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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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78 禁断の場所 ③

予定通りライとイーヴ、トゥレンは早朝に城を出てヴァレッタのメゾネットに向かいます。一方ルーファスは宿にウェンリーとアテナを置いて出かけたようですが、すぐに戻って来ました。ライとルーファスは擦れ違い、今度も会うことが出来なかったようですが…

       【 第七十八話 禁断の場所 ③ 】



 チチ…ピチチチ…


 城門前広場の石畳に撒かれたパン屑をつまみながら、小さな野鳥が数羽、ピョンピョンと跳びはねるように歩いて行く。

 穏やかな朝の日差しがまだ人の少ない、王都のメインストリートに差し込んでいた。王宮の兵士達が活発に動き始めるのは、大抵もう少し後の午前八時頃からだ。

 現在の時刻はまだ午前七時前…使用人達も朝の準備に追われていて、周囲に気を取られている時間はない。


 その隙を縫って、三メートルほどの高さの縦格子扉を押し開け、王宮の敷地内から、薄手のフード付きマントを身につけたライ、イーヴ、トゥレンの三人が、目立たないよう静かに城下へと出て来る。

 彼らはいつものように髪と顔を隠したライを先頭に、足早にその場を離れて行った。


 ライが向かっているのは、王都で最も人口が集中している中級住宅街にあるという、ヴァレッタのメゾネットだ。

 昨日教えられたその場所は、三カ所あるうち最も小さいギルドの建物がすぐ側にある、集合住宅が多く並んでいる区画だった。


 通りに面した玄関前の手すりのついた三段ほどの階段を上がり、ライが扉脇の呼び鈴を押して鳴らす。

 すぐに中から毅然とした女性の声が返って来て、約束の訪問者であることを確かめると、ガチャリと扉が開いた。



「待ってたよ、黒髪の鬼神。」


 ――そう言って顔を出したヴァレッタは、脇に避けて壁際に立ち、首をくいっと室内に向かって動かすと、俺に中へ入るように合図をした。


「昨夜の酒は残っていないようだな、ヴァレッタ。」


 促されるままイーヴ、トゥレンを引き連れてそこに足を踏み入れると、雑然としたリビングのソファには、大剣の手入れをしながら既にフォションが俺達を待っていた。


 仕事に差し支えるような飲み方はしない主義なんでね、と口の端を上げて、今日はオレンジ色の髪を後頭部の高めの位置に結んでいるヴァレッタは、腕を組んで壁に寄りかかった。


「悪いが着替えさせて貰ってもいいか?」

「ああ、近衛服じゃ目立つもんね、ここじゃ狭いから上に行こうか。」


 ヴァレッタの後について階段を上がると、二階は広めの寝室になっており、部屋の奥に大きめのベッドが一つと壁に作り付けのクローゼット、装備品の棚があり、窓にはモスグリーンのカーテンが掛けられていた。


「普通女性というのは、寝室のような場所に男を招き入れるのを嫌がるものだと思っていたのですがね…。」


 唐突に酷い苦笑いを浮かべながら、トゥレンがそんなことを言う。


「生憎だけど、あたしゃ良いとこのお嬢さんじゃないんだよ、兄さん。見られて困るようなものが置いてあるわけでなし、下着さえ目に付く場所に放ってなければそんなこと気にするもんかね。」

「ああ、相手にするなヴァレッタ。こいつと来たらこんな()()して、女性の恥じらいだ慎みだなんだと意外にも女に口うるさいんだ。」


 えっ!?と言うような一驚した顔をしてトゥレンが瞬時に俺を見る。まさか俺がそんなことを知っているとは思いもよらなかったのだろう。

 過去に俺はアンドゥヴァリの艦内で、トゥレンが下級兵士達に混じって女の話を声高に、ああだ、こうだ、と言っていたのを聞いたことがあった。それを覚えていたのだ。


 無限収納からイーヴとトゥレンの分を含めた私服を取り出し、二人に手渡しながらそう言うと、ヴァレッタは一瞬でげんなりした半目になり、せっかくの美人が台無しになるような顔をして舌を出した。


「トゥレンの理想の女性は、慎み深く控えめで、思いやりのある芯のしっかりした()()ですからね。パスカム家に夫人以外の女性がいないのは幸いでしたよ。」

「なっ…おいイーヴ、ライ様の前でなにを暴露して…」


 珍しいことに、イーヴが雑談を口にする。それがトゥレンの個人的なことであったにせよ、俺の前で誰かが尋ねたわけでもないのに、私的な内容の話を出すのは初めてだ。


「へえ…?道理で初心(うぶ)なわけだ、積極的な女は嫌いかい。その分じゃ恋人は大変そうだねえ。」


 ヴァレッタはカラカラと笑って、揶揄うようにそう言った。


 トゥレンに恋人?…いるとしたら驚きだ。イーヴもトゥレンも女の影など微塵も感じさせたことがない。尤も、そんな素の部分を表に出せるほど、俺との関係が良好だったことはなかったからな…こんな雑談一つしたことがなかったほどに。


