75 再び王都へ
海神の宮に転送陣で到着したルーファスは、直接会ってもリヴグストのことが思い出せず、胸を痛める。それでも神魂の宝珠から彼を解放するのが先、と気を取り直し、目に付く場所にないそれの在処を尋ねますが…?
【 第七十五話 再び王都へ 】
――千年振りの再会を喜び合うシルヴァンとリヴグスト…その二人の姿を、俺は複雑な思いを抱きながら見ていた。
『神魂の宝珠』の封印を解かなければ、どんなに胸を痛めても大切な仲間だったはずの相手を思い出すこともできないのか。
…俺はリヴグストにあんなに悲しい顔をさせた自分が嫌になった。
「おいルーファス、そんな顔してんじゃねえよ。」
そんな俺の感情を読み取ったかのように、ウェンリーが背中をトン、と拳で小突く。
「思い出せてやれなくて辛いんだろ?あんな風に喜ばれちゃな…その気持ちはわかるけど、きっとまた神魂の宝珠の封印を解けばすぐに思い出せるから、元気出せって。」
俺の肩に右腕の肘をかけてシルヴァン達には聞こえないよう、ウェンリーは小声でそう耳打ちをし励ましてくれた。
「…ああ、そうだな。」
確かにそうだ、感傷的になっている場合じゃない。まずはリヴグストの封印を解き、神魂の宝珠から解放してやるのが第一だ。
イシリ・レコアで俺が過去になにをしていたかを知り、最終的に暗黒神を倒すのが目的だと教えられて戸惑った時、アテナは俺が神魂の宝珠の封印を解かなければ、そこに封じられている七聖は一年も経たないうちに死んでしまうと言っていた。
リヴグストもシルヴァンと同じように、耐用年数を越えているという生命維持装置の中で本体が眠っているのだと思うが――
「――リヴグスト、さん…の生命維持装置も、神魂の宝珠もここにはないみたいだな…シルヴァン、リヴグストさん、先ずは封印を解いてしまおう。」
「…っっ!!!」
俺が二人にそう声を掛けた瞬間、海竜リヴグストは酷い衝撃を受けたかのような表情を浮かべて顔色が青くなった。
「ソ、ソル殿…なぜゆえシルは呼び捨てで、予のことはさんなどと他人行儀な呼び方をなされるのだ…!!」
…シル?…ああ、シルヴァンのことか。また随分と名前を短縮されたな。
『……ルーファス様、リヴグスト殿の問いに対して、気にされるのはそこなのですか?』
俺の心の声を聞いたアテナから、思わぬ突っ込みが入った。
「いや…すまない、その…思い出せるまでは初対面だし、いきなり呼び捨てにするのも少し違うかな、と思って――」
ズザザッ、と、一瞬で俺の正面に移動してきて前に立つと、彼はガシッと両手で俺の肩を掴んだ。
「遠慮は要らぬ、ソル殿にとって今は初対面でも、予にとってソル殿はソル殿だ。かしこまった言葉遣いもせず以前と同じようにまた〝リヴ〟と呼んでくだされ。」
さっきとは全く異なる心からの笑みを向けて、海竜リヴグストは俺にそう言った。
「――そうか…わかった、それじゃあ遠慮なくリヴ、と呼ばせて貰うよ。それから、今の俺はソル・エルピスの名前では動いていないから、ルーファスと呼んでくれ。敬語も要らないよ。」
「なんと…ソル殿の名は現代では広まっておらぬのか?」
リヴはシルヴァンにぐりん、と顔を向けそんなことを問いかける。
「今後はどうなるかわからぬが、今のところ〝ルーファス〟の名の方が知名度も高かろうな。『太陽の希望』の名は、ルーファスを筆頭とした守護者としてのパーティー名に当てさせて貰った。故に、その名が広まるかどうかは、我らの活躍次第となるであろう。」
「守護者…!!ソル殿が力なき民のために構想を練っていた、『魔物を駆除するための組織団体』が今のフェリューテラでは現実のものとなっておるのか!?」
「そう言うことだ。世界中どこにでも存在する『ハンターズギルド』と呼ばれる民間組織となって、黒鳥族の管理の元広く浸透している。当然、リヴも我らの一員となるのだぞ。」
「それは楽しみだ!」
――俺とウェンリーとアテナを置いて、シルヴァンとリヴの会話が止まらない。…まあなにせ千年分だ、リヴも…恐らくはここから殆ど出られていなかったんだろうから、仕方がないかな。
「おいシルヴァン!!積もる話は後でゆっくりやれよ、ルーファスが固まってんだろ!?」
痺れを切らしたウェンリーがシルヴァンを窘めた。俺はこんな時、つい気を使ってしまい、会話が途切れるまで…なんて待ってしまいがちだが、ウェンリーは俺の様子を見ながら間に割って入る役を買って出てくれる。
