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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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81 禁断の場所 ⑥

最大の危機を謎の声の主に救われたライ達は、一難去ってまた一難、今度は凍結して彫像化している化け物達のいる部屋で、凍死するか化け物に襲われるのを覚悟で制御盤の電源を入れるかで悩みます。とにかくもう一度あの声に助けを求めてみようと呼びかけたライの声に、アリスタイオスと名乗るそれは答えてくれました。そうしてどうにかこの凍結した氷点下の部屋を出ることになりましたが…?

          【 第八十一話 禁断の場所 ⑥ 】



「――応えてくれて感謝する、アリスタイオス殿…先ずはこちらから質問をしても良いだろうか?」


 姿の見えない相手に、俺は慎重に話しかけた。


 助けを求めて扉を開けてくれと頼み、相手は即応して受け入れてくれた。そのことから、少なくとも悪意のある存在だとは思えない。だが、正体がわからないことに変わりはないのだ。

 古代言語を話すとしても、リヴのように協力関係を築ける相手ならば良い。ただ大きく異なるのは、その姿が見えないことと、何処となく人間味を感じない話し方をしているように俺が感じることだった。


『敬称は不要。そちらに答えを知る権限があれば可能だ。』

「答えを知る…権限?」

『説明を求めるより、実際に問うてみるべきだ。なにが知りたい?』


 助けて貰っておいてなんだが、どこか冷たい声だ。なんと言い表せば適切だろう…そう、感情がない…俺達に対してなんの感情も抱いていない、そんな感じか。


「ああ、では…この施設は、エヴァンニュ王国全体に守護壁を張っていたという『護印柱』で合っているだろうか?」


 なぜ今さら?とイーヴ達には思われるかもしれない。あくまでもこれは俺の個人的感情だが、どうしてもこのことは先に確かめておきたかった。

 さっきも考えていたように、護印柱としての役割と、施設内部の状態が一致しないことに俺は酷い違和感を覚えていたからだ。


『…大体は合致している。正しく護印柱とは長期超高位魔法障壁維持機構のことを呼び、ここはその機構が設置されている現代では〝古代遺跡〟と呼ばれる類いの建造物だ。その名称を守護壁中央第一キーオーンと言う。』


 抑揚のない、淡々とした声でそう告げる相手に、俺は間違いなくここは護印柱だったとわかり一旦はホッと胸を撫で下ろした。


 ではなぜ国を守るような機構のある施設内部に、こんな化け物が蔓延っているのか。アリスタイオスと名乗るこの相手は何者なのか、他にも聞きたいことは山ほどある。だがそれよりも次は、この部屋を安全に出ることが先決だ。


「そうか、ありがとう。まだ聞きたいことはたくさんあるのだが、それは後にして先にこの部屋から安全に出たい。アリスタイオス、ここの室温を上げずに奥の部屋へと続くそこの扉を開けて貰うことは出来ないだろうか?」


 また黙考しているかのように、返事があるまで数秒間の間が空いた。


『―― "レスルタード" への対策だな。』

「レスルタード?」

『そこに凍結した状態で休眠している存在のことだ。"テリビリスザート" を散蒔(ばらま)く異形…無限に増え続ける自己増殖型殺戮用駆動体をそう呼んでいる。』

「この化け物はレスルタードと言うのか。」

『そうだ。それらは現在、凍結によってのみ増殖と殺戮行動を封じられる。』


 やはりそうか…凍らせるしか方法がない、その推測は合っていたのだな。


「おい、どうでもいいが早くしろ!!ヴァリーが凍死しちまう!!」


 そう俺に叫んだフォションは、いつの間にか自分の上着を脱ぎ、それに包んでヴァレッタを冷たい床から膝上に抱き上げて、自分の体温で必死に温めていた。


「アリスタイオス!負傷者がいるんだ、頼む急いでくれ!!」

『――危険度(リスク)を計算中。…対応策(デバイス)を検討。…予測(プレディクト)を算出。――来訪者に最善策を提示する。』

「…なに?」


 ――それはまるで駆動機器が擬似的に声を発しているかの様な、言葉の羅列だ。〝最善策を提示する〟と言ったその意味に、俺とアリスタイオスとでは、理解の差が天と地ほどもあった。


『扉の開放要請を受諾。但し負傷者をその場に()()()()()()を強く推奨する。』

「な…」


 なんだと…?負傷者を放置…つまり、ヴァレッタをここに置いて行けと言うのか…?


