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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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57 新たな側近

元気になったトゥレンは、大人しく病院にいられず、ついには勝手に退院しようとします。それを止めようとしたライとイーヴでしたが、結局問題がないと言うことでトゥレンは城へ帰ることになりました。翌日、イーヴとトゥレンの前でライはヨシュアに側付きになるよう打診しますが…

          【 第五十七話 新たな側近 】



「――なにをしている、トゥレン…!!」


 時間は朝…王都立病院はまだ診療開始前の早い時間だ。俺は俺を呼びに来たイーヴと共にここへ駆け付け、看護婦の制止も聞かず、勝手に退院の身仕度をするトゥレンを見て、思わずそう言った。


 今から少し前、俺はいつものように近衛の詰め所に出勤していたのだが、仕事を始めようと机に付いたところで、慌てた様子のイーヴがトゥレンを止めて欲しい、と言って執務室に駆け込んで来たのだ。


「ライ様…決まっているではありませんか、もう自分は全くなにも問題ないので退院するのです。俺のような元気になった人間が、いつまでも病室を占拠しているのはおかしいでしょう?」

 然も当然のようにしれっとした顔でトゥレンはそう言った。その態度と言い、とてもつい先日生死の境を彷徨った人間の言葉とは思えず、俺とイーヴは一時(いっとき)絶句してしまう。


「なにを言っているのだ、貴殿は死にかけたのだぞ!?最低でも一月(ひとつき)は安静にしていろと私は言って――」

 それでもなんとか説得しようと必死になるイーヴに、その言葉さえも遮って猶もキッパリと怪我は完治した、とトゥレンは強く言い放った。

「イーヴ、俺は本当に大丈夫だ、もう十分休養した。おまえにも負担をかけ通しだし、いい加減ライ様の元に戻りたい。ライ様、俺はこれ以上あなたのお側を離れているのは我慢できません。その理由はおわかりですよね?」


 だからこうするのは当たり前だ、とでも言うような瞳を向けて、トゥレンは暗に同意を求める。

 つまりは、俺との主従契約のことを言いたいのだろう。


 …だが少し様子がおかしい。


 普段ならこんな時は周囲を安心させるように笑って見せるトゥレンが、その表情からは笑みが消え、何処となく雰囲気までもが変わったような気がする。以前のような温かみのある優しげな印象が薄れ、まるでミレトスラハにいた時のように気を張ってでもいるようだ。これではイーヴが心配するのも無理はない。

 心なしかそわそわと少し落ち着きもないようだし、イーヴは普段と変わりがないのに、トゥレンにはなにか気になることでもあるのだろうか?


「…医師は退院しても問題はないと言っているのか?」

「関係ありません、俺は本当にもう大丈夫なのです!」

 俺ははあ、と深く溜息を吐き、額に手を当てる。全く…困った奴だ。

「…トゥレン、おまえがここに運び込まれてから、必死に治療に当たってくれていた医師や看護師に対して、それがおまえの誠意ある態度か。」

「…っ…そ、れは……ですがライ様…!」

「少しでも感謝の気持ちがあるのなら、せめてもう一度きちんと診察を受け、医師が本当に問題がないと言うかどうか確かめてからにしろ。俺も診察に立ち会ってやる。その上で納得すればおまえが城に戻るのも許そう。でなければ、勝手に退院しても俺の傍にいることは認めんぞ。それでもいいのか?」


 俺がここまで言ってようやくトゥレンは諦め、不承不承、わかりました医師の診察を受けます、とベッドに腰を下ろした。


「イーヴ、悪いが事情を話して担当医を呼んで来てくれ。」

「は…はい、かしこまりました。」

 納得のいかない顔でイーヴは傍にいた看護婦に案内を求め、一緒に病室を出て行く。その間に俺は様子のおかしいトゥレンと少し話をすることにした。


「…どうした、トゥレン。なにかあったのか?おまえらしくもない。」

 ふう、とまた短く溜息を吐き腕を組んで壁に凭れかかると、トゥレンの表情を注意深く覗う。なにか悩んでいそうなのは確かなようだ。

「身体が回復しているのは確かなのだろうが、イーヴがおまえを心配する気持ちも考えてやれ。あいつがおまえを救おうとどれほど必死で動いていたか、想像も出来ないおまえではないだろう。」


