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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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41 坑道の悪魔 ③

ウェンリーの目の前でシルヴァンが魔物に飲み込まれた。ヒックスは咄嗟に発信器を魔物に突き刺したようです。すぐに追いかけたい気持ちを抑え、ウェンリーはヒックスの助言に従うことにしました。一方ルーファスはあることを切っ掛けに熱が下がり、体調を回復したようですが…?

          【 第四十一話 坑道の悪魔 ③ 】



 ――俺は…いつもルーファスに守られてた。


「シルヴァンっ!!」


 それは多分、出会った時から、どんな時もずっと変わらずに――


 ゴゴゴゴ…ズドドドドド……ガラガラガラ…カラン、コツン…


 …パラパラと天井から細かい土砂と小石が落ちて来る。壁に打ち付けられてた土止め板が割れて剥がれ、道に破片となって散らばってた。

 補強用の柱も数本がへし折られて、"あれ" が去って行った大きな穴には結構な大きさの岩まで転がってる。


 俺はただ呆然としてその場にへたり込み、地面に付いた両手の前にコロコロと何処からともなく転がって来た、小石の欠片を見てた。


 一瞬の出来事だった。壁に擬態するように躯体の色を変え、坑道をその身体で塞いで俺らが目の前を通るのを待ち構えていたんだ。

 その行動は獲物を待つ捕食者のそれで、警戒を怠り、油断していた俺らは正に格好の餌だっただろう。

 秒にも満たないあの刹那、左脇に見えた触手が動く薄茶色の(うつろ)穴。俺とシルヴァンが周囲の空気ごと吸い寄せられるまで、それがなにかの入口だと言うことにまったく気が付かなかった。


 けどあの瞬間…俺の周りにだけ、引き摺り込もうと伸びて来た口腔触手を弾き返す防壁(バリア)が発生した。

 それはほんの僅かだけど反動で俺の位置をずらし、後ろにいたヒックスさんの元へと押し返した。…結果、シルヴァンだけが目の前で吸い込まれ、物凄い速さで過ぎ去って行く長い躯体を、俺はただ見送るだけで終わっちまった。


 この場に残されたのは、恐怖を味わった直後で腰が抜け、動くことができねえ俺と、なにかを叫んでるヒックスさんだけだ。


「――君…ウェンリー君!!」


 それが俺の名前を呼んでるんだと理解したのは数秒後で、血相を変えたヒックスさんと目が合って、ようやく俺は我に返ることが出来た。


「ウェンリー君大丈夫か!?怪我はない!?」

「だ、大丈夫です…けどシルヴァンが…シルヴァンが…っ…」


 声が震える。気が付いたら手も足もガタガタ震えてた。…情けねえ。


 俺が本当の意味で、命の危険を感じるほどの恐怖を味わったのは、これが二度目だった。

 最初は十年前、ルーファスをヴァンヌ山で見つけた時だ。気が付いたら目の前にウェアウルフがいて、まだ子供だった俺は竦んで動けず、もうだめだ死ぬんだと思った。

 だけど怪我で気を失ってると思ってたルーファスが、傷だらけの身体で俺を守り、戦って魔物を倒してくれた。

 あの時あいつが倒れる直前、俺を安心させるために笑って見せたあの笑顔を、俺は一生忘れねえだろう。


 それからもルーファスは、いつもいつも俺を守ってくれてた。だから俺はこんな恐怖を感じることもなく…安心して傍にいられたんだ。


 そして多分、今も…


 ≪さっき一瞬だけ光ったあの防壁(バリア)…このルーファスの首飾り(チョーカー)か、俺のスキル『未知の加護』かどっちかだろうな。…間違いねえ、離れてても俺はルーファスに守られてる。≫


 あいつ、どんだけ俺を大事に思ってくれてんだよ。…なにも言わずヴァハに置いてったくせに。


 ――しっかりしろ…!俺は保護対象としてじゃなく、ルーファスの力になりてえんだ。あいつの横に並び立って同じ世界を見て、同じように悩んで傍にいて支えてえんだ、このぐらいでビビってどうするよ。


