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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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65 目覚めし災厄カラミティ ⑤

アテナの助力で空中に駆け上がり、リカルドを助けることに成功したルーファスでしたが、『災厄』と呼ばれる男に腕を掴まれ、呆然としてしまいます。不思議なことに敵意を感じず、自らも敵意を抱かない。その奇妙な感覚に惚けていると、アテナが戻り、ルーファスに逃げろと警告します。ところが…?

      【 第六十五話 目覚めし災厄カラミティ ⑤ 】



 ――それはなぜなのか…自分でも理由がわからず、俺は少し戸惑っている。


 足場を駆け上がりながら、この男が直前までリカルドと激しく戦っていたのは、下からずっと見ていた。

 禍々しい闇の力にそれを放ち続ける青黒い剣、圧倒的な強者の存在感に、『災厄』の名に相応しい忌むべき異質な力の気配…多分俺が止めに入らなければ、この男は間違いなく俺の目の前でリカルドを殺していただろう。


 地上には戦死したアーシャルの遺体が、かなりの数横たわっているのも目の当たりにした。この眼下に見えるルクサールの街が炎上しているのも、おそらくこの男の放った力のせいだ。

 頭でそれはわかっているのに…それでもこの時、なぜだか俺にはこの男に対する敵意が微塵も湧いて来なかった。


 それだけじゃない。この男からも今、俺に対する敵意はまるで感じられない。その奇妙な感覚は、この男が、俺にとって "敵じゃない" と、俺自身が心のどこかの領域でそう認識しているとしか思えなかった。


 俺の名前を知っており、俺を見て〝待ちかねた〟と口に出して歓喜したこの『災厄』と呼ばれる人物は、絶対に逃がさないと言わんばかりに、血の流れが止まり、指先が痺れてくるほどガッチリと俺の左腕を掴んだままだ。


『ルーファス様!!』


 アテナ!


 魅了されてでもいるかのように、惚けていた俺の中にふわりと温かいものが流れ込んできて、アテナが戻ったことを感じる。


『抵抗して腕を振りほどき、すぐにお逃げください!この者は危険です!!あの手に握られた(つるぎ)は、ルーファス様のお身体を傷付けられるだけの、未知の力を秘めています!!』


 逃げ、る………?


 …!!――そうだ俺は…なにをしているんだ、この手を振りほどかないと――!


 アテナに諭されてようやく俺は、夢から覚めたかのように我に返った。


「――は、放せ!!」


 攻撃を寸前で止められた上に、落下しそうになったところを救われる形になってつい、気を取られた。敵意の有る無しは問題じゃない、この状況はどう見てもこの男に、俺が捕らわれたのと変わりがないじゃないか。


 俺はその手を引き剥がそうとして男の手に爪を立て、力ずくで左腕を動かそうと踠いた。だが足場のない状態では踏ん張りが利かない上に、さらにギリリ、と力を込められた男の握力は凄まじく、痛みで左手の力が抜けてしまい、ビクともしなかった。


『カラミティ、奴らが来る。』


 男の右の手元から唐突に響いた警告に、『災厄』は顔を上げて東の方向を見やる。


「――闇犬共め、もう嗅ぎつけたか。」


〝剣が…喋った!?〟


 視線の先に光る青黒い剣が、ブウン、と身を震わせるように振動して明滅し、はっきりと俺の耳にも届く声で話した。


「場所を変える。…マーシレス。」

『わかっている、〝暫くは動けぬ程度〟に()()()()()()()()のだろう?造作もない、任せろ。』


 ――まずい…!!


