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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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66 目覚めし災厄カラミティ ⑥

ノクス=アステールでウェンリーはルーファスがいなくなっていることに気付き、シルヴァンを叩き起こします。二人はすぐにウルル=カンザスの部屋を叩きますが、その時ちょうど彼の元にはどこからか緊急連絡が入ったようでした。二人はその様子を見て待ちますが…?

       【 第六十六話 目覚めし災厄カラミティ ⑥ 】



「シルヴァン!!おいシルヴァン起きろ!!ルーファスがいねえ!!」


 まだ夜が明ける前、ノクス=アステールのウルル=カンザスの館で目を覚ましたウェンリーは、隣のベッドで寝ているはずのルーファスがいなくなっていることに気付き、シルヴァンを叩き起こした。

 ウェンリーのただならぬ声にベッドから飛び起きたシルヴァンは、すぐさまルーファスの上掛けに手を突っ込み、布団が完全に冷え切っていることを手で確かめると、ルーファスがベッドを抜け出てから既にかなりの時間が経っていることを感じ取った。


「――ベッドが冷たい…近くは探したか!?」

「館ん中は全部見た、けどどこにもいねえ…!」

 二人の表情が曇り、嫌な予感に不安が湧いてくる。


 ウェンリーはルーファスがヴァハの村でクルトとラディ、そして正体不明の人間達に襲われて以降、夜眠っていても人の気配に敏感になり、特にルーファスが起きるとその気配で目を覚ますようになっていた。

 同じようにシルヴァンは元からもっと敏感で、現在ただ一人の守護七聖<セプテム・ガーディアン>として常にルーファスの周囲には気を張っており、ここまで完全に気付かなかったことは未だかつてないことだった。


「荷物は?」

「ベッド脇に置いてあった剣がねえ。」


 ベッドに入る前、確かに立て掛けてあったルーファスのエラディウム・ソードが見当たらない。それはルーファスが一時的に目を覚ましたのではなく、しっかりと外に出る準備をして動いたことを指し示していた。


「…ならばなにかの異変を感じて動いた可能性が高い。ウルル=カンザスを起こすぞ、精霊の粉で鏡に連絡を取れるかもしれぬ。」


 ウェンリーとシルヴァンはすぐさま服を着替えて階段を駆け降り、なにか用がある時は直接尋ねて来い、と教えられていた、一階の廊下中程にあるウルルの自室の扉を叩いた。

 まだ早い時間にも関わらず(くどいようだがここは常に夜のままだ)、ウルルは既に起きていたようで、数秒とかからずに扉が開くと、出迎えた彼はシルヴァンを見るなり右の掌を向けて言葉を遮った。


 出鼻を挫かれた二人の前でウルルは、左手の人差し指と中指の先を顳顬に当てて、視線をどこか遠くに向けている。その様子は目の前のシルヴァン達にではなく、彼にしかわからない別の情報に意識を集中させているように見えた。

 その彼は二人には理解できない言語を口にしていることから、ちょうどどこからか入った念話による連絡を遠隔伝達で受け取っているところだったらしい。


「…やはりどこかでなにか起きたようだな。」

「だとしたって、なんであいつ一人で外に出るんだよ。ルーファスが起きた気配に俺らが二人とも全く気付かなかったってのはおかしくねえか?」


 ウルルの様子を見てなにかあったと察するシルヴァンと、ベッドが冷え切るまでの長時間、ルーファスがいなくなっていることにも気付かなかった自分に、納得のいかないウェンリーが小声でぼそぼそと耳打ちをした。

 程なくして念話を終えたウルルは、少し緊張した面持ちで二人に顔を向けると、『遣い鳥』から緊急連絡が入ったことを告げ、シルヴァンにリビングで待っているように言って一旦室内に戻って行く。


 数分後、着替えを済ませたウルルがリビングに入ってくると、椅子に座ろうともせずに立って待っていたウェンリーとシルヴァンは、開口一番にルーファスがいつの間にか部屋からいなくなっていたことを話した。


「ルーファス様が…はあ、やはりか。相変わらず行動の読めない御方だ、かつての七聖の苦労が窺い知れるな。なんのためにノクス=アステールに滞在されるようお引き留めしたのか、意味がなくなってしまった。」


