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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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63 目覚めし災厄カラミティ ③

ライ・ラムサスを助けた後、突然どこかに飛ばされたルーファスは、そこで鏡の中の女性にそっくりなラファイエと出会いました。彼女はルーファスを時翔人ときかけびとと言い、その理由を話します。ルーファスはラファイエにここはフェリューテラ歴の何年なのか、と尋ねますが…

        【 第六十三話 目覚めし災厄カラミティ ③ 】



「――なぜ…」


 わかるんだ、と聞きたかった。が、驚いてすぐには言葉が出ず、目を丸くする俺にラファイエは諭すような口調で続けた。


「わかるのか、って聞きたいの?それはね、ここが光神ルシリス・レクシュティエル様の神殿だからよ。」


 彼女が言うにはこの建物の周囲には、敷地を囲むように非常に強力な結界が幾重にも張られており、たとえ何人であろうとも結界を通らずに外部から侵入することは不可能なのだそうだ。

 それなのに俺が庭に現れた。何事にも()()はないとは言え、突然そこに出現したのでもなければ有り得ない、と言う。


「いや、単に転移術を使って来たと言うことも――」

「無理よ。ここの結界はそれも遮断するのだもの。唯一可能性があるとしたら、それはもう未知の不確定要素しかないの。」

「だから俺が時翔人(ときかけびと)だと?」


 そうよ、合ってたでしょう?とまたラファイエは無邪気に微笑んだ。


 只者じゃないな。…それが俺の受けた印象だ。"レクシュティエル様の巫女" と言っていたから、神に仕える修道女(シスター)みたいな人なのかな?なんにしても騒がれないのは助かるが、根掘り葉掘り色々と聞かれる前に早いところここから立ち去った方が良さそうだ。


「…わかった、認める。確かに俺は時間を越えて過去に飛ぶことが出来る。今のところ自分の意志でそれは出来ないんだけどな。ここに来たのもなぜなのか理由はわからないくらいだ。」


 そうなの…それじゃあなたは未来から来たのね?と彼女は、横からずいっと俺の顔を覗き込むと、また手をぎゅっと握った。…近い!それにどうして俺の手に触れて来るんだ?

 堪らず俺は椅子から立ち上がり、彼女から離れて壁際に移動する。すると、なぜか彼女も俺の横に並んで立った。…勘弁してくれ。


「待った!その、どうして俺に近付きたがるんだ?もっと離れてくれないか。」

「いや。だってあなた、手を掴んでいないとすぐに消えてしまいそうなんだもの。今だってここから出ることしか考えていないでしょう?だめよ、もし誰かに見つかって捕らえられたら、大変なことになるわ。ここは警備が厳重だからすぐに見つかってしまう…!」

 真剣な表情で彼女は俺の服の袖を掴んだ。

「そうかもしれないが、いつまでもここにいるわけには行かないんだ。俺は元の世界に帰らないと…」


 そこではた、と俺は思う。彼女…ラファイエから出来る限りの情報を得ることで帰れるのかもしれない、と。

 鏡の中の彼女と関係があるのなら、ここに来たのは偶然じゃないのかもしれない。そう思い、まずはここがいつぐらいの時なのか聞いてみることにした。


「ラファイエ…今はフェリューテラ歴の何年だ?」

「今?…245年よ。」


 ――に、245年!?…約1750年も前…!!?古代戦争期よりもさらに前じゃないか…!!


 俺は一瞬気が遠くなりそうだった。


「光神の神殿だと言ったよな?ここはフェリューテラのどの辺りにあるんだ?」

「うーん、位置的には北部…になるのかしら。地図を見てみる?」

「ああ。」


 地図があるのなら有り難い、そう思って頷くと、すぐに彼女は本棚から筒状に巻かれた世界地図を取り出し、テーブルの上に広げて見せてくれた。


 それを見て俺はまた驚く。


 ――地形が…全然違う。現在ではエヴァンニュのある辺りの西の海に大きな国があったり、シェナハーンの北西にさらに西へ広がる大陸があったり、北にも広大な大陸が存在しているようだった。

