45 忍び寄る変化
体調が回復し、壊れた武器を新しく購入したルーファスは、メク・ヴァレーアの森で身体を慣らしていた。それを終えて何か依頼を受けようとギルドに行くと、様子がおかしいことに気付きます。一方ウェンリーはヒックスのためにセリオの遺体搬送の護衛をして彼の出身地である農村まで付き合ったようですが…?
【 第四十五話 忍び寄る変化 】
「ルーファス、そっちに落ちます!!」
「了解だ、逃がすか…!!」
リカルドが放った氷のエレメンタル・アーツが直撃して、キイーッという鳴き声を上げながらタイラント・ビートルが落下して来る。
地面に叩き付けられて引っくり返ったところに、俺は買ったばかりのエラディウム・ソードを突き立てた。
ガキッという固い物を貫く時の音がして、そのまま魔物が息絶える。うん、新しい剣の使い心地は悪くない。
今日は武器屋に寄って、ヴァハでの戦闘で砕け散った剣の代わりに、もっと魔力に強い刀身を持つ中剣のエラディウム・ソードを購入した。
できれば使うほど自分に馴染むというオリハルコン製の物が欲しかったけれど、エヴァンニュではかなり貴重で値段も高い。それというのも素材のオリハルコン自体が殆ど採れなくなっているからだ。
まあ俺の魔力に耐えられるなら、この剣でも十分だし、これでだめならまた考えるかな。
そんなわけで俺は今、リカルドと一緒に新しい剣の掴みと回復後の身体慣らしのためにメク・ヴァレーアの森に来ているのだが――
「今のがこの集団の最後だったみたいだ。結構な数に出会したけど…いつもより多くないか?」
俺は周辺にもう他の魔物が見当たらないことを確認すると、刀身に付着した魔物の体液を振り払い、腰の鞘に剣を戻す。
「そうですね、でも一通り討伐しましたからもう大丈夫でしょう。新しい剣の使い心地はどうですか?」
そう聞いてきたリカルドの、にこにことした笑顔を見ながら、いつものようにスキルで戦利品の回収をすると、〝ああ、悪くないよ。〟とだけ微笑んで返した。
今日のリカルドは朝からずっとこんな風に上機嫌で、俺となにか話す度に普段の三割増しぐらいキラキラした嬉しそうな笑顔を向けて来る。
昨日までは暗い顔をしていることの方が多かったのに、俺にアーシャルのことを話して安心したのかな?まあ機嫌がいいのはいいことだけど…
「それにしても、この前ここに緊急討伐で来た時とは随分様子が変わっているよな。森全体が霧に煙っているように白っぽく見えるし、あんなに大人しかったタイラント・ビートルを含めて、全ての魔物が殺気立っている。一体、いつからだ?」
ざわついてそこかしこから肌にチリチリ来る気配に、俺は小径に立って、もう一度周囲を見回してみる。ここまで魔物を狩りながら一通り歩いて来たけれど、雨が止んだ後というわけでもないのに、森の奥が見渡せないほど霧のような靄が漂い、全体的に薄暗く感じるのだ。
「おそらくですが…先日の大きな地震の後からでしょうね。なんやかやとあってすっかり話しそびれていましたが、この国を長い間守ってきた守護壁があの日、完全に消滅してしまいましたから。」
「俺達が危うくインフィランドゥマに閉じ込められそうになったあの地震か。メクレンでも噂になっているようだけど、エヴァンニュ王国全体で同時に起こった同規模の災害だったらしいな。」
あの日ヴァンヌ山の空で、なにかが砕け散り消えて行くのを見た。あの様子は普段戦闘にも使用する魔法障壁が砕ける時にも似ていると思ったけれど…あれがその守護壁が消滅する瞬間だったんだろう。
「守護壁がなくなって、今後この国はどうなっていくと思う?」
「そうですね…」
リカルドは言う。今いるメク・ヴァレーアの森のような状態は、他国では当たり前なのだと。
民間人は守護者の護衛なくして他都市町村との行き来は出来ず、守護者のいない村や集落は存続さえも不可能だ。
背の高い頑強な外壁に守られていても安心できず、変異体や強力な魔物、新種の出現などへの対応が遅れるとやがては襲撃に遭う。
