表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス
5/268

04 隣町メクレンへ

ウェンリーと一緒に村へ帰ると、入口ではウェンリーを心配した村の住人たちの人だかりが出来ていました。一悶着あった後、家に帰ったルーファスは、長にヴァンヌ山での出来事を詳しく話しますが…?


 ――俺とウェンリーがヴァンヌ山の登山口から緑に囲まれた村への一本道を歩いて行くと、開け放たれた門の先に人だかりが見えて来た。

 村を出る前のシヴァンとのやり取りもあり、恐らくちょっと騒ぎになっているんだろう。

 ウェンリーはそれに気付くなり、血の気の引いた顔をして村の方を指差すと、口元を引き攣らせて俺を見た。


「え…ちょ…ル、ルーファス…あれってもしかして…?」

「ああ…みんなおまえを心配して帰りを待っているんだ、当然だろう。長とターラ叔母さんの雷に覚悟しておけよ。」

「マジかあっっ!!」


 どうやらウェンリーは俺が説明するまでもなく、あの人だかりの原因が自分にあることを察したようだった。


 昼間は割と魔物が少ないため、見張り台に一人、門に一人の当番が立ち、村の門扉は常時開放してあるのだが、その近くに、ターラ叔母さんを含めた複数の村人達が集まっていた。


 門番の男性が俺達に気付くと、すぐに見張り台の上から、戻って来たぞ、という声が聞こえる。そうして入口で俺達に向け一斉に注がれた視線に、やべえ、マジでやべえ、と呟き、ウェンリーはさらに青ざめた。

 直後に、俺に目を向けたウェンリーに、そんな縋るような瞳で見られても、こればかりは仕方がない、と俺は大きく首を横に振る。

 子供じゃないんだから、心配をかけた責任は取らないとな。


 入口から入る際に、腕を組んで脇に立っていた中年男性――ヤルノさんに、ウェンリーは引き攣った顔で手を上げて、小さく挨拶をした。


「…た、ただいま…ヤルノおじさん…。」

「無事に戻って来たか、人騒がせな。(おさ)の使いだなどと…よくも嘘を吐きやがったな。」


 ――そんな嘘を吐いてここを出て行ったのか。…すぐにばれるだろうに。


 ヤルノさんは呆れ顔でウェンリーを睨んだ後、ウェンリーを見るのとは違う冷ややかな視線を俺に向けて、こんな奴と付き合うからおまえまで素行が悪くなるんだ、と舌打ちをした。

 ウェンリーはそれを聞いた途端、怒り出してすぐに食ってかかり、ヤルノさんに向かって身を乗り出した。俺は慌ててそれを腕で押さえ、すみません、と頭を下げる。


 素行が悪い、とは少し言い過ぎだと思うが、俺がいなければ…多分ウェンリーはこんなことをしない。

 そう思うと俺と付き合うからだと言う言葉は否定できなかった。


「ルーファス、いつかここを出て行く余所者のおまえと違って、この村の人間は大半が一生をヴァハで過ごすんだ。これ以上ウェンリーを連れ回すんじゃない。もっと自分の立場を弁えて自重しろ。」

「…はい、ご迷惑をおかけしました。」

「おいルーファス!!」


 俺が謝ることに納得がいかないのか、ウェンリーの顔に苛立ちが見て取れる。だがそれに構わずウェンリーの腕を引っ張って再び歩き出すと、ウェンリーはなんで、とかふざけんな、とか喚いていたが俺は耳を貸さなかった。


 こうして村の人達が集まるほどの騒ぎになるのは、ウェンリーがみんなに大切に思われている証拠だと思う。

 ヴァハにいないウェンリーの親父さんに代わり、ヤルノさん達の年代の男性陣にウェンリーは、自分たちの子供のようにも思われているのだ。…俺はそのことを良く知っていた。


 さらっと誤魔化して人だかりを素通りしようとし、尚も俺に小言を言うウェンリーを遮って、後ろから誰かがその首根っこを掴みグイッと引っ張った。


「――ウェ・ン・リイィィィィー!!!」


 服の襟で首が絞まり、〝ぐえっ〟と奇妙な声を発したウェンリーが恐る恐る振り返ると、そこにはウェンリーを見つけた時の俺同様に、ゴゴゴゴゴ…と言う聞こえないはずの擬音を立てて、鬼のような形相をしたターラ叔母さんが立っていた。