「そ…それが最善策か!?…そんなことが出来るか!!」


 ガキンッガコッ…ゴコンゴコンゴコン…


 俺が怒鳴り声を発するとほぼ同時に、どういうわけか扉は勝手に開いて行く。


『声音から感情の険悪化を感知した。――私が提示したのは来訪者の最終的な "生存率" を上げるための最善策であり、開放条件でもこちらからの強制命令でもない。そちらが従わずとも要請には応じる。』

「だったら初めから言うな、くそ野郎が!!」


 俺以上に激怒したフォションは忿懣やる方ない顔をして、ヴァレッタを抱きかかえると立ち上がった。当たり前だ、怪我をした仲間を置いて行けと言われて腹を立てないはずがない。


「ちっ、なんなんだこの声の野郎は…扉は開いたんだ、行くぞ!」

「ああ。」


 頷いて先に出たフォションに続き、イーヴとトゥレンに部屋から出るように促すも、俺は一抹の不安を感じて室内を振り返った。


 ――条件でも命令でもないのに…なぜアリスタイオスは『最善策』としてそんな非道なことを告げた…?


 本能的に室内の置物のような、『レスルタード』を注視する。シンと静まりかえり、物音一つしない中、今にもその目だけがギロリとこちらに向けられそうな気がして、ゾッと寒気がした。…違う、これはここの気温が低いせいだ。


 胸騒ぎがして疑問に思いながら、ずっとここに留まっているわけにはいかないと、俺も部屋を後にする。

 最後に俺が通路に出ると背後で扉は閉まって行き、すぐにまたガキンッという錠のかかる音がしていた。

 その見計らったかのようなタイミングの良さと言い、アリスタイオスは俺達の状況をどうやって知っているのだろう?


 扉が閉まると通路は通常の温度で、その温かさにホッと安堵する。少なくともこれで彫像化した化け物に襲われるか凍死するかの二択は免れた。そう思ったのだがそれも束の間、アリスタイオスは続いて一方的につらつらと、とんでもないことをしゃべり始めた。


『――緊急要請時における対応措置を解除し、扉を施錠した。来訪者よ、警告と助言をしておく。この先の中央に出現した異空間には、第一通路の可動壁と連動し隔離措置から解放された〝フェザーフォルク・ラルウァ〟が陣取っている。』

「!?…アリスタイオス!?」

『それはアーシャル・ロフティ・ファーマメンツの大神官、聖哲のフォルモールが生みし恐るべき強化実験体だ。』

「おい、なんだそりゃ!!」


 俺達はどこか上から降るように聞こえてくるアリスタイオスの声に、天井を見上げて驚愕する。


 フェザーフォルク・ラルウァ?強化実験体… "ラルウァ" とは怪物を表す意味の言葉だ。その言葉通りならそれはレスルタードのような、なにかの化け物のことか!?


『弱点は火属性。空中に飛翔した際は炎系魔法による攻撃が有効。状態異常〝炎傷〟時は二枚羽根による旋風攻撃を無力化可能だ。攻略手順としては部位破壊による羽根の切断が最優先。遠距離攻撃の弓による射撃や魔法攻撃が最も効果的だが、来訪者にその手段は皆無と推測。従ってあらゆる魔法石の使用と大剣による強斬撃と強打撃を主軸とし、損傷蓄積時の気絶を狙い仕留めるよう勧める。』


 ――息も吐かずに途切れることなくそれだけを告げると、アリスタイオスはそれきり、いくら呼びかけても返事をしなくなった。


 呆然とした俺達は冷静になって考える。


「フェザー…なんとかってのは誰かが生み出した強化実験体、そう言ったな。ここは一体全体どうなってやがる?」


 フォションはヴァレッタを抱えたまま、まるで胸の中に溜め込まれた不満を全て吐き出すかのように、はあぁ、と深く長い溜息を吐いた。


「俺もそれは疑問に思って聞きたいところだったが、相手が呼びかけに応じなくなってしまったのでは尋ねることも出来ないな。」

「――要するにこの先で陣取っているなにかを倒すまで、私達にもう用はないと言うことなのでしょう。()()()と口に出していましたから、我々では生き残れないと思っているのかもしれません。」