そうして魔物に飲み込まれた場所は新たな魔物の住処となり、再建も叶わず放棄されて廃墟と化してしまうらしい。
これまでこの国が平穏な日常を送れていたのは、エヴァンニュ各地の地下に隠されている『護印柱』という障壁発生装置によって、この国全体を遙か上空から深部に至るまですっぽりと包み込むように張られていた守護障壁のおかげだった。
「その護印柱は壊れてしまったのか?」
障壁の発生装置が壊れたのなら、おそらくもう直すことは出来ないだろう。そう思った俺は、以前の状態にこの国を戻せないかと考える。
「いいえ、壊れたわけではなく、稼働し続けるためのエネルギーが枯渇したのです。」
エネルギーの枯渇…だったらまた元の状態に戻せる可能性が残っているのか。
「それならそのエネルギーを補充すればもう一度動かせるんじゃないか?」
そう聞き返すも、リカルドは首を横に振る。
「補充可能ならば、ですね。護印柱自体いつ、誰が作り上げて設置したのか不明ですし、なによりなにから動力を得てあれほどの障壁を発生させ長期間維持していたのか、肝心なそのエネルギー源の正体が全くわからないのです。」
アーシャルの本拠地では護印柱について長年研究しており、各所にある装置の情報からそのエネルギー源は『霊力』と呼ばれている未知の力らしい、と言うことまではわかっているそうだ。
「霊力…?」
「知っているのですか?ルーファス。」
「ああ、聞いたことがある。多分…」
俺にはその言葉に聞き覚えがあった。自己管理システムの情報欄から探してみると、やっぱりあった。そうだ、霊力とは――
「自然界に存在する精霊達が、生命活動を維持するために必要な自然エネルギーのことだ。世界中どこにでもあって、そのどこにも存在しない…」
「え…?それはどう言う意味なのですか?」
リカルドが理解できずに首を傾げて聞いて来る。
霊力は簡単に説明するとフェリューテラに生きる生物には、認識も利用も不可能な力だ。
通常では目に見えず、手で触れることも出来ないが、それでも確かに大気にも大地にも、植物や動物、魔物や人の体内にでさえも存在している。
俺の認識ではそれは生命に関わる力で、一度消えれば二度と戻ることはない、個々の魂そのものに近い。
ならば霊力とそれを入れる器があれば生物になるのか、と言うとそうではなく、それに必要ななにかが足りなければ生命にはならないので、飽くまでもそれに近いなんらかの力だと理解してもらえばいいと思う。
そして『精霊』についてついでに説明すると、まずフェリューテラ上の生物はその活動力として、基本的に『魔力』を使用している。
それは人も魔物も同様で、飲食物や呼吸をする大気から自然に魔力を取り込み、身体の中で生命力に変換して肉体と生命を維持している。
個人差はあるが、その際体内に生命力として変換されず、蓄積して行く余剰魔力を魔法などにも使用可能なのだ。
対して『精霊』は、基本的にその殆どが物質的な肉体というものを必要としない存在で、人間のように魂の器である肉体を維持するために、魔力を生命力として変換するという必要がない。代わりに『霊体』という肉体に変わる物を維持するために必要なのが『霊力』なのだ。
だからと言って魔力が要らないかというとそれはまた別で、純粋に様々な活動を行うための力として、精霊にも魔力は必須だ。
だが人間のそれよりも遙かにその消費量が少なく、体内に蓄積する魔力が多いため、精霊が使用する魔法は総じてその威力なども高くなる。(と頭の中の情報には書いてあった。)
「――なるほど、それが霊力ですか。さすがによく知っているのですね、驚きました。」
「知っている、と言えるのかどうかは微妙なんだけど、まあ知識としては持っているみたいだな。」
うん、頭の中の情報で見たことだけど、過去に俺が知っていなければ見られない知識だしな、聞いたことがあるという程度しか思い出せてなくても嘘じゃないぞ。
