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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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79 禁断の場所 ④

ライ、イーヴ、トゥレン、ヴァレッタとフォションの五人は、地下水路で見つけた護印柱へ続くと思しき隠し階段を下って行きます。予想以上に深く続いている階段に、ヴァレッタは辟易したような声を出しました。随分長い時間降りて来たところで、その先が明るくなっていることに気づいたライですが…?

         【 第七十九話 禁断の場所 ④ 】



 ――奈落の闇のような暗い下の方から、時折身震いするような冷風が吹き上げてくる。

 何度も何度も踊り場を介して折れる狭い石の階段は、いったいどこまで深く下っているのか…もうどの程度降りて来たのかわからないほどだ。

 ヘイデンセン氏から〝地下深く〟と聞いてはいたものの、さすがにここまで深いとは思わなかった。


 常識的に考えれば地上には王都の街や王宮があり、その地下に水路があるのだから、エヴァンニュ全域を覆うような守護壁の発生装置だという護印柱が、そんなに小さな物で、浅い部分にあるはずがなかったのだ。


 そうしてひたすら階段を下ること三十分…さすがに足が少しおかしくなってくる。


「ねえ…ちょっと、この階段まだ続くのかい?黒髪の鬼神。」


 ヴァレッタにしては情けのない声を出して尋ねて来る。


「聞くな、わかるはずがないだろう。」


 明光石の携帯灯で足下を照らしながら、俺は階段を踏み外さないようにだけ注意して無心で降り続けていた。

 気持ちはわかるが、灯りが一つもないこの階段は、先がどうなっているのか全くわからず答えようがないのだ。


「言いたかないけど、これ…帰りに上らなきゃならないんだよね…?」

「ヴァレッタ…言いたくないのなら言うな。そもそも目的地に辿り着く前に、帰ることを考えてどうする。」


 降りたら上る…それは当たり前のことだが、今は考えたくもない。


「――しかしこれほどの地下にあるその護印柱ってのは、相当大きなものの可能性が高いな。」


 そう口にするフォションにとってこの階段は、今にも天井に頭を擦りそうで、かなり窮屈そうだ。


「なんと言っても、千年もの間この国を守っていた『守護壁』を発生させていたという装置のようですからね、いったいどのようなものなのか…想像もつきませんよ。」

「同感だ。」


 殿を務めてくれているフォションと、その前を歩くトゥレンの会話が頭上から降るように聞こえて来る。各々予想外に深い場所にあるらしき目的地に、なにかしら思うところがあるようだ。