「うん、シルヴァン君が飲み込まれるのは僕にも見えたよ。あの魔物がきっと今みたいに待ち伏せして、セリオ達のことも襲ったんだと思う。遺体が見つからなかったのは、ああして飲み込まれてどこかに連れて行かれたからなんだろうね。」


 驚いたことにヒックスさんは、険しい顔をしながらもかなり冷静だった。んにゃ、これが資格を持つ守護者で、リーダーなら当たり前なんだろう。頭が冷静さを失ったら、そのパーティーは一瞬で終わる。


「ヒックスさん、シルヴァンは俺と俺の親友にとって大事な仲間なんだ!!助けに行かねえと…っ!!」

「わかっているよ、大丈夫。ちゃんとすぐに手は打ったから。」

 そう言ったヒックスさんの手には、なにかの小型端末が握られていた。ヒックスさんはあの瞬間、目の前でシルヴァンが飲み込まれるのを見て、咄嗟に追跡用の発信器を魔物に突き刺したんだそうだ。

 それは共鳴石を利用した軍用追跡端末で、ヒックスさんは軍を辞める時に守護者になると事情を話し、役に立つからと古くなった備品を安く譲り受けたそうだ。

 これを見ればあの魔物のいる位置がわかって、方角と大体の距離を見ながら確実に後を追える。その機転はさすがだともう尊敬するしかねえよな。


 それならすぐに後を追おうと勇んだ俺を、ヒックスさんはだめだと厳しく窘める。今日は一日魔物の駆除に動いてたし、特に俺は慣れねえ坑道内で普段より疲れているはずだ、と指摘された。


「気持ちはわかるけど、焦れば確実に君は命を落とすよ。それに厳しいことを言うようだけど、今すぐ追いかけても、後で追いかけても結果は同じだと思う。」

「え…それってどう言う意味で…?」


 ヒックスさんはとことん冷静だった。この甘いベビーフェイスの裏側に、徹底して状況を把握できるだけの頭脳が隠されてたんだ。


「あの魔物に飲み込まれたシルヴァン君が、今生きているなら僕らが後で追いかけても十分間に合う。彼は普通の狼じゃないみたいだし、ここに彼の血痕は残っていない。だから怪我をしている可能性は低いと思うんだ。」

「で、でもあいつ飲み込まれたんですよ?中で消化とかされちまったら――」

「それなら逆にもう助からないよ。魔物の消化液は強力なんだ、人間よりも大きい馬や牛なんかでも数分で骨にしてしまう。もしそれなら、急いで追いかけても到底間に合わない。」

「そんな…!!」


 どちらにしても見習い守護者である俺を、パーティーのリーダーとして守るために、今日はこのまま休憩所に行って身体を休める。それは決定事項だとキッパリ断じられた。


 こんな時ルーファスがリーダーならなんて言っただろう?きっとあいつならすぐに助けに動くだろう。けどそれができるのは、ルーファスがSランク級守護者で、自分以外の人間もきっちり守ることが可能な力の持ち主だからだ。

 ルーファスは戦いながら、俺のような未熟な人間を傷一つ負わないよう完全に守ることが出来る。

 それがどれだけ不可能に近く、どれだけ特異なことなのか…改めて思い知った。


 そのルーファスを守護する立場にいるシルヴァン…そうだ、あいつは守護七聖<セプテム・ガーディアン>なんだ、この程度でやられるわけがねえ。

 俺にルーファスの守りがあるように、ルーファスと深く繋がっているシルヴァンにもなにかしらの守りがあるはずだし、このぐらいで後れを取るようなら最初からカオスや暗黒神を倒すなんて土台無理だ。


 そう考えたら、少し落ち着いた。そもそも俺なんかがシルヴァンの心配をすることすら烏滸がましいのかもしんねえ。


 俺はリーダーであるヒックスさんの言葉に従って、素直に休憩所へと引き上げることにする。今は見習いでもこれが終われば正式に守護者になるんだ、その在り方を学ぶためにこの資格試験がある。そう言い聞かせて。




