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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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77 禁断の場所 ②

アフローネでヴァレッタ達と仕事の話をしていたライは、打ち合わせが終わり店を出ます。ジャンをヴァレッタ達に任せ、城へ帰ろうとした時、見知らぬ女性に声を掛けられましたが…?一方、ルーファス達は深夜日付が変わった後、ようやく王都に到着しました。無事に資格試験を済ませ、アテナは正式に太陽の希望<ソル・エルピス>の一員になりました。早くもSランク級パーティーに昇格したルーファスのパーティーですが…

        【 第七十七話 禁断の場所 ② 】



 ――明光石(ライト・ストーン)の光を増幅させた照明機器が照らす舞台の上を、軽快な音楽に合わせて舞い踊る踊り子達は、それぞれが誇りを持ってこの仕事に就いている。

 稀に仕方なくこんな仕事、と思いながら踊る者もいるが、そういう娘は知らぬ間に舞台を降り、裏方に回っていたりするのだ。

 人によっては〝高が酒場の踊り子〟と馬鹿にする者もいるが、いい加減な思いでやっていけるほどここは甘い世界ではない。


 そんな踊り子達の中でもリーマは、下品な男に絡まれ貶まれることがあっても、自分の身の持ち方を大切にし、決して言い寄る男達に隙を見せないしっかりした娘だった。なぜなら彼女は四年近くもの間、ずっとライに恋心を抱き続け、ライ以外の男に身を許すことなど考えられなかったからだ。


 そしてリーマの同僚の中には、同じようにライに恋心を抱く者もいた。


 ただその娘がリーマと少し異なるのは、自分の美貌に自信を持っており、男が寄ってくるのは当たり前と自負して、好意を告げられ交際を申し込まれれば、つい絆されてしまうような部分を持っていたところだった。

 その胸には、下町の踊り子だというほんの僅かな劣等感があり、いくら自分が美しくても、身分違いの恋を望むほど愚かではないと、諦めと同意の自尊心があった。


 その踊り子は熟成された葡萄酒の様な、とても美しい髪色をしていた。勝ち気な性格がそのまま表れたような、きつめの紫の瞳に、着飾れば貴族の娘としても通用しそうなほどの美貌を兼ね備えて。


 彼女の名はカレン・ビクスウェルト。リーマと同じ孤児で、アフローネの踊り子だ。


 カレンは舞台が終わるなり、急がなくちゃ!と周囲に目もくれず、更衣室へと駆け込んだ。

 舞台の最中、暗い店内の端の席に目敏くライの姿を見つけた彼女は、店を出た後の隙を見てライに声を掛けようと、待ち伏せを企んで慌てていた。

 国際商業市(ワールド・バザール)の日のリーマと同じように、自分に信じられない好機が巡って来たと思っているのだ。

 ただ、リーマが多くを望まず一度だけでも、と思っていたのに対し、カレンは出会う切っ掛けさえあれば、自分の魅力でライを虜に出来るかもしれない、とさえ考えていた。


 その辺りはライにとってかなり大きな差だとも知らずに――


 酒場の裏手に、パンパン、と舞台終わりの踊り子達を労う女将の拍手が鳴り響く。カレン以外の踊り子達は普段通り女将のお疲れ様、という言葉を、仕事終わりの充実感を得て待っていた。