 ウルル=カンザスは額に右の三本の指を当てて目を伏せると、意気消沈して大きな溜息を吐いた。そもそもが星詠みの告げによって、予めフェリューテラに大きな異変が起きるとわかっていたからこそ、態々ここに来るように仕向けてまで身を隠すよう説得したのに、危険から守ろうとしたルーファス本人が自ら出て行ってしまったのではお話にならない。そう思うとウルルは頭が痛くなった。


「それが我が(あるじ)だ。大概のことは一人でどうにかなると判断し、大人しく一つ所に止まっていてはくれぬ。今回は…まあ、転移魔法はまだ使えぬからと気を抜いて、油断していた我にも責任があるな。」

 もっときつく言い聞かせておくべきだった、と眉間に皺を寄せてシルヴァンは大きく首を振る。


「ルーファス様が本当に転移魔法を使えぬのならば、どうやってノクス=アステールから出られたのか…なにせ我が一族の誰も出て行くあの方のお姿を見ておらぬ。」


 ウルルの疑問は尤もだが、ウェンリーもシルヴァンも今知りたいのはルーファスの行方であり、どうやって外に出たのかは後で調べれば済む話だった。


「それは(あるじ)を捕まえた時に問い質すとしよう。それで、緊急連絡が入ったと言うのは?今 "やはり" と呟いたが、いなくなったルーファスに関係があるのか?」

「うむ。シルヴァンティス、『星詠みの告げ』の通りに、『災厄』が眠りから目覚めたぞ。」


 シルヴァンはさして驚いた様子もなく、平然としてウルルの話に耳を傾ける。


 ウルルが受けた遣い鳥(世界各地の異変を黒鳥族(カーグ)に知らせる鳥達のことを言う)からの知らせによると、昨日突然、エヴァンニュ王国西方地域にある古代遺跡が不気味な色の靄に包まれて歪んで見える、と言う異変が起き、そこからその上空に紅く光る『災厄』が出現したのだという。

 その直後、そこに封印があることを初めから知っていたかのように駆け付けた蒼天の使徒アーシャルが応戦し、再度封印しようとしたが失敗して有翼人(フェザーフォルク)に大多数の死傷者が出ていると言うことだった。


「リカルドか…この所少し様子がおかしいと思っていたが、奴め、ここでウルルの話を聞く前から災厄のことを知っていたな。」


 シルヴァンは未だに蒼天の使徒アーシャルを信用しておらず、ルーファスがアーシャルの話はリカルドから聞いたと言って信じる選択をしてからも、ルーファスと話すリカルドの様子は常に監視していた。

 その最中、この所リカルドが情緒不安定気味で、挙動がおかしいことにも薄々気付いていたのだった。

 そのシルヴァンに対し、訝しんだウルルが疑問をぶつける。


「そう言うそなたはどうなのだ?災厄が目覚めたと聞いても随分と冷静だが…友よ、もしやあれの封印がルク遺跡にあると知っていたのか?」

「まさか。なにを言っている?我が知るはずはないであろう。我ら守護七聖が眠りにつく時もまだ彼奴は暴れていたし、そもそもあのカラミティが大人しく封印されていたこと自体信じられぬ。」

 そう言ってシルヴァンは、これでも十分驚いている、とウルルの言葉を否定した。


「それで?我のことはいいから話を続けよウルル。」

 まだ訝しんでいる顔をして短く溜息を吐き、ウルルは続ける。

「…災厄の破砕撃で現在もルクサールの街は炎上しており、魔精霊召喚陣から出現した炎竜がさらにサラマンダーを召喚して、一時凄まじい状態になったそうだが、その時様子を見ていた遣い鳥は、()()()()()()()()()()()()を見たそうだ。」

「!」


 ここでじっと黙って話を聞いていたウェンリーが即座に食い付き、身を乗り出した。


「それ、ルーファスがルクサールにいるってことか!?こっからどんだけ離れてると思ってんだよ…!」


 ウェンリーがそう声を出すのも無理はなかった。カストラの森からルクサールまでは、通常なら一度メクレンに戻ってシャトル・バスに乗る必要があり、直行便を使っても最低八時間以上はかかる。それなりに時間が経っているとは言え、深夜近くまで一緒にいたルーファスが、まともな移動手段でそんなに早く辿り着ける距離ではなかったからだ。


