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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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72 海神の宮 ④

海神の宮、宝物庫から海獣の巣へと飛ばされたライは、ジャンを見つけ出します。打ち合わせ通り、リヴグストと合流するために、出口を探そうと動き出しますが…?

         【 第七十二話 海神の宮 ④ 】



 ジャンの手を引いて岩屋の通路から中央の円形広場に戻ると、俺は今度は岩屋ではない場所へと続く通路を探し、安全を確認してから同じような岩床が続くその先へと足を踏み入れる。


 アーケロンはかなり大型の海獣のようだから、恐らくここのような細い通路で出会すことはないだろう。後は他に魔物がいなければ――


 ――そう思ったが、甘かった。


 キキキッ


 三体のアクアバットと二体のアクアスライムがどこからともなく現れた。だが丁度いい、ここで俺はアクアスライムを解体して真水を補給することにした。

 ここを出るまでにどれくらい時間がかかるかわからないし、ジャンは攫われた際にボトルをなくしてしまい、水を持っていなかったからだ。


 ジャンを守りながらアッサリと魔物を倒した俺は、時間をかけて魔物を解体して行く。ジャンは興味津々で目を輝かせ、俺が解体用のナイフで捌いて行くのを覗き込んでいた。


 ついさっきまで泣きべそをかいていたとは思えないな。


 そんなジャンを見て俺は、ジャンが俺に全幅の信頼を寄せ、安心しきっているのだと思い、少し嬉しくなった。


 俺は無限収納から予備のボトルを取り出し、それにアクアスライムから採取した真水を入れると、ジャンに差し出した。


「真水だ、ジャン。この水は安全だから飲めるぞ。喉が渇いているだろう。」

「え…い、いいよ俺…まだ我慢できるし。」

「だめだ、飲める時に飲んでおけ。」


 思った通りジャンはアクアスライムから採取した水だと言うことで、口にするのを躊躇い尻込みしていた。

 俺は自分のボトルにもそれを注ぎ、ジャンの目の前で先ずは自分が飲んでみせる。…思っていたよりもずっと美味い。確かに純水に近く、魔物から採取したとは思えないほどさらっとしていて飲みやすかった。

 俺が飲んで見せたことで、ジャンも思い切ってそれを口に運ぶ。…口に含んだ瞬間、やはり喉が渇いていたのか、ごくごくとそれを飲み干した。


 俺は空になったジャンのボトルに残りの真水を入れ、補給を済ませると立ち上がった。


「守護者ならこんな風に、魔物から飲料水や食材を確保できなければ困ることになるんだぞ?」

「そ、そっか…うん、覚えておくよ。」


 真剣な表情で頷いたジャンの頭をくしゃりと撫でると、俺はまたその手を引いて歩き出した。…その時だ。


『ライ、聞こえるか?リヴだ。』

「!?」

 突然頭の中にリヴの声が響いた。


「リヴ!?」

『ああ、良かったさすが識者だ、予の思念伝達も問題なく受け取れるようだな。』

「思念伝達?」


 俺はわけがわからず、横でキョトンと不思議そうに見上げるジャンを尻目に、リヴの姿を探した。てっきり近くにいるのだと思ったからだ。


『言っておくが予の姿を探しても近くにはおらぬぞ。あまり深く考えるな、共鳴石による通信のようなものだと思え。子供とは無事に会えたか?』

「ああ、一緒だ。セイレーンの術も解け、怪我もない。」

『そうか、それは重畳、今どこにいる?』

「どこって…地下牢のような岩屋が複数ある円形の広場から、その先の通路を少し歩いてきた所だ。」

『まだ遠いな…少し問題が起きた。予がいるのは宮の転送陣から入って来たすぐの場所なのだが、ここに侵入者対策の結界障壁があって、予の魔力が通らぬ上に、どうやっても先に進めぬのだ。』

「…つまり俺達のいる場所には来られないと言うことか?」

『うむ、そうなる。それで脱出するに辺りその手順と注意点を教える、良く聞け。』


 ――リヴの話はこうだ。


 俺達が今いる場所からもう少し進むと、アーケロンの抱卵場があり、そこには海獣の卵と(メス)のアーケロンが複数いるが、卵を傷付けたり、成体に手を出しさえしなければ静かに通り抜けることで大きな問題はないという。