「む…すまぬ、ウェンリー、そうであったな。」
「?…ウェンリー…、?そう言えばそこの二人は…?初めて見る顔だ。」
「ああ、この二人は――」
リヴの疑問に答えようとした俺を遮り、ウェンリーが口を挟む。
「俺はウェンリー、ルーファスの親友だ。彼女はアテナ、ルーファスが召喚している具現化した『神霊体』だ。詳しいことは後々!!そっちだって早く封印を解いて貰って、自由に動けるようになりてえだろ?」
至極簡単な自己紹介と適切なアテナの紹介をして、ウェンリーはニッと不敵に笑って見せた。こういう所は敵わないな、本当に。
と言うことで、いざ、水の神魂の宝珠がどこにあるのか、リヴに尋ねた俺達は、予想外の返答に頭を悩ませることになった。
「「「海底に沈んだ城の中…!?」」」
思わず声を揃えてそう口にしたのは、俺とウェンリー、シルヴァンの三人だ。
「マジか…なんでそんなとこに?」
「俺に聞くなよ、覚えてないんだから。」
俺はウェンリーに答えた後、額に手を当てて考え込んだ。
「海底に沈んだ城…と言うことは、もしやオセアノ海王国の海都オルディスにある王城の中なのか?」
シルヴァンは俺よりも冷静で、正確なその場所をリヴから聞き出そうとしている様子だった。
「そうだ。然も完全に水没していて、ここのように呼吸が可能な空気など存在しておらぬ。だが予の宝珠は海中に安置されていたため、この近辺の海の治安を守りながら予は眠り続けることができた。
ウェンリー、と申したな、ソル殿…いや、ルーファス殿になぜそんなところに、と尋ねたが、ルーファス殿は予の事情をしっかりと考慮した上で神魂の宝珠の安置場所を選んでくれていたのだと、予は感謝しておる。」
リヴはウェンリーに優しく微笑みかけた後、俺に目線を移した。
「リヴ、俺に〝殿〟は要らない。――しかし問題はどうやってそこへ行って封印を解くかだな。なにか良い方法を思い付かないか?」
須臾後、シルヴァンが思い付いたように手をポン、と叩いて顔を上げる。
「『プープー』を使用し、泳いで行くのはどうだ?」
「ぷーぷー?」
俺とほぼ同時にウェンリーが聞き返す。ただし俺は声に出さず心の中で、ウェンリーは素直に口に出して、だが。
ぷーぷーってなんだ?と疑問に思っていたら、直後俺の頭にアテナの声で返事が返ってきた。
『ルーファス様、プープーとは水中で呼吸が可能になる特殊な貝の名称です。データベースには水の中から酸素を取り込んで体内に取り込む性質を持つ、 "呼吸貝" と記録されています。』
ああ、ありがとうアテナ。
ウェンリーの方にはシルヴァンが同じような説明をしていた。
「ここから海中の鮫や毒海蛇にアーケロン、水棲魔物から戦わずに逃げつつ、十キロもの距離を泳いで行き、さらに千メートル近く深海に潜って行けるのならそれでもいいが、恐らく無理なのではないか?」
「いや、ぜってー無理!!」
リヴの率直な意見に即答したウェンリーが、両腕で大きなバッテンを掲げる。
「ああ、無理だな。」
まともに考えて鮫や水棲魔物から、戦わずに逃げ続けるなど不可能に近い。おまけに千メートルも深海に潜るだって?水圧で押し潰されるじゃないか。
「ならばどうする?」
「うーん…。」
――海底に沈んだオセアノ海王国、か…問題は水…水、ねえ…
俺達は暫しの間各々何か良い方法がないか沈思黙考した。
数十秒後、最初に口を開いたのはアテナだ。どうやら彼女はいつものように俺のデータベースを精査した上でなにか見つけたようだった。
「ルーファス様、精霊族にお力を借りるのはどうでしょう?隣国シェナハーンに古くから水の大精霊ウンディーネを祀った村があります。位置的にはエヴァンニュの国境を越えてパスラ山よりも手前ですから、行って戻ってもそんなに時間はかからないと思うのですが。」
「精霊か…!確かに大精霊の協力を得られればなんとかなるかもしれないな。」
水を思うままに操ることのできる『ウンディーネ』…全身透き通ったサファイアブルーの長髪と肌を持つ、女性の姿をした大精霊だ。
「ならば先にマルティル様に約束を取り付けていただいてはどうだ?その方が水の大精霊の意思も確かめられるであろう。」
そう提案したのはシルヴァンだ。実は精霊族…特に大精霊は気難しい存在が多い。俺は彼らの女王マルティルと懇意にしているが、同じ精霊だと言っても一括りにはできないのだ。
人間で言うところの国王と領地を治める領主が複数いるようなもの、と思って貰えれば理解して貰えるだろうか?
