えて行った。
「なんか深刻な問題がありそうだな。」
ウェンリーが俺の耳元に小声で囁く。
「…ああ。」
――シルヴァンは青い顔をしたまま、ずっとなにかを考え込んでいる。
残ったもう一人の門番は俺達から武器を下げはしたものの、イゼス達とまだ言い合いをしていてどちらも半ば喧嘩腰だ。
アテナはこの間に周囲の広域状況を精査し終えたようで、まだ門の中に入ってすらいないのに、俺の頭の中には、ルフィルディル内の施設情報が詳細な地図で表示されていた。
…リヴグストを待たせているし、気懸かりだったウェンリーの等級昇格問題も、ウェンリーが単独でホールモールを倒したことで一旦は片付いた。
すぐに国境を越えてシェナハーンに入るつもりだったけど…どうも雲行きが怪しくなって来たな。
おそらくイゼスが口にしていた、一族には千年前から、長となる白銀の狼姿を持つ者は生まれて来なくなった、という言葉に関係があるんだろうけど、ランカの様子を見るにかなり切実そうだ。
シルヴァンを長としても守護神としてもここに置いて行くことはあり得ないし、詳しく話を聞いて獣人族の問題を先になんとかした方が良いか。
尤も、俺の力で解決できることが前提の話だけど――
そんな風に俺は俺であれこれ考えていると、ガコンッという大きな音が大門の方から二度聞こえて来て、あの重そうな鋼鉄製の門扉が内側に向かって動き始める。
ガラガラガラ、と歯車が回転する音と、鎖がジャラジャラと擦れてぶつかる音が辺りに響き、俺達の前で大きく左右に門が開かれて行った。
扉が完全に開くと正面のそこに立っていたのは、さっき鷹に獣化した門番と、子供ぐらいの背丈で頭に狐型の耳がついた、地面を引き摺るほど長い髪の毛の獣人だった。
この獣人がイゼスの言っていた大長老なのだろうか?それどころかどんな獣人なのかさっぱりわからない。なぜならその顔が、白髪交じりで薄茶の長い前髪と、どこからがそうなのかわからない、長い髭で覆われていてまるで見えなかったからだ。
「大長老!」
よく見る魔法使いが持つような、丸みを帯びた木製の杖をついて歩いて来るその獣人に、イゼス達が駆け寄って行く。
手を貸そうと差し出したイゼスのその姿も目に入らなかったのか、大長老と呼ばれたその人物は、途中で杖を手放すと、よろよろと覚束ない足取りでシルヴァンに両手を伸ばして膝を折った。
「――おお…、おお…その雄々しきお姿…誠にシルヴァンティス様…!我ら獣人族の守護神であり、最後の長であったシルヴァンティス様じゃ…!!生きてこの目で御尊顔が叶うとは…ようおいでなされました…!我らルフィルディルの民は、長い間貴方様をお待ち申しておりました…!!」
――顔は隠れていて見えずその表情はわからないが、震える手と小さく身体を丸めるように平伏した姿勢から、おそらく彼は涙を流して歓喜しているのではないかと思った。
大長老と呼ばれた獣人が、シルヴァンを崇めるように地に伏した瞬間、イゼス達や門番を含めた彼ら全員が、一斉にシルヴァンに対して頭を垂れて跪いた。
シルヴァンが紛うことなき『守護神シルヴァンティス』なのだと、彼らが認めた瞬間だ。
「や…やめよ!!我はそなたらに崇められるようなことは何もしておらぬ!!ここへは我が主…ルーファスの意思で立ち寄っただけだ、跪くな!!」
シルヴァンは全身でそれを否定するかのように右腕を振り広げると、まるで自分はここに来るつもりはなかったのだと訴えるように言い放った。
過去に命を賭してただひたすら一族を守ろうとしていた、同族意識の高いシルヴァンらしくない言葉だ。単に守護神として崇められるのが嫌なだけのようにも見えなかった。
ここで安易に俺の名前を引き合いに出したこともそうだが、なにより、同胞が礼を尽くしているのに、それに対してあまりにも配慮がなさ過ぎるのだ。
――シルヴァンに一言言いたいところだけど、ここでは意見を求められない限り彼らが見ている前で口を出すべきじゃないな。
俺は守護七聖であるシルヴァンの『主』という立場ではあるが、俺とシルヴァンの関係をここの獣人族は知らないだろう。
信頼を得られていないのに、彼らの守護神を組み敷いているように思われて憎まれでもしたら、最悪の場合、全ての獣人族を敵に回してシルヴァンを失うことになりかねない。
ただでさえ俺には、シルヴァンと過去に紡いだはずの『絆の記憶』がないのだから。
「なあルーファス、シルヴァンの奴…なにをあんなに怖がってんだろうな?」
立ち上がった大長老と、イゼス達を交えて話すシルヴァンを少し離れた位置から見ながら、俺にひそひそと耳打ちをしてきたウェンリーのそれは、俺にとって意外な言葉だった。
「怖がる?」
「なんだよ、気付いてねえの?あの狼狽え方と落ち着きの無さは、怯えと一緒じゃんか。これまでのあいつの態度だって、嫌なことを避けたがる逃げ態勢の子供と同じだっつの。」
「え…」
――嘘だろう…?あのシルヴァンが、なにかを怖がっているだって…?
