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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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68 分かたれた道

ルクサール近くに到着したウェンリーとシルヴァンの前に、戦闘フィールドを見つめるカラミティが立つ。ルーファスを探して尋ねた二人に、目の前で戦う漆黒の黒髪を持つ人物を指し示しました。カオスとの戦闘に決着が付き、ゆっくりと歩いてきたその人物は…

         【 第六十八話 分かたれた道 】



 ――漆黒の黒髪に紫紺の瞳…ルーファスよりも7、8才は年上に見える、その落ち着いた雰囲気と、影のある昏い目にウェンリーとシルヴァンは言葉を失う。


 どこからどう見てもその顔は確かにルーファスだった。それなのに髪も瞳も雰囲気もまるで別人だ。目の前でカオスと戦っていたのはこの人物に間違いない。そしてシルヴァンがルーファスはどこだ、と尋ねたのに対して、カラミティは戦闘中だったこの人物を指して、見ればわかるだろう、と答えた。


 いったいこれはどういうことなのか…ウェンリーとシルヴァンは暫くの間、この漆黒の黒髪を持つ、ルーファスと同じ顔をした人物をただ呆然と見つめていた。


 その静寂を破り、口を開いたのはシルヴァンが先だった。


「……ルーファス…なのか…?その黒髪は一体…――」


 シルヴァンがその肩に触れようと近寄り手を伸ばすと、漆黒髪のルーファスは、スイッとそれを避けるように後ろへ下がり、声を掛けたシルヴァンではなく、その後方にいたウェンリーを紫紺の瞳で一瞥した。その直後、まるで憑き物が抜け出るように突然ガクンと膝から崩れ落ち、一言も発することなく倒れ込む。


「ルーファス!!」


 ガシッ


 シルヴァンはすぐに手を伸ばしてその身体を支えると、腰を落とし、駆け寄ったウェンリーと二人でルーファスを地面にそっと横たわらせた。だがそれだけでは終わらず、続く異変に二人の目が釘付けになる。

 ルーファスの身体が薄く仄かな光を発したかと思えば、頭の先からススス…と黒髪が銀色に変化して行ったからだ。そうして一瞬でその顔付きまでもが変わって行く。

 それは一見姿形を変える変化魔法のように見えるが、魔法とは全く異なる変化の仕方をしており、ウェンリーはともかく、シルヴァンには一目でそれとは違うものだと言うことがわかった。


「ルーファスの、銀髪…元に戻った…?」

 ウェンリーは指先で、眠っているかのように目を閉じたルーファスの頬をなぞると、そのまま束ねられた銀色の髪を抓んで目を凝らした。


≪――いつもの銀髪だ…どうなってんだ…?魔法、とか…?けど顔つきとか雰囲気まで変わるとか…あれじゃまるで別人だろ…≫


 一方シルヴァンは立ち上がってカラミティの胸ぐらを掴み、ルーファスになにをした、と猛烈な勢いで食ってかかる。なぜなら、守護七聖<セプテム・ガーディアン>であるシルヴァンが、あの黒髪のルーファスからは自分との間にあるはずの『魂の絆』を全く感じなかったからだった。

 それなのにたった今外見が変化してそこに横たわっているのは、確かに(あるじ)であるルーファスに間違いはなく、なにが起きたのかわけがわからずに混乱してしまい、カラミティがルーファスになにかをした、としか思えなかったのだ。


 しかしカラミティは顔色一つ変えることなくなにも答えず、その態度からなにを聞いても無駄だと悟ったシルヴァンは、腹立たしげにその手を放すと、せめてなにがあったのか説明しろ、と声を荒げた。


 そんなシルヴァンとカラミティのやり取りなどどうでもいいかのように、ウェンリーはルーファスが特に怪我などしていないことを確かめると、いつもそうやって朝起こすのと同じように、ルーファスの名前を呼んで身体を揺する。


 ウェンリーにとってはルーファスが気を失っていることの方が心配で、なにが起きたのかは後で考えればいい、とにかくルーファスが本当に自分が良く知る普段のルーファスに戻っているのか、それを確かめる方が先だろ、とルーファスの意識を取り戻すことを一番に考えた。

 それと言うのも、ほんの一瞬、自分と目が合ったあの紫紺の瞳は、いつも自分に向けられる優しいルーファスのそれとは全く違っていたことに、ウェンリーは酷く不安になっていたからだった。




「ルーファス…起きろよ、ルーファス…おい!」


 ――…ウェンリーの声…ウェンリーが俺を呼んでいる…?


