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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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73 結成、太陽の希望<ソル・エルピス>

ルーファスがマーシレスを手にした時、悲鳴を上げて気配が途絶えていたアテナですが、どうやらどこかに飛ばされていたようです。そこはアテナの知らない世界のようですが…?

        【 第七十三話 結成、太陽の希望(ソル・エルピス) 】



 ――そこは、荒涼としたなにもない大地が延々と続いているだけの、見知らぬ世界だった。

 空に太陽は輝き、白く流れる雲は浮かんでいるのに、そよぐ風に匂いはなく、踏みしめる地面はただの砂土で、なんの変哲もない小石が所々に転がり、どこからか水の流れる音だけは聞こえる。

 顔を上げると遙か彼方に見えるのは一直線の地平線だ。360度彼方まで続く見渡す限りの地平線…ここは真っさらでなにもないただの大地。

 少なくとも目に映る範囲に街影は愚か草木の一本すらも生えていない…瞬間、アテナは理解する。


 この世界に欠けている物…それは生命の息吹だ。当たり前のように空と大地と水はある。それなのに『生命』だけが存在していない。

 この場所は『死』の世界ではない。『生命』が存在していない()()の世界だった。


 ――ルーファスが闇の(カオス・)守護神剣(ガーディアンソード)マーシレスを手にした時に、体内に流れ込んで来た闇の力は、アテナの想像を遙かに超えて恐ろしく、純粋な命の塊…『魂』のみで存在していた彼女は消滅の危機に瀕した。

 死の恐怖と魂を引き裂かれる苦痛に悲鳴を上げたアテナは、その瞬間、あるはずのない自分の手を引っ張り、闇の力から『なにか』が自分を救い出してくれたことを微かに覚えていた。


 そして気付いた時にはこの世界に横たわっており、普段自分がルーファスの中で『自分』として認識している姿のまま目を覚ますことになったのだった。


「…ここは一体、どこなのでしょうか…?」


 身体を起こして立ち上がったアテナは、ルーファスの存在を感じるようで感じない、曖昧な状態であることに戸惑う。

 ただ以前ルーファスがグリューネレイアに行った時のような、孤独や恐怖はなかった。


「ルーファス様…ルーファス様、聞こえますか?…ルーファス様!!」


 虚しく響く自分の呼びかけに、ルーファスからの返事は帰って来なかった。ところが――


「ようやく目が覚めたようですね。」

「!?」


 すぐ後ろから突然聞こえた声に、アテナは心臓が早鐘を打つほど驚いて後退った。


 どこから現れたのか…さっきまで影も形もなかったのに、いつの間にか後ろに立っていたその人物は、春の日差しのような柔らかい金色の肩までの髪に、朱に金糸の縁取りと刺繍が入ったヘアバンドを身に着けた、清廉で白百合のような雰囲気を持つ凜とした顔立ちの女性だった。


 その女性は鮮やかな青い瞳を細めて優しく微笑みかけて来る。


「意識を取り戻したのなら早く元の世界にお帰りなさい。あまり長くここにいると、戻れなくなってしまいますよ。」

「お…お待ちください、ここはどこなのですか?あなたは…?」


 アテナの問いに女性は、スッと顔を上げ意志の強そうな瞳で、眼前に広がるなにもない世界を見た。


「この場所はある御方の深淵にある遠い遠い彼方の世界。誰からも隠され、誰も知ることのない秘された場所…ここを訪れることが可能なのは(わたくし)とあなただけ。」


 女性は再びアテナに視線を移し、首をほんの少し傾けて婉然と微笑んだ。


(わたくし)はラケシス。もう久しくどなたにも名乗っていませんが、あなたには覚えておいていただいた方がいいかもしれませんね…『アテナ』。」

「私を御存知なのですか…!?」


 まだ名乗ってもいないのに初対面の女性に突然名を呼ばれ、アテナは思わず驚きの声を上げた。

 だが不思議なことに、この女性…ラケシスに対して少しの警戒心も湧いて来ない。それはラケシスが身に纏っている雰囲気のせいなのか、感じ取る印象のせいなのかはわからないが、とにかく不信や疑念を抱くことは一切なかった。