「ライ様…もしかしたら護印柱はアンドゥヴァリの駆動機器に使用されている、〝フィアフ〟のようなものなのでしょうか?」

「異界から齎されたと言われる未知の技術のことか。…どうだろうな、もしそうであれば俺達にはお手上げだ。」


 イーヴの言葉に、そうでないことを祈りたいと思った。フィアフについては未だに研究者達も解析できてはいないと聞く。

 アンドゥヴァリのような巨大な戦艦を動かし、それを空に飛ばせるほどの膨大な力を生み出す技術と核…そんなものが相手では、それこそどうにもならない。

 だがたとえそうであったとしても、まずはそれがどんなものなのか見て確かめてみなければ始まらないのだ。


 ――そう思いながら尚も階段を降りていると、先の方が少し明るくなっているように見える。

 俺の持つ携帯灯の光が反射しているわけではない、確かに下段に光が射しているように見えるのだ。


「下の方が薄らと明るい。…最下層に着いたのか…?」

「本当かい?」


 すぐ後ろにいたヴァレッタが、上から俺の肩に両手を掛け、身を乗り出して覗き込む。


「おい、危ない…!」

「ああ、本当だ、うわっぷ…!!」


 ビュオオッ


 ――またあの強風だ。凍てつくような冷たく吹き抜ける風…それが前方から俺を蹌踉けさせるほど強く吹きつけた。


 そうして俺達はようやく階段の底に辿り着いた。


「ここは…――」


 薄明るいなにかの光が鏤められた、暗闇…垂直に近い絶壁にぽっかり空いたその出口から、目の前に広がる巨大な空間に足を踏み入れる。


 そこは天井の見えない広大な地下空間で、月明かりのない闇に星が瞬く夜空のように、光を発する球体がゆらゆらと浮かんでいた。

 すぐ両脇には『発光石』という天然の光源が壁に輝き、僅かな範囲だが足下を照らしている。


 だが目に見えるそこは意外に狭く、五メートルほど先の地面はあまり良く見えなかった。


「あの宙に浮かんでいる光球はなんでしょう?…雷のように電撃を帯びているように見えるのですが――」


 トゥレンがそう口に出した、次の瞬間だ。


 ゴオオッ…


 俺達が立っている地面よりもさらに下方から、凄まじい風がまた吹き上げてきた。その上――


 フォン…キュイイイィィィ…バリバリバリバリバチバチバチッ


「…!?」


 その風に乗って、周囲に浮かんでいる光球とは別の雷球が、左右に複数個連なるように並んで出現し、いきなり十メートルほど手前の空中で放電した。


 雷球と雷球の間を迸る電撃が、眩く照らし出した光景に俺達は愕然とする。


 目の前に続いているかのように見えた地面は、その幅が約一メートルほどしかない緩く曲がりくねった道で、その左右は転落防止の柵や手すりなどなにもない、深い深い地底への崖っ縁となっていたからだ。

 そして暫くした後に、雷球は放電を止め、ふっとかき消すように消え去った。辺りに暗闇が戻り、道が全く見えなくなる。だが少し経つとまた風が吹き、それらがどこか下の方から光を放ちながら出現した。


 両脇の地底から一定の間隔で吹き上げる強風と一緒に出現する雷球は、俺達の頭上十メートルほど高さに道に沿って留まり、一定の時間だけ周囲を明るく照らしている。

 今度は見えている間に道を辿り、そのずっと奥の方に視線を向けると、距離的には五、六百メートルほど先だろうか、土岩に一部分だけが露出した、遺跡のような壁と扉が見えた。


「あの奥を見ろ、扉のようなものが見える。多分あそこが護印柱の入口だ…!」


 俺は雷撃で明るくなった先を指差してそう叫んだ。


「こ…この細い道をあんなところまで行くのかい!?…無茶だよ!!」


 青ざめた顔でヴァレッタが尻込みする。


「強風に煽られて万が一足を滑らせでもしたら、一巻の終わりだな。」


 ――確かにこれは相当危険だ。吹き上げる冷風は非常に強く、今この場所にいてさえ踏ん張りきれずに、瞬間的にだが全身を押される。おまけに雷球の光がなければ道の先が全く見えない。…ということは、この風が止み雷球が出現している間に、細く曲がりくねったこの道を駆け抜けて、あの扉の前まで辿り着かなければならないということなのだ。


 俺はごくり、と息を呑んだ。


「イーヴ、強風が吹き上げる時間の間隔を計ってくれ。結構距離はありそうだが、辿り着けないほど短い間隔ではないはずだ。」


 とにかくどの程度時間的に余裕があるのか、それを知るのが先だ。


「はい、かしこまりました。」


 イーヴはすぐに懐中時計を取り出して集中し始めた。


「ちょっと正気かい…!?」

「静かにしろ。正気も正気だ、ここまで来て諦めるわけにはいかない。落ち着いて行けば多分なんとかなるだろう。」

「な、なんとかってあんたね…っ」


 ヴァレッタはそう返事をした俺に、呆然となって絶句する。


 ゴオオッ…


 イーヴが正確に計測結果を出すまで、三度ほど風が吹いては止み、また吹き上げるのを俺達はその場で待った。


 ゴオオッ…


「計測しました、七分と五十二秒…約八分間隔です。」

「八分か…目測だが、距離的には十分注意して走り抜ければどうにか間に合うな。」


 俺は全員に〝腹を括れ〟と告げる。幸いにして雷球が足下を照らしてくれているのだ、必要以上に恐れなければ足を踏み外したりはしない。


「恐れるな、俺が先に行く。ヴァレッタは俺の後に続け。次にイーヴだ。出発が遅れればそれだけ時間がなくなる。念のためトゥレンとフォションは俺達が渡り切るまでその場で待機、一旦間を開けて次に風が止んでから渡り始めろ。いいな?」