「そうだな、早速マルティルに連絡してみよう。」
俺はシルヴァンに頷いて無限収納から精霊の鏡を取り出すと、ノクス=アステールでしたのと同じように再び鏡に話しかけた。
「――マルティル…聞こえているか?」
ふおん…という微かな音と共にすぐに反応があり、マルティルの姿が鏡に映し出される。
『こんにちはルーファス。もちろん聞こえていますよ。あら…今日もまた変わった場所からの連絡ですね?』
相変わらずマルティルはそのふわっとした優しげな雰囲気を身に纏い、穏やかに微笑んでいる。
「ああ、今は海底にある海神の宮にいるんだ。頼みたいことがあるんだけど…話を聞いて貰えるか?」
『私にできることであればなんなりと。』
そう言ってくれたマルティルの言葉に甘え、俺はリヴの神魂の宝珠が海底に沈んだ国の城内にあることを告げ、水の大精霊ウンディーネの力を借りられないかどうか話をしてみた。
するとマルティルは意外なことに難色を示す。なにか少し問題があるようだ。
『私から水の領地 "アクエフルフィウス" に連絡を取ることは可能ですが、ウンディーネに協力を頼むのは少し難しいかもしれません。』
「なにか問題があるのか?」
『ええ、実は――』
マルティルから話を聞くに、今ウンディーネが治める水の領地では色々と問題が起きているらしい。
一つはマルティルからも頼まれている『世界樹の根』の霊力不足の問題。水の領地があるフェリューテラとグリューネレイアの接点は、アテナが調べてくれた隣国シェナハーンのとある村にあるらしいのだが、その村には世界樹の根があって、なにか異変が起きたようだ。
それが原因でウンディーネに大きな気懸かりが生じ、思うように動けなくなっているのだという。
「そうか…それなら俺がその村に行って問題を解決すればなんとかならないかな?世界樹の根のことはあなたに頼まれていることでもあるし、協力を頼むのなら俺もできるだけのことはしたい。」
『まあ…ありがとう、ルーファス。ではそのことをすぐにウンディーネに伝えてみますね。折り返しこちらから連絡します。』
「ああ、待っている。」
俺は一旦マルティルとの通信を切ってそのまま連絡を待つことにした。
「――すまないリヴ、これでウンディーネと約束を取り付けられたとしても、今日すぐに封印を解くことはできなさそうだ。先にシェナハーンに行って問題を解決して来ないと…できるだけ急ぐけれど、もう暫く待たせてしまうことになる。」
もどかしいな、本当はすぐにでも封印を解きたかった。ここまで来てまださらに待たせることになるとは…
俺はリヴに申し訳なく思い、目線を落として項垂れた。だがリヴは…
「気になさるな、千年も待ったのだ、後ほんの少しぐらい延びたところで大して変わりませぬぞ、ソル殿…いや、ルーファス。予は予の君に一目こうして会えただけでも、嬉しく思っておりまする。」
「リヴ…」
「そうだな、リヴは我よりもずっとマシな方だぞ。我などはな、ルーファスの姿を確認してから十年も待たされたのだ。ヴァンヌ山で何度その姿を見かけても、気付いてさえ貰えなかったのだぞ?それを思えば――」
「え…?」
突然シルヴァンが思いも寄らないことを言い出した。
「どういうことだ?そんな話は聞いていないぞ、シルヴァン。」
驚いた俺は思わずシルヴァンに詰め寄る。
「…話しておらぬからな、当然だ。」
――俺はここで初めて、俺がヴァンヌ山に倒れていたその日にシルヴァンが完全に覚醒し、以降ずっと見守ってくれていたことを知った。
シルヴァンは何度か俺に、自分の存在を知らせようとして接触を試みていたらしいが、なにをやっても上手く行かず、遠くから姿を見ることは出来ても、近付こうとすると途端にイシリ・レコアに戻されたり、魔力で作った仮の身体が消えてしまったりして、どうしても俺に気付いて貰えなかったんだそうだ。
