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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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62 目覚めし災厄カラミティ ②

鏡の中の女性が出現させた転送陣に飛び込んだルーファスですが、その先は真っ暗闇でした。魔法で灯りを点け周囲を見回すと…?

       【 第六十二話 目覚めし災厄カラミティ ② 】



 フオン…シュウン


 真っ暗な部屋の中心に、青白く輝く転送陣が出現し、そこからルーファスの姿が現れた。と同時に、足元に光っていた転送陣は消え去り、周囲には暗闇と静寂が広がる。


「真っ暗だ…ここはどこだろう。」


 …無事にどこかに着いたみたいだけど、暗くてなにも見えない…。


 ――いつもならすぐに表示される頭の中の詳細地図が、画面は出ているのに、自分の位置を示す信号以外なにも表示されなかった。

 足元を見ると転送陣は既に消えていて、俺はすぐにはノクス=アステールに戻れないことに気付く。


 転送陣は消えたか…ウェンリーとシルヴァンにはなにも言えずに来てしまったけど、ウルルさんに精霊の粉を渡してあるし、俺がいないことに気付けばきっと後で鏡に連絡して来るよな。


 転移前最後に見たあの女性の姿は気懸かりだけど、考えても仕方がない…とにかく俺に誰を止めて欲しいと言っていたのか、周囲を調べてみよう。


 突然の異変に、見知らぬ鏡の中の女性。相手が誰なのかもわからないのに、助けを求められてそのまま転送陣に飛び込むなんて、いくらなんでも少し無謀だったかな。


 後でシルヴァンに怒られそうだ、そう思いながら暗闇に目を凝らす。


 ――薄ぼんやりと非常灯のような光が離れた位置にぽつん、と見える。でもそれ以外に灯りはなく、殆ど視界が確保できなかった。

 その方向へ行こうと一歩足を踏み出すと、ガツン、とすぐになにかに足先がぶつかる。手で触れるとそれは固くてひんやりと冷たく、つるつるとした石のようなものだった。


 大きな石…かな?…スキルの暗視でもよく見えないなんて…ああ、そうだ、この間リカルドから解析複写(トレース)した照明魔法を使ってみよう。


「闇を照らせ、『ルスパーラ・フォロウ』。」


 ポポポンッ、と勢いよく三角形を描くように三つの光球が出現し、一瞬で周囲が明るくなる。


「うん、これでよく見えるようになった。うわ…酷いな、なにがあったんだ?これは…――」


 まるで爆発でもあったかのような崩壊の仕方をした部屋の中に目を丸くする。壁は崩れ、床にはかなり大きな破片がいくつも転がっていた。

 結構頑丈そうな壁材なのに、とぐるりと周りを見回すと――


 …え…?


 目の端を横切る、脇の壁にベッタリと付いた血の跡のようなものが見えた。


 驚いてバッとそちらを振り向くと、その真下に、背中を壁に付け両手足をだらん、と投げ出し、座った格好で力なく俯いた人の姿が目に飛び込んで来た。


 ――誰か倒れている…!?