           ♢ ♢ ♢


 ――ああ…またこの二人か。…たしか『ミュゼリカ』と『エクシオル』、だったかな。ミュゼリカという名の女性は、中肉中背で新緑の若葉のようにとても綺麗な長い緑髪を持った妖艶な印象の美女だ。

 エクシオルという名の男性は、薄い色の緑髪の(うなじ)をさっぱりと刈り上げた短髪で、耳に白金の棒が数本付いた耳飾りをしている。二人ともおそらく世の中で言えば、かなりの美男美女だろう。

 …それなのに、微笑むその瞳は蛇のように細く縦長で、俺にはまるで邪悪ななにかの化身のようにしか見えなかった。

 おまけにこの二人はいつもなにかに苛立ち、不機嫌な顔で言い争いをしていて、一つの目的に向かって行動しているみたいなのに、酷く仲が悪い。


 リカルドに聞いた通り、もし彼らが『蒼天の使徒アーシャル』と関係のある人達なら、スカサハやセルストイ達とは随分雰囲気が違う。なぜこの二人は俺の夢に何度も現れるんだろう?会った覚えもない、全く知らない人達なのに…


 俺はその夢の中でただの光となって、そこかしこに意識が拡散しているようだった。存在しているのに、存在していない。相反する矛盾した感覚の中で、無限の時間を彷徨っているようにさえ思えた。

 だがそれは、ある瞬間にはっきりとした意思を持って一方向に向かって行く。


 流れて来るのは誰かの深い悲しみと憎しみ。その傷ついた心に触発され、引き寄せられた俺の意識も漆黒に染まり、深淵の闇に堕ちそうになった。

 そのままでは絶望と嘆きが世界を満たし、その身を憎悪の炎で灼き尽くしてしまう。俺は必死に抵抗し纏わり付くそれを振り払おうとした。

 そうしてふと意識を向けた灰色の空に、光り輝く巨大な十字架が描かれて行くのが見えた。真下には消え入りそうに儚く瞬く二つの魂。向けられた憎悪の行く先に無情にも降り注ぐそれは何者にも抗えない、消滅の光だった。


 だめだ、やめろ、それは消させない!!失いたくない…助けたい…!!絶対に俺が守らなければ…!!――そう思った時にはもう絶対障壁を発動していた。


 熱に浮かされて朦朧とした意識の中で、その瞬間、俺の内側から凄まじい量の魔力がどこかに消えて行ったのを感じた。

 それがどこに向かって消費されたのかはわからない。けれども次に夢から目覚めた時、なぜか俺の熱は下がり、すっかり気分も良くなっていたのだった。


「おはよう、リカルド。」

 三日ぶりに風呂に入り、さっぱりして上機嫌で出て来たら、朝食を外に買いに行っていたらしいリカルドがその紙袋を手に、部屋の入り口で突っ立っていた。

「ルーファス…!!もう起きて大丈夫なのですか…!?」

「ああ、熱も下がったよ。あんなに懈かったのが嘘みたいに、すっかり体調が戻っている。心配かけてごめん、色々と世話をしてくれてありがとう。」


 濡れた髪をタオルで拭きながらそう言うと、リカルドが持っていた袋をテーブルに下ろし、俺の名を呼びながらガバッと抱き付いてきた。

 ぎゅっと締められたその力がかなり強く、相当心配をかけたみたいだな、と反省する。不可抗力とは言え、俺の意識がない状態を警戒したアテナが障壁を張り続け、リカルドを一切近付けないようにしていたみたいだし、この部屋を使わせてもらっていたことと言い、申し訳ない気持ちで一杯だ。


 だけどリカルドは「なにを言っているのですか、それこそ気を使わなくて良いのですよ、私とあなたの仲ではありませんか。」と言って、またいつものキラキラした極上の笑顔で俺に笑いかけてくれる。

