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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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84 もう一つの隠れ里へ

大変遅くなりましてすみません。守護者御用達の宿で仕事の打ち合わせをしていたルーファス達は、ひょんなことから子猫を助けることになりました。なにかを訴える子猫を好奇心から追っていくと、工場地区の空き地へ辿り着きます。そこで突然現れた複数の男達に取り囲まれましたが…?

       【 第八十四話 もう一つの隠れ里へ 】



「アインツ博士…?」


 敵意を向けて俺達の前に立つ、黒い毛の混じった斑髪の青年は、今確かにその名前を口にした。まさかこの人達は…


 ――守護者御用達の宿アトモスフィアで朝食を取りながら、これから向かおうとしていた仕事の打ち合わせをしていたら、茶トラの子猫が俺の上着に飛び込んで来た。

 成り行きで助けることにして外へ出ると、その子猫はなにかを訴えて鳴き始め、好奇心から後を追った俺達を、王都西部にあるこの工場地区へと案内した。


 子猫を追ってさらに廃工場の影にある空き地に足を踏み入れたら、頭の地図にいきなり敵対存在を示す赤い信号が複数出現し、あっという間に俺達を取り囲む。

 しかもリーダーなのか、中心に立つその青年は、俺達に向かってアインツ博士の名前を出した。…と、言うことは――


 俺が連絡が来るのを待っていた、もう一つの隠れ里から来た獣人族(ハーフビースト)、か?…にしては俺達に対する敵意が凄まじいな。


 宿に手紙を寄越すか、もしくは直接尋ねてくるかと、俺が予想していた接触の仕方とは大きく異なり、子猫を案内役にこんな場所へ誘き出した上、いきなり複数で周囲を取り囲むと言うのは、どう見ても穏やかじゃなかった。


 これはなにか誤解されていそうだ。


「――すまぬルーファス、ここは我に任せてくれぬか?」


 俺がなにか言う前に、既になにかに怒っている様子のシルヴァンが、かなり怖い顔をしてそう言った。


 あー…これは下手すれば一戦交えないと気が治まらなさそうだな。まあでも、俺がなにか言うより、同族であるシルヴァンに任せた方がいいだろう。


「…わかった。ウェンリー、アテナ、俺達は離れていよう。」

「はい。」

「あんまカッカすんなよ、シルヴァン。」

「――『ディフェンド・ウォール』。」


 キンキンキンッ


 俺はアテナとウェンリーを呼び寄せて後方へ下がると、相手とシルヴァンがどう動いてもいいように自分達に障壁を施した。


「シルヴァン、だと…?匂いから同族であるのは間違いなさそうだが、貴様…我らの聖地イシリ・レコアに断りなく足を踏み入れただけでなく、よもや一族が守護神シルヴァンティス様の名まで騙っているとは…!!」


 ウェンリーが呼んだシルヴァンの名を聞いて、斑髪の青年はカッとなり顔を赤くした。


 …いや、騙っているんじゃなくてその守護神本人なんだけど。…顔も姿も知らないのは仕方ないとして、伝説が言い伝えられているという割に、その考えには至ってくれないのかな。


 俺と同じことを考えているらしいウェンリーが、呆れて半目になっている。


 獣人族(ハーフビースト)は決して好戦的な種族ではない。…はず、なんだけど…なあ。


「――相手の力量も測れぬ、身の程知らずの小童に気安く名を呼ばれる覚えはない。そもそもイシリ・レコアと我を聖地だ守護神だなどと崇めたのは、貴様らの祖先が勝手にしたことであろう。今回のことも、ルーファスが言い出さなければ我にその気はなかった。我が守りし同胞は、イシリ・レコアと共に既に滅びている。貴様らの里と我には何の関わりもない。寧ろそうまでして守護神だなんだと騒がれるのであれば、シルヴァンティス・レックランドとしても甚だ迷惑だ。」

「貴様…!!」

「あくまでも我が一族の守り神を騙るつもりですか…許せない!!」


 斑髪の青年の横にいた男二人が、同じようにカッとなった。あれは…シルヴァンの挑発なのかな?わざと怒らせようとしているように思える。


 シルヴァン…なにを考えているんだ?