「おい…!!大丈夫か…!?」


 ビチャッ


 慌てて駆け寄ると液体を踏んだ音がして、俺の足元の床一面に広がる血溜まりに愕然とする。


「凄い出血だ…しっかりしろ、今助けるから…!!」


 相手がまだ生きていることを確かめると、俺は急いで治癒魔法を発動した。


「傷を癒やせ、『エクストラ・ヒール』!!」


 淡い緑色の光が力強く輝き、意識のないその怪我人の身体を包み込んで行く。


 ――酷い怪我だ…辛うじて息はあるけど、瀕死の状態だ。なぜこんなに酷い怪我を?この凄まじい破壊されたような部屋と言い、ここでなにがあったんだろう。


 治癒魔法をかけ続けながら、あの女性が止めて欲しい、と言っていたのはこの人のことではなさそうだな、と相手を覗き込む。


 …ん?この人…漆黒の髪色?…エヴァンニュでは珍しいな。


 重傷だったその怪我人は、元々の生命力が強いのか、あっという間にその傷が癒えて行く。


「…良かった、この分ならもう大丈夫だ。」


 俺は動かせるようになったその怪我人を血溜まりから移動させ、無限収納から取り出した携帯用の長いクッションの上に運ぶと、そっと横たわらせた。

 これでよし、暫く休ませればその内に目を覚ますだろう。とにかく間に合って良かった。そう思い、頭の下に布を束ねて枕を敷こうとした時だ。


「え…この顔…黒髪の鬼神、ライ・ラムサス…!?」


 灯りに照らされた顔を見て俺は驚いた。近衛服こそ着ていないものの、以前王都の二重門(ダブル・ゲート)の前で会った、思ったよりも小柄だと印象的だったその人だったからだ。


 ――どうしてこんなところに?ここは王都のどこかなのか?


「おい、しっかりしろ、ライ・ラムサス!!おい!!」

「う……」


 呻き声は上げたものの、かなりの出血量だったため、意識を取り戻すのには時間がかかりそうだった。


「弱ったな、もう命に別状はないと思うけど、こんなところに放っていくわけにも…」


 それになんだか、この場所はおかしい。肌に纏わり付く空気がねっとりとしていて、気持ちが悪いくらいだ。澱んでいる、と言うか…歪んでいる、と言うか…


『――ルーファス様?』


 突然横にアテナが姿を現す。


「アテナ…!目を覚ましたのか。」

『はい、ここはどこですか?ノクス=アステールにいたはずでは…』


 俺は掻い摘まんでここに来るまでの出来事をアテナに話して聞かせた。


『そうでしたか、そんなことが…でもおかしいですね、ルーファス様が覚醒されたのなら、私もすぐに目を覚ますはずなのですが。』

(やかた)内の様子がおかしかったからな、声を掛けても何の反応もなかったよ。それより、ここがどこなのかすぐに調べてくれないか?詳細地図が表示されないんだ。」

『かしこまりました。少々お待ちください。』


 アテナが周辺を細かく探査していくと、ようやく俺の頭の詳細地図が更新された。だが相変わらず目的地のような信号は記されないようだ。


『…ここはどこかの遺跡の中のようですね。位置的にはエヴァンニュ王国の西方辺りのようです。』

「エヴァンニュの西?…と言うと、まさかルク遺跡か?その辺りにはそれぐらいしか思い当たる場所がないんだけど…もしそうだとしたら、随分遠くに送られたな。」

『はい。それになにか…ここは特殊な力場が発生しているようです。時間と空間が歪められているような…ルーファス様、気をつけられた方がいいかもしれません。この遺跡は、なにかおかしいです。』

「そうか…俺もなんだかそんな気がしていた。アテナ、なにかあるとまずい、俺の中に戻れ。」

『はい、そうします。』

 すぐにアテナは姿を消し、俺の中に戻った。


 ――さて、どうするか。ライ・ラムサスを放っておくわけにもいかないし…事情を聞ければ早いんだけど、まだ気が付きそうにないしな。とりあえず彼を連れて出口を探すか。


『そこに横たわっている方のことですか?確か以前、王都でお会いしたことがありますよね?』


 うん、なにがあったのかわからないけど、酷い怪我をしてここに倒れていたんだ。俺が治癒魔法で治療した。まだ意識が戻らないし俺が背負っていくしかないかな。


 俺はもう一度ライ・ラムサスに近付き、横にしゃがむとそっと彼の顔に触れて状態を確かめた。


「…うん、大分顔色も良くなって来たから…そろそろ気が付くかな。あの時はかなりキツい表情をしていると思ったのに、こうして見ると年相応でまだ少し若いな。」


 ウェンリーと同じ年だって言っていたっけ…


 そんなことを思った、その時だ。


 ――キイイイイイイィィィィイン…


「…!?」


 突然、強烈な耳鳴りが鳴り響く。


 この耳鳴りは、まさか――


 すぐにぐらりと身体がどこかへ引っ張られるような激しい眩暈が起き、足元が揺らぎ始めた。


「…くっ…あ、アテナ…!?」


 俺はこの身体の異変と感覚に、覚えがあった。今までに何度も経験している、()()の感覚だ。


『ち、違います、ルーファス様!!これは外部からの干渉です…!!』


 外部からの、干渉…!?…まずい、ライ・ラムサスから離れないと巻き込む…!!