 アテナの驚きに対して尚も静かに微笑むラケシスは続ける。


「聞きたいことは沢山あるでしょうけれど…ごめんなさいね、なにも答えることはできないの。あそこに金色に輝く光が見えるでしょう?あれを辿って行けば元の場所へ戻れるわ。さあアテナ、もうお帰りなさい。」


 ラケシスが指差した先に、宙を舞うなにかの結晶がキラキラと輝く一筋の光となって、この世界の果てまで続いていた。


「あの光を辿って行けばルーファス様のところへ帰れるのですか?ラケシス様――」


 確かめようとアテナは後ろを振り返った。…だがそこにはもう彼女の姿はなかった。


≪ いない…消えてしまわれた?≫


「――不思議な御方…ですがありがとうございます、ラケシス様。またお目にかかることがあるかはわかりませんが、いつかお礼を言わせていただきますね。…さようなら。」


 アテナはそう呟いて光を頼りに地を蹴り走り出すのだった。




               ♢ ♢ ♢


 ――考えてみればめちゃくちゃな日だった。


 元いたノクス=アステールから見知らぬ遺跡に移動して…その後1750年も前の過去に飛ばされ、光神と対峙してまた現代に戻り、今度は災厄と呼ばれる真紅の男とカオスに出会した。

 助けたくて必死だったリカルドにはパーティーを解消して去られ、アテナの気配は消えたまま戻らない。精神的ショックで呆然としていたら、七聖の一人だという『リヴグスト』と名乗る人物の声が耳に届き、俺を置き去りにしてシルヴァンは喜んだ。


 カオス戦は途中から記憶がないし…混乱しない方がおかしいだろう。


 シルヴァンの手当てを受けた後、暫くの間頭を整理するために一人の時間を貰った俺は、まだ痛みが残る左腕を気にしながら、その日は一日部屋から一歩も出ずにベッドでゴロゴロしてゆっくりと身体を休めた。


 夜になってウェンリーとシルヴァンに、俺がノクス=アステールから出ることになった経緯を話す。

 夜中にふと目を覚ましたら、部屋の様子がおかしくなっていたことから始まって、鏡の中に見知らぬ女性が現れたこと、その女性の頼みで出現した転送陣に飛び込み、遺跡らしき場所に移動したこと。

 移動した先では重傷を負って倒れていた瀕死の人間(それがライ・ラムサスだとは言わなかった)を見つけ治癒魔法で癒やし、そこがどこなのか辺りを探る前になんらかの外部干渉によって、過去の光神の神殿に飛ばされたということを話す。


 さらにそこでは発端となった鏡の中の女性に瓜二つのラファイエ(本人に間違いないと思うと付け加えて)に出会い、光神レクシュティエルの従者であるフォルモール、レウニオスの二人と戦って退けた後、光神本人が出現し侵入者として排除されそうになったのだが、駆け付けた誰かに救われ、その誰かが使用した時空転移魔法で現代のルクサール近くになんとか戻って来られたのだと告げる。


 現代に戻った後はリカルドがカラミティと戦っていた間に割って入ったものの、なんだか自分でもわからないうちにカラミティと共闘することになり、街中に現れた炎竜を倒した後で、マーシレスが目的だったらしいカオスと最終的に戦うことになった、とその全てを話して聞かせた。


 無理もないが、ウェンリーとシルヴァンは暫くの間絶句していた。


 俺の話でなければ信じられずに、夢でも見たんじゃないかと疑うところだ、そう言って二人は頭を抱えながら、離れていた一晩の間に俺がなにをしていたか…質問を交えながら整理していた。


