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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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43 坑道の悪魔 ⑤

ヘルアートゥルムに飲み込まれたシルヴァンを助けるために、後を追って来たウェンリーとヒックスは、ようやくそこに辿り着きました。シルヴァンを助ける!そうしてウェンリーが放った攻撃を、なぜかシルヴァンが弾きます。え?どうなってんの?混乱したウェンリーでしたが――

         【 第四十三話 坑道の悪魔 ⑤ 】



〝イタイ、クルシイ、タスケテ…〟


 ――どういうことだ?攻撃を開始してから暫くして、この消えそうにか細い、片言の "声" が聞こえ始めた。…まさか、とは思うが…


『閃光牙・空勁!!』


 前脚を揃え、魔物の前方から背面に向かってその躯体には触れずに、純粋な闘気の塊を複数放ち、何度も何度も赤く光る部位目掛けてぶつける。

 ここまで様々な攻撃手段を試し、今はこれが最善と考える。時間はかかるが、これなら内部に少しずつ衝撃を加えて、殺さずに弱めることが可能だった。

 持久戦は元より覚悟の上…運良く異物に直撃すれば、取り出さずに破壊することが出来るやもしれぬ。

 そう目論んだ我であったが――なにやら相手(てき)の様子がおかしい。


 暴れて身を捩るように動き、最初にF区画で待ち伏せをして我を体内に吸い込んだように、吸引攻撃は何度か繰り返しては来るものの、戦っているのにこちらを害そうという敵意が見られないのだ。


 おまけに思念伝達のように頭に直接響き始めたこの声――


 もしこの場にルーファスがいれば、その意識を詳細に読み取り、なにが言いたいのか、なにをしたいのかも理解可能だったであろう。

 だが残念なことに我は “識者” ではない。この微かな言葉も相手が一方的に訴えて来るものに過ぎないのだ。


 此奴はまさかこちらが殺さずに攻撃しているのを感じ取り、我のことを『敵ではない者』として認識しているのか?

 待て、それ以前にこのような敵意を全く持たぬ魔物など…――


 ここでハッと我は気付いた。此奴、()()()()()()のか!?


「シルヴァン!!」


 目前の個体が魔物ではない可能性に気付き、攻撃の手を緩めたその時、背後からウェンリーの我を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返った我の目に、崖上に立つウェンリーとヒックスの姿が飛び込んでくる。直後既に攻撃態勢に入っていたウェンリーの手元から、今まで行動を共にしていた時とは異なる、魔力を伴った特殊な攻撃がその場所から放たれたことを察知した。


 まずい、あの攻撃は――


()めよウェンリー、手を出すな!!』

「へっ!?ええ…っっ!?」


 驚いて目を丸くするウェンリーに構わず、我の視線は放たれた特殊攻撃のエアスピナーに注がれる。

 いつの間にこんな強攻撃を放てるようになったのだ!?成長著しいのは結構なことだし、このタイミングでなければ褒めてやりたいところだったものを…!!


『間に合わぬ、仕方がない――!!』


 我は銀狼化を解除し、人型になると斧槍を取り出して飛び上がり、空中で『旋風突』という技を繰り出してその攻撃を弾いた。


 ガキインッ


 間に合った。なんという重い攻撃だ。ウェンリーは身の内の魔力を操作し、技に込めて強化する特技を身につけたのか…直撃すれば会心の一撃となって、此奴にかなりの痛手を与えたであろう。

 だが銀狼ではない姿で無理にウェンリーの攻撃から巨大蚯蚓を庇ったために、空中で体勢を崩し、蹌踉けた我はその躯体の上に落下した。


 次の瞬間、この場にいた我ら三人の頭に、この巨大蚯蚓が訴える意識が強力な思念伝達となって一気に流れ込んできた。



 ――〝痛い…苦しい、誰か助けて。〟


 ボクの名前はアートゥルム。地精霊(テラノーム)『アースワーム族』のアートゥルムだよ。もう思い出せないくらいずっと昔に、『世界樹ユグドラシル』の大精霊マルティル様に名付けてもらったんだ。