 俺が慌てて転がるようにライ・ラムサスから距離を取った瞬間――


 ――俺はまた、()()()()()




                ♦ ♦


「はあ、はあ、じいちゃん、しっかり!!」


 年老いた祖父に肩を貸し、その身体を支えながら薄暗い通路をジャンは急いだ。

内部が組み変わっているが、さっきライと一緒にいた階は地図作成をしたおかげで

すぐに上階への階段を見つけられた。

 だがすぐ上の階と、さらにその上の階は階段の位置が変わっていたため、液体傷薬で治療したとは言え、痛みの残る身体を引き摺る祖父を連れて移動するのは大変だった。

「ジャン…わしらに逃げろと言った、あの黒髪の若者は誰だ?」

 壁伝いに寄りかかるようにしながら、老人はジャンに尋ねた。

「ライ・ラムサスって人だよ。どこかからじいちゃんに会いに来たんだって。ヨハンが言うには、この国の昔の話が聞きたいって言ってたらしいよ。」

 ジャンからライの名前を聞いた老人は、なにかを考え込むように眉間に皺を寄せる。


 ズズッ…ドオンッ


「うわっ!!ま、また地震…!?」


 再び聞こえた遠くからの音と、微かな震動にジャンはビクッと身構えた。


「いいや、これは外のようだな。…遺跡の中からの音ではない。」

「ええっまさか外でもなんか起きてるとか言わねえよな?じいちゃん…!」

「………」


 老人はジャンの問いに答えず、険しい顔をして天井を見る。


「うわああん、じいじ、ジャン兄ちゃあん!!」

「ジャン兄!!」

 その時、歩いていた方向の曲がり角から、レゴ、アダム、ヨハン、マリナを背負ったネイ達の姿が見え、一斉に子供達が駆け寄ってきた。


「お、おまえら…良かった、無事だったのか…!!」


 ジャンはマリナとネイ、ヨハン達を抱きしめる。


「じいじ、お怪我ちたの?大丈夫?」

「ああ、大丈夫じゃよ。」老人はマリナの頭を優しく撫でた。

「ジャン兄、大変なんだよ、あの大きな音がした後、遺跡から出ようとしたら…通路が全部塞がってて、外に出られなくなっちゃったんだ…!!」

「なんだって!?」

「おいら達、散々歩き回って道を探したんだけど、どこにも出口がないんだ。それに、外からなにかが爆発するような物凄い音がし始めて…どうしよう、閉じ込められちゃったんだよジャン兄…!!」

 不安気に半分ベソをかきながら、レゴとヨハンがジャンにしがみ付く。

「じいちゃん、どういうこと?」

「――おそらく遺跡の防御機構が働いたんじゃな。まさか千年も前の遺物が息を吹き返すとは思わなんだ…。」


 ――おまけにあの奥の隠し部屋…一瞬しか見れなんだが、あれこそ大昔の歴史書に記されておった真紅の亡霊…災禍の化身に違いない。…この遺跡は、もしかしたら、人が触れてはならぬものだったのかもしれん…。


「俺、上に行って一応出口がないか調べてくるよ!!」

 ジャンはすっくと立ち上がり、自分の目で確かめる、と言わんばかりにそう言った。

「待て、ジャン!!上階は危険じゃ!!この遺跡は下層に行くほど頑強に作られておる、たとえ地上で今なにが起きていても、中にいれば安全じゃ、すぐに外へは出ん方がいい!!」

