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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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44 坑道の悪魔 ⑥

リカルドの口から出た思いも寄らない言葉に一時戸惑ったルーファスでしたが、改めて自分がリカルドを大切に思っていることを確認します。そしてウェンリーの資格試験の方も大詰めを迎えます。坑道の悪魔、最終話です。

         【 第四十四話 坑道の悪魔 ⑥ 】



 リカルドが語る。…まるで他人事のように、自分が "死んだ" 時のことを。


 その当時のリカルドは、今のように戦う術を持たず、魔法どころか剣すら持ったことのない…ごく普通の人間だったそうだ。

 それがある日恐ろしい特殊能力を持つ "人外の存在" に襲われ、なんの抵抗も出来ずに命を落とした。

 その "人外の存在" とは暗黒神ディースの眷属である『カオス』の一人だった。


 先の話にもあった通り、蒼天の使徒アーシャルは元々カオスとは敵対関係にある。当然カオスの動向は常に探っており、何かあれば出兵して戦闘を行うことも珍しくはなかった。そのカオスが人間を襲って殺した。

 理由は定かではないが、カオスの手で無残に殺されたリカルドを哀れに思った大神官フォルモールは、その亡骸を天空都市フィネンに持ち帰らせ、なんらかの方法で生き返らせたという。

 既に家族はなく、天涯孤独の身となっていたリカルドは、そのままその地でフォルモールの庇護下に入り、蒼天の使徒アーシャルの歴史とカオスについて学ぶことになった。

 それと同時に身を守るために剣の扱い方や魔法についても教わり、やがて自分の手でカオスを倒したいと思うようになり、数年間かけてル・アーシャラーとなるべく力を身につけて行ったのだそうだ。


 因みにル・アーシャラーとは俺が想像していた通り、大神官フォルモール直属の上級使徒(人間で言う所の士官)達のことだった。その位は第一位から第九位まであり、それぞれが複数名の部下と兵団を持っているらしい。

 天空都市フィネンにはリカルド達の組織とは別に、国に属する有翼人(フェザーフォルク)の軍隊も存在しているようだが、その能力は神殿の兵士達に及ばず、有翼人(フェザーフォルク)の間では『アーシャル』とは有翼人(フェザーフォルク)全体のことではなく、総じて神殿に属する兵団のことを指しているのだそうだ。


「私は…たとえフォルモール様が影で何をしていても、なんの力も持たないただの人間だった私を生き返らせ、ル・アーシャラーとしての地位を与えてくださったことに感謝していました。ですが…」


 十数年前に神殿で祈りを捧げていたフォルモールが忽然と姿を消し、それ以降ル・アーシャラーの第一位だったリカルドが様々な権限を持つことになった。

 そしてフォルモールが行っていた数々の仕事を引き受けて調べていくうちに、リカルドの心境を大きく変える、衝撃の秘密を知ってしまう。

 それはエヴァンニュ王国とゲラルド王国の今も続く戦争の裏に、フォルモールが関わっていた時期がある、と言うことだった。

 なんのためにそんなことをしたのか、その理由はリカルドも調査中なのだそうだが、少なくともフォルモールが企てた計略で、フェリューテラの大国の一つであったラ・カーナ王国という国が滅び、国民もろとも消滅してしまった。


 リカルドが俺に失望させたくない、と言っていたのはどうもそのことらしい。


 ――大神官フォルモールがなにかの計略で、最終的にラ・カーナ王国という大勢の人間が住む国を滅ぼした…それは失望とかそういう問題じゃない、少なくとも現時点では俺が見てカオス以上に危険な存在じゃないか。


 道理でリカルドが終始俺の反応を気にするわけだ。ただでさえシルヴァンがああ言っているのに、こんな話を聞けば俺が最大限 "蒼天の使徒" に対して警戒心を持つのは目に見えている。

 その上リカルドは、大なり小なり自分を生き返らせた大神官に対して、感謝の気持ちを持っているんだろう。…となれば辛うじてリカルドがその "根拠" となって信用を繋げているのに、俺が蒼天の使徒を信じられないかもしれない、と思うのは当然だったんだな。…だけど俺の考えはそんなに変わらない。