 少なくとも、俺の元いた世界のフェリューテラは、この地図の半分ほどしかない。


「この神殿があるのはここよ。セプテンティリオネスの北東。」


 ラファイエが指し示した場所は、1996年のフェリューテラには存在しない大陸だった。


 ――俺の知らない天変地異かなにかが今後起きるのか…でなければここまで地形に差が出るはずはないものな。…見たところ俺が知る国の名前もなさそうだ。


 俺は礼を言ってラファイエに地図を返した、その時だ。コンコン、とノックの音がして部屋の外から人の声がする。


 ラファイエはすぐ俺にクローゼットの中へ隠れるように言って扉へ向かった。


「ラファイエット様お時間です、そろそろご準備下さい。間もなくレクシュティエル様がお見えになりますよ。今日こそはお会いにならないと、法王猊下がお困りになります。我が儘はいい加減になさいませ。」

「…気分が悪いの。明日じゃだめ?」

「仮病を装われても無駄です。それとも、レクシュティエル様にこちらまで来て頂きますか?」

「それはいや!…わ、わかったわ…行くわよ、行けばいいんでしょう。」


 ――どうやら侍女か使用人のような人が彼女をどこかへ呼びに来たようだが、聞こえて来たその会話に俺は驚く。


 レクシュティエル様が()()()()()()、って言ったか?レクシュティエル…光の神のことだよな。まさかこの時代には、光神がフェリューテラに実在している…?


 考えてみれば眷属と言われるカオスが存在していて、暗黒神ディースの話があるのだから、その対となる光神がいてもおかしくはない。でも1996年のフェリューテラは元より、古代戦争期にもその存在は宗教的な崇拝像としてしか語られていなかったと思う。

 もしこの頃には人前に姿を見せるほど近しい存在であったのなら、なぜ未来では全く姿を見せないんだ?


 俺はその辺りになにかここへ来た意味があるのでは、と理由もなくそう思った。


 ラファイエは一度扉を閉じてから俺の元へ戻ってくると、声を潜め、自分が戻るまでこの部屋から出ないように、と何度も念を押して入口に鍵をかけ、出かけて行った。


 一人残された俺は、このどう見ても彼女の私室としか思えない、居心地の悪い室内を見回した。


「部屋から出るなと言われても…なにもせず、ただじっとしているわけには行かないだろう。」


 アテナ、この地域の広範囲詳細地図は出せるか?


『はい、結界に探知されないように今探査(サーチ)しています、少々お待ちください。…終わりました。』


 俺の頭の中にこの建物を含めた周辺の詳細地図が表示される。どうやらこの神殿は、住居を含んだ神殿、塔、礼拝堂らしき貴賓棟の大きな三つの建物に別れているようだった。だがどこもかしこも廊下や部屋の入口などに、魔法による障壁を示す赤いラインが表示されている。


「うわ…障壁だらけだな。確かにこれは部屋から出て彷徨(うろつ)いたら、すぐに見つかりそうだ。」


 うーん、どうするか…


『ルーファス様、そこの本棚に魔法書が何冊かあります。その中に現代のフェリューテラでは、禁呪とされているような古代魔法の魔法書が見受けられますので、全てに目を通して、この場で習得されることをお勧めします。』

「魔法書?…これか?」

『はい。』


 俺はアテナの助言通りに本棚から複数の魔法書を取り出し、ざっと目を通すことにした。俺には自己管理システムがあるため、本のページをパラパラとめくるだけで、その本の内容が全てデータベースに記録される。おかげでこの魔法書に記されていた全ての魔法を習得できた。


 元々所持してはいたが、暗転していて使用不可能だった魔法のいくつかが使えるようになったみたいだ。中級までだけど全属性の攻撃魔法を覚えられたし、これで今後魔物との戦闘が格段に楽になる。

 それ以外にも有益な補助魔法がかなりの数記されていて、それらも新たに使用可能になった。


 そして『禁呪』の方だが――


 高位聖光術『グランドクロス』『リザレクション』『マナクリュスタルス』の三つがあった。さすがは光神の神殿だ、光属性に特化したものばかりだ。


『習得は可能ですが、なにか条件があるようで今はまだ三つとも使用不可能のようですね。ですが後に必ず役立つと思います。ここで覚えておきましょう。』


 ああ、そうだな。


 と言うことで、しっかり覚えさせて貰った。


 魔法の習得を終えたところで、たった今覚えた補助魔法の中に『ステルスハイド』という、姿と気配を消す効果のあるものがあったことに気付く。


 アテナ、この魔法と俺の絶対障壁を組み合わせれば、この建物内部の魔法障壁を無効化できないかな?