「おいルーファス、あれ本当に任せていいのか?火に油注いでんぞ。」

「……。」


 そうは言っても、相手は初めからこちらを疑って来ているんだし、シルヴァンにやらせた方がいいと思うんだよな。


『私もそう思います、ルーファス様。シルヴァンティス殿はなにか悩んでいるようですし、度を超さないようにだけ気をつけておきましょう。』


 アテナはすました顔で前を向いたまま、頭の中に直接そう話しかけて来る。


 俺が考えていることを口に出さない時は、アテナはこんな風にウェンリーやシルヴァンに気づかれないよう素知らぬ振りをする。

 そうするようにと、まだ俺からなにか言ったわけでもないのに、俺の思考を読み取れることはウェンリーにも話していないようだった。

 もちろんそのことは人に知られないようにと、後で念を押すつもりではいたんだが…さすがはアテナだな、言うまでもないか。


「もういい、レイーノ、ランカ、やれ!!守護神の名を騙る愚者は俺達で始末する!!」

「ああ!」

「任せろ!!」


 愚者、ね…シルヴァンの顳顬に青筋が立ってるぞ。でも結局戦闘になるんだな…そうだろうと思ったよ。


 シルヴァン相手に先陣を切ったのは、斑髪の青年の横にいた男二人だ。


 彼らは目にも止まらぬ速さで地面を蹴ると、一瞬でその姿を変化させる。


 ――ああ、やっぱり…


 片方の男性が青灰色、もう片方が薄茶色の毛の両方とも狼に変わったのだ。


 対するシルヴァンは斧槍さえ取り出さず、まず最初に、飛びかかって来た青灰色の狼姿の男性の攻撃をスイッと身を低くして躱すと、そのまま素手でその腹に闘気を纏った拳を一発、ドゴンッ!と前方向に叩き込んだ。


「ギャンッ」


 青灰色の狼姿の男性は、悲鳴を上げてシルヴァンの前から五メートル以上も吹っ飛び、彼らの後方にあった、朽ちかけた掘っ立て小屋の壁を突き破って、その中へ消えて行った。


 続いて薄茶色の狼姿の男性が、緩急を付けてシルヴァンに足場を使った多段攻撃を仕掛ける。


 シルヴァンはその全てを一切の手を出さず、最小限の動きで躱していた。それは決して手加減しているわけではなく、力の差を見せつけるために、相手が疲れ切るまで遊んでいるのだ。


 途中でそのことに気づいたらしいその男性は、本能的に身の危険を感じてシルヴァンから間合いを取ろうとした。…が、その瞬間、シルヴァンがニイッと笑う。


 ――こらこら、なんだか悪人顔になってるぞ、シルヴァン。


 直後にシルヴァンの目にも止まらぬ回し蹴りが炸裂し、その男性も掘っ立て小屋まで吹っ飛んだ。


「レイーノ、ランカ!!」


 あっという間に倒された二人を見て、驚いた斑髪の青年は、今度は周囲に待機していた仲間に、攻撃を開始するよう命令を出した。


「かかれ!!」


 その仲間達も瞬時に様々な毛色の狼に姿を変えて行く。


 ――獣人族は、彼らの素体である生まれ持ったその姿に獣化すると、全能力値が倍化する。その上昇値には個人差があるものの、大体が1.5〜2.5倍くらいだ。

 それに対してシルヴァンは、守護七聖となったことで、人型でも獣化した時ほどの素体の強さがある。その上で通常獣化時は約3.5倍、さらに固有スキル『ウォセ・カムイ』を使用して神狼化すると、約5倍にまで全能力値を上げることが可能だった。

 そうなるとまず並の人間では相手にならない。恐らく同族であってもシルヴァンとまともに戦える者は殆どいないだろう。

 それがわかっているからこそ、シルヴァンは人の姿のまま戦っているのだと思う。要するに、銀狼化しないだけで相手に対して十分手加減しているのだ。


 俺はまともに話をすることもなく一方的に疑われて囲まれたというのに、彼らのその姿を見て、シルヴァンの仲間である獣人族が、実際に間違いなく生き残っていたことが嬉しくなった。


 千年前、子々孫々まで安全に暮らせるようにと、隔離された場所にイシリ・レコアを用意したのに、あの隠れ里が見る影もなく滅んでいたのは、俺にとっても大きな衝撃だったからだ。

 それになにより、シルヴァンが獣人族として最後の一人にならないで済むと、そのことに一番俺は喜んでいた。


 シルヴァンを取り囲んだ狼たちは、一人では敵わないことを悟り、今度は慎重にその攻撃の機会を窺っている。

 するとシルヴァンはわざと誘うように隙を見せ、まるで素人のように見事それに引っかかった彼らは、全員で一気に攻撃を仕掛けようとした。瞬間、シルヴァンの悪辣な計略が炸裂する。