「…おまえらしい解釈だな、イーヴ。」


 冷静沈着にアリスタイオスを分析するイーヴに、俺はほんの少しの皮肉を込めて微苦笑する。

 イーヴはこういう状況になるとまず相手を懐疑的に捉える。つねに深謀遠慮を巡らせて不測の事態に備えるためだ。そのおかげで俺は戦場でも自身の甘さから誤った判断を下さずに済んできた。

 今もそうだ。危機的状況を救われたからと言って、未だ姿の見えない相手を信じかけていた俺を戒めてくれる。


 だがアリスタイオスは事前に多くの情報をくれた。それを元に対策は立てられるかもしれん。


「ライ様、まずは俺とイーヴでこの先の様子を見てきます。〝出現した異空間〟という言葉が気になるので、俺達が戻るまでここでお待ちください。」

「…わかった、くれぐれも気をつけて行け。」

「はい。」


 俺とフォションはこの場に残り、斥候に向かったイーヴとトゥレンの背中を見送った。


「――あんたの部下さん達は『双壁』の噂通り本当に優秀だな。無理をせず、無茶もせず、命令に忠実なだけでなく自身で的確に判断して動く。片方は冷静沈着で頭脳、片方は質実剛健で肉体的に秀でていながら両方とも文武両道で抜きん出ていると来たもんだ。あの二人ならいずれ国の参謀と防衛も担えるんじゃねえか?」

「……そうだな。」


 そう聞いても俺はそれ以上の言葉を返さない。俺からの答えを期待しているようにも見えないが、言葉の端々に含みを感じる。…やはりこの男は俺の事情に、薄々でも気がついているのではないだろうか。


 エヴァンニュ王国の公式発表では、前王妃と国王の間に子供はいないことになっている。それはコンフォボル王家の風習で、王族に生まれた子供は剣を握ることの可能な年令になる(五歳から七歳ぐらいか)まで、その存在を国民に隠すことが決まっていた(そう聞いた)からだ。

 そう言った風習の理由も、古い歴史を国民に学ばせないことと関わりがあるのかもしれない。たとえば過去に子供が暗殺されるような事件があったとか、王位を巡って醜聞があったとかだ。

 まあそんな話は俺にとってどうでもいいが、そう言った理由から俺の存在は行方不明になった当初から国民は誰も知らないはずだ。それだけに、たとえ推測であってもなんらかの情報を得ない限り、俺とあの男との関係に普通気づくことはないと思う。


 ここで俺はまたフォションの素性が気になり始める。こうなったら本人に直接聞いてみた方がいいのかもしれん。そう思った。


「フォション、聞いておきたいんだが…守護者のあんたが、なぜ殺しの依頼話を持ちかけられた?」

「ん?ああ、その話か…今は足を洗ったがな、俺が昔そういう類いの仕事をしてたからだよ。…わかるだろ?」

「つまり殺し屋か?」

「いいや、賞金稼ぎ<バウンティ・ハンター>の方だ。」

「ああ…」


 ――なるほど。この国に他国にあるような賞金稼ぎの依頼斡旋組織はないが、仕事自体は影でどこかに存在していたのか。


 『賞金稼ぎ』…通称〝バウンティ・ハンター〟は、守護者と対をなす汚れ仕事専門の裏稼業だ。失せ物捜索、人捜し、殺人、誘拐、盗み、詐欺など、金のためならなんでもする輩が多い破落戸(ならずもの)や犯罪者の収入源になっているが、エヴァンニュ王国では徹底的に厳しく取り締まられていて、てっきり存在していないものだと思っていた。


「俺は十六で村を飛び出してから暫くはそっちで金を稼いでいた。けどまあ…途中で嫌になって守護者に鞍替えしたのさ。特にヴァリーに出会ってからはその系の副業からも完全に手を引いた。」