 マルティル様は、精霊族(ガイストゲノス)の救世主『ソル・エルピス様』(あ、今は守護七聖主(マスタリオン)様って言うんだっけ)ととても仲良しで、人間種に魔物と戦える力を与えたいと願った彼の望みを叶えるために、ボクをこの地に遣わされた。

 そのボクの役目は、魔物に対抗する武器の素材となる『オリハルコン』や『エラディウム』『ミスリル』なんかの元素の種を地中に植え付けること。

 ボクがいるこの地はすぐ近くに護印柱があって、フェリューテラを滅ぼそうとするカオスって悪い奴らは入って来られないんだ。

 だからここを人間種の鉱石採掘拠点になるように、全鉱石種類の種を撒くんだよ。


 ボク達『アースワーム族』は、土の中から精霊族(ガイストゲノス)に必要な、"魔力とは異なる生命力"、『霊力(マナ)』を得て生きている。

 その『霊力(マナ)』を得る時は普通の蚯蚓が食事をする時のように、地中の土ごと吸い込むんだけれど、その中には自然界の地中に存在する様々なものの元素が含まれているんだ。

 もちろん最初からここの土の中にも、自然と鉱石になる元素はたくさん含まれているんだけど、オリハルコンやエラディウム、ミスリルなんかは、ただそこに存在しているだけじゃ鉱石になり難いんだ。

 だからボクが魔力を注いで環境に適応した種に変えて行く。それから撒くと、後はその種が魔力を吸収して勝手に大きく育って行くんだよ。

 そうやってもう永い間、人間種を地下で助けて来たつもりだったんだけど…


 ある日 "真っ黒い心" を持った複数の人間種がボクの所にやって来て、無理矢理に真っ赤な魔法石を飲み込ませたんだ。

 その後で苦しくて気絶したボクの家に勝手に()()()()()を描くと、「おまえは今日から『地獄(ヘル)のアートゥルム』だ」と笑いながら言った。あいつら、どうしてボクの名前を知ってたんだろう?

 そいつらはボクが聞いてもいないのに、自分達のことを "正しき歴史を辿る民、ケルベロス" だと名乗った。

 なにが正しき歴史だよ、腹の立つ奴らだ。ケルベロスって地獄の犬っころの名前じゃないか。


 …それから暫くの間はボクに変化はなくって、それまでと変わりなく役目を果たせていた。だけどその内、どんなに一生懸命頑張っても、『オリハルコン』の種が稀にしか作れなくなった。

 『オリハルコン』で作られた武器はね、『ミスリル』製よりも魔力浸透率が高く強度と柔軟性がある。そしてなによりずっと大切に使い続けていると、使い手の能力に合わせて成長して行くんだ。

 ただ相性があるから人によっては使い熟せないかもしれないけど、それでもかなり強い魔物や魔精霊(デビルスピリット)なんかにも対抗できるから、戦闘能力の低い人間種には最も必要な鉱石だと思うんだよね。