 深い、深い意識の底で、どこか遠くから、俺の名前を呼ぶウェンリーの声が聞こえる。


「ルーファス…!!良かった目え覚ました…!!」


 目を開けると、そこには俺の顔を覗き込むウェンリーの濃い琥珀色の瞳と、ホッとしたような笑顔があって…なぜかその後ろに、明るくなり始めて白んだ空とそれを覆う灰色の雲が見えた。


「…ウェンリー…?」


 俺は一瞬、どうして自分がこんな所に横たわっているのか理解できなかった。


 ウェンリーの温かな手が俺の背中に当てられ、支えられてゆっくり身体を起こすと、すぐ傍でシルヴァンがカラミティに向かい半ば怒鳴るような声でなにか言っているのが聞こえた。


 ――ええと俺は…どうしたんだっけ…?…確かカオスの三人とマーシレスの力を借りて戦っていて…それから……


 そうだ、カオス…!!


 ハッと我に返り周囲を見回すと既にその姿はなく、闇に身体を蝕まれるあの感覚もすっかり消えて元通りになっていた。


「カオスはどうしたんだ…!?カラミティ、マーシレス…!!」


 慌てて立ち上がりカラミティに近付こうとした俺を、すぐにシルヴァンが腕を伸ばして押し止めた。


「シルヴァン?」


 顔を上げてそのシルヴァンを見ると、酷く険しい顔をしていて、カラミティに対してなにか怒っているように見える。


「――なにも覚えておらぬか。…なるほど。」

「……?」


 シルヴァンを押し退けてカラミティの方から近付いてきて、前屈みに俺の顔を覗き込むと、そのままじっと人の目を見つめて来た。


「…な、なんだ…?どういう意味――」

『よせ、カラミティ。時間の無駄だ、今は放っておけ。』

 ブウン、とマーシレスが光を放ち、腹立たしげに言い放った。


「もうこれ以上ルーファスに近寄るな…!」


 シルヴァンはピリピリして神経を尖らせ、カラミティと俺の間に無理矢理割って入ると、俺の腕をグイッと引っ張り、自分の後ろに下がらせた。


「待てシルヴァン、カラミティは俺の敵じゃない。ずっと助けてくれて…」

 俺はシルヴァンの腕に触れ、これまでの事情を話そうと口を開いた。ところがその瞬間にギロッという擬音が聞こえて来そうなほどの、物凄い怒りの籠もった目で睨まれ、思わず俺はたじろいでしまい、言葉を飲み込んだ。


 ――ああ…そう言えば、二人に黙ってノクス=アステールから姿を消した形になるんだった。…忘れてた…。


 まずい、これは相当心配して怒っているな、と俺は一先ず口をつぐむことにした。うっかりなにか余計なことを言って、火に油を注ぐことになりかねないからだ。


 カラミティは無表情のまま一度シルヴァンを一瞥すると、俺の耳元に顔を近づけ、小声で俺にだけ聞こえるように囁いた。


「今暫くの間、うぬのことは七聖に預けておく。『鍵探し』は任せよ〝レインフォルス〟。」

「え…?」


 それだけ耳打ちした後、カラミティは一度も俺を振り返ることなく空に舞い上がると、そのままあっという間にどこかへ飛び去って行った。


 ――レインフォルス…って言ったのか?鍵探し…なんのことだ?…わけがわからない。


「ルーファス大丈――」


 呆気に取られた俺にウェンリーが手を伸ばし、多分〝大丈夫か〟と尋ねようとしたんだと思う。だけどその言葉が耳に届く前に俺は、いきなり左腕を強く引っ張られ、シルヴァンの右手で左頬を強く平手打ちされた。