「それでか…!ヴァンヌ山の六合目で、ルーファスに駆け寄って行ったシルヴァンが目の前で消えちまったの、そのせいだったんだな!」
と、ウェンリーが納得したように声を上げた。
「あの時か。ウェンリーが無謀なことを企て、変異体が近くにいるのに奥へ行こうとするから、あの場からどうやって動かぬように引き止めるか、我は悩んで大変だったのだぞ。」
俺の横でシルヴァンとウェンリーが楽しそうに突然思い出話を始めた。そう言えばまだあの日からそれほど日が経っているわけでもないのに、なんだかもう何年も前のことのような気がするな。
思えばあの日、キー・メダリオンを手にしたのが始まりだったんだ。
シルヴァンがそれ以前に、俺に近付こうとしても上手く行かなかったのは、俺の手元にキー・メダリオンがなかったせいかもしれない。
もし封印を解くための『鍵』がないのに、俺がシルヴァンの存在を知ったとしても、無事にイシリ・レコアまで辿り着けたかどうかさえ怪しい。
その上俺が魔法を使えるようになったのはキー・メダリオンを手にした後のごく最近だ。それもサイードが俺の魔力回路を正常に治してくれたおかげで…そう考えてみると、まるで一つ一つの出来事が定められた順を追って進んでいるような気すらする。
ふおん…
『ルーファス…聞こえますか?』
手元にあった精霊の鏡が反応し、マルティルから再び通信が入る。
「ああ、聞こえるよマルティル。どうだった?」
『それが…ウンディーネは直接あなたに会ってからでないと約束できないと言っているのです。なにか人間に酷い目に遭わされたらしく、不信感を抱いてしまっているようで…』
「…なんだって?」
水の大精霊が人間に酷い目に遭わされた…?どういうことだろう。
『詳しいことは話してくれなかったのです。でも困っているのは確かで、世界樹の根のことは助けて貰えるのなら、とてもありがたいと言っていました。後は直接あなたがウンディーネと交渉して下さい。』
そう言ってマルティルは申し訳なさそうな顔をして微笑んだ。
「ありがとう、十分だ。後は自分でなんとかするよ。」
俺はマルティルに礼を言って大きく頷き、マルティルは、またいつでも連絡を下さい、と言ってくれて俺達は通信を終えた。
マルティルの声を聞くことのできないシルヴァンとウェンリー(アテナとリヴはマルティルの姿を認識でき、声も聞こえる)に事情を説明し、俺達は今後の方針をまた細かく話し合う。
そしてこの後はまず王都に立ち寄り、アテナの資格試験を完了させて(申し込んだ場所のギルドでなくても終了できる)身分証明となる守護者のIDを発行して貰い、国境を越える準備を先に済ませることにした。
「そうだリヴ、今後の参考までに聞いておきたいんだけど、俺の方で水の神魂の宝珠の存在に気付くことができなかったのに、どうしてリヴの方から俺に気付くことができたんだ?」
これは俺が気になっていたことだった。神魂の宝珠が安置されている場所に近付くと、キー・メダリオンが反応したり、俺自身が感じたりしてそのことに気づけるはずだと思っていた。
だが今回リヴの神魂の宝珠はここからさらに十キロも離れた場所にあり、未だキー・メダリオンも反応を示さない。それなのにリヴはここに居ながらにしてどうやって俺の存在に気づけたのか、不思議だったのだ。
「それは本当に偶々なのだ。恐らくはカラミティの封印が解けたせいだとは思うのだが、ルク遺跡に閉じ込められたという人間が出口を探して予の宮に迷い込んで来てな、その後一騒動あり、最終的に予が地上へと転移魔法石を使って送ってやることになったのだが、その際偶然ルーファスが近くにいることに気がついたのだ。」
「ああ…そういうことだったのか。」
偶々地上へ出て、偶々俺がほど近いロックレイクにいたから気付いた、か。…偶然にしては出来すぎのような気もするが…これこそ俺達が『魂の絆』で繋がっている証拠なのかもしれない、と思うことにする。
