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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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82 禁断の場所 ⑦

異空間の中で自分の養父だったレインの姿を見たライは、その名を叫んでしまいます。するとそれに反応したかのように、漆黒の二枚羽根を背に生やした人間のような男が姿を現しました。それがアリスタイオスの言っていたフェザーフォルク・ラルウァでした。予定通り戦闘に突入したライ達ですが…?禁断の場所ラストです。

          【 第八十二話 禁断の場所 ⑦ 】



 ――果てのない、どこまでも続く闇が広がって行く。


 俺達の前に姿を現したそれの背後に、黒、紫紺、深緑、朱、黄土色などの様々な〝色〟が、水に溶いた絵師の画材をかき混ぜるように、ゆっくりとした不気味な渦を巻いて、どこかに尽きることなく吸い込まれている。

 先程まで見えていた景色は全て消え失せ、俺達の足下は(くるぶし)ぐらいまでの高さに漂う、瘴気のような(もや)で見えなくなっていた。

 辺りは右を見ても左を見ても、一定の方向に流れ行く暗色の薄闇だけだ。


 光などない暗い空間…そのはずなのに、はっきりと目は見える。そうして空中に黒羽根を広げて浮かんでいるのは、朽ちたボロボロの衣服を着て、熟したオリーブの実のような黒ずんだ緑髪に、ギラギラと瞳のない金目を光らせている…どう見ても人の姿をした男だった。


 あれが、フェザーフォルク・ラルウァ…なのか?背中に漆黒の羽根が生えただけの、人間じゃないか…!!


 それの出現と共に、強烈な風による初撃を喰らった俺達は、各々体勢を立て直すべくすぐに立ち上がった。


「せ…戦闘態勢!!作戦通り動くよ、全員気を引き締めな!!」


 ヴァレッタのその第一声が聞こえ、俺を含めた全員が一斉に武器を抜いた。


 彼女は薄闇の中で刀身が輝くオリハルコン製の剣を構え、先陣を切って大剣を振りかぶったフォションと二人、それへの攻撃を開始した。


 ――宙に浮かぶあの男を呼び寄せたのは俺だ。どちらにせよ戦うことにはなったとしても、俺のレインの名を叫んだ声が、おそらくあれにこの空間へと足を踏み入れた俺達の存在を知らせたのだ。


 あのまま流れゆく誰かの記憶のような映像をもう少し見ていたかった。振り向いたレインが、あの後どうなったのかを知りたかったからだ。

 あれはいつのレインの姿なんだ?あの遺跡のような場所はどこなんだ。なぜこんなところで、レインの姿を見ることになった?わからない…なんなんだ、どうなっているんだ。


 あれは俺の記憶の中のレインそのままの姿で、手を伸ばせばもう少しで届きそうに見えたのに…消えてしまった。


 〝レイン…!!〟


「ライ様あっ!!」

「…はっ…」


 トゥレンの俺を呼ぶ声に我に返ると、目の前に、それが、いた。


 ――なにも映さない、残光を伴う金色の目が、少し下から見上げるように俺の顔を覗き込む。

 吐息が届きそうな近距離にある顔の、薄青い肌に左右の頬には黒く浮き上がった血管が、木の枝のように伸びて見えた。

 真っ青に変色した固く閉じられたままの唇はピクリとも動かず、靡いたボサボサの長髪が重力に反して放射状に広がった。


 ヒュッ…


 空を斬る音と反比例して、静止画がゆっくりと少しずつ動くように目に映るその右腕は、鋭く鉤状に伸びた爪を立てて振り上げられる。

 それはそのまま、俺の前左斜め上から一気に弧を描くように動いた。


 ザンッ


「ぐっ…!!」


 その音と同時に、俺の左腕から激痛が襲う。掠めた鉤爪が肉を切り裂いたのだ。


 子供の頃から徹底的に身に付けていた、無意識の回避動作が働かなければ、相当な深手を負っていたところだっただろう。戦場に放り込まれて対人戦に慣れていたのも幸いした。…とにかく俺は、無意識にそれを避けようと身体を動かして、攻撃を腕に食らったものの、致命傷は免れたのだった。


 痛みに目が覚めた俺は、そこから秒以下の間隔で反撃に入る。右手に握っていた剣の柄に力を込め、自分と敵の視界外からライトニング・ソードを真上に振り上げた。


 シャッ…ザンッ


 俺に一撃を食らわせた直後に身を引いた、間合いを取られる前のそれの左腕に、ギリギリで刀身が届いた。


「ギャアアッ」


 瞬間、ババっと黒いタールのような血液が俺の衣服に飛び散る。


「「ライ様っ!!」」


 敵の羽根越しに、イーヴとトゥレンがすぐさまこちらへ動こうとするのが目に入った。


「構うな、大した傷じゃない!!飛翔したぞ、精炎石(せいえんせき)で炎傷を狙え!!」


 ――失態だ。レインのことを考えていて、敵に意識が向いていなかった。しっかりしろ…!!