「あ…た、ただいま…おふ…じゃない、お、かあさま…。」



 激怒したターラ叔母さんと三人で長の家に帰ると、同じように憂憤から頭に湯気を立てた長がウェンリーを待ち構えていた。


 当然のようにリビングにはその怒鳴り声が響き渡る。


「ばっかも――ん!!!馬鹿もん馬鹿もん馬鹿もん馬鹿も――ん!!!」


 ポコスコポコスコと愛用の杖で長は、目の前に正座させられているウェンリーの頭を繰り返し何度も叩いた。ウェンリーは必死に腕でそれを庇いながらも、少しは反省しているのか甘んじて何発かは受け入れている。


「いてっ!痛えって、長!!」

「やかましいわ!!考えなしに行動しおってからに!!」

「本当だよ!!ルーファスが追いかけてくれなかったら、どうなってたと思ってるんだい!?だからおまえは馬鹿息子だって言うんだよ!!」


 喧々囂々(けんけんごうごう)と非難を浴びるウェンリーを見ながら俺は、怒りすぎて身体は大丈夫かな、と顔を真っ赤にしているターラ叔母さんと長の方を心配する。


「バカで悪かったな!!けど俺だってもう子供じゃねえんだよ!!自分の命と行動にくらい責任持てらあ!!」

「な・ん・だ・っ・てぇ?…おまえは…怒られて逆ギレかい!!店の手伝いすら碌にしないくせに、一丁前の口を利くんじゃないよ!!」

「ちょ、ちょっとターラ落ち着いて…!」

「姉さんは黙ってておくれ!!今日という今日は堪忍袋の緒が切れた、この馬鹿息子はね、良く言って聞かせないと自分から死にに行きかねないんだから!!」


 ――止せばいいのにウェンリーが口答えをし、ターラ叔母さんの逆鱗に触れて火に油を注いでしまった。そうして即壮絶な親子喧嘩が始まってしまい、こうなるともうとても俺達には止められなかった。


「やれやれ…全く仕様の無い奴じゃ。」


 大きく溜息を吐き、呆れてそう呟きながら俺の方へと歩いてきた長に、俺は着替えもせず汚れた衣服のまま、この時点で声を掛ける。


「長…すみません、少しいいですか?今日のヴァンヌ山での出来事について、大切なお話があります。」


 そう言った俺を見て、椅子に座ろうとしていた長の手が止まる。俺は家に帰って以降、着替えるどころかまだ一度も腰を下ろしておらず、長がウェンリーへのお説教を終えるのを立って待っていたのだ。


「…ふむ、ここじゃなんじゃの、わしの部屋で聞こうか。」


 俺はこの村を守る守護者として、長に山でのことを知らせておく必要があった。もちろん、あの変異体のことだ。

 村の住人は用がなければ滅多にヴァンヌ山には入らないが、ただそれでも隣街やこの国の王都へ出るためには、山を越えることもある。

 魔物の変異体は一度出現すると、その後もある程度の期間をおいて同種体から再度発生することがわかっていて、今日の出来事はヴァンヌ山の危険度が一気に跳ね上がったことを表していた。


 俺と長はリビングを出て場所を移し、長の私室兼執務室で話をすることにした。


 ――その部屋はびっしりと本棚に囲まれており、医学的なものから村の重要な書物に、公的な歴史記録本、他ありとあらゆる分野の本や書類が所狭しと並べられている、長の仕事部屋だ。扉を隔てて隣には重要な書物を保管する小さめの書庫もあるのだが、数多くの本が入りきらずに侵蝕してきている感じだ。

 奥の窓際には簡素だが、機能性の良い大きな机が置いてあり、長は普段ここで事務的な仕事をしている。

 その机の前にある、応接セットの椅子に対面で腰を下ろし、俺の話を聞いていた長が険しい顔で眉間に皺を寄せた。


「――変異体、か…行商人から話には聞いておったが…確かなのかの?」

「はい。まだ初期体でしたが、間違いありません。残念ながら襲われていた女性は致命傷を負っていて助けられませんでした。」

「そうか、気の毒にの…遺体は埋葬したのかの?」

「はい、身元のわかるものをなにも持っていなかったので、ウェンリーと二人で六合目の管理小屋近くにある平地に埋葬しました。墓として十字架を立てておいたので、もし案内が必要な時はそれを目印にしてください。後は遺留品のペンダントがあるので、常外死亡者管理局には俺の方から報告しておきます。」