「――ルーファス、予の方からも少し気になることがあったので話しておこう。予の宮に出口を探して迷い込んで来た人間なのだがな、どういうわけか背中にカラミティとマーシレスに刻まれたと思われる『刻印』があったのだ。」
「え…?」
「なんだと?」
横で俺とリヴの話を聞いていたシルヴァンが、それは本当か、と言って身を乗り出す。
「本当だ。刻印にカラミティとマーシレスの紋章が入っていたのだ、間違いない。その上それを刻まれた人間は、体内に三つもの魔法による封印を施された変わった人物だった。その内の一つは既に解けてしまっていたようだったが、本人に魔法をかけられた覚えはなく、少し普通では考えられないと思ったのだ。」
「どういうことだ?ルーファス。」
「――わからない。」
カラミティに刻印を刻まれた人間がいる…?おまけに体内に封印を施されているなんて…
俺がカラミティとマーシレスに会った時には既にリカルドとの戦闘中で…あの場にいたのは蒼天の使徒アーシャルだけだったし、彼らに接触した人間なんていなかった。
リヴがその人間に出会ったのは一昨日から昨日の朝にかけてのことだろう?いったい、いつ、どこで誰にそんなものを――
――…あっ…
俺はその人物にたった一人だけ心当たりがあった。
そう、黒髪の鬼神…『ライ・ラムサス』だ。
…まさか…ライ・ラムサスか?俺が見つけた時には瀕死の状態だった…――
「リヴ、その刻印を施された人間というのは、もしかして黒髪に紫紺の瞳を持つ右目を前髪で隠した男性だったか?」
「そう…確かにその通りだ、ルーファスはライを知っておられるのか?」
やっぱりそうか…
リヴの反応から間違いなくライ・ラムサスのことだと知り、疑問が湧く。
そもそも刻印とは施術者がなんらかの目的を持って、その魂に刻む魔法の呪印なのだと、俺がリカルドの手で同じように刻印を刻まれた時、シルヴァンから詳しい話を聞いた。…と言うことは、カラミティとマーシレスはなんらかの意図があって、ライ・ラムサスにそれを刻んで行ったことになる。
殺そうとした人間の背中に刻印を刻む…?わけがわからないな。
「ルーファス、おまえなんで…今の話って、黒髪の鬼神のことだろ?イーヴさんにもなにか伝えてくれって言ってたよな?おまえとライ・ラムサスの間に接点なんかあったか?」
ウェンリーが鋭い質問をしてくる。本当に人の話は良く細かいところまで聞いているよな。別に隠していたわけじゃないけど、こうなったら俺が彼を助けたことは話しておいた方が良いのかもしれない。
俺は昨夜話して聞かせた内容の中に、命を助けた人物がいたことを思い出して貰い、それが実はライ・ラムサスであったことをみんなに話した。もちろん、その時俺と一緒にいたアテナは最初から知っていたのだが。
「…なるほどね。けどなんで黒髪の鬼神がルク遺跡にいたんだろ?」
俺の話を聞いたウェンリーは俺と同じようにその疑問に行き着いたようだ。
「うむ。エヴァンニュの王宮近衛指揮官だと言ったか?一度我も顔を見ておきたいところだな。」
「シル、言っておくがライは悪い奴ではないぞ?魔法も使えぬごく普通の人間だが、子供を守り、助けるために迷わず自らの命をかけられる立派な男だった。あやつの人柄は予が保証する。」
「…随分とその人物を買っているのだな。気に入ったのか?」
シルヴァンのリヴへの質問はともかくとして、俺はライ・ラムサスとカラミティ達の間になにがあったのか、本人に直接話を聞いた方が良いような気がして来ていた。
「――よし、わかった。この後王都に行くんだ、会えるかどうかはわからないけれど、ライ・ラムサスを訪ねてなにがあったのか、直接話を聞いてみることにしよう。」
「ええ!?ルーファス、相手は王国軍の最高位軍人だぜ?んな簡単に会えんのかよ!?」
「だから会えるかどうかはわからないと言ったろう?まあでもSランク級守護者として面会を申し込めば、なんとかなるんじゃないか?彼はギルドの件にも協力してくれているらしいし。」