「わ、わかりました。」

「了解だ。」

「――よし、合図をしたら行くぞ。くれぐれも足下に注意して走れ。」


 無言で頷くイーヴとヴァレッタの顔に緊張が走る。俺自身も顔が強張りそうだ。


 ゴオオッ


 冷たい風が再び襲ってくると、俺達は各々それから身を庇う。風が止んだら一気にあの扉の前まで走るのだ。


 フオン…ヒュイイイィィ…バチバチバチバチ…


 雷球が放電を始めて電撃が迸り、一気に明るくなった。


「今だ、行くぞ!!」


 ダッ


 俺は少し先の道をしっかりと見据えながら、駆け足で扉を目指す。少しずつ近付くその最終地点に、あと少し、もう少しだ、と自分に言い聞かせながら走った。

 道の両脇がどうなっているかなど、とてもじゃないが見る余裕などない。別に俺は高所恐怖症でも暗所恐怖症でもなんでもないが、スキル『暗視』があったとしても、頭上で放電している雷球の光が消えれば、足下が見えなくなる…そう考えただけでゾッとしてさすがに恐ろしかった。


 そうして俺達は全員二回に分けて、両脇が崖っ縁のようなこの道を渡り切ることに成功した。


 ホッとして緊張の解けた俺達は、数分の間その場で心を落ち着かせるために立ち止まる。その間も容赦なく風は吹き続けていたが、ヴァレッタに至っては恐怖でカタカタと小さく震えていたほどだったからだ。


「大丈夫か?ヴァレッタ。」

「はあ…な、なんとかね…魔物と戦っているわけでもないのに、こんな寿命が縮まるような思いをしたのは初めてだよ。あんたの頼みじゃなきゃ、あそこで引き返してたところだね…。」

「それはすまなかったな。」


 俺はヴァレッタを労うように、その背中をポン、と叩く。帰りも逆に同じ道を辿らなければならないのだが…今は口をつぐんでおこう。


 反対側から地底を見てみると、どうやらどこか下の方の壁か地面に、この仕掛けを永続させている駆動機器があるようだ。

 侵入者避け…なのかどうかはわからないが、風属性を示す緑色の魔法陣と、光属性を示す白い魔法陣が空中に輝いては魔法を放ち、そこからこの強風と雷球が繰り返し発生する仕掛けになっているらしかった。

 まあここの仕掛けがわかったところで、それを止める方法がこの場にあるわけではなさそうだったのが残念だが。


 暫く後、気を取り直した俺はイーヴと扉へ向かう。古代遺跡の壁に良く使用されているのと同じような素材で作られた、叩いても蹴っても簡単には壊れない頑強な扉だ。

 ぴっちりと閉じられた扉に、当然だが取っ手はない。側に扉を開くための仕掛けがないか探すと、土岩のへこみに小さな駆動源があった。

 それを作動させて問題なく扉の中に入る。ここからが探索の本番だ。


 俺達が内部に足を踏み入れると、見計らったかのように扉が勝手に閉じて行く。


 ゴコン、ゴコン、ゴコン…と重い音が響く中、俺達の意識は既に前方へと向いていた。

 少なくともこの時自動で閉まる扉に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と気がついていたら…俺はこの先に進むのを躊躇っただろうか。


 いや…それはないか。それならそれで結局は前しか見なかったかもしれない。


 パ…パパッパッ…


 建造物が俺達の存在を感知したかのように、四方の壁と床に一定間隔で埋め込まれた光源が一斉に光を発した。…明るい。少なくとも携帯灯は必要なさそうだ。


 王宮の正面玄関から入ったエントランスホールのような、無駄にだだっ広いこの空間は、天井までの高さが十メートル以上はあり、床も壁も天井も外側とは異なる薄い青みを帯びた材質で覆われていた。