 トゥレンの声があと少し遅かったら、危なかった。そう思いながら俺は、服の物入れから液体傷薬(ポーション)を取り出すと、口に含んで飲み干した。


「精炎石を使う、下がれトゥレン!!」


 ヒュンッ


 イーヴが投げつけた精炎石が、敵の脇に赤い魔法陣を描き、横方向への火柱を上げる。


 ゴッ…ドオンッ


「ギャアアアアッ」


 迸る筒状の炎に、それは悲鳴を上げ両手で顔を押さえながら身を捩ると、横に伸びる火柱からさらに上に飛び上がり、すぐにそこから脱却した。

 炎の中から逃げられても朽ちた衣服に着火し、炎上すれば状態異常に持ち込めると思っていた。だがボロ布のようになっていた衣服はすぐに燃え尽きて炭化し、はらはらと黒花の花びらのように敵が起こした風に乗って舞い散る。


 そうして丸裸になった男の身体は、薄青い皮膚の半分以上が黒や紫紺に変色していて、既に腐りかけているのに肉体保存の魔法をかけられ、溶解しないように保たれているかのように見えた。


 ――あれで生きているのか…!?


 〝強化実験体〟…アリスタイオスはそう言っていた。この羽根の生えた人間にしか見えない男が、どういう経緯でこんな怪物になったのかはわからないが…同情の念を禁じ得ないな。…酷すぎる。


 俺は腕の傷が薬で塞がったのを確認すると、地面を蹴ってヴァレッタとフォションがいる位置の近くを目指して走った。


 真っ先に俺に攻撃を仕掛けて来たそれは、囮役のヴァレッタが引き付け、軽々と大剣を振り回すフォションと、果敢に剣技を繰り出すイーヴとトゥレンに囲まれて相対していたにも関わらず、俺が一定の範囲に近付くと、なぜかこちらにぐるんッと向きを変えて、他を無視し脇目を振らずにまた、俺に向かって前のめりに飛びかかって来た。


「グガアアアアアアアッ」

「な…っ!?」


 こいつ…っ!!


 近付いた時に見えた顔の両頬のように、限界まで増強し盛り上がった筋肉質の腕にも、黒く浮き上がった血管が木の枝のように伸びていた。

 敵はその両腕を、防ぐのがやっとの高速で、左右に何度も何度も振り回し、俺が見えない壁際に追い詰められるまで、狂ったように攻撃を続けて来た。


 ――くっ…追い詰められた…!!


「ライ様ーっ!!」


 トゥレンが俺の名を呼んで、俺が見たことのないほどの速さで斬り込み、敵の背中に強烈な一太刀を浴びせた。


 ズ…ザンッ


「ギャアアアアアーッ」


 それが耳を劈く悲鳴を上げて大きく身体を仰け反らせた。だが羽根を切断するには至らない。


 直後にボンッという小さな爆発音のようなものが聞こえ、続いてその全身が、俺の目の前で紫色の炎に包まれる。

 通常とは見える色が異なるが、状態異常『炎傷』の発生だった。


 俺達人間にも発生する『炎傷』の状態異常は、全身が熱を帯びて高温になり、一定時間、軽度の損傷を与え続けてその動きを制限する現象で、通常 "火属性の魔法効果" を受けたことにより発生する。