 イーヴは未だトゥレンの身を案じている。俺は毎朝欠かさずにここへ通うその姿を見ており、イーヴのそんな胸の内も察していた。

 それに俺は主従契約のことを一切イーヴに話しておらず、おそらくそれはトゥレンも同じだろうと考えていた。でなければイーヴのことだ、なぜそんな契約を結んだのか、と文句の一つや二つ、言いに来てもおかしくはない。

 俺とトゥレンの間で交わされた契約を知らず、どうやってトゥレンが助かったのか、そのことも知らないイーヴにしてみれば、たとえ驚異的な回復を見せてもすぐに安心できないのは当然だ。況してやあいつも医師の資格を持っているのだから。


 俺の言葉を聞くなり、トゥレンは心底驚いた顔をして目を丸くする。


「…なんだその顔は。」

「――ライ様がイーヴの心中を察して気にかけられるとは…驚きました、我々のことは陛下の飼い犬と思っておられたのではないのですか?」


 面食らった顔をして嫌なことを言う。悪気はないのだろうが、自分の態度を深く反省した今の俺にとって、こいつのこの言葉は耳が痛い。


「その考えは改めた。…少なくとも、おまえ達があの男の命令だけで俺の傍にいるのではないと言った…おまえのあの言葉の意味はそれなりに理解したつもりだ。…少し遅かったがな。」

「ライ様…」


 トゥレンは一瞬目を細め、喜びと安堵の入り混じったような顔で俺を見た。だがそれは本当に一瞬で、すぐに憂いを含んだ表情に変わり、眉を顰めてまた目線を落とす。


「それは俺とイーヴがライ様の信頼を得られた、と言うことですよね?そしてこれからもずっとお側にいさせて頂けると言う…そうですよね?」

 両手を膝の上に置き、俯いたまま握り拳をぎゅっと締め、なぜか妙なことを確かめるように聞くトゥレンに益々おかしい、と俺は首を傾げる。

「?…今さらそれを聞くのか?俺が嫌だと言っても離れんと言ったのはおまえだろう。」

「それは当然です、俺は絶対にあなたから離れるつもりはありません。そうではなくて、その…俺は、あることが心配で…」

「なんだ、なにを心配している?はっきり言え、トゥレン。」

≪…なにが言いたいのか、さっぱりわけがわからん。≫


 ぐっと唾を飲み込み、目を落ち着きなく泳がせながら、それでも小さく呟くようにトゥレンが下を向いたまま言葉を吐き出す。


「…赤…、赤い光が……」

「赤い光?」


 言い難そうに口に出したトゥレンのその言葉の先を聞く前に、イーヴが看護婦と担当医師を連れて戻って来た。


 俺は医師に俺がトゥレンを必要としていることと、本人の希望から本当に問題がなければ、無理はさせないよう気をつけるので城に連れて帰りたいと話した。

 そうとでも言わなければ、トゥレンは今にも脱走してしまいかねないほど思い詰めているように見えたからだ。


 ――結局、医師の診察でも身体に問題はなく、傷も痕が残ってはいるものの完治しており、様子を見ながら少しずつ仕事をしても差し支えないだろう、と許可が出て、トゥレンは俺達と一緒に城へ帰ることになった。



「――では俺は仕事に戻る。イーヴ、今日はもう戻らなくていい、あとはルーベンス隊士に補佐を任せるから、トゥレンが部屋から出ないように近くにいて見張っていろ。問題がなければ仕事に復帰させるのは明日からだ、くれぐれも無理をさせるな。」