「ルーファス様。ウェンリーさんとアテナさんもこちらへおいで下さい。」
シルヴァンと大長老の間で話が纏まったらしく、俺達はイゼスに呼ばれてシルヴァンに近付く。
「お待たせして申し訳ありません。紹介します、こちらがルフィルディルの代表者であるアティカ・ヌバラ大長老です。」
「お初にお目にかかりますじゃ、守護七聖主殿。いや、フェリューテラの救世主『太陽の希望』殿、とお呼びした方がよろしいか。」
「!」
アティカ・ヌバラ大長老の、髪に覆われて見えないはずの瞳が、鋭い光を放ったように感じた。
――やっぱり俺達はあまり歓迎されていないみたいだ。
しかも俺に対してその呼び名が出てくると言うことは、シルヴァンがそうだと説明したのだろうか?ここは閉鎖された獣人族の里だから良いが、もしそうだとしたら、今後は表立ってその呼称を人前では使わないように、少し言い含めた方が良さそうだ。
「いや、俺は…」
「その呼び方は適切ではない、アティカ・ヌバラ。我が主のことは敬称をつけルーファスと名前で呼べ。」
「承知しましたじゃ、ではルーファス殿とお呼び致そう。」
「違う、ルーファス〝様〟だ。」
俺がまだ名を名乗ってもいないのに、気に入らないと言わんばかりに横から口を挟んだシルヴァンは、両腕を胸の前で組み、背中をふんっと反らせると、遙か上から威圧するようにして大長老を見下ろした。
その傲岸不遜とも取られかねないような態度を見て、顳顬から嫌な汗を掻きながら俺は思う。
どこの誰が、いったいなにを怖がっているって?…ウェンリーの思い過ごしじゃないのか?
口を出さない方が良いと離れて黙っていたが、この様子だとシルヴァンは、彼らに対して俺達のことも無理を通していそうだった。
「仰せに従いまする。ではルーファス様と御一行様方、ルフィルディルにようこそいらせられた。我ら獣人族はあなた方を人族ではなく、シルヴァンティス様の『御客人』として歓迎致しまする。」
――こうして俺達はシルヴァンと一緒に、彼らの里へ足を踏み入れることを許された。
あくまでも仲間ではなく、シルヴァンの『客』扱い、か。だとすると一定の範囲で行動が制限されそうだな。
門扉の左右に分かれ、門番の二人と、おそらくはなにかあった場合のためにと集められたのであろう十人ほどの戦士らしき男達が、警戒心剥き出しの視線を投げかけてくる。
いきなり襲いかかられないだけまだマシだが、イゼス達との最初の出会いからすると、なにが起きてもおかしくはない。
特にウェンリーは喧嘩っ早いから、決して揉め事を起こさないように良く言い聞かせておかないと…と思ったのだが、そんな俺の頭にアテナの声が響く。
『ルーファス様が害されない限り、その心配は必要ないかと思います。ウェンリーさんにとって、既に獣人族の方々はシルヴァンティス殿と同じ括りになっているようですから。』
…どういう意味だ?