「――特に動くものの気配はないな…いきなり魔物のお出迎えはなかったか。」


 そう言ったフォションの声が室内に反響して聞こえる。


 千年もの間閉ざされていた場所である以上、どんな危険があるかわからないと警戒していたが、どこからか微かにブウウン…という低い音が聞こえてくる以外は静まり返っていて、それが却って不気味だった。


 カツン、カツンという金属の床を歩く時のような足音を反響させて、俺達は奥の壁一面に設えられた駆動機器の画面のようなものに近付いて行く。


 この場所には入口の他にぴっちりと閉じられた扉がもう一つと、この壁一面の画面、そしてその前に地形を表したと思われる、金属製の立体地図のようなものが設置されていた。


「奥の扉を開く仕掛けを手分けして探せ。壁に見当たらなければ、床もだ。」

「「は。」」

「おう。」


 イーヴとトゥレン、フォションはすぐさま周囲に散って行き、俺はヴァレッタと立体地図の方を調べる。


「見覚えのある地形だね…川の位置、湖の位置…山の位置、渓谷の位置…うん、間違いないね、こいつはエヴァンニュ王国の立体地図だ。」


 どうやって調べて作ったものなのかわからないが、それは普通では見ることの出来ない川底や湖の底、山の稜線などかなり細かく俯瞰したものだった。


「…かなり精巧だな。地上の物体を完全に省いた地形だけの地図か…うん?」


 それをよく見ると、右下の方に二つの四角いボタンがあった。


 なんだこれは?と俺はその一つを押してみる。…するとカチリ、と音がして立体地図の上に赤い小さな光が幾つか点灯した。


「赤い光?全部で七つ…中心はこの位置…ここは多分王都だよね。街の位置を示してるのかねぇ?」

「いや…違うな、街ではない場所にもある。これは…もしかしたら、護印柱の場所を示しているのかもしれん。護印柱は複数あると聞いている。」


 俺はそれらの赤い光が示す場所を、無限収納から取り出した現在のエヴァンニュ王国の地図と照らし合わせてみる。

 若干地形に違いがあるようだが、北から順に国境都市レカン、バスティーユ監獄島、メソタニホブの北東部大森林、王都、プロバビリテの西海岸、メソタニホブの辺り、最後がヴァハのさらに南の計七カ所であることがわかった。


 それはある程度の間隔を置いてなにか形を描くように配置されていて、中心の王都を除く周囲の点を線で結ぶと、エヴァンニュ全体を囲むような盾のように見える六角形が出来上がるのだ。