「じいちゃん…?」


 祖父の言葉を受け、ジャンは大人しく言うことに従うと、子供達と一緒に来た道を戻り下の階へ降りて、そこにあった比較的広い部屋に子供達を集めた。


「ジャン兄、ライおにいたんはどうちたの?どこへ行ったの?」

 ジャンの膝の上に乗ったマリナが、ライを気にしてジャンの顔を見上げる。

「マリナ…」

「ジャン兄?」

 ネイも気になっていたのか、心配そうにジャンの顔を見た。


 ライさん…すぐに高価な薬をくれて、俺とじいちゃんを逃がしてくれた。あんな化け物みたいなの相手に…無事だといいけど――


「――じいちゃん、俺ライさんの様子を見に(つるぎ)の大広間へ戻ってみるよ。下からは音も聞こえないし、もしかしたら怪我をして倒れてるかも。」

「ええっ!?」

「ライおにいたん怪我ちたの!?」

 マリナはその大きな瞳に涙を浮かべてしがみ付く。

「大丈夫だよ、かもしれない、って言ってるだろ?」


 老人は少しの間黙って考え、やがてわかった、気をつけて行け、とジャンを送り出した。


 ――ジャンは祖父と子供達を置いて、再度下へ向かう。確かにこの遺跡は下へ降りるほど頑強で、上ではさっきまで聞こえていたなにかの大きな音も、ここまで降りると殆ど聞こえない。

 逆にあの(つるぎ)の大広間での出来事が夢だったんじゃないかと思うほど、下はシンと静まりかえっていた。


 …上の方は黄色と赤の光が点滅して明るかったけど、ここはいつの間にか真っ暗だ。なにか灯りを持って来りゃよかったな。そう思いながら、壁に手を当て、ジャンは慎重に奥を目指す。

 そうして注意深く歩いていると、突然ふっと壁の光る文字が復活し、急にまた周囲が明るくなった。

「遺跡の機能が復活したのかな?まあいいや助かった、これでよく見える…!」

 ジャンは表情をパッと明るくして、一気に走り出した。


 通路を足早に先へ進むと、ジャンが祖父を連れて逃げた時は、まだ原形を留めていた(つるぎ)の大広間の壁が、完全に破壊されて無残に転がっているのが目に入る。


 嫌な予感がしたジャンは急いでその角を曲がると、少し先の床に敷かれた長いクッションの上に横たわる、ライの姿を見つける。


「ラ…ライさん!!」

 すぐに慌てて駆け寄るも、ライの白かった衣服が血で真っ赤に染まっていることに気付いて動揺し、ジャンは真っ青になってたじろいだ。


 し、死んでる…!?


「…う、嘘だろ…?まさか…ライさん!!起きろよ!!ライさん…ラ…」

「う…?」

「!!」

 ジャンが震える手でゆさゆさとライを揺さぶると、その刺激でライは間もなく意識を取り戻した。

「よ、良かった…あんた、死んでんのかと思った…!!」

 目を開けたライに、ジャンはホッとして笑顔を向ける。

「ジャン…?」


 ライは右腕を床について身体を支え、ゆっくり起き上がると、すぐに自分の身体に痛みも怪我も全くないことに気付いて驚いた。


 ――痛みが…怪我が、治っている…!?なぜだ、おそらく俺はあのたった一撃で内臓を損傷して、死にかけていたはずなのに…!


 乾いた血がこびりついた両手を見ても信じられずに、夢だったのかとも思ったが、白かったシャツが自分が吐いた血で真っ赤に染まり、生乾きで肌に張り付いていたことから、夢ではなかったと自覚する。


 そうして遠い意識の中で、誰かが自分を今助ける、と言って緑色の光り輝く治癒魔法を施し、その後でしっかりしろ、と名を呼んでいたような、そんな気がしたことを思い出した。


 …あれは…誰だ?誰だったんだ…俺を覗き込む、ブルーグリーンの瞳だけが見えたような――


 そう思い腕を動かしたその時、濃紺の上着のボタンに、長い銀髪が一本、絡みついていることに気が付いた。


 長い銀髪…ブルーグリーンの瞳…まさか、ルーファス…?ルーファスが俺を助けてくれたのか…?


 どうやって――


「ライさん、大丈夫か?どこか痛いの?」

「…いや、大丈夫だ、どこもなんともない。」


 ライはすぐに立ち上がり、身体が一切ふらつくこともなく動くことに、さらに驚く。


 …凄い…ヴァレッタも言っていたが、治癒魔法というのは、こんなに凄いものなのか。…驚いたな。だが、肝心の彼は…ルーファスは、どこに?