 そこを抜けると比較的広めの曲がりくねった通路があり、そこには水棲魔物が普通に出現するが、一本道で迷うこともなく、魔物だけが相手なら倒して通れば済む。

 だがこの通路にはアーケロンの幼獣が彷徨いており、見つかれば確実に襲ってくるため戦闘は不可避で、その上幼獣を倒すとアーケロンに敵対存在と認識される特殊な匂いが振り撒かれるのだという。


『問題はその先だ。その通路を進むと、アーケロンの居処に出る。そこにいるのは成体と幼獣で、一歩足を踏み入れた途端に襲ってくるだろう。だがそこを切り抜けられれば、予が今いる場所に辿り着く。』


 俺は一度魔物がいない岩屋の広場に戻り、ジャンへの説明を交えながら、リヴと綿密な計画を立てることにした。


 まず、アーケロンの居処に入る前に、通路で魔物と戦い、ライトニング・ソードの魔石に最大まで力を溜めておき、それを居処に入った瞬間に放出する。

 ライトニング・ソードの電撃は最大威力だと、たとえアーケロンでも数秒間は身体が痺れて動けなくなると言う。

 その隙に入ってすぐ右側の壁伝いにひたすら走り、リヴが待つ通路を目指す。リヴがいる場所から俺達のいる場所へと続く、通路への出入り口は見えており、その距離は約100メートル強で、結界障壁は俺達の側からリヴのいる側へ、一方通行で通り抜けることが可能らしい。

 幸いなことに、アイテムの魔法石は結界障壁を通すことが可能で、リヴは手持ちの魔法石を使ってアーケロンを牽制し、援護してくれるそうだ。


「…一か八かの命がけになりそうだな。」

『うむ、だがそれしか方法がない。このアーケロンの巣の結界障壁はアーケロンと魔物の出入りなど、細かく識別する性質を持っている。非常に精度が高く、定められた転送陣からでなければ巣の外には決して出られぬからな。』

「わかった、肝に銘じておこう。…ジャン、作戦は理解できたか?」

「う、うん…けど俺…」


 ジャンは明らかに青ざめた顔をしていた。恐らく怖がっているのだろう。俺はこんな状況で、薄っぺらい気休めなど言った所で無駄だと知っている。だからもう一度ジャンに言い聞かせた。


「怖いか?正直に言って俺も怖い。おまえの命が懸かっているからな、心配するなと言えないのが情けないが…それでも俺は俺の命に代えてもおまえを守る。おまえを守り、ここから脱出して、ルク遺跡で待っているマリナ達も必ず助け出す。」

「マリナ…そうだ、俺達にはマリナ達の命も懸かってるんだよな…!」


 俺の言葉に、ジャンはマリナ達のことを思い出して勇気を奮い起こしたようだった。…それでいい。弱気になった時も、自分を待つ誰かのことを思えば、人は立ち向かう強さを奮い立たせることが出来るものだ。それは俺も同じだった。


 こんなところで死んだら、ついて来るなと置いて来たトゥレンに、それこそ死んでも恨まれそうだ。それに…


『気をつけて行ってらっしゃい、早く戻ってね。』


 笑顔で俺を送り出してくれたリーマの顔が頭に思い浮かんだ。


≪ 早く王都に帰って、リーマを抱きしめたい。≫


 そう思うことで、俺も腹を括った。


『――行けそうか?』

「ああ、大丈夫だ。」

『では結界障壁の前で待っておる。そちの姿を確認次第、援護に入るから任せよ。…気をつけてな。』

「ありがとう、頼んだ。」


 リヴの存在が心底頼もしかった。もし俺になにかあっても、リヴの元に辿り着きさえすれば、リヴはきっとジャンを助け、マリナ達のことも救い出してくれる。そう思うことで俺自身肩の力を抜くことが出来たのだ。


 俺とジャンは再び移動を開始し、教えられた通りに抱卵場へと進んだ。そこには二メートル近くもある巨大な海亀が、一体につき1〜2個の砂に埋められた卵を守り、複数体地面に座り込んでいた。


 ――これがアーケロンか…!


