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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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47 隣り合う世界 前編

ルーファスはリカルド、シルヴァンと一緒にメク・ヴァレーアの森のヴァレーア・スパイダーの巣に来ていた。アインツ博士の情報によると、この場所に遺跡があると言うことだったからだ。話の通り巣の奥に蜘蛛の糸で覆われていた遺跡を見つけます。博士達と中へ入るルーファスでしたが…

       【 第四十七話 隣り合う世界 前編 】



「――驚きました、本当にこんなところに遺跡があったなんて…」


 ズシュッ…という鈍い音を立て、水分を含んだ躯体から突き刺した剣の切っ先を引き抜くと、俺は辺り一帯に累々と横たわる、大小様々なヴァレーア・スパイダーの死骸を見回した。


 その俺から少し離れた位置に立ち、たった今驚いた、と口にしたのは、目の前の光景に呆然としている様子のリカルドだ。


 辺り一面草も木も、真っ白な蜘蛛の巣糸に覆われているのに、辛うじてその隙間から、古代遺跡の壁らしき一部分が顔を覗かせていた。

 これまで何度も来ていたここ、『メク・ヴァレーアの森』に、まさか誰も知らない遺跡があって、そこからさらにシルヴァンから聞いたこの国の地下にあると言う、広大な迷宮へ入って行けるなんて…通い慣れていた俺達にしてみれば、想像もしないことだった。


 俺はエラディウム・ソードの刀身に付着した、ヴァレーア・スパイダーの毒液混じりの体液をヒュッと音を立て強く振り払うと、リカルドの呟きに返事を返す。


「まあ誰も気付かなかったのは無理もないんじゃないか?ここは昔からずっとヴァレーア・スパイダーの巣になっていたんだし、用もないのに好き好んで近寄る人間がいるはずもない。それに俺達でもなければ()()()()()()、一度に倒し切れはしないだろう。」


 今俺が言った通り、ここは四体ほどの成体と、二十体以上もの幼体が犇めくヴァレーア・スパイダーの巣()()()


「シルヴァン、そっちの致死確認(息のある魔物が残っていないか確かめること)は終わったか?」

「うむ、全て確認した、生きているものはおらぬぞ。」

「よし、じゃあ俺のスキルで戦利品を全部回収するぞ。」


 いつものように俺が戦利品を自動回収すると、山積していた蜘蛛の死骸が一瞬で消え去る。


「何度見ても便利なスキルだな。我にも同じような効果の魔法を作って貰えぬか?戦利品の回収はともかく、解体は本当に面倒で敵わぬ。」

「ああ、いいよ。作れるかどうかはわからないけど、そのうちな。」

「え…で、でしたら私も欲しいです、ルーファス。その時は呪文を教えていただけますか!?」


 シルヴァンの言葉にリカルドまでもが食い付いた。うん、その気持ちはとても良くわかるよ、俺もこのスキルを使えるようになるまでは、ずっとそう思っていたからな。合成して作るとしたら、空間魔法は必須だな。一応二人とも属性素養は問題なさそうだし、考えておこう。


 魔物の解体を面倒だとぼやくシルヴァンは、じゃあ千年前はどうしていたのかと言う話だが、その頃はまだ魔物駆除協会(ハンターズ・ギルド)守護者(ハンター)という職も存在していなかった。

 それでも魔物の部位を利用して武器や防具、薬や道具を作ったり、魔物の肉を食したりする習慣はあった。

 だから今のギルドなどの代わりに、魔物の死骸を丸ごと買い取り、解体した時に必要な部位だけ討伐者に渡す、と言う専門業者がいたのだ。

 現在でもその名残で大型魔物専門の解体業者は存在しているが、もしその職業が一般に残っていたとしても、戦利品で得られる一体あたりの収入が減ることになるので、わざわざお金を払ってまで雇う守護者や冒険者はいないだろう。


 今回この依頼中に回収した戦利品は、後で "換金する前に" 振り分ける。今回はシルヴァンの資格試験を兼ねているから、初期ランクを上げるためにも相応の証拠品をシルヴァン自身が提示する必要があるんだ。