『シルヴァンティス殿はあなた様をお守りする守護七聖<セプテム・ガーディアン>であり、主従関係と言うだけではなく、個人的にも親しい友人、仲間として、なにがあってもルーファス様の味方です。ウェンリーさんはそのことを初めからとても良くわかっていて、シルヴァンティス様と同族である獣人族は、ルーファス様の味方であると認識しているのです。』
――アテナが言うには、ウェンリーには『シルヴァン=俺の味方』『シルヴァン=獣人族』『獣人族=俺の味方』、みたいな考えがあって、とどのつまり、『シルヴァン=獣人族=俺の味方=仲間』…と言うような脳内思考方程式が成り立っているらしい。
…なんというか、極めて単純だ。実に単純だが…ある意味とてもウェンリーらしいとも思う。
俺にとってのウェンリーがそうであるように、ウェンリーもまた普段から俺のことを最優先で考えてくれている。だからこそそんな答えに行き着くのだろう。
俺とアテナのそんな頭の中での会話など知らずに、当の本人はすっかりイゼスだけでなくレイーノやランカとも打ち解けていて、周囲の視線などまるで気にも止めず、門の中に入れたことを素直に喜んで、楽しそうに談笑しながら歩いている。
そんなウェンリーの姿を見て意外にも、獣人の戦士達は一瞬で毒気を抜かれた様子だった。
門を抜けて少し進むと門前広場の地面には、外の大門前にあったものと同じような色とりどりの石が円形に埋め込まれていた。
門の外と中の両方に描かれている共通の円。多分これは、有事の際に魔力を注いで発動させる、なんらかの魔法陣なんだろう。
そうして大門を超えて通された先には、見張り塔と小さな詰め所があり、さらに蔦だらけの外壁ともう一つ頑強そうな鉄製扉の門があって、こちらは比較的簡単に門番の手で押し開かれた。
ギギギギィ、と蝶番の軋む音がする。
ワッ
扉が開き里内の光が見えたその瞬間、シルヴァンを迎える人々の、空気を震わす歓声がドッと沸き上がる。
驚いたことに、シルヴァンの来訪は既に里の中に報されていたようで、ここの扉が開くのを、獣人族の民は今か今かと集まって待ち侘びていたらしかった。
「シルヴァンティス様…碧き獣人族の衣をお召しになった、あの方がシルヴァンティス様だ!!」
「シルヴァンティス様!!ようこそおいで下さいました!!」
「ルフィルディルへようこそ!!」
「シルヴァンティス様!!」
「ひとめ白銀狼のお姿を我々にもお見せ下さい!!」
「長だ…!!遂に我々の里に、一族の長がおいでくださったんだ…!!」
大地が揺れるほどの歓喜に沸いてわあわあと、そこかしこから口々に名を呼ばれたことで、シルヴァンは吃驚してたじろいだ。
「な…っ」
「これは…」
――予想外の事態だ。言っておくが、これは俺達に対してのものじゃない、『獣人族の守護神シルヴァンティス』に対してのものだ。
沿道に並んで出迎える人の中には、泣いている老人の姿もちらほらと見られることから、この歓迎ぶりはただ事ではなく、かなり異常だった。
俺は薄らとだが記憶の片鱗にあり、こんな人々の恐ろしいまでに異常な熱気を知っている。
それは、ある特定の人物が自分達を救ってくれる存在だと信じて疑わず、一方的に過剰な期待をかけて救世を求める人心の、狂喜に似た感情だ。
「大長老!!民にシルヴァンティス様のことを知らせたのですか!?」
大歓声が響く中、そう問いかけたのはイゼスだ。
「わしが直接大門にまで動けば、里の衆はすぐ異変に気づく。どの道ここを歩いて通るのだ、隠してなどおけるものか。」
しれっとしてそう答えた大長老に、俺は思う。
――違う…そんな理由ではないだろう。この大長老、相当な曲者だ。百歩譲ってたとえそうだったとしても、真偽を確かめる前に先んじて人心を煽るような情報を与えるのはおかしい。
考えられる理由は二つ。里を訪れたシルヴァンが偽物だった場合、彼らを欺いた怒りを利用して、俺達もろとも一族総出で嬲り殺しにするためと、逆に真実だった場合は、シルヴァンのことを広く知らしめ、俺達と一緒にここから容易には出さないためだ。
不味いなこれは…迂闊なことはできない。どこかで先に一度、全員で対応を話し合っておく必要がありそうだ。
特に俺としては、これまでのシルヴァンの態度に色々と引っかかっていることがあって、詳しく事情を聞き出さなければならなさそうだ。
――異常な熱気と大歓声に包まれながら、俺達はイゼス達と大長老の後に続いて、曲がりくねった石畳の通りを歩いて行く。