 二人の会話を聞いた俺は、このままだと連れ去られる、そう思ってさらに抵抗を試みた。ところが…


「放せ!!なにをする気だ――うわっ!?」


 男は予想に反して、宙吊り状態だった俺の手を、いきなりパッと放した。


『きゃあっ!!』


 アテナの短い悲鳴が聞こえ、ひゅっ、と喉と腹の辺りが縮むような怖気を感じながら、俺はそのまま背中から重力に引っ張られる。…が――


 ガシッ


 ――俺を目掛けて前に倒れるような態勢を取った男に、今度は左脇に抱えられる形で、落下する間もなく捕まった。


「な…おい!!」


 破落戸(ごろつき)に攫われる小さな子供じゃあるまいし、軽々と持ち上げられて、まるで玩具のような扱いを受け腹が立つ。もしかしてこの男にとって俺は、歯牙にもかけない存在ということなのか?


 ジタバタと暴れる俺を完全に無視して、男は俺を抱えたまま、炎上するルクサールの広場に降り立つと、ドサっと荷物を放り投げるように俺を下ろした。

 すぐに手を着いて上体を起こし、立ち上がろうと顔を上げた俺の目の前に、片膝を立てしゃがんで高さを合わせた男の、青白く、異様なまでに美しいその顔が迫る。


「!!」


 瞬間、俺はギクリとして息を呑み動けなくなる。男はその手でぐいっと俺の顎を掴み、顔を背けようとした俺と無理矢理目線を合わせると、有無を言わせぬ覇気を籠め脅しにかかった。


「――我から逃げられると思うな、ルーファス。我の怒りでこの国に住む人間に、これ以上の被害を出したくはなかろう。それでも抗う姿勢を見せれば全ての意思を奪い、木偶(でく)操術(そうじゅつ)を施してでも言うことを聞かせる。うぬのせいで千年もの間無駄な時を眠って過ごす羽目になったのだ、決して逃がさぬぞ。」


 ゾクッ…


 ――確かに敵意は感じない。だけどその言葉に嘘がないのもわかった。その愉悦にも似た狂喜が込められた真紅の瞳は、あまりにも鮮やかで、なのに俺にはそのどこかに、それとは違う全く別の感情が読み取れて背筋が薄ら寒くなった。


「やめろ、俺に触るな。なんの目的があるのか知らないが、俺にあなたの記憶はない。もし千年以上も前のことでなにかさせようという気なら、多分無駄だ。」

「――なに…?」


 俺はそのヒヤリと冷たい手を顔から押し退け、俺がこの男を覚えていないことを告げる。そして自分が記憶を失っていて、殆どの過去を思い出せないことと、千年前にはあったであろう力も今はその大半が失われていることを話した。


 男は黙って俺の話を聞いていたが、その表情が変化することはなく、やがてその瞳から狂喜の色だけが消えて行った。


 ――信じていない。この男は、俺の話をまるで信用していない。言い訳をしているか、騙そうとしているとでも思っているのか、とにかく(はな)から疑っているのはわかった。その上、真紅の左瞳の下が僅かに吊り上がって歪んでおり、おそらくは俺に対して静かに怒っているのだろうと思った。

 それでもどう怒りを向けられたところで、俺に記憶がないのは事実だし、男を覚えていないのも本当なのだからどうしようもない。


 俺の言葉の真意を測るかのように、ただ無言で瞳をじっと覗き込まれ、男がこの後どういう行動に出るのか予想が付かず、緊張から俺は身構えた。


 その時、男の手に握られた剣が再びブウン、と振動して光を放つ。


『カラミティ!!上を見ろ、魔精霊召喚陣だ!!』


 俺と男は同時に反応して顔を上げる。


 青黒い剣――マーシレスと呼ばれるそれの声と共に、広場脇の一段と激しく燃えていた建物から火柱が上がり、いつ出現したのか上空に闇色の召喚陣が輝いた。

 するとそれは上に伸びた火柱を弾き返すように、丸みを帯びた炎の塊となって急降下し、地面にぶつかって弾け飛んだ。


 ドオオンッ


 ビリビリと地を震わせる震動を伴い、落下したそれがなにかの形を取っていく。その直後に、周囲の空気中に含まれた水分が、ジュッという音を立てるほどの灼熱の炎と熱気が、突如として俺達に襲いかかった。


 ゴッ…


 咄嗟に両手で顔を庇った俺の前に、防御魔法による盾が出現する。それは俺の背後から伸ばされた、男の手元に光る魔法陣から放たれており、俺が防護障壁を張ろうと考えるよりも早くに唱えられた魔法だと気付いた。


 ――光の盾…この男、俺を守った…?