 尤も、一般的に見習い守護者でヴァレーア・スパイダーを単独でも狩れる人間はそうそういないから、確実にCランク級到達は間違いないと思うけどな。


「それで、どうしますか?この巣糸。私の火魔法で全て焼き払いますか?」

「ああ、だけど遺跡を傷付けないように、一応燃やしてもいい場所をアインツ博士達に意見を聞いて指定して貰おう。ちょっと待っててくれ。」


 俺は完全に魔物の討伐が終わるまで、この巣から少し離れた場所に守護障壁を張り(実はアテナに任せてあったんだが)、その中で考古学三人組には待機して貰っていた。

 致死確認も戦利品回収も終わって、安全になったからもう解除していいぞ、とアテナに伝えながらその場に行くと、アインツ博士とクレンさんにはリカルドのところへ行って貰う。

 そしてここに残っているのは、腰が抜けてしまって立つことが出来ないトニィさんだけだ。


「ヴァレーア・スパイダーは全て倒しましたから、もう大丈夫ですよ、トニィさん。」


 真っ青に血の気の引いた顔色をして、未だにガタガタと震えるトニィさんに、俺はしゃがんで優しくそう声をかけた。…まあトニィさんの気持ちは良くわかる。


 元々民間人というのは、魔物に接することなど殆どない。あれば大抵街の外に出た時に襲われるとか、住んでいる町や村が襲撃されたとかの危機的状況だったりするし、そうでなければ人によっては運良く一生魔物を見ずに済むほど、以前のエヴァンニュは安全だった。

 だがそれもこの数日間で完全に崩れ始めているし、何度も言うが、守護壁が消失して魔物が活性化し強くなっている。

 ただここまでトニィさんが怯えることになったのは、別の理由からだった。それもこれも全てはシルヴァンのせいだ。


 トニィさんは魔物に限らず、虫系の類いが大嫌いらしかったのだが、遺跡の入り口が蜘蛛の巣になっている、というだけでも戦々恐々としていたのに、ここに到着して一旦魔物を殲滅する作戦を立てようと、近くで様子を窺っていたら…なにを勘違いしたのかシルヴァンが、ここは我に全て任せよ!!…と言って笑いながら巣に突っ込んで行ってしまったのだ。


 "蜘蛛の子を散らす" という言葉があるように、当然ヴァレーア・スパイダーは恐慌状態になり、まだ身体が小さく、数多くいた幼体は一斉に周囲に逃げ惑った。

 その逃げて向かって来た方向に、様子を窺っていた俺達と考古学三人組がいたのだ。


 俺でさえ一瞬たじろぐほどの集団が、ザカザカザカザカと地面を蹴る足音を立てて迫って来たのだ、幾ら俺が絶対障壁を張っても、その恐怖にトニィさんが耐えられるはずもない。

 せめて気絶でも出来ればまだ良かったのだが、怖い物見たさからか、逃げることに必死な50センチ大の幼体達が絶対障壁の上を通り巣から逃げ出すのを、トニィさんはまともに目を見開いて凝視していたのだ。

 はっきり言ってこれはもう、精神的苦痛を与えたとしてシルヴァンに責任を取らせるしかない。


 俺はハア、と大きく溜息を吐くと、暢気に欠伸をしているシルヴァンを呼び寄せた。


「どうした?ルーファス。」

「…どうした、じゃない。トニィさんがここまで怯えているのは、おまえのせいだぞ。責任を取れ。」


 俺の横にやって来たシルヴァンは、なに?、と不満げな顔をして、足元にへたり込んでいるトニィさんを見下ろすと、「ああ、そう言えば最初に、虫が苦手だのなんだのと騒いでいたな。まさかあの程度で腰が抜けて立てぬのか、大の男が情けのない。」と笑った。


「シ・ル・ヴァ・ン?」


 俺は口角を上げて引き攣らせ、怒りの闘気を身に纏う。依頼主の一人に心的外傷級の精神的苦痛を与えておきながら、おまえ、少しも反省してないな?