 彼らが回避不能な攻撃態勢に入ったとみるや否や、一歩も動かずに獣人族特有の『剛勇の気』を放ったのだ。


 ゴッ…


 ――剛勇の気とは、強者が放つ所謂威嚇のようなもののことだ。シルヴァンと彼らでは圧倒的にその実力差がありすぎたため、彼らはそれだけでバタバタとその場に気を失って倒れて行く。つまりは、シルヴァンにまともに相手をされることすらなく戦闘不能に陥ったのだ。

 その気を受けても倒れなかった斑髪の青年は、驚愕しながらもキッとシルヴァンを睨み返し、黒と灰色の毛の混じったしなやかな躯体の豹の姿に変化した。


≪ 彼は黒い豹に変わるのか…!≫


 獣人族が変化するその姿は実に様々だ。犬や猫などの人間の身近にいる動物の姿から、鳥、兎、狐、狼、鹿などの野生動物、そして豹や熊、虎や獅子などの猛獣に至るまで、生まれ持った姿に変わることが出来る。

 ただ、逆に完全に人間同様の姿に変化できる者は割と少ない。身体の一部に動物の部位を残したまま人化する者が殆どで、その外見を恐れた人間達から迫害戦争も始まったのだ。


 ――そろそろシルヴァンが本当の守護神であることに、気がついてもいい頃だと思うのだが、意地になっているのか認めたくないのか、将又完全に違うと思い込んでいるのか、豹に変化した斑髪の青年はさらに対抗すべく、その身体に白銀に近い色の闘気を纏った。


「…ほう、その色の闘気を放てると言うことは、長の資質を少なからず持っていると言うことだな。――ならば我も本気を出そう。」


 えっ…


 シルヴァンは普段と違って、なぜか演出染みたやり方で、ゆっくりと銀狼姿に変化して行く。

 獣化の速度を緩めるなんて、そんな器用な真似がシルヴァンに出来たとは知らなかった。…って、今はそんなところに感心している場合じゃない!


「待てシルヴァン!相手は同族の一般人だぞ!?わかっているのか!」


 おまけにこれまでのところを見た感じ、彼らはあまり戦闘慣れしているようにも思えなかった。

 さっきシルヴァンが見せた、あんなあからさまな誘導にあっけなく引っかかったことがそのいい証拠だ。


 シルヴァンの中でなにか箍が外れているような気がして、俺はまともに戦おうとする相手が心配になる。

 だがシルヴァンはなにかに静かに怒っているようで、銀狼姿でもはっきりとわかる、眉間から鼻筋にかけて深い皺を寄せていた。


『わかってはいるがな…(あるじ)よ、同族だからこそ筋の通らぬ行動には、厳しく灸を据えなければならぬのだ。殺しはせぬ、安心して――』


 …筋の通らぬ行動?…なんのことだ?


『――ま、参りました!!」


 しゅるるるっと、斑髪の青年は、シルヴァンが完全に銀狼の姿に変わった瞬間、豹の姿を解いて人化した。

 と同時にガバッと土下座の体勢に入り、額を地面に擦りつけて平伏すと、ガタガタと全身を震わせて謝り始める。


「も、申し訳ございません!!どうかお許し下さい、守護神シルヴァンティス様!!まさか真実貴方様だとは思わず、大変なご無礼を致しました、何卒、平にご容赦下さい…!!」


「――はあ?」

 …と声を出したのはいつも通りウェンリーだ。


 シルヴァンも含めた俺達全員が、突然態度を一変させた斑髪の青年にその場で固まった。


『――まだ我はなんの手も出してはおらぬぞ。』


 不機嫌そうにそう言ったシルヴァンに青年は告げる。


「お許しを…戦うまでもありません…!一族には千年前より、長となる白銀の狼姿を持つ者は生まれて来なくなりました。故にそのお姿を持つ御方はただお一方(ひとかた)、守護神シルヴァンティス様以外にはおられないのです。俺が…俺が間違っていました…!」


 そう言った斑髪の青年の言葉を、うっかりそのまま聞き流しそうになったが、なにげにその台詞の中には深刻な内容の一文が含まれていた。


 ――そう言えば獣人族(ハーフビースト)の長となる者は、その血筋に関係なく、必ず白銀の狼姿を持って生まれてくるのだと昔シルヴァンに聞いた覚えがある。

 銀狼の姿を持って生まれた者は、力だけではない、一族の民を率いるだけの資質を生まれた時から持っており、獣人族の古き掟で銀狼でない者が長につくことは決してないと言う。

 それには理由があって、確か長にしか使うことの出来ないある特別な力が、銀狼の姿をした者にしか代々受け継がれて来ないからなのだと、シルヴァンは言っていたように記憶している。


 その長となる白銀の狼が生まれて来ない…それは大問題なんじゃないか?