「おまけに災厄と共闘って…ワケわかんねえんだけど?シルヴァンが『カラミティ』とか呼んでたけど、災厄って一体何なんだよ?」


 最も知りたかったルーファスの情報を聞くなり、ウェンリーは矢継ぎ早に捲し立てた。


「待てウェンリー、それは後で我から話す。ウルル、その銀髪の若者というのはルーファスでまず間違いないと思うが、遣い鳥の報告はそれだけか?」

「いや、元々私が懸念していた不安材料でもある、最悪の報告が入って来ている。暗黒神の眷属『カオス』らしき複数の、得体の知れぬ連中が有翼人(フェザーフォルク)と戦闘中だ。」


 そう答えたウルルの言葉を聞くなりカッと目を見開いて、シルヴァンの表情が一変した。


「なぜそれを先に言わぬ!!ウェンリー、精霊の粉で鏡に連絡を取るどころではない、我らもすぐにルクサールへ向かうぞ!!」

「え、ええ!?って…どうやって行くんだよ!!」


 まさかまともにシャトル・バスを使うわけじゃないよな、とウェンリーは慌てる。もちろんシルヴァンには当てがあった。


「ウルル、転移魔法石を幾つか寄越せ。そなたのことだ、緊急時に備えて量産しているのだろう。」


 『転移魔法石』とは読んで字のごとく、転移魔法が込められた魔法石のことだ。これは転移魔法を使用可能な術者が、転移魔法を唱えながら自身の魔力を魔法石に込め、誰にでも使用可能にした非常に高価で貴重なものだった。


 自身が特殊な存在であるウルル=カンザスは、異界属性の素養を所持した存在でもあり、実際に使用することは殆どなくても転移魔法を使用することが可能だ。

 そのため常日頃から緊急時用に転移魔法石を作っており、シルヴァンはそこに目を付けたのだ。


「ああ、ああ、そう言うと思ったから既に用意しておいた。だが私が作った転移魔法石は、その行き先を安全な町や村などにしか設定できぬぞ。ルクサールは炎上中で指定出来ぬから、最寄りだと一時間ほど離れた距離にあるロックレイクにしか行けぬが、それでもいいか?」


 ウルルはドヤ顔をして、懐から用意しておいた転移魔法石の入った袋を取り出すと、〝問題ない〟と返事をしたシルヴァンに手渡した。


「今後はギルドでIDを提示すればいつでも転移魔法石を()()()()()()。守護七聖で目覚めているのはまだおまえだけだ、危なくなったらこれを使いルーファス様をお連れして逃げ込んで来い。…絶対に無理をするでないぞ。」


 心配しつつも無料で分けてやる、と言わないところにツッコミを入れたくなるところだったが、今はそれどころではないので、シルヴァンはほんの一瞬、不満げな顔をして眉間に皺を寄せただけだった。


 そうして慌ただしく準備を整えたウェンリーとシルヴァンは、気をつけて行け、とにこやかに手を振り送り出したウルルに見送られ、転移魔法石を使って遠く離れたロックレイクへと転移して行った。



 シュシュンッ


 ノクス=アステールからまともな移動手段だと八時間以上はかかる道程を、一瞬で移動してきた二人は、ロックレイク村内入口近くの草地に到着する。

 名前の由来にもなっている大岩に囲まれた湖がすぐ近くにあるこの村は、淡水魚漁や養殖、農業などで生計を立てており、早朝のこの時間から既に村人達は仕事を始めていた。

 当然、なにもない場所に突然出現したウェンリーとシルヴァンに村の人々は驚く。


「うわあっ!!な、なんだあんたたち、どこから現れた…!?」


 近くにいた漁師の男性が大声を上げると、どうしたどうした何事か、とすぐに複数人の男達と見張りの門番が駆け付けて来た。


 ウェンリーは自分達が守護者であることを伝えてIDカードを見せると、転移魔法石を使って遠くから移動して来たことを説明する。

 その上で村人達にルクサールの現状についてなにか知らないか聞いてみると、街が炎上していることに気付いたこの村の人達が、緊急通信で王都に一報を入れたと言うことと、なにか遠くからでも見える、爆発か花火のような光が頻繁に見えることを教えてくれた。