「――今すぐ銀狼姿になれ。」

「あ、(あるじ)?」俺の表情に気付くと、シルヴァンが透かさず後退(あとずさ)る。

「は・や・く・し・ろ。」


 シュルッっと瞬時に銀狼姿に変化したのを確認すると、俺は最近作ったばかりの新魔法、『フィグーラ・フィクス』をシルヴァンにかけた。


『な、なにをするのだ、ルーファス!?なんの魔法を我にかけた…!?』

「俺が光属性の封印魔法『シグナトゥム』と、時属性の強化保存固定魔法『セルヴァム』を合成して新しく作った外見固定魔法『フィグーラ・フィクス』だ。おまえはそのまま()()()()()()()姿()()、トニィさんの気が済むまで()()()()()()()。」


『ま、待たれよ(あるじ)、我はなにも悪いことは…っ』


 しておらぬ、と言うつもりだったんだろうが、俺はその言葉を冷ややかな視線で遮り、最後まで言わせなかった。


 俺がシルヴァンにかけたこの新魔法は、様々な物にかけた形状保存魔法や、姿形を固定する魔法がなにかの拍子に解けたり、効果解除魔法『ディスペル』で容易に解除されたりしないように、非常時用に考えて作り出した合成魔法だった。

 もちろんこんなことに使うために作ったわけじゃなかったけれど、丁度良いから効果を試してしっかり確認してみようと思う。


「ル、ルーファスさん…?」

 遠慮がちに俺を呼ぶトニィさんにくるりと向き直ると、今から暫くの間、シルヴァンを好きに触っていいですよ、とトニィさんに告げる。

「え…い、いいんですか…!?」

 ぱあっとその表情が明るくなり、さっきまでの恐怖も少しは薄らいだようだ。


 実は考古学研究所でシルヴァンが獣人族(ハーフビースト)であることを告げ、銀狼姿を見せた時、不思議なことに考古学三人組はあまり驚かなかった。

 それどころかふさふさでふわふわの長めの毛を持つ、大きな銀狼であるシルヴァンを見るなり、モフりたい、抱き付きたい!!と三人して目を輝かせたのだ。


 いや、さすがにそれは…銀狼姿でもシルヴァンはいい大人の男性だし、女の人ならともかくとして、男性に抱き付かれたり撫で回されたりするのは嫌だろう、と遠慮して貰った(もちろんシルヴァンは断固として拒否していた)のだが、正直言って俺もシルヴァンの銀狼姿にモフモフするのは大好きなので、その気持ちは良くわかった。

 その時特にトニィさんは残念そうにしていたのを覚えていたので、嫌な記憶は良い記憶で塗り替えるのが一番だと、このお仕置きを思い付いたのだ。


 わ〜い、と嬉しそうにトニィさんがシルヴァンにガバっと抱き付く。

『こ、こら!!我は男なのだぞ!?気持ち悪くはないのか!?』

「全然平気ですよ、ああ、思った通りふかふかのモフモフだあ…」

 トニィさんがうっとりとシルヴァンの毛に顔を埋める。

『ぐぬぬ、なぜだ、我がいったいなにをしたと…』


 俺の制止も聞かずにあれだけのことをしておいて、自覚がないのかおまえは。


 シルヴァンは銀狼姿になると、俺以外とは思念伝達でなければ会話が出来ない。逆を言えば思念伝達でなら普通の人間ともきちんと会話が出来るので、意思疎通はその姿でも問題なかった。


 ――と余談はここまでにして、本筋に戻ろう。


 リカルドがエレメンタル・アーツで遺跡の建造物を覆っていた蜘蛛の糸を必要なところだけ焼き払ってくれた。

 長い間巣糸で完全に包まれていた建物は、かなり保存状態が良く、遺跡の研究が目的の考古学者であればどれほど喜んだだろう、と見て思う。

 それは、神殿のような作りの入り口がある、崖下に埋もれるようにして建てられた小規模の遺跡だった。


「なんだかイシリ・レコアにある獣人族(ハーフビースト)の神殿に似ているな。」

 正面から見た建物の俺の第一印象がそれだった。

「この辺り一帯も昔は獣人族(ハーフビースト)の領土だったからじゃろう。おそらくここの近くにも彼らの集落が複数箇所あったはずじゃよ。」

 アインツ博士が早速説明してくれる。

「今でこそエヴァンニュ王国の国土として海岸線まで全てがこの国の物だと決められておるが、元はその三分の二が獣人族(ハーフビースト)の土地だったんじゃ。」

「三分の二?人間の領土の方が小さかったのか。」

『うむ。当時の隣国…エヴァンニュの前身国だが、その名を "アガメム" と言った。アガメム王国の国王は我らを "(けだもの)" と呼んで蔑み、我らが治める領土より、自分の国の国土の方が小さいと我慢ならず、度々戦争を仕掛けて来たのだ。』