 その巨体に俺はゴクリ、と息を呑む。


 眠っているかのように微動だにしない海亀達は、傍を静かに通り過ぎる俺達には全く気付かないようだった。

 この場所もやはり岩を刳り抜いたような洞穴になっており、反対側の壁はリヴが言ったような障壁で仕切られているせいなのか、海中にも関わらず水が完全に遮断されていた。そこから海亀達は外へと出入りしているようだ。


 俺はジャンの手を引いて音を立てないよう慎重に歩き、なんとかそこを無事に通り抜けた。


 壁伝いに歩いて細い通路に入ると、そこからは徐々に通路が広くなり、足早に先へ進んで行くと、シュリーガンとフライフィッシュが二体出現した。

 俺はジャンに背後に気をつけるよう言って少し下がらせ、戦闘を開始する。


 フライフィッシュは突進攻撃を避けてから、飛び上がってのジャンプ切りで叩き落として一突きに、シュリーガンは口管を振り回し歯舌から毒針を飛ばしてきたが、それを剣で弾いて外殻の隙間から本体を貫く。

 魔物を倒すとすぐにジャンの手を掴んで俺はまた走り出した。だが程なくしてまたすぐに魔物と出会す。


 この分なら魔石に力を溜めるのは問題ないが、それを維持した状態で魔物を倒しきる方が困難だった。

 再び魔物を退け、ジャンの手を引いて先へ進む。


 単体で出現した魔物は蹴散らし、駆け抜けるように進むと、居処のすぐ手前で、アーケロンの幼獣に進路を塞がれた。


 グゴゴ…グモモウ…ッ


 不気味な牛の声のような音を立て、その幼獣は餌!!と言わんばかりに襲いかかってきた。

 その躯体は一メートルに満たない大きさだが、思ったよりも動きが速く、地面を蹴って突進攻撃を仕掛けてくる。倒さずに駆け抜けられれば一番良かったのだが、身体から長く伸びた首が、容赦なく口を開けてこちらを喰らおうと、ガチンガチン歯を鳴らしてくるために、俺はジャンを守るのが精一杯だった。


 ――逃げるのは無理だ。…やはり倒すしかない…!!


 俺は回避を諦め、魔石の力が最大に達したのを確認すると、長く伸びた幼獣の首を横から叩き落とした。


 ドンッ…


 ゴロゴロゴロ、とそれが地面に転がり、あっけなく倒れた幼獣の首の切り口から、体液が周囲に噴き出す。…次の瞬間、周辺の空気が一斉にさざめいた。


 アーケロンが幼獣の死に気付き、動き出したのだ。


 空気を震わせる海獣達の咆吼が響く。…なるほど、これでは隠れて動くなど到底無理だ。


「行くぞジャン、右の壁伝いにひたすら走れ!!」

「わ、わかった!!」


 目の前の開けた居処に向かって駆け出すと、一歩足を踏み入れた瞬間にライトニング・ソードの力を解放する。


 カッ…バリバリバリバリイィィィッッ


 それは地面に近い高さを迸り、放射状に駆け抜ける雷撃となってアーケロン達に襲いかかった。


 ゴオオオオオオオオッ


 地鳴りのようなアーケロン達の悲鳴が辺りを揺らす。


 すぐさま俺も地を蹴ってジャンの後に続くと、リヴが待つ通路へと全力で走った。


「ここだ!!ジャン、ライ!!急げっっ!!」


 リヴは魔法石を結界障壁の中からアーケロンに向かって投げつけ、援護を開始した。投げつける度に炎が上がり、小雷撃が迸る。


 ――俺は未だかつて僅か100メートルほどの距離が、ここまで遠いと感じたことはない。

 訓練であれば本来ものの数秒ほどで駆け抜けられる距離なのだ。それなのに…


 俺の目の端で、前を走るジャンを狙うアーケロンの巨大な頭が、口をガパッと開けるのが見えた。

 あと僅か二メートルほどだ。二メートルほどで、リヴの元に辿り着けるのに、間に合いそうになかった。


 俺は恐怖で目を見開いたジャンに、後ろから手を伸ばし、その痩せた身体を包み込むと、アーケロンの巨大な口に背を向けて死を覚悟した。


 ――俺に、もっと力があれば…せめて、リヴのように魔法が使えれば…ジャンを守り切れたのに。

 力が欲しい。大切なものを守り切れるだけの力が。


 …リーマ…イーヴ、トゥレン…ヨシュア――…すまない、俺はここまでのようだ――


 そう思った瞬間、俺の背中で()()()()()()()()()()()