 パンッ


 左耳にキーンと耳鳴りがして、痺れるような痛みが顔の左側表面に走った。


「…シルヴァ…」

 まさか引っ叩かれるとは思わず、驚いて目を丸くし、向き直ろうとした俺を、直後にシルヴァンは強く抱き寄せる。

 俺はその腕が微かに小さく震えていることに気付くと、想像以上に心配をかけたのだと反省し、シルヴァンに心から悪いと思った。


「――…ごめんシルヴァン…かなり心配かけたんだな、俺…悪かったよ。」


 シルヴァンの腕の中に顔を埋めて、とにかくまずは謝る。俺はこの時初めて、シルヴァンが俺のことをどれほど大切に思ってくれているのか、身に染みて感じた。

 その反面、俺がシルヴァンに関して、まだ思い出せていないことがあるのだと気付いて、とても辛かった。

 そうでなければシルヴァンがここまで俺を思ってくれる理由に、なにも思い当たることがなかったからだ。


 ――多分俺が思い出せている守護七聖主(マスタリオン)と守護七聖<セプテム・ガーディアン>としての関係だけじゃない…他にもきっと俺達の間に、俺が思い出せていない絆があったんだろうな。


 シルヴァンは力を緩めて俺を放すと、首を振って右手の掌を自分の額に当て、目を伏せた。その様子から、かなりの動揺が見て取れる。


「いや…謝らなくてもいい、叩いてすまぬ。(あるじ)が此度のように、突然一人でいなくなることは昔から度々あったのだ。だが今回は…さすがに肝が冷え、動揺した。カオスを相手に戦ったと言うことだけでなく、我は一瞬、あなたがこの世界から消えてしまったのかと…」

「ええ?…はは、それはいくらなんでも少し大袈裟だろう。俺は不老不死なんだし、おまえ達を置いて消えたりするはずがない。」


 なにを言ってるんだ、と俺は笑い飛ばそうとした。当然ウェンリーも一緒にそう笑ってくれるとばかり思ったのに、二人とも深刻な顔をしたまま俺を見るだけで、俺は戸惑ってしまった。


「――マジでルーファス、なんも覚えてねえのかよ。…あのな、ルーファス、おまえさっき…」

「よせ、ウェンリー!それはルーファスがどうやってここに来たのか、なにがあったのかも合わせて後でゆっくり話をする必要がある。…とにかく場所を移すぞ。ノクス=アステールに戻るか?」

「え?ああ、いや…ルクサールにいたリカルド達を探したい。リカルドが無事なのか確かめたいし、渡したいものがあるんだ。」

「わかった、ならばルーファスはここでウェンリーと待っていよ。我が連中の匂いを辿り、探してくる。」

「あ、おいシルヴァン…!」


 シルヴァンは俺の返事も聞かずに銀狼化すると、そのままあっという間にまだ炎が燻るルクサールの街に走って行った。


 ウェンリーもシルヴァンも少し様子がおかしい…?カラミティもなにも覚えていないのか、と言った。…カオスと戦っていた時に、なにかあった…?


 俺は急に記憶のない自分がなにをしたのか不安になり、ウェンリーを問い詰めた。


「ウェンリー、なにを言いかけたんだ?俺がさっき、なんだと言おうとした?カオスがどうしていなくなっているのか、おまえは知っているのか?」

「ルーファス…ん、知ってる。俺らがここに来た時、まだおまえはカオスと戦ってたから…そんでカオスはおまえに倒されて、多分転移魔法で逃げてったんだ。」

「――俺が倒した…?カオスを?」


 覚えていない…途中から記憶がない。本当に俺が倒したのか?あの連中を?


 アテナ、俺が本当にカオスを倒せたのかな?………アテナ…?


 返事がない。そこで俺は未だにアテナの気配が戻っていないことに気付き、慌てた。


「…アテナ……アテナ!?」


 思い出せる限りではマーシレスの力が俺の中に流れ込んだ時、悲鳴を聞いたのが最後だ。アテナ…返事をしてくれ、アテナ…!!