「…一つ聞きたい、大神官フォルモールは十数年前に行方不明となった、そう言っていたけど…アーシャルの方で行方の捜索は行っているのか?」

「いいえ、現在の天空都市フィネンでの彼の扱いは、既に大神官ではなく、他国の戦争に介入し国と有翼人(フェザーフォルク)を窮地に陥れようとした国家的犯罪者です。自ら姿を消したとは思えませんが、それでもこちらから探し出し、救出…もしくは連れ戻そうとは考えておりません。」

「…なるほど。おまえはフォルモールが生きていて、いつか戻ってくる可能性があると思うか?」

「それは…なんとも言えませんが、あの方がそう簡単に死ぬとは思えない、それは確かです。もし生きているのなら、必ず戻ってくるとは思いますが…再びフィネンが彼を大神官として迎え入れることはないでしょう。」


 つまりはさっき俺が出した答えの通り、リカルドがいる以上、アーシャルのことは大丈夫だと思っていいんだな。


「そうか…うん、良くわかった。話しにくい事情を長々と聞いてごめん。個人的なことまで打ち明けてくれてありがとう、リカルド。」

「え…そ、それだけですか?ルーファス…あの、私のことは…」

「うん?」


 不安気に俺を見るリカルドの表情に、まだなにかあったのかと思った。


「私は一度死んで、生き返った人間なのですよ?大した状況も聞かずに、なにか思うことはありませんか?」

「いや…さすがに驚きはしたけど、思うこと、って言われても…特にはないかな。ああ、おまえを殺したカオスが許せない、とかそう言うことか?」

「違います。」

「…きっぱりと否定したな。ええ?他になにがあるんだ?うーん、でも…そうだな、一つ思うことがあるとするなら、それはおまえが生きていてくれて良かった、と言うことかな。」


 想像していた答えと違ったのか、リカルドが驚いたように大きく目を見開く。


「大神官フォルモールがシルヴァンが言うような狂信神官そのものの、とんでもない人物だったとしても、おまえを生き返らせてくれたことだけは俺も感謝したい。そのおかげで俺達はこうして出会い、一緒にいられるんだ。おまえがいない世界はちょっと考えられないよ。」


 自分でも少し臭い台詞だったかな、とは思ったけれど、これは俺の本心だった。ヴァハの村ではウェンリーが、村の外ではリカルドが…それぞれ俺のそばにいてくれ、記憶がなくても大きな不安を感じることは殆どなかった。

 今だってそうだ。体調を崩し寝込んだ俺を、リカルドは心配してずっと気にかけてくれていたんだろう。

 俺にとってそんなリカルドはウェンリーやアテナ、シルヴァンに対するのと同じように大切な存在であることに変わりはないんだ。


 俺が向けた笑顔でようやく安心したのかリカルドは、私もこうしてあなたと一緒にいられて幸せです、といつもの極上な微笑みを見せるのだった。




              ♢ ♢ ♢


 ――シルヴァンはどうやら魔法が得意じゃねえらしい。


 自分で魔法石に防御魔法を裏返してかける、とか思い付いたくせに、ルーファスと違ってそれを維持するにはかなりの集中力が必要で、その場から一切動くことも出来ねえ、と来た。

 だったらそのままじっとして、防御魔法を維持する方に専念してくれてりゃいいんじゃねえの?俺とヒックスさんはそう思った。

 ところがだ、アートゥルムの体内に入って魔法石を取って来るのは、俺かヒックスさんがやればいい。そう言ったのに、シルヴァンの奴…猛烈な勢いで大反対しやがった。


「ならぬ!!そなたになにかあれば、我は生涯ルーファスに許して貰えぬ!!魔法石を取りに此奴の中に入るのは我がやる…!!」

「あのな、ルーファスみたく障壁を張ったまま動けんならともかく、シルヴァンはその場で集中しねえと維持出来ねえんだろ!?俺もヒックスさんも魔法なんか使えねえんだよ、わかってんだろうが。」


 一旦シルヴァンが反転魔法(勝手にそう呼ぶことにした)の手を止め、俺ら三人は誰が体内に入るかを決めるために、アートゥルムの魔法石から距離を取って話し合ってた。


「まあまあ落ち着いてよ、二人とも。役割は殆ど決まっているだろう?シルヴァンさんは防御魔法の担当。これは絶対に変えられないよ、僕達は魔法が使えない。

 あの魔法石が『ライフドレイン』という魔法を発しているのなら、それを弱めるなりして貰えなければ、僕達はきっとあっという間に死んでしまう。多分僕の弟…セリオがそうだったように、ね。」