 話しながらフォションは、愛しい者を扱うようにヴァレッタを抱えたまま胡座をかいて床に座り込んだ。


「ところであんた…本気でヴァリーのことを考えちゃくれねえのかよ?」

「…あ?」


 俺もイーヴとトゥレンが戻ってくるまでの間、少しでも身体を休めておくかと、壁に背を預けて腰を下ろしたところに、そんなことを言われて思わず元々の素が出る。あまりにも想定外のことをフォションが言ってくるからだ。


「別に一度抱くぐらい構やしねえだろ?」


 こんな時になにを言ってくるんだ、この男は…


 昨夜ジャンを揶揄っていた時のように、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべてフォションは俺を見る。俺が女慣れしていないと見抜いた上で言っているな。


「気を失っているとは言え、本人の前で馬鹿を言うな、第一俺はそんなに器用じゃない。あんたこそヴァレッタに惚れているんじゃないのか?」

「はは、どうだろうな。ヴァリーと俺は家族みてえなもんなんだ。命をかけても惜しくはねえぐらいに思っちゃいるが…そういう対象として見てるかというと少し違うような気もする。いい女だし、幸せになって欲しいとは思うがな。」


 もう温める必要はなくなったのに、通路の床に下ろそうともしないで抱いているくせに…もし本当にわかっていないのなら、鈍い男だ。


「はあ…悪いがヴァレッタの相手はできん。俺にはいずれ一緒になりたいと思っている相手がいる。彼女以外に手を出すつもりはない。」

「なんだ、選り取り見取りの地位にいるくせしてお堅いな。男は甲斐性だろ?」

「余計なお世話だ、そんな甲斐性は要らん!」


 はははは、とフォションが肩を揺らして破顔したことで、その震動が伝わったのか、気を失っていたヴァレッタが目を覚ました。


「う……フォー…?」

「ヴァリー、気がついたか。」

「いっ…つ…」


 ヴァレッタはフォションから離れて身体を起こそうとして、傷の痛みが奔ったのか、顔を顰めて身を屈めた。


「おい、大丈夫か?手当てはしてあるが、無理に動くな。」

「黒髪の鬼神…そっかあたし、後ろに回り込まれて化け物にやられたんだっけ。あれ…?あの大量の化け物はどこに行ったのさ?」


 きょろきょろと辺りを見回すヴァレッタに、俺とフォションは今現在の状況を掻い摘まんで説明した。


「ふうん…なるほどね、なんにしてもそのアリスタイオスって声の主のおかげで生き残れたのか。それじゃあ少なくともあたしは感謝しなくちゃねえ…あはは。」


 ヴァレッタはその目を細めて、右手の手首をパタパタと動かしながら、明るく太陽のようにカラカラ笑う。まだ痛みは残っているようだが、一応動けるくらいには回復したようで、俺もフォションも安心して胸を撫で下ろした。


 思ったよりも軽い怪我で済んだ様子のヴァレッタは、俺達の前で身体を動かしてみせると、この先に陣取っているという〝なにか〟との戦闘に自分も参加すると言い出した。

 俺達は反対したが、動けて剣も振れるのに、どうして下がっていなけりゃなんないんだい!と猛抗議された挙げ句に、リーダーとしての権限で言い負かされることになった。

 ちょうどその頃、斥候に出ていたイーヴとトゥレンが無事に戻って来る。


 二人は動けるようになったヴァレッタを見て驚き、俺は二人の報告を聞く前にヴァレッタの傷の具合をイーヴに診て貰って、本当に戦っても大丈夫なのかを判断して貰うことにした。


「吐血していたのでかなり重傷だと思ったのですが、驚きました。液体傷薬(ポーション)の塗布で傷口は塞がっているようなので、出血の方も恐らく問題はないでしょう。」

「そうか…それなら良かった。」


 確かに血を吐いていたように思ったが、唇を切るかなにかしただけだったのかもしれない。イーヴが大丈夫だと言うのなら、もう心配は要らないだろう。さすがにヴァレッタは逞しいな。