 熱気が襲って来た方向に目をやると、燃えさかる炎の中に、全身が業火そのものの姿をした巨大な竜が口を開けていた。


「炎の…竜!?」

「――アリファーン・ドラグニス…!」


 下げられた頭部を擡げると、その全高は傍にある建物を優に超えるほどの高さもある。折り畳まれた翼を広げれば、おそらく20メートルはあるだろう。糸遊(いとゆう)燃え立つ太く短い前脚は触れた地面を黒く焦がし、揺らめく赤黒い炎で形成された顔面に、高熱を表す仄白い瞳のない眼が二つ、こちらを向いていた。


 男が呟いた『アリファーン・ドラグニス』とは、アテナの分析による情報だと、実体のない炎が寄り集まった様な意識体の権化で、魔物化した火の大精霊がなにかに操られて具現化し、巨大竜の姿を形作ったものだと言う。


 大精霊が魔物化…そんなことがあるのか…!?稀に精霊が悪意を持ち、人に害をなす魔精霊となることがあるのは知っている。だけど強靱な精神と強大な力を持つ、完全な意識体である大精霊が魔物化するなんて…信じられない…!!


 その巨大竜は、周囲に複数体の火蜥蜴『サラマンダー』を次々と炎の中から喚び出した。


『ルーファス様、アリファーン・ドラグニスは周囲に炎がある限り、火蜥蜴サラマンダーを召喚し続けます!!』


 …と言うことは、消火を優先するか、あれを先に倒すかしないと…魔物が増え続ける…!?


「あの召喚陣は誰が…あんなものを誰が召喚したんだ…!?」


 突然の事態に混乱しながら俺はその場で立ち上がり、腰のエラディウム・ソードを引き抜いた。


「ルーファス様!!」


 そこへ今度は傷だらけの蒼天の使徒…それもさっきスカサハ達の傍で治癒魔法を施されていた、20人ほどのアーシャル達が、二人のル・アーシャラーと思われる上級使徒に率いられ、空と地上の両方から駆け付けて来た。


 名を呼ばれたものの、顔も名前も知らない彼らは、俺が剣を抜いた状態で『災厄』といるのを見て、すぐさま散開し俺達の周囲を取り囲んだ。


「総員戦闘態勢!!炎竜、サラマンダーに対応しながら、ルーファス様を災厄より()()()()!!」

「はっ!!」


 彼らは一斉に攻撃態勢に入り、一部はアリファーン・ドラグニスとサラマンダーに向かって行き、残りは災厄への魔法攻撃を開始した。


「ま、待て!!手を出すな!!」


 俺はすぐに()()()()に気付き、ハッとして彼らを止めようと手を伸ばした。


 ――これまでの状況を考えれば、アーシャル達のその行動は無理もなかった。俺がここに来た時点で、この男と戦っていた彼らには多数の死者が出ていて、満身創痍の負傷者も数多くいた。

 おまけに上空では俺が間に割って入った直後に、リカルドがこの男の攻撃で気絶し落下しており、そして俺はこの男に抱えられて場所を移しここに降りて来た。

 その一部始終を見ていた彼らにしてみれば、この俺と災厄の位置関係は、災厄に連れ去られた俺が、危害を加えられる寸前…若しくは、俺が災厄と闘っている、そんな風にしか見えなかっただろう。


 だが今このタイミングで、彼らが取ったその行動は悪手だった。


 せめて一度立ち止まり、正確な状況を把握してから行動してくれていれば、と悔しく思う。でも俺がアーシャル達を止めようとした時にはもう既に手遅れで、男は俺の目の前でこれまでにない凶悪な力を振るい、彼らをマーシレスで薙ぎ払った。


 そのたった一振りで、三分の二ほどのアーシャル達がいた場所は、周囲の建物ごと轟音を立てて消し飛んだ。


 彼らを止めようとした俺の意図を汲み、アテナが咄嗟にル・アーシャラー二名を含んだ範囲にディフェンド・ウォールをかけてくれたのだが、消滅こそは免れたものの、それでもその威力の全ては防御しきれずに、彼らも瀕死状態でその場に倒れ伏した。


 俺はそんな彼らの状態をこの場から見て、即アテナに治癒魔法を頼む。


 アテナ!!ここからでいい、すぐに彼らに治癒魔法を!!