ここの住人は男性の割合がかなり多く、全住民がこの場に集まっているのだとしたら、女性と子供はその総数に対して随分と少ないように感じた。
その上に殆どの女性が大きなお腹を抱えた妊娠中の若い獣人ばかりで、下手をするとまだ子供なんじゃないかと思うような年頃の人の姿が多く見られた。
≪妙だな…一定の年齢以上の女性が一人もいない。…年を重ねているのは男性の獣人だけなのか…?≫
それは大勢の獣人の顔を見ている中で感じた違和感だった。
俺はアインツ博士から話を聞いて以降、イシリ・レコアとは異なる獣人族の里を見られると、内心では結構楽しみにしていたのだが、とてもそれどころではなく、最奥にある役場を兼ねているという大長老の屋敷に案内されるまで、周囲の景色を見る余裕は全くなかった。
やがて俺達が案内され辿り着いたそこは、入口に獅子と狼の彫像が立てられた、変成岩と木材を利用したとても大きな建物だった。
ちらりと見た限りだが、ルフィルディルの建物は、全て数千年の樹齢を越した巨木そのものを利用する形で建てられているようだ。
それは森の木々を切り倒すのではなく、木の根や洞さえもそのままで、その周囲に箱型の部屋を一つずつ必要な分だけ、外周に向かって繋げて増築していくような感じだ。
その独特な建て方からどの建物も、家の中心から巨木が生えている。
この大長老の屋敷も同じだった。建物は外見からかなり複雑な造りをしているようで、多分中は迷路のようになっていることだろう。
中心には巨木が天へと聳え、それ以外の場所にも建物の中から何本かにょっきりと大きな木が生えている。
大木の枝は整えてはあるようだが、巨木の影になって日光が当たりにくいだろうに、その葉がわさわさと繁茂しており、上階と屋根が隠れるように覆われていて良く全貌が見えない。
ご丁寧に地面にも苔が生していて、玄関までは足場となる石道があるものの、庭のどこもかしこもその殆どが緑色だった。
「すげえな…どこも家から木が生えてら。なあレイーノ、あれって中どうなってんの?」
「すぐにわかる。まあほぼ見た目通りだな。俺達にとってこの森の巨木は、人族から身を隠してくれる防壁と同じでな、周囲に家を作ることで上空をアンドゥヴァリが行き来しても、枝と茂った葉が空から建物を見えないように隠してくれているんだ。」
「へえ…はは、でもさすがウースバイン、アンドゥヴァリのことも知ってんだ。」
「当然だろ。」
横でウェンリーとレイーノのそんな会話を聞きながら、俺は思わず微苦笑する。
そのまま屋敷の中に通された俺達は、以前アインツ博士達が長期滞在していた時に使っていたという、客間の離れにイゼスによって案内された。
そこは小さな池のある中庭に面した建物で、本館とは橋のような渡り廊下で行き来出来るように繋がっている。
木製の引き戸を開けて室内に入り、居間の窓を開けると、すぐ裏手には大木と背の低い木々がまるで外壁のように密集しており、間には柊の木と格子柵があって、こちらからは中庭を通っても敷地外に出られないようになっていた。
「こちらには広めの浴室と厠が備え付けてありますので、お疲れでしょうし夕食前にお身体を清められると良いですよ。」
「それは助かるな。」
浴室があるのか…嬉しいな。あとで入らせて貰おう。
長方形の広めの居間を横切り、引き戸になっている隣室の扉をカラリと開けると、中を覗き込んだウェンリーがあることに気づいた。
「寝室は隣か〜って…あれ?寝台が三つしかねえぞ。俺らは四人だぜ?」
「シルヴァンティス様には本館の方に御自室が用意されております。本日からそちらをお使い下さいと大長老が仰っていました。」
「…なんだと?」
イゼスにそう言われるなり、シルヴァンは噛みつきそうな顔をしてギロリと彼を睨んだ。
――ああ、早速そう来たのか…あの大長老、さすがに手際が良いな。わざわざシルヴァンの部屋を用意して、俺がどうするか見たいのもあるんだろう。
俺に敵対する意思はないから、ここはもちろん、シルヴァンに言うことを聞いて貰わないとな。
「我はルーファス達と同室で構わぬ。部屋を分けるのなら寧ろアテナの方であろうが。」
「また私ですか?嫌です。それなら私はルーファス様と同じベッドで休みますから、寝台の一つはシルヴァンティス殿がお使いになればよろしいのでは?」
「ええっ?」
どうしてそんな考えになるんだ、アテナ。それはわざとなのか?いくらおまえが小柄でも、さすがに狭いから寝苦しいじゃないか。いや、そうじゃない、言うことが違うだろう…!!