『外部の結界障壁は無理でも、内部の侵入者対策の方は可能だと思います。これで神殿内の人間に気付かれないように移動できますね。』


 ああ。よし、それじゃラファイエには悪いが、行動開始だ。


 早速俺は『ステルスハイド』の補助魔法を使用して姿と気配を消し去る。鏡を見ても自分の姿が見えないのは、なんとも不思議な気分だ。

 扉の鍵を開け静かに絨毯の敷かれた廊下に出ると、音を立てないようにそっと扉を閉め、素早く神殿内の探索を開始した。


 俺は詳細地図の赤いラインが示す魔法障壁を通り抜ける時にだけ、防護障壁(ディフェンド・ウォール)を発動し、擦れ違う神官服の人間やお仕着せの使用人、神殿騎士らしき人々や修道女など様々な人間達をやり過ごしながら、神殿内部の書庫や資料室などを中心に回って行く。とにかく手当たり次第に気になるものを手に取り調べ、片っ端からデータベースに取り込んで行き、精査するのは後回しにした。


 だが未だに何の変化も起こらず、時空点が出現する気配もない。元いた時代に帰れるのか不安になり始めた頃、突如として目的地を示す黄色い信号が詳細地図に現れた。


 ――黄色の信号がいきなり現れた?…前から思っていたけど、この目的地信号はなにを根拠に、予めその場所で起きる出来事がわかっているかのような記され方をするんだ?…どういう仕組みなのか、さっぱりわからないな。


『申し訳ありませんルーファス様、それは私にもわかりません。それだけでなく、実はルーファス様のデータベースには不可思議な箇所が幾つもあります。あまりにも膨大で私にも把握し切れていないので、今すぐに詳しい説明は出来ないのですが…』


 …だろうな、俺だってデータベースを全て見るには膨大な時間がいる。その上俺が行動する度に情報が増えていくんだから、とてもじゃないが把握しきれるはずがない。その都度必要な部分だけを検索していくしかないのは当然だ。


 それより、目的地の信号は…階段を降りた先みたいだな。ここは一階だから、地下なのか?


『階層を切り替えます。…信号があるのは一番奥の小さな小部屋のようですね。周囲に仕切られた大きめの部屋が複数あります。魔法障壁も多数ありますし、随分と厳重に守られた部屋のようですが…宝物庫かなにかでしょうか?』


 ええ…?…いやだな、俺に盗人のような真似をしろって言うのか?冗談じゃないぞ、俺は元の世界に戻りたいだけで、宝が欲しいわけじゃない。


 そう思いながらも結局そこへ行くしかなく、渋々俺は階段を降りて行った。


 ――やっぱり地下か。


 階段を降りた先は廊下の突き当たりが壁になっており、左右に鍵のかかった扉があった。地図を見ると右の部屋は行き止まりで、左の部屋はその先にさらに扉があり、また先に部屋がある…そんな作りになっていた。

 目的地を示す信号の部屋は、左の部屋を入り、渦状に続く部屋を次々に扉を通る形で進むと最後に奥の部屋に辿り着ける構造になっている。


 これは…益々以て嫌な予感しかしないな。だが、行くしかない。


 鍵をどうやって開けるか悩んでいると、アテナが『アンロック』の魔法があると進めてくる。複雑な仕掛け錠などは無理だが、通常の扉の鍵などはこの魔法で解錠できるという。便利だけど…いいのかなあ、本当に。


 俺は後ろめたさと罪悪感で憂鬱になりながら、仕方なく扉の鍵を開けて中に入った。念のため鍵は開けたままにしておく。これは逃げる際の手間を省くためだ。

 …と言っても、この続き部屋のどこか一カ所でも塞がれたら、ここから逃げ出すのはかなり大変そうだった。そのため、万が一の時は精霊の粉を使用して、神殿内の人間を眠らせでもするしかない。

 因みに精霊の粉はかなり強力な睡眠作用を持っているため、睡眠耐性を持つ相手でも人間なら抵抗するのはほぼ不可能だ。


 入ってすぐの一つ目の部屋には、催事やなんかに使われる大きめの家具や旗、垂れ幕などが保管されていた。すぐ右を見ると地図通りそこにも鍵のかかった扉があり、解錠して先へ進む。

 次の部屋には見るからに高価な宝飾品や(さかずき)、タペストリーなどが保管されていた。俺は一切なににも触れず、素早く通り過ぎて次の部屋へ続く扉に向かう。この二部屋だけで魔法障壁が三カ所もあった。