「ジャン、ここで俺の他に誰か人を見なかったか?たとえば、銀色の長い髪を一つに束ねた、ブルーグリーンの瞳の優しげな男とか…」

「はあ!?…なにその具体的な問いかけ…誰もいるわけないじゃん!!てか、あの不気味な剣と化け物みたいな赤い男はどこ行ったんだよ?」

「――…」


 ライは破壊された周囲の壁と、完全に消えた床の円形陣、そして壁に光っていた青く光る文字もその輝きを失っていたことから、あれはもうなんらかの方法で外に出たのだと思った。

 そしてなぜかはわからないが、ルーファスももう近くにいないのでは…そう感じた。


「…わからん。だがおそらく、ここの中にはいないだろう。」


 ライはジャンの肩に手を回すと、移動を促し、上階へ向かって歩き出す。


「お爺さんの怪我は大丈夫か?」

「うん、あんたがすぐに薬をくれたからじいちゃんは動けて、俺と逃げられたんだ。その…ありがとう、助かったよ。」

「…そうか、なら良かった。」


 道すがらライは、ジャンから子供達が全員無事だったことと、遺跡の入口が完全に塞がり、出口がなくなったらしいことを聞く。


 ――やはりこの遺跡は封印のための遺跡だった。封じられていたのは、あの青黒い剣と真紅の死人のような男…あの男は、おそらく人間ではない。

 あんな恐ろしいものを封じていた遺跡であれば、自動的に出口が塞がるのも当然なのかもしれん。そう考えると、この遺跡が元の形に戻る可能性はかなり低い…


 どこかに他の出口があるといいが、なければここから出られない…?


 ジャンと一緒に上階へ戻ると、ライを見たマリナが嬉しそうに駆け寄って来る。


「ライおにいたん…!!戻って来たあ…!!」


 ぽふん、とライの足元に飛び込むマリナをライはその場で抱き上げた。


「マリナ…心配をかけたみたいだな。」

「ライお兄ちゃん、良かった…!」

 ネイやヨハン、アダムもライの傍に来て周囲を取り囲む。


 今日出会ったばかりの自分に頼るほど、子供達が不安に押し潰されそうになっていると、ライはすぐに理解した。


「――ルクサールの考古学者、ヘイデンセン・マルセル氏。俺はライ・ラムサスと言う者だ。王都からこの国の昔のことなど、話を伺いたくてあなたに会いに来た。…まさかこんなことになるとは思わなかったが…出口が塞がったらしいと言うのは間違いなさそうだろうか?」

 名を名乗り、話をしようとしたライを老人は訝しむような目で見て、暫くの間黙り込む。

「…じいちゃん?」

 ジャンはなぜすぐに答えないのか、と不思議そうに祖父を見た。

「…そうらしいな。おそらくあの剣と不気味な男をここから出さぬ為のものであったのだろう。…無駄だったようだが…。」

 ふう、とヘイデンセンは溜息を吐く。

「俺の知る遺跡に関する知識では、封印を目的としたこのような遺跡の場合は、一度仕掛けが作動すると、なんらかの方法で最初の状態に戻さない限り、まず元の形状に戻ることはないと記憶している。上階の他に、どこか外に出られる出入り口はないのだろうか?」