『――やはりそうか…。』


 シルヴァンは小さくそう呟くと怒りを静めて人の姿に戻った。



「――改めまして、外部での情報収集と人族の動向調査を担当している、『ウースバイン』隊長のイゼスと申します。」


 気絶していた獣人族を全員治癒魔法で回復させた後、俺達は改めて落ち着いた彼らと話をすることになった。

 シルヴァンの前で胸に手を当て、イゼスと名乗った黒豹の青年は、補佐らしい男性二人を残して、他の獣人族にはシルヴァンのことを知らせるようにと先に里へ向かわせたようだった。


「…ウースバイン?」


 聞き慣れない言葉に俺は横にいたシルヴァンを見上げる。


獣人族(ハーフビースト)の言葉で〝耳〟と〝足〟の意だ。諜報活動を主とする部隊を表す。」


 怒り自体は確かに治まったようだが、相変わらず渋面をしたままのシルヴァンは、未だに彼らに対してその態度を崩さなかった。


 まだなにかそんな顔をする要因があるのかな…


「なるほど。ウースバイン隊長のイゼスさんか。俺はルーファス。それとウェンリーに、アテナだ。」

「敬称は不要です、イゼスとお呼びください。それとこちらが――」

「イゼスの補佐をしているレイーノだ。」

「同じくランカと言います。」


 各々の自己紹介を終えたところで本題に入る。もちろんそれは、当初からの目的であった獣人族の仲間にシルヴァンを会わせることと、可能ならそのもう一つの隠れ里を訪れることだ。

 アインツ博士から教えられた方法で、ギルドを通じ獣人族には俺達の意思を初めから伝えてあった。

 里を訪れるのが無理なら、連絡して欲しいともその内容に含めてあったので、こうして彼らが来たと言うことは、許可されたのだろうと思っていたのだが…


「それで、イゼス達の隠れ里はここから遠いのか?できればシルヴァンをそこへ連れて行きたいんだけど。」

「…距離的にはここから北東へ進み、ヒルディル地方を越えて我らの足で四半日ほどになります。ですが…その…」


 四半日…獣人族の足で六時間と言うことは、結構遠いな。軽くルクサールぐらいは離れた場所にあると思った方がいいか。


 イゼスはなにか言い難そうに、俺の前でチラリとシルヴァンに目線を向けた。


「?」

「――なんだ。」


 ぶすっとした顔でシルヴァンはイゼスの視線に問い返す。


「恐れ入りますがシルヴァンティス様、この方々は人族、であられますよね?貴方様とのご関係をお伺いしてもよろしいでしょうか…?」


 これは俺にとって予想外の言葉だった。


 ああそうか…ちょっと考えが甘かったな。彼らにとってシルヴァンは守護神だけど、俺達は見ず知らずの人間に過ぎない。いくら俺とシルヴァンが親しくても、それで信用されるかどうかはまた別の話だったか。


 完全に怯えた顔でその顔色を窺いながら、彼が俺達のことをそう尋ねた瞬間、シルヴァンの機嫌がさらに悪くなり、半ば殺気を含んだ凄い目を向けてギロッとイゼスを睨んだ。


「うぬらの里に我のことがどう伝わっているのか知らぬが、ルーファスは一族の救世主であり我が(あるじ)だぞ。礼を失すれば即座に命はないと思え。」

「は、はい!かしこまりました…!!」


 ――うーん、これは…中々に揉め事の予感がするな…。最悪の場合、シルヴァンを除いて俺達は、里に近付くのを避けた方がいいかもしれない。


 シルヴァンとイゼスのやり取りを見て、俺はそう思い微苦笑した。


 獣人族(ハーフビースト)が現在のエヴァンニュ王国で、全くその姿を見かけられていなかったことからするに、彼らはほぼ完全に里に閉じ籠もって生活しているのだろう。

 それは人間と関わるのを徹底して避け、余程でない限り誰も里の中には入れていないことを示している。

 それだけにアインツ博士達が彼らの信頼を得たのは、物凄く稀有なことだと感心した。


 結局イゼスはレイーノとランカを交えて話し合い、シルヴァンに里を訪れて貰うのが最優先だと決めたらしく、後は行ってから判断すればいいと、俺達も一緒にそこへ向かうことを受け入れてくれた。


 それから俺達は一度宿に戻って仕度を済ませ、支払いを終えて引き払うと、そのまま二重門(ダブル・ゲート)を出て、先ずは最も近いアラガト荒野に出現したバイトラス・カッターの変異体討伐を済ませに向かった。