 ――『常外死亡者』と言うのは、街や村などの人がいる場所以外で、行き倒れたり、魔物や盗賊に襲われるなど、事故や天災以外の事柄(要するに普通とは異なるなんらかの形)で亡くなった人を指す言葉だ。

 この世界では、所謂『フィールド』上での守護者や冒険者、旅人や行商人などの死亡者が多く、放置しておくと新たな魔物を呼び寄せかねないため、身元のわかる遺体に限り、引き取って保管してくれるそれ専門の組織があるのだ。


「それで長、その変異体のことですが、他国ではかなり深刻な状況になって来ているんです。エヴァンニュでは今まであまり被害報告は上がっていませんでしたが、実は俺の同僚がギルドから依頼されたのも、その変異体の調査でした。それでもまだこの辺りは安全な方だと思っていたんですが…」

「今日の事件か…言いたいことは良くわかった、一両日中にも緊急会議を開いて、村の衆に注意を促すことにしよう。」

「お願いします。もしどこかで通常よりも遙かに大きな魔物に出会したら、決して手を出さずに逃げるよう念を押してください。」

「うむ…まあそれでも村の衆じゃ、万が一の時はそれすら難しいじゃろうがの。」


 長い顎髭を撫でながら、深刻な表情でそう言った長の言葉は正しい。


 フェリューテラの一般民間人の多くは戦う術を持たず、一度魔物に出会せば逃げ切れずに命を落とすことなど珍しくはない。それが…通常の魔物よりも遙かに強力な上位種の存在がちらほら出現し始めたのだ、運悪く襲われたら逃げるのはかなり困難だろう。それこそ、今日亡くなったあの女性のように。


 俺とウェンリーが出会したあの巨大なウェアウルフに似た魔物は、『変異体』と呼ばれる通常の魔物が突然変異を起こした上位種だ。

 変異体は外見や性質、攻撃方法などは同種の通常魔物とほぼ変わりはないのだが、その大きさと体力、耐久力など全ての能力値が普通の二~三倍ほどもある。

 その上外皮が異常に硬質化して、武器による物理攻撃が通り難くなると言う特徴を持っていた。さらに恐ろしいことに、変異体はその多くが同種の魔物を統率して集団行動を取るという。

 諸外国ではそれらの出現数が急増しており、魔物が少ないこの国に逃れてくる人間がいるほど深刻な問題になっていた。


「そろそろ本格的に守護者を雇う必要が出てくるかもしれぬな。いつまでもルーファス一人に負担をかけておるわけにも行くまいて。」

「…いえ、負担とかそういうのは大丈夫ですが、変異体は恐ろしく強力だと言います。今日は運良く倒せましたが、今後必ずしも村を守り切れるとは限らないので、俺の力が及ばなかった時が心配なんです。」

「ふむ…お前には苦労をかけるのうルーファス…未だ記憶が戻らんと言うに、本当なら自分のために疾うにここを出ていてもおかしくはない。今ではわしもゼルタも実の息子のように思っておるが、果たしてそれがお前のためになるのかどうか…」

「長…」


 俺のため、か…確かにここにいて記憶が戻らない以上、いつかは自分に関する手がかりを探しに村から出て行くことになるかもしれない。だけど俺は…


 ――そう思うのなら、長が言う通り、もう疾っくに村を出ていただろう。だけど俺はまだこの村にいたかった。

 ここには俺の帰りを温かく迎えてくれるゼルタ叔母さんや、ウェンリーがいる。いくら自分の記憶を取り戻すためだと言っても、俺は俺を知る人の誰もいない外の世界へと宛のない旅に出ることに、酷く躊躇いを感じていた。要するに、怖いのだ。


 記憶がなくどこの誰かもわからない上に、明らかに普通とは異なる体質を持ち、突発的に起きる不可思議な現象で突然消えたり現れたりする…そんな俺のような者を、まともに受け入れてくれる人達がそうそういるわけがない。

