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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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50 守るべきもの ①

王都の戒厳令が解かれて以降、ライは多忙な日々を送っていた。イーヴとトゥレンの二人との関係にも、ほんの少し変化が見られるようですが…?

        【 第五十話 守るべきもの ① 】



 ――考えてみれば俺は、この国に来てからと言うもの…ただ自分の境遇を呪うばかりで、誰のこともまともに見ていなかったような気がする。

 少なくとも〝周囲には敵しかいない〟ずっとそう思い込むことで、誰の温もりも感じられないことから来る人恋しさと、この世界で一人きりになったような寂しさを否定して来たのは確かだ。

 苛ついて反発を繰り返し、当たり散らすことで感情をぶつけていたのは、結局のところ子供のように甘えていたのに過ぎない。

 俺は…本当はあの二人に頼っていたことを、いつも陰日向から支えられていたことを、わかっていながら…認めたくなかった。


 だからきっと…これは身勝手な俺へと下された罰なのだろう。



             ♢ ♢ ♢


 ――王都の戒厳令が解除されてから数日が経過した。


 警備システムを徹底してあったはずの軍施設に、カオスという子供の姿をした侵入者と合成魔獣(ケミカル・ビースト)と呼ばれる謎の魔物が入り込んで以降、王国軍全体の様々な見直しを迫られ、俺の忙しさは日を追うごとに増している。

 そんな中でも俺が最優先事項としたのは、近衛隊の対魔物戦闘訓練だった。


 仮にも王族が住む王宮のある範囲内に、魔物が侵入していたと言うのに、その場の警備に当たっている国王軍が、民間組織に頼らないと何の対処も出来ないなど、本来絶対にあってはならないことだと俺は断じる。

 あの時軍施設内に、あのレインにそっくりなSランク級守護者であるルーファスが居合わせなければ、この国がどうなっていたか誰も危機感を感じないのか、と言いたい。

 俺にとっての国王がどうであれ、国の根幹が揺らぐような警備体制は、俺が全王国軍(私兵は除く)の管理を任される頂点に立つ以上、徹底的に改善させてもらうと決めた。


 最終的には全王国軍兵士に、魔物が相手でも戦えるようになって貰うつもりだが、その前に対人戦しかしたことのない兵士達が、どの程度の訓練で魔物の相手が可能になるか知っておく必要があった。

 そこで公式では最も優れた人材の集団だと評価されている、近衛隊の訓練から先に始めることにし、各所の反発を無視して直後から行動を開始した。


 当然のことながら訓練には知識よりも実戦の方が遙かに重要となる。なぜなら対人戦と違って、対魔物戦闘に定石は存在しないからだ。

 多種多様でその性質や行動もバラバラ、おまけになんらかの原因で変異を起こしたり凶悪化したりする魔物は、こうすればいい、ああすればいい、と口で説明してなんとかなる敵ではない。

 自分の命を守りながら確実に倒すにはひたすら戦闘を繰り返し、その特性を見極め、どんな攻撃や行動をしてくるか、こちらからのどんな攻撃なら通用するか、経験によって叩き込んで覚えて行くしか方法がないと言ってもいいぐらいだ。


 だがそう説明しても頭の固い連中にはわからない。だから俺は自分に与えられた権限を最大限に行使し、王都内に放置されていた広大な地域があることに目を付けると、その場所を訓練場に指定して、民間人や関係者以外の立ち入りを禁じた。

 後でなにをしていたか公になると問題だ、などと騒ぐ連中を説き伏せて厳重な管理体制を敷き、自分自身が所属している魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の協力を得た上で、今日も強制的に訓練を行うとこの場所に視察に来ている。