「ああ…なるほど、それが最終的に獣人族(ハーフビースト)の迫害戦争に繋がるのか。」

『まあ…そう言うことだな。』


 千年も前のことだけど、シルヴァンにとってはまだ昨日のことのように思えるのかもしれない。銀狼姿であってもそれとわかるほど、一瞬その表情が酷く歪んで見えた。


「ルーファスさんって、古代文字は読めるし、普通では知られていない歴史的なことにも随分詳しいんですね。どこで学ばれたんです?」

「え?ああ、ええと…」


 まずい、クレンさんに思わぬ突っ込みをされることになった。


『我が獣人族(ハーフビースト)の歴史を話して聞かせたに決まっているだろう。古代文字は言語に関するスキルがあれば特に勉強などしなくとも、読めたり意味がわかったりすることがあるなど珍しくもない。』

〝いちいちルーファスに無駄な質問をするな。〟とシルヴァンが即座に返した。


 助かったシルヴァン、ナイスフォローだ。俺は嘘をついたり適当に冗談とかで誤魔化したりするのが下手だ。

 じっと目を覗き込まれたりすれば、すぐまともに見られなくなって視線を逸らすし、追求されればその場から逃げ出したくなる。

 だからまず最初から嘘は吐かないし、嘘を吐くくらいなら、話せないとか言えないと先に打ち明けてしまう。その方が嘘を吐いたりするより、余程誠実だと思わないか?

 その上で話せるようになった時に話せばいいし、そもそも嘘を吐かなければならなくなるようなことは、初めからしなければいい。…と言うのが俺の持論だ。


 シルヴァンは俺のそんな性格をよく知っていて、きっと今助け船を出してくれたんだろうな。


「では早速探索を始めましょうか。中はかなり暗そうなので、ここからは私が先導します。私なら広範囲を照らす追従型光球で、博士達の視界を確保しながら進めますから。」

「ああ、頼んだリカルド。俺は探索スキルで遺跡内に危険な罠や仕掛けがないか注意しておくよ。」

 そう言って俺が頷くと、リカルドは〝フィネンの書庫にあった魔法書を読んで、少し前に新しく習得した魔法なんですよ〟と言いながらにっこり微笑み、呪文を唱えた。

「出でよ光球、辺りを照らし我に続け。『ルスパーラ・フォロウ』。」

 ポン、ポン、と頭上に二つ光球が現れ、前後の暗闇をかなり明るく照らし出す。それは薄暗い森の中でも、遮る物のない昼の太陽光同様に周囲を照らしてくれている。


 なるほど、この魔法は光球が術者の周囲に浮かんで追従しつつ、360度自在に暗闇を照らしてくれるのか。


 呪文は今聞いただけで覚えたし、いつものように解析複写(トレース)してしっかり習得させて貰おう。後はこれを俺好みに改良して光球の数を増やしつつ、ついでに簡単な攻撃と防御も可能にしようかな。


 普段リカルドはエレメンタル・アーツを無詠唱で使用するが、全ての魔法が詠唱なしで発動できるわけじゃないらしい。

 攻撃、補助など戦闘に特化した魔法に限り開発してあるようで、多くの通常魔法はある程度の詠唱が必要みたいだ。


 頑丈に閉じられた遺跡の石の扉を、すぐ横にあった仕掛けを解いて開けると、リカルドを先頭に内部に入る。

 光の射す窓のない入ってすぐの空間は、六メートル四方のエントランスで、ご親切にも壁に石版状の見取り図が設置してあった。

 それを見るに一番奥の廊下の突き当たりに地下への階段があるようで、そこまではいくつかの部屋を通ったり、回り込んだりして進まないと辿り着けそうになかった。先ずはあまり寄り道をせず、そこを目指すことにする。


 アインツ博士達の最終的な目的は、飽くまでも獣人族(ハーフビースト)の隠れ里イシリ・レコアに行くことだ。


 当初依頼内容を聞いた時、人間をイシリ・レコアに入れたくないと渋っていたシルヴァンも、博士達が獣人族(ハーフビースト)を尊び、その習慣や生活様式、掟や風習までもを良く理解していると知り、絶対にイシリ・レコア内の物を持ち出したり、傷付けたりしないことを条件に行くことを許可してくれた。