 かなり厳重だが、表に監視する人間がいないところを見ると、この神殿の警備にはかなりの自信があり、尚且つ邪な人間や怪しいものは最初から一切入り込めないようにでもなっているのだろう。


 さらに部屋の鍵を開けて進んで行く。置いてある物を見る限り、予想通り地下は高価な物や重要な物品を保管する場所になっているようだ。

 そんな宝物庫のような場所の、しかも最奥に目的地の信号が出るなんて、いったいなにがあるって言うんだ?…そんな不審を抱きながら俺は、次々と部屋を通り抜けてようやく最奥の扉前に辿り着いた。


 目の前に白く光る魔法陣が、扉に覆い被さるようにして点滅している。


「これは…封印魔法による多重結界か。…厄介だな、解析できるか?アテナ。」


 ここまでの魔法障壁など比べものにならないほど厳重な結界が、その扉には仕掛けられていた。


『お待ちください。……結果が出ました。ディスペル、シグナトゥム、アンロック、防護障壁(ディフェンド・ウォール)の順番で魔法を発動してください。それで中に入れるはずです。』

「わかった、順次発動でいいんだな?」

『はい、維持は必要ありません。』

「それじゃさっさと中に入ってみるか…なにがあるのやら。」


 鬼が出るか蛇が出るか…結果は開けて御覧じろ、だ。


 フオン…


「『ディスペル』『シグナトゥム』『アンロック』『ディフェンド・ウォール』。」


 俺は右手を扉に翳して順次魔法を発動し、多重結界を解除した。そして扉を開けると防護障壁の効果がある内に部屋の中へと足を踏み入れる。

 するとそこにあったのは、部屋の中央にある書見台(レクターン)の上に置かれた、白銀と黄金色にぼんやりと光る一冊の本だった。


「この部屋…たった一冊の本のためだけに、あんな厳重に多重結界で封印されていたのか?」

『そのようですね…なにが書かれた本なのでしょうか?』

「とりあえず中を見てみるか。」


 俺は書見台(レクターン)に近付いてその本を手に取った。


「ルイン・リベル…滅亡の書?随分と不吉な題名の本だな。」


 表紙を捲ると、なにも書かれていない真っ白な最初のページに、突然文字が滲み出るように浮かび上がった。


 文字が…!


〖――この文字を解する者に告ぐ。この書は汝に宛てたものであり、全世界の滅亡を回避するために書き記した真実だ。必要な時、必要な場所、必要な時代にて、汝の選択に重要な指針を示すだろう。その都度汝の手に触れた書は消滅し、また別の時へと移動する。願わくば、三度(みたび)繰り返さんことを心から祈る。〗


 全世界の滅亡を回避…?これは…


『…ルーファス様?その真っ白なページに、なにか書かれているのですか?…私にはなにも見えないのですが。』


 アテナ?…いや、ここに今文字が浮かび上がっているじゃないか。…まさかおまえにはこの文章が見えないのか?


 俺はアテナがそんなことを言って来たので驚いて聞き返した。だがアテナは、なにも見えません、ただの真っ白いページです、とそう言うのだ。


 俺にしか見えない?…ならこの最初の一文は――


 また俺が理解できない、不可解なことが起きた。いったいこの本にはなにが書かれているのだろう。そんな一抹の不安を抱きながら、さらに頁に指先を伸ばすと、いきなり風も吹いていないのに、本がパラパラと捲れ出した。


「な、なんだ…本が勝手に…ページが捲れる…!」


 数秒後、俺の手の上でその動きがピタリと止まった。それはまるでこの頁を読め、と言わんばかりに。


 なんなんだ、いったい…なにが書いてある?


 俺は、そこに書かれていた文章を見て、一瞬で全身が総毛立った。


〖――FT<フェリューテラ>歴1996年春の×月×日、エヴァンニュ王国ルクサールにて蒼天の使徒ル・アーシャラー第一位、Sランク級守護者 "リカルド・トライツィ" 、災厄<カラミティ>との戦闘により死亡。〗


 死亡…リカルドが、死亡…?なんだこれは…なんでこんな文章がこの本に?…どうなっているんだ…!?



 リカルド…!!!