「はい、承知しました。」


 ライは紅翼の宮殿のセキュリティ・ゲート前でそう言うと、まだなにか言いたそうに自分を見ているトゥレンを一瞥し、それでもイーヴがいるのだから大丈夫だろう、と二人と別れ、近衛の詰め所に戻って行った。


「…ルーベンス隊士?」

 その場に残されたトゥレンは、ライが去って行った方向を見ながら、ライの口から出た、聞き慣れない名前に訝しんで眉を顰める。


「第二小隊所属の近衛隊士のことだ。ヨシュア・ルーベンスと言う名で、近頃なにかとライ様のお傍で細かな仕事の補佐をしている。」

「近衛の隊士がライ様の補佐を!?おまえがお傍にいながら、なぜ不用意に他者を近付けたのだ?もしライ様に反感を持ち、危害を加えるような人間であったらどうする気だ…!」


 セキュリティ・ゲートを通過し、歩きながらトゥレンは不満を顕わにしてイーヴを見る。自分がいない間に良く知らない人間がライの傍を彷徨いている、それだけで苛立つほどどこか過敏になっていた。

 それに対してイーヴもさすがに少しおかしい、と気付き首を傾げる。なぜなら王宮内の警備と要人の護衛をも担うことがある近衛隊は、その人選も厳しく、実力者であることは元より、はっきりとした身元やそれなりの人格者であることも要求されるからだ。

 当然ライがその指揮官に着任した時点で、再度一人も残さず経歴の確認を共にしており、トゥレンがそこまで腹を立てるような理由がどこにあるのか、イーヴには全くわからなかった。


「トゥレン…なにを言っている?近衛の隊士だぞ、一通り経歴などには目を通しただろう。第一ライ様ご自身がなぜか彼を気に入っているようで、好んで近くに置き仕事をさせたがるのだ、仕方がないだろう。」

「では聞くが、その者になんの問題はないのか?」

 猶も疑うような目でイーヴを見て問い詰めるようにトゥレンは訊ねる。

「ああ、特にはな。それだけでなく、ライ様は私に身辺調査を命じたことから、近いうち彼を側付きに加えようとお考えなのだろう。人手が欲しいと仰っておられたしな。貴殿も職務に復帰したらその目でルーベンス隊士がどんな人材か確かめるといい。」

「…当然だ、ライ様はこの俺が、()()()()()()()お守りする。」

「…?」


 それだけ言うとトゥレンはイーヴから視線を逸らし、伏し目がちに前を見る。


 そのトゥレンの視界は、今また暗褐色(セピア)に染まり、隣にいるイーヴだけが周囲と異なる赤色を放っていた。


 ――…信じられん。未だに "(スコトス)の眼" で見ると、イーヴの胸の辺りからは赤々とした光が放たれており、何度見ても変わる様子がない。おかげで今日まで、ライ様になにかあったらと思うと俺は気が気でなかった。

 …なぜだ…なんの理由があって赤い光を放つ?イーヴ、おまえは俺と同じで誠心誠意心を込め、ライ様にお仕えしているのではなかったのか?


 いや、まだだ。イーヴがライ様に対して、敵意や殺意を抱いていると考えるのはまだ早いかもしれん。ネビュラ・ルターシュはそう言った感情がなくとも、本人が意図せずそう言う状況になることもあると言った。

 イーヴが本当はライ様に敵意を抱いているなどと、考えたくもないし、俺は信じたくない…!


 そうだ、そのルーベンスという者が、イーヴの調査結果を受け、ライ様の側付きになることでなにかが起きるのかもしれん。…俺がその者を(スコトス)の眼で見極めればすぐにわかることだ。


 そうだ、きっとそうに違いない。


 イーヴ…俺の大切な幼馴染であり、生涯の友と思う心から信頼できる親友…おまえが、俺の…俺達の主君であるライ様に、害をなす存在であるはずはない――


 自分のすぐ横を並んで歩くイーヴの、普段通りの顔を横目で見ながら、トゥレンは祈るような思いを抱く。


「…イーヴ、俺はまだおまえに礼も謝罪もしていなかったな。色々と心配をかけてすまなかった。それから…俺のために手を尽くしてくれて、ありがとう。」


 気を取り直し、そう告げていつもの笑顔を向けたトゥレンに、イーヴは気にするな、と言って、トゥレンの背中をポン、と叩くと、普段彼にしか見せることのない静かな微笑みを返すのだった。