 俺は必死で自分の中にいるはずのアテナに何度も呼びかけた。だけど幾ら呼びかけてもアテナからの返事は帰って来なかった。


「アテナがどうしかしたのか?」

「わからない…マーシレスを手にした時に、俺の中に闇の力が流れ込んで来て、アテナが悲鳴を上げたんだ。…それっきり俺の中からアテナの気配が消えたまま戻って来ない…!」

「マーシレス…あの剣だよな、闇の守護神剣<カオス・ガーディアンソード>だっつう――」


 アテナになにかあった?…まさかアテナが消え…――


 俺は愕然とした。


 どうしてアテナがいなくならないと思い込んでいたんだろう。俺の中で生まれたから?俺と同じように俺の魔法が使えるから?だからなにがあっても無事でいると?…どうしてそんな風に勝手に思い込んでいたんだ…!!


「ウェンリー…アテナが、アテナが戻って来ない…!!俺のせいだ、アテナに止められたのに、俺がアテナの声を無視したから…アテナが消えてしまった…!!!」

「お、落ち着けってルーファス!!もしかしたらルーファスと同じで気を失ってるだけかもしんねえだろ!?暫くしたら目を覚ますかもしんねえし、きっと大丈夫だって…!!」


 ウェンリーはそう言ってくれたけど、俺は激しく動揺して狼狽えた。


 俺の中で生まれたアテナは、俺にとって娘のようなものだ。記憶を失う前の俺が自分で構築した、自己管理システムの中から生まれたというアテナ…それはきっと奇跡のような出来事で、もし本当にいなくなってしまったのなら、多分もう…二度と会うことは不可能だろう。


 アテナ…



 …それから程なくして、シルヴァンがリカルドを背中に乗せて俺の所に戻って来た。


 リカルドはかなり憔悴しきった顔をしていて、疲れている様子だったけど、怪我は治癒魔法で回復したと言い、他のアーシャル達はスカサハとセルストイを除いて既に全て本拠地に帰したと告げた。あの二人はどこか近くで待機しているらしい。


 俺は無事だったリカルドの顔を見て心底ホッとしたのと同時に、それを聞いてすぐ、俺が大切に持っていたル・アーシャラーの第二位、第六位、第七位三人の宝玉を手渡した。

 リカルドはありがとうございます、と言ってそれを仕舞い弱々しく微笑むと、視線を落とし俯いたまま、俺に話したいことがある、と沈んだ声で言い出した。


「…ルーファス、周囲の監視を行わせていた下級使徒から、もう間もなくエヴァンニュ王国軍の救助隊と調査隊がかなりの数、こちらに到着すると報告がありました。炎上していたルクサールもほぼ全焼してしまい、後は自然に火が消えるのを待つしかないので、事情を聞かれると面倒ですし、この近くにあるロックレイクという村へ場所を移しませんか?」

「ロックレイク…確か湖が近くにある小さな村だったよな。宿泊設備のあるギルドはなかったと思うけど、落ち着ける宿はあるのか?」

「ええ、小さいですがきちんとした宿が一軒だけあります。」

「俺らそのロックレイクから来たんだけど。」


 ウェンリーは頭の後ろで手を組み、顔と視線を斜め右下の方に逸らし、また戻るのかよ、とでも言いたげに呟く。


「それなら転移魔法石がある、ノクス=アステールに戻った方が安全であろう。ウルルも心配していたしな。」

「いえ…すみませんシルヴァンティス、今の私はその転移魔法による移動に身体が耐えられそうにないのです。出来れば近くの村の方でお願いしたいのですが…だめでしょうか…?」