「ななな、なに言ってんだよアテナ!!だめだだめだだめだって!!だったら俺が床で寝る!!ルーファスと一緒に寝るなんて、絶対だめだかんな!!」
…ウェンリー…
ウェンリーがなにか妙なことを考えていそうで、俺は頭痛がして溜息を吐いた。
「どちらも却下だ。シルヴァン、話があるから今すぐ移動しなくても良いが、せっかく用意してくれたんだ、大長老の御言葉に甘えてその自室を使わせて貰うといい。ここでのおまえは『獣人族の守護神シルヴァンティス』なんだ。彼らの厚意は素直に受け取っておくべきだぞ。」
「…ルーファス?」
シルヴァンが俺の考えを読み取れずに、怪訝な顔をして眉を顰めた。
「案内をありがとう、イゼス。ここへの滞在を許可してくれたアティカ・ヌバラ大長老には、良くお礼を言っておいて欲しい。それと少しの間俺達だけにして貰えるかな?」
「はい。夕食のご用意が出来次第、またお呼びしに参りますので、それまでの間どうぞこちらでお寛ぎ下さい。」
イゼスはにこやかに微笑んで部屋の扉を閉めると、そのまま本館へと戻っていった。
――あの様子だとイゼスはなにも知らず、他意はなさそうだな。
「ルーファス、俺先に風呂入って来てもいい?」
「待てウェンリー、その前に話があるから後にしてくれ。」
タオルを手に我が道を行こうとするウェンリーを引き止め、俺は木の蔓で編まれて作られたテーブルの椅子に腰を下ろすと、全員にそこに座るよう促した。
「話というのはここでのこれからの予定と、俺達の行動について気をつけるべき注意点、それと現在の状況に関してだ。だがその前に、シルヴァンから聞いておきたいことがある。」
俺は左隣のウェンリーと真向かいに座ったアテナに向かってそう言った後、くるりと右横のシルヴァンに身体ごと向き直った。
「シルヴァン、俺に過去の記憶の殆どがないことは、良くわかってくれているはずだよな?」
開口一番に面と向かって、まずこの言葉をシルヴァンに浴びせる。シルヴァンは眉間に皺を寄せて俺に首を捻った。
「…??…無論だ。だが今さらなぜそのようなことを聞く??」
「――だったら、いい加減になにを悩んでいるのか、獣人族の深刻な事情を俺に話してくれてもいいんじゃないか?」
「!」
――俺はもう一度初めからシルヴァンに言い聞かせる。今の俺は、以前の俺とは違うのだと言うことを。
微かな記憶の片鱗にある俺とシルヴァンの関係から、薄々感じていながらも言い出せなかったことがある。
以前の俺は自分が知る知識をいつでも総動員して、シルヴァンが一族のことで悩んでいても、それを俺の方から察して手助けしてやることが出来たようだった。
だが今の俺は、過去から情報を集めただけのデータベースを持っていても、記憶と経験がほぼヴァハからの十年間のものしかない。
それは数多くの辞書や辞典を持っていても、開いたことがなければそこに載っている項目をすぐに引き出せないのと同じで、情報に経験がまるで伴っていないのだ。
だから俺は、以前ならすぐに察してやれただろう悩みの内容が、獣人族にとってかなり深刻そうなものだと言うことも、ここまで気が付いてやれなかった。
その上でそれがどんなことなのか、シルヴァンの口から示唆する切っ掛けを聞かなければ、データベースを調べることすら出来ない。
「千年前の俺と違って、今の俺は…おまえが悩みを打ち明けてくれなければ、どんなに助けてやりたいと思ってもすぐに動けない。それともおまえは俺から離れて、本当は獣人族の守護神として生きることを望んでいるのか?だったら俺は…」
「違う!!」
ガタンッ、と大きな音を立て、シルヴァンは椅子から立ち上がった。
「我は守護七聖が白、シルヴァンティス・レックランドだ!!あなたに察して欲しいと思って黙っていたわけではない…我自身が困惑してどうしたら良いのかわからず、ただ悩んでいただけなのだ…!!」
必死な顔をしてシルヴァンは俺に否定する。俺の言葉を最後まで言わせずに遮ったが、俺はシルヴァンを置いて行くつもりはない。
我ながら意地が悪いとは思うが、こうでも言わなければ少し突いたぐらいでは、あのグズグズと煮え切らない態度で悩んでいたことを、簡単には話してくれないだろうと思っていた。