 俺がその一文に驚愕し、他になにが書かれているのか確かめようとした瞬間、滅亡の書(ルイン・リベル)は俺の手の中で、ザアッと霧散するように消え去った。


「嘘だろう、消えた…!?アテナ、データベースを…今の『滅亡の書(ルイン・リベル)』の記述を見せてくれ!!」

『ル、ルーファス様、それが…先程の本の内容は、一切データベースに取り込めませんでした…!』


 え…


 必要な時、必要な場所、必要な時代にて、汝の選択に重要な指針を示す…つまり、必要のない情報は与えない、と言うことか…?いや、そんなことよりも、1996年春の×月×日…俺が飛ばされる前の今日の日付だ。つまり今夜…急いで戻らないと、リカルドが…リカルドが死んでしまう…!?


 ――待ってくれ、頭が追いつかない。ここは未来じゃない、俺がいた時代から約1750年も前の過去の世界だ。なのにどうしてあの本にリカルドのことが書かれていた?…意味がわからない…!


 考えれば考えるほど、俺の頭は混乱した。だけど――


 なぜ、とかどうして、とか考えるのは後でいい。選択に重要な指針を示す、と言うのが本当なら、きっとまだ間に合う。


「戻る…なんとしてもリカルドが死ぬ前の時間に、フェリューテラへ戻る…!!絶対にリカルドを死なせるものか…!!」

『お待ちくださいルーファス様、そんなに慌てられては――!!』


 ――焦った俺は、防護障壁(ディフェンド・ウォール)を発動することも忘れて部屋を飛び出し、ものの見事に魔法障壁に引っかかった。


「しまった…!!」


 けたたましい魔法による警報が周囲に鳴り響く。


 俺はすぐに『ステルスハイド』を使用して姿と気配だけを消し、来た道を戻り部屋の中を駆け抜けた。幸いにして扉が施錠されるようなことはなく、地下の階段手前の部屋までは難なく辿り着けたのだが――


 バタバタバタバタ、という廊下を駆けるかなりの人数の足音と共に、侵入者だ、地下を探せ!!と言う神殿騎士らしき男達の声が聞こえて来た。


 まずい、物陰に隠れてやり過ごせるか…!?


 姿と気配が消えた状態なら、隠れればなんとかなるかもしれない、そう思ったのだが…甘かった。


 ――建物の内部に、俺が今まで感じたことのない種類の、魔力の波動が広がった。


 それは俺の身体を駆け抜ける際に、『ステルスハイド』の魔法効果を消し去り、代わりに索敵集中『フォーカス』状態にした。


 これは、俺が普段使用している魔物などの探知に、魔物が体内に持つ魔石を目印にして居場所を感知しているように、なんらかの識別信号を発していない存在の位置を感知しやすくするための索敵魔法だと思われた。

 簡単に言うと、この魔法を使われて『フォーカス』状態になると、どこに隠れていても索敵魔法で簡単に俺の位置がわかってしまうのだ。


 おまけにこの効果は、施術者に見つかるまで続く。こうなるともう俺に逃げ場はなかった。


「っ…仕方がない、この場は精霊の粉を使って切り抜けるか…!!」


 俺はすぐに精霊の粉を取り出し、風魔法を使って俺の周辺にばら撒いた。


 すぐに反応があり、詳細地図上に点滅していた一定範囲の敵対存在を示す赤い信号が全てその場から動かなくなった。


『ルーファス様、今の内です…!』

「ああ、わかってる。」


 頃合いを見て階段へ向かうと、辺りにはこの神殿の制服だと思われる、黄色とクリーム色の統一された衣服を着た男達が、各々武器を持ったまま眠りについて倒れていた。


「すまないが傷付けたくないんだ、暫く眠っててくれ…!!」


 横たわる男達を跨いで飛び越えながら、階段を駆け上がり一階の廊下へ戻ると、そこで新たに出現した黄色の目的地信号に気が付いた。


 今度はどこだ…!?


『渡り廊下を通った先にある、礼拝堂のようです。その近くの個室に、味方を示す黄緑色の信号があります。おそらく先程の女性を示しているのではないでしょうか。』


 ラファイエか…この騒ぎで俺が見つかったことに気付いただろうな。だけど彼女を巻き込むわけには行かない、もしまた会っても知らない振りをしよう。


 俺は目的地信号の光る場所を目指して走り出した。


 渡り廊下に差し掛かるまでに、結構な数の神殿騎士や使用人達が倒れているのを見かけた。さすがに精霊の粉は強力で、こちら側の建物に起きている人間はいないようだった。だがこの先は違う。