 俺はそれを聞いて、そこまで具合が悪いのなら話をするどころじゃないだろう、とシルヴァンに頼み、リカルドをロックレイクの村まで運んで貰うことにした。


「俺とウェンリーは先に転移魔法石で飛んで宿を手配しておくから、シルヴァン、あまり揺らさないようにリカルドの身体を気遣って欲しい。頼むよ。」

『…不満はあるが仕方があるまい、ウェンリー、ルーファスから目を離すなよ。』

「ん、任せろ。」


 俺とウェンリーは、リカルドを乗せたシルヴァンが先に出発するのを見送ってから、渡された転移魔法石でロックレイクの村に移動した。


 シュシュンッ


 俺とウェンリーが到着すると、すぐ目の前に人影が見える。


「うわあっ!!…なんだ、またあんたか、その転移魔法石ってのは心臓に悪いな…!」

「あ、さっきの…悪い悪い、急いでたもんだからさ。」


 ウェンリーは手刀を顔の前に立てると、村人らしき男性に笑って謝った。その男性は俺を見て首を傾げる。


「あれ?なんかさっき一緒にいた人はもっとガタイが良かったような…」

「あれは別人!こいつも守護者だから。あ、因みにSランク級な。」

「えっSランク級!?そいつは凄い、それじゃルクサールが炎上してる原因はやっぱり魔物だったのか?」

「ん?ああ、魔物もいたらしんだけどさ――」


 男性と話し始めようとしたウェンリーを遮り、俺は間に割って入った。


「驚かせてすみません。あの…体調の良くない仲間がもうすぐここに来るので、休ませるために宿を探しているんですが、どこにありますか?」

「そりゃ大変だ、それなら――」


 俺はその男性に宿の場所を聞くと、お礼を言ってすぐにその場を離れる。宿はこの目の前の通りをもう少し行った所にあるらしかった。

 ウェンリーは男性との話を適当に切り上げ、すぐに俺の後を追いかけて来る。


「ウェンリー、あんまり俺のランクを大っぴらに言うなよ、恥ずかしいだろう。」

「え?何でだよ、信用されるし、頼られるし、悪いことねえじゃん。」

「そう言う問題じゃない。聞かれてもいないし、必要もないのにこっちからひけらかすようなものじゃないんだ。守護者であることを名乗るのは構わないけど、とにかく今後は俺のランクをあんな風にすぐに言うな。…頼むから。」

「…ちえ、わかったよ。」


 不満げに口を尖らせるウェンリーは、きっと守護者として周囲に認められるようになって嬉しいんだろう。だけどランクを触れ回ることで思わぬ足止めを食うことだってある。

 例えば今ここですぐ近くに変異体でも現れようものなら、すぐさま村人達は俺達のことを思い出し、こちらの都合などお構いなしに助けを求めてくるに違いない。

 そうなれば俺は対応しないわけにはいかなくなるし、具合の悪いリカルドのことも放って出なければならなくなるだろう。

 それだけでなく、今の俺は連戦を熟してきたばかりで、身体は大丈夫でも精神的にあまり余裕がない。

 ウェンリーは気付いていないようだけど、大勢のアーシャルが散って行った所を目の当たりにしたばかりだったし、なによりもアテナを失ったことがかなり応えていた。


 ウェンリーの周囲を気にしないマイペースなところや、気鬱を吹き飛ばす明るさはなによりの長所だけど、今の俺には…少しだけ厳しいかな…。


「あ、あったあそこだルーファス。」


 通りを2、3分歩くと、こぢんまりした温かみのある雰囲気の、ブリックストーンで建てられた二階建ての宿が見える。

 入口の壁には食事処と宿屋を示す看板が吊り下げられており、空室を示す立て看板も表に出されていた。


 そこの扉のドアベルを鳴らした時にはもうすっかり夜が明けていて、睡眠不足の目に朝の光は辛く、今日は快晴じゃなくて曇り空だったことにほんの少し感謝した。


 カランカラン


「おや…こんな朝早くにお客さんかい?」

 扉を開けて中に入ると、人の良さそうなぽっちゃりした40代くらいの女将さんが出迎えてくれる。

「すみません、あと二人追加で部屋を借りられますか?」


 女将さんはもちろんだよ、と言って微笑むと、四人なら大部屋と続き部屋があるけどどうするか、と尋ねてきた。

 俺はリカルドの様子が少し気になったので、俺とリカルドの二人きりで話が出来るように、続き部屋を借りることにした。


 鍵を受け取って部屋に入り、俺は取り敢えず風呂に入らせて貰う。オートスキルの浄化作用で服も身体も綺麗にはなっていたけど、あのヒキガエルに浴びせられた液体がまだ残っているような気がして、気持ち悪くて仕方がなかったからだ。


 ――顔面に熱いお湯をかけながら、カオスとの戦闘を初めから良く思い返してみる。身体に纏わり付く黒い霧のような闇を振り払えずに、意識を失ったのは確かだ。だけどどれだけ考えても、その後も戦い続けてカオスを倒したという記憶はなく、どうしてもなにも思い出せなかった。


