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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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49 再会

自分が『霊力』そのものの存在だと言われたルーファスは、自分からアテナが生まれたことに、妙に納得がいってしまう。精霊族の女王マルティルに、グリューネレイアを救って欲しいと頼まれ、快く引き受けると、シルヴァン達の元に帰るルーファスでしたが…

            【 第四十九話 再会 】



「俺が…霊力(マナ)そのものの存在…?」


 ――どういうことだ…?霊力(マナ)は世界を構成する純粋な根源の力だ。全ての生命(せいめい)の源であり、個々の魂に近い不可知の自然エネルギー。

 目には見えず、触れることも出来ない、確かに存在しているのに、どこにも存在しないもの。それが霊力(マナ)だと俺は認識している。

 もちろん俺自身もこうして生きているのだから、魂という形で霊力(マナ)を体内に持っているのは確かだ。


 だけどそれとは意味が違うらしい。俺が『霊力(マナ)』そのものだって…?


「記憶を失っているのですから、驚くのは無理もありません。ですがあなたが霊力(マナ)そのものの存在であるからこそ、永遠の命を持ち、尽きることのない魔力を所持しているのだと、かつてあなたは言っていました。

 私はその言葉を聞いたまま話したに過ぎず、たとえあなたが信じられずとも、否定することは出来ません。その答えは、やはりあなたにしかわからないことだと思いますよ。」

「――……。」


 答えは俺にしかわからない…確かにそうだろう。こんな風に誰かに答えを求めたところで、俺が何者かなんてきっと誰にもわからない。

 ただ、そう聞かされてみて、納得のいく部分もある。俺が生命の源である霊力(マナ)そのものなら、自分のために構築した自己管理システムの中から、アテナが生まれたのも、なんとなくわかるような気がするからだ。


 それに夢で見た、意識が拡散しているようなあの感覚…もしかしたら、俺のこの身体は…――


「大丈夫ですか?ルーファス。」

「ああ…はい、大丈夫です。不思議ですが、そう教えられて一部納得のいく部分もあるので…いきなり詰め寄ったりしてすみませんでした。」


 俺は気を取り直し、改めて彼女を見る。


「あなたは…俺のことを良く知っているみたいですね。少なくとも俺が自分のことをそんな風に話すほど親しくしていた。…なのに思い出せなくて…本当にすまない。」

「いいえ…謝らなくていいのです。ほんの少し寂しいですが、もう一度最初から絆を育めば良いのですから。改めて自己紹介をしておきましょう、私の名はマルティル。この世界樹ユグドラシルの精霊であり、精霊界グリューネレイアを治める者です。」


 "マルティル様" …シルヴァンがよろしくな、と言っていたのはこの人のことか。


「精霊界グリューネレイアを治める…マルティル様、あなたは精霊族(ガイストゲノス)女王陛下(クイーン)なんですね。俺の仲間のシルヴァンが、あなたによろしくと言っていました。守護七聖<セプテム・ガーディアン>達とも面識があるんですか?」

「ルーファス、私には敬語も敬称も必要ありません。以前のあなたは私を姉のように慕ってくれていました。また前のように気軽にお話ししましょう?」

「いや、でも…」


 精霊族(ガイストゲノス)女王陛下(クイーン)を呼び捨てに?敬語も要らないって…どうなんだ。


 戸惑った俺がチラリと彼女を見ると、俺の思考を読み取ったかのようにマルティル様は悲しそうな顔をした。


 うっ…これは…ただでさえ思い出せなくて悲しませているのに、とてもじゃないが断れそうにないな。


「わかった、あなたが良いのなら、そうさせて貰うよマルティル。」


 俺がそう答えると彼女は「ええ、もちろんです。」とホッとしたように微笑んだ。


「そうですか、獣人族(ハーフビースト)のシルヴァンティスは既に目覚めてあなたの傍にいるのですね?…良かった、あなたが一人ではないとわかって、少し安心しました。

 あなたと守護七聖<セプテム・ガーディアン>には精霊界が幾度危機を救っていただいたことか…識者でなければ私の姿は見えませんが、彼とは何度かお話しています。

 神魂の宝珠から解放されているのはシルヴァンティスだけですか?闇の大精霊テネブラエの息子、『ネビュラ・ルターシュ』も七聖の一員ですが、彼は一緒ではないのですね。」


 『ネビュラ・ルターシュ』…!そうだ、確かアテナが存在を〝ロストした〟とこの前言っていた…!!…そうか、今ならわかる…アテナが告げたのは守護七聖(なかま)の一人の名前だったんだ。だからあの時共有魔法が使えたんだな…!