 カカッ…


 パキン…バキバキバキバキイィィ…


 ――結界障壁の中にいたリヴの目の前で、ジャンを腕の中に抱え蹲ったライの背中から、真紅に輝く閃光が光り輝いた。


 その光は禍々しい色の靄を噴き出し、巨大なアーケロンに襲いかかると、直後にその身体を頭からバキバキと音を立て石化させて行った。


「な…――」


≪ なんだこの力は――!?≫


 驚愕したリヴがライに目を向けると、ライの背中に紅く光る紋様が浮かび上がっていた。それはまるで紅い焔の花が開くように輝いている。


 ブオオオオオオオオッ


 アーケロンの悲鳴にハッとなり、我に返ったリヴは、ライに叫ぶ。


「今だライ!!走れっ!!!」


「!!」


 リヴの声に俺は、ジャンを抱きかかえたまま立ち上がり、結界障壁の中へとわけもわからず倒れるようにしてなだれ込んだ。


 ズザザアッ


「はあはあはあっ…ジャ、ジャン…大丈夫か…!?」


 ――助かった…のか?どうやって…


 身体を起こし、アーケロンの居処を振り返った俺の目の前で、石化したアーケロンの巨体がガラガラと音を立てて崩れていく。

 その周囲で混乱したように右往左往しながら、アーケロン達は奥に見える障壁の壁から次々と海中へ逃げ出して行った。


「海獣が石化している…!?リヴが助けてくれたのか!?」

「――…いや…そうではないのだが…」


 歯切れの悪い口調でリヴはなぜか困惑しているようだった。


「ライ、さん…俺達、助かったの…?」

「ああ、もう大丈夫だ。」


 なにがなんだかわからなかったが、俺もジャンも生きている。少なくともリヴと合流できたのだ。俺は俺にしがみ付くジャンを強く抱きしめた。


「…と、とにかく場所を移そうぞ。この転送陣から直接予の寝所に転移できる。もう命の心配はないから、安心せよ。」


 俺達はリヴの後について行き、転送陣に入るとリヴと一緒にその寝所へと転移した。


 フオンッ…シュシュシュンッ


『お帰りなさいませ、リヴ様〜!!』


 その場所へ着くと、デズンが待ち構えていたかのように出迎えてくれた。薄暗いアーケロンの巣から、いきなり明るい場所に出て、俺とジャンは目が眩みそうになる。


「ま、眩しい…!!」

『人間!!チビも…無事だったんだな!!』


 ぴゅうう〜っとアギに乗ったパキュタが飛んできて俺の周囲を飛び回る。


「ああ、パキュタ…ありがとう、おまえのおかげでジャンを助け出せた。」

『いいってことよ!!おう、良かったなあチビ、もう安心だぞ。ここは安全だからな!!』

「??あれ…パキュタ…いるの?俺、また見えねえし声も聞こえねえんだけど。」

『あちゃ〜おいらの術が切れたか。むう〜ん、ほれっ、こいつでどうだ!?』

「あっ見えた!!どうなってんの??」


 どうやらパキュタがなんらかの手段で認識させないと、ジャンにはやはりパキュタの声も聞こえず、姿も見えないようだ。


「疲れただろう、ライ、そこのテーブルに簡単な食事を用意してある、ジャンと少し休むといい。」

「ああ…すまないリヴ。ジャン、なにか腹に入れて来い、俺はリヴに事情を話してマリナ達を助けられないか相談してみる。」

「あ…うん、わかったよ。」

「…予はライにも向けて言ったつもりだったのだがな。」

「俺はいい。問題が完全に解決しない限り、どの道なにも喉を通らん。俺達がここに来ることになった事情を聞いて貰えないか?リヴ。」

「もちろんだ。だがその前に――ライ、服を脱いでそちの背中を見せよ。」

「なに!?」


 突然のリヴの言葉に、驚いた俺はギョッとして身構えた。


「服を脱げとはなんだ、いきなり…背中?」

「重要なことだ。そちのその様子だと、まるで気付いておらぬようだしな。さあ、早く。」

「…??」


 あまりにも真剣なリヴの様子に、俺は首を傾げながらも言われるまま服を脱ぎ、背中を見せた。

 リヴは俺の背中を見るなり顔色を変えて声を上げる。


「――やはり『刻印』…しかもこれは…っ…」

「刻印?俺の背中になにがある!?教えてくれ、リヴ!!」

「…水鏡よ。」


 フオン…


 リヴは俺の前に揺らめく水の鏡を出現させ、そこに俺の背中を映し出した。


「――な…んだ、これは…」


 それに映し出された自分の背中を見て、俺は目を疑う。そこにはまるで紅い色の入れ墨で肌に彫り込まれたような、見たことのない紋様が刻まれていたからだ。


 紅の炎の様な先端が四方に伸び、その合間合間に剣の切っ先のような鋭い形が突き出した円形の模様…周囲には小さな文字の様なものが刻まれ、それが丁度心臓の裏側辺りにくっきりと浮かんでいる。