「む…。」

 シルヴァンが渋面をして腕を胸の前で組む。

「だよな、んじゃあやっぱ俺が中に――」

 ほら見ろ、と言わんばかりに口を出したら、ぴしゃりとヒックスさんに遮られた。


「ウェンリー君は、自分が『見習い守護者』だと言うことを忘れていないかい?そしてこのパーティーのリーダーは僕だ。

 君の実力は確実に上がって、もう多分僕がいなくてもここから出ることぐらいは可能だよね?もし僕になにかあっても、君は一人で地上に帰還できる。

 …と言うことで、アートゥルムの中に入るのは、僕の役目だ。」

「で、でもヒックスさん…!!」

「これは決定事項だよ。それに…セリオはこの子を助けようとした。残念ながらそれは叶わなかったけれど、セリオの最後の願いだ、僕にやらせて欲しい。」


 そう言ったヒックスさんの目は真剣そのもので、決意も固そうだった。


「死なぬ保証はないのだぞ?此奴の体内がどうなっているのかは、さすがに我にもわからぬ。そもそも精霊は本来不可視の存在が殆どだ。魔物や普通の生物とは身体の構造も異なるとルーファスに聞いた覚えがある。そなたは "識者" ではないのであろう?アートゥルムと会話も出来ぬし、なにかあっても助けられぬ。」


 シルヴァンの言う通りだと思う。俺には多分ルーファスの意思による "守り" があって、本当の意味で命の危険が迫った時は、なにかしら緊急防護的なものが発動する可能性が高い。

 けどヒックスさんは違う。もしもの時に誰の助けもなければ確実に死へ一直線だ。


「てかさ、シルヴァンはF区画でこいつに飲み込まれただろ?どうして無事だったんだよ。」

「そのようなこと、聞かずともわかっているであろう。」

「あー、やっぱルーファスの守りか。そん時さ、こいつの中がどうなってるか見なかったのか?」

「気を失っていたからな。目覚めたらそこの『溜め置き場』に吐き出されていた。」

「あ、そう。」


 まあそりゃそうか。逆に覚えてたらすげえわ。けど…この場でいつまでぐだぐだしてても埒が明かねえ。ヒックスさんはリーダーだからその意見に従うのは当たり前か。だから結局は任せるしかねえんだろうけど…せめてヒックスさんにもなにか安心できるような装備がありゃあな…。……って、そうか!!


「いいこと思い付いたぜ、ヒックスさん、これを――」

 俺は急いで首からルーファスの首飾り(チョーカー)を外した。

「ウェンリーそれは…!!」

「貸すだけだよ、ちゃんと返してもらうから!」

「ウェンリー君?」


 強力な守護魔法がかけてあるっつうルーファスの首飾り(チョーカー)。俺はそれをヒックスさんの首に付けた。


「これでよし。ヒックスさん、このチョーカーは俺の親友の物で、なんでも特殊装身具(ユニーク・アクセサリー)とかっつう奴です。強力な守護魔法がかけられてて、身を守ってくれるらしいんだ。そうだよな?」


 俺がシルヴァンを見て同意を求めると、シルヴァンは俺の考えを察したのか大きく頷いた。


「俺は見習い守護者なんで、ヒックスさんの意見に従います。だからせめてそいつを身につけて入ってください。きっと中でなにかあっても、そのチョーカーが守ってくれるはずです。」

「ウェンリー君…うん、わかった。ありがとう、戻るまで借りるね。」


 念のためヒックスさんは、方向がわからなくならないように、アートゥルムに着けた発信機の受信機を持って行く、と言った。発信機は今もこいつに刺さったままだ。

 なんでそんなものを持って行くんだろ?と俺は不思議に思ったけど、なんだか持って行った方がいいような気がするから、と笑った。


 ヒックスさんは準備が整うと、ぐったりした様子のアートゥルムの前に立ち、セリオの代わりに僕が君を助けるよ、と優しく話し掛けてからその頭に手を伸ばす。

 アートゥルムはその言葉を理解したのか、ゆっくりと身体を動かして、大きくその口を開いた。それはまるで灯りのない狭い洞窟みてえだ。

 アートゥルムの体長は真っ直ぐに伸びると外見から見るに精々十五メートルから、あっても二十メートルそこそこだ。体内も見た目通りなら、腹で光る魔法石までそう距離はねえはずだ。