「これより近衛第6小隊、第7小隊の対魔物戦闘訓練を開始する!!訓練用戦闘フィールド内に魔物を放て!!」


 ガコンッガコッガコンッ


 号令担当隊士の掛け声と共に連続して開け放たれた檻の扉から、一斉に12体ものウェアウルフが飛び出して行く。

 対して戦闘用に完全に壁で仕切られたフィールド内にいるのは、全部で12人の近衛隊士達だ。

 これまで低ランクの魔物を相手に、俺が直轄する全近衛隊士達は戦闘訓練を繰り返し、ようやくまともに見られる形になって来たところだった。


「集団が相手でも魔物が同程度のランクなら、どうにか様になって来たか。」


 子供の頃から剣を手に魔物と戦って来た俺とは違って、エヴァンニュの王国軍兵士達の中に魔物と戦える人間は殆どいない。

 なぜならその大半が()()()()()()()()()()()()()()()()()()兵士となっているからだ。

 逆に魔物との戦闘に慣れている者は、働きさえすれば幾らでも好きなように大金を稼げる守護者(ハンター)や冒険者の職に就くことを望んでいる。

 これは当たり前と言えば当たり前だが、このエヴァンニュ王国ならではの特徴とも言えた。

 ここの国民は誰しもがよく理解していないが、他国では民間人ならばともかく、国に属する騎士や兵士でも魔物と戦えなければ役に立たない。

 それも当然だ、エヴァンニュ王国のように人の住む町や村が安全な国など、どこにもないのだ。


 それはともかくとして、近衛隊士達はそれでも武器の扱いに長け、これもエヴァンニュ王国に限ってなのだが、魔法が使えない分、武術をひたすら研いてきただけのことはあり、飲み込みは早かった。


「はい、基礎的な部分の習得は全近衛隊士の訓練課程で終了しました。後は実地訓練に移行し、各自経験を積ませる必要があるかと存じます。」

「その訓練プログラムは魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の意見を取り入れ、守護者、冒険者の邪魔にならない程度に組むよう考慮しろ。その際俺達近衛は飽くまでも協会(ギルド)側の補助に回る。たとえ低ランク級守護者の下に付くことがあっても、己の役割を弁え、緊急時以外に口を挟んだり出しゃばることのないよう末端に良く言い聞かせておけ。」

「承知致しました。」


 ――目の前のイーヴが今日も淡々と俺に接し、いつ寝ているのか疑問に思うほどの量の仕事を短時間できっちりと熟してみせる。

 これがこの男でなければ、少しぐらい褒めてやってもいいところだが…


 …相変わらず無表情で何を考えているのか読めない奴だ。


 "生真面目で実直" と言えば聞こえはいいが、堅物過ぎて俺はこの男が苦手だ。


 当然笑っている顔など想像も付かないし、感情を顕わにすることがあるのかさえも疑問に思う。少なくとも出会ってから今日(こんにち)までの間、俺に対してはにこりともしたことがないのは確かだな。


「ライ様。」


 イーヴとの会話が途切れ、溜息にも届かない短い息を吐くと、俺に見せるつもりなのだろう書類を手にトゥレンがやって来る。


魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)から緊急連絡が届きました。読み上げますか?」

「要点だけでいい、どんな内容だ?」

「かしこまりました。Sランク級守護者(ハンター)リカルド・トライツィ氏より国内における魔物の変化に対する注意喚起です。原因などについては記載がありませんが、魔物の活性化とそれに伴う強力化についての警告のようですね。これまでの基準の見直しも決定したため、ランクの悪化修正を周知したとのことです。」

「悪化修正か…実際に俺自身が戦ってみないとわからないが、どの程度魔物が強くなっているかが懸念されるな。場合によっては訓練内容をもっと厳しい内容に変えなければならないかもしれん。」


 魔物は凶悪化すると手に追えなくなる場合もある。魔物に殺されたくないから軍人になったのに、などと騒がれてもうるさい。俺の命令で強制したのに、せめて死人が出ないよう戦い方を叩き込まねば周囲が黙っていないだろう。