「あんたら守護者が来たってことは、あの妙な光は魔物かなんかが原因なのか?」


 村人達は不安気にウェンリーに尋ねる。基本的に近隣でなにかあっても、民間人は余程でない限り自分達で行動を起こさない。それがここ最近の異変で魔物から生き残る為に最も必要な常識であり、目に見える災害が起きていることに気付いても、その原因がはっきりしない時は情報を待つ以外、なにも出来ることはないと考えるのが一般的になっていた。


「あー、一応これから行って調べて来ますんで、村の人達にはルクサールに近付かないように言っといてください。」


 ウェンリーはヘラヘラと笑いながら質問の答えを誤魔化すと、そろそろ行くぞ、とシルヴァンに促され足早にその場を離れた。

 遠巻きに見るロックレイクの住人と門番の男達に見送られて、二人は村を早々に後にする。


「そなたはああ言う咄嗟の場合に誤魔化すのが上手いな。」

 門から出て歩き出すと、ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべてシルヴァンがウェンリーを皮肉る。叱られるのに慣れた言い訳の天才は、得てして咄嗟に誤魔化すのが得意になることもある…どうやらそんな風に思っているようだ。

「褒めてねえな、それ。」

 決していい意味で言われていないと感じ取ったウェンリーは、ジト目で見て切り返すと、んで?こっから一時間、テクテク歩いてルクサールまで向かうわけ?と街道をルクサール方面に進みながら尋ねた。

 ロックレイクの村を後方に見て、辺りをぐるりと見回すと、シルヴァンは気も漫ろで返事を返す。

「いや…悠長に人の姿で歩いている時間はない。…ふむ、まだ暗いしこのぐらい離れればもう良いか。」

 言うなりシュルンっ、と銀狼姿に変化して、『我に乗れ、ウェンリー。』と思念伝達を使い促した。


「え…いいのかよ?重くねえ?」

 ギョッとしたウェンリーは大型の狼に乗る、と言うよりもシルヴァンに乗る、と言う概念で想像してしまい、一瞬戸惑う。

『構わぬ。この姿であればそなたぐらいさして重いと感じぬし、能力的にも足が速くなり半分ほどの時間で目的地に辿り着ける。』

 そう言うとくいっと顎を上に向けて地面に伏せ、早く乗れ、と言わんばかりに合図をした。


 シルヴァンが良いと言うのだから、と割り切り、ウェンリーはその背によっこいしょ、と跨がると、前屈みになって首元の毛に両手でしっかり掴まった。

 ウェンリーの状態を確認すると、シルヴァンはすぐに『では行くぞ』、と声を掛け走り出す。


「うわっ、は、速え!!ちょ、ちょっと、もちっとゆっくり!!」

 ぐらりと落ちそうになり、ウェンリーは慌ててガシッとしがみ付く。

『速度を上げた方が安定する、しっかり掴まっていよ。』

 その言葉通りにシルヴァンはグンッとさらに脚に力を入れて地面を蹴る。

「マジかあぁーっっ!!」


 シルヴァンは一気に速度を上げて、夜明け前の紫色に染まるアラガト荒野を風のように疾走して行く。その速度はシャトル・バスよりも速かった。

 やがて最初は必死にしがみついていたウェンリーにも慣れて余裕が出てくると、シルヴァンは頃合いと見て『災厄』について知っている事を話し始めた。


「え…そんじゃ、災厄って魔物とかじゃねえんだ?俺てっきりペルグランテ・アングィスみたいな化け物なのかと思ってた。」


 ひゅうひゅうと風を切る音が耳を掠める中、思念伝達でシルヴァンの声ははっきりと聞き取れ、ウェンリーの意識が頭の中に直接響くシルヴァンの声に向く。


『違う。鮮血のように紅く長い髪に、真紅の瞳を持ち、死人のように血の気のない青白い肌をした美しい男の姿をしている。見た目こそ人のような外見をしているが、その恐るべき未知の力から考えても人間でないのは確かだ。』