 俺達は既にイシリ・レコアに続くインフィランドゥマを攻略済みで、転送陣の位置や内部の構造もわかっているため、そこを抜けるのは容易い。

 なのでこの遺跡から地下迷宮の中に入ってさえ仕舞えば、後はインフィランドゥマに通じる転送陣を探すだけで、なにか問題でも起きない限り、イシリ・レコアまではそんなに時間はかからないだろうと踏んでいる。


「おっと、左の大きな部屋に複数の魔物がいるぞ、リカルド。」

「はい、アインツ博士達はルーファスの側へ。」

「ほいほい。」


 ひび割れた石床の廊下を、なるべく音を立てないように気をつけながら進んで、ゆっくり部屋に入ると、そこには蜥蜴の姿をした小型魔物の『グリンジェコ』が十体ほど(たむろ)していた。

 この魔物は地上で荒廃した遺跡に数多く生息しているが、守護壁消滅前までは人間よりも動物を好んで食する、臆病であまり害のない魔物だった。

 だがこの魔物も例外なく活性化と凶悪化しているようで、以前ならすぐに逃げ出してもおかしくはなかったのに、俺達に気付くと反対に麻痺毒を含んだ唾液を振り撒き、次々と攻撃を仕掛けて来た。


「俺が前衛を引き受ける。弱点は水だリカルド、アーツを頼む。シルヴァン、麻痺毒に注意しろよ。」

「了解です。」

『心得た。』


 いつものように戦闘フィールドを展開し、俺は自分達に『ディフェンド・ウォール』を発動すると、アインツ博士達をアテナに任せ(と言っても守護障壁を張って貰い、後は周囲を監視して貰っている)、剣での攻撃に徹する。


 このところ俺は魔法での戦いに慣れてしまい、少し剣技での実戦が足りないように感じていた。

 自主的な訓練を欠かすことはないけれど、それでもインフィランドゥマでの時のように、魔力が突然使用不可能になることがまたあるかもしれない。

 そうなった時に困ることがないように、もっと以前のように魔法を使わず剣技も磨いておく必要があると思っていた。

 特に集団戦で役に立つ、魔力を必要としない複数対象攻撃の新しい技があれば、いざという時に必ず役に立つだろう。


 …と思ったのだが、リカルドのエレメンタル・アーツの水流でグリンジェコ達はあっという間に一掃されてしまい、俺もシルヴァンも出る幕がなかった。


 まあ楽に倒せるならその方がいいか。


 戦利品を回収しながらそんなことを思っていると、アインツ博士達の守護障壁を解いたアテナが、俺に話し掛けて来た。


『ルーファス様、少しよろしいですか?』といつものようにアテナの声が頭に響く。


 ああ、どうした?


『私達が通って来たメク・ヴァレーアの森の全体地図をご覧下さい。』


 頭の中の詳細マップがアテナの声と共に、メク・ヴァレーアの森の全体図に切り替わった。


『入り口から少し進んだ辺りに、先程までにはなかった、保護対象を示す緑の点滅信号が現れているとおわかりになりますか?』


 保護対象?ああ、確かに緑の信号が一つだけ点滅しているな。…単独で森に入るなら、守護者(ハンター)か?


『詳細はここからではわかりませんが、保護対象というのが気になるので、私に調べさせていただけませんでしょうか。』


 それは俺が思ってもみないアテナの言葉だった。


 待て、アテナ。おまえに調べさせるって、どうやって?俺は今、仕事中で博士達の護衛をしているんだぞ。彼らから離れるわけには行かないんだ。


『わかっています。ですから私が一人でルーファス様から離れ、信号の発信元に向かいたいと思います。…だめでしょうか?』


 いや、だめじゃないけど…


 アテナがこんなことを言うなんて初めてだ。そこまでこの保護対象の信号が気になるのか。でも俺から離れるなら神霊体じゃだめだ、実体化しないと…こんな危険なところで大丈夫かな。


 心配は心配だけど、アテナは俺に都合の良い道具じゃない。いずれ成長して肉体を得たら俺の中から外へ出て、一人の存在として生きることになるんだし、これもその練習だと思えばいいか。


 ――わかった、隙を見て『神霊具現化(アニマ・インカーネイト)』を使う。おまえの能力は俺のそれとほぼ同じだから大丈夫だとは思うけど、くれぐれも魔物に気をつけて行くんだぞ。