ウェンリーは慌てていたが、俺の中でのライ・ラムサスの印象は、リヴの話を聞いてさらに変わっていた。
タイミングさえ合えば、彼なら俺の申し出に応じて喜んで会ってくれるような気がしていたのだ。
「ルーファス、もしライに会えたら、予の名前を出して刻印の話を聞いたと告げれば良い。ライの方もなぜそんなものが刻まれたのか、戸惑っていたようだからな。」
「ああ、そうするよ。」
俺はリヴに〝なるべく早く迎えに来る〟と約束し一旦別れを告げて、来た時と同じように転送陣を使ってルク遺跡に戻った。
その後安全な場所で昼食を取り、今度は王都を目指してルクサールを出発する。
ロックレイクに戻ればシャトル・バスに乗って行くこともできたが、できるだけパーティーとして魔物の討伐数を稼ぎ、ランクアップのためのポイントを稼ぎたかったので、少し時間はかかるがこれも訓練だと言って歩くことにした。
ここから王都までは徒歩で軽く半日以上の距離がある。あの戒厳令で慌ただしく立ち去ってからまだそれほど経っていないが、俺自身の状況は随分と大きく変わった。
それと王都ではライ・ラムサスに会うことの他にもう一つやることがある。それはアインツ博士達に聞いた、あるサプライズ情報を確かめることだ。
これは主にシルヴァンに深く関わることで…まあ、それは行ってから詳しく話すことにしよう。
そんなわけで、俺達はアラガト荒野を再び王都へと向かうのだった――
♢ ♦
ガタンゴトンと眠気を誘う車両の揺れに身を任せ、俺はいま近衛服の上から薄手のマントを羽織りあまり目立たないようにして、王城からラインバスで二十分ほどの距離にある公共施設へと向かっている。
昨日海神の宮で思っていた以上に身体を酷使したらしく、かなり疲れていたせいか俺は、一通り仕事を終えた後夕方に紅翼の宮殿へ戻るなり、倒れ込むようにして寝入ってしまったらしい。
おかげでせっかく戻ったのに、リーマにはまだ会いに行っておらず、気になってはいるものの、ルクサールへ救助隊を率いて駆け付けたイーヴ達に、喀血して血に染まったシャツを見られたため、トゥレンの過剰な心配が悪化して、こいつは全く俺の側を離れなくなってしまった。
こいつとはもちろん、俺の隣にどっかと座り、胸の前で両腕を組んで他の乗客に睨みを利かせているトゥレンのことだ。
俺はそこまで心配されなければならないほど信用がないのか?
…まあ実際、誰かに助けられなければ(俺を助けてくれたのはルーファスだったのではないかと思っているのだが)死んでいたかもしれないが…いや、待て、その後も海神の宮でリヴグストに出会わなければ、今頃どうなっていたかわからないのか。
――………。
トゥレンに離れろという前に、俺は俺の行動をもう少し注意するべきなのかもしれん。
とにかく車両の最後部にある広めの座席に俺とトゥレンは並んで座っているのだが、トゥレンは身体が大きく、がっしりしているため、俺は酷く窮屈に感じる。
だがトゥレンは俺目当てに近寄って来る若い女性も追い払ってくれるため、もう暫くこのまま我慢するしかない。
ポーン、と言う車内放送を知らせる音がして、俺達の目的地にほど近い停留所の名前が告げられる。
『まもなく公共区画前停留所に到着します。』
「お、ここで降りるのですね?ライ様。」
組んでいた両腕を解き、トゥレンが俺を見て当たり前のことを口にした。
「そうだ。さっさと立て、俺が出られん。」
「押さないで下さい、今動きますから…!」
俺は邪魔だ、と言わんばかりにこのデカい図体を背中からぐいぐい押してやる。俺よりも二十センチ近く身長があるのだからな、前も見えん。
まったく…一人で城を出て、用が済んだ後はリーマの所へ寄ろうと思っていたのに、こいつのせいで予定が狂った。…いっそのこと途中で姿を晦ませて撒くか?