 多分俺はこの村を出たら、誰かと深く付き合うことも出来ずに、一人孤独に流浪の旅を続けるしかなくなるだろう。


 そう考えただけでどうしても尻込みしてしまう。


 そんな自分の胸の内をどう話せばいいのか返事に困っていると、外で立ち聞きでもしていたのか、割って入るように、ウェンリーがいきなり扉を開けて部屋に入ってきた。


「なに言ってんだよ長、ルーファスの家はここだろ?自分たちが安心して暮らせてるのは誰のおかげかもわからねえ村の連中は(俺が)ムカつくけど、それでもここにいたいと思ってくれてるから、ルーファスはいるんだよ。俺はそう思ってんだけど?」

「ウェンリー。」


 ズカズカと遠慮もなしにやって来ると、そう言ってウェンリーは、俺の横にドスンと腰を下ろした。


「扉を叩きもせんと入って来おって…お前は少しぐらい落ち着いたらどうなんじゃ。」


 呆れて再度大きな溜息を吐いた長に対し、ウェンリーはお説教に入る前に、と言わんばかりに俺に話を振った。


「長に聞いてみたかよ?」

「いや…まだこれからだ。」


 ウェンリーにとって今大事なのは、変異体の報告よりも、亡くなった女性が言い残した言葉のようだ。こんな調子じゃ、到底守護者にはなれないな、と俺は苦笑する。

 そんな俺の前でウェンリーは、いきなり前後の説明もなにも省いて長に話を切り出した。


「なあ長、長って物知りだろ?『イシリ・レコア』ってなんのことか知らねえか?」

「おまえな…」


 俺は呆れて言葉を失う。だが長はそんなウェンリーに慣れ切っていて、俺の予想に反し、すぐに反応を示した。


「イシリ・レコアじゃと?また久しく聞かぬ名を…」

「…わかりますか?」

「うむ、この辺りのヴァンヌ地方に昔、言い伝えられておった『幻の隠れ里』の名前じゃな。」

「幻の隠れ里、ですか。」

「やっぱり地名だったんだ…なんで幻?」


 俺とウェンリーは長の話に真剣に身を乗り出して耳を傾ける。


 ――それはもう60年以上も前の、長が子供の頃に長のお爺さんから聞いた昔話で、ヴァンヌ地方のどこかには、誰も辿り着くことの出来ない人里が存在する、と言うものだった。

 なぜ幻なのかというと、その人里がどこにあるのか正確に知る者は誰もおらず、本当にあるのかどうかさえわからなかったために、いつしかそう呼ばれるようになったのだそうだ。


 俺達は掻い摘まんで事情を話し、そこへ行くにはどうすればいいのか、なにか情報を知らないか長に詳しく尋ねてみた。すると長は、自分にはわからないが、ヴァンヌ地方の逸話や伝承に詳しい人物を知っている、と教えてくれた。


「その考古学者は名を『アインツ・ブランメル』博士と言ったな。確か隣街のメクレンで歴史の研究をやっとると言うておった。その御仁に聞けば、なにかわかるんじゃないかのう。」

「さすが長!!」


 ウェンリーの褒め声に、長はまんざらでもないほっほっという笑い声を上げた。


 その考古学者の博士は、自身の名を冠した研究所をメクレンのどこかに持っており、日がなそこで古代言語や伝承、考古学など過去の歴史について研究をしているらしい。

 ただ長よりも年上だと言うから、多分かなりのご高齢なのだろう。その上長がその博士に会ったのは、もう思い出せないほど随分と昔のことらしく、今も健在でいれば良いのじゃが、と付け加えられた。


「ちょうどいい、今日の変異体の情報と討伐の報告、それに常外死亡者管理局への届け出と…ギルドに行かなければならない用事も出来たし、明日メクレンに出かけることにするよ。せっかくだから、久しぶりにゆっくりリカルドにも会ってくる。」