 これは全身に火がついて燃えているように見えるが、それは普通の炎ではなく、魔法効果が継続して発生している、熱による空気の揺らぎがそう見えるものだ。


 簡単に説明すると相手の肉体が持つ魔力が、攻撃魔法の影響を受けて同調現象を起こしてしまい、一時的に同様の損傷を与え続けることを言う。

 これは相手の持つ耐性と確率により起き、属性と付加効果が異なる他の状態異常も全部原理は同じだ。

 そして魔力は魔物だけでなく、人間を含めた全ての生物が体内に所持しているもので、魔法が使えるかどうかと言うことには関係しない。


 因みに普通に火がついて燃え上がる状態は、『炎上』と言う。


 ≪トゥレン…!?≫


 ――トゥレンのその手にあるのは国から支給された、何の変哲もないミスリル製の中剣だ。それなのに、その刀身が敵が包まれたのと同色の炎のようなものを纏い、斬り付けただけのその攻撃で敵を炎傷の状態異常に侵した。

 そしてそのままトゥレンは、俺にも認知不可能な速度で瞬時に回り込み、俺の前に立つと、続けざま左下から右斜め上方向に両手で握った中剣を斬り上げた。


 ザシュッ…


「ガアアアアアッ」


 再びそれが悲鳴を上げて身体をくの字に折り曲げる。


「――貴様が怪物でも実験体でも何者でも、ライ様を二度は傷付けさせん!!この方をお守りするのは、俺の役目だっ!!!」


 そこから、トゥレンの猛攻が始まった。


 あまりの人の変わりように声を失う俺の前で、全身から俺の瞳と同じような紫紺の闘気を燃え上がらせて、トゥレンがその剣技で敵を押し返して行く。

 フェザーフォルク・ラルウァは、両腕で必死に身体を庇うと、黒い血液を撒き散らしながら防戦一方になり、瞬く間に俺から十メートルほども離れた。


「ハッ、やるじゃねえか、補佐官!!『鬼神の双壁』の名に恥じねえ男だぜ!!」


 好機とばかりにフォションが便乗し、トゥレンと交互に強斬撃を叩き込んで行く。俺とイーヴ以外は、トゥレンの変貌ぶりに気づくはずもなかった。


 ――まさかトゥレン…おまえのその変化は、俺との『闇の契約』が原因か…?時折瞳の色が変化して見えるのも、その桁外れな能力の上昇も…


 どうやら無事に城に戻れたら、あいつと話をする必要がありそうだ。


 トゥレンに俺から引き離された炎傷状態の敵は、状態異常の行動制限で飛び上がって上空に逃げることが出来なくなり、トゥレンとフォションの二人に背中の羽根を切り落とされないよう、傷付きながらも上手く攻撃を避け続けていた。


 二度意表を突いて俺に攻撃を仕掛けて来た敵に、俺は一旦無闇に近付くのを止めて、一歩下がって戦闘状況を把握しながら、冷静に攻撃を仕掛ける機会を窺うことにした。


 だがなぜだろう、その意識は俺に向いているような気がしてならない。


 俺以外の四人に絶え間なく応戦して戦っているのに、俺が位置取りを変えようと動く度に、あの残光を伴う瞳のない金色の目が、俺の動きを追っているかのように顔ごと動くのだ。


 なんだ…この最中(さなか)に攻撃に加わっていない俺の動きを、目で追っている…?


 それはまるでこの敵には、二つの意識が存在しているかのような違和感だった。片方は俺以外に対応し、その裏でもう片方が執拗なまでに俺に狙いを定めている…そんな感じだ。


 隙を窺っているのはあっちも同じで、俺が間合いに入って来るのを待っているのか…?――そう思った。


「ウェルゼン副指揮官!!あんたもこっちから一緒に攻撃しとくれ!!補佐官とフォションの方に背中を向けさせるんだよ!!」

「承知した!!」


 イーヴとヴァレッタがトゥレンとフォションの反対側に回り込み、交互に剣技を放って敵の注意を引こうとする。

 だが敵はこちらの考えを読んでいるかのように立ち回り、二人の攻撃を躱しては後退し、挟み撃ちの状況からいとも簡単に擦り抜けると、手足を使って体術に似た攻撃を繰り出していた。