 まあ魔法石を腹から取り出すのに手間取ったとしても、そこまで時間はかからねえよな。俺は単純にそう思ってた。


 ヒックスさんが合図を送り、シルヴァンが反転魔法を発動した。再度無事にライフドレインの効果が薄れたことを確認すると、いよいよ体内に入り込む。


 アートゥルムはヒックスさんを無理に吸い込もうとはせず、口元にたくさん生えたピンク色の触手をざわざわと動かし、身を屈めて少しずつ進んでいくその身体を確かめるように触れている。

 なんつーか…正直言って不気味だ。魔物や普通の生き物みてえに唾液とかはねえものの、あの触手の役割って…多分人間の舌とかと一緒だよな?

 そんなことを考えながら俺はヒックスさんの後ろ姿を見守ってた。だけどほんの僅かな時間…触手に包まれたな、と思ったら、突然ヒックスさんの姿が目の前から消えたんだ。


 驚いた俺は、慌ててアートゥルムの口に駆け寄ると、ヒックスさんの名前を呼んだ。するとすぐにどこか遠くの方から返事が返って来た。…どうなってんだ?

 ヒックスさんの声はなぜか、大きくなったり小さくなったりして、アートゥルムの体内じゃないところから響いて来るんだ。

 さすが精霊…シルヴァンが言ってた通り、どうもやっぱし一筋縄じゃ行かねえらしい。

 幸いにしてヒックスさんに俺らの声はきちんと届いているようで、ヒックスさんの返事もなんとか聞き取れる。

 そのヒックスさんが突然、「アートゥルムの中に草原がある」なんて奇妙なことを言い出した。


 ――ここから先は、全てが終わった後にヒックスさんから聞いた話だ。



 アートゥルムの中に入って少し進むと、突然目の前がパッと明るくなった。眩しくて目を閉じ、次に開くと僕の前に広大な草原が広がっていたんだ。


 僕は夢を見ているのかと思った。ううん、それかセリオと同じように死んでしまったのかもしれない。

 でもすぐにどこかからウェンリー君の僕を呼ぶ声が聞こえて、僕は夢を見ているわけでも死んだわけでもないことを理解した。


 ウェンリー君が心配している。すぐに無事だと言うことと、目の前の景色が一変したことを告げると、シルヴァンさんからも気をつけるようにと念を押された。

 そうだ、シルヴァンさんはずっと魔法を維持し続けてくれている、早く魔法石を探し出さないと…!だけど、精霊の体内にまさかこんなに広大な世界が広がっていたなんて…――


 見渡す限りに広がる世界には、目印になるような木の一本さえも見当たらず、辺りをキョロキョロと見回したけど、どっちに行けばいいのかさえわからない。

 こんなところで、どうやって魔法石を捜せばいいんだ…!?


 唯一救いだったのは、真っ暗なはずの体内が昼間の外のように明るかったことだった。

 とにかく僕は〝とりあえず先へ進もう〟と歩き出したけど、すぐに途方に暮れる。


 アートゥルムの体長は精々十五メートルから二十メートルに届かないくらいだったはずなのに、()()()()()()()()()()()からだ。


 これはもうアートゥルムの体内にいながら、幻覚や違う光景を見ているわけじゃなく、アートゥルムと繋がったどこか別の場所にいる、と思った方がいいような気がした。

 当然、僕は焦った。こんなところで迷えばウェンリー君達のところへ戻れなくなる可能性があったからだ。

 ああ、そうだ、追跡端末を持って来ていたんだ、信号を辿れば発信機に辿り着けるかもしれない。

 そう思った僕がすぐにポケットに入れていた受信機を見ると、かなり遠く離れた場所から微弱な信号を拾っていた。


 良かった、これを頼りに真っ直ぐ進んでみよう。…またウェンリー君の声がする。本当に大丈夫ですか、とかなり心配してくれているようだ。

 大丈夫だよ、なんとかなる。ウェンリー君のことだ、そのうちここに来る、と言い出しかねない…あまり心配をかけないようにしないとね。


 信号を確認しながら歩き出して暫くすると、辺りにはなにも見えないのに、"なにか" の気配を感じ出した。

 動く物はなにもない。…でもたくさんの気配を感じる。おかしい、いったいなんだろう…?