 俺は気にせず上着を脱ぎ、さっさと着替え始めた。…ところがだ。


「――なにを見ている?」


 軍服のボトムの、ベルトに手をかけた時だ。強烈に邪な視線を感じてヴァレッタを見た。


「いや、ね…若くて屈強なピチピチの色男が三人もいる上に、目の前で生着替えを見せてくれるもんだから、眼福だと思ってさあ…う〜ん、たまらないねえ♥」

「……出て行け。(怒)」


 俺はイーヴに無言で〝追い出せ〟と目で合図を送ると、イーヴがヴァレッタを部屋の外に押し出して扉を閉めた。


「いいじゃないか、少しぐらい!けちー!!」


 扉越しにそう叫んだ後、ヴァレッタは階段を降りて行ったようだった。


「なにを考えているんだ、まったく…おい、着替えたら近衛服は俺に寄越せ。無限収納に仕舞っておく。」

「はい。…ライ様、彼女はその…ライ様に好意を?」

「なに?」


 なにを言うのかと思えば、トゥレンが真面目な顔でそんなことを聞いてくる。思わず俺は、くだらない質問をするな、と口に出さずにギロリと睨んだ。


 ――これから護印柱の探索に入るというのに、緊張感のない奴らだ。



 私服に着替えた俺達は、イーヴが用意してくれた地下水路の簡易地図を手に、速やかに中級住宅街と下町の中間ぐらいの場所にある、東部浄水場へと向かった。

 ここは国が管理している公共施設で、決まった時間に職員が点検に回る以外、誰も来ない。

 人目につきにくく、普段は門扉に鍵がかけられているため、俺達が人知れず地下水路に入るには最も適していた。


 大量の水が流れている音が施設内から響く、二メートルほどの高さがある塀の影に隠れながら、イーヴが針金を折り曲げたものを使って通用門の錠前を解除する。


「開きました、ライ様。」

「ああ。」


 キィ…


 俺が静かに門扉を押し開くと、その蝶番が軋んだ音を立てた。


「なんだろねえ…悪事を働く盗賊団じゃあるまいし、針金で鍵を開けるとか…おまけに、なんだってそんなに人目を気にする必要があるんだい?悪いことをしているみたいじゃないか。」


 全員が素早く敷地内に入り、元通り扉を閉めて鍵をかける。そしてそのままぼやくヴァレッタを横目で見ながら、俺が先導して足早に歩き出した。


「昨日俺個人からの仕事だと言っただろう。護印柱の調査について、上には一切なにも報告していなければ、許可も取っていない。完全に俺の独断での行動だ。」

「…まあその理由についてはなんとなく察するけどさ、大丈夫なのかい?後であんたが罰せられるとか、あたしゃ嫌だよ?」

「なんだ、俺を心配してくれたのか?」

「あたりまえじゃないか…!」


 真顔でそう言ったヴァレッタに、俺は無意識に微笑む。悪事に手を貸すのでは、と保身的に気にするのではなく、露見した時の俺の身を案じるとは…優しいところがあるんだな。

 変異体と共闘した時も思ったが、ヴァレッタはさっぱりとしていて嫌味がなく、剣の腕も確かで、守護者仲間として俺は彼女を気に入っていた。


 生活用水を溜めておくための、巨大な水槽が幾つも並んでいるその間を縫って、地下水路に降りる入口まで行くと、明光石の携帯灯を手に、最下層まで階段を降りて行く。


 辺りにザーザーと流水音が響くそこでは、大声を出さなければ会話もままならなかった。俺は最初に向かう目的地を指差し、俺の後に続くよう身振り手振りで意思を伝える。


 ザアアア…


 日の射さない地下水路は暗く、通路の幅は二メートルもない。空気もひんやりとしていて肌寒い上に、何処からともなく木の湿った匂いや、苔の匂い、水カビの匂いなど様々なものが鼻をつく。

 予め目途を付けておいた、地下水路の地図に記されている古地図との相違箇所は全部で五つ…その内の二つはすぐに見つかり、どうやらそこは軍施設の地下と王宮へ続いているようだった。


 さらに探索を続けると、残り三つの内一つはただの空洞でなにもなく、もう一つは梯子がかけられており、地上へ出られる抜け道になっていた。


「――残りは王都のちょうど中央辺りの場所か。…ここがはずれなら、一から探し直さねばならんな。」

「そうですね。…ですがおそらくは大丈夫でしょう。」


 俺の隣を歩くトゥレンが確信めいたことを言って、暗がりへと伸びる通路の先を見据える。この場所が暗いせいなのか、なぜか一瞬トゥレンの瞳が普段の黄緑色から紫色に変化したように見えた。


 …?今…トゥレンの瞳の色が一瞬だけ変わったような…?