「見つけたぞ、侵入者だ!!」


 渡り廊下を渡って礼拝堂側の建物に入った途端に、正面から来た五人ほどの神殿騎士に見つかった。剣士三人に槍士が二人だ。


「くっ…さすがに全ての戦闘を避けるのは無理か、仕方がない。」


 俺は武器は抜かずに、神殿騎士達を傷付けないよう素手で応戦する。剣で斬りかかって来た一人を躱して背後に回り、背中を突き飛ばして転倒させると、後衛にいたリーチの長い槍使いの騎士から攻撃する。身を低くして縮地を使うと一瞬で懐に入り込み、鳩尾に一撃を食らわせて気を失わせ、槍を取り上げてからその柄でさらに横にいたもう一人の槍使いの脇腹をつき、背中から肘打ちをして沈ませた。

 すぐさま三人の剣士が同時に襲いかかってきたが、それらの攻撃を躱すと、蹴りと肘打ち、膝蹴りを叩き込んで気を失わせる。


 襲って来た五人を動けなくすると、そのまま廊下を礼拝堂へ向かって一直線に走り続けた。…が、またすぐに複数の神殿騎士に取り囲まれてしまった。


「逃がさん!!大人しく投降しろ、侵入者め!!」


 ザザッ


「7人か…侵入したこっちが悪いとは言え、投降するわけにも行かない。話を聞いて貰う…って言うのはやっぱり無理かな。」

『それは悪手です、ルーファス様。事情を話したところで信じて貰うのは難しいでしょう。下手をすれば魔法を封じられてどこかに投獄されるか、最悪の場合は処刑されます。』


 処刑か…多分死なないだろうけど、それはそれできっとまずいよな。


『当たり前です!!』


 うわっ、アテナが怒った…!


「仕方ない、傷付けたくはなかったけど、結局強行突破するしかないんだな。反応速度上昇、『クイックネス』!!」


 俺は自分に素早さと反応速度を上げる補助魔法をかけ、攻勢に出た。今度も剣は抜かずに素手で交戦する。数が多いため低威力の土魔法で足場を崩したり、風魔法で突風を起こし、体勢を崩したところを狙って一撃で気を失わせて行く。


「よし、後もう少しだ…!」


 再び神殿騎士達を撃退し、動き出そうとしたところで、少し先の部屋から騒ぎ声がして、ラファイエが勢いよく飛び出して来た。


「いけませんラファイエット様!!お待ちを…!!」


 バンッ


「ルーファス…!」

 侍女らしき女性達を置き去りにして、ラファイエは俺のところへ駆け寄って来る。

「この騒ぎはやっぱりあなただったのね、部屋から出ちゃだめって言ったのに…っ!」

「ラファイエ…巻き込んですまなかった、もう俺に構うな、君まで咎められることになる。時空点さえ見つかれば、俺はすぐに元の世界に帰れるから、気にしなくていい。」

「だめ!!さっきレクシュティエル様の魔力が放たれたのを感じたわ。あの方に見つかればもう逃げられない。どんな理由があろうとも、許可なく侵入した人間を決して許してくださらないわ、きっとフォルモール様とレウニオス様に殺されてしまう…!」

「フォルモール…!?フォルモールってまさか…蒼天の使徒アーシャルの大神官の…?」

「蒼天の使徒…?なんのこと?フォルモール様はレクシュティエル様の従者よ。レウニオス様とお二人で、お仕えしているの。」

「…!」


 ――違うのか…?いや…でもフォルモールなんてそう聞く名前じゃない。光神の従者だって…?


「とにかく私と一緒に来て!礼拝堂からなら隠し通路があるから、私が一番信頼している護衛騎士に頼んで外に逃がしてあげる…!」


 そう言うとラファイエは、パシッと俺の腕を掴んで、強引に引っ張ると走り出した。


「よせラファイエ、多分無理だ!今日会ったばかりの俺に、そこまでしてくれなくていい…!!」


 バンッ


 礼拝堂の大扉を勢いよく開き、ラファイエは俺の腕を掴んだまま祭壇の方へとぐいぐい引っ張って行く。


「放っておけないの…!私が庇えば、レクシュティエル様はあなたを傷付けられない。途中までは一緒に行くわ…!!」


 そう彼女が言った瞬間だ。俺は背後にただならぬ気配を感じて、咄嗟にラファイエを抱きかかえてその場から飛び退いた。


 シュシュンッ


 ガキィンッ


 直前まで俺がいたその場所に、大剣の強烈な一撃が振り下ろされ、床の石タイルが欠けて飛び散る。


「――ほう…俺の一撃を躱すか。」


 ――俺とラファイエの前に、何処からともなく転移魔法で二人の人物が姿を現したのだ。


「若造…我らが主君、光の神たるレクシュティエル様の神殿に、誰の許しを得て侵入した?」


 巨大な剣を軽々と肩の上に持ち上げ、薄いクリーム色のウェーブがかった輝く髪に、藍色の額飾りを付けた碧眼の美丈夫が俺を見た。一見した感じ、豪腕の聖騎士、と言った印象だ。