 そう決めて俺は長に話しかけた。


「日帰りでは戻れませんが、明日出かけても大丈夫ですか?」

「うむ、今のところなにも問題は起きておらんからの、二、三日留守にしても構わんよ。」


 長は大きく頷いて快諾してくれた。だがその直後――


「あ、なら俺も行く!」…と透かさずウェンリーが言い出した。

「…え?」


 その言葉に俺は、面倒なことが起きそうな、いや〜な予感がして、それとわかるよう露骨に顔を顰めた。


 はっきり言うが、ウェンリーは子供の頃から落ち着きがない。珍しい物を見れば「なんだあれ?」と走り出し、前を見ずに駆け出しては人にぶつかる。

 少し目を離すと忽然と姿を消して迷子になるし、屋台や出店を見つけては食べ物を買って歩きながらそれを食べ、他人の服を汚して回った。

 昔から俺はそんなウェンリーを連れて村の外へ出かける度に、神経をすり減らして来たのだった。

 さすがに大人になってからは、そんな行動もあまりしなくはなっていたが、それでも長が言うとおり、そんなに大きくは変わっていない。


「え?じゃねえよ、なにその嫌そうな顔。俺も一緒にいたんだぜ?気になるし最後まで責任持つのは当たり前だろ。」

「……俺としては、おまえの口から出る "責任" って言葉は、もっと別のことに使って欲しいんだけど。」

「は?なんだよそれ?いいだろ、俺ギルドって入ったことねえし、リカルドって奴にも一度会ってみたかったしな!あ、だめって言われても絶対ついてくぜ。」


 ……わかってる。うん、わかってるよ、おまえが一度言い出したら、たとえ天変地異が起きても変えられないだろうと言うことはわかってる。だから今のは俺の、ささやかな抵抗だ。


≪仕方がない、連れて行くしかないか。また黙って勝手に動かれたら堪らないしな…≫


 相好を崩して満面の笑みを浮かべるウェンリーに、俺は額に手を当てると、諦めて目線を落とした。



 長との話が終わり、俺が部屋に戻ろうとすると、なぜか後ろをウェンリーがついて来る。


「…あのな、ウェンリー…今日は疲れたし、俺は今すぐ風呂に入って暫く部屋で()()()()休みたいんだけど。」

「わかってるよ、俺もこれ以上お袋を怒らせるわけに行かねえし、すぐ帰るって。けどその前に預かったあの包みの中身、確認しとこうぜ。壊れ物だったりしたらまずいだろ?」

「ああ…」


 そういうことか…確かにまだ中を見ていなかったな。まあ口では尤もらしいことを言っているけど、要は気になるだけだろう。


 俺は部屋に入ると、酷く汚れた上着とシャツだけは脱いで洗濯籠に放り込み、汗でベトベトの身体におろしたてのシャツは着たくなかったので、裸のまま腰から外したウエストバッグの口を開け『無限収納カード』を取り出した。


 『無限収納』とは、カード状の媒体表面に触れて起動させる、異空間の収納箱のことだ。収納可能な容量に制限がなく移動の可能な物体は、膨大な数の物からかなりの大きさの物まで入るため、そう呼ばれている。

 これは正守護者(または冒険者)として魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)の資格試験に合格した際、身分証明となるID<個人証明(アイデンティティ)>番号の発行と共に無料で支給される、守護者、冒険者の必需品だ。

 使い方は至極簡単で、物を仕舞う時は媒体を起動させて、発せられる光を収納したい物品に翳すだけでいい。

 逆に取り出したい時は、収納リストを表示して選択すると出現するようになっている。


 因みにどうして光を当てるだけで収納されるのか、一体どこに仕舞われているのか、どうやって個人の物を特定しているのかなど、詳しい仕組みを知っている人間は誰もいない。

 魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)で働く協会職員でさえ、誰が作成していてどこから支給されるのか全く知らないそうだ。

 もう一つ注意点として、この中に液体、気体、固体など大抵の物はしまえるが、生きて動く物だけは入れられない。理由はわからないが、無限収納自体がそれだけは収納を拒否するからだった。

 それと食材や調理品なども収納が可能で、時間の経過による腐敗もないため、一応問題なく仕舞っておけることを付け加えておく。


 俺はその無限収納のリストにある貴重品の欄から、"血の付いた包み" と名付けられたそれを取り出して机の上に置いた。

 早速ウェンリーは俺の横に来て、俺が包みを解く手元を覗き込んでいる。


 ――そもそも壊れ物だったとしても、無限収納から出して持ち歩かない限り、壊れたりしないんだけどな。素直に中を見たいと言えばいいのに。…とウェンリーを見て思う。


「あの女の人さ…あんなデカい魔物に襲われながら気を失ってんのに、必死になってこれを守ろうとしてたんだよな。」

「ああ、余程大切なものなんだろう。」


 パリパリと血が乾いて張り付いた布をゆっくりと剥がし、包みを広げると、その中からは鈍い虹色の光沢を放つ、見たことのない金属のような素材で作られた…手の平大のメダルのような物が出て来た。