「マルティル、なぜ〝一緒ではない〟と?俺が見つけた神魂の宝珠はまだたった一つなんだ。」

「そうなのですか…いえ、エヴァンニュ国内に闇の大精霊の存在を感じるのです。フェリューテラに残る大精霊はそう多くありませんから…ああ…、でもそう言われてみれば、なにかに封印された状態のようですね。おそらくはそう遠くない場所に彼の神魂の宝珠が眠っているのではありませんか?」


 ――エヴァンニュ国内にシルヴァンの他に七聖が封じられた神魂の宝珠が?

 根無し草(ダックウィード)を救出した時、アテナは帰還地点の半径20キロ圏内に確認している、というようなことを言っていた。

 俺とウェンリーが転移する前にいたのは王都の公園だ。だとしたら、王都の中に…?


 その時俺は王都の軍施設で誰かに呼びかけられたことを思い出した。


『マスター!!』


 あの声…!!そうか王都だ、間違いない。王都に神魂の宝珠がある…!!


「ありがとうマルティル、あなたのおかげですぐにもう一つ神魂の宝珠が見つかるかもしれない…!」


 また仲間と再会でき、記憶の片鱗が戻るかもしれない。そう思っただけで俺は嬉しかった。


 思わぬところで手がかりを得られ、俺としては嬉しい限りだったけれど、マルティルはそれを知らせるのが目的でここに呼んだとは思えない。

 無事だった、とか見限って姿を消した、とか気になることも口にしていたし、なにか事情があって俺を呼んだのかもしれないな。


 そう思った俺は、彼女から話を聞くことにした。


「――私があなたを呼んだのは、あなたが『精霊の泉』に触れて『霊水』を口にしたことで、千年振りにあなたの存在を認識できたからです。

 あなたに会いたかったのはもちろんですが、あなたが消えてしまってからこの千年間でフェリューテラの荒廃が一段と進み、グリューネレイアにも影響が出始めています。このまま放っておけば私達精霊族(ガイストゲノス)は、生きて行く場所を失いかねません。」


 彼女の言う "フェリューテラの荒廃" とは、精霊の生活圏であるあらゆる自然が持つ、霊力(マナ)の減少を意味する。

 精霊族(ガイストゲノス)霊力(マナ)がなければ生きて行けない。その霊力(マナ)は豊かで清浄なあらゆる自然が育み、生命が生命を産み育てることで世界に満たされて行くと言う。

 確かにフェリューテラは年々自然が減っており、エヴァンニュ王国でも荒れ地が加速度的に広がっている。


「確認なんだが、フェリューテラとグリューネレイアは別の世界、という認識で合っているんだよな?」

「はい。フェリューテラに魔物が出現した時にグリューネレイアはフェリューテラから切り離されました。現在は互いの間に『次元の壁』で仕切られた『狭間』があり、『精霊の泉』か大精霊が開く扉からでなければ、行き来が出来ないようになっています。」

「それならフェリューテラとは別の世界であるはずのグリューネレイアが、どうして影響を受けるんだ?」


 そう疑問に思った俺に、マルティルはフェリューテラとグリューネレイアの密接な関係について教えてくれた。


 その昔…まだ魔物が世界に存在しなかった頃、フェリューテラとグリューネレイアは、『世界樹ユグドラシル』を軸として重なり合って存在する、一つに近い世界だった。

 それは二枚の紙にフェリューテラという世界と、グリューネレイアという不可視の世界を描き、上下に重ねたような状態で、互いに接する場所を "(ゲート)" として精霊族(ガイストゲノス)が二つの世界を行き来し自然環境を整えていた。