 これも近衛隊士達のためだ。…と思ったのだが…――


「俺から一言申し上げさせていただきますがね、ライ様。はっきり言ってこれ以上厳しくすると、名誉ある近衛の中にも脱走者が出ますよ?」


 トゥレンの目がジトっとした視線を投げかける。おまえ、なんだその顔は。


「だからなんだ?俺の訓練の仕方に文句があるのなら、さっさと除隊すればいい。どの道そういう奴は実際の戦闘でまず生き残れん。」

「ですがそれでは、軍に残る者がいなくなってしまうではありませんか…!退職率の最も低い近衛でさえそんな状態になったら、王国軍全体に同様の訓練を施した時には、もっと大勢の退職希望者が現れますよ!?」


 …こいつ、近頃俺に対して言葉も態度も遠慮がなくなって来たな。言いたいことをはっきり言われるのは嫌いではないが、親しげにされるほど心を許した覚えはないぞ。

 商業市の日のあの質問以来か。俺がエヴァンニュからはもう出て行かないと安心しきっているのか?それはそれで面白くない。


「やめろトゥレン。そのようなことをライ様に申し上げること自体、貴殿が間違っている。」

「なぜだイーヴ?俺は今後のことを考えて――」

「今後のことを考えておられるのはライ様だ。貴殿はまさか、各軍上層部と同じように、対魔物戦闘の訓練が我らには必要ないと思っているのではないだろうな。」

「っ…!!…いや、さすがにそれはないが…」

「ならば我らがしなければならないことはなんだ?ライ様に訓練を厳しくするなとご進言申し上げることか?違うだろう。」

「う…すまん、確かにおまえの言う通りだ。…申し訳ありません、ライ様。出過ぎたことを申し上げました。」

「……。」


 前から思っていたが…この図体でこいつはイーヴに対して、からっきしだめなのか?叱られた飼い犬のような顔をして…俺から見れば、イーヴに手懐けられた大型犬にしか見えん。


「…ライ様?いかがなさいましたか。」

「いや…なんでもない。俺の方針に変更はない。イーヴの言う通り、おまえ達の役目は訓練を厳しくしたとしても隊士達に、それが必要だと言うことを周知させることだ。」

「かしこまりました。」とトゥレンが言い、

「承知しております。」とイーヴが目を伏せる。


 俺は再び視線を戦闘フィールドに向けた。ギルドの連絡通りなら、あのウェアウルフも強力化しているはずだが、今のところ隊士達の動きに問題はないようだ。


 色々とまだやらなければならないことが多くある。時間もないし、手が足りないな。だがこのタイミングで新たな人員を側付きに増やせば、碌なことにならない。

 せめて近衛だけでもある程度の目途が立てば、俺の個人的なことに割く時間が少しは取れるのに…――


 〝イーヴとトゥレンの二人には絶対に気付かれないようにしなければ〟そう注意しながら、あの日からずっと俺の頭の中にあるのは、レインに良く似たあの守護者…『ルーファス』のことだった。

 一時はラーン・マクギャリー軍務大佐の言葉で "彼はレインではない" と自分を納得させようとしたが、たとえ『他人と間違いようのない身体的な特徴』というものが思い出せなくても、やはりあれはレインなのではないか、と言う思いがどうしても消えない。


 こんな時弱味を見せても付け入らない、信じられる人間が誰か近くにいてくれればどんなにいいだろう。

 心を許し、信頼出来る人間が誰もそばにいないと言うことは、今の俺にとって何一つ自分の思い通りに動けないのと同義だ。

 イーヴ達や王族のように私兵を持ちたいわけではない。命令に忠実な臣下や隠密がいたところで、それが胸の内を曝け出せるほど信のおける者でなければ意味がないからだ。


 子供の頃、なにをするのも一緒だったシンのような…心から信頼できる友人が欲しい。もしシンが今も生きていて俺のそばにいてくれたらどんなに…

 いや、よそう、無い物強請りをしても仕方がない。俺はなにかしたければ一人で、睡眠時間を削ってでも動くしかないんだ。


 俺は戦闘フィールドを見て考え事をしているように腕を組む。頭の中では別のことに気を取られているが、これでも仕事はしているつもりだ。


 ルーファスはマクギャリー大佐の出身であるヴァハの村にいる。なんとか彼ともう一度会う方法はないものか。時間さえ取れれば、すぐにでも会いに行くのだが…


 俺の中でその思いが日に日に強くなっていた。


 自分から会いに行けないのなら、いっそのこと誰か使いをやって、彼の方からこちらに来て貰うと言うことも考えた方がいいのか?だがそれでは確実にこの二人に露見する。知られればきっと根掘り葉掘り聞きたがるだろう。