                ♢ ♢ ♢


 ――翌日から早々に仕事に復帰したトゥレンは、昨日とは打って変わってやけにすっきりした顔をして執務室にいた俺の前に現れた。


「おはようございます、ライ様。長らく留守にしてご迷惑をおかけしました、本日からまたよろしくお願いします。俺にもなんなりとご遠慮なくお申し付けください!」

「………。」


 にこにこにこにこと不気味なほどに上機嫌でそう言ったトゥレンに、なにか笑い茸のような悪い物でも食ったのか、と少し後退(あとずさ)る。


 …なんだこの変わり様は?昨日とはまるで別人だ。…知らぬ間に頭でも打ったのだろうか…。


 まじまじと見るもただ機嫌がいいだけで、おかしくなったわけではなさそうだ。


≪…まあいい。≫


「――体調は問題なさそうだな…でも無理はするなよ。早速だがおまえにも一応聞いておきたいことがある。」

「はい、なんでしょう?」


 気が抜けそうになるほどの笑顔で返事をするトゥレンに、俺は先日イーヴにしたのと同じように、"守護壁" について聞いたことがないか尋ねてみる。


「エヴァンニュを悪しきものから守る "守護壁" ですか?…いえ、俺も聞いたことはありません。俺とイーヴは本当に幼い頃からいつも一緒にいたので、耳にした話も殆ど同じだと思います。」

「そうか…」


 他にも何人かにこれまで同じ質問をしてみたが、誰も守護壁について聞いたことがないと言う。ならば後はどうやって調べるか、だ。


 あの男が考古学嫌いだという話は、リーマの言う通り事実だった(俺は信じないが)らしく、イーヴから聞く限り国内でもかなり周知されていた。だが俺はその裏側にあるはずのあの男の隠された意図に疑いを持っていた。

 あの男は "考古学" と態と名指しして、毛嫌いしているように見せかけているようだが、調べてみたところこの国は幼年学校でも、古い歴史になるほど教育課程から除外されている。

 つまり俺が思うに、国民から遠ざけておきたいのは考古学だけでなく、過去の歴史に関すること全般のような気がした。


 そのことを頭の中で繰り返し考えていると、不意にあの軍事棟に侵入した正体不明の子供が記録に残した、いくつかの言葉が思い浮かんだ。


『闇の守護神剣(ガーディアン・ソード)』『初代国王エルリディン』『封印』と言った言葉だ。


 ――確かあの技術研究室には、膨大な情報を管理している記録装置があったはずだ。あの侵入者はそれを調べた形跡があったと聞く。閲覧すればなにかわかるかもしれないな。


 俺は席を立ち、腰の後ろで手を組んで俺の机の前に直立するトゥレンに、軍事棟の技術研究室に行って来る、と告げた。ところが…


「お待ちください、ライ様。もしや国の情報記録を閲覧なさろうとお考えですか?そのまま行っても軍事棟の機密区域には入れませんよ。記録を閲覧するには、国王陛下の許可が必要です。」

「なに?」


 出鼻を挫かれるトゥレンの言葉だった。


 記録装置に保存されている膨大な情報の中には、コンフォボル王家に関わる重要な機密事項も含まれており、極限られた人間以外は機密区域に入ることさえも禁じられているという。