≪…朦朧としていた、とかそう言う感じじゃないよな…完全に意識がなかったと思うし、なにかに身体だけ操られてでもいたんだろうか…?≫


 俺はそれ以上考えても無駄だと諦め、服を着替えて外に出る。浴室から出て部屋に戻ると、シルヴァンとリカルドが既に到着していて、ウェンリーはベッドに寝転がり、リカルドは窓際の椅子に座っていて、シルヴァンは俺が出るのを待っていたのか、すぐ横の壁に背中を預けるようにして立っていた。


「リカルド、具合は大丈夫か?少しベッドで休んだ方が…」

「いえ、シルヴァンティスのおかげで楽が出来ましたし、大丈夫です。それよりルーファス、話を…出来れば、二人だけで話したいのですが…」

 リカルドの視線がウェンリーとシルヴァンをチラリと見る。

「ああ、わかった。続き部屋を借りたから隣室に移ろう。ウェンリーとシルヴァンはここにいてくれ。」

「………。」

 二人はなにも言わずに、俺とリカルドが隣室に入っていくのを見送っていた。


 俺とリカルドは間を空けて並べられていたベッドに、向かい合うような形で腰を下ろす。


「ちょっと待ってくれ、会話がウェンリー達に聞こえないように、防音の遮蔽結界を張るから。」

「…いいのですか?」

「ああ。ウェンリーとシルヴァンに、聞かれたくないような話なんだろう?顔を見ればわかるよ。」


 その雰囲気から、なにか深刻な話なんだろうと察しが付いていた。俺の方もリカルドに聞きたいことがある。なぜカラミティとの戦闘で、あんな無茶をしたのか…あの時アテナが言ったように、死んでも構わないと思っていたのか、気になったからだ。


「――うん、これでよし。もう大声で話しても大丈夫だ。」

 俺は結界を張り終えるとリカルドを見て、話ってなんだ?と問いかけた。


 リカルドは少し悲しそうに微笑んで、言い難そうに口を開く。

「話というのは…すみませんルーファス…突然ですが、今日限りで私とのパーティーを解消して欲しいのです。」

「え…」

 それは、思いも寄らないリカルドからの言葉だった。


「ど…どうしてだ、リカルド…俺がなにかしたか?いや、俺が…守護七聖主(マスタリオン)だからか…それとも、俺が不老不死だと知って、やっぱり気味が悪くなったのか…?」


 俺は驚いて動揺し一瞬目の前が暗くなった。てっきり俺は、リカルドになにか困っていることがあって、その悩み事を相談してくれるのだとばかり思っていたからだ。


 俺の問いにリカルドは大きく首を振る。でも俺の目を見ようとはしない。

「違います。昔も今も、私が心から望むのはあなたの傍にいて、あなたの支えとなり、あなたと同じ道を歩んで行くことです。」

「じゃあどうして…!?」


 俺は身を乗り出して立ち上がると、俺を見ないリカルドの顔を見ようと腕を掴んで覗き込んだ。

 リカルドは顔を俺から逸らしたまま続ける。


「…私だって…出来ることならあなたの傍から離れたくはありません。…ですがこの数日間、ずっとあなたを見ていて、それがもう叶わないことだと悟りました。だから私は……っ…」

「ちょっと待てリカルド、なにを言っているのかわからない…!俺の傍にいたいと言ってくれるのなら、なぜパーティーを解消してくれなんて言うんだ!?」


 俺はリカルドの言葉も、なにを考えているのかもわからずに苛立って詰め寄る。自分でも焦りから少し興奮しているのがわかった。


 俺はこの先たとえ自分の記憶が戻らなくても、今日のようにカオスや暗黒神と戦い続けることになるだろう。いつか魔物を全て駆逐するのが夢だと言ったリカルドなら、これからもきっとそんな俺の力になってくれると信じていた。それが…パーティーを解消する?傍にいたいのに叶わないとか…わけがわからない…!!