 ――間違いない、これは護印柱の場所を示している地図だ。…そう思った。


 俺は念のため全ての赤い光の位置を地図上に記入しておく。ここの調査次第では後で他の護印柱を見に行く必要が出てくるかもしれないからだ。

 ではもう一つのボタンはなにか?押してみると今度は紫色の光が点灯する。それらはエヴァンニュ全土に渡って散らばるように無数にあり、ざっと見て二十カ所近くあった。


「こちらの紫の光はなにを表しているのかわからんな…やたらと数が多い。」

「うん…なんだろう?見当もつかないね。」

「ああ。…片方が護印柱の場所を示しているのだとすると、なにかそれと関係があるものなのかもしれんが…情報が少なすぎる。」

「ライ様!見つけましたこちらです!!」


 それを見つけ俺を呼んだのはトゥレンだ。


 閉ざされた扉の一メートル半ほど手前の床に、相当良く探さないと見つけられないような、十五センチ四方の小さな蓋があった。

 指でそれを横に滑らせ、蓋を開けると中にボタンがあり、それをカチリと押すと目の前の扉が音を立てて開いた。


「随分とまた見つけにくい場所にあったものだ。お手柄だトゥレン、これで先に進める。」

「はい。」


 トゥレンはホッとしたように一度肩の力を抜いて、俺に顔を綻ばせた。


 ブウン…


「お待ちくださいライ様、あれを…!」


 イーヴの声に顔を上げると、扉が開いたことに反応したのか、壁一面の画面が音を立てて作動し、そこに細かな迷路のような地図が映し出されていた。


「この施設の詳細な地図か…!?イーヴ!」

「はい、急いで書き写します、少しお待ちください。」


 イーヴはトゥレンと協力してすぐにそれを紙に写し取って行く。その間に俺とヴァレッタ、フォションは、画面を見て出来るだけその構造を頭に叩き込んで覚える。


「おいおい、まるで迷路じゃねえか…なんだってこんな複雑な構造なんだ?」

「地図があるだけマシだよ、フォー。黙って覚えな。」

「大きな部屋は3つか…しかもどの通路を辿っても、必ず各部屋を通らなければ最奥には辿り着けないようになっているようだな。なぜ通路がこんなに入り組んでいるのかわからんが、全体的には警備の厳重な重要施設に良くある構造だ。」


 少し行きすぎのような気がするが、侵入者避けかなにか…とにかくわざわざこんな通路にした理由があるのだろう。


 十数分後、イーヴとトゥレンの作業が全て終わると、俺達は開いた扉からその迷路のような通路へと入って行った。


 この施設…いや、遺跡か?…とにかくここの通路は、高さが三メートル、幅が二メートルほどの狭い通路が迷路のようになっており、途中途中が可動式の壁で塞がれていた。

 それを壁の近くにある駆動源を押して開いて行くと、どこか別の場所でゴトン、とかガコン、とか必ずなにかの動く音がする。

 そのことから、どこかの可動壁を動かすと、別のどこかの可動壁が動くような仕組みになっているのかもしれない。

 おまけになぜか先に進むにつれ酷く気温が下がってきて、次第に吐く息が真っ白に見えるほど寒くなっていった。


「はあ…さ、寒…なんだってこんなに気温が低いんだい?まるで真冬並みの寒さじゃないか。」


 両手を擦り合わせ、摩擦で暖めるようにしながらヴァレッタは俺に擦り寄って来る。その身体がトン、と俺に触れた瞬間、俺は思わず離れて距離を取った。


「おい、俺じゃなくフォションにくっついて暖めて貰え。」


 ここにはフォションだけでなく、イーヴもトゥレンもいるのに、なぜ俺にくっついて来ようとするのか…ヴァレッタのことは嫌いではないが、リーマ以外の誰かに意図的に触られるのは好きではなかった。


 そう言った俺にヴァレッタは、すぐさま不満げに口を尖らせて、見上げるような目線を向ける。


「ぶ〜ケチ、あんただって寒いだろ?くっついて暖めてやろうと思ったのに。」

「俺は平気だ、ファーディアの冬はもっと気温が低かった。氷点下にでもなれば別だが、この程度ならまだそこまで寒くは感じない。」


 それよりも他人に意味もなく触れられる方が余程困る。


 俺が困っているのを知ってか知らずか、イーヴは俺から視線を逸らし、トゥレンはなにも言わずに苦笑している。その中でニヤニヤと妙な笑いを口の端に浮かべているのはフォションだ。どいつもこいつも…


「そう言えばあんたはエヴァンニュの出身じゃないんだったな。」


 周囲に敵の気配はなく、迷路のようななにもない通路をただ歩いているだけの俺達は、こんな感じでなんと言うことのない雑談を始めた。

 今後も根無し草(ダックウィード)とは懇意にしておきたかった俺としては、ヴァレッタの妙な自己主張に関わらない方法で交流を深めておこうと思い、フォションのそんな個人的な問いに乗って返事をする。


「ああ。おまえ達はこの国の出身なのだろう?」

「俺はプリーストリ、ヴァレッタはメソタニホブの出身だ。」

「メソタニホブは鉱山の街だったな。どちらも名前だけは知っているが、俺は行ったことがない。どんなところなんだ?」

「メソタニホブはともかく、プリーストリは農家ばかりのなんもねえ村だ。あんまりにも退屈すぎて俺は、十六で飛び出したっきり一度も戻っちゃいねえ。」

「今いくつだ?」

「三十一だ。」


 同じ国内にいながら十五年も故郷に戻っていないのか…変わっているな。そう思ったのだが、その後も話を聞くにフォションもヴァレッタも血縁関係にある身内は疾うになく、天涯孤独の身の上にあるのだと言うことを知る。