 その直後テーブルに置かれた袋から漂う、美味そうな匂いを嗅いだ途端、腹を鳴らした俺に、食欲が出て良かった、とたくさん買い込んできた食料を次々に並べ、好きなものを食べてください、とまたニコニコ微笑んだ。


 リカルドは俺と一緒にいる時、いつも幸せそうに笑ってくれる。俺のどこがそんなに気に入っているのかわからないが、それでもそんなリカルドの笑顔を見て俺も悪い気はしない。

 部屋に備え付けのテーブルに着き、俺はリカルドが買ってきてくれた朝食を食べ始める。メニューは新鮮な野菜とボア肉のハム、そして卵が挟まれたクラブサンドと、消化の良いスープだ。

 考えてみればヴァハでゼルタ叔母さんの朝食を食べたのが最後で、一昨日から碌に水以外なにも口にしていなかった。

 熱が出ていた間中食欲は一切無く、普通に病気になって肺を患うような息苦しさなどはなかったものの、全身に火がついたような熱が体を苛み、苦しかったのは確かだ。

 結局熱が下がった今もその原因がわからない。喉の痛みもなく咳も出なかったし、風邪とかではなさそうだけど…まあいいか、こうして体調は戻ったんだ。


「ところでシルヴァンはまだ戻って来ないのか?…どこへ行ったんだろう。」

 カップに注がれたスープを啜りながらリカルドに尋ねる。

「わかりません。あなたの障壁を見て近付けないと知るなり、千年振りの社会勉強をして来ると言って、外へ出て行ってしまったのです。いくらなんでも冷たいのではないですか?」


 不満げに膨れた顔をしてそう言ったリカルドに、俺は目を細めた。


「いや、それでいいんだ。基本的に七聖には各々自分の考えで、好きなように動くよう言ってあったはずなんだ。俺は彼らの行動にまで口を出すつもりはない。必要な時に協力してくれればそれで十分だった。…と言っても、守護七聖<セプテム・ガーディアン>は好んで俺の(かたわ)らに居たがったみたいだけど。」

「そう…なのですか。…神魂の宝珠を入手してから、あなたの記憶も少しずつ戻って来たようですね。」

「…そうでもない。シルヴァンに関してはある程度思い出せたけれど、薄情なことに、他の七聖のことは名前も顔も未だ出て来ないんだ。暗黒神を倒すためとは言え、千年もの眠りにつかせておきながら…酷い(あるじ)だよな。」

「ルーファス…」

 苦笑した俺をリカルドは思いやるような瞳で見ていた。


 リカルドのおかげで朝食に満足し、腹が一杯になったところで、俺はシルヴァンが戻る前にリカルドの口から『蒼天の使徒アーシャル』のことを聞いておきたいと思った。

 その話を切り出そうとした時、誰かが扉をノックする。すぐにリカルドが返事をすると、外からスカサハとセルストイの声が聞こえてきた。

 ちょうどいい、と俺は立ち上がる。


「スカサハ、セルストイ、ヴァハではペルグランテ・アングィスの討伐に協力してくれてありがとう。おかげで村を守れたよ。」

 扉を開けた先で廊下から室内に入ろうとしない二人に、俺は入り口でずっと言いたかったお礼を告げる。

 リカルドは礼など必要ないと言っていたけど、俺はどうしても二人に感謝の気持ちを伝えたかった。

 あの時彼らの協力がなければ、ヴァハにどれだけの被害が出ていたか、わからなかったからだ。

 けれども彼らは淡々と「勿体ない御言葉です。どうかお気遣いなく、当然のことをしたまでですから」と答えただけで、なんて言うか…最初に会った時も思ったけれど、笑顔を見せることもなく、あまり感情を表に出さない人達なんだな。


 なにか用事があって来たんだろうし、話なら席を外すから中ですればいい、と言ったけれど、すぐに済むと言ってリカルドは廊下に出て行く。

 変に勘ぐるつもりはないけれど、俺には聞かせられないような内容の話なんだろうか?