 そう思いつつも足を止めずに歩いていると、すぐ後ろに、明確ななにかの気配を感じた。


 すぐ後ろになにかいる…!?正体のわからない "なにか" を確かめようと、僕が振り返った途端、その気配も一斉に動きを止めたように感じた。

 直後そこかしこから、ボソボソと囁くような小さな声で、なにかの話し声が聞こえて来たんだ。


 ――気付いた、気が付いた、気付かれたぞ。どうする?、どうしよう、どうするんだ?。でも見てない、見えてない、見えてないよね。声は聞こえてる?、聞いてるのかな?、聞こえてるみたいだよね。


 そんなことを大勢のなにかが話し合っているようだった。


 なにかがいるのは確かだ。でも敵意は感じない。だから僕は思いきってこちらから話し掛けてみることにした。


「誰かいるの?僕はヒックス。アートゥルムを助けるために、赤く光る魔法石を捜しているんだ、もしどこにあるのか知っていたら、どうか教えて欲しい。」


 ――こいつは驚いた、びっくりした、仰天だ。喋った、喋ったぞ、話しかけてきた。人間、人間、人間だ。

 人間なんてこの前ぶりじゃないか?、うん、セリオかな?、セリオだね、セリオだ。


「セリオを知っているのか!?」


 聞こえて来た言葉に思わず驚いて大きな声を出した途端に、そのざわめきがピタリと止んでしまった。

 …しまった、セリオのことを聞きたかったのに…警戒させてしまったのかもしれない。

 気配はまだ感じるのに、もう声が聞こえない。諦めて前を向いたその時、今度は耳元ではっきりと声がした。


『おい、ヒックス!!』

「うわっ!?」

『どわああっ、急に動くんじゃねえ!!おまえの肩からおいらが落ちちゃうだろ!?』

「えっええっ!?僕の肩!?」


 その声に慌てて左右の肩を見ると、左肩の上に仄かに光る光球のような物が乗っていることに気が付いた。


「な、なに!?いつの間にか光の球が乗ってる…!?」

『手で払ったりすんなよ、それがおいらだ!足からよじ登って来たんだよ。識者(しきしゃ)じゃねえ人間には、魔力を使ってこんぐらいしねえと声も聞こえねえし、まるっきし見えねえらしいからな。おまえ、セリオの兄貴か?そうだろ?』


 〝おいらは地精霊(テラノーム)『クレイリアン族』の『ポルテ』だ〟…その光球はなぜか偉そうにそう言った。


 どんなに目を凝らしても僕には見えないそのポルテは、身長が僅か12センチの

小さな人型をした精霊らしい。

 弟のセリオとは、セリオがここに来た際に知り合ったらしく、同じようにアートゥルムを助けようとしている僕が、また同じように死ぬんじゃないかと心配して声をかけてくれたんだそうだ。


「大丈夫、セリオが命を落とした原因ももうわかっているし、それに対する対策もきちんとして来たんだ。アートゥルムのそばには今、僕の他にも協力してくれている人達がいる。アートゥルムが助けを求めてきたから、そのために僕はここへ来たんだよ。」


 姿の見えない相手に話をするのは中々難しかった。僕の話を聞いて今どんな反応をしているのか、なにを考えているのか…それを読み取ることが出来なかったからだ。


『こいつは驚いた、八百年以上もアートゥルムの異常に気が付いた奴はいなかったのに、セリオといい…ここへ来てまさか危害を加えた人間が、今度は本気で助けようとしてくるなんて思わなかったぜ。』

「うん、その話はアートゥルムが思念伝達で僕達に教えてくれたよ。…同じ人間として酷いことをしたと心から謝らせて欲しい。だからこそアートゥルムを助けたいんだ。さっきも言ったけど、赤く光る魔法石のある場所を知っていたら、教えてくれないかな。」