 イゼス達の話では、彼らの里にも魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の支部が普通にあるらしい。


 だからこそギルドを通じての連絡が可能だったのだろうが、考えてみればそれも不思議はなかった。

 ギルドを管理運営しているのは人間ではなくウルルさん達黒鳥族(カーグ)なんだし、徹底した情報規制もお手の物だろう。

 隔離された場所で獣人族(ハーフビースト)が長い間暮らしているのなら、必要な物資を入手する手段として間を介するのに、商業協会などの各種ギルドにも通じる魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)は最も適した組織だ。

 素材を収集したり、魔物を狩ったりすることで誰でもお金は稼げるし、常駐する協会員は現地の人材が担える。

 後は集落内にある程度の施設が整ってさえいれば、ギルドがあるだけで十分隠された獣人族の国としてでもやっていけるはずだ。


 なんにしても、それなら依頼の完了報告は、彼らの里に行ってからにすればいいし、中に俺達が入れなくてもシルヴァンに任せればそれで済む。


 と言うわけで、一つ目の依頼を終わらせると、俺達は王都にはもう戻らず、イゼスの案内で彼らの隠れ里を目指しながら、今度は残りの討伐依頼対象がいるディル湖近くの荒れ地に向かうことにしたのだった。


「――なあ、さっきからそれ、なにしてんだよ?ルーファス。」


 そんなに遠くない次の目的地へと、遠ざかる王都を背に、てくてくアラガト荒野を歩きながら、俺が黙々とあることをしているのを見て、ウェンリーが怪訝な顔をする。


 今俺は左手に魔石を持ち、右手でそれに向かって次々に魔法を放ち続けている。


「ああ、これか?魔法石を作っているんだよ。」

「…はあっ!?」


 キーンと耳鳴りがするほど真横で大きな声を出して、ウェンリーが吃驚した。


「ル、ルーファス様は魔石に呪文字を刻むことが出来るのですか…!?」


 てっきりその台詞はウェンリーが言うものと思っていたが、詰め寄ってきたのはイゼスで、レイーノとランカも酷く驚いて目を丸くしていた。


「うん、まあ…()()出来たみたいだな。」


 ――俺がそれを見つけたのは偶然だった。


 アテナに俺と揃いの腕輪(バングル)を作ってやりたくて、ミスリル鉱石の魔法での加工方法と、魔石に自分の魔力を籠める方法を探してデータベースを調べていたのだが、その際に魔石に魔法紋(呪文字)を刻む方法が記された情報に目が止まった。


 基本的に魔石に呪文字を刻むには、一定以上の魔力を所持していることと、その作りたい魔法石の魔法を自分が詳細に扱えなければならなかった。

 魔法石を作るには、元となる魔石を壊さないように、外部から干渉を受けない結界内で、魔石という器の中に向かって魔法を発動し、それに発動条件(魔石から外部に効果を発生させること)と誤って発動しないようにする封印を施すなど、幾つもの魔法を短時間で重ねがけして作り上げて行く。

 つまりそれだけの数の魔法を一度に使えることと、それらを完全に制御する繊細な技術が必要なのだ。これが普通ではかなり難しい。


 だが俺には自己管理システムがある。外部干渉を遮断する結界は手元に展開しておいて、予めどの魔法とどの魔法を組み合わせて発動すればいいか、そこに使用する魔力量も威力も、なにもかも始めに数値化して設定しておき、後はその通りにホイホイ魔石に魔法を籠めて行くだけで、数秒とかからずに作成が可能だった。


「魔法石は魔法国カルバラーサでしか作れないものだと思っていました。況してやこのエヴァンニュ王国では魔力阻害によって、人間はほぼ全員魔法が使えないのだと聞いておりましたから驚きです。」


 レイーノとランカがなぜか目を輝かせて、うんうん、と大きく頷いていた。


「イゼス達は魔法が使えんのか?」


 ()()()と言ったイゼスの言葉に反応して、すぐさまウェンリーから突っ込みが入る。同じことを俺も思ったのだが、ウェンリーのその質問の早さには敵わなかった。


「主に簡単な攻撃と生活魔法ぐらいですが使えます。獣人族に光属性魔法である『リレストア』は必須魔法ですし、最低限四属性の下級攻撃魔法ぐらい使えないと、里の外には出して貰えないんですよ。」