 因みにシルヴァンから聞いた話によると、俺は過去単独行動をすることはあっても、誰かの目の前で突然消えるようなことはなかったらしい。

 つまりはアテナの言う自己管理システムによる転移現象は、七聖と一緒の頃には起きていなかったことになる。

 そのことから推測するに、俺に見知らぬ場所に飛ばされるというこの現象が起こるようになったのは、少なくとも七聖達が神魂の宝珠に封印された後になってからだということがはっきりとわかった。


 ――ひと通り俺の話が終わった後、今度は俺がカオスと戦っていた途中から全く記憶がないことの話に移った。


 ウェンリーもシルヴァンも、最大限俺に気を使いながら慎重に言葉を選び、あの場に到着した時目にした俺の状態を詳しく教えてくれた。


 ウェンリーがちらっと言っていた通り、あの時の俺は、遠巻きに眺めるカラミティの前で、確かにカオスと激しく戦っていたらしい。

 カオス三人の内二人は既に戦闘不能の状態で倒れており、残りの一人を相手に闇属性魔法を中心に使用しながら、マーシレスを自在に操って戦い、最終的には圧倒的な力で捻じ伏せることに成功したようだ。


 だが問題はその時のことを、俺が覚えていないということだけではなかった。どうやら俺は外見が普段と異なる状態に変化していたみたいだ。


 シルヴァンは一応先に、外見を変える変化魔法を使用した覚えはあるのか、と確かめて聞いて来た。あのカオスとの戦闘中にそんなことをしている余裕があるはずもないし、そもそも俺はそんな魔法を使用したことが一度もなかった。


 単に外見が変化したと言っても、一体どんな様子だったのか聞くと、その時の俺は漆黒の髪に紫紺の瞳をしており、顔は確かに俺なのだが、年令が7、8才は上に見え、昏く影のある雰囲気でウェンリーやシルヴァンを見ても反応が薄く、顔以外があまりにも違いすぎたために、てっきりカラミティになにかされたのだと思ってしまったという。


 カオスが敗走して逃げ去った後、シルヴァン達の前に歩いてきた俺は、無言でカラミティにマーシレスを返し、驚いて手を伸ばしたシルヴァンから、まるで触れられるのを嫌がるように後退った。その直後、一言も言葉を交わすことなく意識を失って倒れ、すぐに元の俺の姿に戻ったらしい。


 二人の話で特に俺が深刻さを感じたのは、ウェンリーの言葉を聞いた後だ。


 ウェンリーは俺がまるで別人だった、と口にした。中でも一瞬目が合った時に黒髪の俺が向けた視線は、普段俺がウェンリーやシルヴァンに向けるものとは全く違って、親愛の情が一切感じられない淡々としたものだったと言う。


 その衝撃がシルヴァンに、俺が世界から消えたのではないか、と言ったあの言葉を口に出させたみたいだ。


 俺はなぜそんなことが自分に起きたのか、原因を考えてみた。…一つだけ思い当たるのは、マーシレスを手にした時に流れ込んできたあの『強大な闇の力』だ。

 自分が闇に侵蝕されていくような…自分が自分でなくなっていくようなあの感覚…俺がおかしくなったのはそれが原因だったんじゃないかと思う。

 それだけで外見が変化し、年令や雰囲気までも別人になるなんて説明が付かないとは思うが、取り立ててそれ以外に今思い付く原因が浮かばない。


 シルヴァンはやっぱりカラミティかマーシレスになにかされたんじゃないか、という可能性を棄て切れないと言い張り、ウェンリーは本当に不安げな顔をして、今度なにかあったとしても、二度とマーシレスを持たないで欲しいと懇願した。


 そして最後はリカルドの話だ。


 リカルドがパーティーを解消して欲しい、と言って俺の元を去って行ったこと…シルヴァンはリカルドと二人きりになったここに来るまでの時間に、それらしいことを本人から聞いてなんとなく感じ取っていたと言う。

 その理由に付いてまではなにも話されなかったようだが、リカルドは〝ウェンリーには勝てない〟と諦めたように口にしていたことから、リカルドが去った理由はウェンリーに間違いないだろう、とシルヴァンは言った。当然ウェンリーは俺のせいにしやがって、と酷く憤慨していた。