 その他にも人間種に役立ちそうな稀少鉱石の種はたくさんあるけれど、ボクの身体が少しずつおかしくなるにつれて、それももう作り出せなくなっているんだ。


 このままじゃここから稀少鉱石が採れなくなって、ボクの役目が果たせなくなっちゃう。

 原因ははっきりしてる、ボクの中にあるあの赤い魔法石のせいだ。


 ボクの中のあの石は、時々ボクの魔力を大量に取り込んで身体の中で暴れるんだ。その痛みと苦しみはなんて言えばいいのかわからない。

 痛くて痛くて、苦しくて…あんまりにも耐えられないから、壁に頭をぶつけることで紛らわせるのが当たり前になっていた。


 ボクは鉱石の種を撒いて人間種を助けるために頑張って来たけど、ボクにこんな苦しみを与えたのは人間種だ。でも人間種じゃないと、きっとこの魔法石は取り出せない。

 だからここに働きに来る人間種に助けてもらおうと思ったんだ。だって、ここの人間種はいつもボクを『土地神様』と呼んで崇め祀り、感謝してくれてたのを知っていたから。


 ボクはずっと君達を助けて来たんだから、君達だってボクを助けてくれるよね?そう思ってボクの身体の中に入ってもらった。…なのにいつも上手く行かないんだ。

 赤い石を取り除いて欲しいのに、みんなすぐに動かなくなっちゃう。


 ボクは人間種を食べたりしない。なのにどうしてみんな動かなくなっちゃうの?おかげでボクの家は臭くなるし、人間種の死体で一杯だ。お願いだよ、早く誰か助けて!!


 そう願うこのボクの声に、今から少し前、気が付いてくれた人間種がいた。


 彼の名前は『セリオ』。一緒にいた人間種がここの魔物に襲われて死んじゃったけど、彼は魔物を倒して生き残っていた。

 この人間種は若くて強いから、ボクを助けてくれるかも。そう思っていつものように助けて、って声を掛けたら、彼はボクの言葉がわかる珍しい人間種だった。


 えーと、“識者” って言うんだっけ?とにかく彼は最初、凄く怯えて剣を振り回してたけど、その内びっくりしながらもボクの話を聞いてくれて、なんとかこの赤い魔法石を取り出そうとしてくれた。

 やっぱり人間種はボクを助けてくれるんだ。ボクは痛いのを我慢して、外からお腹を切ってもらってそれを出してもらおうと頑張った。

 でも外からじゃどうやっても無理だった。だからセリオは、ボクの中から魔法石を探そうとしてくれたんだ。


 だけどセリオはボクの中に入って暫くすると、「赤い魔法石が命を吸い取っている」って言い残して、そのまま他の人間種と同じく動かなくなっちゃった。


 セリオはボクを助けようとしてくれたのに、ボクのせいで死んじゃったんだ。ごめんね、ごめんね…!!ボクは悲しくてたくさん泣いた。たくさん叫んだ。せめてセリオだけは違う所に大事に隠してあげる。ボクを助けてくれようとした優しいセリオ…本当にごめんね!!


 ああ…セリオが動かなくなって少ししたら、ボクの中のあの赤い魔法石が頻繁にボクの魔力を吸い取るようになった。

 痛い、痛い、痛いよおお!!!誰か助けて、誰か助けてええ!!!マルティル様、マスタリオン様あああああ!!!



 ――はっと我に返り、意識を取り戻した時…我は此奴…地精霊(テラノーム)アースワームの『アートゥルム』の前にしゃがみ込んでいた。

 ウェンリーの攻撃から庇った我の行動が決定打となり、アートゥルムの動きが大人しくなる。暴れるのを止め、吸引もせず、沈静化して丸く蹲ったのだ。


 ウェンリーとヒックスは崖の傾斜を滑るように、勢いを殺しながらゆっくりと降りて来た。その足で我の元へと駆け寄って来るなり、開口一番に「どうなってんだ?」と呆然とする。

 我は取り急ぎこの場所を明るく照らすために、魔法を使用して周囲に複数個の光球を放った。


「今のは…此奴、アートゥルムの思念伝達だったようだな。そなた達も同じく声が聞こえ、彼が見た光景も見えたのではないか?」

 一旦武器をアイテムボックスにしまい、ウェンリーとヒックスに話し掛ける。

「ん…驚いたけど聞こえたよ。まさか行方不明になったセリオさんに、こんな事情があったなんて――」

「――…。」

 ヒックスはまだこのことを受け止めきれないのか、俯いて黙り込んでいる。


「ヒックス、セリオは "識者" だったようだな。おそらく、普通の人間には見えぬ物を見て、普通では聞こえない声を聞いているような節が多々あったのではないか?」

「それは…確かに。でも僕は弟の言うことを丸きり信じていなかった。小人が会いに来る、とか近くの森に妖精がいる、とか…巫山戯ているんだとばかり思っていた。貶したりしたことはなかったけど、まさかあれが全部本当のことを言ってただなんて…。」