「なぜわかる?」

「ああ、ええと…勘、ですかね。」


 トゥレンが俺にいつも通りの笑顔を向けてそう答えた。


 ――勘…?なにを言う、いつからそんなものを当てにして、俺に返事をするようになった?根拠のない推測や臆測でものを言うような人間ではなかったはずだろう。


 トゥレンは元々、不確かな情報で物事を判断するのを嫌う質だった。些細な情報も直接自分の目で確認し、間違いがないとわかるまで納得せず、自ら足を使って調べて歩くような…そんな神経質な一面を持っていることも知っていた。

 そのトゥレンが、俺の問いに勘で大丈夫だろうと返したのだ。俺はトゥレンを見て訝しみ、首を傾げた。


「…地図上ではこの辺りのはずだな。」


 最後の相違地点に近づき、俺達は周囲を隈なく調べる。壁に隠された仕掛けがないか、隙間などが空いていないか、明らかに周囲と違う箇所がないか、など手分けして慎重に探すのだ。

 やがてそれを見つけたイーヴが俺を呼んだ。


「ライ様、ここです。壁に小さな紋章のようなものが刻まれています。」


 その壁に近付き、光を当ててよく見ると、確かに小さく紋章のようなものが刻まれている角塊があった。


「この紋章…どこかで見た覚えがあるな。どこでだったか…」


 七つの玉が等間隔で円形状に縁に沿って並び、中心には太陽を象ったような円が刻まれている…

 ――ああ、そうか思い出した。ルク遺跡の地下…海神(わたつみ)の宮へ続く半開きだったあの扉だ。


 この紋章はなにを表しているのだろう?


「ライ様?」

「ああ、なんでもない、だがここで間違いなさそうだな。」


 俺はその紋章の入った角塊を手で押し込んでみる。


 ゴトンッ


 思った通り、仕掛けの駆動源だ。すぐに大きな音がして壁が動き、その先に地下へと続く階段が現れた。


 ビュオッ…


 瞬間、俺達の間に、さらに温度の低い、冷え冷えとした一陣の風が吹き抜けた。


 ――見つけた。海神(わたつみ)の宮の時と同じような、地上とは異なる空気を感じる。間違いない、ここが護印柱に通じる隠された道だ。


 あの時と同じように、奈落の底へと繋がっているような真っ暗な階段…この先にどんな危険が待っているのかはわからない。


「ここが入口で間違いなさそうだ。準備は良いか?」


 イーヴ、トゥレン、ヴァレッタ、フォションに問いかけ、全員が頷いたのを確認すると、俺はその暗闇の中にゆっくりと足を踏み入れるのだった。




                  ♢


 くかー、くかー、と大口を開け、口の端からウェンリーが涎を垂らしている。


 昨日一日守護者としても、太陽の希望(ソル・エルピス)の一員としても、頑張って働いたウェンリーは、シャツとパンツの下着姿で腹を出し、布団を両手で抱えながらベッドで寝ていた。


 キ…パタン。


 そこへ足音を立てずにひたひたと、静かに、誰かが近付いて来る。


「――ウェンリーさん…ウェンリーさん、起きてください。」


 優しく、可愛らしい鈴の音のようなその声が、ウェンリーの耳元に囁いた。


≪ んん…?ほわあ…これ、アテナ…アテナの声だ〜…≫


 アテナは実体化に伴い、ウェンリーに対する敬称を〝様〟から〝さん〟に変えた。これはウェンリーの希望で、本当は呼び捨てにして貰いたかったのだが、アテナの方がそれを嫌がり、譲歩した結果これに落ち着いたのだった。


 寝惚けながらそれがアテナの声だと気づくと、ウェンリーはデヘヘ、とだらしなく顔を緩ませる。


 ヴァハの村にいた時は、毎朝鬼のような形相をした母親に、馬鹿息子呼ばわりされて起こされるのが普通だった。

 それが今朝は、ウェンリーが常々可愛いと思っている、アテナの声で目を覚ましたのだ、後もう少し…とわざと寝たふりを続けてまで、余韻に浸りたくなったのはまあ仕方がなかったのかもしれない。…だが、次の瞬間――