「見えるか?これは『刻印』と呼ばれる魔法の呪印だ。」

「魔法の呪印…!?ど、どういうことだ、なぜこんなものが俺の背中に…!?」

「落ち着け、順を追って話す。先ずはライ、そち…『真紅の男』に出会(でくわ)したことがないか?髪と瞳が鮮やかな紅い色をした、死人のような肌の異様に美しい男だ。」「…!!」


 俺は驚いてリヴに、あの男を知っているのか、と聞き返した。するとリヴは長い大きな溜息を吐き、やはりか、という表情を浮かべて憂色を濃くした。


「そもそも俺とジャンがここに来ることになった原因の発端は、ルク遺跡に封じられていたと思しき禍々しい青黒い(つるぎ)と、その真紅の男に出会したことにある。あの剣とあの男は一体何者なんだ?」

「――その禍々しい(つるぎ)の名は『マーシレス』。〝無慈悲〟という意味の名だ。それは闇の(カオス・)守護神剣(ガーディアンソード)と言う恐るべき力を持つ剣であり、それと共に封印されていたのであろう真紅の男は『災厄』…『カラミティ』と呼ばれている。」

「災厄…カラミティ…――」


 あの恐るべき力を持った真紅の男が、災厄…!?俺は、封印されていたその〝災厄〟が解き放たれた瞬間に運悪く出会したのか…!


「…あれに対峙して良く無事でいられたものだ…驚いたぞ。」

「無事?剣を掴もうとした男を止めようとして壁に叩き付けられ、死にかけたがな。気を失っていてうろ覚えだが、誰かに治癒魔法で命を救われなければ、今頃俺はここにいなかっただろう。」


 多分俺を助けてくれたのはルーファスだと思うが…確証はない。


「ほう…それは運が良かったな。かなりの激痛を伴う施術なのだが、おそらくは意識を失っている間に刻まれたのだろう。

 命があったのは幸いだが、それが持つ意味次第では良かったと言えるのかどうか…その『刻印』とは、施術者がなんらかの目的を持って他者の身に刻むものだ。特定の条件で発動し、様々な効果を発揮する。

 今回発動したのは『石化』…条件は恐らく、『生命の危機』だと推測する。他にも発動効果や条件がありそうだが、それ以上は施術者に聞かねばわからぬ。

 そちの刻印を見た限り今、予にわかるのはそれを施したのは災厄…つまりはカラミティだと言うことだけだ。」

「なっ…」


 俺は驚いて絶句した。俺を一撃で瀕死に追いやったあの男が、俺の背にこの刻印を刻んだ…?なんのためにだ…!?


「なぜそんなことがわかる…?」

「刻印の特徴だ。真紅の焔の外円に、マーシレスの刀身を示す刃の印…中心に刻まれたものはカラミティの紋章だ。…間違いない。」


 続けてリヴはさらに俺が衝撃を受ける言葉を告げた。


「それとだな、そちに自覚があるのかどうかわからぬのだが…そちの身体には古い大きな三つの封印がかけられておる。その内の一つは痕跡を残すだけで既に解除されているようだが…過去誰かに封印魔法をかけられた記憶はないか?」

「封印!?い、いや…ない、そんな記憶はない…!!」


 封印…封印とはなんだ…俺の身体に、封印がかけられているだと…!?そんな…――


「ふむ…。」


 リヴはそれきり暫くの間沈思黙考し、俺は俺で頭が混乱して気が動転した。


 そんな俺の様子を見て、心配したジャンが傍に駆け寄って来る。ジャンは俺の背中を覗き込み、酷く驚いていた。

 俺はジャンから隠すように脱いだ服を手早く着ると、気にするな、と言って無理に笑う。


 俺の背中の刻印はカラミティというあの真紅の男が刻んだもので、俺の身体には古い大きな三つの封印がある…?その内の一つは既に解除されていて、痕跡を残すのみになっている…リヴはそう言った。


 封印…どんな?俺のなにを封印しているんだ…!?