「ちいっ、この羽根見た目に反してやけに堅えぞ!!さっきからちっとも傷がつかねえ!!」


 炎傷状態の羽根に、フォションが繰り返し大剣で斬りかかるも、その羽根は伸び縮みして微妙に動き、それらを全て撥ね除ける。


「違う、羽根自体になにか…強化魔法のようなものがかかっているのだ!!真横から付け根を狙え!!」

「はあ!?無茶を言うな!!俺の大剣は小廻りが利かねえんだよ!!小剣じゃ威力が足らねえ!!そんなんどうやって――うおっ!?」

「炎傷状態が切れた!!――下がれっ羽根の攻撃が来るぞ!!」


 ギュオッ


 全身を包んでいた紫色の炎が消えた途端に敵は、俺が警告したのとほぼ同時に黒羽根を畳むようにして身体を包み、直立したままぎゅるりと回転して上空へと舞い上がった。


 そして次の瞬間、空震を引き起こして羽根を広げるとその凶悪な攻撃を放った。


 ドゴオッ…ズババババババッ


 それは初撃と同じような、二枚羽根を広げて引き起こす猛烈な全方向の旋風による攻撃だったのだが、最初の時と違ったのは、その襲い来る風の中に敵の一枚一枚の羽が無数に含まれていたことだった。


 知っているだろうか?荒れ狂う嵐のような天候時に吹く強風は、様々なものを吹き飛ばす。それが枯れ葉や紙のような物だけならいいが、場合によっては木の枝や小石など、尖った物や普通に当たるだけで怪我をするような物まで飛んで来ることがある。

 それらが飛来する時、吹き荒ぶ風の力や速度によっては、木の壁や人を射貫くほどの力を持つ場合があるのだ。

 もしそれほどの風を敵が起こし、それと共に強化された肉体部位として、小枝のような芯のある羽が向かって来たら――


「全員伏せろオオオォーッ!!!」


 ズガガガガガンッ


 ――そう、無傷とはいかない。


 フェザーフォルク・ラルウァが放った風に乗り、猛烈な速度で襲って来たその羽は、漆黒の矢となって四方八方に飛び散った。


 咄嗟に身構えて腕で顔を庇った俺が、次に目を開けると、そこには大きな壁のような背中があった。


「ご無事ですか!?ライ様!!」

「――トゥレン…お、まえ…っ」


 ほんの数滴、真紅の血が滴り、見えない足元にぽとりと落ちると、トゥレンの身体に突き刺さっていた黒羽根は、バラバラと抜け落ちて塵のように霧散して行き、その傷はスウッと一瞬で消え失せた。


「あなたをお守りするのは俺の役目です、あれにあなたを二度は傷付けさせない…!!」


 その黄緑色の瞳が俺に向けられ、揺らがぬ決意の込められた強い輝きを放った。


 ――俺はトゥレンの覚悟を甘く見ていた。


 〝闇の主従契約〟を結ぶことは、俺にとってトゥレンの命を救うための唯一の手段でしかなかったが、トゥレンの方は…違ったのだ。


 こいつは本気で生涯…いや、死した後でさえも俺を守るつもりでいたのか。


 その思いをわかっていなかったのは俺の方だった。


「――悪かったトゥレン、俺はおまえを見縊っていた。」

「…は…?」


 俺は自分を恥じ、唇をきゅっと噛み締める。


 この男は、俺がエヴァンニュ(この国)を捨てても、俺について来てくれるだろうか――


 ――いや、疑うまでもないな。きっと…


「手を貸せトゥレン、俺は捨て身であれを倒す。おまえは俺の盾となり、俺への奴の攻撃を全て食い止めろ!!…それしかもう手はない!!」

「はい!!お任せ下さい!!」


 俺はトゥレンと共にフェザーフォルク・ラルウァを倒すべく、全力で挑む決意を固めた。防御を捨てて攻撃に徹すれば、いくら相手が尋常ではない怪物でも勝機はあるはずだ。


 ――敵が放った凶悪な攻撃により、イーヴ、ヴァレッタ、フォションは戦闘不能に陥っていた。

 特に至近距離にいたイーヴとヴァレッタだが、ヴァレッタは守護者としての本能から咄嗟に隣にいたイーヴを庇ったらしく、最もその傷が酷かった。


 庇われたイーヴは手足に黒羽根による矢傷を受けたものの、ヴァレッタを引き摺って戦域を離脱し、すぐに応急手当に入る。


 フォションは大剣を使って、ある程度致命傷にはならないように黒羽根を弾いたようだが、両足に受けた負傷のために動けなくなっていた。


「フォション、戦域を離脱しろ!!動けるか!?」

「おう、這ってでも移動してやるぜ、そっちこそ行けんのか?」

「やれるだけのことはやる!!どうせこれを倒せなければ、俺達は死ぬだけだ!!」

「は…ほんっとに、軍のお偉いさんらしくねえ台詞だなあ。あんた守護者の方が余っ程向いてるぜ。まあいい、役に立てなくてすまねえな、任せたぞ黒髪の鬼神…!!」


 フォションは大剣を支えにしてどうにか立ち上がると、イーヴとヴァレッタのいるところまで撤退した。


 ――三人が戦域を離脱すると、俺とトゥレンはほぼ同時に闘気を放つ。それは俺達の心が一つに繋がったかのように同調して、俺の紅の闘気とトゥレンの紫紺の闘気が混ざり合って階調を描き、同色に変化した。