「えいっ!!」


 ピッシャ−ンッ


「ふんぎゃあっ!!」


 ドタンッ


 ――今起きたことを説明するとこうだ。


 まずアテナは、揺すっても起きないウェンリーを見て、こてん、と小首を傾げると、口元に人差し指を当てて、どうしたらウェンリーが起きるか考えた。

 普段ルーファスの中から見て、寝起きが悪い時のウェンリーの様子を知っていたアテナは、ルーファスが偶にするようにウェンリーをポカリと叩こうかと思った。

 だが力加減がわからずに怪我をさせてはいけないと思い直し、それなら、と極最少威力の光属性雷魔法『トゥオーノ』を放ったのだった。


 全身を駆け巡った雷撃に、ウェンリーは飛び上がり、叫び声を発してベッドから転げ落ちた。…以上だ。


 床にしこたまお尻を打ったウェンリーは、いってえ〜…とそこを撫でながら、目の前に立つアテナを見上げる。


「おはようございます、ウェンリーさん。もう8時ですよ?」


 そのウェンリーの顔を覗き込み、前屈みになってにっこりと天使の微笑みを向けるアテナだった。



「頼むよアテナ…お願いだから魔法はやめて?今度からちゃんと起きるからさ。」


 洗面所で顔を洗うと、アテナに渡されたタオルで顔を拭きながら、ウェンリーが懇願する。


「わかりました、では今度から起きなかった時は他の方法にしますね!」と、無邪気に笑ってそう言ったアテナに、ウェンリーは心の中でゾッとしながら、寝起きには気をつけようと真剣に誓った。


「んで、ルーファスとシルヴァンは?」


 起きた時にはもう姿の見えなかった二人に、どこに行ったのかなと、ウェンリーは服を着替えながら室内を見回した。

 ルーファスが寝ていた隣のベッドに、立て掛けてあったはずのエラディウムソードも見当たらない。


「ライ・サムサスさんに面会の申し込みをすると仰って、三十分ほど前にお城へ行かれましたよ。」

「え、もう!?早くねえ?」


 確か王宮の正面入口は、九時ぐらいにならないと開かないんじゃなかったっけ?と、ウェンリーは驚く。

 アテナはウェンリーが寝ていたベッドの掛け布団を畳んで、軽く整えながら続けた。


「忙しい方だろうから、あまりお時間を取らせたくないそうです。早朝に話を通しておけば、会って貰えるかどうかもすぐにわかるだろうからと…ウェンリーさんはここで私と一緒に待っていて欲しいそうです。」

「なんだ、アテナと俺は置いてけぼりかよ。」

「私は以前『鬼神の双壁』という方々に召喚体として会っていますから、顔を合わせない方が良いと判断しました。」

「あ、そっか…」


 昨日は上手くやり過ごせたが、今日は面と向かえばさすがに気づかれるだろうとすぐにウェンリーもその答えに辿り着いた。


 ガチャッ


「…って、あれ?」


 扉の開く音にウェンリーが振り返ると、たった今話をしていたばかりなのに、やけに早くルーファスとシルヴァンが戻ってくる。


「ウェンリー、起きてたのか。」


 アテナと話していたウェンリーに気づくと、ルーファスは〝おはよう〟と言って部屋に入り、そのまま側の椅子に腰を下ろした。

 シルヴァンはその後に続いて扉を閉めると、ルーファスの背後の壁際に立ち、右手で左の肩を掴んで首をコキリと鳴らす。その仕草は、なにか深く考え事をしている時によくやる癖なのだと、最近になってウェンリーは気がついた。



「行ったのも早えけど、帰んのも早くね?」


 ウェンリーが寝ている間に出て行って、一時間もしないうちに戻ったんだ、そう思うのも無理はないか。


 ――俺は今し方起きたばかりの様子の、キョトンとしたウェンリーの顔を見上げる。


「ああ、それがライ・ラムサスには会えなかったんだよ。なんでも今日は外せない仕事があって、早朝にウェルゼン副指揮官達と既に出かけた後だったんだ。」


 これでも俺は、昨日ウェルゼン副指揮官に会ったことから考えて、この時間だったら都合がつくだろうと予測して王宮に向かったのだ。

 なのにそれが見事に外れて、ライ・ラムサスに会えなかったことに、かなりがっかりしていた。


「早っ!上には上がいたのか。」

「うん…。」


 おまけにいつ戻るかわからないと、応対してくれたヨシュア・ルーベンスという名の第二補佐官に言われ、俺達の方も予定がどう変わるかわからないし、また別の機会にするかと諦めて帰って来たのだ。