「ですがそのようなエネルギーをどうやって取り込み、護印柱を動かしていたのでしょう?」
「うーん、そこまでは俺にもわからないよ。実際にその護印柱を見たことがあるわけじゃないしな。」
「…ですよね。」
俺達はなんとはなしに顔を見合わせ、互いにふっと笑い合う。
「まあ俺がなにか考えたところで、そんな装置を直せるわけもない。よし、身体慣らしはもうこんなところでいいか。一旦戻ってギルドの掲示板を見に行かないか?緊急討伐の類いがあれば何件か受けたい。」
「それは構いませんが…大丈夫なのですか?」
「体調か?全く問題ないよ、いったいあれはなんだったのかと思うくらいだな。」
「それならいいのですが…」
〝本当に大丈夫だよ〟と俺は、未だに時折心配そうな顔をするリカルドに笑顔を見せる。
…大丈夫だ、俺は自分で決めてヴァハを出て来た。もう帰る家はないし、シルヴァンが戻ったら、本格的にエヴァンニュ以外の国に行くことを考えなければならない。今はまだ所持金がそれなりにあるけど、それでも旅費は必要だし、毎日の食費や宿代も稼がなければすぐに金はなくなる。
今後のことを細かく決めて、どこに行くか目途が立ったら…とにかく少しでも早くここから離れたいな。
≪ ここはヴァハに近くて…色々と思い出が多すぎる。≫
「ではギルドに向かいましょうか。」
――俺にはわかっていた。リカルドが心配して気にかけてくれているのは…多分体調のことじゃない、精神的なことだ。
それは俺がヴァハを出て以来、一度もウェンリーのことを口に出さないからだと思う。違う…出さないんじゃない、出せないんだ。
ウェンリーのことを考えると、ただ “寂しい” という感情しか湧いて来ない。離れてほんの数日しか経っていないのに、会いたくて堪らなくなる。
いつも顔を上げればそこにいたのに、ウェンリーがもうそばにいない違和感に、俺はまだどうしても慣れなかった。
…日が経てばそのうちに慣れて行く、よな。この胸のどこかにぽっかりと大きな穴が空いたかのような喪失感も…いつかきっと消えるはずだ。
メクレンに戻り、何日かぶりにギルドを訪れると、入り口から入るなり普段と様子が違っていることに気が付いた。
慌ただしく動く職員達に、あちこちから聞こえてくる怒声に近い人の声。ギッシリと並んだ行列に、収拾の付かない混乱状態。
おそらくは依頼の申請に来ていると思しき人の数が凄まじかったのだ。ざっと見ただけでも普段の三倍以上はいるだろう。
その誰もが苛立っているようで、民間人フロアのはずなのに…まるでならず者守護者か荒くれ冒険者が集まってでもいるかのように殺気立っていた。
「これは…ちょっと様子がおかしいですね。」
「ああ、上に行ってみよう。」
俺達は足早に守護者の専用フロアである二階へと急いだ。すると普段なら、気に入った仕事が見つかるまで暇を潰しているような守護者や、呑気に情報をやり取りしたり、冒険者同士で交流したりしているはずの守護者や冒険者達の姿が殆ど見えない。
ぽつりぽつりと残っているのは新人守護者のような、仕事にまだあまり慣れていない様子の者ばかりだった。
「守護者の数が少ない…なにがあったんだ?」
「とりあえず窓口で話を聞いてきます。先に依頼の掲示板を見ていてください。」
「ああ、頼んだ。」
窓口に歩いて行くリカルドと離れ、俺は依頼の張り出された掲示板の前に立つ。
――もの凄い数の依頼が張り出されているな。仕事を引き受ける守護者の数より依頼の方が遙かに上回っているのか。
一見内容自体は大したことがないように見える。魔物のランクも低く、EからCランク程度のものが最も多い。だけどこの数は…はっきり言って異常だ。
「…タイラント・ビートルにドルミール・フラワー…ツノウサギにイエロー・ビー…ショート・テイル・キャラット…!?」
そこに並んでいる討伐対象の魔物を見て俺は驚いた。これまで左程人に害を及ぼすことのなかった魔物の名前までもが、ずらりとリストに並んでいたからだ。