『は、はい…!!』


 アテナが俺の中から、僅かに生き残ったアーシャル達に向け、エリアヒールを放った。

 この時、なぜ俺が自分で治癒魔法をかけに彼らの元へ走らなかったのか。それは――


「やめろ()()()()()!!」


 俺はマーシレスを握る『カラミティ』の右腕を即座にガッと掴む。


 ――思った通りだ。予想通りカラミティは、ディフェンド・ウォールで生き残ったアーシャル達を見るなり、躊躇いもせず止めの二撃目を放とうとしていた。


 並大抵では抗えない、圧倒的な力を持っているにも関わらず、いとも簡単に命を奪おうとするカラミティに、俺は激しく腹を立てていた。

 戦意を奪うだけで殺さなくてもいい。見てわかる通り彼らは既に戦闘不能の状態だ。それなのになぜまだ攻撃をしようとするのか。俺はそれが許せなかった。


 なのにカラミティは、眉一つ動かさずに無表情で俺を見る。


「――なぜ止める。」

「なぜ?それは俺の台詞だ…!警告もなしに放った今の一撃で何人殺した!?その上俺の防護障壁で守った命を、なんの躊躇いもなくさらに攻撃しようとするなんて…そこまでする必要があるのか!!」


 俺の力に抗おうとするカラミティの手を、俺はさらに強くぐっと掴んだ。絶対に放すものか、そう決めてあの真紅の瞳を睨みつける。

 俺達の後方で炎竜とサラマンダーを相手に、アーシャル達が戦う戦闘音が聞こえていた。それを気にしながらも、ここでカラミティを放置すれば、蒼天の使徒アーシャルは下手をすれば全滅する…その危険を冒すわけにはいかなかった。


 そうしてこの凄まじき強者たる『災厄』を必死に抑えようとしている俺に対して、当のカラミティは思いもかけない言葉を放つ。


「…記憶がないというのは真実か。敵意を向け襲い来る者に、そうして情けをかけた結果、うぬは己がどういうことになったのか…どうやらなにも覚えていないらしい。」

「――え…?」


 ゴオッ


 俺とカラミティの動きが止まった一瞬の隙を突いて、それが現れた時と同じように、猛烈な勢いで再び俺達を灼熱の炎と熱気が襲う。


『ルーファス様!!』


 キンキンキインッ


 アテナの声と共に、俺の周囲にディフェンド・ウォール・フレイムが発動し、アリファーン・ドラグニスのブレスが数秒間、その縁をなぞるようにして駆け抜けた。


 ありがとうアテナ、助かった…!!


 アテナの機転でかけられた、防護障壁のおかげで無傷だった俺は、灼熱のブレスを浴びせてきた巨大竜の方を見た。


 ――カラミティの攻撃も凄まじかったが、アリファーン・ドラグニスの攻撃も強烈だった。複数体のサラマンダーを含めて相手をし、必死に戦っていたアーシャル達が全員酷い火傷を負って地面に倒れていた。


「まずい、回復を――彼らも逃がさないと、殺されてしまう!!」


『治癒魔法は私が!!ルーファス様は後方のル・アーシャラーに撤退するよう命じてください!!カラミティが動けない、今がチャンスです!!』


「…!?」


 カラミティが、動けない…?