「さすがに王宮近衛指揮官ともなると、忙しいんだな。ウェンリーが言っていた通りだ、俺が甘かったよ。」

「あー、まあそりゃあな…で?ルーファスががっかりした顔して戻って来たのはともかく、シルヴァンはどしたんだよ?」

「シルヴァン?…ああ、それは…」

「我は『闇の神魂の宝珠』がこの近辺にあったようなのに、主であるルーファスの呼びかけに答えない理由を考えていたのだ。」


 ――前回王都に来た時、俺は神魂の宝珠に封印されている七聖の一角である、『ネビュラ・ルターシュ』に呼びかけて魔法共有(マギィカ・シェア)を使用している。

 その際確かに返事をする声を聞いたし、暫くの間は使用可能な魔法の一覧に、アストラル・イーターとザラーム・クラディスの名が表示されていたのも確認している。

 だからこそ、王都に来ればそれの在処も、すぐにわかるだろうと思っていたのだが…


「…だめだな、やっぱりいくら呼びかけても反応がない。てっきり王都にあるのだとばかり思っていたのに…俺の思い違いだったのかな。」

「いや、そのようなことはあり得ぬ。あなたがここだと思ったのなら、その時点ではここにあったに違いないのだ。…アテナ、そなたの広範囲捜索でも探知できぬか?」

「はい、以前その存在をロストしたままです。」

「だろうな。…どういうことなんだろう?」


 神魂の宝珠は、その安置場所が定められていて、生命維持装置と一緒に封印されているのだと思っていた。なのに存在が消えるとか…それが事実なら、大変なことなんじゃないか?


「――ルーファス様、これは私の推測なのですが、『闇の神魂の宝珠』は()()()()()()のではありませんか?」

「アテナ、それって…!!」

「つまりは何者かの手中に収められている可能性が高いと言うことか。」

「……やっぱり、そうか。」


 そうなんじゃないかと思った。あの時は俺の存在に気づき、返事をすることも可能だったけれど、今はなんらかの理由でそれが出来ない状態にあるのかもしれない。だとしたら…かなり厄介だろう。


「神魂の宝珠を〝それ〟と知っていて、持ち歩いている者がいる可能性はどのくらいあると思う?」

「現時点ではなんとも言えぬな。言うまでもないが、宝珠に封じられているのはあなたの力だ。キー・メダリオンを手にしている今なら、その力をネビュラ・ルターシュ以外が使用すれば、すぐにわかるはずだと思うが…どうだ?」

「今のところそれはないな。その実、感じられていないだけかもしれないけど…」

「――ならばそう案ずることはないかもしれぬ。」

「…どうしてだ?」


 シルヴァンはこの事態が、俺が過去に言っていた神魂の宝珠の()()()に関係があるのではないか、と言う。


 神魂の宝珠は、俺がなんらかの理由で定めた解放の順番がある。今が闇の神魂の宝珠を解放する時期なのであれば、俺が探しているのに、それが見つからないはずがないと言うのだ。


「キー・メダリオンがそうであったように、神魂の宝珠に封じられた力も、いずれ必ずルーファスの元に戻るはずだ。そのことは(あるじ)が我を解放した時点で()()()()()()だ。カオスやカラミティの手に渡ったのであれば問題だが、それ以外であればその力を使い熟せる者など我ら以外に存在しない。」

「…それなら良いんだけどな。」


 ただ俺が心配しているのは、神魂の宝珠が周囲から魔力を取り込み続け、やがて消費しきれなくなった力が暴走して、辺り一帯が滅びるような災害にならないかと言うことだ。

 そうなれば封印されたままの守護七聖<セプテム・ガーディアン>も一緒に死んでしまう。それは俺が俺の力で仲間を殺すのと同じことだ。…それだけは絶対に避けたいと思っている。


「――とにかく闇の神魂の宝珠のことは、引き続き俺が気にかけておくことにして、王都に来た()()()()()()()に取りかかろう。」

「そうですね。」

「んだな。」


 俺と、アテナと、ウェンリーは一斉にシルヴァンを見た。


「………。」


 シルヴァンは両腕を組み俺達から目を逸らして視線を落とすと、そのまま険しい顔をして黙り込む。


「アインツ博士に教えられた通り、ギルドを通じての()()は既に送った。あの話が真実なら、もう俺達が王都に入ったことには向こうも気がついているはずだ。」

「あとは守護者御用達の宿〝アトモスフィア〟に宿泊して、相手からの連絡を待て、だっけ?多少時間がずれることはあるかもしんねえけど、今日か明日中にはなんかあんだろ。」

「ああ、俺もそう思う。」

「――我は…気が進まぬな。」


 渋面をしてシルヴァンが酷く沈んだ声を出す。


「まだそんなことを言っているのか?どうしてそんなに暗い顔をするんだ。おまえにとっては良いことだろう?現在のフェリューテラに、しかもこのエヴァンニュに、おまえの同族…獣人族(ハーフビースト)()()()()()んだから。」


 ――俺達がなんの話をしているのか説明しよう。


 この前アインツ博士達を無事に、イシリ・レコアまで連れて行って帰った時、依頼を完遂し報酬を受け取った際、サプライズ情報を入手したと言ったのを覚えているだろうか?