「――…」


 ヘイデンセンはそのまま暫くの間答えを探すように、じっと長い間沈思黙考していた。

「…遺跡の中に他の出口はない。…だが、あの男が現れた柩があったあの部屋…壁に完全に塞がれていたのだから、柩を運び込む入口がどこかにあってもおかしくはない。」

「あそこか…!」


 ――だが逆にその入口は、柩を入れた後で完全に塞がれている可能性もあった。


 それでも、調べてみる価値はあるか。


「わかった、ならば俺がすぐに調べてこよう。なにか見つかり次第戻ってくる。水や食料はあるか?」

 俺の問いかけにすぐさまヨハンとレゴが答えた。

「お水はあるよ、持って来た。けど食べる物は…」

「家に殆どなかったんだ。」

「そうか、ならばおれの携帯食料を全て置いて行こう。戻るまで時間がかかるかもしれないから、皆で分けて少しずつ食べるんだ。いいな?」

「あ、ありがとう、お兄ちゃん…!!」


 そうしてライはヨハンとレゴの頭をくしゃりと撫でると、すぐに無限収納から残りの全ての携帯食料を取り出し、子供達に渡した。


「ライさん…」

「ジャン、お爺さんとマリナ達を頼む。できるだけ早く戻る。」

「け、けど…ライさん、仕掛けとか、古代文字とか、わかんの?もしなにかあったら…!」

 真剣な表情でジャンが訴える。ライを心配しているのだ。

「――ジャン、一緒に行ってやれ。おまえならある程度古代文字も理解できるだろう。」

「な…」

 ヘイデンセンの思わぬ言葉に、驚いたライは目を見開く。

「じいちゃん、いいの?」

「おい、この子になにかあったらどうする…!?」

「ではなにもないように、あんたが孫を命がけで守ってくれ、()()()()()。」


 ヘイデンセンが意を決した、鋭い眼光で下から見上げるようにライを見た。

「黒髪の、鬼神…?なにそれ…じいちゃん?」

 ジャンはライの綽名を知らないのか、首を傾げている。


「――俺を御存知か。」


 道理で訝しむように見ていたわけだ。…だが俺が誰かを知った上で、ジャンを守れと言っている…?


「名を聞いて思い出した。おまけにその漆黒の黒髪…あんたの噂は色々と聞いている。無論、この国の出身でないこともな。」

「…そうか。俺はこの国にあったと言われる、守護壁についてあなたに話を聞きたかった。無事にここを出られたら、ゆっくり話を聞かせてもらえるだろうか?」

「ああ、いいぞ。…出られたらな。」

 そう言ってヘイデンセンは大きく頷いた。


 ネイはジャンがライと一緒に行くと聞くと、すぐに水の入ったボトルと、携帯食料を分けて手渡す。

「ジャン兄…気をつけてライお兄ちゃんと行って来てね。待ってるから。」

「ああ、任せろ。」

 ジャンはそれを腰にぶら下げた巾着に押し込んだ。


 そうして俺とジャンは、また剣の大広間に戻り、そこからどこかに出入り口がないか、隈なく時間をかけて探すことになった。

 ヘイデンセン氏の推測は当たっていた。あの真紅の男が眠っていた柩の下に、細かい砂が滑り落ちて行く隙間を見つけたのだ。

 周囲を手分けして調べると、柩を一定の方向に動かすことの出来る溝のような痕跡があった。

 それは千年もの間固定されていたために、非常に重く、二人でかなりの力をかけないと動かせなかったが、時間をかけてどうにか移動させると、ゴトン、という大きな音と共に床が沈み込み、エレベーターのようにさらに地下へと降りられることがわかった。

 これで出口が見つかったかと一瞬喜んだのだが、それも束の間…――


 ――可動床で降りた先には、半分だけ開いた状態の紋様が刻まれた扉があった。その紋様は七つの玉が等間隔で円形状に縁に沿って並び、中心には太陽を象ったような円が刻まれ、間に放射状に伸びたなにかの小さな文字が並んだ今までに見たことのない装飾だった。

 幸いにして俺が通れるくらいに隙間が空いていたため、そこから中を覗き込む。

だが…そこには、地獄の底まで続いていそうなほどに深い、下へ下へと続く階段がある、真っ暗な闇が口を開けていた。


「――これは…」

「すっげえ…真っ暗…。」

「一応灯りはあるが、この先にもし出口があったとしても、こんな暗闇をマリナ達が進んでいけると思うか…?」

「…無理、だと思う。」

「…だろうな。」


 ヒョオオォォ…


 音を立てて下から吹き上げる風の中に、俺は微かに潮の香りを感じた。


「海の…潮の香りがするな、なぜだ…?」

「えっ…あ、ホントだ!…え、ちょっと待って…もしかしてこの先って、『海神(わたつみ)の宮』かも…!」

海神(わたつみ)…海を守護しているという、神のことか?」

「うん。エヴァンニュの西の海には、大昔にオルディスって名前の島国があって、そこを治めていた王様が海の神様の化身だった、って言う伝説があるんだ。だけどその王様は家臣の裏切りにあって殺されそうになり、国を海の底に沈めて姿を消した。その海神様が眠っているのが海神(わたつみ)の宮だって言われているんだ。」