「お疲れさま!今日も良くやったね、いつも通り日当は手渡しだよ!!帰る前に受け取りにおいで!」

「ミセス・マム!店に黒髪の鬼神が来ているって本当!?」

「今も店内にいるの!?」


 舞台終わりで衣装を着替える前に、一斉にわっと踊り子達が女将に詰め寄った。


「こら!あたしの名前は()()()()だよ!!縮めて呼ぶんじゃない!!」


 そう言いながら女将は、彼女達がなぜ自分を “マム” と呼ぶのか知っているため、本気で怒ってはいなかった。


「耳聡い娘達だね、ああ、本当だよ。端の方の席で食事をしている。でもね、仕事で来ているようだから、決して声を掛けたり、邪魔したりするんじゃないよ!いいね!?」


 はあーい、と不満そうに返事をすると、踊り子達は更衣室へとゾロゾロ連れ立って移動して行った。


「ミセス・マム、お先に!」


 そんな中、タタタタ、と目にも止まらぬ速さで、一足先に着替えを済ませたカレンは、女将の背後を駆け抜けて行く。


「へっ…ちょ、カレン!?あんた、今日の分の給料はっ!?」

「急いでるの、明日の分と一緒に受け取るわ。おやすみなさい!」


 女将の目に、そう言って駆けて行ったカレンは、いつもよりやけにめかし込んでいるように見えた。


「またあの娘は…しょうもない、新しい男かねえ。」


 どうやら女将は、カレンのことを男にだらしないと思っているようだ。



 きゃっきゃっと囂しい更衣室は今、ライの噂話で持ち切りだった。


 ある者は濡れたタオルで汗に濡れた髪を拭きながら、ある者は乱れた髪を結び直しながら化粧を直し、ある者は服を着替えて帰り支度をしながら、口々にはしゃいだ声を出している。


「ねね、この後どうする?お店に顔を出せば、黒髪の鬼神に会えるかも…!!」

「ちょっとだけでも覗いたらだめかしら〜!」

「顔を遠くから見るぐらいなら多分大丈夫よ!」

「リーマは?もしかしたら知り合いになれるかもしれないわよ…!!」

「わ…私は、いいわ。もう遅いし、お仕事だってミセス・マムも言っていたでしょう?迷惑だと思われて嫌われたくないもの…。」

「まっ!!聞いた!?リーマって…なんて健気なの!!もう〜あんたってば、ほんっとうに奥ゆかしいんだから!!」

「そ、そんなんじゃないから…もう、イリーナ!」


 きゃいきゃいと騒ぐ彼女達の中で、リーマはライとのことを隠している罪悪感から、少し浮かない表情をしている。


「黒髪の鬼神って言えば…カレンは?真っ先に騒ぐと思ったのに。」

「カレンならもう出て行ったわよ?」

「え…早くない?まさかとは思うけど、ライ・ラムサスに接近したりしないわよね?」

「まさかあ!それはさすがにだめじゃない?ミセス・マムに怒られるわよ。」

「――……」≪ カレン…?≫


 笑い声が響く中、リーマだけは不安気な表情を浮かべていた。




「――では明日の朝、直接ヴァレッタのメゾネットに向かう。恐らく俺とトゥレンだけになるとは思うが、同行者が増える場合もあると思っていてくれ。」

「ああ、無限収納は持っているんだったな、あんたの方でも最低限の準備はできそうか?」

「問題ない、今晩中に全て整えておく。薬系は多めに持って行くが、一応そちらも各々用意はしておいてくれると助かる。」


 ヴァレッタのメゾネットの場所を聞き、必要な連絡事項を帳面に書き留めると、俺はフォションとの最終確認を終えて立ち上がった。

 結局早く戻ると言っておきながら、打ち合わせをしていたら、もう夜の十時を回っている。リーマ達のステージも先程終わったようだし、いい加減に戻らないとまたトゥレンが騒ぎそうだ。


「了解だ。ほらヴァリー、いつまでも伏せってないで帰るぞ。」

「ぶーぶー…いいもん、黒髪の鬼神が相手にしてくれないから、ジャン坊をお持ち帰りして慰めて貰うもんね。」


 俺にとんでもない報酬を求めた後、パカパカと酒のグラスを空けたヴァレッタは、すっかり出来上がって酔っ払い、かなり赤い顔をしている。こんな様子で明日の仕事は大丈夫なのか?