 動転した頭の中で、ふとあのネビュラと、ネビュラの言葉が思い浮かんだ。


『やあライ、久しぶりだね。』『…その様子じゃあやっぱり覚えていないか。』『うん、それでいいんだ。』


 記憶…ネビュラ・ルターシュを覚えていなかったのは…まさかあの言葉は――


「リヴ、俺の身体にある封印は、もしかして俺の記憶を封じていないか…?」

「そんな心当たりがあるのか。…だがすまぬ、そこまで詳しくはわからぬのだ。予の〝龍眼〟はそちの体内にある三つの魔法陣らしきものが視えるのみだ。それも予には〝視える〟だけで、その封印を解くことは出来ぬ。…知らせぬ方が良かったのやもしれぬが…」

「――いやそんなことはない。混乱してはいるが自分のことだ、知らない方が良かったとは思わない。」

「…そうか。」


 ――その後も話を聞く内に、リヴは俺とジャンがこの宮に入った当初から、『遠見』という力で俺の身体に施された封印が視え、俺が識者だということもあり、なんのためにここを訪れたのかと興味を持ったのだということがわかった。

 そのリヴの興味が幸いし、俺達は関わりを持つことができ、ルイーバに攫われたジャンを助けることもできたのだ。結果としては良かったのかもしれないが、複雑な思いに駆られたのは言うまでもない。

 だが今封印のことや刻印のことを考えた所で答えが出るはずもなく、俺はここを訪れた当初の目的を打ち明け、ルク遺跡でヘイデンセン氏と幼い子供達が助けを待っているのだと、ようやくリヴに話すことが出来た。


 その上で俺がなんとかみんなを助け出す方法がないかと尋ねると、リヴは造作もない、と言って快く協力を申し出てくれた。


 俺とジャンはデズンとパキュタに心から礼を言って別れを告げ、ここにある転送陣でリヴと一緒にルク遺跡に戻ることになった。

 元々ルク遺跡と地下遺跡、海神の宮にリヴの住居などその全ては転送陣で行き来が出来るようになっていて、その仕組みを知っているリヴがいれば簡単に移動可能なのだそうだ。

 その上、リヴは『転移魔法石』という特殊な魔法石を所持していて、それを使えば地上に一瞬で出ることが可能なのだという。


「もっと安全な場所まで送ってやりたいのだが、予にはまだ色々と制限があって、宮から遠くには行けぬのだ。すまぬな。」

「なにを言う、あなたには感謝してもしきれない。…本当にありがとう、リヴ…いや、『海神(わたつみ)リヴグスト・オルディス』。」


 俺がそう言って頭を下げると、リヴはほんの一瞬目を丸くした後、微笑んで〝予はまだ海神(わたつみ)ではないのだ〟と少し寂しげに返した。


 ルク遺跡に戻るとマリナ達は俺とジャンを見るなり、泣きながら駆け寄ってきた。かなりの時間がかかってしまい、みんな相当心細かったのだろう。

 俺はヘイデンセン氏に事情を話し、リヴを紹介すると、地上では大きな異変が起きているらしく、話し合った結果、ルクサールから少し離れた場所にリヴの転移魔法石で送って貰うことになった。


「最後に一つ言っておく。ライよ、予とそちが出会ったことには、きっとなにかの意味がある。予はそんな気がするのだ。ずっと以前、予の大切な御方が言っていた言葉があってな、『全ての出会いと人同士の関わりにはなにかしらの意味があり、小さな(よすが)にも他者に断ち切れぬ深い絆が紡がれるもの』なのだそうだ。いつかまた会うことがあるかはわからぬが…どうかその言葉を覚えておいて欲しい。」