 シルヴァンは時折背中のウェンリーに瞳だけを向けながら、走り続ける。


 ――『災厄』の出現は暗黒神ディースよりも遙かに遅く、FT歴250年頃だと言われている。出現した当初から神出鬼没で、空から燃えさかる巨大な岩を大地に降り注がせたり、地割れを起こして溶岩を噴出させたり、巨大地震を起こして大陸を海に沈めたり、と天変地異を引き起こしてやりたい放題だったらしい。


「なんだよそれ…暗黒神よかよっぽどヤバくねえ!?」

『いや…そうでもない。暗黒神の行動はフェリューテラ全域の人間が対象だが、"災厄" の方はまるで目的があるかのようにその猛威を振るう場所が限定的で、今はもう存在していないが、かつてフェリューテラの北にあったという、"セプテンティリオネス" という名の地域が中心だったからだ。』

「セプテンティリオネス…聞いたこともねえ地名だな。」


 聞き慣れない長い地名にそう呟いたウェンリーに、千年前の当時でさえ疾うに無くなっていた大陸だ、とシルヴァンは答える。


『千年以上前のそれはおよそ人格と呼べるような意識がなく、どこからともなく現れては破壊の限りを尽くす、と言う行動を繰り返しており、その都度自然界の大災害に似た様々な天変地異を起こすことから、いつしかそれは "災厄" と呼ばれるようになった。だが…』


 ――ある時暗黒神の眷属『カオス』が、その災厄を自分達の勢力に取り込もうと企んでそれを捕らえ、意のままに操ろうとした。ところが捕らえられたカオスの本拠地で、保管されていた闇の守護神剣<カオス・ガーディアンソード>『マーシレス』を災厄が手にしたことから、事態が急変した。


『災厄』は突然意思を取り戻し、その時から自らを『カラミティ』と名乗るようになったと言う。


『己の意思を取り戻したカラミティは、カオスの本拠地を破壊して逃走し、暫くの間フェリューテラから完全に姿を消していた。それなのに、ある日ルーファスと守護七聖になったばかりの我らの前に姿を現し、我らの前からルーファスをどこかに連れ去った。』


 程なくしてカラミティから解放されて戻ったルーファスは、カラミティとの間になにがあったのか誰にも話さず、ただ一言、カラミティは敵じゃない、とだけシルヴァン達に告げたという。そのことから、ルーファスはカラミティの真の正体を知っているのではないか、とシルヴァンは思っていたと言う。


「――だからウルルさんの話を聞いても大して驚かなかったのか。」

『うむ、記憶がなくてもルーファスなら、カラミティを敵ではないと判断してもおかしくはないと思ったのだ。』

 なるほどね、とウェンリーは頷く。


 けれども実際はどうなのか。油断は出来ない、とシルヴァンは続ける。それはカラミティがルーファスに近付く、その目的がわからないからだ。

 ルーファスはカラミティを敵じゃない、と言ったが、守護七聖の前でカラミティと表立って行動を取ることもなかった。

 ルーファスは時折、今回のように七聖を置いて単独行動をすることがままあり、本当の意味でルーファスの全てを知っている者は、守護七聖の中にさえ誰もいないのだと言う。


 ただそれでも、七聖の中にルーファスのすることを疑う者は一人もいない。ルーファスの行動の全てはなにかしらの意味があり、その時点で理解できなくても、後で必ず納得することになるのがわかっているからだ。

 そしてそれは、ルーファスが記憶を失っていても変わらない、とシルヴァンはきっぱりとそう言い切った。


『――ウェンリー、今後も我らと行動を共にする上で先に話しておく。我ら守護七聖はルーファスについて知らないことも多い。それはルーファス自身が頑なに隠していることもあったからだ。それだけでなく、神魂の宝珠に眠っていた間に、なにか我にも記憶の一部に欠損が見られる。』

「欠損…なにか忘れてるってことか?」

『そうだ。例えば、ルーファスの家族のことや、七聖以外の仲間の存在、神魂の宝珠の作成方法や護印柱のエネルギー源のことなどがそれに当たる。千年前は知っていたことの一部が綺麗さっぱり思い出せなくなっているのだ。』