 それから俺はリカルドが所持していた中剣が、実はマーシレスと同じ種類の『生きた剣』であり、『神界の三剣(みつるぎ)』と呼ばれるものだったことを話した。

 マーシレスは闇の(カオス・)守護神剣(ガーディアンソード)だが、リカルドの中剣は大地の守護神剣(グラナディアソード)といって、剣自らが『グラナス』と名乗ったことと、俺に『リュート・ディアス・ブルーフィールド』と言う名前に聞き覚えがないか、と尋ねられたことについても打ち明けた。


 念のためシルヴァンにその名前の人物を知らないか聞いてみたが、聞き覚えは全くないという。だとすると七聖が眠った後の俺に関わる人物なのかもしれない。

 なんにしてもこの話もこの時点で終わりだった。幾ら考えたところでリカルドは姿を消してしまったし、答えが出ることもないからだ。


 そうして俺はまた一度考えるのを止めて諦めることにした。…いつだってそうだ。焦っても苛立っても、どうすることもできないのだ。答えを探すのを諦めることには慣れていた。

 だけど今度ばかりは立ち直るまでにも時間がかかりそうだった。…リカルドがいなくなってしまったからだ。


 …心にぽっかりと隙間が空いたような気がしてならない。アテナとリカルド、二人分の、俺にとってはとても大きな隙間だ。



 ――明くる朝、寝ていた俺をウェンリーが慌てた様子で叩き起こした。


 ウェンリーは繰り返しすぐにアテナを召喚しろ、と寝惚け眼の俺に叫ぶ。アテナの気配は相変わらず戻っていないのに、なにを言い出すのかと思ったのだが、アテナはすぐ傍にいるのに、障壁のような見えない壁に阻まれて俺の中に戻れない、と訴えているんだと言う。

 どうして俺にではなく、声が聞こえないはずのウェンリーに言うんだ?と疑問が湧いたが、それは一旦脇に置いておいて、言われるまま急いで『神霊具現化<アニマ・インカーネイト>』を使用してみた。すると、俺の目の前に無事だったアテナが姿を現したのだ。


 アテナは俺の名を呼び、迷子になった幼子のごとく両手を伸ばして腕の中に飛び込んで来た。アテナは俺にしがみ付いて俺の姿が見えているのに、なぜか幾ら呼びかけても声が届かなかった、と泣きじゃくり、俺はアテナが無事だったことに心から安堵して、彼女を強く抱きしめた。


 お互いに少し落ち着いた所で俺はアテナに、これまでどうしていたのか詳しく話を聞くと、アテナはどこか見知らぬ場所に飛ばされていたらしい。

 そこで出会った『ラケシス』という名の女性に、帰り道を教えて貰ったのだという。一体どういうことなのかわからない点は多かったが、とにかくアテナが無事だったのだからそれでいいと思うことにした。


 アテナが俺の中に戻ったことで少し気を取り直した俺は、シルヴァンの強い提案を受け、近くにあるはずの『水の神魂の宝珠』の封印場所を探すことにした。

 手がかりは守護七聖の青『リヴグスト』が途切れ途切れに伝えて来た言葉だ。その片鱗から、ルク遺跡の地下から行けるという『海神(わたつみ)の宮』へ行ってみることになった。


 そして俺達はアテナを含めた四人で今後のことを色々と話し合い、意見がまとまると準備を整えてチェックアウトを済ませ、女将さんに挨拶をしてから宿を後にした。


 ルクサールへ向けてロックレイクを発つ前に、人目に付きにくい場所でもう一度アテナを召喚すると、彼女を連れて魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の支部を訪れる。

 ここの支部は小さな街のギルドらしくログハウス調の温かみのある建物で、中はこぢんまりとしていて本棚やいくつかのテーブルセットが置いてあり、支部責任者らしき年配の女性と、受付カウンターに担当の三十代くらいの女性がいるだけで、既に仕事に出ているのか守護者や冒険者の姿は他になかった。