 アインツ博士とトニィさん、クレンさんの三人が、長い間イシリ・レコアに拘り、あの地を探し続けていたのには理由があった。

 彼らはなんとイシリ・レコアで滅んでしまった獣人族(ハーフビースト)以外に、ひっそりと隠れて生きていたシルヴァンの仲間達の存在を知っていたのだ。


 その出会いはもう十年以上も前のことになるのだそうだが、まだ学生だったトニィさんとクレンさんを連れて、ある古代遺跡の探索に向かったアインツ博士は、道中にあった森の中で、一頭の罠にかかって怪我をした大きな黒豹を見つけ、助けることにした。


 その黒豹は随分長い時間罠にかかったまま動けなかったらしく、衰弱して瀕死の状態だったという。

 アインツ博士達はそれを自分たちの野営地に連れて帰り、交代で必死に看病し、その結果、奇跡的に命を取り留めた黒豹は、威嚇しながらも博士達の看病を素直に受け入れ、与える食事も少しずつ食べるようになっていった。


 だがある夜、博士達の野営地が魔物除けの罠を掻い潜った巨大熊に襲われる。普通なら動けない動物など放って逃げ出しそうなものだが、アインツ博士達は逃げることの出来ない黒豹を庇って巨大熊に立ち向かった。

 それを見た黒豹は怪我した足を引きずりながら巨大熊と博士達の間に立ちはだかり、熊に向かって咆哮を上げたという。すると、なぜかその熊は博士達を攻撃するのを止めて去って行ったそうだ。


 翌日、その巨大熊を含めた様々な動物たちが、野営地を取り囲むように姿を現し、驚いた博士達がたじろいでいると、黒豹と同じような女豹がスイッと進み出て、一瞬で耳と尾の生えた半分だけ人の姿に変化した。

 それに応じるかのように、黒豹も進み出て、博士達の前で同じように耳と尾の生えた人の姿に変化する。博士達が必死に看病して命を助けた黒豹は、獣人族(ハーフビースト)で、襲って来た巨大熊は黒豹が人間に捕まっていると勘違いし、助けに来た仲間だったのだ。


 イシリ・レコアの研究をしていて、元々獣人族(ハーフビースト)のことを知っていた博士は、黒豹が獣人族(ハーフビースト)だと知っても態度を変えなかった。そうして彼らに仲間の命を助けたことを感謝され、隠された里に案内されたという。

 そこでさらに親しくなり、その存在を誰にも話すことなく秘密にして現在まで交流を続けて来たんだそうだ。


 アインツ博士達が案内された獣人族(ハーフビースト)の隠れ里では、イシリ・レコアの存在と命をかけて一族を守った守護神シルヴァンティス…つまりはシルヴァンのことだが、それらが伝説となって言い伝えられていて、いつかシルヴァンが目覚め、自分達の里を訪れてくれる日が来ると信じて待っているのだという。


 そして驚いたことに、イシリ・レコアから盗まれて行方知れずになっていた獣人族の秘宝、『神護の水晶』は、現在その里に大切に保管されていると言うことがわかった。彼らはそれのおかげで永い間守られ、人間に見つかることなく現在まで暮らして来られたらしい。


「――我が率いた一族は、イシリ・レコアで全て滅んだ。少なくとも別の里の同族に守護神として崇められるようなことはなにもしておらぬ。」


 シルヴァンにしては煮え切らない態度で、いつまでもグズグズとらしくなくこんなことを言い続けている。


「はあ?…これだよ。んとに、らしくねえぞ?シルヴァン。」

「……。」


 獣人族(ハーフビースト)が今も隠れて生きていると聞いてから、なにか悩んでいる様子のシルヴァンは浮かない顔をしていたが、それもきっと仲間に会えば変わるだろうと、俺はあまり深く気にせずに高を括っていた。


 それから俺達は、階下の宿の食堂で朝食を取ることにした。この後は俺がギルドで引き受けてきた、高難易度の依頼を済ませに出かけるつもりだった。


 受けた依頼は二つで、片方はアラガト荒野のバイトラス・カッターの変異体討伐、もう片方はディル湖付近の荒れ地に出現した、『ホールモール』という落とし穴を掘って人間を捕食する大型魔物の討伐依頼だ。