「それで一人で悩んでどうにか出来るのか?大長老の態度と行動から俺が思うに、多分ここの問題は、おまえが長と守護神としてルフィルディルに残ることでなら、解決可能なんだろう。」
「それは…」
図星だな。しかもそのことを最初からわかっていて、気が乗らない、と言いながらシルヴァンはここへ来ることを完全には拒まなかった。
…と言うことは、無意識にでも、俺に助けて欲しいと心のどこかで思っているはずなのだ。
「シルヴァン、おまえは獣人族の問題を放置して俺と一緒に来ることは出来ないぞ。俺は彼らを敵に回すつもりはないし、悩みを抱えたままのおまえを命の危険に晒したくない。もちろん、ここに置いて行く気はないからな。」
「ルーファス…」
シルヴァンは項垂れて、ガックリと力が抜けたように再び椅子に腰を下ろした。
「――すまぬ、余りにも個人的なこと故に言い出し難く、あなたに聞かれても答えなかった我が悪かった。…観念する、全て話そう。」
良かった、これでやっと話してくれる気になってくれたか。
「…そもそもの問題は千年前の迫害戦争にある。我の一族が人間に追われ、行き場を失ったことが始まりだ。」
――エヴァンニュの前身、アガメム王国の時の国王『ボルゴネフ』は、獣人族を獣と蔑み、片端から捕らえては火あぶりによる処刑を繰り返していた。
当時なんとかして戦争を止めようと人間の友人と協力して努力はしたが、結局我の父である当時の長、グロウ・レックランドがボルゴネフに惨殺されたことで、停戦は絶望的になった。
混乱の最中に我が長を継ぎ、同胞を救おうと戦い続けたが追い詰められ、最早滅ぶしかないと悟った時に、ルーファスが駆け付けてくれた。
一族を守ろうと助けを求めた我に、ルーファスは人間が決して手を出せない場所に安住の地を用意してくれた。それがあのイシリ・レコアだったのだが、そこに移住する前に、一族には話し合って決めなければならない、ある大きな問題があった。
「今は信じられぬかもしれぬがな、当時の獣人族の中には、アガメム・アルフィネアの人間と結婚して子を成し、家庭を持っていた獣人が数多くいたのだ。」
「…!」
――異種族間の婚姻か…あり得ない話じゃない。世の全ての人が自分達以外の他種族を嫌っているとは限らないからな。
特に獣人族は人族の国がすぐ傍にあっても、ずっと長い間大きな揉め事もなく、魔物による大災害が起こらなければ、平和な状態が続いていたはずだった。
既に存在していない国だから記録など残ってはいないが、それなりの交流があったのだとすれば、男女が出会って恋仲になっても不思議はないだろう。
「ルーファスの記憶にはないだろうが、あの時あなたは我に、獣人と家庭を持った人族も一族として受け入れなければ、獣人と一緒に殺される可能性が高いだろうと助言をくれた。同族を長として説得し、揉め事が起きるのと禍根が残ることも覚悟した上で連れて行くべきだと。だが我は…」
――シルヴァンは、後々のことを考えて、その時苦渋の決断を下した。
イシリ・レコアには『獣人族』のみを連れて行くことに決めたのだ。
人族と家庭を持っていた獣人には、人間の妻や夫と別れることを要求し、獣人の要素を容姿に持った子供だけは同行することを許した。
人間の妻や夫と別れることを拒否した獣人は、安住の地に逃れることを拒み、その多くがガルフィデア獣国やアガメム王国にそのまま残ったという。
つまりこのルフィルディルは、そうしてイシリ・レコアには行かずに、死を覚悟しながらも家族と共にあることを望んで、こちら側に残った獣人族が築いた隠れ里だということだ。
その辺りの記憶が曖昧だった俺は、ようやくシルヴァンの態度に納得がいく。
≪なるほどな…だからシルヴァンは、ここの人達に崇められるようなことはなにもしていない、と言い張ったのか。≫
寧ろ残った獣人達を見捨てたような罪悪感に襲われてさえいそうだ。ここへ来るのに〝気が進まない〟と言っていた理由がわかるような気がした。
「そうしてイシリ・レコアへ逃れてからも、一族には様々な問題が起きた。食料を他所から仕入れることが出来ず、全てを自給自足で賄わなければならないことや、ラビリンス・フォレストとインフィランドゥマ、そしてイシリ・レコア周辺の魔物が強すぎたことなどだ。だがそれらは徐々にそこで暮らすことに慣れて行くと共に少しずつ解決して行った。ところがある日…我を含めた一族の自力では、どうにもならない危機に直面した。」