 なぜ俺達が出発前に、態々実体化させたアテナを連れてここに立ち寄ったかと言うと、俺がこれからのことを考えてみんなにある強い要望を出したからだ。

 それのためにここを訪れた目的は二つあり、一つはアテナに守護者の資格試験を受けさせることだった。


 ウェンリーとシルヴァンはアテナと俺を守る観点から渋い顔をしたが、俺は今後アテナをなるべく実体化させた状態で連れて歩くことに決めた。

 そうすることでアテナ自身の成長を促し、早めに魂を守るための『器』…つまりは『肉体』を与えてやりたかったからだ。

 アテナはあの時、俺の中で魂だけの無防備な状態でいたために、マーシレスの強大な力で消滅の危機に瀕していたと言う。

 今回はなんとか無事だったから良かったものの、俺はもう二度と俺の取った行動でアテナを命の危険に晒したくなかった。


 以前から俺は合間を見てデータベースを参考に色々と調べてはいたのだが、アテナが個の存在として器を得る方法は恐らく、世界に存在する『霊力(マナ)』とアテナの魂そのものの『霊力(マナ)』を触れることで馴染ませ、様々な元素を取り込んで少しずつ姿形を形成して行くしかないだろうと思っていた。

 普通とは異なる生まれ方をしたアテナは、器を構成する元素を持たず、一度にそれを集めて形成しても魂と馴染むまでにそれなりの時間がかかる。

 そこで俺が魔力で構成した今の器でなるべく行動を取り、外界の霊力(マナ)に頻繁に触れながら元素を集めることで、今の器がそのままアテナの肉体となるように、俺が魔法術式を作り上げることにしたのだ。


 それに利用したのは光神の神殿で覚えたばかりの光属性古代魔法の一つ、『マナクリュスタルス』だ。

 この魔法の効果は不可知エネルギーの霊力(マナ)を元素体と結合させ、結晶を作り出すものだった。

 俺はまだ直接この魔法を使うことはできなかったが、構築術式の解読だけは可能だった。

 その一部をアニマ・インカーネイトの魔法術式と組み合わせ、アテナの器に必要な元素を取り込む魔法を作り出したのだ。

 後はアテナが個の存在として行動し続けるだけでいい。そうすることで遠くないうちに完全に俺の中から出て生きられるようになるはずだ。


 そのためにもシルヴァンと同じく先ずはアテナの身分証明を手に入れることにした。言うまでもなく最も手っ取り早いのは守護者になることで、ここへ立ち寄った俺の一つ目の目的はその資格試験の申し込みというわけだ。


 そして二つ目の目的は――


「リーダーはSランク級守護者『ルーファス・ラムザウアー』様、初期登録メンバーはBランク級守護者『シルヴァンティス・レックランド』様と、Cランク級守護者『ウェンリー・マクギャリー』様、パーティー名は『太陽の希望(ソル・エルピス)』でよろしいですか?」


 受付カウンターの女性は俺が記入した申請書類を具に見ながら、ハキハキとその項目を読み上げ、最後に顔を上げてにっこりと微笑んだ。


「ああ、それで登録を頼む。」


 俺は大きく頷いて了承の返事をすると、ほんの少し身体を動かし、腰に手を当てて軸にしていた足を右から左へと変える。

 別に悪いことをしているわけでもないのに、人の少ないギルドの受付というのは、なんとなく緊張してしまうのはなぜだろう。


「かしこまりました。――登録が完了しました、パーティーランクはAランクからのスタートです。今後とも引き続きご活躍を期待しております。」


 申請書類を情報登録機器に翳して読み込ませると、あっけなく秒で登録が完了し、恐らくはモニターに表示された情報を見ながら、女性は丁寧にそう言った。


「…ありがとう。」


 ――そう、たった今完了した、俺を筆頭とした新規パーティーの登録申請だ。


 リカルドがああ言った以上、多分その日のうちに手続きが終わっているだろうとは思ったが、ここへ来て最初に確認すると、思った通り昨日付けで俺とリカルドのパーティーは既に解消されていた。