「ああ、覚えておくよ。」


 なぜリヴが俺にそんなことを話したのか良くわからなかったが、俺はその言葉を心に留め、大きく頷いた。


 そうして俺とジャン、ヘイデンセン氏と幼い子供達は、ようやく全員無事に地上へと脱出することが出来たのだ。だが…


 ――夜が明け、すっかり明るくなったルクサールの街の前で、俺達は呆然と立ち尽くす。

 空に立ち昇る幾筋もの黒い煙と、鼻に付く焼け焦げた煤の匂い…たった一晩で見る影もなくなった街の風景に言葉を失う。

 俺達がルク遺跡に閉じ込められていた間、一体なにがあったのか…ルクサールの街は、完全に消えて無くなっていた。


「「「ライ様!!」」」


 聞き慣れた複数の声に俺は後ろを振り返る。


「良かった…ご無事でしたか!!心配しました…っ!!」

「ヨシュア。」


 泣きそうな声でそう言ったヨシュアと、イーヴ、トゥレンが俺の元に駆け付ける。顔を上げて見回すが、既に傍にリヴの姿はなかった。


「なっ…ラ、ライ様、そのシャツの大量の血痕は一体…!?」

 サーッと音を立ててトゥレンの血の気が引いて行く。

「どこかお怪我をなされておられるのですか!?」

 イーヴまでもが慌てたように顔色を変えた。


 その二人を見て、俺は自分が無事に生きて帰れたことをようやく実感し、思わず顔が綻ぶのを感じた。


「――心配は要らない、俺は無事だ。」


 …こうして俺のルクサールでの、長い長い一日は終わりを告げた――




                ♦ ♢


 バンッ


「ルーファス!?」


 ――部屋の扉を大きな音を立てて開け放つと、すぐにウェンリーとシルヴァンが飛び込んで来た。

 俺はズキズキと痛む左腕を右手で押さえ、消えて行ったリカルドの悲しげな顔を思い出しながらベッド脇に蹲る。


『リュート・ディアス・ブルーフィールド』


 …その名前に覚えはない。だけど多分俺はその名前を知っている。ただ思い出せないだけだ。


 大地の守護神剣<グラナディアソード>〝グラナス〟は、リカルドのことを『ディアス』と呼んでいた。

 それは、リカルドがその『リュート・ディアス・ブルーフィールド』という名の人物であることを表している。


 ――俺はなにがなんだかわからず、混乱して俺を呼ぶウェンリーの声も、シルヴァンの声も一切耳に入って来なかった。


 どうして…リカルド、どうしてなんだ…なぜ俺の前からいなくなる…!?


 胸が締め付けられるような痛みと悲しみに襲われ、気付けば目から涙が溢れていた。

 その悲しみが、リカルドを失ったせいなのか、それとも別の理由からなのか…その時の俺にはわからなかった。


「ルーファス、どうしたんだよ!!なんで泣いてんだ!?」

「腕…左腕が痛むのか!?見せてみよ!!」


 青ざめた顔でシルヴァンが俺の服を剥ぎ取り、すぐに左腕をグイッと引っ張り上げた。


「うあっ…!」


 痛い!!感じたことのない激痛に、俺は顔を歪ませる。


「――馬鹿な…これは刻印…!?なにが…ルーファス、なにがあった!?これはリカルドに刻まれたのか!?」


 シルヴァンが驚愕の表情を浮かべて、俺に物凄い剣幕で尋ねる。


「刻…印?…わからない…リカルドが俺の知らない呪文を唱えて…でもリカルド…リカルドは、消えた…。多分もう戻って来ない――」


 俺はシルヴァンの腕にしがみ付き、顔を伏せた。胸が痛む…苦しい。


「ウェンリー、階下へ行ってあるだけの氷を貰って来てくれぬか!?」

「わかった、行って来る!」


 ウェンリーは慌てて部屋を出て行った。


 俺の左腕から、幾筋もの血が流れていた。どういう仕組みになっているのかわからないが、俺が自分で治癒魔法を施してもその傷は癒えず、まるで魔法に反発するかのように痛みが増すだけだった。