「えっ!?俺?無理。だってヴァリー姉、酒癖悪いんだもん。」

「なんだ?ジャン坊、お持ち帰りの意味がわかってそう言ってんのか?」

「おい、子供を揶揄うな。」

「心配すんな、妙なことは教えねえよ。ははははっ」

「し、知ってるってそんぐらい!!」

「ジャン…!」


 …全く、ヴァレッタもヴァレッタなら、副リーダーの男も男だな。


 ジャンに悪影響がないか少し心配だが、そもそもここへ連れてきたのは俺だったということを失念していた。…人のことは言えんな。


 会計を済ませてアフローネの酒場を出ると、真面目な話だと言って、ヴァレッタとフォションがジャンを避難施設まで送り届けてくれることになった。


「男同士積もる話もあるからな、ジャン坊のことは俺達に任せておけ。」

「…いいのか?ジャン。」

「うん、またね、ライ。今日はその…ありがとう。俺との約束、忘れないでくれよな?」

「ああ、わかっている。…ではジャンを頼む、ヴァレッタ、フォション。」


 おう、明日な。とフォションは手を振り、ヴァレッタは俺に投げキスをしてからジャンの肩を抱き、俺とは反対の方向へと去って行った。


 ――かなり急だが、ヴァレッタ達の協力を得られることになって、俺は護印柱の探索を明日の朝から決行することに決めた。

 イーヴとヨシュアが、ルクサールの調査から戻るのを待つかどうか考えたが、日を置けばそれだけあの男に気づかれる恐れがあった。


 今回はきちんとトゥレンを連れて行くつもりだし、ヴァレッタとフォションがいれば余程でない限りなんとかなるだろう。…そう思っている。


 王都の地下深くにあると言う護印柱…いったいどんな場所なのだろう。情報は殆どなく、行ってみなければなにもわからないのは確かだった。


「――あの…ライ・ラムサス様…!」


 アフローネの前から十メートルも歩かないうちに、俺は聞き覚えのない女性の声に呼び止められた。

 振り返るとそこには、緩いウェーブのかかった赤ワインのような髪色をした女性が立っていた。


「?…俺になにか用か?」


 見覚えのない女だ。俺と同じか少し年上ぐらいか?


「私…アフローネの踊り子でカレン・ビクスウェルトと申します。少しお話ししたいことがあって…」

「アフローネ…」


 リーマの同僚か。…覚えていないな、だが話とは…もしやリーマのことか?


 警戒した俺は彼女の方に向き直り、少し近付こうとした。…その時だ。


「やはりこちらにいらしてましたか、ライ様。」


 石畳を蹴る、カツカツという急ぎ足の靴音がして、俺に近寄ってきたのは、イーヴと一緒に調査隊を任せたはずのヨシュアだった。


「ヨシュア…!?戻ったのか。」

「はい。予定を変更して今日の午後、王都に無事戻りました。ライ様、パスカム補佐官がお待ちです。急いで城にお戻りください。俺があなた様をお連れすると紅翼の宮殿を飛び出して来ましたが、あの様子では三十分もすれば騒ぎになります。」

「!…それはまずい、わかった、すぐに戻ろう。」


 言わんことはない、時間をかけすぎたのだ。


「ああ、待てヨシュア、それで…話とはなんだ?手短に頼む。」

「あ、あの…――」


 呆然と立っていた女性に一歩近づき、俺がそう言うと、女性は急に狼狽え始めた。


 するとヨシュアは俺の前に進み出て、見かねたように彼女に話しかける。


「君、アフローネの踊り子カレンだよね。以前はエスティが()()()()()()。君がなにを考えているのか俺にはわかるよ。でもこの方は君の相手など()()()()()()。わかったらライ様に近付かないでくれないか。…いいね?」

「…?」


 ヨシュア…?


「参りましょうライ様、ウェルゼン副指揮官も心配されています。」

「あ、ああ。」


 その場に彼女を残し、言われるまま俺はヨシュアとすぐに歩き出した。


 今、俺に近付くな、と言ったか…?


 ――ヨシュアにしては珍しく、険しい顔をしていると思った。気のせいかあの女性に対する言葉尻にも、どこか棘があったように感じる。

 俺が知るヨシュアは、いつも俺の前で少し緊張しながらも嬉しそうに笑っていて、こんな表情は初めて目にした。


 気になった俺はヨシュアに、あの女性になにかあるのか、と尋ねてみた。だがヨシュアは、ライ様のお耳に入れるようなことではありません、と言って、横に首を振り、その後で、あの女にはお気を付け下さい、と忠告した。