 ヒックスは今、幼い頃のセリオがなにも乗っていない掌を見せ〝兄さん、ここに小人がいるんだよ、兄さんも仲良くなってよ〟と言っていたのを思い出していた。


「つまりこの巨大蚯蚓は、魔物じゃなくて地の精霊だったって、ことでいいんだよな。けど悪気がなくたって、人間を殺して来たんだろ?ここは酷い臭いだし…こいつに殺された人達の遺体はあっちか?どれ…」


 〝行かぬ方が良いぞ〟と忠告した我の言葉を聞かずに、〝後で運び出して埋葬するためにも、どんな状況か知って置いた方がいいだろ〟と言い、ウェンリーは『溜め置き場』に向かって歩を進め、よせばいいのにまともに『暗視』で覗き込んだ。

 須臾(しゅゆ)後、目にしたその光景に、アートゥルムが身動(みじろ)ぐほどの叫び声を上げたのは言うまでもない。


 ――さてどうしたものか。アートゥルムが魔物ではなく、地精霊(テラノーム)で、この地に棲んでいた理由も判明した。おまけにルーファスが過去に関わっていたとなると、これはもう絶対死なせるわけには行かぬ。

 それになにより…思いもしない所であの名前が出て来た。ヴァハでルーファスに害をなしたあの連中と、直接関係があるのかはわからぬが、『正しき歴史を辿る民 "ケルベロス"』だと?胡散臭すぎる。

 このことはメクレンに戻ってルーファスとまた相談することにして…体内の魔法石を取り出す方法、か。


 人間種のことを碌に知らぬ地精霊(テラノーム)が、人間に苦しめられ助けてもらおうと縋ったが故に、あれほどの数の命を奪ったとは皮肉だが、本人に殺すつもりはなかったようだし、なんとか殺さずに魔法石を取り出し、異界の扉を開かせぬよう助ける方法を考えなければならぬ。

 ここはウェンリーとヒックスの二人にきちんと事情を説明して強力してもらうのが最善であろうな。



 ――俺は今、シルヴァンがヒックスさんの前で、銀狼姿から人型に戻っちゃってることなんかすっかり忘れて、目にした光景に四つん這いになり、堅い地面とにらめっこしてた。


 …なんだあれなんだあれなんだよあれ――!!!


 ちょっとやそっとって量じゃねえぞ…何千…何万?いったい、どんぐらいの数あるんだよ…!?

 この地を鉱石採掘拠点にするために、って言ってたよな。メソタニホブが出来たのは何百年前だ?…シルヴァンが街を知らなかったんだから、千年前にはまだなかったんだよな。

 けど人間が魔物と戦えるようにってルーファスが関係してたっつったか?だとしたらそれに近い頃にアートゥルムがここに棲みついたってことだよな。

 何年分の人骨と死体が積み上がってんだよ…この目で見てもまだ信じらんねえ。


 いくら悪気がなかったっつっても、俺は背筋が寒くなるのを我慢できなかった。


 気を取り直した俺はなんとか立ち直ってシルヴァンの所に戻る。シルヴァンは少し呆れた顔をして〝だから行かぬ方が良いと言ったであろう〟と漏らした。


「どうすんだよ?シルヴァン。あの身体ン中にある魔法石、なんとか取り出せるのか?」

「ふう…今その方法を考えている。」

「あのさ、そもそもあの魔法石は何のためのものなワケ?多分 "真っ黒い心を持った人間種" て奴らがあの魔法陣も描いてったんだろうけど、なにがしてえのか、それも良くわかんねえんだけど。」