 元々グリューネレイアと精霊族(ガイストゲノス)は、自然の管理が下手で育てるどころか破壊してばかりのフェリューテラの生物に代わり、思考も行動も性質も違う別の存在として、自然を愛して守護し、育んで整えるために生まれた。

 そのため、フェリューテラの後からグリューネレイアが作られ、精霊族(ガイストゲノス)はフェリューテラの生物に害されることがないよう、その殆どが不可視なのだ。

 だが完全に互いの接触が断たれてしまうと、フェリューテラの生物が自然や目に見えぬものに必要以外の関心を持たなくなってしまうため、時に大精霊が自然災害を起こしたり、識者の存在によって精霊族(ガイストゲノス)を認知させたりして、それとなく存在を知らしめて来たようだ。


「グリューネレイアで私達精霊族(ガイストゲノス)を守り、豊かな自然を維持しているのは、世界樹ユグドラシルです。この世界樹が霊力(マナ)を放ち、私達の命を守っています。ですが世界樹ユグドラシルは、フェリューテラの各地に張られている『大樹の根』から霊力(マナ)を供給しているのです。」

「え…つまり、グリューネレイアはフェリューテラの霊力(マナ)で存続している…と言うことか?」

「はい。」


 グリューネレイアはフェリューテラと切り離されても、世界樹ユグドラシルはフェリューテラと繋がっている…一体どう繋がっているのかはともかくとして、だとしたらフェリューテラの霊力(マナ)はグリューネレイアに吸い上げられるばかりじゃないのか、と思ったが、グリューネレイアを巡った霊力(マナ)は最終的にフェリューテラに還元されるそうで、基本的にフェリューテラ側でなにか不都合が起きない限り、問題になることはないんだそうだ。


 だがマルティルがグリューネレイアに影響が出始めていて、このまま放っておけば生きて行く場所を失いかねない、と言っているのだから、その不都合が起きているのだろう。


「フェリューテラとグリューネレイアの関係は良くわかった。それで…具体的に俺はなにをすればいいのかな?」

「ああ…ルーファス、私達を再び救ってくれるのですか?」

「ああ、記憶がなくても可能なら、出来る限りのことはするよ。」


 俺が頷くとマルティルと周囲の精霊達は、一斉に感謝の言葉を口にして跪いた。


「え!?あ…そんな跪いたりしなくていいから!!」と俺は慌てた。

「ありがとうルーファス。あなたの協力が得られなければ、私達になすすべはありませんでした。」


 大袈裟だな、と思ったが、具体的な話を聞いてなるほど、と理解した。


「フェリューテラの各地にある『大樹の根』に、魔物が近付けないよう半永久的に継続する絶対障壁を張って欲しい、か。」

「ええ。世界樹の根は不可視で、識者でもなければ見つけることも叶わないでしょう。その上魔物は霊力(マナ)を欲しますから、おそらく『大樹の根』周辺には、強力な魔物の大群が巣喰っているはずです。」

「魔物が霊力(マナ)を欲する…?」


 俺はここで初めて知ることになったのだが、魔物は実は自然界や人間などの生物から、霊力(マナ)を奪って生きているらしい。

 その説明からすると要するに『大樹の根』から供給される霊力(マナ)を、魔物が奪っているからグリューネレイアに届く分が足りなくなっている、ということだ。

 今のフェリューテラは植物が徐々に減り、荒れ地が目立つようになって来ていたが、俺はそれが魔物の身体から出る瘴気に因るものだと思っていた。

 ところが実際は魔物が周囲の霊力(マナ)を食い尽くし、枯渇して行くことで命が育たなくなっているのだ。

 道理で地下迷宮のような生物があまり存在しない場所でも、魔物が生きて行けるわけだ。


 だがそれなら世界中の魔物がいなくなれば、かつてのフェリューテラのように、緑豊かな自然溢れる、このグリューネレイアのような光景も甦らせることが出来るかもしれない。

 …そう思ったのだが、それは果てしなく困難だとマルティルに諭される。


「魔物はもうフェリューテラの全域に駆逐不可能なほど生息しています。例えば遠く離れた地の砂を器に入れて運んできて、それを別の場所の同じような砂地に撒いたとします。たとえ(ふるい)を使ったとしても、運んできた砂だけを選り分けることは不可能でしょう?それと同じくらい今のフェリューテラから魔物を完全に駆逐するのは難しいことだと思いますよ。」