 よくわからないが、ヨシュアがこう言うのであればリーマのことも含め、気をつけるに越したことはなさそうだ。




「ラーイーさあまああぁぁ…!!」


 自室に戻るとトゥレンが鬼のような形相をして俺を待っていた。


「ライ様の仰る〝なるべく早く〟とは、八時間以上も後のことを言うのですか!?」

「そんなに目くじらを立てるな、根無し草(ダックウィード)のメンバーと詳細な打ち合わせをしていたから遅くなっただけだ、仕方がないだろう。」


 以前はどちらかと言えばイーヴの方がうるさかったが、今はトゥレンの方がより俺の行動に神経を尖らせているように感じる。…ヨシュアが迎えに来なかったら本当に騒ぎ出して危なかったな。


「では守護者への依頼は引き受けて貰えたのですね?」


 午後に戻ったばかりのイーヴは、既にトゥレンから話を聞いて状況を把握しているのか、然も当然のように俺に尋ねる。


「ああ、おまえ達も顔を知っている、ヴァレッタ・ハーヴェルがリーダーのAランク級パーティーに頼んだ。リーダーのヴァレッタと、副リーダーのフォション・ボルドーの二人が護衛についてくれる。」

「シャトル・バスが変異体に襲われた時、ライ様と共闘していたあの女性守護者のパーティーですね。」

「そうだ、ヨシュアもあの戦闘には参加していたから覚えていたか。」

「はい。」


 トゥレンが瀕死の重傷を負ったあの変異体戦時、ヨシュアは第二小隊の一近衛隊士として戦っていた。

 恐らくは必死だっただろうに、良くヴァレッタ達のことを覚えていたものだ。


「既に守護者側との詳細な打ち合わせは済み、日程も決めた。かなり急だが、護印柱の探索は明日だ。おまえ達の都合を聞いていないが、行けるか?」

「俺は問題ありません。…と言うか、そうなるだろうと想定していましたし。」

「右に同じく。ヨシュアはもちろん、私の方でもそのつもりで既に技術研究室の情報記録装置から、護印柱に関係すると思われる情報を抜粋して纏めておきました。こちらがその資料です、ライ様。」


 俺が意思を問うまでもなく三人は疾うにその前提で動いており、イーヴはと言えば、情報記録の閲覧許可が下りていたらしく、いつの間に用意したのか…その資料だという数十枚の書類の束を事も無げに差し出した。


「――おまえ…ルクサールから戻ったばかりではなかったか?」

「はい、その通りです。…それがなにか?」

「いや…」


 アフローネからの帰りに道すがら聞いたヨシュアの報告では、調査隊はルクサールに魔物が侵入するようになって急遽災害の原因調査を諦め、撤退することにしたらしいのだが…王都へ戻る途中あの "アーケロン" に出会したという。


 アーケロンと言えば海神(わたつみ)の宮で、俺とジャンが遭遇したあの巨大な海亀の肉食海獣だ。

 通常ではあまり見かけられない海獣だというから、もしや俺が巣に侵入したことが原因で逸れた個体が出現したのでは、と思ったのだが…守護者に助けられたとは言え、それだけの戦闘を熟し、王都へやっと帰ってきたのに、こいつは休みもせずすぐ仕事に取りかかったと言うのだろうか。

 …本人には口が裂けても言えんが、周到すぎて逆に呆れる。…化け物か?


「…ライ様?私の話を聞いておられますか?」

「ああ…いや、もう一度頼む。」


 イーヴの説明もそっちのけで、まじまじとその顔を呆れ半分で見ていた俺は、いつもの無表情を向けられて平静を装い誤魔化した。


「…ではもう一度ご説明致します。こちらの情報記録から抜粋したものですが、現在の王都地下に張り巡らされた水路の地図と、過去の古地図を見比べると、何カ所か一致しない場所があります。このどれかが護印柱への入口ではないかと私は推測しているのですが、どう思われますか?」

「ああ、なるほど…その可能性が高そうだな。さすがだイーヴ、良くこれを見つけてきてくれた。」


 この地図があれば、明日地下水路で入口を探すのにも手間取らず、時間を取られなくても済みそうだった。


 書類に目を落としていた俺が顔を上げると、イーヴとトゥレンが()()驚いた顔をして固まっていた。


「…なんだ。」

「――いえ、失礼しました。」


 この二人のこういう反応にも慣れて来たな。今のは恐らく、俺が初めてイーヴを褒めたことに対する反応なのだろう。以前と異なる態度で接する度に、まだこの二人は俺を見て驚く。