「え…それって、長い間眠りについてたから?」

『いや…おそらく違うだろう。()()()()()()()()()()()()()()()、と我は思う。理由はわからぬが、それを行ったのがルーファスなのか…他の誰かなのか、色々と不可解な点もあるようだ。』

「……。」


 それきり、二人は黙り込む。


 ――ルーファスの全てを知る者は、ルーファスが記憶を失っている以上、今現在この世には誰もいないのかもしれない。そう各々それぞれの胸の中で思っていたからだった。

 だからと言ってルーファスに対する感情が変わることはない。そんなことで変わるぐらいなら、初めからルーファスの傍にはいないからだ。


 そうして災厄…『カラミティ』について情報を共有したウェンリーとシルヴァンは、ルクサールを目指して直走るのだった。




               ♦ ♢ ♢


 ――その数は、目に映る範囲だけでも何十人といるように見えた。その誰もが純白の二枚羽根を鮮血で染めている。

 誰か息のある人はいないのか、そう思って救出に向かおうとした俺の腕を、カラミティが掴んで止める。


「そこのル・アーシャラーを見よ。」

「え?」


 カラミティが視線を向けて俺に指し示したのは、ロシェさんの亡骸だった。


 俺が振り返り彼女に目を向けると、その亡骸が仄かに緑色の光を発し、周囲に輝く光の粒子となって消滅し始めた。


「遺体が…消えて行く!?」


 それは天へと昇華するようにキラキラと立ち昇り、やがて完全に消え去った。そうして地面に残ったのは、掌より少し小さい、白みを帯びた緑色の宝玉だった。


「これは…」


 俺は微かに温もりを感じるその宝玉を拾って土を払った。


「蒼天の使徒アーシャルのル・アーシャラーと呼ばれる一部の有翼人(フェザーフォルク)は、死して一定の時間が経つと魂が結晶化して残る。それを天空都市フィネンに持ち帰り、蘇生卵という特殊装置に入れると、数日で復活することが可能だ。」

「な…そ、それじゃこの宝玉があれば、ロシェさんは生き返る!?」

「そう言うことだ、気になるなら持って行くといい。尤も、下級使徒のアーシャルは遺体も残らず全て粒子化して消えてしまうがな。」


 カラミティはそう言って再び俺を促すように背後に視線を向ける。俺がその方向を見ると、辺りに横たわっていた彼らの遺体が、全て粒子化して昇天し、光り輝いて消えて行った。


 それを見て思う。つまりは生存者は一人もいなかったのだ、と。


「ル・アーシャラーは全部で九人いると聞いたけど…リカルドを含めて何人がここに来ていたんだろう。」


 ポツリと疑問を口にした俺に、カラミティはもうなにも答えなかった。それどころか――


「…おい!!また…なんで俺をそうやって抱えるんだ!?」


 俺はまた、いきなりカラミティの左腕に捕らわれ、抱えられた。


『貴様は飛べんだろうが。闇犬共が羽虫と戦っている間に、戦域を離脱するのだ、大人しくカラミティに任せよ。』

 マーシレスが嘲るように鼻で笑った声を出し、ブウン、と剣を光らせる。

「戦域を離脱?待て、どうして俺を連れて行くんだ!?闇犬共って一体――」


 キイイイイン…ガッガカッガカカカッ


『ちっ…遅かったか。貴様の所為だぞ、守護七聖主(マスタリオン)。』


 俺が疑問を投げかけようとしたその時、俺達の頭上に巨大な魔法陣が展開され、そこから垂直に捕縛結界と思われる紫紺の光と杭が地面に打ち込まれた。その範囲は、優に直径20メートル近い。


 シュウンッシュシュンッ


 トッスタッ、スタン、と転移魔法で三人の不気味な姿をした男女が俺達の周囲に張られた結界内に現れた。


「――はあ、手子摺った手子摺った。まったく羽虫が…ピーチクパーチク囀って五月蠅いったらありゃしない、やっと全部叩き落としてやったわ。」


 明るい紫色のゆったりとしたウェーブがかかった長い髪を額で左右に分け、灰色の瞳に左目の下には泣きぼくろ、厚めのぷるっとした赤い唇にその脇にもう一つほくろがあり、蛇の鱗模様のぴったりとしたロングドレスと、ヒールが9センチはありそうな靴を履いた妖艶な美女が、その手をヒラヒラさせてぼやく。