 アテナのその言葉に後ろを振り返ると、アリファーン・ドラグニスのブレスで負傷したカラミティがその場に蹲っていた。


「カラミティ!?」


 あの灼熱の炎と熱気が襲った瞬間、カラミティの手を掴んでいた俺は、咄嗟に身構えてその手を放した。

 そしてアテナは、()()()()()()()()()ディフェンド・ウォールを発動したのだ。その結果、俺の後方にいたカラミティは防御魔法が間に合わず、俺の障壁の縁をなぞるようにして通り過ぎたブレスの直撃を受けることになった。


 それはアテナがカラミティを敵として見て、俺が逃げるなり、アーシャルを逃がすなりするだけの隙を作る絶好の機会だと判断したのかもしれない。

 だけど俺は、同じような状況で俺を守ってくれたカラミティを、傷付けたいとは思っていなかった。


 カラミティの後方でル・アーシャラーとアーシャルの数人が立ち上がるのが見えた。俺は彼らに負傷者を連れてスカサハ達のところへ撤退するように告げる。

 そして、これ以降決してカラミティに手を出すな、と警告して、俺に構わず、自分達が生き残ることを考えるようにと念を押した。


「カラミティ、大丈夫か!?」


 アリファーン・ドラグニスから撤退するアーシャルの回復と防御をアテナに任せ、俺は防護障壁を張りながらカラミティに治癒魔法を施して行く。


『ルーファス様なにをなさっているのですか!?なぜその者の治療を…!?』


 アテナの困惑した声が頭に響いていた。


 ――アテナに俺の気持ちもこの行動も多分理解できないのだろう。俺は俺の思いや考えをアテナに押しつけるつもりはない。だから理解できないのならそれでいいと思ったし、いつか理解してくれるのなら、それはそれで嬉しいとも思う。


 だけど今は、アテナの問いに返事をする気にはなれなかった。


 傷が癒えたカラミティは、再び俺の手をガッと掴んで俺を引き寄せ、額が触れるほど顔を近付けると、上目遣いで俺の目を覗き込む。


「変わらぬな、ルーファス…だがその甘さが命取りになると思い出せ。」


 それだけ言うと俺をドン、と突き放し、カラミティはすぐに立ち上がった。追って立ち上がろうとした俺の目の前で、またマーシレスが青黒い光を放つ。


『おい、聞け守護七聖主(マスタリオン)。あのアリファーン・ドラグニスはカラミティを足止めするために召喚されたものだ。時間がない、闇犬共が羽虫を相手にしている間にとっとと倒すぞ、手を貸せ。』

「!」


 俺はその声がどこから聞こえるのか、間近で剣を凝視した。すると、刀身と柄を繋ぐ接続部に嵌め込まれた、掌大の黒曜石のような宝玉から聞こえるようだった。


 またこの剣…やっぱり生きているのか。


「足止め?闇犬というのが良くわからないけど…カラミティなら、あの炎竜ぐらい一人で難なく倒せるんじゃないのか?」

『…ちっ、ここへ来て減らず口を…いいから黙って手を貸せ!!でなければカラミティがなにもせずとも、我が敗走する羽虫共を屠るぞ…!!』


 無言のカラミティに対して、マーシレスは苛立ったように舌打ちして毒突いた。


「…わかった、どの道あれを放置しておくわけには行かない、協力してさっさと倒そう。」


 アテナもそのつもりで力を貸してくれ。


『…かしこまりました…。』


 アテナの声が明らかに沈んでいた。もしかしたら俺が怒っていると思っているのかもしれない。だけどフォローするのは後回しだ。


 アテナの補助を受け、全てのアーシャルが撤退したのを確認すると、俺は炎耐性の戦闘フィールドを展開して、カラミティと一緒にアリファーン・ドラグニスの前に突っ込んで行く。

 ある程度の攻撃有効範囲に近付くまでにまたブレスを吐かれたが、それは俺の防護障壁で確実に防ぎ、距離を一気に詰めて行った。

 カラミティに背中を任せ、いつの間にか二十体以上もの数に膨れ上がっていたサラマンダーの波状攻撃を躱しながら、そこに着くまでにフォースフィールドとバスターウェポン、クイックネスなどの補助魔法をかけておく。