「――よし、この資料にはざっと目を通しておく。イーヴとトゥレンは明日、俺と共に護印柱の探索に向かい地下へ潜る。どんな危険があるかわからん、それを想定した各々の準備をしておけ。ヨシュアは近衛の詰め所で俺の代理として普段通りの勤務を任せる。表向き俺達は外回りに出ることにし、連絡が付かずとも怪しまれないように適当な予定表を出しておけ。」

「は、かしこまりました。」


 ヨシュアが返事をし、イーヴとトゥレンは俺の目を見て頷く。


「出発時刻は明朝午前七時だ。ヴァレッタ・ハーヴェルのメゾネットで私服に着替え、東部浄水場から地下水路に降りる。イーヴ、トゥレン、くれぐれも部外者に気づかれるなよ。」

「はい。」

「承知しました。」


 これで準備は整った。後は明日、無事に護印柱を見つけられれば…


「ではライ様、我々はこれで失礼します。」

「ああ。…いや、そうだ待て、イーヴ。話がある、おまえだけ少し残れ。」

「は…」


 予想外の言葉だったのか、イーヴだけでなく、なぜかトゥレンまで驚いたような顔をし、俺になにか言いたげな視線を投げかけてきた。


「ライ様?」

「かしこまりました、行きましょうパスカム補佐官。では失礼します。」


 ヨシュアに促され、トゥレンは俺を気にしながらも出て行き、そうして俺の部屋にはイーヴだけが残った。


「私にお話とはなんでしょうか?」


 イーヴは少し緊張した面持ちで平静を装っているように見える。トゥレンの一件以来、イーヴは俺と()()()二人きりになると身構えるようになった。

 元々そういう面があったのに、俺が気づかなかっただけなのかもしれないが、俺に怒鳴られても、剣を向けられても動じない奴が、なぜなのかと気にはなる。


 だが残って貰ったのはそんな理由を問い詰めるためではない。


「――ルクサールに俺が発つ前に、おまえが俺に向けた忠告に関しての話だ。」


 座れ、と椅子にイーヴを促し、俺は机に寄りかかると、手を着いて身体を預ける。


「少なくともおまえとトゥレンは、あの男が施行した "緊急時従軍徴兵制度" について隠された裏の事情を知っていたんだな。」

「…そのお話でしたか。ではやはりルクサールで住人に話を聞かされたのですね。…はい、私とトゥレンは元々国王陛下付きの従者候補でしたので、一定の範囲に限ってですが、士官学校では習わないような国の裏事情も学ばされています。」


 俺が話を切り出すと、緊張が解けてイーヴは普段通りに戻る。…こいつは俺のなにを恐れているのだろう。


「おまえ達があの男付きの?…なるほど、だからあの男の命令にも忠実だったのか。」


 つまりあの男の側近が受ける教育と、一般の士官学校の教育とではそれだけの差があると言うことか。

 その上イーヴとトゥレンが内々に呼び出されたり、こちらからの用件にあの男への融通が利く理由もなんとなくだがわかった。


 この際だ、聞き出せることが他にあるなら、イーヴから出来るだけ情報を得ておくことにしよう。こいつはあの男について、どの程度知っているのだろう。


「おまえは他に、なにを知っている?」

「他に…と仰いましても、質問の範囲が広すぎてお答えしかねます。」

「そうだな…あの男がなぜ考古学を嫌っている()()をしてまで、国民に古い歴史を学ばせないのか、その理由についてはどうだ?」

「存じておりません。ただ、陛下は決して無意味なことをなさらない御方です。この国のためであれば、()()()()()()()なさるでしょう。それが民を欺くことになっても、最終的に多くを守れれば良いとお考えになる御方なのは確かです。」

「……ふん、そうか。」


 最終的に多くを守れれば、か。そのために自国の民ごと街一つ完全に滅ぼしても構わないと?…勝手な言い分だな、俺には到底理解できん。


「陛下にご興味を持たれるようになられたのですか?ライ様。」


 以前の俺なら激怒して、怒鳴り声を上げたくなるような問いかけをイーヴがして来る。今の会話でなぜそうなる?