 その解消理由は、リカルドの『体調不良』による一身上の都合となっていた。


 一方的にこうなってしまった俺自身としてはやはり悲しく寂しかったが、もうどうすることもできない。


 もしかしたらリカルドは、今後の俺達のことを考えた上でこの結論に至ったのかもしれないが、このことによって俺は新しく自分のパーティーを作ることが可能になった。

 今まではリカルドがリーダーで、俺はその相棒としてリカルドの名前を冠しただけの二人パーティーで登録されており、リカルドの許可がなければシルヴァンやウェンリーをメンバーとして同じパーティーに組み込むことができなかったのだ。


 ギルドに登録してパーティーを結成する…その利点は色々とあるが、俺の一番の結成目的はメンバーの世間的な信用の獲得と保護だ。

 俺は現在Sランク級守護者としても、トップハンターであるリカルド・トライツィの相棒(もう元、だが)としても守護者としての実績と信頼を既に得ている。

 だが身元がはっきりしているウェンリーは除外しても、シルヴァンとこれから守護者になるアテナは、守護者資格(ハンターライセンス)のID<存在証明>以外に身元保証の可能なものがなにもない。二人を知る人間は極限られた者しかおらず、いざという時に頼れる人間が誰もいないに等しいのだ。


 それは今後封印を解くことになる他の守護七聖達も同じだ。だから先のことも考え、俺が度々リカルドの名前に救われたように、今度は俺の名前でシルヴァンやアテナを守ってやれるようにしたかった。そのために話し合って新しくパーティーを結成することに決めたのだ。


 パーティー名は『太陽の希望(ソル・エルピス)』。千年前、俺が守護七聖を集め、暗黒神と戦っていた時に利用していた象徴としての名前だった。

 正直に言えば俺は別の名前にしたかったのだが、〝自分達から "希望" とかつけるのって恥ずかしくないか?〟…そう言った俺の意見はシルヴァンによって拒否された。

 ウェンリーやアテナもシルヴァンの案に同意して、多数決でこの名前に決まったのだ。まあ大事なのは名前よりも行動だし、とウェンリーに宥められ、結局は仕方がないと諦めさせられた。


 俺は受付してくれた女性に礼を言って、パーティーの登録証明となる三人分のIDカードを受け取ると、受付カウンターを離れ、掲示板を見ているシルヴァンとウェンリー達の元へ戻った。


「終わったのか?」


 両手を胸元で組んで、依頼が張り出されている掲示板の前に仁王立ちしていたシルヴァンが、その腕を解いて俺に身体ごと向き直る。

 ウェンリーはアテナと備え付けのテーブルに並んで座っていて、アテナが資格試験の申請書に記入するのを手伝っていた。


「ああ。IDカードを返す。一番上の欄にパーティー名が記載されているだろう?なにかの時にはこのカードが必要になるから、無限収納の貴重品にしまって絶対に失くすなよ。」

「承知した。」

「了解。」


 俺はウェンリーとシルヴァンに、それぞれIDカードを手渡しながらそう念を押した。この二人には細かく注意しておかないとすぐに紛失しそうだからだ。…返事だけは早いんだけどな。


「やったぜ、これで俺らは正式に新パーティーを結成できたんだよな?」

「…ああ。」

「ふむ…パーティーとしての初期ランクはAランクか、まずまずだな。」


 ウェンリーはとても嬉しそうで、IDカードをしまう前に顔の前に掲げてパーティー名を見ながら破顔し、シルヴァンは口元に右手の握り拳を運んで、満足げにうんうん、と頷いている。

 俺はパーティーランクが『A』と決定したことを受け、必要なことの簡単な説明をした。


「パーティーランクの最高位はSSS(トリプルエス)ランクだ。当面の目標はSランクに昇格すること。そのためには高難易度の依頼を結構な数、熟して行く必要がある。これからは頻繁にギルドに立ち寄るから、常に掲示板を見るようにしてくれ。俺達に完遂可能なSからアンノウンクラスの依頼を中心に受ける。それとアテナは資格試験に合格したらすぐにメンバーとして登録すればいいからな。」