 そのため『アクセス・キー』という鍵が必要で、それがなければ扉さえも開かないらしい。


「ちっ、面倒な…おまえかイーヴのどちらか、その権限を所持していないのか?」

「さすがにそれはありません。俺達にも普段これと言って必要のないものですから。ですがライ様でしたら、陛下に申し上げればすぐに許可して頂けるのではありませんか?」

「おまえは俺に、自分からあの男に会いに行けと言うのか!?冗談ではない!!」


 俺は思わずカッとして、久しぶりに声を荒げてしまった。…が、


「――と…すまない、怒鳴るつもりはなかった。」


 ハッとして我に返ると自分の態度を改める。こいつは俺がしようとしていることに対して最善の方法を提案しただけで、なにも会いに行けとは言っていない。怒鳴り散らし八つ当たりするのは俺の大きな間違いだ。

 …そんな俺の考えを見抜くかのように、トゥレンはただ嬉しそうににこにこと表情筋を緩めていた。…くそ、調子が狂う。


 そこへ別件で出ていたイーヴがルーベンス隊士を伴って戻って来た。ノックの音に続いてカチャリと静かに開く扉と共に、中へ入るなりいつもの口調で言い放つ。


「――久しぶりにライ様の怒鳴る声を聞きましたね。復帰早々にトゥレンがなにかやらかしましたか?」

「おい、イーヴ。」

 人聞きの悪いことを言うな、とトゥレンがジトッとした目でイーヴを見やる。


 こんなやり取りを見るのも久しぶりだ。左程長い期間ではなかったのだが、ようやくこの二人が揃い、俺はトゥレンを失わずに済んだことを実感して心の底からホッと安堵していた。


「おはようございます、ラムサス閣下。ヨシュア・ルーベンスです、お呼びですか?」

 いつものように少し緊張した面持ちで背筋を伸ばし、イーヴの影から進み出たルーベンス隊士は、その場で俺に敬礼をする。

「ああ、話があって来て貰った。トゥレン、俺はおまえが戻ったら彼に正式に打診しようと思っていたことがある。説明する時間がなかったから、おまえはこの場で聞いてくれ。」

「はい、わかりました。」


 俺は机に寄りかかるようにして身体を預け腕を組むと、イーヴには事前に伝えてあったため、それを確かめるように一瞥する。俺と目を合わせたイーヴは、俺の意図を汲み取り一度瞼を閉じると、そのまま小さく頷いた。


「第二小隊所属ヨシュア・ルーベンス近衛隊士。辞令は貴殿の返答を聞いた上で後日手渡そうと思うが、今日から貴殿にはここにいるイーヴ、トゥレンと共に俺の側付き兼第二補佐官として直属の臣下となって貰いたい。」

〝えっ…〟というルーベンス隊士の驚いた声が漏れ聞こえる。

「但しこれまでの近衛の任とは異なり、今後は俺の私的なものを含めた行動の全てに関わることになるから、イーヴとトゥレンから詳しい説明を聞き、よく考えた上で都合が悪ければ断ってくれて構わない。」


 呆然とした顔でポカンと口を開けたままのルーベンス隊士に、後できちんと話を聞いていたか確かめた方が良さそうだな、と思いながら、俺はさらに、もし引き受けてくれるのなら、第二小隊からは抜けて貰うと言うことと、現在王都の自宅から城に通っているようだったが、紅翼の宮殿に移って貰うことになると言うことを簡単に話した。


「――俺が…俺が、本当にラムサス閣下の…()()()の側付きに…?」


 …ん?


 信じられない、という表情で手を震わせるルーベンス隊士が、気のせいか、俺をライ様、と呼んだように聞こえた。


「今俺を名前で呼んだか?」

「うわっ、は、はい、すみません!!あんまりにも嬉しくてつい…閣下の許可を頂いたわけでもないのに、大変失礼致しました!!」

「…いや、別に構わないが…」

 固くならなくていい、と何度も言っているのだから、まあ呼び方ぐらい目くじらを立てることでもないか。


「そう言えばライ様、いつの間にか俺達にそう呼ぶな、と仰らなくなりましたね。」

 ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべてトゥレンが言う。

「うるさいぞトゥレン、俺が幾らそう呼ぶなと言っても、言うことを聞かなかったのはおまえ達だろうが。」

「ではルーベンス隊士が側付きに加わった際は、ライ様、とお呼びするのは改めますか?」

 イーヴがしれっとしてそう突っ込んで来た。

「イーヴ、貴様…!」

 俺を揶揄って態と言っているのがわかり、俺は久々にイーヴを睨みたくなった。


 ――以前の俺ならばこんな風に話すことなど出来なかっただろう。これからもあの男に対する感情が変わることはないと思うが、この二人とのこんな関係はそんなに悪くない。…俺はこの束の間の穏やかな時間に、ただそう思った。