「ほらね、だから言ったじゃないか。」

「調子に乗ってんじゃねえ。リーダーなんだからもうちっと慎重にしてろ。まあでもヴァリーが復帰すりゃあ本格的に作戦も考えられるな。」

「ああ。イーヴ達が見てきた情報も合わせて、対策を立てよう。報告を頼む、トゥレン。どの辺りまで見て来た?」


 戻ってから一言も言葉を発していなかったトゥレンに、報告をさせようと話を振った俺に対して、トゥレンからはなぜかすぐに返事がなかった。


 僅か一秒ほどの時間だが五人もいて一瞬、シン、と静まり返る。


 なにかに気を取られているかのように、じっとヴァレッタを見ていたトゥレンの瞳が、また紫色の光を発していたように見えた。


「どうした、トゥレン?」


 再度名を呼んだ俺にハッと我に返り、トゥレンはようやく反応した。


「あっはい、報告ですね、すみません。ええと…先程あの声の主、アリスタイオスが言っていた通り、この先の通路を進んだ所に瘴気の吹き出し口のような歪んだ暗闇を見つけました。」


 ――なにを見ていた…?気のせいではない…やはり時折トゥレンの瞳の色が、普段の黄緑から紫に変化しているように見える。…イーヴは気づいているのか?…いや、気づいていないか。


 まさかとは思うが、俺にだけそう見えている…?


 気にはなったが、今は他のことに気を取られている場合ではなかった。


 イーヴとトゥレンの報告では、この先に敵対存在はおらず、アリスタイオスが言っていた通りの異空間かどうかはわからないが、通路が突然途切れて、不気味な(もや)が吹き出す暗闇に続いている場所が何カ所かあったそうだ。

 その闇を避けて回り込めないか他の通路を探し回ってみたのだが、どこも先へ続く通路はその闇に塞がれていて迂回することは出来なかったらしい。


 そのことから推測するに、最奥へ辿り着くにはどうあってもその闇の中へ足を踏み入れるしかないようだ。


「――どちらにせよ俺達はもう戻ることができん。護印柱に辿り着いても外へ出られる保証はないが、先へ進むしかないだろう。幸いにしてアリスタイオスは俺達に敵の情報をくれ、対峙する前に弱点や対処法を知ることは出来た。実際に戦ってみなければどんな敵かはわからないが、なんとか手を尽くしてそれを倒そう。」

「うん、そうだね。大丈夫さ!あたしとフォーがいる。もしもの時はあたしらが犠牲になってでもあんたらのことは逃がすから。それに黒髪の鬼神もほら、そこの兄さんがバイトラス・カッターの変異体にやられた時みたいに、本気で戦ってくれりゃ、どんな連中もきっと倒せるさね。」


 あっけらかんと笑いながらヴァレッタは、先行きの見通しが悪いこの状況から重苦しい雰囲気にならないようにそう言った。きっと普段から自分のパーティーをこんな風に励まして強敵を倒して来たのだろう。


 ――ヴァレッタが俺に言っているのは、トゥレンが俺を庇って負傷した時のことだ。だがあの時のことは、どうやって戦ったのか俺は殆ど覚えていない。

 怒りに完全に支配されていて、変異体を許せず、欠片も残さずに消してしまいたいと思ったことぐらいしか記憶に残っていなかった。

 今同じことをしろと言われても…おそらくは無理だ。もうあんな思いは二度としたくない。たとえ想像の中であっても、イーヴやトゥレンが傷付くことなど考えたくはなかった。


 俺はあの時の悲惨な光景を思い出してトゥレンを一瞥した後、それを頭から振り払い、本格的に全員で細かな作戦を話し合った。


 アリスタイオスがくれた情報は、敵が空中に飛翔する存在であること、二枚羽根で風による攻撃を行ってくること、羽根を優先的に狙えと言うこと、火属性が弱点であることなどだった。


 その情報を元に、俺達は助言に従い、状況を見て精炎石<イフリート・ストーン>を使用しながら、あらゆる魔法石を駆使してフォションの大剣による攻撃を主軸とし、羽根を真っ先に叩き落とす計画を立てた。

 敵の攻撃を引き付ける囮役としては、ヴァレッタが頑としてその役を譲らず、結局は回避スキルを持つ彼女に任せることになった。


 手元にある魔法石は、精炎石<イフリート・ストーン>、風流石<シルフ・ストーン>、火球石<ビュール・ストーン>、雷球石<トゥオーノ・ストーン>などがそれぞれ二から十五個だ。

 精炎石と風流石は中級魔法程度の威力があるが、それ以外は低級魔法程度の威力しかない。後は俺のライトニング・ソードだが、さっき溜めていた魔石の力を使用したばかりなので、攻撃を繰り返しまた力を溜める必要があった。まあそれは戦闘中にやるしかないだろう。


 アリスタイオスの助言を鵜呑みにして対策を立てたのは無謀だと思うか?