「ふざけるな、そんなわけがあるか。いいかイーヴ、俺はどんなことがあっても、あの男を俺の父親だと思うことは()()()()()。たとえ天地がひっくり返ろうとも、そのせいで世界が滅びようともだ。」

「…伺ってもよろしいですか?」

「ああ、なんだ。」

「なぜそう言い切れるのですか?血の繋がりのある親子であれば、その血縁を通じて和解に至る可能性もあるでしょう。なのに情に絆される僅かな可能性すらないと仰るのですか。」


 ――この質問…イーヴは()()()()を知らないのか。…そう言えばマイオス爺さんが死んだと聞かされた日、こいつらは俺がなぜあの男を憎んでいるのか、と話していたか…


「――ああ、ないな。」

「それはなぜなのです?差し支えなければ話しては頂けませんか。」

「…いいだろう。だがイーヴ、おまえなら育った国を滅ぼされ、自分の最も大切な家族や友人を死に追いやった男が、実の父親だったと言われて受け入れられるのか?」

「それは…」


 …さすがに黙り込むか。まあこれで受け入れられる、と答える者などいないとは思うが。


「俺はラ・カーナ王国を戦争に巻き込むという形で、間接的にでも滅ぼしたあの男を絶対に許さん。あの出来事で俺は、俺が最も愛していた養父を失った。それと同時に一緒に育った友人も、母親代わりだった孤児院のシスターも…なにもかも全てが消えてなくなった。」

「――……。」


 イーヴとトゥレンが想像可能なその理由はここまでだろう。…ここから先は俺自身、この国に来るまで思い出せなかった真実だ。


「だが俺があの男を憎んでいるのには()()()()、別の理由がある。」


 このことは恐らく、レインに救い出され生き残った俺と、あの男しか知らないことなのだろう。

 イーヴ、おまえはこれを聞いてもまだ俺に同じ質問をするか?


「前王妃『ベルティナ・ラムサス・ネル・シェラノール・ミレトスラハ』…俺の実母は、まだ二歳だった俺の目の前であの男に殺されたんだ。」


 ――俺がそのことを思い出したのは、この国へ来てすぐの頃だった。イーヴとトゥレンの目を盗んで下町へ息抜きに出た時、盗賊か破落戸のような連中と出会して殺されそうになったことがあった。

 その時俺の記憶のなにかとその光景が同調したのだろう。突如見知らぬ場所とそこにいたレイン、そして俺の母と思しき女性が頭に浮かび上がり、その女性に剣を突き立てるあの男の姿を思い出したのだ。


 初めのうちは記憶違いか、それが真実だったとしても、なにかそうせざるを得ない事情があったのかもしれない、と無理に思おうとしていた。

 だがこの国の公式的な発表では、母はミレトスラハに里帰り中、ゲラルド兵に殺されたことになっている。


「その上ミレトスラハ王国は、突然のゲラルド王国侵攻によって滅亡したことにされていた。事実は違う、思い出した俺の記憶が正しければ、少なくともあの国の王族は母を含め、全員あの男の裏切りによってエヴァンニュ兵に殺されたんだ。」


 俺の話を聞いたイーヴは愕然として真っ青になっていた。…こいつのこんな感情を表面に表した顔を見るのは、トゥレンが大怪我をしたあの日以来だ。


 普通なら二歳児の頃の記憶が甦るなどあり得ない、と一笑に付されることだろう。


 実際俺自身も鮮明にそれらの光景を思い出したところで、元々実母の細かな記憶があるわけでなし、当てにはならないと思っていた。

 ところが、一度だけ足を踏み入れたことのある、あの男の部屋に飾られていた前王妃の肖像画を見た瞬間、全て現実のことだったと確信した。

 なぜなら甦った記憶の中の母の顔は、間違いなく肖像画と同じ顔をしていたからだ。


「これが俺があの男を憎む、もう一つの理由だ。だから俺は、あの男を父親だと思うことは決してない。…わかったか?」

「――……」


 困惑した表情に変化したイーヴは、黙ったままで俺に返事をしなかった。


「今の話は相手がトゥレンやヨシュアであっても絶対に口外するな。でなければあの男に、おまえが消されることになるかもしれん。」

「…承知しました。」

「――ああ、遅くなったな、まだ聞きたいことはあったが…話はまた別の機会にしよう。引き止めておいてなんだが、そろそろおまえも休め。明日に差し支える。」

「はい、では…私もこれで失礼します。」


 まだ少し受けた衝撃が残っているような顔をして、イーヴは俺の部屋から出て行った。


 偶々そういう話になり、理由を聞かれたから答えたが…あの様子では俺の胸の内を話さない方が良かったのかもしれん。イーヴ達にしてみれば、あの男は立派な国王であると信じ切っていてもおかしくはない。