まさか守護壁がなくなって、魔物が活性化しているのか…?いや、リカルドはメク・ヴァレーアの森を見て、あの状態が他国では当たり前だと言った。
活性化しているのは確かかもしれないけれど、これまでの魔物は守護壁の力で弱められていただけなのかもしれない。だとしたら――
俺はあることに気付き、慌てて窓口の受付嬢と話しているリカルドのところへ駆け寄ると、声を掛けて割って入った。
「リカルド…大変だ!!すぐギルドに守護者、冒険者に向けて注意喚起するように頼んでくれ!!おまえの言葉なら耳を貸して即対応に動くだろう!?」
「ルーファス?」
俺がその腕を掴んで訴えるとリカルドが驚いて目を丸くする。それに構わず、俺はさらに自分の考えを伝えた。
「エヴァンニュの守護者達はおそらく、弱体化した魔物の相手しかして来ていない!!守護壁が消える前と後じゃ魔物の強さが変化しているかもしれないんだ、もし以前の感覚で侮って戦えば、命取りになる…!!」
「…!!」
俺の言葉を聞くなり、なにが言いたいのか一瞬で理解してくれたリカルドは、すぐ受付嬢にトップハンターである『リカルド・トライツィ』の名前を使って、全ギルドの各支部に連絡するよう指示を出した。
――俺やリカルドは守護者としてのランクが高く、魔物の強さが極端(たとえば通常の魔物と変異体くらいの差)に変化しない限り、あまりその違いを感じない。
それはどんな魔物が相手でも対応を変えず、普段から決して油断しないよう身体に叩き込んであるからだ。
それは所謂 "戦闘経験の積み重ね" から来るもので、熟練で高ランクの依頼を熟せる守護者なら俺達同様そう問題もないだろう。
だが多くの守護者や冒険者は、自分のランクに見合った相手としか戦わない。生活のために仕事をしても、その金を稼ぐために命を落としては意味がないからだ。
そうして仕事をしてきた守護者達の相手が、いきなり急に強くなったら…?場合によってはそれまでの攻撃が通用しなくなり、窮地に陥ることもあるだろう。
「リカルド、ギルドの魔物の強さを示すランク基準も、これまでとは一新して見直した方がいいかもしれない。」
「はい、それも私の名ですぐ本部に指示を出します。諸外国の基準より高めに設定すれば間違いないでしょう。」
「ああ。…警告が届いて、今仕事に出ている守護者や冒険者達にも上手く伝わるといいけど――」
俺は心からそう願うしかなかった。
* * *
「パンパカパ〜ン♪♪おっめでと〜ございまあああすっっ!!!ウェンリー・マクギャリー様ッッ!!み・ご・と資格試験、合格でえええっす!!!」
――めっちゃハイテンションな、はっちゃけ受付嬢が、ブラウンピンクのツインテールをぴょんこぴょんこ上下に揺らしながら飛び跳ね、ギルドの守護者フロアに響き渡るほどの黄色い声でそう言うと、パアンパンパンっと魔石花火まで鳴らした。
「…あー、はい…どうも。」
≪…なにこのハイテンション…ついて行けねえ。ここって…魔物駆除協会の窓口…だよな?≫
両手の人差し指を左右の耳の穴に突っ込んで、ドン引きしてる俺が今立ってんのは、メソタニホブから少し北にある農村、プリーストリ村のギルド窓口前だ。
「う〜ん、暗いぞお!!せっかくキミも今日からり〜っぱな守・護・者になったのにい〜い!!」
キャピキャピしてぶってるけど、どう見ても俺と同じか少し上くらいだよなあ…痛すぎる。てか、ウインクされても嬉しくねえんだけど。(アテナの方が100倍可愛いし)
「ソレはウレシイですけど、ハヤクIDハッコウしてクダサイ。」
「…なんでカタコト?」
あ、いきなりジト目になった。
「お姉さんがボクとは違う世界の人みたいなんで、言葉が通じないかな〜と思って。」
いいから早くしてくんねえかなあ、もう…
「「あっはっはっはっ」」
なんで一緒に笑うんだよ…!!
『あなた、IDいらないのね…?』
いきなり豹変したっっ怖っ!!!
「要りますっ!!ください、お願いします!!」
ここは平謝りだ!!権力には勝てねえ!!