 そうして間もなく俺とカラミティは瓦礫の上に鎮座するアリファーン・ドラグニスとの交戦を開始した。


 まだ10メートル以上も離れていて、炎耐性の補助魔法もかけているのに、それでもかなりの熱を感じて全身からじわじわと汗が噴き出して来る。


『ルーファス様、弱点は水属性魔法全般、特に氷系魔法は200%のダメージ効率です。』


 わかった、エラディウム・ソードに氷系エンチャントを付加しておく。マーシレスには――


『無理です。()()()()()()()()()()()()()()他所(よそ)からの干渉を受け付けず、ルーファス様の魔力が通りません。』


 …だろうな。と言うか、剣自体が生きていて、はっきりとした意思があるのだから、干渉を受け付けないのは当然だ。…もしかしてリカルドの武器も――?


 そう考えれば以前から不思議な剣だ、と感じていたのも納得がいく。だけどまさかな、とその考えは振り払った。リカルドと一緒に行動したこの二年間で、ただの一度もリカルドのあの剣が話す声を聞いたことはなかったからだ。


 俺はそれ以上余計なことを考えるのは止め、本格的にアリファーン・ドラグニスとの戦闘に集中した。


 アテナ、俺達の足元に水の膜を張り、サラマンダーの炎が突進時に消えるようにしてくれ!


『はい!』


 俺の指示でアテナは水魔法を使用し、足元から常に水が湧き出るよう『アクエ・フォンターナ』を唱える。これで広範囲に水が流れ続け、ブレスによる地面の炎上を防げるし、サラマンダーが纏う炎は消えるはずだ。


 カラミティとマーシレスは、俺の補助に徹すると決めたのか、次々と出現するサラマンダーの排除を徹底した。身体を丸めて火車のように転がりながら突っ込んでくる個体を、火が消えた瞬間に素早く無表情で切り払っていく。その様は最早単なる作業のようにしか見えない。


 対して俺の方は一人で炎竜の相手をせねばならず、頭上から降って来る炎弾や噛み付き攻撃を避けながら、弱点部位の喉元を狙って氷属性の魔法剣技と合間合間に隙を見て魔法を叩き込んで行く。


 ――退屈そうにサラマンダーの相手をするのなら、いっそこっちを手伝ってくれ、と思ったが、マーシレスがなぜ俺にわざわざ頼むような口調で手を貸せ、と言ったのか、その理由がこの直後に判明した。


 アリファーン・ドラグニスへの攻撃に専念している俺に、サラマンダーの攻撃が及ばないよう、涼しい顔で薙ぎ払っていたカラミティとマーシレスの攻撃が、どういうわけか、アリファーン・ドラグニスには一切影響しなかった。霊的存在にも効果を発揮するはずの広範囲魔法でさえ()()()()()()()


 倒してもすぐに召喚されるサラマンダーごと攻撃に巻き込んでも、まるでそこに見えない壁でもあるかのように、綺麗に炎竜だけをその攻撃が避けていた。


 襲いくる炎竜の攻撃を右へ左へと躱しながら、俺がインテリジェンス・ブーストと多重発動で威力を引き上げて放ったグラキエース・ヴォルテクスは、かなりの効果を発揮してその体力を十二分に削っている。


 おかしい…カラミティとマーシレスの攻撃が通用しない原因はなんだ?ただ攻撃が無効化されているというわけじゃなさそうだ。そもそも全ての攻撃があれを避けて背後にまで届いている。あれじゃまるで――