 そう口にしながらマルティルは、それでも魔物を完全に駆除する方法があるとするなら、欠片も残さない霊力(マナ)の完全な枯渇…つまりは自然環境を含めた全生物の完全なる絶滅しかないでしょう、と恐ろしいことをさらりと言った。


 いや、それはさすがに本末転倒だろう。


 ――気付けば一時間ほどが過ぎ、俺は自分が今仕事の最中だったことを思い出す。

アインツ博士達の休憩にももう十分すぎる時間だし、そろそろ戻らないと。


 マルティルから世界中の『大樹の根』の場所を聞き、その詳細を記した葉紙を受け取ると、自分に出来る限りのことはする、と約束して玉座の広間を離れる。


 帰りはリーフに、元来た精霊の泉に通じる出口の近くまで送って貰うと、別れ際に三つの精霊具を手渡された。


 『精霊の粉』『精霊の笛』『精霊の鏡』だ。


 『精霊の粉』は精霊の泉からグリューネレイアに入るためのもので、これがないとただ精霊の泉に浸かっても(精霊に招かれた場合は別だそうだが)精霊界には入れない。また、生物に道具として使うと、瞬時に眠らせることが出来るようで、おまけに大量に消費しても、袋に勝手に補充されるから減ることはないそうだ。


 『精霊の笛』は特定の場所で使うと大精霊と会うことが出来るらしい。尤も、相手にその気がなければ無視されることもあるらしいが、俺の呼び出しになら大半は応じてくれるだろうとリーフは言う。


 最後の『精霊の鏡』だが、これは『精霊の粉』と合わせて使う。器の水でも水溜まりでも何でもいいが、とにかく水に『精霊の粉』をひとつまみ入れて鏡の所持者を呼び出すと、遠く離れていても顔を見ながら話が出来るらしい。

 因みに『精霊の粉』を使用しないで俺が鏡に話しかけると、マルティルに直接通じる。そしてマルティルの方からもなにかあった時は、この鏡に連絡が来る…らしい。

 マルティルはこれでいつでも俺と話が出来ると、とても喜んでいたそうだ。



「――それじゃ、送ってくれてありがとうリーフ。」

「いいえ、どうかお気を付けて旅をお続け下さい。またお越し頂ける日をマルティル様と心よりお待ちしております。」


 『次元の壁』に隔たれた、フェリューテラへの『狭間』前でお辞儀をすると、妖精族(フェアリーナ)のリーフは笑顔で去って行くルーファスの後ろ姿を見送った。


『…マルティル様、お言いつけ通りルーファス様に三種の精霊具をお渡しし、お見送り致しました。』


 リーフは精霊間の『心話(テレパス)』で玉座の広間にいるマルティルに報告をする。


『ありがとうリーフ、ご苦労でした。』


 リーフの元にマルティルから優しい声で労いの言葉が届く。…だがリーフは笑顔でお礼を言って帰って行ったルーファスを思い出し、胸がツキン、と痛んだ。

 自分達精霊族(ガイストゲノス)の救世主であり、大恩あるルーファスに、自分が知っている事を話せなかったのが辛いのだ。


『ルーファス様にご家族のことと、記憶を失っている原因について、真実をお話ししなくても本当によかったのですか?…あの方が全てを忘れてしまわれているのは、千年以上も前、最後にお目にかかった時マルティル様にお告げになった通り、おそらくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と…。』


 リーフから届く心話(テレパス)にマルティルは静かに目を伏せる。


『…ルーファスと固く約束したのです。ルーファスが記憶を失くした状態で再会した時は、必要なこと以外一切話してはいけないと。ですからリーフ、あなたも決してルーファスになにも話してはいけませんよ。』