「なあに、あれで当分は連中も動けんだろう。これでようやっと本命に挨拶が出来る。」


 身長が130センチほどしかない、顔に無数の痘痕がある、パッと見た印象ではヒキガエルのような感じの男が、醜く突き出た腹をポン、と叩きながらニヤリとほくそ笑んだ。


「大変お待たせ致しました、『災厄』殿。お噂はかねがね…先代より、最後の最後で煮え湯を飲まされた、と伺っております。」


 そう言ってお辞儀をした男は、一見、紳士的な口調のヒョロリとした痩せ型で、全身が黒ずくめの服装をしており、ガリガリに痩せて落ち窪んだ骸骨のような目元に、手には先が複数に分かれた鞭を持っている。


「まさか貴方様に裏切られ、闇の守護神剣<カオス・ガーディアンソード>を奪われるとは、ブレグ様も予想だにしてはおられなかったようですよ。」


 痩せ型の男がそう話しかけても、カラミティに返事を返す様子はない。


「さて、と…足止めは成功したようだけれど…あら?その銀髪の坊やはなんなのかしら?おまけがいるとは聞いていないのだけれど。」

 妖艶の美女が俺を見て首を傾げる。

「ぼ…っ坊や…」


 確かに俺は若く見られるけど、坊やはないだろう、坊やは…!!


 ――いや、そんなことを言っている場合じゃない。この三人…明らかに異質な存在だ。ここは外なのに、周りの空気を圧迫されるような重圧と、ピリピリと肌を刺す感覚は…まるで未だかつて遭遇したことのない、凶悪な魔物と対峙しているみたいだ。


 それに、目を閉じると見える、強大な暗黒の力を纏う気配…まさかこの連中は…


 ――『カオス』、か…!!


 ここに来て俺は、ようやくマーシレスが口にしていた『闇犬共』がなにを指していたのか理解した。


 カラミティを狙っていたのはカオスだったのか…!?どうして…?


『ルーファス様、捕縛結界の分析が完了しました!ディスペル、シグナトゥム、グラビティ・フォールを合成し、ディザーピアランス・エフィニスをお作りください!!それを唱えることで、結界は解除可能です…!!』


 ありがとうアテナ、同時に捕縛結界の再使用が出来ないように、施術者の妨害を頼む。


『かしこまりました…!!』


 連中の目的は俺じゃない。…と言うか、俺が誰なのか気付いていないみたいだ。カオスに俺の顔は知られていないのか…?


 ふとそんな疑問が湧いて来たけど、それどころじゃない。気付かれていないのなら好都合だ、今の内にこの結界を解除してしまおう。俺はそう判断した。


「――カラミティ、俺が捕縛結界を解除する。連中の気を逸らせるか?」


 俺が小声でそう言うと、カラミティは一度、その紅い瞳だけを動かしてこちらを見た。…が、返事はない。と、次の瞬間、目にも止まらぬ速さでカラミティが動いた。


 なるほど、うん、とか、ああ、とか返事は返さずに承諾は行動で示す、と言うことか!!せめて頷くとかしてくれよ…!!


 俺は苦笑し、慌てて戦闘準備に入る。


「対カオス戦闘フィールド展開!!」


 アテナ、カラミティの補助を頼む!!


『ルーファス様!!』


 俺はなにか言いたげなアテナの声は一先ず置いておいて、合成魔法ディザーピアランス・エフィニスの詠唱に入った。

 この捕縛結界を解除しない限り、俺とカラミティの行動範囲が狭められ、思うように回避も出来ないからだ。


 カラミティは真紅の髪を靡かせ、マーシレスを手に三人のカオスを相手に魔法も使わずに応戦している。この時点で彼らは、俺の存在はおまけとしか見ておらず、カラミティに全ての神経を集中させていた。

 だがその間も敵方から使用される技や魔法の魔力に、俺の肌が嫌悪感で総毛立つほどの禍々しさを感じて、彼らがカオスであることは名乗られなくても間違いないと確信した。


 ――よし、合成可能になった!!