「おい、どういうことだ?なぜあなた達の攻撃だけアリファーン・ドラグニスを避ける?まさか、あれを召喚したのはカラミティ、あなたなのか?」

「――…」


 カラミティはなにも答えなかった。


 敵対しているのにも関わらず、全ての攻撃が相手を避けて通る理由…考えられるのは、召喚対象が味方なのだと、相手に施術者の『識別紋』が刻まれている場合などがある。

 一般的に魔法を使用する場合、その多くは敵味方を判別して放つことが可能だ。それは剣技を含めた全ての攻撃も同じで、俺達が無意識に自分と繋がりのある人間を、“この人は知り合いだ” と頭で顔や声、姿形を記憶するように、なんらかの形で詳細情報を互いに交換しているのだと俺は理解している。

 それを総じて『識別紋』、と呼んでいるのだが、それがあるからこそ特に意識しなくても、仲間を傷付けずに範囲剣技を放ったり、広範囲魔法を安心して戦闘フィールド内に放てるのだ。


 通常ならその『識別紋』は、相手を敵対存在、若しくは攻撃対象だと認識した時点で変化し、攻撃を当てることが可能になる。元素レベルの情報交換に、意志による外的要素が加わって、その指向性を変化させているのだ。

 難しいことを言っているようだが、要するに仲の良い家族や友人相手に普段なら手を上げたりすることはないが、時折喧嘩したりして〝こいつむかつく!〟と思うと、そんなつもりはなかったのに、つい叩いたりしてしまうように、識別紋は自分の意志で簡単に変化する、と言うことだ。


 だからこそこういう事態になるのは、普通では有り得ない現象だ。おまけにこちら側の攻撃だけが通用せず、味方であるはずの召喚対象からは傷を受ける。これは召喚魔法の定義を無視した異常現象とも言える。


 自分で召喚した召喚体に攻撃することだけが出来ず、攻撃はされる?本当にカラミティがあれを召喚したのなら、なにがしたいのか意味不明だし、魔法の構築理論がめちゃくちゃだ。


 俺が不審に思い始めると、面倒臭そうにマーシレスが答えた。


『言っておくが、あれはカラミティが召喚したわけではないぞ。詳しい説明は省くが、過去に残してきた置き土産の一つだ。』

「置き土産?」


 短く、簡潔で、俺の疑念を否定する意義しか持たない説明だった。


 アリファーン・ドラグニスの体力を削りきり、瀕死状態手前まで追い込むと、俺はアテナと協力して止めを刺しにかかった。


 ――俺の足元に流れていた水が、俺の魔力による急激な温度変化でパリパリと音を立てて凍り付く。

 俺の右手と左手にそれぞれ青く輝く魔法陣が形作られ、そこに魔力の強大な塊を練り上げると、アリファーン・ドラグニスに向けて一気に放つ。


 水氷合成魔法、『ヴィルジナル・ミスクァネバ<氷女神の憤怒>』の完成だ。


 耳を劈くバリバリバリ、という氷河の氷が砕けるような音と共に、上下左右全方向の魔法円から深い青色の水が噴き出し、その先端を鋭く凍り付かせながら炎竜の巨体に食い込んでいった。

 その躯体を形作っていた炎が消える最後の瞬間、氷塊の中に火の大精霊『イフリート』の姿を見たような気がする。だがそれを確かめる前に、アリファーン・ドラグニスは完全に消滅した。


 ――今のはひょっとして…魔物化したと言っても火の大精霊だ、俺は精霊を殺してしまったのか…?


『いいえ、ルーファス様、最後のあれは解放された火の大精霊が、精霊界グリューネレイアに戻る瞬間を見たのだと思います。ルーファス様の魔法は、精霊の命を奪うようには構築されていませんから。』


 そうか…それを聞いてホッとしたよ、ありがとうアテナ。


『いえ、あの…ルーファス様――』


 アテナが俺になにか話しかけようとしたその時、サラマンダーを全て倒し終えたカラミティが、突然踵を返して突っ込んで来て、またガシッと俺を乱暴に抱きかかえた。


「おい、なにをする!?…今度はどこへ行くんだ!!」


 カラミティは右手にマーシレスを握り、左手で俺を抱えると、地上から五十センチほどの高さに浮き上がり、滑るように高速でルクサールの街の外へと移動し始めた。


『黙っていろ守護七聖主(マスタリオン)、舌を噛むぞ!』

「舌を噛むって…ふざけるな、俺をどこに連れて行くつもり――」

『ルーファス様!!後ろを…後ろをご覧下さい!!』


 後ろ…!?