「…姫巫女ラファイエット・テネリタース。これはどういうことですか?まさか外界の穢れた人間を、あなたが神殿内に引き入れたのではないでしょうね。もしそうであれば、ルシリス様への叛意と見做し、巫女と言えど許しませぬよ。」

「フォ、フォルモール様…!」

「!」


 フォルモール…この男が…――


 真っ直ぐに伸びた肩までの長さの金髪に、月桂樹を模した葉飾りの付いたサークレットを着け、巨大な宝玉石の付いた白金の杖を手に、ゾッとするほど冷ややかな紫色の瞳が俺とラファイエを見下ろす。

 その冷徹な表情とラファイエに向けられた温かみの欠片もない声に、俺はこの男が間違いなく話に聞いた蒼天の使徒アーシャルの大神官、狂信神官フォルモールだと確信した。


「そこのおまえ、幾重にも張られたこの結界障壁に守られし神殿に、どうやって入り込んだのです?答えなさい。」

「――…正直に答えて、あなた方は素直に俺を信じてくれるのか?」

「ルーファス、だめ…!!」

 ラファイエは俺の腕を掴み、必死に何度も首を横に振る。


「はは、生意気な若造だな、面白い。おまけにいい度胸だ、我らを相手に少しも物怖じせぬとは。何者かは知らぬが、下銭の身で我が(あるじ)の領域に足を踏み入れた罪は重い。レクシュティエル様の美しいお目を汚す前に我が剣の露と散れ。――斬光無影断。」


 キュオオォ…ブアッ…ズゾゾゾゾンッ


 周囲の空気が軋む不気味な音を立て、白い中心点に渦を巻いた後、正面に振り下ろされた大剣のそれが、一気に放出されて見えない斬撃となり、物凄い速さで矢のように俺目掛け襲いかかって来た。


『ルーファス様…!』

「わかってる、反撃はしない。『ディフェンド・ウォール・レクシャス』。」


 頭の中にアテナの声が響き、俺は防戦のために防護障壁を発動した。


『対光神従者戦闘フィールド展開。フォースフィールド、クイックネス、インテリジェンス・ブースト。ルーファス様、補助魔法等は私にお任せ下さい。どうか回避・防御にご専念を。』


 ――ああ、助かる、アテナ。


 大剣騎士の放った攻撃が、俺の防護障壁に吸収されて無効化される。


 シュオン


「なにっ!?」

「な…」

 それを見た瞬間、光神の従者だと言う二人が驚愕の表情を浮かべた。

「え…ルーファス…!?」

 すぐ近くで俺を見ていたラファイエも目を丸くしている。


「申し訳ないが、多分あなた達の攻撃は俺に通用しない。言っても無駄かもしれないが…少しでいい、話を聞いてくれないか?」


 俺はラファイエに危害が及ばないように離れ、それと同時に彼女に動かないように言って防護障壁で包んだ。


「な…なんなのだ、おまえは…!!天雷よ我が手に集いて聖なる槍となれ!!『ヴォルティクス・スピア』!!」


 ガガガッカッ…シュドドドドンッ


 フォルモールが自身の杖に魔力を集め、そこから一気に五本の槍状に変化した雷撃を放った。


「『ディフェンド・ウォール・レクシャス』。」


 キュウンッ


 その魔法攻撃も防護障壁で吸収させて貰う。彼らの攻撃をディフェンド・ウォールが吸収する度に俺の防護障壁は輝きを増して行った。


「俺は自分の意志でここへ来たわけじゃない。帰る方法を探しているだけなんだ。だからあなた達を傷付けるつもりはないし、出来れば戦いたくない。武器を納めてくれないか?」