 マルティルの戒める言葉に、リーフはただ静かに『はい…』と返事を返すのだった。



               ♢ ♢ ♢


 ――ルーファスが消えた、と取り乱したアテナは、一旦落ち着きを取り戻したものの、この世の終わりのような絶望的に沈んだ顔をして今、俺の横を歩いてる。


 うーん、アテナは〝ルーファスがいないと生きて行けない〟…そう言ってたよな。普通俺ら人間が悲嘆に暮れてそんな台詞を言うのは、それだけ悲しみが深いという絶望的な胸の内を表す時だ。…けどアテナの場合はどうなんだ?あの取り乱し方…ちょっとまともじゃなかったよな。


 もしかしたら、本当にアテナはルーファスがいないと生きて行けねえのかも…


「…アテナ、大丈夫か?」


 俺の危機に駆け付けてくれたアテナとはまるで別人だな、こりゃ。


「…はい…。」


 今俺の頭ン中には、アテナの詳細地図が表示されてる。アテナが例によって俺を中心にした探索フィールドを展開してくれてるからだ。

 それを頼りに目的地を示す黄色の点滅信号を目指して、ランタンの灯りを手に真っ暗な地下迷宮の中を歩いてるっつうわけなんだが…この先にはリカルドの野郎がいる。

 もう大分近いから、そろそろアテナとどうするのか話しておかねえとな。


「アテナ、目的地が近いだろ?この先にはリカルドの野郎がいるはずだ。ルーファスとはどうするって決めてあったんだ?」

「ルーファス様とは、戻る時に声を掛けることになっていました。私はあの信号がウェンリー様だと思っていたので、安全なところまで来たらルーファス様の元へ戻ろうと…ですが…。」


 あ、やべえまた泣きそうだ…!


「あ、あー、とりあえずさ、先に俺が行ってちょっと様子見てくっから、アテナはこの辺りで待ってろよ。…な?」

「…わかりました、ここで待っています。」

「うん、大丈夫だとは思うけど、魔物に気をつけろよ?」


 俺は沈んだアテナの注意力が、低下してるんじゃねえかと心配になってそう言った。けど、すぐに言うんじゃなかったと思いっきり後悔する。


「ウェンリー様に言われたくありません。寧ろ心配なのはあなたの方です。」


 ガ――――ン!!!


 …アテナ…キツイわ、それ。


 アテナをその場に残して、俺は半泣きしながら奥を目指す。


 アテナが優しいのは、ルーファスがいるってことが前提なんだな。…しくしく。


 詳細地図の目的地に辿り着くと、そこは光り輝く青緑のクリスタルのおかげで、異様に明るかった。

 ヴァンヌ山のインフィランドゥマの入口みてえな、石が並んだ転送陣っぽいのの前に、なぜかシルヴァンだけが本を開き、地面に胡座をかいて座っていた。


「あれ…シルヴァン?一人かよ。」


 俺が小走りに近付くと、シルヴァンが驚いた顔をして立ち上がった。


「ウェンリー!?そなた、どうやってここまで――いや、よくここにいるとわかったな。」

「あー、うん、ちょっとな。リカルドの野郎は?」


 奴の姿が見えねえことに、俺はきょろきょろと辺りを見回した。


「そこの小さな転送陣の先が休憩所に繋がっていてな、今そこでアインツ博士達と休んでいる。」

「おお、そうなんだ。じゃあ丁度いいな、アテナ呼んで来るわ。」

「なに?アテナだと?」

「ん。てかさ、ルーファスはどこ行ったんだよ?」

「精霊界だ。」

「…は?」

「だから、精霊界だと言っている。」


 …セイレイカイって…どこですか?それ。


 とりあえず俺はアテナのところに戻り、リカルドが近くにいないことを話すと、アテナと一緒にまたここへ戻って来た。


「…どういうことだ?なぜアテナがウェンリーと一緒なのだ?」


 シルヴァンはさっぱり訳がわからない、って様子で首を傾げてるし、アテナはアテナでシルヴァンの疑問に答えもせず、ルーファスがそこの泉から精霊界に行ったと聞くなり、追いかけようとして泉に飛び込んだ。

 けどなにか条件がいるのか何の反応も起きず、アテナはびしょ濡れになっただけでまた肩を落とした。

 その後アテナは、ルーファスがすぐに戻ると言っていなくなったことを聞くと、少し安心したのか、なぜ俺と一緒にいたのか、これまでの経緯をシルヴァンに説明していた。


「ふむ…そういうことか、リカルドに気付かれぬよう、ルーファスとそなたはそのような手段を取ったのだな。それにしてもウェンリー…守護者になったからと言って、迂闊だぞ。アテナが気付かなければどうなっていたと思うのだ。」