 カラミティにしがみ付き、その肩越しに遠ざかって行く炎上する後方を振り返ると、俺達が移動しているその後を追いかけてくるように、1メートルほどもある大きさの魔法弾が次々と上空の魔法円から降り注いで来た。


 ドオンッドゴッドンッドンッドゴオンッ


 轟音と共にそれはルクサールの建物を破壊しながら、地面に大きな穴を開けて行く。


「魔法弾…!?さっきの召喚陣と言い、いったい誰が…!!」


 ――明らかに俺…若しくはカラミティを狙っている…?いや、アリファーン・ドラグニスのことを考慮すると、俺ではなくカラミティが標的なのか…!?


 そう言えばリカルド達は、街の外にかなりの数のアーシャルを待機させていた。てっきりカラミティとマーシレスを、ルクサールから出さないためなのかと思っていたけど…もしかして違うのか…?


 やがて炎上するルクサールの街からアラガト荒野に抜け出ると、夜が明けかかり辺りが紫色に染まり始めた少し先の大地に、なにやら白いものが転々と、辺り一帯に散らばっていることに気が付いた。


「なにか見える…白いものがあちこちに散らばって…あれはなんだ?」


 俺は未だカラミティに抱えられ、しがみ付いたまま前を見ると、ここに来る時にはなかったそれに、胸騒ぎを覚える。

 カラミティもマーシレスも俺の問いなど無視して、もう少し先に見える花火のような光に向かって進んでいるようだった。

 そのまま白いもののすぐ近くにまで差し掛かった時、俺は目に飛び込んできたその姿に戦慄して、カラミティを突き飛ばし、転げるように地面に降りた。


 受け身を取ってすぐに立ち上がると、俺は急いでその場所へと駆け付ける。


「ロ…ロシェさん!!」


 手を伸ばした俺の視線の先に、胸と腹部に重傷を負って血にまみれた、ル・アーシャラー第二位、ロシェ・アミッドと名乗ったあの女性が倒れていた。

 俺はすぐに彼女を抱き起こして怪我の程度と意識の有無を確かめる。だが…


『ルーファス様、手遅れです。…既に亡くなっています。』


 アテナに言われるまでもなく、俺にも一目でわかった。彼女のその手はヒヤリと冷たく、血にまみれた顔にも既に生者の気配がなかったからだ。


「どうして…俺がここに来た時は、彼女はまだ何事もなく生きていた。誰がこんなことを…?」


 胸と腹の辺りの傷は、魔物によるものだとは思えなかった。そもそも普段ならそこかしこを彷徨いている魔物の姿がなぜか周囲には見当たらない。

 血の匂いを嗅ぎつけて、血肉を漁りに来るはずのアラガト・スコーピオンもレッド・アントの一匹すら現れなかった。


 呆然とした俺は、周囲の状況にハッと顔を上げ、事切れた彼女をそっと地面に下ろすと、立ち上がって辺り一帯を見回した。

 そうして5メートルほど先に見える、同じく白いものの元へ駆け寄ると、やはりそこに横たわっていたのも、既に事切れたアーシャルだと言うことを確認した。


 それを目の当たりにした俺は、辺り一帯に散らばって見える白いものの正体が、全て横たわる蒼天の使徒アーシャル達であることに気付いて総毛立った。


「まさか…この辺り一帯に散らばっている白いものは…全部アーシャル達の遺体なのか…!?」


 ――無数に散らばる白いもの。それは、有翼人(フェザーフォルク)が背に持つ純白の二枚羽根だ。


 …そのことを理解した俺は、あまりの悲惨な光景に言葉を失い、ただ暫くの間その場に立ち尽くすだけだった。


いつも読んでいただきありがとうございます!次回、また仕上がり次第アップします。

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