シルヴァンは一呼吸置いてから、腰にぶら下げたままだったボトルの水をグイッと飲み干すと、俺に沿道に並んでいた獣人達を見て、なにか気づかなかったか、と尋ねて来る。
「ああ…獣人族の女性のことだな。男女の割合が酷く偏っている上に、二十代後半ぐらいから年を取った女性獣人が一人もいなかった。」
「さすがは主だ…気づいていたか。」
「――あれだけの人がいたのに、男性ばかりで違和感があったからな。獣人族の女性は…もしかして短命なのか?」
「…そうだ。なにもしなければ通常は成人までも生きられない。我は戦時中に突然長であった父を失ったために、受け継ぐべき知識を前もって引き継ぐことが出来ず、一族の存続に関わるほどの重大な秘密であるそのことを知らなかったのだ。」
イシリ・レコアに移り住んで暫くしてから、次々と若い女性の獣人が倒れて亡くなって行き、その原因が一切わからず、シルヴァンは俺と七聖に助けを求めたという。
そうしてありとあらゆる手段を使って、ようやく突き止めたそれは、獣人族の女性のみに現れる、身体構成情報『遺伝子』の異常から発生する、種族特有の病気だったらしい。
それからは、生まれつき白銀の狼姿を持つ長にしか受け継がれないという、特殊な力の発現方法と使い方を必死に探し、無事にシルヴァンはその能力を得られて、イシリ・レコアの獣人族は事なきを得たのだそうだ。
そのことから、現在までのルフィルディルでは、同様に女性獣人は短命のまま、できるだけ早くに結婚して子供を産み、これまでどうにか種族を維持してきたのだろうと思われた。
「――なるほどな…と言うことは、問題の一つはそれか。獣人女性の遺伝子異常による短命問題だな。」
「うむ。これが厄介でな、病を発症してからでないと治療が出来ぬ上に、それを発症する年令には個人差があり、皆バラバラなのだ。ただ、最終的にどんなに長くても、二十五才になるまでには確実に倒れるということだけはわかっている。」
「その年令が命の期限か…それを知っている方は堪ったものじゃないな。」
そう考えるとここの女性達は、自分が産んだ子供の成長する姿を見ることも出来ずに亡くなって行くのか。…そうわかっていながら、子供を産むのはどれほど辛いことだろう。
シルヴァンの力だけでなく、恒久的に助ける方法をなんとか考えたい。
実際にその病を発症した女性をこの目で診て、シルヴァンの力で治療するところを確かめてみないと、獣人族の長だけが持つと言うその特殊能力でなければ絶対に治せないのかは判断できないか。
「…今の話を聞いて大体の察しはついた、もう一つ大きな問題があるな。」
「うむ…我が言い出せなかったのは、寧ろそちらの方のことでな。解決策があるのを自分で知っているだけに、千年前の記憶がない今のルーファスに、なんと言われるかが恐ろしくて話せなかった。」
「心外だな、シルヴァン…考えすぎだ。俺がおまえの気持ちを尊重せずに、どうしても無理なことをやれと言ったことがあるか?」
「――いや…ないな。」
シルヴァンは酷く自嘲するような苦笑いを浮かべる。
これまで黙って俺達の話を聞いていたウェンリーが、ここで割って入った。
「あのさ…もう一つの問題って、ルフィルディルに長がいなくて、シルヴァン以降長になる白銀の狼姿の獣人が生まれて来ねえって話か?」
話を聞いていればさすがにそうだとわかるか。
「ああ、そうだ。」
「俺そこが疑問なんだけど、なんでそうなったんだよ?少なくとも前の長が存命中に、シルヴァンは生まれたんだよな?…ってことは、長が命を落としたら次が生まれるってことでもねえんだろ?なのになんで?」
「――うぬう…相変わらずウェンリーは目の付け所が鋭い。」
「…同感だ。」
シルヴァンは苦笑し、俺はウェンリーにまた感心する。
「そなたの疑問は尤もなのだがな…まず獣人族の長は、先代長の血筋や両親の獣姿になんの関係もなく、その資格を生まれつき持った者が白銀の狼姿で生まれてくる。だがそれにはたった一つだけある条件が必要で、当代の長である者が、次代への継承の儀式を行わなければ、実はそこで途切れてしまうのだ。」