「…ふっ…うぅ…」

「――おい…リカルド…?」


 俯いたままのリカルドが嗚咽を漏らす。膝に置かれて握られた拳の上に、ポタポタと涙の雫が零れ落ちた。…泣いている…?どうして――


「――に…たかったのに……」

「…え?」

「もう傍にいられないのなら……せめてあなたのために、命と引き換えにしてでも災厄の力を削いで、マーシレスの生体核を破壊しようと…それなのに……っ」

 リカルドは次の瞬間、顔を上げて泣きながら信じられない言葉を俺に放った。

「どうして私を助けたのですか…ルーファス…っ!!!」


 ――俺は一時言葉を失った。アテナの推測通り、リカルドは確かに死んでも構わないと思っていたのだ。

 おまけに今の言い方は、まるで俺に助けて欲しくなかったかのような……俺が、どんな思いで…必死におまえを助けたいと願ったか…それを…っ


「どうして助けたか、だって?当たり前だろう!!俺にとっておまえがどれだけ大切な存在だと思ってるんだ!!それをまるで死んだ方が良かったみたいな…そんな言い方をなぜする、リカルド!!」

「だったら!!…お願いです、ルーファス…ウェンリーをヴァハに帰らせてください…!!」

「な……」

「ウェンリーではなく、私を選んでください…!!ウェンリーの代わりに、私があなたの傍にいて、どんな時もどんなことをしてもあなたの支えになります!!ですから…っ」

「…にを言って…」


 再び俺は唖然とした。こんな時にまた()()なのか…!?おかしいおかしいとは思っていたけど、どうしてそこまでウェンリーの存在に拘るんだ…!!


「まさかパーティーを解消したい理由はウェンリーなのか…?ウェンリーがいるから、傍にいられない、とか言うわけじゃないよな…?もしそうなら、おまえもウェンリーも本当にどうかしてるぞ…!!」


 俺は半ば本気で腹を立てていた。ウェンリーはウェンリーでどうやっても一緒にやっていける気がしないと言っていたし、リカルドは自分を大切に思うならウェンリーをヴァハに帰せとまで言う。仲違いもいい加減にしろと怒鳴りたかった。


 どうしてなんだ…俺はウェンリーもリカルドも大切なんだ…!!なのにどうしてどちらかを選ばせようとする…!?


 無性に苛立ち、胸にモヤモヤした黒いものが渦を巻き、感情が爆発しそうになった。…その時だ。


『――なぜ()()の苦しみを理解しようとしない?』


 ブウン、とオレンジ色の光を放ち、リカルドの脇に立て掛けてあった、あの中剣が振動してマーシレスと同じように突然言葉を発した。


「グラナスっっ!!」


 リカルドが青ざめ、鞘に収納されたままのその中剣を掴んだ。


「グラナス…?」


 俺はリカルドの手の中で明滅するその中剣を凝視した。それはマーシレスと同じように、刀身と柄の結合部に黄土色の琥珀のような宝玉が埋め込まれており、形や装飾は違えど、その見た目からこの剣がマーシレスと同じ種類のものの様な気がした。


『どうかしている、だと?単なる仲違いや我が儘で、()()がこんなことを言うと思っているのか?』

「おまえ…マーシレスと同じく生きているのか…まさか、それも守護神剣(ガーディアン・ソード)…?」

『――左様…我は神界の三剣(みつるぎ)が一振りにして、大地の守護神剣<グラナディアソード>、名をグラナスと言う。我の問いに答えよ、守護七聖主(マスタリオン)ルーファス。』


「やっぱりそうなのか…話す声を聞いたことがなかったから、違うのかと思ったけど…グラナス、そうでないのなら、その理由を教えてくれ。ウェンリーとリカルドの間にはなにがある?なぜ二人とも互いに互いを受け入れようとしないんだ。」


 なにか理由があるはずだ。それを知っているのなら、俺にだってなにか対策が取れるかもしれない。


『二人の間になにがあるのか、それを知っても何の解決にもならぬ。最終的に貴様が()()()()()()()()()()()()()時が来ることに変わりはないのだから。』

 グラナスの言葉に俺はギリリ、と歯噛んだ。

「…っ…また()()か!!だからその理由を教えろと言っているんだ!!俺にとっては二人とも大切なんだと何度言えばわかる――」

『〝リュート・ディアス・ブルーフィールド〟。』

「……え…?」

「グラナス、お願いです!!もうやめてください…!!」

 リカルドが狼狽えて頭を振り、自分の耳を塞いだ。

『もう一度言う。〝リュート・ディアス・ブルーフィールド〟。…この名前に聞き覚えはないか。』

「――リュー…ト…ディ…」


 ――リュート・ディアス・ブルーフィールド……?