 ヴァレッタとフォションがパーティーを組んだのは、二年ぐらい前からなのだそうだが、元々はある程度の期間でエヴァンニュ国内の街を渡り歩いていたらしく、決まった拠点を持たないことからパーティー名を『根無し草』と名付けたのだそうだ。


「うちのメンバーのスコットとライラ、ミハイルの三人とは、王都へ来てから知り合ったんだ。もう一年ぐらいになるけど、スコットには小さい妹がいるし、ライラとミハイルはもうすぐ結婚する。このままあたしらは王都にいるつもりだし、すっかり根無し草じゃなくなっちまったかもねえ?フォー。」

「ま、それもいいんじゃねえか?」


 そう言って笑いながらヴァレッタに優しげな目を向けているフォションは、少なからずともただの仲間としてだけで彼女を見ているようには思えなかった。


 ヴァレッタも案外鈍いな…すぐ傍にいい男がいるのに、気がついていないじゃないか。


 カチッ…ゴコン…ゴコン…ゴコン…


 やがて一つ目の部屋の前に辿り着いた俺達は、ここまでと同じように壁の駆動源を押してその扉を開いた。


 中に入るとそこは左程広くなく、非常灯のような灯りがあるだけの薄暗い部屋で、なぜかポツンと中央に、鍵盤の付いた制御盤のような装置があった。

 ぐるりと見回すと今入って来た後方の他三方向全ての壁に一つずつ扉が付いており、どの方向にも進めるようになっている。覚えてきた地図では、どこから出ても最終的には次の部屋へと続いていたはずだ。


「さ、寒い〜…」


 ガチガチと歯をならすヴァレッタは、動きを妨げない軽装備のためか、かなり薄着で、この寒さに震えるのは仕方がなかった。


 ――確かにこの部屋は寒い…凍り付くような寒さだ。…さすがにあの格好では辛いだろうな。


 見かねた俺は短く息を吐くと、着ていた上着を脱ぎ、ヴァレッタに掛けてやることにした。


 パサッ


「予備に上着の一枚ぐらい無限収納に入れておけ。」

「黒髪の鬼神…いいのかい?あんた、本当に優しいねえ…!!」


 ヴァレッタはうるうると潤んだ瞳を向け、頬を赤く染めながら俺を見上げた。


「見ている俺まで寒くなるからな、仕方なくだ。…後で返せ。」

「――やれやれ、放っておけば良いのに…罪作りな男だな、あんたも。」


 俺の行動を見ていたフォションが呆れたように首を振り、両手を挙げる。


「うるさい。」


 おまえが上着を貸してやれば良かっただろうが…!そう言ってやりたかった。


 俺はイーヴとトゥレンが先に調べていた中央の装置に近付いて、横からそれを覗き込む。


「寒いはずですよ、ライ様。見てください、なにかの装置のようですが…凍り付いていますよ。」

「…空調設備でわざと低温にしてあるのでしょうか?」

「わからんが、とりあえず電源を入れて起動するか試してみろ。」

「はい。」


 カチリッ…ブウン…ヒュウウゥゥン…


 イーヴがそれの電源を入れると、すぐに反応があり、装置の画面がぱっと明るくなる。と同時に室内にも天井から明光石による灯りが点灯し、そこかしこから施設内の駆動機器が一斉に動き出したかのような、動作音が聞こえ出した。


 パッパパパッ


 ブウオンッ…ヒュオオン…ガコッ…ウイイイイィ…


「――聞こえるか?あちこちでなにかが動き出したようだな。」


 低く、僅かな震動を伴う駆動機器の動き出した気配…この場所も少なくとも千年以上封鎖されたままだったはずなのに、ルク遺跡と同じようにきちんと稼働するのか。…驚きの技術だな。