 午後になって俺は、ルーベンス隊士に説明を、と頼んだのに、どうしても付いてくると言い張って聞かなかったトゥレンと一緒に、昼食を取りに城下へ出ると、大通り沿いのレストランで食事を済ませた後にその足で王立図書館へ向かった。


 王立図書館は王都のラインバスが通る大通りから、南西部の高級住宅地に入る少し手前にあり、広大な敷地とファーディア王国の王城に使われている建築様式を真似たもので建てられた、白亜の芸術的な外観をした建物だ。

 入り口には緩やかな階段を上った広めのエントランスがあり、左右にエンタシスの飾り柱が聳えている。正面は受付と吹き抜けになっており、一階床面積の三分の二ほど前面側の壁を除いて、後は三階まで全てギッシリと等間隔で並べられた本棚で埋め尽くされている。


 俺とトゥレンはシンと静まり返った館内を、案内板に従って進みながら目的の書物のある場所を探して歩いた。

 ある程度の目星を付けて二階へ上がると、一旦ここで二手に分かれることにする。


「俺は歴史書を中心に探す。おまえは魔物関連の書籍や出版物を当たってくれ。」

「はい、任せて下さい。」

 トン、と握った右の拳で自分の胸元を叩き、トゥレンは俺から離れて行った。


 ――お願いします、わかりました、任せて下さい、か。以前の騎士然とした堅苦しい言葉遣いと違って、随分と砕けた返事の仕方になったものだ。

 良く言えばそれだけ俺とトゥレンの間にあった距離が縮まった、と言うことなのだろう。だが主従契約を理由に、片時も離れたくないと言わんばかりに付き纏い、ベッタリと傍にいたがるのだけは正直に言って迷惑だ。


 あいつがいるのではこの後リーマのところへ寄るのは難しいな。仕事は休みだと言っていたから、今日は夜に城を抜け出して行くしかないか。


 そんなことを考えながら、歴史関連の書籍を探すが、やはり予想していた通りかなり数が少ない。置いてあるのは比較的近年の年鑑的なものが殆どだ。

 二十年ほど前に崩御した前国王ラドクフ陛下の時代は、そこまでうるさくはなかったと言うが、それでも色々と制限はあったらしい。つまり代々国王はなんらかの理由があって、歴史を国民に広く学ばせたくなかった、ということなのだろうか。