「…だが少し安心したぞ、イーヴ。俺は少なくとも、主君と仰ぐ人間がなにをしていても、それを知り動じずにいられるような臣下は御免だからな。」


 俺はその場にいないイーヴに、そう独り言を言って微苦笑したのだった。




                ♦ ♢


「ふへええ〜、ようやっと王都に着いたああ〜……。」


 二重門(ダブル・ゲート)をくぐった途端に両手を膝につき、前屈みにへたろうとしたウェンリーの腕を掴んで引っ張ると、俺はあと少しだ頑張れ、と励ました。


「うう…早く宿に行って休みてえ…。」

「しっかりせよ、ウェンリー。そなた体力がなさ過ぎるぞ。」

「うっせえシルヴァン!おまえらがありすぎなんだよっ、俺は普通だ!!」


 ああ、もうこれは疲れすぎてキレてるな。


「静かにしろよ、もう深夜なんだぞ?王都の人達に迷惑だろう。」


 現在の時刻は日付が変わって深夜の一時だ。俺達が海神(わたつみ)の宮へ行って戻り、ルクサールを発ってからなんと十四時間が経っていた。

 元々パーティーとしての討伐数を稼ぐために、徒歩を選択したのは俺だけど、まさかこんな時間になるまでかかるとは思っていなかった。


「それにしても、思った以上に時間がかかったな。…アテナは大丈夫か?」


 二重門(ダブル・ゲート)前の以前暴動が起きた広場を、俺達は連れ立って左に折れ歩いて行く。今日は大通りに用はないから、途中でギルドに立ち寄った後、宿屋通りに入るつもりだ。


「まったく問題ありません。寧ろまだいくらでも動けそうなくらいです♪ルーファス様だってお元気ではありませんか。」

「いや、俺もさすがに疲れたよ。」


 キラキラと薄紫色の瞳を輝かせるアテナに、元気だな、と俺は微苦笑して返す。


 予定より大幅に遅くなった原因だが、それと言うのも王都までの道中、数多くの変異体と出会し、放置しておくには危険すぎたために、全て討伐しながらここまで来たせいだった。


「ふむ、ギルドに寄るのは明日にするか?」


 シルヴァンが呆れ顔でウェンリーを見ながら、俺と一緒にウェンリーを支えて歩く。


「それはだめだ、変異体の情報だけでも伝えておかないとまずい。いくら討伐済みでも、あれだけの数の出現は警告しておかないと危険だ。」

「え〜?俺、もう歩くの無理…」


 即座に情けのない声を出してウェンリーは半ベソ状態だ。…やっぱり守護者になったのは間違いなんじゃないか?


「仕様がないな…シルヴァン、ウェンリーを連れて先に宿へ行っていてくれるか?守護者御用達の『アトモスフィア』という名前の宿だ。あそこは守護者か冒険者でないと宿泊できないから大抵空き室があるんだ。」


 俺はシルヴァンにそう頼み、出来ればアテナは別室にして貰うように言った。ところがアテナはこんなところでごね始める。


「嫌ですルーファス様、私はルーファス様と同室が良いです。わざわざ部屋を分けられるのでしたら、ルーファス様の中に戻りたいです。」

「それじゃ表に出ている意味がないだろう、だめだよ。緊急時以外はそのままだ。」


 アテナになぜ別室にするのかと説明しても、まだわからないかな。うーん、どう言おう?