「あー、はいはい、言われなくてもわかってます〜!!」


 不貞腐れた俺に、シルヴァンがさらに説教しようと詰め寄って来た、その時だ。


 なんの前触れもなく俺らの目の前でアテナが消えた。


「アテナ!?」

「…どこへ消えたのだ…!?」


 慌てた俺とシルヴァンが周囲を探し回っていると、小さい魔法陣からリカルドが転移して来て姿を現した。


「げっ…リカルド!!」

「な…ウェンリー!?どうして…なぜあなたがここにいるのです!?」


 開口一番、俺を見るなり口から心臓が飛び出してくるんじゃねえかと思うほど、びっくら仰天、驚いた顔をして野郎が声を上げる。

 まあその反応はわかっちゃいたけど、予想通りっつうかなんつーか…今回は俺が追っかけて来た形だし、ちょっとは下手に出てやるかな。


「なんでって…ギルドでフェルナンドに、ルーファス達がここに行ったって聞いて、追っかけて来たから?」

「…!?」


 リカルドは一瞬蒼白顔になって口をパクパクさせた後、案の定俺が仕事の邪魔をしに来たと食ってかかって来た。

 これでも俺は下手に出ようと我慢したんだぜ?なんつっても、()()()()()だからな。…まあ数分しか保たなかったけど。




 ――グリューネレイアを後にしリーフと別れて、来た時と同じような深い霧に足を踏み入れると、ものの数分でアテナの俺を呼ぶ声が頭に響いた。


『ルーファス様!!』


 ああ、戻ったのか。アテナ?どうし――


『ルーファス様、ルーファス様、ルーファス様ああっ!!』


 え?え?アテナ!?どうしたんだ、なぜ泣いているんだ!?


 俺は驚き、慌てふためいた。なぜなら、アテナが俺の中に戻るなりわんわんと号泣したからだ。

 とりあえずその場で足を止め、濃霧の中で泣きじゃくるアテナから事情を聞く。


 …ああ、そうだったのか、ごめん。なにも言わずに精霊界に行ってしまったから随分不安にさせたんだな。まさか繋がりが切れて、俺が消えたと思っていたなんて、悪かったよ。

 大丈夫だ、俺はアテナを置いていなくなったりしない。


 うーん、この感じ…あれかな、家で昼寝をしていた間に、母親の姿が見えなくなって、慌てて大騒ぎする幼児みたいな?

 大分成長したなと思っていたけど、まだまだ俺から離れるのは無理そうか。…嬉しいような、少し残念なような…


 俺はアテナに保護対象の緑信号は結局なんだったのかを尋ねた。


『グスン、戻ればわかります。ルーファス様、もう二度とアテナはルーファス様から離れたくありません。当分の間は具現化もしなくていいです、ここにいます。』


 え…いや、それじゃいつまで経っても成長できないぞ。


 そう声を掛けたけど、アテナはそれっきり黙り込んで返事をしなくなってしまった。


 …拗ねたのかな?まあいいか。


 苦笑しながら再び歩き出すと、もう数分進んだところで俺の視界が閃光を浴びたように一瞬明るくなる。これが多分『次元の壁』で仕切られたフェリューテラとグリューネレイアの狭間を越えた瞬間なんだろう。


 ――泉に戻り、光に眩んだ目が周囲に慣れ、俺の視線が正面を向く。


 最初に耳に飛び込んで来たのは、シルヴァンの俺の名を呼ぶ声だった。続いてリカルドと言い争う聞き慣れた声。それはシルヴァンが俺の名を呼んだ瞬間にピタリと止んだ。


 まだ別れてからほんの数日しか経っていない。でも俺は胸に空いた穴を埋める術が見つからず、考えないようにすることでその気持ちを脇に押しやって来た。


 その思いが、その姿を見た瞬間に溢れ出す。


「――ウェンリー…っ」


次回、仕上がり次第アップします。

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