 並んでいた年鑑の中で最も古いものを手に取り、開いて中を確認していると、すぐ傍から聞き覚えのある女の声がする。


「おや、まあ…あんた、意外な場所で意外な人物に会うじゃないか。」

 顔を上げて見るとそこにいたのは、バイトラス・カッターの変異体討伐時に共闘した女守護者(ハンター)だった。

「そうやって本なんか手にしてる姿も偉く絵になるねえ。」

 彼女は俺を見て科を作ると、ウインクをして本棚に寄りかかる。


「確かAランク級守護者パーティ、根無し草(ダックウィード)のリーダー…ヴァレッタ・ハーヴェルだったか。先日は色々と世話になったな。」

「憶えててくれたのかい?嬉しいねえ、黒髪の鬼神…いいや、ライ・ラムサス近衛指揮官♥あたしのことは()()()()、って呼んでおくれよ。」


 あからさまに誘うような瞳で彼女は俺の腕に触れてくる。…おかしい、こんなに気に入られるようななにかを()()()()()覚えはないんだが。


「そうそう、あんたの部下のあのお兄さん、どうなったか気になってたんだよ。かなりヤバそうだったけど、命は助かったのかい?」

 かと思えば、どうやらトゥレンのことを気にかけていてくれたらしく、気遣うように尋ねてくる。

「ああ、なんとかな。ここに一緒に来てその辺を歩いているから、良かったら声を掛けてやってくれ。」

「えっ…歩いてるって…あんな酷い怪我してたのに、もう治ったのかい!?…冗談だよね?」

「いや?本当だ。」

「へえ…、回復魔法で治すかなにかしたのかね…あの一瞬で怪我が治る力ってのは、信じらんないくらい凄いもんね。まあなんにしても助かったのなら本当に良かったよ。あんな化け物相手に身を挺してまであんたを庇うなんて、見上げた忠誠心を持った部下だよ?余程慕われてるんだね。」


 慕われている、か。そう言われて俺は思わず苦笑する。部下にどう思われていたとしても、それであんな風に死にかけられては、忠誠を捧げられる方は堪ったものではない。


 ――軽く目を通してみたが、俺が求めている情報は手にしていたその本に載っておらず、それを閉じて今度は別の本を取るとまた開いた。

 その間もヴァレッタはなにをするでもなく、なぜかうっとりとした視線を俺に向け続けている。


「おまえはなにしをしにここへ?凡そ守護者とはあまり関わりのありそうな場所でもないと思うがな。」

 はあ、と短く溜息を吐き、居心地の悪さを隠しながら本に目を落としてそう尋ねる。邪険にするつもりはないが、あんな瞳でじっと顔を見つめられるのは、気まずくてどうにも落ち着かない。

「悪かったね」と口を尖らせたヴァレッタは、ここへは魔物と変異体についてなにかわからないか調べに来たと言う。


「さすがにこれだけ敵が強くなっちまうとね…ちょっと情報不足でしんどくなって来たもんだからさ、あたしはリーダーとして仲間を守る義務があるんだよ。そのためにも魔物の情報は少しでも仕入れておきたいんだ。」

「…なるほど、さすがだな。それでなにか掴めたのか?」


 脳筋系の(かしら)は多いが、ヴァレッタは違うようだった。伊達にAランク級守護者のパーティーを率いていないな、と感心する。上級クラスの守護者は地道な情報収集の重要さを良く理解しているものだ。その些細な行動が生死を分けることもあると経験から知っている。

 彼女はあの時、目の前で別パーティーの守護者が殺されても怯まず、負傷したトゥレンと俺のために果敢に変異体を引き離してくれた…守護者の名に恥じない信頼できる相手だ、と俺は思う。


 ≪よく見るとかなりの美人だしな。着飾れば周囲の男共からも引く手数多だろうに。≫

 情熱的なオレンジ色の髪に新緑の瞳…気の強そうな勝ち気な印象も凜としていて悪くない。竹を割ったようなその性格も好感が持てるし、多くに好かれることだろう。


「それがねえ、さっぱりなんだよ。調べても調べても肝心なところは出て来やしない。」

 お手上げだ、と言うように両手を開いてヴァレッタは首を振った。


 現在判明している変異体の情報は、その殆どが討伐した守護者から齎されている。だが聞くところによると、変異体は通常の魔物がなんらかの要因で突然変異を起こした存在だという。

 ではその原因とは、いったいなんなのか。彼女はそれが知りたいらしい。


「魔物に関する専門的な知識なら、おまえ達守護者(ハンター)やギルドの方がよほど詳しいだろう。仲間内や知り合いに詳しい人物はいないのか?」

「ああ、まあ…一人、いるにはいるんだけどね…」

 はああ、と一際大きな溜息を吐いてあらぬ方に目を向けると、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、気軽に会って話の出来るような相手じゃあないんだよ、とぼやく。

「トップハンターの『リカルド・トライツィ』…知ってるかい?滅多にお目にかかれないような超美形でさ、フェリューテラ中の魔物の知識に関して彼の右に出る者はいないとまで言われてるんだけど、そいつがね、知る人ぞ知る偏屈なのよ。」