「別に同室でも良いのではないか?邪念を抱くのはウェンリーぐらいのものであろう。我なら気にしないぞ。」

「いや、おまえが気にしなくても俺が気にするんだよ。」

「なっ…ざけんなシルヴァン!!邪念ってなんだよ、俺がアテナに変な考え起こしたりするはずねえだろ!?」

「あー、もうわかった、アテナは同室で良いよ。それでいいから早くウェンリーを休ませてやってくれ。アテナはこのまま俺とギルドへ行こう。」

「はい、ルーファス様。」


 天使の笑顔でアテナは俺に微笑む。…まだまだ苦労させられそうだな。


「心得た、アトモスフィアだな。行くぞ、ウェンリー。」

「ごら待てシルヴァン、訂正しろや!」


 静かにしろと言っているのに、人通りのない深夜の通りを騒ぎながら歩いて行くウェンリー、シルヴァンとは一旦別れ、俺はアテナとギルドへ向かった。


 実体化した個の存在として俺達と行動することになったアテナは、見るもの触れるもの全てが楽しいらしく、相手が擦れ違う酔っ払いや、アテナに目を奪われる冒険者らしき男達であっても、俺達以外の人間にも認識されることをとても喜んでいた。


 父親のような心境の俺としては、無防備なアテナは少し心配なんだが…まあ、いざという時は俺並みの強さで、不届き者を撃退するだろうから大丈夫か。


 ――二重門(ダブル・ゲート)に最も近いギルドの総本部に行くと、前回ここに来た時に応対してくれた受付嬢にまた会うことになった。

 根無し草(ダックウィード)の件での対面時と過去を変えた後の状態では、やっぱり微妙に状況が変化しており、彼女は俺に契約内容の詳細を話したことなどは一切記憶に残っていなかった。


「おめでとうございます、アテナ・セイクレッド様!資格試験を見事合格されました。凄いです、女性で初期ランクがBランク級だなんて…!」


 ホクホクとした笑顔を浮かべて、あの受付嬢はアテナを褒め称えた。


「ありがとうございます。それで、ID回路(チップ)はこの腕輪(バングル)に埋め込んでください♥ルーファス様と()()()なんです。」

「アテナ、それは言わなくていいから。」


 ――『アテナ・セイクレッド』。それが俺がアテナに用意した名前だ。セイクレッドとは清らかなものを表す〝聖〟という意味で、純真で真っさらなアテナにはぴったりな名字だと思った。

 そして今、アテナが頬を赤らめて差し出した右腕のID端末用腕輪(バングル)は、俺が用意した揃いの装身具だ。

 これは俺の魔力を込めて作成した魔石付きのミスリル製のもので、万が一の緊急時にはそれに込められた俺の魔力を、アテナが吸収できるようになっている。


 基本的にアテナは俺の自己管理システムと繋がっていて、そこから俺の魔力を使用して生きているのには未だ変わりないのだが、今後はなにが起きるかわからないため、念には念を入れておこうと思ったのだ。


 それから俺は今日討伐した変異体の検体用の証拠品と換金用素材を全て提出し、ギルドに警告情報を告げる。

 かなりの数を狩ったとは思っていたが、その数は二十体を超えていた。


 当然受付嬢は目を白黒させて驚愕し、気絶しかけている。


 それでもなんとか正気を保ち、彼女は全ての手続きを行ってくれて、深夜で人が少なかったこともあり、大騒ぎにならずには済んだのだが、さすがに刺激が強すぎたらしい。

 そして最後に、アテナのパーティーメンバーとしての名前の登録手続きをした。


 これで俺達『太陽の希望(ソル・エルピス)』は四人パーティーになった。…と同時に、今日の変異体討伐の実績と稼いだ討伐ポイントでSランク級パーティーに昇格した。


 当初の予定としては、一月ほどかけてSランク級を目指すつもりだったのだが、結成直後にランクアップすることになった。まあ目立つかもしれないが、今後の俺達にとっては悪いことではないので良しとしよう。


 全ての手続きを終え、最後に依頼票の掲示板を確認し、高難易度の緊急討伐依頼を受けておく。二件ほどあったがどれも王都から一キロ圏内で、移動を含め小一時間もあれば終わらせられそうだった。


「これは明日だな。…それじゃアテナ、俺達も宿へ向かおう。今日は良く頑張ったな。」

「はい、ルーファス様。」


 俺は横で笑顔を見せるアテナを褒めてやり、その頭を、ポンポン、と優しく撫でてやるのだった。


次回、仕上がり次第アップします。

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