「ぐ…っう…」

「止めよルーファス、刻まれた直後は治癒魔法も効かぬ!!印が完全に浸透するまでは傷を悪化させるだけだ…!!」

「これは…外的な傷じゃないのか…?」

「違う。刻印とは魂に刻まれる呪印だ…!それだけに激痛を伴う。」


 ――魂に刻まれる呪印…どうしてそんなものを…


「リカルド…」


 程なくしてウェンリーがバケツ一杯の氷を持って戻って来た。シルヴァンはすぐに氷水にタオルを浸し、俺の腕に宛がう。

 急速に熱を持っていた腕が冷やされ、痛みが和らいで行くような気がした。


「なんで…ルーファスがこんなに痛がるなんてあり得ねえ…!あの野郎、なにしやがったんだ…っ!!」

「ああ、許せぬ…絶対に許せぬぞ…!!アーシャルめ…よくも我が主を傷付けたな…っ!!!』

 激昂したシルヴァンの首から上だけが、瞬く間に銀狼に変化した。

「うおっ!?お、落ち着けシルヴァン!!頭!!頭だけ銀狼になってるって!!」

「――……」


 顔を真っ赤にして嚇怒するシルヴァンと、慌てふためくウェンリーを…俺はぼんやりとどこか遠くのことのように見ていた。

 二人ともリカルドがいなくなったことは気にならないのか…俺はこんなに胸が痛くなるほど悲しいのに、二人にとってリカルドは『仲間』じゃなかったんだな…。


 そう思うと尚更悲しくなった。


 どうしてこんなに悲しいのか…別れを告げられても、もう二度と会わないと言っていたわけじゃない。俺は滅亡の書(ルイン・リベル)に書かれていたことを回避し、リカルドを助けられた。それなのに、まるで永遠にあいつを失ったかのような気がするのは…どうしてなんだろう。


 少しずつ左腕の痛みが和らいで行く反面、気分が沈んで落ち込み始めたその時、俺の耳に〝それ〟が届いた。


『――予の〝君〟…ソル殿…予の声が聞こえませぬか…!?』

「…?」


 俺はその声に耳を傾け、顔を上げた。


『リヴグストにございます…!ソル殿…っ!!』

「――リヴグスト…?」


 ソルって…俺のことか?


「この声…リヴ!?リヴか…!!」

「へ…?」


 その声はウェンリーには聞こえず、なぜかシルヴァンの耳には聞こえたようだった。


『――ルヴァンティス……ク遺跡の……下から、海神(わたつみ)の宮へ……』


 それだけ聞こえた後、その声はブツリ、と途切れた。


「シルヴァンの名前を呼んだ…?今のは――」

「リヴだ…リヴグストの声だった!ルーファス、守護七聖<セプテム・ガーディアン>が青、リヴグスト・オルディスの呼びかけだ…!!近くに水の神魂の宝珠があるのだ…!!」

「え…」


 嬉しそうにそう言ったシルヴァンに対し、俺は突然のことに、まだ全く頭が追いついていけなかった。




                ♢ ♦


 ――ネビュラは思う。気配を悟らせず、疲れ切って泥のようにベッドで眠るライの寝顔を見つめながら、どうしてこんなことになったのか、と。


 正直で正義感が強く、心からライを思うトゥレンと闇の契約を結ばせ、ライの守りはもう安心だと思った。それなのに、僅か一日…たった一晩、トゥレンが傍を離れただけで、ライは背中に()()()()()()()()を刻み込まれて帰って来た。


 見つかったのだ。ライは〝あれ〟に見つかってしまった。ぼくのライ…可愛いライ…守ると約束したのに。レインと約束したのに。


 ネビュラはポタリ、と涙を零す。これからのライの身を案じて。


 油断するんじゃなかった。せっかくマスターとの繋がりで、力が増していたのだから、イーヴ()()()に構わず、傍にいて自分で守れば良かったのだ。…人任せにしたから、ライを守り切れなかった。


 ネビュラは悔やむ。こうなった以上、まだライの傍を離れることは出来ない。再びマスターの存在を近くに感じても、自分の存在を知らせることはまだ出来なくなった。


 ライを守らなければ。ライに〝あれ〟を近付けてはならない。


 そうして気付く。――自分の番はまだなのだ、と。


 ――マスターは言った。


 然るべき時が来たら、〝定められた順番〟に封印を解きに行く、と。


 たとえすぐ近くに存在を感じても、その時でなければ、マスターは迎えに来ない。


 そのことに気付き、ネビュラは微笑む。


 ぼくの役目はまだ終わりじゃない。ぼくの役目は、ライを守ること。ライは渡さない。決して〝あれ〟には渡さない。


 ネビュラは眠るライに誓う。


 大丈夫、ぼくがいるよ。ライ…ぼくが必ず、君を守るからね――

  

ライが意識を失っている間に災厄が施したと思しき刻印の意味は…?奇しくもルーファスはルーファスで、消えたリカルドによって刻印を刻まれたようですが…?次回、仕上がり次第またアップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!ブックマーク、感想など頂けると嬉しいです。

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