 確かに相手は姿の見えない正体不明の存在だ。だがあの声の主が俺達を騙していると俺は思わない。罠に嵌めて殺すつもりなら、俺が助けを求めた声を初めから無視すれば良かったからだ。

 寧ろ敵の情報を教えたと言うことは、俺達にそいつを倒して欲しいと望んでいるのではないかと思った。その期待に応えられればいいが――


「では囮役はヴァレッタに任せ、イーヴとトゥレンは剣による物理攻撃と状況を見て魔法石による攻撃を、フォションには大剣による本領を発揮して貰い、俺は剣による攻撃と可能であればライトニング・ソードの力も使って行く。誰かが負傷した場合はイーヴが液体傷薬(ポーション)による治療を、体力に余裕のある者が援護に回る。全員準備はいいな?」


 俺は全員の顔を見てその最終的な意思を確認した。


「オーケー!」そう答えてヴァレッタがニッと口の端を上げて不敵に笑う。

「任せろ。」と言ってフォションは決意を込めた目で見て頷いた。

「はい。」といつものようにトゥレンは緊張した表情で返事をし、

「承知しました。」とイーヴは変わらず冷静で淡々としている。


 ――この時俺は、これから対峙する敵がなんらかの〝化け物〟であることを疑わず、魔物ではなくてもレスルタードのように、凶悪な異形種であるのだろうと予想していた。

 そして『異空間』という場所がどういう場所であるのかも知らずに、俺達は前へと進み、そこへ足を踏み入れることになる。



 イーヴとトゥレンの報告通り、最奥の部屋へと続いているはずのこの通路は、俺達がいた場所から暫く進んで来たところで突然、途切れていた。

 目の前には確かに、瘴気のような(もや)を辺りに吹き出す闇が広がっている。


「…ここがその異空間とやらへの入口だな。周囲に漂っている靄に瘴気のような毒性はないようだが…」


 匂いもなければ音もしない。靄は不規則な間隔で吹き出して来るのに、風の流れも感じない。闇の先は闇で、どうなっているのか全く見えなかった。


「ライ様、俺が最初に入ります。いきなり敵がいる可能性もありますので。」

「トゥレン。」


 トゥレンはずいっと俺の前に進み出てその闇に手を伸ばす。表面に触れると僅かに波紋のような波が輪を描いて広がり、吐き出される黒い靄が纏わり付くようにトゥレンの右手を包み込んで行く。


「一度入れば敵を倒すまで出られないかもしれん、気をつけろ。」

「はい。」


 トゥレンはふっと目を細め、俺に微笑むように口の端を上げると、そのまま床を蹴って闇の中へと飛び込んで行った。


「次は私が。」


 トゥレンの心配をして、次に後を追うのは自分だとばかりに短くそう言うと、なんの躊躇いもなくイーヴが続く。どうもトゥレンに関してだけは、イーヴの感情的なその反応も顕著に表れるらしい。