 俺らがここに着いた時、シルヴァンはこいつと戦ってた。てっきり襲われてんだと思ってたのに、俺が攻撃したら銀狼化を解除してまでこいつを庇って攻撃を弾いたんだよな。

 つまりシルヴァンはこいつの思念伝達で声を聞く前から、殺さねえように注意して戦ってたってことだ。その理由が俺にはわからねえ。


「事情は今から話す。…少しは落ち着いたか?ヒックス。」

 シルヴァンが静かに、すっげえ優しい声でヒックスさんに話し掛けた。うおお、な、なんか羨ましい…。

「え…あ、はい、大丈夫です。」

 ヒックスさんは大丈夫そうには見えねえ、戸惑った表情でシルヴァンに返した。


 そりゃあそうだよな…さっきまで弟さんの仇だと思ってた魔物が魔物じゃなくて精霊で、弟さんはこの精霊を助けるために命を落としたんだ、ってことになれば…気持ちの持って行き場がなくなるに決まってる。

 だからシルヴァンはあんなに優しくしてんだろうな。…ん?なんか大事なことを忘れてるような気が…――なんだっけ?


「そうか。ヒックスが落ち着いたのなら本題に入るぞ、先ずはそこの壁を見よ。全体に魔法術式と魔法陣が描かれ、それがくすんだ紫色の光を放って明滅しているのが見えるな。そなた達にはあれがなにかわかるか?」

「…んにゃ、わかるわけねえし。」

 俺はブンブンと思いっきり否定して首を振った。魔法関係はからっきしだめです。

「僕も魔法には詳しくないので、わかりませんが…あれは設置型魔法陣、と言うものですか?周囲の環境から魔力を取り込み、術者が近くにいなくても勝手に魔法が発動するという類いの。」


 えー…ヒックスさん詳しくねえとか言っておいて、そんなこと知ってんだ?


「ふむ、そなた()()()()育った割にはよく知っているな。設置型魔法陣は、四隅の円形に呪文字(じゅもじ)が記されている部分がそうだ。そこに向かって対角線上に呪文帯が外へ流れるように光り続けているであろう。そして中央に小さな円形の陣が組み込まれている。これは四隅の魔法陣が中央の陣と連携して作動することを表している。」


 俺にはさっぱりわからねえが、シルヴァンは魔法に関する講義をするつもりはない、と言いつつも蘊蓄(うんちく)を交えながらそれがなんなのか、俺らにわかるように説明してくれた。


「異世界に通じる魔法の扉!?あの文字だらけの図形みてえなのがかよ!?」

「そうだ。そしてあの術式はもう八割方完成している。」


 八割ぐらい完成?え…待って待って、なんで壁に描いた絵の扉が異世界に通じんの?わけわかんねえ――っっ!!

 俺はもう頭がパニック状態になった。なのにシルヴァンの話はまだ続く。


「この状況は通じている先の世界に問題があり、これが最悪なのだ。我が術式から得た情報だと、あの扉は怨霊が行き着く先『冥界』に繋がっている。

 もしあれが開けば、冥界から大量の死霊がこちら側へ雪崩れ込み、そこの人骨や遺体に我先にと憑依するであろう。

 そうでなくともこの地からスペクターやレイス、リッチにスケルトン、ボーンナイトやゾンビにリビングデッドなど、ありとあらゆる不死族が溢れ出す。

 そうなれば魔法を使えない人間が殆どのエヴァンニュではなすすべがなく、この辺り一帯はほぼ全滅だ。」


 …不死族…って、なに? "しりょう" ?えーと、資料、じゃねえよな?飼料…も違うか、ってバカ言ってんじゃねえ!!不死族って不死族(アンデッド)って奴じゃんか!!最初から死んでるから、いくら攻撃しても普通じゃ倒せねえって幽霊やお化けの類いだよ!!

 じょじょじょ冗談じゃねえぞ、お、俺はその幽霊やお化けって奴がめっちゃ苦手なんだよおぉ――!!!