なんてこんなやり取りをしてるところに、背後から困ったような声で、このはっちゃけ姉さんを窘めてくれる御方が現れた。…ってヒックスさんだ。
「ちょっとメイジ…ウェンリー君を揶揄うのは止めてくれよ。セリオをここまで連れて帰るために、わざわざハースの護衛に付き合ってくれたんだ、申し訳ないじゃないか。」
「ヒックス…そっか、ごめんごめん。」
――今ヒックスさんが口にした『ハース』ってのは遺体運搬車のことで、遠くで亡くなった人を故郷に連れ帰る際に利用されるんだ。
ああ、まあそう言うことで、今ヒックスさんが言った通り、俺はセリオさんをヒックスさん達の実家まで連れて帰って来る手伝いを買って出た。
人の遺体は、その死臭だけで魔物を引き付けるから…途中で襲われたりしねえように、守ってあげたかったんだよな。
因みにシルヴァンは、一足先にメクレンに帰った。俺と一緒にREPOSに戻ったら、間違いなくルーファスに怒られるからまずいんだとさ。
「ヒックスさん、このお姉さんと知り合いなんですか?」
「うん、幼馴染なんだ。ごめんよ、ウェンリー君。ここは小さなギルドだから、人も少ないし、迷惑かけちゃったみたいで…」
「いや、大丈夫ですよ。ヒックスさんは悪くねえし。」
「はい、悪いのは私、メイジ・ミセラです。調子に乗ってごめんなさい、プリーストリから資格試験合格者にIDを発行するなんて、滅多にないからつい嬉しくて…はい、これがあなたの守護者ID番号です。えっと、ID端末はお決まりですか?」
「ID端末…?」
「普段いつも身に着けているものとか、アクセサリーとかなんでもいいんだよ。失くしたりしないような大切なものとかがいいと思うけど。」
ヒックスさんが優しく教えてくれる。
ああ、そういやルーファスは確か腕輪だったっけ。
「うーん、考えてなかったなあ…どうしよ。」
「だったらとりあえずカードで発行しておく?後で気に入ったものにIDチップを埋め込むことも出来るわよ?」
「あ、じゃあそれでお願いします。」
なんだメイジさん、ちゃんと仕事できるんじゃん。
「オッケー、ではIDカードを発行します。そしてこちらが無限収納カードです。失くさないように呉々も気をつけてくださいね。」
「おおっ!!やった〜、これで俺も自分の荷物が減る〜う!!…って、あの…これ、万が一失くしたらどうなるんですか?」
自慢じゃねえが、俺は物を失くすことの多い奴だった。そのことを思い出し、一抹の不安が伸し掛かる。王都では子供に財布ごと身分証明カードを盗まれたし、念のために一応聞いておこう。
「失くしても中身は無くなったりしないわよ。詳しい仕組みはわからないんだけれど、ID番号を登録した本人以外、どうやっても中の物は取り出せないらしいの。おまけに、無限収納カードを失くしたりして再発行しても、新しいカードにID番号を登録すればちゃんとまた取り出せるようになるらしいのよね。あ、それと生き物は死んじゃうから、絶対に入れちゃだめよ?」
ふーん、つまりは収納されてる場所自体に所有者が登録されてて、その取り出し口が変わっても所有者本人なら出し入れできる、って仕組みなのかな。
〝まあこれを失くした人は見たことがないけれど〟とメイジさんは笑った。そりゃそうだよな。それと生き物はだめ、と。はい、気をつけます。
「おめでとう、ウェンリー君。これで今日から君も正式な守護者だね。ここまで僕に付き合ってくれて…本当にありがとう。」
「いえ、こちらこそヒックスさんのおかげで、資格試験の依頼がクリアできました。本当に感謝してます。」
セリオさんのことは悲しかったけど、無事にここまで来られたし、葬儀には参列できねえけどお悔やみだけ伝えて、そろそろメクレンに戻らせてもらおう。…と思った俺だったんだけど――
「そうそうヒックス、あなた今回の依頼達成で守護者ランクがCランク級に昇格したわよ、おめでとう。」
「え…そうなのか、教えてくれてありがとう、メイジ。」
「ランク…!!そうだ、俺の初期ランクは…!?」
俺が目指してたのは、最低でもCランク級だ。じゃねえとルーファスと一緒に仕事が出来ねえ…!!