 ――ルーファスを室内に残し、廊下に出たリカルドは、急ぎの報告だと言ったセルストイの話を聞こうとする。

「…それで、なんですか?ルーファスが不審に思います。これ以上悪い印象を与えて余計な疑いを持たれたくありません、手短に願いますよ。」

 不機嫌な表情でリカルドは言い放った。


 折角熱が下がり、体調の良くなったルーファスと二人、楽しい朝食を取っていたのに、至福の時を無粋な部下に邪魔されたリカルドは、急ぎの報告と言われて腹を立てたい気持ちを仕方なしに抑えていた。

 この二人の報告に、定時連絡以外では一切無駄なものはない。それはリカルドが無意味な時間を取られることを嫌い、自分の指示がなければ動けないような無能な部下を持つことなどあり得ないからだった。

 特にこのスカサハとセルストイは、自分の部下に相応しく群を抜いて優秀で、余計なおしゃべりやお世辞も言わず、それでいて自分の気に入らないことは絶対にしないという所がかなり気に入っていた。

 だからこそルーファスとの貴重な時間を邪魔されても、不機嫌な顔をする程度で収まっている。


「リカルド様、ウェンリー殿がルーファス様の後を追ってヴァハの村を出たようです。現在行方を捜しておりますが、メクレンにはその姿がありません。この後捜索を継続なさいますか?」


 セルストイの言葉を聞き、リカルドは顔色を変える。


 ルーファスはウェンリーを村に残し、連れては来ない決断をした。それはウェンリーの身の安全を願い、おそらくは断腸の思いで絆を断ち切ろうとしたのだと、リカルドは良く理解していた。

 それでもウェンリーさえいなければ、ルーファスの心に自分が寄り添っていられる。今は蒼天の使徒アーシャルを不審に思い、そのことで疑念を抱かれているかもしれないが、それはすぐに払拭できるはずだった。

 だがもしここで再び邪魔をされれば、ルーファスの心はまたウェンリーに向かってしまう。

 ウェンリーが村を捨ててまで追って来たとなれば、ルーファスはもうウェンリーを連れて行くことを躊躇わないだろう。


 リカルドは今、心の底からウェンリーを憎んでいた。それこそ、殺してしまいたいほどに。

 いっそのことどこかで魔物に殺されてしまえばいいのに。そう思う自分のこの感情がどれほど醜いかわかっていても、そう願わずにはいられない。


 そしてこんな自分の心をルーファスには決して知られたくなかった。


 深く深呼吸をして気を取り直すと、リカルドは努めて平静を装う。どんなに足掻いても、自分がルーファスを諦められないように、ウェンリーは "必ず" ここに現れる。それはもうわかりきっていたことだった。


「…放っておきなさい。捜索を続ける必要はありません。…報告はそれだけですか?」

 リカルドはそれだけをやっとの思いで吐き出した。



 ――リカルドがスカサハ達との話を終え、室内に戻って来た。けれどなんとなくさっきまでの元気がなくなったような気がする。

 なにか悪い知らせでも聞いたんだろうか?…心配になった俺が尋ねると、すぐにそれを否定し、いつものように微笑んで見せた。

 まあ大丈夫だと言うのなら、それでいいんだけど…


 俺は室内にある卓上の簡易魔石コンロでお湯を沸かすと、リカルドが好きな紅茶を淹れて再びテーブルに着く。そして今度こそ本題に入り、蒼天の使徒について話を聞くことにした。


 リカルドは少し緊張した表情で、俺に静かに話し始める。


「先日のヴァハでの出来事で、彼らの種族については既にわかっていると思いますが、『蒼天の使徒アーシャル』の殆どは『フェザーフォルク』と言う有翼人です。」


 有翼人(フェザーフォルク)…彼らは “天翔(あまかけ)る空の民” と呼ばれ、獣人族(ハーフビースト)と同じように現在のフェリューテラからは姿を消したと思われている伝説上の種族だった。