「それを信じろというのか、侵入者が…!!」

「私達の攻撃が通用しないと言いましたね、愚か者が…いいでしょう、本気を見せてあげます。行きますよ、レウニオス!!」

「間を開けるな、フォルモール!!」

 殺気立った表情で二人の従者が猛攻撃に出る。


「――はあ、聞く耳も持たない、か。どうしてこう…組織に従属した人間って頭が固いんだろうな。俺はあなた達に構っている場合じゃないんだけど。」

 仕方なしに俺は腰のエラディウム・ソードを引き抜いた。

『ルーファス様、10分ほど放置することで、彼らは全ての攻撃を出し終えます。どの攻撃も全く通用しないとなれば、少しは話を聞く可能性も出て来ますが、いかがなさいますか?』


 わかった、それまで回避に専念するよ。ただ、もしかしたら…――


『はい、なんでしょう?』


 …いや、なんでもない。


 俺は出来るだけレウニオスの攻撃は自力で回避し、フォルモールの魔法だけを防護障壁で吸収して行く。ディフェンド・ウォールは普段、リフレクトで受けた攻撃を跳ね返すことが多いが、神魂の宝珠を解放して以降、属性攻撃なんかだとエネルギーを吸収するようになった。

 それがドンドン溜まっていくと、障壁を解除した時に発生する衝撃波が桁違いに強力になる。一応周囲に気を配って放つつもりだが、場合によってはこの二人をかなり吹き飛ばしてしまうだろう。そうなると当然、相手は無傷では済まない。

 だからそんなことになる前に、そろそろ攻撃を止めて欲しかったのだが…――


 …だめかな、これは。…さっきから感じる視線の持ち主は、この後俺がどう出るのか興味津々で高みの見物を決め込んでいるみたいだし、潮時かもしれない。


 ふう…アテナ、そろそろ十分だ、ディフェンド・ウォ−ルを解除するから、あの二人が怪我をしないように少し威力を落としてくれないか?


『かしこまりました。』


「はあ、はあ、馬鹿な…傷一つ負わせられないなど…ありえん…!!」

「どの魔法も全てあの障壁に吸収されてしまう。あのような防護魔法など未だかつて見たことがない…!おのれ、貴様何者だあ!!」


 相手が全ての攻撃を出し切ったところで、これ以上の戦闘は無意味だと判断し、俺は防護障壁を解除することにした。


「――俺の話を聞く気になってくれたら、名前も名乗ります。もう十分でしょう。忠告します、受け身を取らないと壁に叩き付けられますよ。――防護魔法解除。」


 シュインッ…カッ…ドオッ


 ディフェンド・ウォールを解除した途端に、貯まりに貯まっていた力が、一気に放出され指向性の衝撃波となって二人を吹き飛ばす。


「があっ!」

「うおおっ!!」


 ドンッドガッ


 俺の忠告は聞き入れられず、二人は壁に叩き付けられた。


 ――アテナ…


『きちんと威力は減少させました。ルーファス様の忠告を聞かない彼らが悪いのです。』


「仕方がないな、彼らの傷を癒やせ、『エリアヒール』。」


 俺は怪我をした彼らの傷を治癒魔法で癒やした。


「――凄い、ルーファス…あなたも治癒魔法が使えるのね?それにあの防護障壁はなあに?全ての攻撃を無効化して吸収してた…初めて見たわ…!」

「ラファイエ…」


 ラファイエの防護障壁を解除し、彼女が俺にまた駆け寄って来た、その時だ。


 再び俺は、自分に向けられた殺気とは異なる気配に、後ろを振り返る。


 シュンッ


「…!」


 ズアッ…


 ――それは転移して来たと同時に俺に畏敬の念を抱かせた。


 あの二人とは全く異なる、恐ろしいまでの存在感と、放たれる闘気。全身が白銀と黄金色の光に包まれ、腰までの長さの、神々しく輝く黄金の髪が、自身が放つオーラで上方に舞い上がり靡いていた。

 その手には同じく白銀に輝く刀身を持つ美しい中剣が握られ、背中に羽が生えているわけでもないのに、ふわりと動いて足音が一切しなかった。


 背中にぞくりと寒気がするほどに美しく整った顔立ち。澄み切った青空のような紺碧の瞳に、まるで輝く光そのもの、と言っても過言ではないほどの眩しさに、俺の目が眩みそうになる。


 ああ、なるほど…きっと誰もが惹かれずにはいられない。それはおそらく、俺でさえも。

 春の日差しに似た温かさに、慈愛に満ちた優しささえ感じる。ゆっくりとこちらに近付いてくる、その人物は――


 ――紛う事無き光の神、『ルシリス・レクシュティエル』と呼ばれる、至高の存在だった。

 

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