 攻撃を開始した直後から、俺の動きに合わせてトゥレンが動き、トゥレンの動きが俺に伝わり、俺がそれを読んでさらに動く。

 そうして俺達は一体となって全力で敵への攻撃を繰り返していった。


 俺とトゥレンの見えない剣筋が繰り返し弧を描き、容赦なく敵を傷付けて行く。


 飛び散る血液が俺達の顔や衣服を黒く染め、それからさえも俺を守ろうとトゥレンは俺の盾になる。

 繰り返される攻防に息が上がり、汗と敵から時折漂う死臭が鼻を突いて苦しくなった。


 この敵は、もう既に生きているとは言えないだろう。たとえ元が羽根のある種族の人間だったとしても、意識は失われ、その身体は殆ど死んでいるも同然だ。なんのための実験体だったのかは知らないが、(むご)いことをする。


 トゥレンのミスリルソードの刀身に纏われた紫色の炎が、再び敵を炎傷状態に侵した。それとほぼ同時に俺のライトニング・ソードの魔石に力が溜まる。


 トゥレンが敵の俺への攻撃を盾となって引き受け、反撃で押し返した瞬間に、俺は間合いを取って一歩下がると、ライトニング・ソードの力を全て解放して敵に浴びせ放った。


 バリバリバリ…ズガガガガガガガッ


「ギャアアアアアアアアッ」


 炎傷状態だった上に、ライトニング・ソードの最大威力の雷撃を喰らった敵は、麻痺状態になり、羽根を伸ばした格好そのままで動きが止まった。見れば羽根の付け根が、無防備な状態で露出している。


 〝しめた、好機だ!!!〟


「今だトゥレン、全力で羽根を切り落とせえっ!!!」

「お任せを!!…うおおおおおおおおおっ、落ちろおおおおおおおっ!!!!!」


 ズ…ドンッ…ザシュッ


 トゥレンが上から振り下ろしたミスリルソードの刀身が、紫色の炎を纏って通常よりも長く延びたように見えた。

 それはあまりの威力と速さに、撓るように湾曲し、漆黒の二枚羽根を付け根から見事同時に斬り落とした。


 ブワッ…ズザアアアアアッ


 その瞬間、ドス黒い霧状の(もや)となってその羽根は霧散し、俺達の目の前で消滅する。すると、フェザーフォルク・ラルウァの金色の目に、琥珀色の瞳が戻った。


 …!?――瞳が…!!


「ぐ…が…、れ…レイ、ンフォ…ルス……」


 え…――


 その言葉が耳にはっきりと聞こえたが、俺はその時、もう既にそれに止めを刺そうとして剣を突き立てる体勢に入っていた後だった。


 ドッ…ズンッ


 勢いを止めることなく、俺のライトニング・ソードはその男の心臓を貫き、すぐにその脇からトゥレンのミスリルソードが同じようにその胸を貫いて行く。


 突き刺さる二本の剣に、男はゴバッと口から大量の黒い血を吐き出した。


 ――〝ありがとう。〟男が絶命する寸前、俺はその声を聞いたような気がする。


 そうして『フェザーフォルク・ラルウァ』は、俺とトゥレンの前で力尽き、黒い細かな粒子となって霧散していった。


「はあ、はあ、はあ…」

「はあはあ、やりましたね、ライ様…」

「…ああ。」


 トゥレンは腰に手を当てて上を向くと、満足げに大きく息を吐いてそう言った。


 ズッ…ザザザアアアアアアーッ


 と、その直後にいきなり辺りが真っ白くなり、なにも見えなくなったかと思うと、異空間は跡形もなく消え失せ、俺達は元いた古代遺跡内部の通路の途中だと思われる、僅か三メートル四方の空間に戻っていた。