 運ばれて来た朝食を取りながら、依頼についての段取りを話し合う。前者は新種の魔物で正面に立つと命取りになるほど危険な魔物だと注意を促し、後者は魔法を使用して地下から追い出さないと戦いにくいと言うことを説明していく。


「それで討伐の後だけど――」


 仕事の打ち合わせをしている最中、突然それは起こった。


 ガラガラガラガッシャ−ンッ


「フギャーッッ」

「こいつ!!どこから入り込みやがった!!」


 食堂の厨房の方から、耳を劈く凄まじい音が聞こえ、猫らしき動物の声と、宿の従業員らしき野太い男の声が響き渡った。


 ガタンッガシャガシャガシャンッ


 尚もその派手な音は続く。


「うわあっ!!」

「ブギャギャギャギャッ!」

「ちょっと、逃げたわよ!!早く捕まえて!!」

「客席の方へ行ったぞ!!」


 ドダダダダダダッ


 何事かとその方向を見ていた俺達の方に、物凄い速さでなにかが走ってくる。


「きゃあっなになに!?」

「な、なんだ…猫!?」


 他の客達の足下を擦り抜け、その影は、あろうことか一直線に俺を目掛けてぴょーんと、跳ねた。


 ズボッ


「おわっ!!?」

「きゃっ!!」

「うわっ、おいなんだ!?俺の上着の中に!!!」


 ガタンッ


 少し肌寒かったために着ていた上着の中に、その影は狙い澄まして飛び込んで来た。驚いて慌てた俺は、椅子を倒して立ち上がり、ウェンリーはすぐさま猫を俺の上着の中から引きずり出そうとした。


「猫だ!このやろ、出て来いって!!」

「痛い!!ちょ…止せ、ウェンリー引っ張るな!!爪が…痛たたたたっ!!」

「ええ!?」

「ル、ルーファス様っ!?」

「慌てるな、落ち着け!!」


 言うまでもないが、わあわあと俺達でさえドタバタの大騒ぎになる。


「にゃ…にゃあ〜ん…」


 俺の上着の中で急に怯えてガタガタと震え出したその猫は、まだ身体の小さいトラ模様の子猫だった。

 うるうると俺を見上げるその瞳が、助けて、と訴えているようで、俺の思考がここで瞬時に停止した。


「おい!そいつはあんたの猫か!?困るじゃないか、作りたての料理がめちゃくちゃだ!!」


 腰に前掛けを付けた恰幅の良い男性が、手にお玉を持ったまま俺を睨みつけた。


「いや、ちが…」

「いてっ!!くそっ、引っかかれた!!」


 俺の上着の中に手を突っ込んだウェンリーが叫ぶ。


「待て、乱暴にするなウェンリー、可哀相だろう!?」

「…はあ!?」

「これは我らの猫ではない、どこぞから紛れ込んだのだろう。」


 シルヴァンは至って冷静にそう弁解する。


「嘘を吐け!しらばっくれようったってそうはいかねえぞ!!」

「んだと!?違うっつってんだろ!!」


 ぎゃあぎゃあとウェンリーが騒ぎ出し、従業員の男性と口論になる。このままではさらに混乱しそうだ。


「にゃーん…」

「…」


 俺の上着の中で心細そうに鳴いた猫を見て、俺は可愛いな、と完全に情に絆されてしまった。


 仕方がないな、これもなにかの縁だろう。


「もういいよ、ウェンリー。――すいません、本当に俺達の猫ではないんです。でもなんだか懐かれてしまったみたいなので、代わりに俺が台無しになった料理を弁償します。それでこの猫のことは許して貰えませんか?」