 事情を聞くだけならいいが、俺はもしレインが見つかったら、エヴァンニュを捨ててきっと共に行くだろう。リーマは事情を話せばついて来てくれるだろうが、この二人はおそらく俺を逃がさないように邪魔をする。だから知られないようにするのが得策だ。


 後は魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)を利用して伝言を頼む方法も考えたが、俺の名前を出せばエヴァンニュ王国からの伝言と勘違いされる可能性があった。

 イーヴとトゥレンの話では、ルーファスは王国軍をあまり良く思っていないらしい。かと言って先にレインのことを打ち明ければ、頭のおかしい奴だと思われ、猶更会って貰えないかもしれない。


 やはり彼を()()()()話をするには、いきなり会いに行くのが一番だろうな。ああ、多分それが一番いい。

 だが一応ギルドに頼んで、ルーファスが王都に来たら知らせてくれるようにだけ手配しておこう。


「ここは頼んだ、俺は少し城下に出てくる。」

「城下へ?でしたら我々もご一緒します。」

 一人で行きたい、と遠回しに言っているのに即座にトゥレンが反応する。まったく気の利かない奴だ。

「王都内に三カ所ある魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の視察に行くだけだ、顔を見られないよう外套(がいとう)を着て覆い隠していく、一人でいい。」

「ギルドへ行かれるのでしたら、なおさらお一人では行かせられません。あそこには柄の良くない連中も大勢(たむろ)しています、ライ様が(おく)れを取るとは思いませんが、それでも――」

 もっともらしい言い訳を並べ、なんとしてもついて来ようとするトゥレンに、俺の苛立ちが限界に達した。

「うるさい!!一人で行くと言っているだろう!!いちいちおまえ達がついて来ると、余計に注目を浴びると言うことがわからないのか!!」


 そうトゥレンに怒鳴った瞬間だ。クラリ、と視界が揺れて回った。


「ライ様!?」


 あらぬ方向へ身体が引っ張られる…と思った途端に、ガシッと力強く身体に手を回し、名を呼んだトゥレンではなく、イーヴが俺を支えた。

「イーヴ…」

「顔色が良くないと思っていましたが、きちんと睡眠を取られていますか、ライ様。ギルドへ視察に向かわれるのはお一人で出られても構いませんが、先に一時間ほど仮眠をお取りになってください。」

「おい、イーヴ!?」


 珍しいことを言う。俺はそう思った。…この男もこの男で近頃はあまりうるさく言わなくなったように感じる。

 なにを考えているのかわからないところは相変わらずだが、やはり俺がもうエヴァンニュから出ることはないと思って態度を軟化させているのか?


≪…いや、この男に限って、それは有り得ないな。≫


「わかった、一度自室に戻って少し休む。」

「お出になる際は、アルマに一声おかけください。」

「ああ。」


 イーヴとトゥレンを残し、俺は大人しく一度紅翼の宮殿に戻ることにした。指摘された通り、あまり睡眠を取っておらず、倒れては元も子もないと思ったからだ。



 去って行くライの後ろ姿を見送ると、トゥレンが即座にイーヴに詰め寄る。


「おい、どういうつもりだ?ライ様をお一人で城下に行かせるなど、なにかあればどうする――」

「残り香。」

「…は?…残り香?」

「おまえも気になるだろう。ここ数日は忙しくてそれどころではなかったが、ようやく目途が立ったところであのようなことを言い出された。ライ様が本当にギルドだけに向かわれると思うか?」