「え…それってヤバくねえ?その儀式をやらねえで、もし長が死ぬようなことになったら、もう白銀の狼は生まれて来ねえじゃん。」
「そうなのだろうがな、実は千何百年以上と続いていた獣人族の歴史上、過去にそのような事態が起きたことは一度もない。故に獣人族の長は、継承の儀式を行わずに死ぬことは絶対にないと信じられてもいる。もしそんな事態が起こるとしたなら、その時はおそらく真の意味で一族が滅ぶ時なのだろう。…実際、我は未だに継承の儀式を行っておらず、千年経ってもこうして生きているしな。」
「なんだよそれ…。」
ウェンリーは呆れたように口を開けた。
人間の側からしてみれば、そんな不確かな験担ぎのようなもので、一族の存続に関わるような儀式を行わないなどあり得ないと思うだろう。
だが種族によっては真実そんな言い伝えや伝承が信じられていて、強ちそれが間違っているとは限らないことも確かなのだ。
「だったらその儀式って奴をシルヴァンがやれば、獣人族の長問題は解決するんだな?じゃあもうなんも心配要らねえんじゃんか。」
「――あのな、ウェンリー。その儀式になにか思うところがあるから、シルヴァンは千年前にもやらずにいて神魂の宝珠の中で魂は眠りにつき、ここへ来るまでにも、俺に悩みを打ち明けられなかったんじゃないか?」
「あ…」
俺の指摘にウェンリーが黙った。
結局はそう言うことなのだろう。その継承の儀式をすることになんの問題もなければ、シルヴァンだって疾うに済ませているはずだ。
それが出来ない…もしくはやりたくないと思っているなんらかの理由がある。だからこそ悩んでいるのだ。
「そうだよな?シルヴァン。」
「…うむ。全て話すと言ったからには隠さずに打ち明けるが…」
そう言いながらもシルヴァンは、随分と話し難そうに俺達から目線を逸らしながら続けた。
――獣人族の長が行う『継承の儀式』とは、長が生涯の伴侶となる〝番〟を娶り家庭を持つ際、獣神に契りを結んだという誓いを立てるのと同時に行うと言う。
それは愛する妻や、やがて生まれてくる子のために、一族を守るべき長であっても、自らの家族を命かけて守り通すことがあるという意味が込められており、万が一の時は次代に長の資格と全ての力を受け渡すためのものなのだそうだ。
「えっと…つまり、継承の儀式をやるためには、誰か相手を見つけて結婚しなきゃなんねえってことか。そんじゃシルヴァンは、ひょっとしてそれが嫌で儀式が出来ねえのか!?」
儀式を行えないのは、獣神に結婚の誓いを立てるのと同時にしなければならないから…?…と言うか、本当に結婚しなければいけないのか…!?
長の特殊能力を受け継がせる為の儀式であれば、それだけの理由が必要になるのは当然かもしれないとは思う。だがさすがに獣人族の儀式のためだけに、誰でもいいから相手を見つけて結婚しろとは言えないだろう。
一族の長が世襲制なら考えもするだろうが、自分の子が長になるとは限らないし、そんな理由で結婚をしても相手共々幸せにはなれない。
シルヴァンが結婚を嫌がるのはある意味理解も出来る。…そう思ったのだが、シルヴァンが結婚を渋っていたのは、俺が想像していたのとは全く違う理由からだった。
「――当然だ。獣人族が崇める神に生涯の伴侶だと相手を決めて誓うのだぞ?それと同時に儀式は行わねばならない。そんなのは無理だ…!事情があって一緒にはなれなかったが、我には幼い頃から生涯ただ一人と心に決めた相手がいるのだ。…彼女以外を妻にするつもりはない。」
「え…――」
「ええっ!?いやいやいや、だって…千年前のことだろ!?そんなに思ってたんなら、なんで結婚しなかったんだよ…!!」
「おい、待てウェンリー!」
シルヴァンに…恋人がいた?…いや、待て…待ってくれ、俺はその相手を多分知っていたはずだ。
きっと何度もシルヴァンと一緒に会ったことがある…名前…彼女の、名前は…!?
――俺が思い出す前に、シルヴァンは自分から彼女の名前を口に出した。
「彼女の名は『マリーウェザー・ルフィルディル』。エヴァンニュの前身、アガメム王国のルフィルディル王家に生まれた第一王女であり、我の恋人であった…敵国の〝人間〟だ。」
次回、仕上がり次第アップします。秋が深まって寒くなってきましたねえ…。