 俺は千年よりももっと以前の遙か昔、彼らの中には地上で人間と共に生活していた者達が大勢いたことを微かに覚えている。


 今でこそフェリューテラには人間種の姿しか見られなくなったが、昔は獣人族(ハーフビースト)有翼人(フェザーフォルク)だけでなく、他にも竜人族(ドラグーン)妖精族(フェアリーナ)小人族(ドワーフ)魚人族(ヴィスフォルク)など多種多様な種族が暮らしていたのだ。

 その種族達の大半は少しずつ荒廃して行くフェリューテラから姿を消して行き、相反して適応能力の高い人間種は逞しくその数を増やして行った。

 そしてそんな中で有翼人(フェザーフォルク)もまた、獣人族(ハーフビースト)同様に日々増加し繁栄して行く人間種からの迫害を恐れ始める。

 だが最後までフェリューテラに残っていた獣人族(ハーフビースト)との決定的な違いは、彼ら有翼人(フェザーフォルク)は元々フェリューテラに属する種族ではなく、『異界』から来ていた別世界の存在であったことだ。


 高潔で個々の自尊心が高く、人間という種族が持つ闇の部分を極端に嫌っていた彼らは、古代戦争期に暗黒神ディースが復活し、カオスが出現したことを切っ掛けとして地上からは完全に姿を消した。


有翼人(フェザーフォルク)は元々『異界』に存在していた蒼天界『シェロアズール』の住人でした。ですがシェロアズールは、暗黒神ディースとその眷属カオスによってフェリューテラの時間でおよそ二千年程前に消滅しています。それ以降有翼人(フェザーフォルク)は自分達のことを総じて『蒼天の使徒』と名乗り始めました。」

「…!!」

≪消滅…つまりは滅ぼされた、と言うことか。≫


 因みに『アーシャル』の正式名称は『アーシャル・ロフティ・ファーマメンツ』で、"至高たる蒼穹の使徒" という意味だそうだ。


「私はアーシャルに属していますが、異界のことは殆ど知りません。なのでこれは現在の本拠地である『天空都市フィネン』で見聞きし学んだことから話していますが、今存在している有翼人(フェザーフォルク)は、シェロアズールが滅びた当時フェリューテラに難を逃れた人々を祖先に持つその子孫なのだそうです。」


 リカルド曰く有翼人(フェザーフォルク)は清廉潔白で、のんびりとした穏やかな性格の人々が多く、暴力や争いを嫌うため、生命と慈愛を司るという『光神レクシュティエル』を種族の主神として崇めていて、その光神とは対をなす、死と混沌を司る『暗黒神ディース』とはフェリューテラよりも遙かに永く、もっと古い時代から敵対し続けて来たらしい。


「その有翼人(フェザーフォルク)の人達は、『天空都市フィネン』という場所にどのくらいいるんだ?」

「そうですね、ざっと200万人程度でしょうか。」

「200万人…意外に少ないんだな。」


 フェリューテラ全域の人間種は少なく見積もってもおよそ二億人はいるはずだ。それに比べたらエヴァンニュ王国の国民人口にも及ばず、圧倒的に少ないのが良くわかる。


「アーシャルが有翼人(フェザーフォルク)でカオスや暗黒神と敵対しているというのは良くわかったよ。それでリカルドとアーシャルの関わりと、『ル・アーシャラー』と呼ばれている人達、それからシルヴァンが口にしていた『狂信神官フォルモール』などについても教えて貰えないか。」

「そ…れは…――」


 俺が知りたかったのは今口に出した肝心な部分だ。だがここでリカルドが口籠もり始める。

 俺に言えないのか、言いたくないのか…とにかくここまで来て話すのを躊躇っているみたいだった。


「俺には話せないことなのか?」

「いえ、違います…!ただ、話したところであなたに信じて貰えるのかどうか…それが怖いのです。

 守護七聖<セプテム・ガーディアン>であるシルヴァンティスは、過去のアーシャルについておそらく悪い印象しか持っていません。そして彼はあなたの守護者(ガーディアン)であり、あなたからの絶対的な信頼があります。