 さらに続いてヴァレッタ、俺、フォションの順に全員が覚悟を決めて闇の中へ入った。


 ――それをくぐると一時ぐにゃりと視界が歪んだような気がして、その不快感から左頬が瞼に引き攣る。

 〝闇の中は闇〟…そう思う俺の予想に反し、一歩足を進めただけで、眩い日の光が俺の目を貫いた。


 先に入ったイーヴとトゥレン、ヴァレッタがその光景に戸惑いながら、俺とフォションが合流するのを待っている。


「来たかい。…どう思う?」


 どう思う、とヴァレッタに尋ねられても、俺だとて答えに窮する。吃驚する俺達の目の前に広がっていたのは、どこかの森か林の中のような緑あふれる景色だった。


「――なんだこりゃ…化け物が待ってるんじゃなかったのか?おい。」


 俺の後に続いていたフォションは、拍子抜けしたような声を出し、頭をボリボリと掻きながら俺の横に歩いて来る。――瞬間、俺はそのことに気付いた。


「待て、足音と伝わる地面の感触が違う。見ている景色に惑わされるな…!」


 目に映るのは鮮やかな緑が美しい森のような光景だ。足元は土と草の生えた地面で、所々に咲く野花にはミツバチや蝶の姿も見える。だが、通常森の中などで当たり前に感じる草木の匂いや、爽やかな風、虫の羽音や鳥の声、木々の葉擦れの音が全くしなかった。


 靴の底から伝わる踏みしめた地面の感触は、さっきまでいた施設内の通路の床に近い。ただ、靴音がしない。いや、正確にはまるで淀んだ空気に包まれてでもいるかのように、くぐもって小さく聞こえるのだ。


 この場所のそんな異常さに気づいて身構える俺達の前に、それは滲み出るように突然ふうっと目の前に現れた。

 …人だ。緑髪の優しげな俺と同年代ぐらいの若い女性。


 その女性は、見たことのないどこかの民族衣装のような変わった服装をしていて、こちらに気づくと手を振り、まるで恋人にでも向けるかのような笑顔を浮かべながら走って来た。だが、その女性を見ている俺達の視点が明らかにおかしい。

 近付いて来たその女性が徐々に巨大化して、今、目の前にいるかのように見えているのだ。その距離が異様に近い。たとえがなんだが、俺がリーマに口づけをしようとしている時のような距離感だ。


 わけがわからずに驚愕して動揺する俺達に対し、その視界は勝手に動き、勝手にどこかへ進んで行く。

 俺達はこの場から全く動いていないのに、目の前の視界だけが森の中を進んで行く。時折右に揺れ動くそれは、先程の女性の微笑む顔を映し出しており、まるで誰かの目でそれらを見ているような感覚だった。


「おいおい、こりゃあ…なんの冗談だ?なんかの記録映像でも見せられてるってのかよ…。」

「…ああ、どうやらそんな感じだな。」


 俺のすぐ隣に立っていたフォションも呆気に取られて呟く。


 魔法石の中には、目で見た光景を写し取って記録する形に近い、映像を残す『現映石<シーナリー・ストーン>』というものがある。軍施設の監視映像記録機器などに使われているものと同じ魔法石だ。

 ただそれを使って記録したものとはどこか違う気がした。まず現映石には同時に音声も記録されるはずなのだが、それがない。映像の中の女性は口を動かしているのに、発している言葉や声がなにも聞こえてこないからだ。

 次に現映石の映像にしては視点が、誰かの目で見ているように固定されすぎていて、その上映像の切り替わる瞬間がぼやけたり曖昧で、なにかおかしかった。


 ――これは現映石<シーナリー・ストーン>の映像が流れていると言うより、誰かの記憶が映像化されて流されていると言った感じがする。そんなことが可能なのかはわからないが…いったいどうなっているのだろう。


 俺達は当初の目的がなんだったのかを忘れかけるくらい暫くの間、流れ続けるその光景に目を奪われていた。

 なぜなら、その視界が青く広がる無限の空を、鳥のように女性の手を取って自由自在に飛び回っていたからだ。しかも女性の背にはさっきまではなかった、純白の二枚羽根が生えていた。


 鳥瞰して眺める蒼穹に浮かんでいたのは、巨大で自然豊かな美しい島と、その中心に聳える白亜の城に街のような数多くの建物だ。俺はこんな光景を未だ曾て見たことがない。いや、俺だけでなくここにいる全員がそうだろう。


 空に浮かぶ島…羽の生えた人間。…信じられない光景だ。


 やがてそれは、先程見えていた白亜の城の内部に移り変わり、白地に金色の刺繍の入った騎士服のような人々と擦れ違う度に、この目の持ち主は頭を下げられているようだった。

 白い壁と美麗な装飾を施された長い廊下を歩いて行き、礼拝堂のような場所へ入ると、奧に立つ人物に近付き、その目線が赤い絨毯の床を見る。跪いて頭を垂れているらしい。

 その後上方に向けられた眼前には、見るからに高位の神官服を着た緑髪の男性が立っていた。


 直後に一瞬暗転し、今度は全く別の場所に景色が変わる。


 そこは荒れ果てた不毛な大地で、一面に瓦礫と焼け野原が広がる廃墟のような場所だった。ゆっくりと揺れながら動いて行く視界は、右に動き、左に動きして、まるでなにかを探しているような印象を受ける。