 俺は、暫くの間凍り付いたようにそのまま、頭の中でその名前を反芻していた。


 …トクン…、トクン…、トクン…、と、やけに耳の奥で心臓の音がはっきりとして来て、少しずつ胸の鼓動が大きくなって行くような気がする。


 聞き覚えが、ないか…?…リュート……リュー、ト……――


 名前を繰り返す度にドクン、ドクン、ドクン、とさらに鼓動が激しくなる。


 ――思い出せない…思い出せないのに、心のどこかが、その名前を知っている、と言っていた。


 指先が冷たくなり、全身から血の気が引いて行くような感覚が俺を襲う。


『――ねえルーファス…いつか魔物が世界からいなくなったら、自由に遠くへ行けるかな?』


 ノクス=アステールで、ほんの一瞬、頭を過った誰かのぼやけた片鱗がまた、俺に微笑みかけているような気がする。


 もう少し……後、もう少しでそれが誰なのか……思い出せそうな――


 その瞬間、また "あの声" が頭の中に響いた。


()()()()()()()()…!!!〟


 俺の身体がビクッとその声に反応する。


 ――以前、キー・メダリオンが輝いた時に、記憶の片鱗を思い出した…あの時の "声" だった。


 …そうして俺はまた、なにか大切なことを思い出せそうになったのに、()()()()()()()()()


 急速に鼓動が元通りになり、静かな落ち着きを取り戻して行く。


「…わからない…ごめん、覚えていない。」


 右の目の奥に鈍く、重い痛みを感じて…俺は右の瞼の辺りを手で押さえ、ベッドにドサリと腰を下ろした。…と、次の瞬間、突然リカルドが立ち上がり、泣いているのに狂ったような高い声でアッハハハハハ、と笑い出した。


「リ…リカルド…!?」

「――…ああ、すみません、つい…いえ、なんでもないのです。…わかったでしょう?グラナス…もしかしたら、と思いましたが…私の存在は、もう疾うにルーファスの中から消えているのです。…ルーファスはやはりウェンリーを選んだ。どんなに努力をしても、私ではだめなのですよ。」

『――…ディアス…。』

「…ですがこれで、ようやく諦めがつきました。ルーファス…私はあなた自身とあなたの心…その全てが大切で、あなたを心から愛していました。」

「…えっ…」


 そう言うとリカルドは、最近はあまりしなくなっていたけれど、以前は良くそうしていたように、ふわりと俺を包み込むように抱きしめた。


「…私はあなたと一緒には行けません。ですがルーファス、あなたになにかの危険が及んだ時は、すぐにあなたの傍に駆け付けます。ですから……あなたを傷付けてしまうことを、許してください。」


 グッ…


 俺の耳元でそう囁くと、リカルドは俺の左の二の腕の辺りを強く掴んだ。そして――


「『スカルピュタ・デル・クォド・コルプス・ペルクルーズマ・ドローニア・オム・メイ・インフォルマーレ』」


 俺に理解できない、なにかの長い呪文を唱えた。


「リカルド?なにを――」


 ビリッ…


「う…あああああっ!!?」


 バリリリ、と肌を引き裂かれるような激しい痛みが、リカルドが掴んでいた左の二の腕の部位に迸り、思わず俺は結界を放棄して叫び声を上げた。


 俺の声に、すぐさま隣室でウェンリーとシルヴァンが動く気配がする。


「――さようなら、ルーファス…旅の無事を祈ります。」


 シュンッ


 …そう言って悲しく微笑み、グラナスを手にしたリカルドは、それきり俺の前から姿を消した――

 

次回からライ編です。いつも読んでいただきありがとうございます!仕上がり次第、アップします。

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