「…イーヴ…まさか、ライ様の後をつけるつもりか!?そのような卑怯な真似を…――」

「気にならないのなら私が一人で行ってくる。おまえは大人しくここで待っていろ。」

「ま、待てイーヴ、そうは言っておらん!!俺も行く!!」


 イーヴとトゥレンの二人も、そのまま程なくしてこの場を後にし、一度紅翼の宮殿に戻って行くのだった。



 ――俺は俺が思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。何故なら一時間ほど仮眠を取るつもりだったのに、目が覚めたらもう外は日が暮れていたからだ。


 壁の時計に目をやると、既に18時を過ぎていた。


≪もう仕事に出ている時間だな。…ギルドを回って余裕があればアフローネに顔を見にだけでも行ってみるか。≫


 『アフローネ』とは、リーマから聞いた下町にあると言う彼女が踊り子として働いている酒場の名前だ。


 商業市の日のあの出会い以降、俺はリーマに会っていなかった。何度か自宅か酒場に行こうと思ったのだが、激務に忙殺されていつも帰りが午前様だったからだ。

 翌日のことを考えるとその時間から外へ出て徹夜をするわけにも行かず、気付けば日が経っていた。


 俺は色恋に疎く女心など全くわからないが、幾ら自分が彼女に対して誠実に思っていても、出会った初日に身体に触れ、そのまま音沙汰がなければ普通は弄ばれた、とか捨てられた、などと思うものらしい。


 彼女に心底惚れたのかと聞かれれば、すぐに「そうだ」と答えられるほどの感情はまだない。

 好意を抱いているのは間違いないと思うが、本当はマイオス爺さんを失って、ただ孤独を埋めたかっただけかもしれない。

 だがそれでも、リーマの俺に向けられた笑顔を思い出すと、それだけで胸の中に温かさが満ちるのは確かだ。


 愛情の始まりなんて、きっとそんなものだろう。


 俺は手早く私服に着替えると、夜の闇に溶け込み易い、濃紺のフード付きで袖のない膝丈までの長さがある上着を羽織った。


 寝室を出るとリビングのテーブルの上にアルマの書き置きと、差し入れのサンドイッチが置いてあることに気付く。

 そういえば昼食を取り損ねていたと思い出し、それを一切れ頬張るとそのまま部屋を出た。


 近くに使用人の姿は見えないし、態々呼びに行くのも面倒だ。一応あの二人には城下へ行くと言ったのだから、馬鹿正直にアルマに伝えに行かなくてもいいな。


 紅翼の宮殿は俺とイーヴ、トゥレンぐらいしか住んでいない。なぜなのか理由は知らないが、おかげで夕方を過ぎると殆どここでは誰にも会わない。

 普段と同じように宮殿のセキュリティ・ゲートを通り、王宮内を抜けて外へ出ると、城下に出る前にフードを目深に被る。

 騒がれようが囲まれようが襲われようが気にしなければ、顔と髪色を隠す必要などないのだが、なにか起きる度にイーヴとトゥレンがすっ飛んでくるので、それだけは御免だった。


 ――ギルドがあるのは三カ所…二重門(ダブル・ゲート)の近くの総本部と西側の高級住宅街に入る手前、それから中級、低級住宅街の境にある商店街にあったはずだ。


 俺は西側、総本部、東側、の順に回ることに決めた。


 ラインバスを使ってもいいが、あれにガタゴト揺られているとまた眠ってしまいそうだったので、時間はかかるが歩くことにする。

 戒厳令が解かれて、すっかり落ち着いた城下をのんびりと眺めながら歩くのは嫌いじゃない。俺はこの国の民間人が幸せそうに暮らしている姿を見るのは好きなんだ。



 その頃、紅翼の宮殿入り口のセキュリティ・ゲートでは、イーヴとトゥレンの二人が警備兵からライが出かけたことを知らされ、焦っていた。


「やられた…アルマからかなりぐっすり寝ていらっしゃるようだと聞いて、もう今日はお出になられないのかと思えば…!!」


 トゥレンは頭を両手で抱え、「ライ様は何処(いずこ)へ…!?」と天井に向かって声を上げる。

「いいから吠えてないで行くぞ。」

 そのトゥレンの腕を呆れたような顔をして掴んで引っ張ると、イーヴは足早に外へ出て城下を目指す。

「行くってどこへだ?ライ様の後を追うはずが、置いてけぼりを喰らっているのだぞ!?」

「決まっているだろう、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)だ。ここからなら西のギルドが一番近い。ライ様なら効率良く回られるだろう、ならばそこを最初に訪れる可能性が高い。」