 ――戻って、来た…のか。


「トゥレン、イーヴ達をすぐに診てやってくれ。」

「はい、直ちに。」


 トゥレンはイーヴに駆け寄り、三人の手当を始める。


 強敵との戦闘が終わり、俺はある結論に至っていた。


 フェザーフォルク・ラルウァ…あの男は、レインの名前を呼んだ。そのことから、どういう仕組みかはわからないが、あの異空間で見ていたのは、恐らくあの男の記憶だったのだろう。

 元々はレインの知り合いだったのかもしれない。だとすればあの映像の中にレインが出て来たのも頷ける。

 執拗に俺を狙っていたのも、俺の黒髪を見てレインと間違え、最後に聞こえたのが礼だったことから、無意識に助けを求めていたのかもしれない。ただどんな関係だったのか、そこまではわからないのが残念だが…

 そう思うと俺は、名前も知らない彼の冥福を祈らずにはいられなかった。


 コツン


「…ん?」


 なにかが俺の靴の爪先に当たり、俺は下を見る。そこに落ちていたのは、手の平より少し小さな、白みを帯びた緑色に輝く宝玉だった。


 緑色の宝玉?…どこから…


 それは手に取るとほんのりと温かく、なぜだかとても大切なもののような気がした。


 持って行くか。そう思い、俺はそれをとりあえず上着の物入れにしまうと、イーヴ達のところへ小走りに近付く。


「大丈夫か?イーヴ。」

「はい、戦線を離脱して申し訳ありません。」

「それはかまわん、傷の具合はどうなんだ。」


 俺が尋ねるとイーヴ自身は既に液体傷薬(ポーション)で完治し、なんの問題もないという。ところが…


「フォション殿も中級の液体傷薬<ハイ・ポーション>を使用したので、もう間もなく問題なく動けるようになるはずです。ですがハーヴェル殿が…」

「ヴァレッタ?」


 トゥレンがイーヴに変わって治療を続けるヴァレッタに近付くと、フォションがヴァレッタを抱きかかえて声を掛けていた。


「おいヴァリー、どうした、しっかりしろ!」

「う、うう…フォー…、痛い…、痛いよ…!」


 見たところ既にフェザーフォルク・ラルウァから受けた傷は、全て塞がって治りかけているように思えた。なのにヴァレッタは、酷く苦しそうに脂汗を掻き、顔を歪ませて傷が痛いと訴えているのだ。


「そんなに傷は深かったのか?」

「いや…わからねえ、副指揮官から上級の液体傷薬<マクス・ポーション>を飲ませて貰って、暫くは落ち着いていたんだが…急に苦しみ始めたんだ。」

「ヴァレッタ、どこが痛む?どんな風に痛いんだ。」

「あ、ううっ…せ、背中…背中の、最初に受けた方の傷が…うああっ…!」

「背中…!?」


 ――背中というと、レスルタードにやられた方の傷か…!


「おい!」

「はい、ハーヴェル殿、申し訳ないが直接患部を見せて下さい…!イーヴ、液体傷薬(ポーション)ではなく鎮痛用の調合薬をくれ、それと注射器を!!」

「今用意している!」


 バサバサッ…ゴトッ…ビビッ


 フォションがヴァレッタを起こして抱きかかえ、トゥレンが俺が貸していた上着を脱がせると、ヴァレッタの革製の胸当てを外してから、その下に着ていた穴の空いた薄手のシャツをナイフで切り裂いた。