「なんだこれ…メダル?なんか見たことのねえ素材で出来てんな。」


 ウェンリーはよく見ようとそれをさらに覗き込んだ。


 触った感触は金属みたいなのだが、軽く表面を撫でると、まるでグラスに水を張ってその縁を指でなぞった時のような不思議な音がする。

 表面の中央にはサファイヤとエメラルドの中間ぐらいの色をした、これも初めて見る宝石のような石が嵌め込まれ、そこから周囲に広がる細かな模様が彫り込まれている。

 さらにひっくり返して裏側を見ると、そちらにも細工が施されており、放射状に縁に向かって伸びる溝のような凹凸と、その線に沿って小さな文字のような物が刻まれていた。


「なにかの鉱石か金属?すげえ細工だな、見てみろよ、縁にまで小さな文字みたいのがびっしりと彫られてるぜ?俺、こんなの初めて見た。」


 ウェンリーがそう俺に話しかけて俺の顔を見た時、俺の手は机の上に置かれた状態のままピクリとも動かなかった。

 なぜなら、俺がそのメダルを目を凝らしてじっと見つめたまま、ある思考に身体を支配されて動けなくなっていたからだ。


 ――このメダル…いつかどこかで、見たような覚えがある。…俺は、これが『なんなのか』を知っているような気がする。


 探す記憶のない堂々巡りの中で、俺はそれを必死に思い出そうとしていた。


 いつ、どこで見たんだろう…?少なくとも最近じゃない…もっとずっと前…?


「――…ス、おいルーファスってば!」


 肩を掴まれ、揺すられてようやく俺は我に返った。ウェンリーの濃い琥珀色の瞳が訝しんで俺の目を下から覗き込む。


「どうしたんだよ?急に固まっちまって。」

「あ、ああ…いや、なんでもない。あまりにも不思議な細工だから、思わず魅入っていただけだ。」

「?…そうか?」


 俺はウェンリーに悟られる前に話題を変えようとして、視線をメダルへと逸らした。


「見たところ古そうではあるけれど、壊れ物じゃないな。元通り布に包んで持って行けば問題はないだろう。」

「あ…うん、そうだな。」頷いてウェンリーが続ける。

「明日は迎えに来てくれんだろ?メクレンなら朝6時くらいで大丈夫だよな?」

「ああ、そのつもりだ。」

「じゃあ俺今日はこれで帰るわ。少しはお袋の機嫌も取らねえと…店の手伝いしてるから、なんかあったら店の方に来いよな。」


 そう言って手を振り俺の部屋を出て行くウェンリーに、俺はまた明日な、と笑顔を向けて送り出す。

 ウェンリーは俺の動揺に気が付かなかったみたいだ。


 一人部屋に残された俺は、もう一度机の前に立ってメダルを見下ろした。暫くの間じっと見つめていたが、どうしてもなにも思い出せなかった。


「――だめだ、どうしても思い出せない…。」


 どこかで見た覚えはあるのに、思い出せない。目の前に答えがあるのに、今一歩届かない…そんな感じがしてイライラしてくる。

 イライラするが…どうしようもない。結局諦めるしかなかった。


 俺はもうそれ以上考えるのは止めて包みを元に戻し、チェストから手頃な布製の袋を取り出してそれにメダルを入れ、再び無限収納の貴重品に仕舞い込んだ。

 そうしてタオルと着替えを用意すると、身体の汚れを落とすためにそれを持って風呂へ向かい部屋を後にするのだった。




               ♢ ♢ ♢


 翌日早朝、ルーファスとウェンリーはウェンリーの家の前で落ち合い、連れ立って村の門を出て行く。


 ルーファスは無限収納があるため、いつも通りの軽装で、腰にウエストバッグと水のボトルを下げ、両刃の鉄剣を装備している。

 それに反してウェンリーが思ったよりも荷物を持ってきたために、一度整理して余分な物をルーファスの無限収納に仕舞ってから、再び歩き出すのだった。


 ヴァンヌ山は今日も穏やかに晴れて天気が良く、風は爽やかで暑くも寒くもなく、二合目くらいまでは平穏そのものだった。

 その登山道を歩きながら二人は、これからのことを話し合う。



「――この辺りから少しずつ魔物が増えてくるからな、良く周囲に気をつけないといけない。…守護者云々は置いておいて、最後にもう一度だけ聞くけど、本気で魔物との戦い方を覚えるつもりなんだな?ウェンリー。」