「おお、そうか、ギルドに行けば追いつけるかもしれないな!」

「そう言うことだ、だから急げ。」


 イーヴとトゥレンはラインバスを使い、ライが目指したであろう高級住宅街にほど近い魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の支部へと急いだ。


 ライが徒歩だったのに対し、後を追った二人は城を出たのこそ遅かったが、ラインバスを使ったため時間の短縮に成功し、イーヴの読み通りギルドを訪れたライを見つけることが出来た。


「いた!おられたぞ、ライ様だ!!モガッ」

「声が大きい!」


 ライを見つけた瞬間に喜んで叫びそうになったトゥレンの口を、イーヴが慌てて手で塞ぐ。

 フードを被り、ポケットに手を突っ込んで歩く姿は、とても王宮近衛指揮官の

それだとは思えないのに、一瞬でライだと気付くところはさすが『鬼神の双壁』である。

 二人はギルドの入り口から少し離れた建物の塀の影に隠れ、ライがギルドから出てくるのを待つことにした。


「ライ様より後に城を出たのに、良く追いつけたものだな。」

 トゥレンが感心したように頷きながら顎に右手を当て、イーヴに向かって呟いた。

「…ラインバスは目立つし、小休憩のはずがぐっすり寝込まれてしまうほどライ様がお疲れなら、あの揺れで眠ってしまわないように利用を避けるような気がしたのだ。おそらくあの方は徒歩でここまで来られたのだろう。…でなければ追いつけるものか。」

 イーヴが淡々とそう話して聞かせると、トゥレンはまた感心したように話す。


「はあ、なるほど。おまえは相変わらずライ様の行動を見抜くのが上手い。どうしてそうも簡単にあの方のことがわかるのだ?」


 イーヴはほんの少しの間を置いて、「これでも私はあの方を(つぶさ)に見ているからな。」と小さく答える。

 それに対してトゥレンは、なにやら張り合うように「俺だってライ様を見ているぞ!」と胸を張って言い返した。

 イーヴは暫くの間ただ黙ってじとっとした視線をトゥレンに向けると、その割には今日ライ様に久しぶりに怒鳴られていたな、と突っ込んだ。


 そんなやり取りをしている間に、ものの数分でライがギルドから出て来る。


 二人には『視察』だと言っていたが、やけに短時間で出て来たのだ、当然イーヴとトゥレンはライがギルドを訪れたその理由さえも(いぶか)り始めた。


「…視察だと仰っておられた割に、用事を済ませるのが随分とお早いな。」

「…ああ。なにかしらの理由があってギルドに来たのは間違いなさそうだが、どうやら『視察』ではなさそうだ。」


 イーヴとトゥレンの顔付きが一瞬で変わる。


 ライはこの後もラインバスに乗るつもりがないのか、大通りを横切って都立公園の方に歩いて行くと、時折立ち止まりながらなにかを眺めていた。


 ライが目を細めて眺めていたもの。…それは幸せそうに笑いながら家路に向かう家族連れや、父親の肩に乗せられ、笑顔を見せる小さな子供の姿だった。

 離れた場所にいてもわかる、顔を隠すためのフードから垣間見えるその表情は、ただ穏やかに微笑んでいた。


「…驚いたな、ライ様のあのようなお顔は初めて見たぞ。…なんとお優しい表情をなさっておられるのだ。」

「――あれが『黒髪の鬼神』と呼ばれるあの方の素顔か。」


 二人は未だかつて見たことのない、ライの優しげな表情に心の底から驚いていた。


 ライが民間人に誰であろうと分け隔てなく優しい、と言う噂は、過去幾度か耳にしたことがあった。

 実際、不機嫌な顔をしながらも時折見せる行動の端々に優しさを感じて、ライが深い思いやりを持っている人間であることには気付いていた。

 だがそれが自分達に向けられたことは殆どなく、ライは常に険しい顔をしていて、怒ったり怒鳴ったりする激しい表情ぐらいしか、感情を顕わにしたのは見たことがなかったのだ。