「はい、わかりました。パーティー名は『太陽の希望(ソル・エルピス)』…やはりいい名前ですね、ルーファス様。」


 アテナは記入し終えた書類を手に椅子から立ち上がると、俺を見てその大きな瞳を輝かせながら顔を綻ばせた。


「…俺はできれば別の名前にしたかったんだけどな。」


 目線を斜め下方向に落とし、ボソリと俺が呟くと、透かさずシルヴァンが反論する。


「なにを言う、我らのパーティーは()()()この名でなければならぬ。他の七聖達もきっと我と同じ意見だと思うぞ。」


 …なにを根拠にそう言うんだか。


「…そうか…?」


 納得できずに疑いの声を出すと、今度はウェンリーが俺を呆れたようにあしらう。


「まだ言ってんのか…諦めろってルーファス。もう登録したんだし、昔はこの名前で活動してたんだろ?その再結成ってわけじゃねえけど、後から合流する七聖にもわかりやすくていいじゃんか。」


 シルヴァンから名前の案にこれが出た時、真っ先に賛成したのはウェンリーだった。名前の印象が明るくて聞き心地が良く、覚えやすいから気に入ったんだそうだ。


「まあそう言うことにしておくよ。…それで、俺が言ったような内容の依頼は見つかったか?」

「うむ、これなどはどうだ?」


 再び掲示板を見てシルヴァンは、目の前の依頼票を人差し指でトン、と突いて示した。


〖 緊急討伐/アラガト荒野ロックレイク南西に出没の水棲海獣アーケロン/Sランク 〗


「水棲海獣アーケロン?魔物じゃないのか。」

「ああ。だが肉食で魔物に負けず劣らずかなり凶暴だ。通常は海に棲んでいて滅多に陸地には上がって来ないのだが、稀に池や湖に棲みつくこともある。どこから現れたのかはわからぬが、巣を追い出されるかなにかで群れから(はぐ)れたのかもしれぬな。」

「――なるほど、ここから場所も近いし、おあつらえ向きだな。これにしよう。」


 俺は依頼票を掲示板から剥がし、アテナの資格試験の申請書と一緒に受付カウンターに持って行った。手続きを済ませてアテナが資格試験用のカウンター(討伐数計測用の記録機器)を受け取れば、これでここでの用事は終わりだ。


「よし、準備は整ったな。アテナの資格試験を熟しがてらルクサールに向かうぞ。」

「心得た。」

「了解。」

「わかりました。」


 三者三様の返事を聞いて頷き、俺達はロックレイクを後にする。


 門を出たアラガト荒野には、昨日の未明どこにも見当たらなかった魔物が戻って来ていた。

 アテナの資格試験用の魔物討伐は、歩きがてら出会したものを討伐することですぐに達成が可能だ。それもアテナは一人でさっさと戦ってちゃっちゃと数を稼ぎ、あっという間に終わらせる。


 俺はアテナの単独での戦いぶりを見て、その動きからアテナには剣才もありそうだなと思った。手にしているのはアテナが魔力で作り出した、チャクラムという投擲武器だが、それを双剣や片手剣に変えても十分行けそうだ。

 ただ前衛は基本的に俺やシルヴァンがいるので、アテナにはウェンリーと一緒に後衛を任せる。まあ役割は今までとさして変わりないかな。


 やがてロックレイクから南西に三十分ほど歩いた辺りで、目的の討伐対象『アーケロン』を見つけた。

 だがそこで俺達は思いも寄らない状況に出会す。討伐依頼対象の大型海獣と、なぜかエヴァンニュ王国軍らしき複数の軍人達が戦っていたのだ。


「ルーファス、あの制服…近衛隊の制服だ。」

「ああ、苦戦しているな…アテナ、ウェンリーは負傷者と軍人達の撤退補助を頼む。アーケロンの相手は俺とシルヴァンが先行するから状況を見て後から合流してくれ。」

「了解!」

「はい、お任せ下さい。」


 俺達は急いで駆け付けその戦闘に割って入る。互角か若しくはそれ以上なら任せて見守っているのでも良かったのだが、到底そんな雰囲気ではなく、明らかに苦戦していたからだ。