「リレストアって?」


 初めて聞く魔法の名前にウェンリーは俺ではなく、隣を歩くアテナに尋ねる。アテナは一瞬で俺のデータベースを検索して調べると、その答えを嬉しそうにウェンリーに話した。


「消散復元魔法ですね。簡単に説明すると、獣人族の方々が獣化する際に着ている衣服を霧散させて消し、人化する時には瞬時に元へ戻すための魔法です。」


 …なんのことはない会話なんだけど、アテナはそこに加われること自体が嬉しいみたいだな。にこにこしていて楽しそうだ。


 ウェンリーはアテナのそんな小さなことも敏感に察していて、少なからず気を使っているようだった。


「へえ…おんなじ国内に住んでんのに、獣人族(ハーフビースト)は魔法が使えるなんて羨ましいぜ。なんで俺は使えねえのかなあ…。」


 ウェンリーのその台詞は、素直にそう思ったから口に出したのだろうと思う。だがほんの一瞬、イゼス達がピクリと反応したのを、俺は後ろから見ていた。


 それは決して悪い反応ではなく寧ろその逆で、ウェンリーが彼らに対して〝羨ましい〟と言ったことから来るものだった。


 俺の横を歩きながらウェンリー達を見ていたシルヴァンが、ふっ、とその相好を崩す。多分シルヴァンは今、俺と同じようなことを思っているのだろう。


 ウェンリーは物怖じせず、初対面の相手に対しても先入観を持たない。それは異種族に対しても同じだ。自分の目で見て感じたことを素直に受け取り、それを相手に対しても誠実に返そうとする。

 だからこそ誰とでも打ち解けるのが早く、俺が気づけばいつの間にか見知らぬ他人とでも親しくなっていることが多い。


 ――それだけに今でも思う。…なぜ、リカルドとだけは上手く行かなかったのだろうか、と。


「ああそうだ…シルヴァン、前に頼まれた魔物の解体と部位回収の魔法だけどな、俺が持っているスキルと解体魔法を組み合わせて、上手く良いのが作れたから呪文を教えておくよ。」

「なんと!!それは誠か、ルーファス!!」


 瞬時に目を輝かせて俺の両肩をガッと掴み、興奮したシルヴァンが鼻息を荒くする。


 おっと…これは予想以上の喜び方だ。


「うん。魔法名は『ディバイド』。〝分ける〟って意味の名前だ。但し破損修復効果はないから、壊れたものは回収できないぞ。呪文は――」


 リカルドもこの魔法が出来たら教えて欲しいって言ってたよな。…俺の方から会いたいと連絡を取ることは出来ないんだろうか。可能なら、もう一度会って話がしたい。


≪ リカルド…おまえは俺の前から姿を消して、今はどうしているんだ…?≫


 俺が作ったこの魔法をシルヴァンに教えていると、イゼスやレイーノ達までもウェンリーと一緒になって欲しがった。

 シルヴァンに教えたこの魔法は異界属性である〝空〟属性の素質が必要になるため、魔法が使えれば良いというものじゃない。

 そこでウェンリーには『ディバイド』の魔法石を作ってやることにし、イゼス達には空属性が必要のない無属性解体魔法『ティレン』のみを教えることにした。



 ――その後俺達は三十分ほど歩いて『ディル湖』の湖畔へとやって来た。


 王都からアラガト荒野を北東の方向に進んで来た、ヒルディル地方の入り口にあるこの湖は、もっと東にあるムーリ湖と違って、荒れ地の真ん中にその痕跡だけを残す涸れ湖だ。

 一年の内十ヶ月ほどはこの状態だが、雨の多い季節になると、その期間だけ地を流れる水が溜まって湖の姿を取り戻す。


「…これがあの美しかったディル湖か。…見る影もないな。」


 乾いた地面の疎らな砂漠草と、木の一本も生えていない湖岸。干上がって罅割れた湖底を前にポツリと呟いたシルヴァンは、そのエメラルドグリーンの瞳でどこか遠くを見て物憂い顔をしていた。


「千年前は違ったのか?」


 シルヴァンとの記憶を一部取り戻していても、それ以外のことはまだ殆ど思い出せていない俺は、かつて見たはずのここの光景も当然のことながら覚えていなかった。


「ルーファスは…そうか、記憶にないか。」

「ああ。アラガト荒野一帯が深い森だったことは聞いて知っているけど…この辺りも自然豊かだったのか?」

「――そうだな…この場所は深き緑に囲まれたアルフィネア有数の保養地だった。まだ戦争が起きる前は我も良く訪れていて、夏には水遊びに興じたものだ。湖畔には桟橋に係留された小舟が揺れていて、小さな東屋と王家の別荘があって…」