 ――もしその不死族がここから外に出た場合、人間だけでなく見えるもの全ての生物に問答無用で襲いかかり、殺して死体となった身体を仲間に与えてあっという間に増えて行く。

 それは際限なく、永遠にだ。そうやって過去全滅し、今も不死族(アンデッド)が彷徨う廃墟と化した町や村が、外国には幾つもあると聞いたことがある。…ヒックスさんが顔色を変えてそう言った。


 そんなのが犇めく世界に通じているというあの扉。あの扉は魔法術式が完成し、なんらかの発動条件を満たすと、自動的に開くような仕組みになっているらしい。

 その発動条件に関係してそうなのが、あの巨大蚯蚓(アートゥルム)の中にある赤い魔法石だ、と最後にシルヴァンが締めくくった。


「通常魔法石には、込められた魔法を示す呪文字(じゅもじ)が刻まれている。それがなんなのかは魔法石を見ればわかるが、此奴の体内にあるのではそれを確かめることも出来ぬ。

 もしアートゥルムの死が扉を開く条件に含まれていたなら、魔法石を取り出そうと殺した時点で発動条件は達したと見なされ、全術式が完成した直後に魔法が発動する。

 その場合魔法は既に "発動している" のと同じなため、魔法陣の消去は不可能になるのだ。」

「はあ、なるほどね…だからシルヴァンは殺さないように戦ってたのか。」


 ――アートゥルムの思念伝達では、セリオさんが外から腹を切って取り出そうとしても無理だった、って言ってたよな。


 魔法石は壊せさえすれば無効化出来んのか?そうシルヴァンに聞いたら、破壊してしまえば魔法石に込められた魔法は発動しなくなる、って返事が返ってきた。

 それなら表から赤く光って見えるその部分を、集中して三人で攻撃して壊せるかやってみたらどうか、って提案したけど、シルヴァンは思いの他渋い顔をして、アートゥルムの身体に損傷を与えないように外から破壊するのは()()難しい、って首を振った。

 その表情から見るに、シルヴァンの中でアートゥルムを助けることは決定事項みてえだ。

 じゃあやっぱり…――


「じゃあやっぱセリオさんと同じように、こいつの中に入って魔法石を取り出すしかねえな。」

「な…だめだよそんなの!!弟の二の舞になるだけじゃないか!!」

 俺がそう言った途端、凄い剣幕でヒックスさんが怒った。

「ヒックスさん落ち着いて。なにもなんの手も打たねえで突っ込むってわけじゃないですよ。その方法を考えた方がいい、って俺は言いたいんです。」


 そこで俺は最も気になっていたことを二人の前で口に出してみた。セリオさんはアートゥルムの中に入った時に、「赤い魔法石が命を吸い取っている」って言い残した、そうアートゥルムは俺らに思念伝達で伝えて来たんだよな。

 ってことは、それさえなんとかなりゃ、死なずに魔法石を取り出せるんじゃねえか?…俺は単純にそう思ったんだよ。


 シルヴァン曰く、そもそもアートゥルムは魔物じゃなく精霊だから、体内の消化器系が魔物のそれとは違って、俺らの身体を溶かすような胃とか消化液を持ってねえらしい。

 アートゥルムに人間を殺すつもりがなかったように、少なくともこいつが助けを求めて飲み込んだ人間達は、そういう意味では死なねえはずだった。

 要するにあの大量の人間達は、アートゥルムじゃなく、魔法石に殺されたってことなんじゃねえか。


 それに魔法ってのは石に込められていようが、誰かが呪文を唱えてその場で発動しようが、魔力が必要なんだろ?だったら、魔力の供給を断つとか、魔力を遮断するとかして魔法が発動しねえようにすりゃあいいんじゃねえ?


 そんな風に考えて話したら、シルヴァンが突然なにか閃いたらしく、いきなり俺の首の辺りをガシッと右腕で抱え込んで、笑いながら頭をグシャグシャ撫でて来た。

 俺は慌てて力じゃ敵わねえシルヴァンに無駄な抵抗をする。だってさ、痛えし、めっちゃ髪を揉みくちゃにされたんだよ!!