「我らは守護者だ!ここは任せ、貴殿らは撤退せよ!!」


 シルヴァンはアーケロンと軍人達の間に入りそう叫ぶと、アーケロンの攻撃を引き付けるために斧槍を手に斬り込んでいく。

 俺は指揮を執っていたとみられるこの隊の隊長らしき人物に、声を掛けようと相手を見た。


「助かった、守護者か…!貴殿は――」

「!――あなたは…」


 その人物と目が合って一瞬目を見開く。その顔に見覚えがあったからだ。


 ――負傷した兵士を庇い、海獣を追い払おうと奮闘していたその人物は、王宮近衛副指揮官のイーヴ・ウェルゼンだった。


「俺達は緊急討伐の依頼を受けて来ました、ここは引き受けます。」

「わかった、よろしく頼む。近衛隊撤退!!ヨシュア、全員下がらせろ!!」

「了解!!」


 ウェルゼン副指揮官は素早く傍の負傷兵に肩を貸し、戦域を離脱して行く。俺は彼らがウェンリーの手を借りて、安全な位置に下がるのを確認してから本格的に戦闘へ突入した。


「背中に巨大な甲羅…かなり頑丈そうだな。」


 攻撃を引き付けながら、既に結構な打撃を叩き込んでいたシルヴァンの横に並んで呟く。アーケロンは固い甲羅を背中に持つ、亀の様な外見の海獣だった。


「なに、ひっくり返せば腹側は柔らかいぞ。」


 海獣の噛み付き攻撃をひょいひょい避けながら、シルヴァンが楽しそうに笑ってそんなことを言う。少し頑丈そうな(まと)を見ると、色々な攻略法を試したがるのはシルヴァンの悪い癖だ。


「あんな丸っこくて重そうなのどうやってひっくり返すんだよ、面倒臭い。水棲生物は光属性の雷に弱い、魔法で攻撃した方が早いだろう。おまえの斧槍に属性を付加するから、正攻法で行くぞ。」

「ぬう…つまらぬ。敢えて固い甲羅を叩き割るとか、ひっくり返して腹側を突くとか、少しぐらい遊び心というものをだな――」

「シ・ル・ヴァ・ン〜?」


〝それ、本気で言ってるわけじゃないよな?〟と顳顬(こめかみ)に青筋を立てながらシルヴァンに冷たい視線を向ける。こちらに余裕があると見るとこれだからな、時と場所を選んでくれと言いたい。…まあ遊びのつもりじゃなく、訓練の一環だというのはわかっているんだが。


「対水棲海獣戦闘フィールド展開。『バスターウェポン、エンチャント光属性付加』『フォースフィールド』。ウェンリー達が合流する前にとっとと倒す、遊ぶなよ。」

「心得た。」


 ――そう言えば…あの後ライ・ラムサスはどうしただろう?


 『鬼神の双壁』の片割れがここにいると言うことは、すぐ近くにいるんだろうか?彼に治癒魔法を施した後、意識が戻る前に俺が過去に飛ばされてしまい、それきりになってしまったけど…


 俺がラファイエの転送陣で飛ばされた先に、ライ・ラムサスが倒れていたのは偶然だったんだろうか。

 結局ラファイエが誰のどんな行動を止めて欲しいと言っていたのかも、はっきりとはわからず仕舞いだったな。

 

 ふとそんなことを頭の中で考えながら俺は、目の前の巨大海獣を倒すべく魔力塊を練り上げて雷魔法を放つのだった。


遅くなりまして申し訳ないです。夏が苦手です。暑いです。なんとか負けずに頑張ります。次回、また仕上がり次第アップします。

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