 その上でいくら私が今は違うのだと説明しても、納得して貰えないのではありませんか…?」


 俺は大きく溜息を吐いてリカルドの瞳を真っ直ぐに見据えた。


「――リカルド、俺はおまえを信じると言ったはずだ。その言葉に今も変わりはない。」

「ええ…はい、わかっています。」

 らしくなくリカルドが俺の前で叱られた子供のように俯いている。要するに今はともかく、アテナやシルヴァンが信じようとしないほどの事がアーシャルにはあるんだな。

 それがどんなことにせよ、話して貰えなければ判断のしようがない。


「下を向くな、おまえらしくないぞ。話せないのなら話せない、言いたくないのなら言いたくない、わからないのならわからない、とそう言うのでも構わないから、おまえの言葉できちんと話してくれ。

 俺はなにも無理矢理聞き出したいわけじゃない、過去になにがあったのかなにも知らないから、今現在のことを含め話を聞いて、自分で判断したいだけなんだ。」

「それはわかっています…!ですが私は、あなたをがっかりさせたくありません。以前のアーシャルは、大神官フォルモール様の支配下にあり、あなたを激しく失望させるようなことも平然と行っていました。

 あなたが昨夜夢に見たという、ル・アーシャラーの第二位と第四位も、十数年ほど前にフォルモール様の命令で、非人道的な行いをして復活も叶わないほどに消滅させられたと聞いています。ですから私は――」

「ル・アーシャラーの第二位と第四位?それはもしかしてあのミュゼリカとエクシオルと言う二人か?あれはただの夢なんじゃ…」

「え…?」


 リカルドが吐き出した言葉に俺は驚いた。なぜ繰り返し夢に見るのかとは思ったが、あの二人…実在していたのか?

 しかも十数年ほど前に消滅?だとしたらあの夢は過去の出来事を見ていた…?それってまさかとは思うが――


 ――アテナ、気配を断った状態で答えてくれ。昨夜俺はまた過去に飛んだのか?


『いいえ、ルーファス様、そのようなことはありませんでした。』


 それならおまえは俺が見ていた夢を見られたか?


『いえ、それは無理です。さすがにルーファス様の夢までは把握できません。私がわかるのは、ルーファス様が覚醒している状態の時のみです。』


 俺が考えていることはわかるのに、夢のような無意識下の思考は見られないと言うことなのか。なにが違うんだろう?よくわからないな。

 だったら、今朝俺が目覚める前に、大量の魔力が消費されてどこかに消えたのはわかったか?


『えっ…?それはどう言う意味でしょう?ステータス上の魔力の増減はありませんでしたけれど…』


 ――この様子…アテナは知らない…!?


 ここで俺は、また自分には思いも寄らない別の力があることに気が付いた。


 自分が覚醒している状態で過去へ飛ぶ力以外に、俺は自分の肉体は現在に置いたそのままに、意識だけを過去に飛ばすことが可能なのか。

 そして眠っている時のような意識がない状態だと、アテナには俺の行動が把握できない。

 今回はすべて眠っている間に夢を見ているような非覚醒状態の中で起きた出来事だ。つまり、俺は夢の中ではなく実際に過去へ意識だけを飛ばし、夢ではない過去の世界で誰かを助けようと絶対障壁を発動した。

 その際肉体がない分通常よりも負担が掛かり、大量の魔力を消費することになった…理屈も原理も不明だが、そういうことなのかもしれない。


『ルーファス様…?』


 アテナの困惑した感情が伝わってくる。


 ああ、ごめん、後で整理してきちんと説明するから。


『そうですか…わかりました。ではまた後ほどに。』


 ――俺の頭の中はどうなっているんだろう?夢というのは通常覚醒している時とは違う場所で見るものなのか?

 そもそもが夢なんてものは見たいと思って見られるものじゃないし、況してや望んだ内容のものが見られるはずもない。

 ただ気になるのは、その過去へと夢の中でまで飛んで、『誰を助けたのか』と言うことだ。

 失いたくない、助けたい、絶対に俺が守らなければ、と強く思ったのは確かだった。


 いつか…それが誰だったのか、わかる時が来るのだろうか――

 

次回、仕上がり次第アップします。

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