「そなたやるではないか、ウェンリー!!おかげで良い方法を思い付いたぞ、これでアートゥルムの中から魔法石を取り出せるやもしれぬ。でかした!!」

「痛え!!痛えってシルヴァン!!」


 シルヴァンの馬鹿力に必死で抗い、なんとか腕の中から抜け出る。褒めてくれんならもっと優しくしてくれっての。


「魔力を遮断する方法を思い付いたんですか?」とヒックスさんが身を乗り出した。

「いや、そうではない。魔法石が放つ魔法を弱める方法があるのだ。」


 ルーファスが普段身を守るために使う防護障壁は、外からの攻撃に対して内側を守るために施すことが大半だけど、その魔法をちょっと工夫して裏返せば、内側の攻撃から外を守るようにも使えるらしい。

 つまりシルヴァンが思い付いた方法とは、アートゥルムの体内で赤く光る魔法石を、シルヴァンが裏返して施す防御魔法で包み込み、体内に広がる魔法効果が弱まるようにする、というものだった。

 それならいっそのこと魔法石を封印しちゃえばいいんじゃね?と思ったんだけど、この魔法石の魔法に、どんな効果があるのかわからない状態で下手に弄れば、却って状況を悪くしかねない懸念がある、と返された。はあ、なるほど。


「良い方法を思い付いたからには善は急げ、だ。だがその前に、魔法石の魔法効果が体外にも出ているのか、我が少し近付いて確かめてみることにする。可能ならその場で防御魔法を使うから、ここで待っていよ。」


 そう言うなりシルヴァンは、アートゥルムに話し掛けて、〝刺激され痛むかもしれぬが、暫し辛抱せよ〟と言い聞かせた。

 アートゥルムはちゃんとわかってんのかわかってねえのか、思念伝達での返事は返って来なかった。どうやらシルヴァンの攻撃でかなり弱ってるっぽい。

 まあ元々は魔物だと思って弱らせようと攻撃してたんだから、かなり効いたんだろうな。こいつも助けて欲しくて必死だったんだろうに。


 てかさ、魔法石に近付いて確かめるって… "命を吸い取られる" んじゃなかったっけ?…大丈夫なのかよ。

 ふと心配になって、アートゥルムの腹に近付くシルヴァンを見たら、案の定いきなり蹌踉けてその場にしゃがみ込んだ。


「シルヴァン!」

「近付くなウェンリー、この魔法石の一部の魔法は、『ライフドレイン』だ!!今言った通り我が防御魔法を施す、下がっていよ!!」


 俺とヒックスさんの前でシルヴァンが、俺達にはなにを言ってるのか理解できねえ『呪文』を唱えた。

 ルーファスはいつも、魔法の名前を口にするだけで使ってるように見えたけど、シルヴァンは呪文を唱える必要があるみてえだな。…てか、こっちが普通なのか。


 それでも僅か数秒でシルヴァンの魔法は発動し、アートゥルムの腹の辺りに白く光る球体が出現した。

 うん、やっぱルーファスが使う魔法の障壁とは違うみてえだ。流れる文字の形が違うし、表面の輝きも違う。こうしてみると魔法陣って見た目も色々と違うんだな。


「な、なんと言うことだ…しまった!!わ、我としたことが――!!」

 防御魔法を放ち、両手でそれを維持しながらそう口に出すと、唐突にシルヴァンが顔色を変える。

「な、なんだよシルヴァン、上手く行かねえのか!?」

「ど、どうしたんですか!?」

 慌てて俺とヒックスさんはなにが起きたのかと思い、シルヴァンのそばに駆け寄った。

 その俺らに、シルヴァンは青ざめた顔をして叫んだ。


「こ、これでは…我はこのまま一切、動けないではないか!!!」


次回仕上がり次第アップします。ブックマークありがとうございます!!

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