「…んな顔すんなよ、大丈夫だって無茶はしねえから。」


 俺の心情が顔に表れていたのか、ウェンリーは両手を腰に当ててそう言うと踏ん反り返って続けた。


「おまえが前衛で、俺は一歩下がって無理をせず、ルーファスを後方から援護する。怪我しねえことを第一に心がけて絶対に深追いしねえ。俺はあくまでも魔物の動きを覚え込むために訓練すんのが目的で、おまえが許可するまで魔物を倒さなくていい、だろ?ちゃんと理解したってばよ。」


 チャキッとエアスピナーを格好良く(自称)構えてウェンリーはドヤ顔をした。


「…本当に頼むぞ?」


 念を押す俺にウェンリーは了解了解、と気楽に手を振って、さっさと行こうぜ!と促す。

 まあそこまで心配することもないか、少なくともウェンリーは、昨日今日で覚えた武器を使っているわけじゃなかったようだしな。


 俺は自分にそう言い聞かせた。


 ヴァハから隣街のメクレンに向かうには、ヴァンヌ山を四合目まで登って、そこから二叉に分かれた道を北西の方に向かい、ヴァレーア渓谷を望む西壁沿いに暫く進んでから、その先の自然洞を抜けてヴァハの反対側に位置する北側の登山道を下って行く。

 俺達の慣れた足でも六、七時間の全道程だ。もちろん魔物に出会さなければもっと早く辿り着けるのだが、それは無理な話だった。


 道すがら襲ってくる魔物との戦闘を繰り返し、都度注意点や対応の仕方を細かくウェンリーに教えつつ、俺達は順調に進んで行く。

 ウェンリーは俺の助言を素直に聞き入れ、真剣に魔物の動きを覚えることに専念していた。


 やがてヴァンヌ山に入って二時間ほどが過ぎ、俺達は一度西壁沿いの登山道にある休憩所で一休みすることにした。

 今日のように良く晴れた日は、この場所からヴァレーア渓谷の全景がよく見え、谷底の川が遙か遠くの海まで続いているのも見渡せるのだ。

 木製のベンチに並んで座り、ボトルの水を手に俺とウェンリーが休んでいると、メクレンから来たヴァハへ向かう途中の荷運び行商人と護衛の守護者が、俺達に気付いて声を掛けてきた。


 俺は昨日ウェアウルフの変異体に六合目で出会したことを護衛の守護者に告げ、討伐したばかりだから大丈夫だとは思うが、一応気をつけるようにと注意を促す。

 俺達守護者は良くこうして情報のやり取りをすることがある。近隣に詳しい人間から近場の様子を聞いておけば、その分危険にも逸早く対処できるようになるからだ。

 彼らに手を上げて挨拶をし見送ると、俺達も休憩所を出発してまた登山道を歩き出す。もう少し進むと中腹にあるヴァンヌ自然洞の入口だ。そこから暫くの間は光源が光苔くらいしかない薄暗い洞窟内を進むことになる。


 ヴァンヌ自然銅は、ヴァハとメクレンを結ぶ北と南の登山道の中心にあり、迂回ルートが存在していないため、ここを通るしか行き来する道はなかった。

 ただ後ろには俺達の村しかなく、さっき会ったような護衛付きの行商人が週に何度か通る以外、殆ど人が通ることもない。

 それほど人の通りが少ないにも関わらず、不思議なことにこの場所は強力な魔物がまず出現しない。守護者の初心者(ビギナー)どころか、民間人でも気をつければ一人で通り抜けられるくらいだ。

 俺はここでウェンリーにFランク魔物『スライム』を複数相手に集団戦と近接戦闘の訓練をさせることにした。

 スライムが相手なら大きな怪我をする心配もそれほどないからだ。


 自然洞を進みながら何度か戦闘を繰り返し、背後に回り込まれたり、囲まれたりしないように細かく位置取る方法をウェンリーに叩き込み、常に動き回って最適な魔物との間合いを経験により教え込む。