「…王家?」


 王家と聞いて、獣人族は王制ではなかったはずだと不思議に思い、俺が聞き返した途端に、シルヴァンはハッとして首を振った。


「いや…なんでもない。討伐対象のホールモールはこの辺りの地下にいるのだったな、どうやって誘き出す?」


 ――なにか誤魔化されたな。俺に触れられたくないことなのか…


「ああ、ちょっと待ってくれその前に…ウェンリー。」


 俺はアテナと一緒に周囲の警戒をしていたウェンリーを呼び寄せる。


「んー?」

「おまえにこれを渡しておく。」


 そう言って俺が大量に取り出したのは、ここへ来るまでに黙々と作っていた魔法石だ。その全てをウェンリーに手渡す。


「火属性魔法『ドラゴニック・フレイム』の魔法石だ。合計で二十個ある。」

「へ…」

「ルーファス様!?」


 俺がこれからしようとしていることの思考を読み取ったアテナが、珍しく顔色を変えた。


「討伐対象は二体。多分(つがい)だ。頭に鶏冠のようなものがある雌の方が気性が荒いから、そっちはシルヴァンとアテナに倒させる。残りの雄はウェンリー、おまえが一人で倒すんだ。」

「ルーファス!?」


 驚いて固まるウェンリーに、アテナだけでなくシルヴァンまでもが慌てた。


「え…なんでいきなり…ホールモールって大型だって言ってたよな?変異体じゃねえけど、Sランクに匹敵するんだろ?…無理じゃね?」


 ――俺から目を逸らしたウェンリーの手がカタカタと震えている。相手が『大型』であることと、『Sランク相当』の魔物であるという事前情報から、自分一人では無理だ、倒せないと思い込んでいるからだ。


「ウェンリーの言う通りだぞ、さすがに初見の敵相手で単独戦闘は危険だ!!」

「シルヴァンは口を挟まないでくれ。『太陽の希望(ソル・エルピス)』のリーダーは俺だ。」


 俺は詰め寄るシルヴァンをぐいっと左腕で押し退け、同時に黙っていろという意味を込め、キッと睨んだ。瞬間、シルヴァンは俺に怯んだ。


「ウェンリー、俺はおまえに出来ないことをやらせようとはしない。今現在シルヴァンとアテナの個人等級はBランク級だが、実際の実力はもっと上のSランク級相当はあり、二人は単独で変異体を倒せるだろう。だがおまえは能力的にも一般的な守護者と変わりなく、俺達と違って魔法が使えないと言うだけで圧倒的に不利なんだ。このままただ俺達と一緒に戦っているだけだと、いずれおまえだけ等級に差がついて一人置いて行かれることになる。…薄々感じてはいるだろう?」

「――……」


 青ざめた顔をして押し黙り、ウェンリーが俯く。わかってはいても俺に指摘されるのはかなり精神的にも厳しいだろう。でもこの段階で踏ん張って貰わないと、国外にウェンリーを連れて行けなくなる。

 俺は獣人族(ハーフビースト)の隠れ里を訪れたら、その後はすぐにでも国境を越えるつもりだからだ。


 守護壁が消滅してエヴァンニュ国内の魔物事情が変化したと言っても、多分他国の魔物はもっと強い。もしウェンリーが俺と一緒に来るのを諦めるのなら、ここが引き返せる最終地点だと思っていた。


 ウェンリーは自信がなさそうにしているが、俺達と数多くの変異体を狩ってきたことは無駄じゃない。少なくとも俺は、この所の戦闘で余程の危機的状況にならない限り、ディフェンド・ウォールを使っていなかったからだ。

 それにも関わらず、ウェンリーは敵の行動をしっかりと見極め、大した怪我もなく戦って来られた。

 ウェンリーはもうこの短期間で守護者として一人前になりつつあったのだ。後は俺達がいなくても戦えるのだという自信を付ければ良いだけだ。


「Sランク相当のホールモールを単独で倒せば、おまえが持っているパーティー証明用のIDカードに討伐情報が記録されてBランク級に昇格できる。ウェンリー、これはソル・エルピスのリーダーとしての提案だ。もしどうしても出来ないと断るのなら、おまえを国外には連れて行けない。俺達が国境を越えるその時には俺と来るのを諦めて、王都のラーンさんのところへ帰れ。」