『…ふん、いいぜ、おいらが案内してやるよ。』


 ポルテがそう言うと、見渡す限りの草原だった周囲が、一瞬でどこかの自然洞窟のような場所に変化した。

 ここはどこなのかと尋ねると、ポルテはアートゥルムの身体の中だ、と答えた。


 精霊の体内って、いったいどうなっているんだろう?その後も続く想像とは全く違った内部に僕は大分混乱した。


『この先の突き当たりに "赤い部屋" がある。だけど扉に鍵がかかってて、簡単には開かねえと思うぞ。』

「と、扉…?セリオはどうやって中に入ったんだい?」

『入り口にパスワードって奴を入力するって言ってた。まあ、見りゃあわかるんじゃねえか?』


 パ、パスワード…??え…?だってここって精霊の体内なんだよね?なんで扉があるだけじゃなく、鍵とかパスワードがあるの…?


 ――言われた通りにそこへ辿り着くと、確かにそこには扉があった。だけど鍵とか言う以前に、どこにもドアノブが見つからない。

 押しても引いても動かない上に、表面は不思議な素材で出来ていて、固そうに見えるのに叩いてもなぜだか音もしない。


 パスワードを入力するって、一体どこに?


 よく見るとその扉には、光っている模様のような部分があって、そこに触れると文字の並んだボタンのような物が浮かび上がった。


「これが入力端末?…ま、まるで軍施設でも使っているようなモニターなんだね…。」


 ――いけない、きっとまともに考えたら負けなんだ。とにかく魔法石のことだけを考えよう。


「ポルタ君、それでパスワードは?」

『知らねえよ。セリオはなにも言ってなかったし、俺に人間の文字が読めるわけねえじゃん。』

「え…ええっ!?」


 セリオだって自分で解いて扉を開けられたんだから、おまえだって出来るだろ?

…なんて笑いながらそう言われる。精霊って…。


 それでも結論から言えば、無事に僕はその扉を開けられた。散々悩んだけれど、セリオが自力で解けた、と言うことはアートゥルムとの話にヒントがあったような気がしたからだ。

 扉のパスワードは『ケルベロス』。つまりこの奇妙な扉をここに作ったのも、その連中だったんだろうね。


 赤い部屋の中に入ると、壁に埋め込まれた台座に、巨大な魔法石が嵌められていた。その部屋は魔法石が放つ光で赤かったんだ。

 シルヴァンさんの防御魔法はしっかり中にも届いていて、魔法石を完全に包み込んでいた。問題はここからだ。


「シルヴァンさん、魔法石を見つけました!!ここから持ち出します!!このまま移動させても大丈夫ですか!?」

「待て、ヒックス!!そのままでは距離が遠くなった途端に、我の魔法が届かなくなるやもしれぬ、その場で先ずは砕け!!砕いてライフドレインを止めるのだ!!」

「えっ…で、でも…!」


 こんな魔力の塊みたいに大きな魔法石を砕いて、本当に大丈夫なんだろうか…?もし爆発なんか起こしたら、アートゥルムが…――


「大丈夫だ、我を信じよ!!なにかあっても防御魔法で必ずそなたを守る!!」


 シルヴァンさんの力強いその声に、僕の覚悟は決まった。


「わ、わかりました、やってみます!!」


 ――セリオ…おまえの代わりに兄ちゃんが、今アートゥルムを助けるからな…!!