「ウェンリー君はね、あと一つDランクの依頼を熟せば、Cランク級に昇格できるわ。」
「…ってことは、Dランクかよお!!」
あんなに頑張ったのに…Dランク…。
思わずその場で四つん這いになり、また俺は床と目線を合わせた。
「そ、そんなに落ち込まなくたって…初期ランクがC目前って、凄いのよ?」
メイジさんが受付のカウンターから出て来てまでポン、と俺の肩に手を置いて慰める。
「俺の親友…Sランク級なんですよ。…Dランクじゃ一緒に仕事してもギルドに認めて貰えねえ。最低でも、もうワンランク上げねえと…。」
「え、Sランク級!?ウェンリー君が言ってた親友のルーファス君って、Sランク級守護者なのかい!?」
「ね、ねえもしかしてその人って、リカルド・トライツィのパートナーっていう噂のルーファス・ラムザウアーさん!?特殊変異体とか単独で倒したり、王都でも活躍してるって聞いてるわよ!?あなた、凄いじゃない…!!」
め、メイジさん…肩を掴んでがっくんがっくん俺を前後に振らないでくれ。
なにが凄いんだよ?凄いのはルーファスだろ?畜生、あとちょっとなのに…
「大丈夫よウェンリー君!!今のあなたにぴったりの依頼が、一つだけあるわ!!この依頼ならDランク級の守護者でも、単独でクリアできるはず。現場はすぐ近くだし、今日中に終わらせられればすぐにCランク級に昇格可能よ!!」
「ほ、本当ですかっっ!?」
目を輝かせたメイジさんが両足を肩幅に開き、腰に手を当ててからあらぬ方向を指さしてポーズを取る。
マジで乗りのいい人だな、このはっちゃけ受付嬢…。
――というわけで、俺はまだルーファスに会いに行けねえ。
手伝おうか?と微苦笑して言ってくれた、ヒックスさんの申し出を丁重にお断りして、プリーストリ村の西にある、大きな農場に俺は来ている。
昨日から突然姿を見せるようになったっつう、農場を荒らしてるDランクの魔物討伐が、記念すべき俺の守護者初仕事だ!!
その討伐対象の魔物の名前は『ショート・テイル・キャラット』!!
ん?…ってか、あれ??妙じゃねえ?確かこいつって、エヴァンニュの西の地方にしか生息してねえ、って誰かが言ってたような気が――
きゅぴっ!!
あ、この鳴き声…多分こいつだ!!俺はささっと物陰に隠れて様子を窺う。
きゅぴきゅぴっ!!
あ、増えた。…二体か?
きゅぴきゅぴきゅぴきゅぴきゅぴきゅぴーっ!!
――って全部で6体かよ!?…多くねえか?
長い兎耳<ロングバニーイヤー>に、まん丸毛玉みてえな薄桜色のモコモコした身体…短い手足に円らな瞳、帽子飾りのポンポンみてえな短い尻尾――
ちょこんと後ろ肢で立ち上がって、ぴょこぴょこと首(全体的に丸すぎてよくわからんが)を動かし、きょろきょろ辺りを見回しては、2、3歩動く。
きゅぴっ!!…おまけにトドメがこの鳴き声…
――やべえっ!!見た目が可愛すぎるっっ!!!
くっ…なんでこいつら、こんなとこにいるんだよ…!!第一ペットとして飼われるほど、大人しいんじゃなかったのか…!?
だ・が!!俺は心を鬼にしておまえらを狩る!!!…許せ、これも俺がCランク級に昇格するためだ…!!
先ずは気配を殺して、先制攻撃、と。
≪きちんと習得した俺の特殊攻撃…こいつで一網打尽だぜ…!!≫
精神集中して、闘気を込める。ビシュッってなんとも言えねえ、軽くて静かな音を立て、俺が放ったエアスピナーの刃が…魔力を伴い大きさを変えながら飛んで行く。
ぎゅぴいいいいぃーっ
1…、2、3…、4!!
よし!!4体は一撃で仕留められた!!残り2体…ここまで減れば、なんとかなるぜ!!
――この時、俺は知らなかった。見た目に騙されて、まさかこいつらが凶悪化してるなんてことを。
『魔物駆除協会全支部への緊急連絡』
魔物駆除協会所属、全守護者、全冒険者に対する、Sランク級守護者リカルド・トライツィ氏より緊急告知の要請あり。
現在エヴァンニュ王国内で魔物の活性化、及びそれに伴う強力化現象の恐れあり。
討伐対象の現ギルド規定ランクより1〜2程度凶悪と通達、初心者及び資格試験対象者は危険度上昇のため特例として依頼放棄も容認す。
尚、本現象に終息の可能性無し。よって直ちに全協会職員に周知、全魔物ランクを悪化修正せよ。
そんな連絡がメイジさんの元に届いたのは、俺が一時間以上もかけて、死ぬ気で奴らの討伐を終えた頃だった。
…リカルド、てめえ…おっせえんだよ!!!
まあそんでも、俺は無事に依頼を完遂して、見事Cランク級に昇格した。
次回、仕上がり次第アップします。