「むっ――ライ様、今なにか良からぬことをお考えではありませんか?」
ラインバスを降りた途端、トゥレンがジトッとした視線を俺に向けた。
「…なに?」
「もしも俺を撒こうとかお考えでしたら、おやめ下さい。でないと今夜から俺の寝床をライ様の御自室に移させていただきますよ?」
「なっ…」
〝それはさすがにお嫌でしょう?〟と言って、トゥレンは俺に勝ち誇ったような顔で笑った。
ムカッ
「うるさい!!」
思わずムカッと来て腹が立った俺は、トゥレンの左足をドカッと蹴り飛ばす。
「痛っ!!なにも蹴らなくても良いではありませんか、冗談ですよ…!」
俺はトゥレンをその場に置いてとっとと歩き出した。
――俺との間に切っても切れない絆を得たトゥレンは、あれ以来こうして俺の心を見透かすような言動が時折目に付くようになった。
それを鬱陶しく感じる時もあるし、うるさく思うこともある。今のように腹立たしくもあるが…それでも俺は、こいつのことが嫌いではない。
ラインバスの停留所を降りて役所の前を通り過ぎ、商業ギルドや職人組合、シャトル・バスの運営会社など様々な公共施設が並ぶ通りを進むと、国で臨時に借り上げた三階建ての大きな建物が見えてくる。
ここは以前交易を営んでいた貴族所有の建物だったのだが、事業に失敗し、借金の形に売りに出されていたのを、ある理由から一時的に国が押さえることになったのだ。
その建物には、俺の命令で平民出身の守備兵から十数人を選び、入口や内部の警備に当たらせていた。
「これは…ラムサス近衛指揮官閣下!お疲れ様です!!」
入口に立っていた兵士が俺に気付くとビッと背筋を伸ばし、すぐさま敬礼をする。
「ああ、ご苦労。なにか問題が起きたりはしていないか?」
俺はここを利用することになった民間人のために、自らが命じた守備兵の人選に問題がないか、入口に立つ兵士を見て先ずは判断する。
「は!特に問題はありません。」
まだ若いが、なにもなくてもだらけた様子もなく、退屈な仕事だと感じている節も見られない。一先ず彼は合格だ。
「そうか。なにかあればすぐに近衛の詰め所へ連絡を入れろ。頼んだぞ。」
「かしこまりました!!」
それだけ言って俺は、トゥレンを連れて建物の中へと階段を上り足を踏み入れる。
一階は入口を入ってすぐがだだっ広いエントランスホールになっており、小さな子供達が走り回っても良いように、余計なものを一切置くなと命じてあった。
ここの奥には食堂やリネン室、備蓄室に倉庫、浴室やトイレなどが集まっているのだが、民間から募った無償で働いてくれる人々が忙しそうに動いていた。
俺はそのまま受付に向かうと、中で書類の整理や次々と入って来る支援品などを仕分けている女性に声を掛ける。
「忙しそうな所をすまない。足りない物資や人手に問題はないか?」
ざっと見回した感覚では、一部の守備兵も手を貸し、皆で協力して和気藹々とした雰囲気で、堆く積まれた物資を箱から出したり移動したりしている様子だった。
「ああっあなた様は…ライ・ラムサス近衛指揮官!!申し訳ありません、バタバタしておりまして…!!」
眼鏡をかけたそばかすの、二十代後半ぐらいの女性が慌ただしく俺に頭を下げる。
「ああ、気にするな。ここに入ったルクサールの避難民達から要望や不満は出ていないか?」
「はい、今のところ特に足りないものや大きな不満はないようです。と申しましても、まだ昨日入居したばかりですので、落ち着くまではまだかかるのではないかと。」
「…そうだろうな。要望や不満が出た際は、全て俺の元に届くよう手配してある。特に万が一軍属の兵士達から差別を受けたり、暴力を振るわれるようなことがあった場合、それが深夜であっても必ず俺が対応する。避難している人達にはそう伝えて、決して泣き寝入りをしたり、黙って我慢したりしないように説明してあげてくれ。」