「…!!!」


 ――俺達はヴァレッタのその顕わになった背中を見て、絶句する。


「――な、んだ、これは…」


 塞がっていたはずの刺突創の周囲が盛り上がり、そこから広がるように皮膚が赤く焼けただれたように変色して、なんらかの異常を起こしていた。

 しかもそれはあたかも毒染みのように、少しずつ外側へと拡がっているように見える。


「最初に治療を施した時、きちんと解毒はしたんだろう!?」

「もちろんです!初めて遭遇する魔物から受けた傷は、有害な毒素を含んでいる場合がありますから、しっかりそこは確認して治療しました!」

「ならどうしてこんな…」


 痛みに苦しむヴァレッタを前に、俺達は言葉を失う。


「とにかく鎮痛薬を打ちます。これで痛みだけは抑えられるはずです。」


 イーヴの手から注射器を受け取ると、トゥレンは急いでヴァレッタの腕の血管にそれを打った。


「うう…」


 間もなくヴァレッタはすぐに薬が効いてきたのか、歪めていた表情を少し和らげると、静かに寝息を立てて眠ったようだった。


「一刻も早く病院に連れて行った方がいいな、急いで奥に進もう。出口を見つけなければ…!」


 ヴァレッタは女性だ。いくら仕事柄怪我をすることはあっても、あれは酷い。早く治療してやらないと、痕でも残ったら気の毒だろう。


 俺は立ち上がり、イーヴとトゥレンに移動を促そうとした。


「おい待て、黒髪の鬼神。」

「…なんだ?」


 ヴァレッタを抱きかかえて立ち上がると、フォションが唐突に俺を呼び止める。その表情は険しく、さらに深くなにかを考えている顔をしていた。


「先に言っておくが、ヴァリーの治療も大事だが、ここに来た目的だけはきちんと達成しろ。あんたのこの行動には、今後のエヴァンニュの安全を左右する重大なもんが関わってる。もちろん、わかってるよな?」

「フォション…ああ。」


 ――さすがはAランク級守護者だな。この仕事を引き受けてくれたのにも、きちんと相応の理由があったと言うことか。内心ではヴァレッタのことを何よりも優先したいだろうに…


「よし、先へ進もう。敵の気配はない、最奥には護印柱があるはずだ。目的を果たし、少しでも早く地上へ帰るぞ。」

「「は!!」」

「おう。」



 それから俺達は、覚えていた地図の通りにまた通路を進み、ようやく最奥の部屋の前に辿り着く。

 ぴったりと閉ざされた扉の小窓からは、この施設内で最も広い空間と、中央に聳える巨大ななにかの装置が見えた。


 あれが…護印柱か…!!


 目の前に見えてはいるが、ここでまた扉を開けるのに手間取る。今度は音声認識による合言葉(キーワード)が必要だったからだ。

 救いだったのは、古代言語でなくとも認識されると言うことだった。でなければ俺達では永遠に開けられないところだっただろう。


 ピコン…


合言葉(キーワード)をどうぞ。』


「…『護印柱』、でどうだ?」


『――違います。合言葉(キーワード)をどうぞ。』


「…とりあえず片っ端から思い付く言葉を言ってみるか。」


 ――エヴァンニュ王国、守護壁、キーオーン、アルフィネア、アガメム、エルリディン、シルヴァンティス、マリーウェザー、カラミティ、マスタリオン…


 ヘイデンセン氏との会話で聞いた言葉や、初代国王の名前など、ぱっと思い付く言葉を口に出して行く。その度に〝違います〟と抑揚のない奇妙な声で素気なく返事を返された。


『違います。合言葉(キーワード)をどうぞ。』


「はあ…もう思い付く言葉がないぞ。…これで最後だ、『太陽の希望(ソル・エルピス)』。」


 ピロン


「…!?」


『――音声言語を認識。扉のロックを解除します。』


 ガコンッ…ゴコンゴコンゴコン…


「…開いた!?」

「おお!はは、やったじゃねえか。」


 ――『太陽の希望(ソル・エルピス)』…またこの言葉か。海神(わたつみ)の宮でも壁画にその名前があった。


 千年前に実在していたという救世主…この施設もまさかその人物が作ったのか?


 それだけではなく、前にも思ったが、俺はもっと以前からこの言葉を知っていたような気がする。

 やはりラ・カーナに住んでいた頃、レインの口から聞いたんだろうか…でもいつ頃…どこでだった?…思い出そうとしても靄がかかったようにはっきりせず、どうしても出て来ない。


 扉が開き、俺達はその巨大な装置が鎮座する、途轍もなく広いこの空間に足を踏み入れる。


「すげえな、おい…こんな巨大なものがこんな地下にあったなんて…」


 あんぐりと口を開けるフォションの言葉に同感だ。


 この部屋の幅は四十メートル、奥行きは六十メートルはありそうだ。その上天井はさらに高く、直径が六メートルほどの青く透き通った円柱が聳える護印柱は、その天井を突き破ってもっと上へと突き刺さるように伸びている。

 中央に鎮座した護印柱からは、直径が三十センチはありそうな太い線が大蛇のようにくねくねと床を這い、左側の壁一面を埋め尽くす複数台の駆動機器に繋がれている。

 右側の壁の前には蔓草のような物に支えられた青緑色のクリスタルから、澄んだ水が絶えず流れ込んでいる変成岩の泉があり、その傍には人が休めるようなテーブルセットと、本棚、ソファなどが置いてあった。