『ありがとうございます、ルーファス様…!』


 その声を聞くだけで、アテナがとても嬉しそうだと俺に伝わって来た。最初の頃の感情表現のない状態を思えば、短期間で随分成長したよな。


 礼は要らないよ。おまえはまだ実体がないから俺の中にいるだけで、おまえはおまえ自身、単独の存在なんだ。ああ、俺の中に戻る時は一声かけてくれ。


『はい、わかりました。』


 うん、その口調も "かしこまりました" じゃなく、少しずつ砕けて来ているな。それでいい。


 リカルド達が先を行き、グリンジェコを倒した大部屋から出ると、俺は態と少し遅れて壁の陰に隠れ、『神霊具現化(アニマ・インカーネイト)』を使ってアテナを呼び出す。

 具現化したアテナに、声を出さないように人差し指を立てて合図すると、手で早く行け、と指示をしてその後ろ姿を見送る。


 ここの所ずっとリカルドが一緒にいて、アテナが俺の前に姿を見せることはなかった。暫くぶりに顔を見たような気がするけど、なんだか彼女、外見も少し変化して綺麗になったんじゃないか?

 俺はそんなアテナの変化が嬉しく、娘を持つ親の心境(もちろん俺にわかるはずはないのだが)で自然に顔が綻んで行く。


 アテナが俺の中から出て離れても、俺の自己管理システムに大きな変化はない。俺の問いかけに返答して表示されるものにも変わりはないし、アテナの声が聞こえない、と言うこと以外全く変化がないと言ってもいい。

 これは俺とアテナの繋がりが切れていないからなのか、そもそもアテナの存在と自己管理システムは別物なのか、その辺がはっきりとしないが、まあ考えてもわからないので今は後にする。


 アテナを具現化した後、俺はすぐにシルヴァンの後ろへ戻ったが、ほんの1、2分のことだったので誰にも気付かれなかったようだ。


 その後俺達は、こういう場所に存在しがちな巨大魔物に出会すことも、誰かが罠に嵌まって救出するのが大変になるなどの大きな問題もなく、見取り図にあった最奥の階段から地下へ降り、そこからさらに奥まった部屋にあった転送陣で転移し、地下迷宮へと入った。


 そこはシルヴァンから聞いていた通り、俺の空間把握による初見でのマップでも、いったいどのぐらい広大なのかわからないほど広がっていた。

 おまけに脳内地図の詳細欄に階層を示す表示があることから考えると、地下迷宮は横方向だけでなく、縦方向にもかなりの深さまで続いているらしい。

 ただ、ある程度の範囲で区切られていると聞いた通り、途中途中で道が完全に途切れていたり、酷いとどうやって行くのかわからないような、部屋らしき空間だけがポツンと俺のマップに表示されているようなところもあった。