 俺は頭の中でさっきアテナに提案された三種の魔法を詠唱し、合成魔法を作成すると、すぐさま捕縛結界の解除にかかる。


「禍々しき鳥籠は我が前に壁とならず!!消えよ『ディザーピアランス・エフィニス』!!」


 キュウウン…パアンッ


 地面に突き刺さった捕縛結界の杭を消し去り、地面から上空にその壁をなぞるようにして俺の魔法が捕縛結界を消し去った。


 その瞬間、カラミティと戦っていた三人の視線が一斉に俺を見る。


「わたくしたち三人の魔力で張った捕縛結界が解除された!?有り得ない…何者なのあの坊や…!!」

「災厄が囮を買って出ただと…?」

「まさか奴は…シェイディが言っていた守護七聖主(マスタリオン)か…!?」


 気付かれた…!!


 カオスの三人は各々思い思いの疑問を口にして一旦後退すると、カラミティから距離を取って明らかにその様子を一変させた。


 俺が守護七聖主(マスタリオン)だと気付いた瞬間に、劇的に攻勢を全力へと切り替えたのだ。


『ほう…カラミティも嘗められたものだ、戦闘の最中に意識を他へ向けられるとは。だがまあその判断は正しい。カラミティではカオスを滅ぼせぬが、守護七聖主(マスタリオン)は暗黒神をも倒せる存在だからな。ククク…』


 なにが楽しいのか、そう言ってマーシレスは愉快そうに笑った。


 笑い事じゃない。俺の目の前でカオスの三人はそれぞれ本気の構えを見せる。妖艶な美女はその本性を現し、上半身が女性で下半身が蛇という神話に出てくる『エキドナ』という名の魔女に変化し、口から先が二股に分かれた長い舌をチロチロと覗かせているし、ヒキガエルのような男はそのまんま巨大な大蛙に変化して、両脇にゴーレムのような駆動人形を二体召喚した。


 そしてガリガリの黒ずくめの男は――


「ルーファス様!!」


 その緊迫した雰囲気の中、背後から俺を呼ぶ声がする。捕縛結界が消滅して他者が入れるようになったからなのか、ル・アーシャラーと思われる有翼人(フェザーフォルク)の男性二人と、数人のアーシャルがどこからか駆け付けて来たのだ。


「アーシャル…!?」

 驚いた俺の横に並び立ち、ル・アーシャラーの二人は取り急ぎ自分達の名前を名乗った。

「第六位セスタール・メイブと申します!」

「同じく第七位、アヴァード・モーナです。ルーファス様、我々がカオスの相手を致します、どうかすぐにお逃げください…!!」

「我らは死してもルーファス様をお守り致します、どうかご無事で…!!」

「や…止めろ、行くな!!待て、アーシャル!!」


 俺が止める間もなく、ル・アーシャラーの二人と五人ほどの下級使徒は、それぞれの武器を構えてカオスの面々に突っ込んで行った。


 リカルドに聞いていた話では、蒼天の使徒アーシャルは長年カオスと敵対しており、その能力もル・アーシャラーともなればほぼ互角だと言うことだった。だけどこうして実際に見てみればとてもそうは思えない。なんと言えばいいのか…カオスの放つ力は、俺の目から見てかなり異常だった。


 以前はどうだったのかはともかくとして、少なくとも今、アテナとの分析で詳しく見てもその能力差は歴然だ。

 とても彼らに太刀打ちできる相手じゃない。俺は慌てて手を伸ばし、彼らを俺の防護障壁で守ろうとした。だが…


 ――遅かった。


 俺の目の前で丘ほどもある大きさの死龍<サナトス・エジダイハ>が召喚され、あっという間にアーシャル達を飲み込んだ。


 その恐るべき死龍を召喚したのは、ガリガリに痩せた鞭を持ったあの、黒ずくめの男だった。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。次回、また仕上がり次第アップします。気に入っていただけたらブックマーク、感想など頂けると嬉しいです。

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