「ほう。」


 ヴァレッタはそのリカルド・トライツィに以前不興を買って、それは手酷い目に遭わされたらしく、たとえなにか情報を持っていても、二度と関わり合いになりたくないんだと言った。

「ふ…それは災難だったな。俺は名前しか知らず、見かけたことすらないが…もし会うことがあったら、精々不興を買わぬように気をつけることにしよう。」

 俺が思わず笑いながらそう言うと、ヴァレッタは笑いごっちゃないんだよ、と不貞腐れた。…その時だ。


「――ライ様が、女性を相手に笑っておられる…」


 いつの間に来たのか、何冊かの本を胸に抱えて呆然としたトゥレンが通路脇に立っていた。


「ああ、本当だ、本当にもう歩いてるよ。兄さんあんたよく無事だったね…!」

 ヴァレッタはトゥレンを見るなり確かめるように、ペタペタと無遠慮に腕や身体を触りまくる。

「ちょっ…なんですか!!いきなり触らんで下さい!!」

「あはは、ちょっと触ったくらいで赤くなるなんて、初心(うぶ)だね、あんた。」

「はあ!?」

「うるさいぞトゥレン、ここは図書館だ、大きな声を出すな。」

「す、すみません…」

 なんで俺が怒られるんだ、と言う顔をしてトゥレンはヴァレッタを睨む。


「俺の方はまるでだめだな。なにか見つかったか?」

 トゥレンが本を抱えているのを見て近付くと、手を出してそれを受け取る。

「いえ、大したものはありませんでした。やはりライ様の仰る通り、正攻法ではなにも見つからないかもしれませんね。」

 そう言ったトゥレンが持って来たのは、ギルド発行の小冊子やありきたりな魔物に関する情報誌が何冊かだった。

「いったいなにを調べているんだい?黒髪の鬼神。」

「ああ…俺の方もおまえと似たようなものだ。魔物について調べているのだが、少し別の観点から探っているところだ。」


 興味を示したヴァレッタに、俺は俺が考えている推論と、エヴァンニュの守護壁について仮説を話した。


「へえ…面白いね、魔物の活性化の裏に、守護壁か…うん?ああ、そう言や前に仕事で行ったルクサールで、エヴァンニュの加護がどうとか言ってた考古学の学者先生がいたっけ。」

「なに?もしなにか知っていたら、詳しく聞かせてくれ。」

「ああ、いいよ。」


 ここで俺はヴァレッタから思いも寄らぬ情報を得る。それはやがて訪れるという、『災厄』についての警告だったらしい。


 ――考古学の観点からすれば、フェリューテラはいずれ魔物を筆頭に危機的状況を迎える。過去の歴史はそれを伝承に残し、具に警告し続けているのに、この国の民はその事実を知らされていない。

 悪しき魔を退けるエヴァンニュの加護が消え去る前に、人々は真実を知り、来るべき災厄に備えなければ。


 ヴァレッタの知るその学者先生とやらは、事あるごとにそう周囲に言い聞かせていたという。


「今あんたの話を聞いて思い出してさ。その加護ってのが、ひょっとしたらあんたの言う守護壁のことだったんじゃないかい?」

「ああ、おそらくそうだろう。…その学者先生に直接話を聞いてみたいな。」

「元気ならまだルクサールに住んでいると思うけど?」


 ヴァレッタから聞いたその学者の名前は『ヘイデンセン・マルセル』。齢八十を過ぎたご老人で、現在もルク遺跡の調査を続けている数少ない著名な考古学者のようだ。


 但し、会えるかどうかは微妙だよ、と人差し指を立てると、彼女はずいっと顔を近付けて少し下から上目で俺を覗き込む。


「その近衛の制服で行ったら、まず話を聞くどころじゃなく速攻追い返されるだろうね。」


 なんせあの爺さん、()()()()()()()()()()()。ヴァレッタは俺にそう言った。


次回、仕上がり次第アップします。

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