「…っ!!」


 ――その最後の一言で、ウェンリーの顔付きが変わった。


「へっ、嫌だね…俺は絶対おまえから離れねえ。俺が決めた俺の居場所は、おまえの隣にしかねえんだ。」


 さっきまで震えていた手をぎゅっと握りしめ、腹を据えた顔を上げていつもの濃い琥珀色の瞳が俺を見ている。


「…そうか。」

「ああ。」

「渡したドラゴニック・フレイムの魔法石を上手く使うといい。足りなくなったらいくらでも用意する。ホールモールに炎上以外の状態異常はあまり効かないが、他に欲しい魔法石があれば俺に言えばすぐに作れるからな。戦い方は朝に説明した通りだ。」

「わかった。」


 ウェンリーは意を決して頷いた。


「うっしゃ!!やってやるぜ…!!」

「ま…待ってください、ルーファス様…!!せめて私にウェンリーさんの補助をやらせてください…!!」


 ――アテナ…?


 血相を変えて俺にそう訴えるアテナに、俺は心底驚いた。俺の思考はほぼ全てがアテナに筒抜けで、理由があってこんなことを言っているのはわかっているはずだった。それなのにアテナがそんなに慌てる理由が俺にはわからなかったのだ。


 アテナがウェンリーを心配する気持ちはわかるが、ウェンリーにとってここは大事なところなんだ。わかってくれ。


「だめだ、アテナはシルヴァンの方を頼む。ウェンリーが危ないと思ったら俺が防護魔法を使うから心配要らない。」

「ルーファス様…!!」


 俺はアテナの訴えを退けた。


「イゼス達は出来るだけ戦闘域から離れていてくれ。ウェンリー、シルヴァン、ホールモールを俺の誘引魔法で誘き出す。対大型戦闘フィールド展開。準備は良いな?」

「…心得た。」

「了解!!」




               * * *


 ――その場所は空気が澱み、なにもかもが歪んでいた。


「はあ、はあ、はあ、はあ…っ」


 背後から言い知れぬ恐怖が追いかけて来る。


 どんなに必死で走っても、走っても、この不気味な空間からは抜け出すことが出来ず、それでも少しでも足を止めればそれに飲み込まれてしまいそうで、ただ走って逃げ続けるしかなかった。


 目に見えているのは魔物の腹の中のような光景だ。赤茶けた細長い管の走る肉壁のような景色に、いくつもの怪樹の真っ黒い影が枝を伸ばし、もぞもぞと蠢いている。

 空は血のように赤黒く、足元は腐葉土を踏んでいるようにやけに柔らかかった。


 誰かいないのかと、助けを求める声は二重、三重にも響いて木霊し、遠くなったり近くなったりしてくぐもっている。おまけに耳元には、ドクン、ドクン、とどこからかなにかの心音に似た鼓動が絶え間なく聞こえていた。


 おかしい、なぜだ、どうして俺はこんなところに?


 Aランク級パーティー『根無し草(ダックウィード)』。そのメンバーの一人である双剣使いのスコット・ガロスは、今自分になにが起きているのか全くわからなかった。


 今日は幼年学校入学のために保護者同伴の面接があって、ユーナの手を引いて公共地区にある役所へと歩いて向かっていたはずだった。


 覚えているのは、その途中でありふれた茶色のマントにフードを被り、口と鼻の上まで覆面で顔を隠した、赤目に闇装束の男達に囲まれたところまでだ。


 あの妙な連中になにかされたのだろうか?


 スコットが想像できる答えはそのぐらいだった。


 背後から迫り来る恐怖の正体がなんなのかわからないまま、ひたすら走り続けた彼は、やがて巨大な黒い壁にぶち当たった。


 眼前にそそり立つ壁を登ろうとして、腰の双剣を抜いて突き刺すと、その世界を激しく揺らす轟音が鳴り響いた。

 その瞬間、静寂がスコットを包み込んだ。…鼓膜が破れたのだ。


 耳の奥に激痛が走り、静寂の中で身体だけが激しく上下に揺れる。なんの音も聞こえないのに、その咆哮だけは震える空気によって聞こえてくるような気がした。


 直後に、明らかに温度の異なる生臭い、熱い風が、頭上から吹いてくる。


 総毛立つその気配に見上げると、そこには巨大な目があった。


 ――そこでスコット・ガロスの意識はぷつりと途絶えた。


 バキッ…グシャッ…、ゴリ、ゴリ、グチャ、と、後にはその、彼を咀嚼する不気味な音だけが響いていた。

 

この所体調が優れないので、修正版の投稿ペースを落とし、こちらをメインに暫くの間進めます。なるべく週一で投稿しますが、遅くなるかもしれません。頑張りますので読んで頂けると嬉しいです。いつもありがとうございます!

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