 なぜエヴァンニュ王国の地下に、こんな迷宮が存在しているのかわからないが、たとえ俺のように地図があったとしても、迷わず全てを探索するのは不可能に思える。

 尤も、今回はインフィランドゥマへ通じているらしい転送陣を見つけるだけで、用のない場所を歩き回る気はないから、さして問題はないだろう。


「俺の探索スキルで見ると、転送陣がありそうなのは四カ所だな。でも多分、インフィランドゥマに通じている可能性が高いのは、南東方向にある部屋の転送陣だと思う。」

 言うまでもないが、目的の場所は黄色の点滅信号で表されるから、俺は見ただけでわかるのだ。

「ほうほう、おまえさんの探索スキルは本当に便利じゃのう。」

「ええ、まったく。ルーファスがなにかと特別なのはわかっていますが、初めて訪れる場所なのに詳細がスキルでわかってしまうなんて、羨ましい限りですよ。」

 アインツ博士の感想に乗っかり、リカルドが褒めているのか皮肉で言っているのかどっちなのかわからないような声を出す。


 本当はスキルじゃなくて頭の中の詳細マップなんだけど…それを説明するには自己管理システムのことまで言わなくちゃならないから、さすがに面倒なんだよな。

 ウェンリーに理解して貰うのもあれだけ大変だったんだから、根掘り葉掘り聞かれて答えるのはもう懲りたよ。


「とにかく道はこっちだ。魔物も彷徨いてるから、素早く移動しよう。」


 ここに出現する魔物は地下特有の固有種が多く、土竜型『トゥープ』やケラ型『モールクリケット』、蚯蚓型『ロンブリス』などが生息していた。

 そこで俺はふと思う。魔物は通常食料として人や動物を襲うが、そもそもこんな地下にそれだけの生物は存在しない。

 ならばこれだけの数の魔物は、ここでなにを食べて生きているんだろう?…そんな疑問を抱いたのだが、考えたところで答えがわかるはずもなかった。


 ここへ転移して来た入り口から、南東方向に一時間ほど歩いた場所に、その転送陣がある大部屋はあった。

 俺はこの場所がインフィランドゥマで見た転送陣と、同じような作りと装置があるのではないかと想像していたが、大体その予想で合っていた。


 ただ大きく違ったのは、呪文石と思しき石柱が円形に配置された大きな転送陣の横に、一回り小さい設置型魔法陣がもう一つあったのと、奥の壁が一面緑と橙のクリスタルに覆われていて、そこに植物の蔓のようなものに支えられた青緑色に輝く巨大なクリスタルと、目を奪われるほどに美しい鍾乳石の泉があったことだった。

 その泉は、インフィランドゥマの中で見た、あの泉と良く似ていて、青緑のクリスタルから泉に水が注がれていたのも同じだった。


「なんと幻想的で美しい光景じゃ…これほど綺麗な泉は、生まれて初めて見たわい。」

 ほう…っと溜息を漏らす博士達も、暫くの間そこに湛えられている澄んだ水に見蕩れていた。

 その間に俺とリカルドは横にあった小さな魔法陣を調べる。

「これは多分、休憩所のような場所に通じる入り口のようですね。行き先に安全を示す呪文字と結界を示す文字が含まれています。」

「そうか、それなら先に入って俺が見て来よう。」

「いえ、私が見て来ますよ。あなたはここで待っていてください。」

「あ、おいリカルド…!」


 止める間もなくリカルドは設置型魔法陣に入り、瞬時に転送されて行ってしまった。


「俺が行くって言ったのに…まあすぐに戻って来るだろう。」


『ル…いや(あるじ)よ、そろそろ我にかけた魔法を解除しては貰えぬか?トニィが我を放してくれぬのだ。』

 重そうにトニィさんをその背に乗せたまま、シルヴァンが思念伝達じゃなく、直接俺に話しかけて来た。

「ダメ。三時間はそのままだ。その内勝手に解けるから、それまで我慢していろよ。」

 俺は素気なくぷいっと顔を背ける。ここで甘い顔をしたらお仕置きにならないからな。


 クレンさんがこの水は飲めるのか、と聞いて来たので念のために浄化魔法をかけてみるが、なんの問題もなかったので、その場で俺達は泉から各々水を汲み、喉を潤すことにした。

 その泉の水は、なんとも言えない甘味とまろやかさを感じる、今まで口にしたことのない美味しい水だった。


「なんだか身体の隅々まで、なにかの力が行き渡るかのような、不思議な水だな。」

 俺は自分の指先にまでその水が行き届き、身体の中から癒やされて行くような不思議な感覚に驚いていた。


「え?そうですか?確かに美味しい水ですけど、僕なんかはそこまでは…」

 クレンさんが不思議そうに首を傾げる。


 そこへ魔法陣からリカルドが出現し、転移先から戻って来た。


「この先はやはり休憩所になっていました。横になれるような簡易ベッドもありましたし、魔物もいなくて安全です。折角ですから、少し休憩して行きませんか?」

 そう言いながらこちらへ近付いてくる。

「賛成だ。インフィランドゥマに入る前に昼食も取りたいし、一旦ここで休んでおこう。」

「ふむ、リカルド君達の意見にはちゃんと従うぞい。どれ、そこの魔法陣から行けるのかの?」


 そうして俺達が移動しようと動き出した時だ。


 カッ…パアアァァァッ…


「…!?」

「な、なんじゃ!?」


 突然泉の上の巨大なクリスタルが青緑の光を強め、強烈に輝きを増す。


「泉のクリスタルが…光っている!?」


 俺達は目も開けられないほどに眩く輝く光に、手で瞳を庇いながら、ただその方向を見て、呆然とその場に立ち尽くしていた。


次回、仕上がり次第アップします。

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