 ――で、その海神(わたつみ)の宮は海の中ではなく、エヴァンニュの地下にある海底洞窟にある。…というジャンの話だった。


 …海底洞窟?待て、それが本当なら、この先は出口ではないんじゃないか?そう思ったのだが、ジャンは逆に海底洞窟なら、エヴァンニュの地下に広がる地下迷宮に通じている可能性が高いかも、と俄然先に進む意欲を見せた。


「…とにかく行ってみるか。こうしていても時間だけが過ぎて行く。あまり長くかかると、一番小さいマリナの体力が心配だ。」


 なんとしても出口を見つける。俺とジャンはそう決心して、暗闇の中へと足を踏み入れるのだった――




               ♢ ♢ ♢


 見知らぬ女性の転送陣でどこかの遺跡に送られた、と思ったら、今度はまた知らない場所に飛ばされた。…いったい、どうなっているんだ…。

 しかも今回は俺の自己管理システムのせいじゃない、アテナはそう言った。外部からの干渉だ、と…あの遺跡、なにかおかしいと思っていたけど、やっぱり時空の歪みがあったのか?

 イシリ・レコアで見かけたような時空点…あれが大きく広がったような状態だったのかもしれない。だけど、それで俺が飛ばされる理由がわからない。

 それに、そんないつもと異なる飛び方をしたら、きちんと元の時代に戻れるかどうか、わからないじゃないか。そう思うと一抹の不安が頭を(よぎ)る。


 それはともかく、ここはまた…どこなんだ。


 ――確かに以前の飛び方とは違うらしい。なぜならここは、どこかの屋敷の敷地内にある庭のような場所だったからだ。


 薄い緑がかった白色の外壁にドーリア式と呼ばれる柱が並んで、一見すると目の前の大きな建物は神殿のように見える。ドーマーが並んだ若草のような緑の傾斜がキツい屋根に、奥の方には聳え立つ塔のようなものも見えるし、その隣には教会の鐘楼のようなものと中に黄色い鐘が吊り下げられ、どこかで見たことがあるようなシンボルを掲げた屋根飾りが見えた。


 どうしてこんなところに?庭の青々とした芝生の上に、ぽいっと放り投げられたような形で尻餅をつき、呆然としていた俺は、すぐ近くから聞こえて来た人の声と気配に、慌てて身を隠そうとした。…が――


 ま、まずい、隠れる場所がない…!!


 きょろきょろと周囲を見回す俺の目に、あの女性から香っていた匂いの元と同じく、薄い青色の花を咲かせた薔薇の木を見つける。


「もう放っておいて下さい、誰も私に構わないで…!!」


 その声は若い女性の声で、もう、すぐそこにいるようだった。


『ルーファス様、お早く…!!』


 アテナ…!?そう言われたって…ええい、仕方がない…!!


 慌てに慌てた俺は、蔓に棘があるのも構わずに、庭に咲いていたブルーローズの茂みの裏に頭から身体を突っ込んだ。


 痛…っ棘が…まあいいか、どうせすぐに治るだろう。


 殆ど間を空けずに、若い女性が泣きながらこちらへ走って来た。


 危なかった…既のところで間に合った。…と、ホッとしたのも束の間――


「もういや…!!レクシュティエル様の巫女なんて、辞めてしまいたい…!!」


 ドサン、という音がして、その女性は芝生に突っ伏し、選りにも選って俺の目の前に倒れ込んだ。


 わっと顔を伏せて泣き出す女性に、頼むから顔を上げないでくれ、と心から願う。彼女が顔を上げたら、確実に俺と目が合いそうだったからだ。だが…俺はそこでハッと気付いた。その女性の髪色に。


 ――真珠色の真っ白い髪…あの鏡の中の女性と同じだった。


 その長さこそセミロングほどで差があれど、色は全く同じだ。真珠のような光沢があって、俺の銀髪とは違う、純白に近い白…少なくとも俺は、そんな髪色の女性をこれまでに見たことがなかった。


 もしかしてこの人は――


 そう思い、確かめようと身体を動かしたのがまずかった。


 僅かにしか動いていないのに、薔薇のとげが服に引っかかり、それが外れた拍子に枝葉が揺れ、ガサリ、と音がした。


 まずい…!!