 火災でも起きた後のような焼け焦げた瓦礫が足元の土の地面に複数転がり、真っ黒く変色した石造りの建物の裏手に回ると、そこには巨大な一枚岩の下にぽっかりと口を開けた地下への入口があった。

 階段を降りて行くそれは、やがて紋様の描かれた、頑強な扉の前で立ち止まる。

その扉に刻まれた紋様には見覚えがあった。そう、この古代遺跡の入口に刻まれていたあの紋様と同じものだ。

 俺達全員がそのことに気づくも、映像の中で開いた扉の先が気になり、誰も口を開こうとはしなかった。


 古代遺跡のようなその場所を迷うことなく進んで行く視界は、唐突に開けた場所に出る。

 その遺跡の石床に無造作に散らばっているのは、何冊かの本と、筆記用具に帳面…粗末な布を広げただけの寝具に布を丸めただけの枕、後は脱ぎ散らかされて放り投げられた衣服と小さな鞄が一つだった。


 それはピクリとなにかに反応して後ろを振り返り、壁で仕切られただけの隣室へ向かう。

 扉のない入口からその部屋に入ると、奧の折れた石柱に腰かけた、誰かの後ろ姿が映し出される。


 それを見た瞬間、俺の全身が〝ドクンッ〟と言う巨大な自分の鼓動で、ぶれるように揺れ動いた。


 目の前の視界が、その背を向けたままの人物に少しずつ近付いて行く。その度に俺の鼓動が激しくなり、うるさいほどドクン、ドクン、と早鐘を打った。


 ≪う、嘘だ……そんな、まさか……≫


 無造作に漆黒の黒髪を一つに束ねた後ろ姿――間違えるはずもない。


 子供の頃その背中に、椅子の上から飛んで抱きつくのが大好きだった。いつだってそんな俺に気づくと振り返り、静かに、優しく微笑んで…その大きな手で俺の頭を撫でてくれた。


 その、後ろ姿が、振り返る――


 ドクンッ


 ――俺の、息が止まった。


 映像は尚も進んで行く。折れた石柱から立ち上がり、無表情でこちらを振り返った人物は、漆黒の黒髪に紫紺の瞳を持つ、あのルーファスにそっくりな――


 違う!!


「レインーっっ!!!!」


 その姿を確認した途端、一瞬で気が動転した俺は、叫びながら無意識に手を伸ばして目の前に立っていた〝レイン〟に向かって走り出していた。


「な…」

「ライ様!?」

「えっちょちょ、なんだい!?」

「おいっ!!」


 ズオオッ


 俺の行動になにかが反応して一斉にざわめき、目の前で俺の最愛の養父、レインの姿が消えた。


 ドンッ…ズゴゴゴゴゴ…ッ…ブワワワアアッ


 続いて轟音と共に足元が揺らいで、下から沸き上がる真っ黒な靄に四方八方全てが覆われてしまう。


 そうして突然起きた異変に後退る俺達の前に、禍々しく歪んで見える闇の渦中からゆっくりとそれが姿を現した。


 ――真っ黒な靄を全身に纏い、漆黒の二枚羽根を縮めて身を包む、人の形をした〝なにか〟。


 それは俺達の前で音も立てずにふわりと浮き上がり、次の瞬間、その羽根を空を切り裂くように左右に向かって、ブアッと大きく広げた。


 ドッ…ゴオッ


 襲い来る強烈な風に俺達は踏ん張りきれず、転がるように吹き飛ばされて全身を見えない壁に強打する。

 その衝撃にくらりと目が眩んでひゅっと息が詰まりそうになった。


 これがこの異空間の主…『フェザーフォルク・ラルウァ』が、俺達の前に出現した瞬間だった。

  

遅くなりました。次回、また仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、本当にありがとうございます!

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