「はい、どうやらこの装置はここの制御盤のようですね。」


 ブンッ…フオンッ、フオンッ…ガコッガコッガココンッ…


「!」

「おい、扉が一斉に開いたぞ…!」


 フォションはすぐに身構えて不測の事態に備える。


 三方向の壁にあった扉が一斉に開き、その直後に、俺達が入って来た方向の扉に赤い光が点灯してガキンッという不気味な音がした。


「!?…今の音はなんだ、トゥレン!」

「はっ!」


 すぐにトゥレンが入って来た方の扉に駆け寄って周囲を調べる。


「ライ様、扉が開きません…!開閉ボタンも見当たらないですし、こちらからは開けられないようになっているようです!」

「イーヴ、制御盤の画面になにか出ているか?」

「古代文字でなにか表示されているようですが…赤く点滅しています。これは警告文かもしれません。」

「古代文字…よし、俺が調べてみる、場所を空けろ。」

「ライ様?」


 イーヴと交代して俺が正面から制御盤を覗き込んでみると、確かに赤い文字の羅列が表示されており、チカチカと点滅を繰り返していた。


 俺は無限収納の貴重品から分厚い手帳を取り出し、赤い付箋が付けられた頁を開いた。


「それは…?」

「ヘイデンセン氏から借り受けた古代文字の単語帳だ。文章として全てを読めなくても、所々でも単語の意味がわかれば、大体なにが書いてあるかわかるだろうと渡されてな。役に立てばいいが…」


 単語帳があっても、暗号や専門用語などで表示されていれば、どうにもならないだろう。だが幸いなことにいくつかの単語は、この手帳に記されているものと一致していた。


「――幾つかわかるものがあるな。これは…温度と管理、と言う意味の単語のようだ。それから…連動…扉…よくわからんが、温度管理と扉、連動と表示されているようだ。」


 いつの間にか俺と制御装置の周りに全員が集まっていた。


「…ということは、やはりわざと低温にしてあったということなのかもしれませんね。」

「この装置が凍るほどの低温にだぞ?だとしたら、なんのためにそんなことを?」

「うーん…」


 わざと低温にしてあった理由…か。普通に考えれば駆動機器の熱暴走を防ぐためだとか…低温にすることで消費される燃料を節約するためだとか…なにがしかの理由はありそうだが…扉と連動している、と言うのが気になるな。