 僕は剣を抜き、渾身の力を込めてその魔法石に突き刺した。次の瞬間、魔法石から目も開けられないほどの光が放たれた。

 思った通り、爆発を引き起こしたんだ。…でもシルヴァンさんの防御魔法と、ウェンリー君が貸してくれた首飾り(チョーカー)の魔法が僕を守ってくれた。


 その光が消えると、魔法石はいくつかの塊に砕け散っていた。


『おお!!やるじゃねえか、ヒックス!!これでアートゥルムはもう大丈夫だ!!』

 僕の肩の上で、ポルタが飛び跳ねて喜んでいるような気がした。



 ――無事に魔法石を砕いて、アートゥルムの口から出て来たヒックスさんは、その腕に…セリオさんの亡骸を抱いて戻って来た。

 アートゥルムが思念伝達の中で、"せめて違うところに隠してあげる" と言っていた場所は、どうやらヒックスさんが辿り着いた不思議な場所のことだったみたいだ。

 セリオさんは二ヶ月以上も前に亡くなったはずなのに、今にも起き上がりそうなほど穏やかな顔をしていて、本当はただ眠っているだけなんじゃないかと思うくらいだった。


「セリオ…セリオ、守ってやれなくて、ごめん。兄ちゃんと一緒に家に帰ろうな。」

 泣きながらそう言ってヒックスさんは、何度も何度もセリオさんの髪を撫でていた。

「アートゥルム、弟を君の中で眠らせておいてくれて…ありがとう。」


 アートゥルムは一度大きく身体を動かし、なにかを訴えるようにじっとヒックスさんを見る。俺達にその声は聞こえなくても、セリオさんの死を悲しみ、俺達に感謝しているのだと言うことは伝わってきた。


「はあ…大変だったけど、なんとかなって良かった。これでもう大丈夫なんだよな?シルヴァン。」

「………。」

「シルヴァン?」


 ホッとして気が抜けた俺とは違い、話し掛けてもすぐに気付かないほど、シルヴァンはあの魔法石を手に険しい顔をしてた。


 ひょっとしてまだ終わりじゃねえ?


 俺はシルヴァンの横に駆け寄ると、その手の中にある光も消え、砕けた魔法石を覗き込んだ。


「それ…どうなんだよ?まだ安心できねえのか?」

「いや…この魔法石の方はもう問題ない。だが…異界の扉の方は懸念が残る。この魔法石はどうやら魔法の発動条件ではなかったようだ。」

「え…――」


 シルヴァン曰く、この魔法石は、魔法陣に魔力を送るためのものだったのは間違いねえものの、その他に『ライフドレイン』で生物の生命力を奪い死に至らしめる効果と、アートゥルムを苦しめるためだけの目的で施されたと思われる、『苦痛、激痛』の呪詛の紋が刻まれていたらしい。

 そんなことをしてなんの意味があんのか、全く以て俺にゃ理解できねえが、つまりは異界の扉を開くための『鍵』じゃなく、魔力の供給さえ終わってしまえばこの魔法石があってもなくてもあまりあの魔法陣には関係がない、ってことだ。


「そ、それってまだ扉が開く可能性が残ってる、ってことだよな?なんとかなんねえのかよ!?」

「落ち着け、とりあえず打てる手は打っておく。幸いにしてこの場所はアートゥルムの寝床があっただけで、坑道の一部というわけでもなさそうだ。ここは一つ助けてやった彼奴の力を借りることにしよう。」

「へ…?」


 シルヴァンはアートゥルムにスタスタと近付くと、寝床を他の場所に移して、ここへ通じる全ての通路を完全に塞げ、と言い放った。

 もちろんそれは、俺らがここから出た後にやるように言っていたけど…そうか、万が一異界の扉が開いた時に、死霊が外に出られなくするんだな。けど完全に塞いじまったら、あの魔法陣を消しに来ることも出来なくなるんじゃねえか?

 そう言ったら、その心配はない、と即行返された。…まあなにか考えがあるんならいいんだけどさ。


 アートゥルムはあの思念伝達以降、シルヴァンが話し掛けても、ヒックスさんがなにか言っても、もう俺らに話し掛けてくることはなかった。

 尤も、あの思念伝達の方が奇跡に近い出来事で、これが普通なんだろう、ってシルヴァンは言う。それだけアートゥルムは、長いこと苦しかったんだろうな。

 そのアートゥルムに別れを告げて俺らはF区画へと戻った。暫くの間アートゥルムがシルヴァンの要請に応えて、通路を塞いで回っているらしい激しい音や地響きと地震が続いていたけど、やがてそれも静かになる。


 あとは依頼主に報告を済ませれば、無事に初仕事の達成だ。やっほー!!これで俺は晴れて守護者になれるんだ!!やっとルーファスに会いに行けるぜ!!


 帰り道ヒックスさんはなにやら気まずそうに俺に言う。


「あの、さ…凄く今さらなんだけど、シルヴァンさんって…ひょっとしてエヴァンニュの伝承にある、獣人族(ハーフビースト)、だったりするのかな…?」


 ヒックスさんへの説明もなにもかも、完全に忘れていた俺だった。  

次回、仕上がり次第アップします。

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