「ラムサス近衛指揮官…ありがとうございます!!かしこまりました、私達ボランティアの人間が、心を込めてルクサールの方々をお世話させていただきますので、どうかご安心下さい…!!」
「ああ、よろしく頼む。」
――今の会話からわかったとは思うが、この建物はルクサールからの避難民150人ほどが入居する臨時の避難施設として利用されることになった。
俺がリヴグストの手を借りてジャンとマリナ達を連れ、地上に脱出した時、既に到着していた救助隊は、ルクサールが炎上する前に避難していた生存者達を保護していた。
その後原因を調査するための隊にイーヴとヨシュア、近衛の第三小隊を残し、俺とトゥレンは救助隊と共に王都へ帰還した。それが昨日の昼頃の話だ。
俺は戻るなりすぐに避難民を受け入れられる施設探しに動き、運良くこの建物が見つかったためすぐにここを借り上げ、所有者と長期の契約を結んで避難施設として利用できるように手配した。
当然警備や避難民の世話をする人間を急いで集めなくてはならなかったのだが、幸いにして俺の呼びかけに応じてくれる民間人は多く、すぐに人手が集まった。
だが俺には少し気懸かりがあって、警備を担当する者に、平民出身の差別意識のない人間を選ぶのに時間がかかってしまった。
ルクサールは見捨てられた街だと噂があった通り、そこの住民は皆痩せ細って貧しく、子供達は生きていくために集団で盗みを働いたりしており、王都民にはあまり評判が良くなかった。
そのため街が廃墟と化して住む場所を失ったにも関わらず、謂れのない差別を受ける可能性があったのだ。特に俺が心配だったのは、民間人による差別よりも、軍属の権力と武力を持った人種による差別だった。
俺はあの街の人達をこれ以上傷付けたくなかった。そのために警備を担う人間には特に気を使う必要があったのだ。
「――ライ様が昨日必死に手配されたおかげで、配属された兵士達と民間人、避難民の間では特に問題は起きていないようですね。」
トゥレンは俺の意を汲み、隅々まで目を光らせてくれている様子だ。
「ああ、少し安心した。…こんなことで罪滅ぼしになるとは思わないが、それでもなにもしないよりは良いだろう。」
「ライ様…」
二階から上は避難民達の住居として使われることになり、俺は階段を上がってジャン達がいるはずの部屋を探す。
ここを訪ねた目的は視察もあるが、なによりもジャンやマリナ達の様子を見ることにあった。
「ジャン達の部屋はどこだ?全員で暮らせるように、広めの部屋を割り当てて貰ったはずなんだが――」
「南東の奥にある部屋がそうではないですか?階層の地図を見ると大部屋があります。」
トゥレンの答えに俺は周囲を見回しながら、その部屋を目指す。途中擦れ違った兵士達は、俺とトゥレンに敬礼をし、民間人は軽く頭を下げて行く。
だが室内で力なく休む避難民達は、皆疲れ切った様子で虚ろな目をしており、その心中は察するに余りあった。
そんな中で、奥の部屋から明るい子供達の笑い声が聞こえてくる。
聞き覚えのある、複数の声だ。
俺はその声のする部屋へと近付いて行くと、少し開いた状態だった扉を叩いた。
「ジャン兄、誰か来たよ!!」
「ちょっと待て、今飯作ってて手が離せねえ!!じいちゃん、誰か来たってさ!!」
「あたちがでゆ〜っ!」
「待ってマリナ!!急ぐと転ぶからっ!!」
ばたばたと走り回る足音と声に、俺は思わず顔を綻ばせる。
「はーい、どなたでちゅか〜!?」
小さなその手が扉を開けると、俺を見たマリナが両手を広げて飛びついてきた。
「ライおにいたん!!」
俺は目を丸くして驚いた顔をしているトゥレンに構わず、笑顔でマリナを抱き上げると、ネイやヨハン、レゴ、アダム達に抱きつかれて揉みくちゃにされる。
そして少し遅れてフライパン返しを手に、破顔したジャンが顔を見せるのだった。
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