「ねえ、少し寒さが和らいで来たんじゃないかい?気温が上がっているような気がするんだけど。」

「…そう言われればそうだな。」

「ああ、吐く息も白くなくなって来た。」


 いつの間にかさっきまでの真冬のような寒さが薄らぎ、施設内の温度が急速に外気温と同じぐらいにまで上がっていた。


「――制御盤の電源を入れると温度管理に変化が生じ、扉が連動して動く仕組みになっている…そういうことかもしれん。」

「なるほどね…でもさあ、赤字で文章が点滅してるってのが、なんか嫌なんだよね。ただそれだけならこんな表示にするかい?」

「…確かにな。」


 いつの時代でも、どこの世界でも、黄色や赤色というのは危険を表す警告色に使用されていることが多い。しかも点滅、と言うのは…


 ――なにか…胸騒ぎがする。



 ……カター…ン……


「…!」


 俺はどこか遠くから聞こえたその音に、ハッとして顔を上げた。なにか固い物が床に落ちたような…そんな音だ。


「今なにか…聞こえなかったか?」


 フォションとヴァレッタがすぐさま動き、それぞれ左右の開いた扉の前に行き、スキルで索敵を開始する。


 サワ…サワサワ…


 三方向に開いた扉から、僅かな風を感じる。さっきまで殆ど動くことのなかった空気の流れだ。

 それは閉ざされた空間のどこかが開いたと言うよりも、なにかが動き出したために、それらが風の流れを生んだ、と言った方が正しかった。


「ライ・ラムサス!!左の奧からなにか来るぞ!!」


 索敵していたフォションが突然叫んだ。


「右からもだよ…!なにかがこっちに向かって移動してくる…!!」

「戦闘態勢!!」


 シャツ


 俺とイーヴ、トゥレンもすぐに剣を抜き、いつ敵対存在に遭遇してもいいように

態勢を整える。


「ヴァレッタ、ここは行き止まりだ、逃げ場がない!!正面はどうだ!?」

「…正面はクリア!!〝なにか〟は左右から来てるみたいだ、フォー!!あたし達の出番だ、打ち合わせ通り殿(しんがり)は任せたよ!!」

「ああ、任せろ!!」

「あたしが先導する!!移動するよ、ついて来な、黒髪の鬼神!!」


 ダッ


 ヴァレッタは俺の上着を返すのではなく、しっかり袖に腕を通すと、愛用のオリハルコン製の片手剣を抜いて正面の開いた扉から通路へと駆け出した。


「行くぞイーヴ、トゥレン、ヴァレッタに追従!!」

「は!!」


 すぐに俺達も後に続いて走り出した。


 カンカンカンカン、と俺達の足音が通路に反響して響き渡った。頭の中に叩き込んだ地図を走りながら思い出し、この先部屋までの通路がどうなっていたかを考える。


――最終的に行き着く先は同じ…それは途中で3つの通路が合流していたからだ。右の出口から出た通路が先に中央…正面から出たこの通路と交わり、左の出口から出た通路は二つ目の部屋の少し手前で合流する…それぞれの通路の先は次の大部屋の3つの出入り口に繋がっていて、どの通路を通っても辿り着けるようになっている…そういう構造だった。

 つまり最も気をつけなければならないのは、合流地点…ただそれもこの通路に〝なにか〟がいないことが条件だ。


 俺自身も索敵しながら進んでいると、あちらこちらになにかが動いている気配を感じた。あの制御盤の部屋に辿り着くまでは、一切なんの気配もなかったのに、なぜ急に…?どこから…?


「ライ様、通路の幅は狭く、非常に死角が多いです。いざという時は俺を盾にしてください。」

「トゥレン…!」

「いいですね?」


 そう言ったトゥレンの瞳が、また紫色に一瞬だけ変化したように見えた。


 ――『闇の契約』…あれがあるから〝そうしろ〟と?…主を守るためであれば、痛みを感じず傷は瞬時に治り、決して死ぬこともない…それが真実だったとしても、俺にそんなことができると思っているのか…!!


 俺は念を押されても返事をしなかった。


 あの契約はあくまでもトゥレンを救うための手段として、そうせざるを得なかったから結んだだけだ。なにかの際に本気で盾としておまえを使うつもりなど、初めからないと、なぜわからない…!


 いつになく心底腹が立った俺は、この場でトゥレンに怒鳴りたくなった。だが直後にヴァレッタがその足を止め、左手と小声で〝待った!〟と俺に合図をする。


 トゥレンの言葉に気を取られていた俺は、自分の索敵にもなにかの存在が引っかかっていることに気づくのが遅れたのだ。


 この先の進路上に、なにかいる。


 ヴァレッタは静かに手で合図をしてフォションを呼んだ。二人はそのまま通路の先を見てどう動くかを話し合う。俺とイーヴ、トゥレンが控えて身を低くしているこの位置からは、そこにどんな敵がいるのか全く見えなかった。

 やがてフォションは無限収納から刀身が短く幅の広い小剣を取り出し、それを手にして小さな声で話すヴァレッタに相槌を打った。

 この狭い通路ではフォションの大剣は思うように振れず、枷になるため、得物を一時的に変えるのだろう。


 そしてフォションはそれを構え、カタリとも音を立てずに先陣を切った。


 あの大剣使いに相応しい重そうな巨体が、目にも止まらぬ速さで俺の目の前から消えたのだ。


 そう言えばバイトラス・カッター(変異体)戦のあの時は、怪我をしていたとかでフォションは不在で、その戦いぶりを見たことはなかったなと、そんなことを考えた次の瞬間だ。

 ヒュンッ…という剣の空を斬る音だけが聞こえたように思う。


 そしてすぐにドッ、グシャッというなにかの落下音が俺の耳に届いた。


「仕留めたぞ、ヴァレッタ。」


 その声に俺達も通路の壁の影から出て、あまり音を立てないようそれに近付く。


「――なんだ…こいつは…」


 首を切り落とされて絶命し、床に転がるそのあまりにも不気味な姿をした死骸に、俺は思わずそう声を漏らしたのだった。

 

次回、仕上がり次第アップします。

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