 ウェンリーは運動神経が良く、身軽で俊敏に動けるため、対集団戦の動き方を覚えるのは早かった。ただ問題は…


「うーん、やっぱりその武器だと接近戦は厳しいな。今から武器を変えるのは無理だし、技術で補うのも限界がある。なにか方法を考えよう。」


 俺はウェンリーのエアスピナーを見ながら、なにか接近戦に対応できる方法を後で考えることにした。最も簡単なのは使い慣れた武器を改造することだ。だがこれには細かな調整が必要だし、それなりに時間もかかる。


「まあ暫くは後衛専門だな。空中を飛び回る敵には俺の剣より有利だし、ヴァンヌビーみたいに素早い魔物は、叩き落としてくれれば俺が無理して飛び上がってまで攻撃しなくて済むようになる。適材適所って奴だ。」


 初心者にしては良くやった、と褒めたい所だったが、まだ残りの道程があるのに調子に乗って浮き足立たれると少々不安なので、そこはぐっと抑えることにした。


「へへっ、ルーファスが俺のために武器のことまで考えてくれんのか。…なんかいいな。」

「こら、気を緩めるなよ。」


 俺の心配などどこ吹く風のウェンリーは、やたらと嬉しそうにニヤついている。

俺はそれを諭す意味でもコツン、とウェンリーのおでこを軽く拳骨で叩いた。


 自然洞は全体的に緩い下り坂になっており、途中見通しの悪い曲がりくねった道があるものの、出入り口に近付くにつれゴツゴツとした岩盤が剥き出しで道幅が少し広くなってくる。

 そうして下り坂だった道が再び上り坂に変わると、道の先に外の光が差し込んできて、明るくなって来た。もうメクレン側の出口はすぐそこだ。


「お、出口だ。メクレンまであと少しだな、急ごうぜルーファス!」


 褒めてもいないのに心做しかウェンリーが浮き足立って見える。魔物との戦闘初心者はこういう時が実は一番危ないのだ。

 少し不安になった俺は、二、三歩前を軽い足取りで歩いて行く後ろ姿に、もう一度注意を促した。


「無事に到着するまでは気を抜くなよ、なにがあるかわからないんだからな。…聞いているのか?ウェンリー。」

「はいはい、わかってるって。お、メクレンが見えて来たぜ、ほらあそこ!」


 メクレン側の登山道に入ると、すぐ脇にヴァハへの道を示す道標が立っている。そこから崖の下を覗き込むと、メクレンの街が見渡せた。

 俺にしてみれば普段から頻繁に目にする見慣れた光景だ。今さらなにが楽しいのかちょっと理解できない。

 少しはしゃぎ気味のウェンリーを、やっぱりまだ子供なんじゃないのか?と思って見ていると、突然、全身が総毛立つような(おぞ)ましい気配を感じて上を見た。


「…!!」


 それは、数メートル上の大岩の上から、狙い澄ましたように前を歩くウェンリー目掛けて降って来た。


「ウェンリー!!」

「おわっ!?」


 ズザザザザッ


 叫ぶより早く、俺はウェンリーに向かって飛び込み押し倒すと、既の所で魔物の攻撃を躱すことに成功した。そのまま歩いていた位置より少し先に倒れ込む。


 シャッ


「なにをしている、すぐに立て!!」


 俺はすぐに立ち上がり、ウェンリーの前に出て腰の剣を引き抜くと、呆然として座り込んでいたウェンリーに横目で視線を投げかけ、一喝する。

 遅れてウェンリーは立ち上がり、俺の後ろで武器を構えようとエアスピナーに手をかけた。だがその時、ウェンリーのその動きに合わせて、目の前の物体がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。


「――待て、動くな…!!」

「えっ!?」


 緊張から俺の背中に冷たいものが流れて行く。


 ――こいつ…俺じゃなく、ウェンリーを狙っている…?


 突然上から降って来た〝それ〟は、黒い瘴気のような靄に全身を包まれた、水棲単細胞生物アメーバに良く似た、不気味な()()()だった。

  

差し替え投稿中です。話数などおかしな部分がありますが、修正までご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