 さらに部屋の奥には、地図になかった扉が二つ見えることから、その先にも部屋があるらしい。

 ふと横を見ると、イーヴが顎に手を当ててなにかを深く考え込んでいるようだった。気になった俺は声を掛けてみる。


「どうした?イーヴ。」

「ああ…いえ、少し思い出したことがありまして。」

「なんだ?」

「はい。」


 中央の装置に近付くまでの間、歩きながらイーヴの話を聞く。


「実は昨日、ルクサールからの帰り道で海獣アーケロンに襲われた時、危ないところを守護者に助けられたとお話ししましたが…その守護者のパーティー名が『太陽の希望(ソル・エルピス)』と言うのです。」

「…ほう?そんな名前のパーティーがいたのか、初めて聞く名前だな。」


 俺はこれでも合間を見て魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)に立ち寄り、掲示板を見たり協会員から魔物の情報を得たりして、力のある守護者についても噂などの情報を仕入れるようにしている。

 つい昨日もヴァレッタ達を探して、ジャンと一緒にギルドに立ち寄った時も、最低限の情報は聞いていたつもりだった。


「それは当然でしょう、結成されたばかりのパーティーですから。…しかもライ様、そのパーティーの代表者であるリーダーのSランク級守護者に、ライ様への言付けを預かりました。」


 〝Sランク級守護者〟と俺への言付け、そう聞いた瞬間に俺はピクリ、と反応して足を止め、イーヴを見た。


「…なに?」

「そのSランク級守護者の名前はルーファス・ラムザウアー。以前軍施設内部の魔物を一掃してくれた銀髪の守護者です。海獣の討伐後に、ライ様とトゥレンは一緒ではないのか、と尋ねられ、その後で〝くれぐれもお身体は大切に〟そう伝えて欲しいと言われました。」

「…!!」

「少し気になる言い方だったので、この件が終わってからゆっくりお話ししようと思っていたのですが…お伝えするのが遅れて申し訳ありません。」


 ――それを聞いただけで、ルーファスが俺になにが言いたかったのか、わかるような気がした。

 イーヴに一緒ではないのか、と尋ねたのは、恐らく俺が無事かどうかを知りたかったのだろう。

 あの時なにか事情があって、俺が目を覚ます前に姿を消したのなら、そう思って当然だ。やはり、俺を助けてくれたのは…ルーファスだった。…間違いない…!


 だが…ルーファスが結成したパーティー名が、『太陽の希望(ソル・エルピス)』…?体調不良で長期休養に入ったというリカルド・トライツィとのパーティーを解消して、新たに自分のパーティーを組んだと言うことか。

 その名前が…太陽の希望(ソル・エルピス)…レインにそっくりな、あのルーファスがリーダーで?…これは偶然なのか?


「…ライ様?」

「ああ…そうか、ルーファスが…そう言っていたのか、わかった。」

「――お待ちください、ライ様…あの守護者と面識があったのですか?我々の知る限り、彼とライ様が顔を合わせたのは、二重門(ダブル・ゲート)での一度きりだったように記憶しているのですが。」

「…そうだな、おまえの言う通りだ。」

「…は…?」


 今はまだイーヴにもトゥレンにも話す気はない。いずれ必要になれば考えるが…ルーファスのことは、俺自身がまず彼と直接話をしてからだ。


 フォションはヴァレッタを、近くにあったソファの上にそっと横たわらせて自分の上着を掛けてやると、早足に俺達の元へと合流する。

 そうして俺はようやく、この巨大な天へと伸びる、護印柱の装置の前へと辿り着いたのだ。


 目の前にはここに来るまでにも、各部屋に置いてあったものと良く似た一回り大きい制御装置のような物が設置されていた。


 その装置の前に立ち、電源を入れようと手を伸ばした時だ。


 フオン…


『――ようこそ、長期超高位魔法障壁維持機構…通称〝護印柱〟へ。来訪者よ、フェザーフォルク・ラルウァの排除に感謝する。改めて、私の名はアリスタイオス。自律型護印柱制御システム、アリスタイオス=キーオーンだ。』


 その声の主は、護印柱の青く透き通った円柱内に浮かび上がるようにしてその姿を現したのだった。

 

次回、仕上がり次第アップします。

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