「おいルーファス!?…マジかよ!!」

「……見ず知らずの猫のために、責を負うのか?…あり得ぬ。」

「ルーファス様…お優しいです。」


 ウェンリーとシルヴァンは呆れたが、アテナだけは褒めてくれた。


「ぐ…ま、まあ金さえ払ってくれんなら…」


 ちゃんと外に追い払ってくれよ、と言ってその従業員の男性は引き下がり、俺は言われた通りの金額をすぐに会計所で支払った。


 俺達は一旦そのまま宿の外に出て、猫を逃がすために少し離れた通りにまで移動する。


「信っじらんねえ!!どこの世界にノラ猫のために五万(グルータ)も支払う奴がいんだよ!!」

「…ここにいるな。」

「そんなに怒るなよ、いいじゃないか…可愛いし。」


 俺は子猫を服の中からそっと出すと、頭を撫でてから地面に下ろした。


「さあほら、もう大丈夫だ、どこへでも好きなところへ帰れよ。この宿には二度と入り込んじゃだめだぞ?」

「にゃーん、にゃーん、にゃああ!」

「…うん?」


 下に降りるなり、子猫がなぜか頻りに俺に向かって鳴き始めた。


「にゃーにゃーにゃあん、にゃおお」

「――……なんだろう、なにかを訴えられているような気がするんだけど。」

「はん、礼でも言ってんじゃねえの?助けてくれてありがとー的な?」


 腹立ち紛れにそっぽを向いて、ウェンリーがそう言い放つ。


「にゃんっ!!」

「凄いです、ウェンリーさん。猫ちゃんの気持ちがわかるんですね!」

「あのな、アテナ…」


 俺に嫌味で言ったウェンリーの言葉も、純粋なアテナにはそうと聞こえなかったようだ。


 トトトトト、と子猫は小走りに路地裏の方に駆けて行くと、そこでピタリと止まって俺を振り返り、尻尾をピンと立てて再び鳴いた。


「?…ウェンリー、あれは?」

「なんで俺に聞くんだよ!!」

「だって今、あの猫の気持ちを言い当てたじゃないか。」

「アホか、普通こういう場合はシルヴァンだろ!?」

「猫語なんぞわからん、我をあれと一緒にするな。」

「ルーファス様、あの猫…私達について来い、と言っているような気がするのですが。」


 アテナがそう言い、俺はもう一度猫の方を見る。…確かにそう言われればそんな気がする。


 タッ


「あ、おい!!」


 俺達のそんな会話を知ってか、子猫は急に走り出した。


「やれやれ、酔狂にもほどがあるが、一応追いかけてみるか?」

「…ああ。」

「はあ!?」


 本気で呼ばれていると思ったわけじゃない。だけどなんとなくだが、後に付いて行った方が良いような気がしたのは確かだ。


 好奇心とそんな予感から後に付いて行くことを決めた俺達は、その後、子猫の足で移動可能だとは思えないほどの距離を延々追いかけていく羽目になった。

 トラ猫は時折俺達が付いて来ているのを確認しながら、ひたすら走って行く。真っ直ぐに大通りを横切り、北西の方向を目指して、ただひたすらに、だ。


 俺の頭の簡易地図には、子猫を表す黄緑色の信号だけが表示されていたのだが、どんどん人気のない方へと誘い込まれているような気がする。


 このまま行くと西部地区の工場地帯に入るな…どこまで行くんだ?


「…ルーファス、あの猫、少し普通ではないぞ。」


 ヒソヒソと小声でシルヴァンが俺に言う。


「ああ、わかってる。」


 普通の猫はこれほどの距離を移動して歩いたりしない。況してやあのトラ猫はまだ子供だ。魔物…とは思えないが、どちらにせよおかしいことに、俺もシルヴァンも気づいていた。


 そうして二十分ほども追いかけ続けた結果、俺達は閉鎖された廃工場がある、西部地区でもかなり奥まった場所へ辿り着いた。


「――王都にもこんな寂しい場所があるんだな、驚いた。」

「ん、俺も初めて来た。」


 そこは木の柵と薄い鉄板のような塀で仕切られた、全く人気のない薄暗い工場裏の空き地で、朽ちかけて長期間放置されている木造の掘っ立て小屋や、壁に穴の空いた倉庫らしき建物が近くに建つ、野ざらしにされたままの木箱があちこちに転がっているような場所だった。


「にゃーん…」


 子猫がすいっと姿を消した建物の影に回ると、そこには手を伸ばし、その子猫を抱き上げようとしていた黒い毛の混じった斑髪の青年がいた。


「――よしよし、上手く誘導してくれたか、ご苦労さん。」


 その青年は、ゴロゴロと喉を鳴らす子猫を優しく撫でている。


「なんだ?こんなところに人…?」


 俺達が完全にその建物の裏手に入った瞬間、俺の頭の地図に、複数の赤い信号が出現した。


 ザッザッザザッザッ


「ルーファス様!」


 俺達の退路を断つように、何処からともなくその複数の影達は次々に姿を現した。


「アテナ、ウェンリー、気をつけろ!」


 退路を断たれた。この異質な気配、普通の人間じゃない…?


 子猫を放した斑髪の青年が、さらに二人の若い男を呼び出して左右に侍らすと、朱に近い赤目を光らせ、ゆっくりと近付いて来る。


「――おまえらがアインツ博士の言っていた連中だな。」


 その青年は俺達に敵意を向けてそう言った。

 

次回仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!

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