 それは、ライ付きの護衛兼臣下として四年以上も傍に付き従って来た二人にとって、少し衝撃的なことだった。

 これまでライのそんな姿など自分達を含め、城に関わる人間は誰も見たことがなかったからだ。


 イーヴとトゥレンの二人は一時(いっとき)、居た堪れない気分に襲われる。


「…王都立公園を抜ければ、魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の総本部裏口に出られるな。…行くか。」

 トゥレンが少し寂しそうな顔をしてイーヴに呟く。

「…ああ。」


 二人は猶も気付かれないように距離を取ってライを追う。王都立公園に入り、散歩でも楽しむように、ゆったりと歩く姿はとても寛いでいるように見え、ますます二人の気分を沈ませる。

 こんな姿を見れば、嫌が応でも彼が本当は何を望んでいるのか、わかってしまうからだった。

 そのことに気付かない振りをしながら、イーヴとトゥレンはまたギルドの入り口から離れたところに隠れてライが出てくるのを待った。


 今度もやはりものの数分でライは外へ出て来る。


「…明日にでもギルドを訪れ、ライ様がここになにをしに来たのか調べた方が良さそうだな。守秘義務があるから簡単には教えて貰えんだろうが、もしも万が一誰かの手を借りてエヴァンニュからの逃亡を考えてでもおられたら、早めに手を打たなければならん。」

 眉を顰めてそう口にしたのはトゥレンだった。意外なことにライが国外へ出ることをどうしても引き止めたいと強く思っているのは、実はイーヴよりもトゥレンの方なのだ。

「…そうだな。だが国からの逃亡というのはおそらく考えすぎだろう。今のライ様に最初の頃のような国への嫌悪は感じない。案外守護者の中に知人でもいるのではないか?」

「守護者の中に知人?…だとしても気は緩められん。」


 二人は歩きながらあれこれ考え、推測を巡らせる。だがその答えがすぐに思い浮かぶほど、ライの私的なことについては殆ど知らなかった。

 そうして後を追っているうちに、あっという間に三カ所目のギルドも訪ね終わってしまう。

 結局のところライはこれまでギルド以外に立ち寄ることはなく、二人の予想に反してこのまま城へ帰るのではないか、とさえ思い始めていた。ところが…


「――待て、トゥレン。ライ様が下町へ向かうぞ。」

「…城とは逆の方向だな、どこへ行かれるのだろう。」


 ここからが本番だ、と言わんばかりの緊張が二人に走った。


 時刻は22時を過ぎている。ライが真っ直ぐに歩いて行くのは、下町の繁華街へ続く通りだった。

 少し裏に入れば娼館や賭博場などが点在する、治安の悪い場所でもある。それなのにライは、途中娼婦らしき客引きに腕を掴まれたりしても、平然とそれをなんなく躱し、そう言った類いの扱いにも完全に慣れているようにすら見える。


 やがてライは賑やかな音楽と客らしき大勢の声が漏れ聞こえる、『アフローネ』という名の大きな酒場に入って行った。


 それを見たトゥレンが絶句する。


「…こ、こんな下町の安酒場に、ライ様が…嘘だろう?イーヴ、あの方は仮にも王宮近衛指揮官だぞ…!?」

「――…。」


 イーヴはただ黙って、あまり品のないアフローネの看板を見上げていた。

 

ここから暫くライサイド中心の話が続きます。次回、また仕上がり次第アップします。

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