「…誰…!?」


 それは気付くだろうな。パッと顔を上げたその女性と、俺の目は見事にバチッと合ってしまった。

 悲鳴を上げられる!!…と覚悟したのだが、目を瞑って肩を竦めて待っていても、その時はやって来なかった。

 代わりにそっと目を開けると、鮮やかなブルーグリーンの瞳が、じっと俺を見ていた。


 ああ、間違いない…少し若く見えるけど、あの鏡の中の女性だ。どこか懐かしい仄かなブルーローズの香りに…薄い桜色の唇――


「……あなた…誰?どうしてそんなところにいるの…?」


 悲鳴を上げるでもなく、まだ泣き濡れた大きな瞳がきょとん、と俺に向けられた。

 困り果てた俺は目をあらぬ方に向けながら、無言で茂みから這い出た。


「その…気が付いたらここにいた、と言うか…怪しい者じゃない、と言っても…信じて貰えない、よな。やっぱり…」


 騒がれてはいないものの、すぐに憲兵か警備の人間に突き出されるのが落ちだろう。そう思ったのだが、その女性は俺の手から血が出ているのを見るなり、「大変、怪我をしているじゃないの、こっちへ来て。」と言っていきなり俺の手を掴み、ぐいぐい引っ張って行く。


「えっいや、あの…ちょっと!」


 あっという間に建物の中へ引き摺り込まれ、問答無用で近くの椅子に座らせられると、彼女は〝じっとしていてね、すぐに治してあげる。〟と言って小さく呪文を唱え、俺の手に両手を翳して淡い緑色の光を放った。


 治癒魔法…!


「はい、お終い。もう大丈夫よ。」

 にこっと屈託のない、輝くような笑顔を向けられ、俺は正直に言ってかなり戸惑った。

「あ、ありがとう…」

 俺の傷は放っておいてもすぐに治るのだが、この時は素直に嬉しいと感じて自然と口からお礼の言葉が出る。


「私はラファイエ。ラファイエット・テネリタースよ。あなたは?」

「え?ええと…俺は…ルーファス…ルーファス・ラムザウアーだ。」

「そう、ルーファス…素敵な名前ね。どこから来たの?年は幾つ?とても綺麗な銀髪ね。それに、あなたのその瞳、私と同じ色だわ。どこに住んでいるの?ここへはなにをしに?」

「いや、ちょ、ちょっと…!!」


 ずいっと顔を近付けられ覗き込まれて、矢継ぎ早の質問に俺は後退る。


「あん、逃げなくてもいいじゃないの。向かい合わせがだめなら、隣に座ってもいいかしら?」


 返事をする間もなく、彼女は俺の隣に腰かけ、俺の腕に何の躊躇もなく自分の腕を絡めた。


 鏡の中の彼女とはまるで別人だ。儚げで悲しそうで…物静かな印象だったのに、初対面のどこの馬の骨ともわからない俺と、平然と腕を組めるなんて――


 そう思ったのだが、それはどうやら俺の誤解だったらしい。


「私ね、一目見ただけでその人がどんな人なのかわかるの。あなた…普通の人じゃないでしょう?白銀に黄金色の光を身に纏っているなんて、レクシュティエル様と同じだわ。」

「!」


 俺の生命色が見えるのか…!?


「それにルーファス…あなたは『時翔人(ときかけびと)』ね。」

 ラファイエは口元に人差し指を立て、ウインクをして俺を見る。

時翔人(ときかけびと)?」

 初めて聞く言葉だな。


「時間を行ったり来たり…()()()()()()()()()()のことよ。」


 そう言ってラファイエット・テネリタースと名乗った鏡の中の女性は、俺と同じブルーグリーンの瞳で微笑んだ。  

次回、目覚めし災厄カラミティの続編です。お楽しみに。仕上がり次第アップします。

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