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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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40 坑道の悪魔 ②

メソタ鉱山続きです。銀狼姿のシルヴァンと合流したウェンリーは、ヒックスと一緒に鉱山内の魔物を駆除しながら目的の区画を目指します。途中休憩所でヒックスの話を聞きますが…

           【 第四十話 坑道の悪魔 ② 】



 昨夜ギルドに連絡して貰い事前面接で対面した依頼主は、元々ヒックスさんの顔見知りで、五十代前半くらいの鉱山長さんだった。

 今は事務方に回ることが多く、坑道に入ることが減ったというその鉱山長さんは、かなりがっしりとした身体付きで、腕は筋肉が盛り上がり、まだまだ鉱山夫現役と言った感じながらも責任者らしい真面目そうな人だった。

 事前面接と言っても、俺らがメソタニホブに着いた時間が時間でもうかなり遅く、ヒックスさんがここに慣れていると言うこともあり、簡単な説明だけで済ませたんだけど…その時付け加えられた調査内容に気になる部分があったんだよな。それがこの『不審な物音』だ。


 それはもう随分前から鉱山夫達の間で噂としてあったらしい。だけどそれがただの噂じゃなくはっきりと誰の耳にも聞こえ、表立って調査が必要なほどになったのはここ1、2週間のことなんだそうだ。


 坑道内部に崩れた箇所は見当たらないのに、どこかで地盤が崩れるような音が聞こえ、地震に似た小さな揺れが足元から起きる。

 その後響いてくるのが、このなにかが呻くような不気味な声で、それは坑道のあちこちから聞こえてくるような気もすれば、どこかずっと奥の方か、遙か地の底か…とにかくその出所がまるでわからねえらしい。

 ただここは入り組んだ坑道で、どこかに風の通り道があればそれが吹き抜ける際に発生する音の可能性もあるため、なにかの "声" だとまだ決まったわけじゃねえ。

 けど鉱山夫達が "気味が悪い" と噂するだけあって、確かにこれは気色の悪いゾッとするような音だった。


「――ここって今どの辺ですかね?」

「まだB区画だね。所々柱に印が付いてるから、それで見分けられるよ。」

 ヒックスさんが指さした先の柱に、黄色い塗料でBと殴り書きがされてあった。調査対象の坑道はF区画だったはずで、ここからだとまだ結構距離があってもっと進んだ奥になる。

「なんか昨夜聞いた説明よりも魔物の数とか…多くないですか?ギルドに依頼出したのが三日前で、それまでは普通にみんなここで仕事してたんですよね?」

「うん、そう聞いているね。でもその割にはこんな出入り口手前の方まで魔物が移動してきている。…まるでなにかから逃げてきているみたいだ。」

「ヒックスさんもやっぱそう思いますか。」

 うん、と頷いたヒックスさんの表情が険しくなって、俺の身体にも緊張が走った。


 それを調査するのも依頼の一部だけど、果たして俺らで対処可能な問題なのか?…少なくとも俺はまだ見習い守護者で、これまでの経験上もし変異体みてえなのに出会したら、今の俺じゃ逃げるしかねえ。

 意地や根性で生き残れるほど相手が生易しくねえことは、ルーファスの戦い方を見て良くわかってるからな。こっから先はちょっと慎重になった方がいいかもしれねえ、そう俺が考え始めた時だ。


『ガウガウバウッ!』

「は?っておい、シルヴァン…!」

 シルヴァンが唐突に俺を見てなにか言った後、止める間もなくあっという間に奥へと走って行った。

「行っちまった。」

「彼は君になんて言ってたんだろう?…はは、いくらなんでもわかるはずないか。」

「あー、いや…わかりますよ。多分〝奥の様子を見に行って来る〟って言ってったんだと思います。シルヴァンなら鼻が利くし、なにか見つけて来るかも。」

「ああ…そうなの。」とヒックスさんはまたなんとも言えねえ表情をした。


 もちろん俺だってなにを言ったのかわかったわけじゃねえけど、シルヴァンならこの状況で偵察役を買って出てくれてもおかしくねえと思った。

 シルヴァンはルーファスと並び立てるぐらいの強者だ。戦闘に慣れてるのはもちろん、危険があれば真っ先に知らせてくれるつもりなんだと思う。ならここは素直に頼るべきだよな。


 しっかしヒックスさんって、なんつーか許容範囲の広い人だ。疾っくにシルヴァンが普通の狼じゃねえって気が付いてると思うのに、なにも聞いて来ねえ。

 今だって複雑そうな顔をしてても踏み込んで来ねえもんな。俺がシルヴァンのことを "友達" だなんて苦しい言い訳をしても問い詰めたりしねえし、シルヴァンが勝手に付いて来てもなにも言わずに受け入れてくれてる。きっとこれが他の守護者ならこうは行かなかっただろ。


 その後も俺らは出会した魔物を駆除しつつ、気をつけながら先へ進んで行く。戦闘を繰り返すうちにここの魔物の行動パターンは覚えられたし、集団が相手でもヒックスさんと二人で問題なく倒せるようにもなった。

 二時間ほどが過ぎC区画の中程まで来た所で、俺らは近くにある鉱員の休憩所に立ち寄ることにした。

 ここまで結構な数の魔物を倒して来たし、そろそろ一度休んだ方がいいとヒックスさんに提案されたからだ。


 その休憩所は坑道の途中を大きく四角に刳り抜いた形の部屋になっていて、入り口にはかなり頑丈な金属製の扉が付いており、壁も全て補強済みで、魔物に襲われた時の待避所としても安心できる構造になっていた。

 中はいくつかの部屋に区切られていて、入ってすぐが多人数用木製テーブルの並べられた食堂で、奥には簡易ベッドが複数と鉱員のロッカールームに、飲料水の貯水タンクや食料庫などがあり、万が一落盤事故とか起きて閉じ込められることになっても、助けが来るまでの数日間はここで生き延びられるようになっているみてえだ。


「シルヴァン君はまだ戻って来ないみたいだね。彼は一人で大丈夫なのかな?」

 遅めの昼食を取るために、用意してきた携帯食料をテーブルに出し、備え付けの魔石コンロでお湯を沸かすと、ヒックスさんはコーヒーを入れながら俺にそう聞いてきた。

「大丈夫だと思いますよ。シルヴァンは俺なんかより遙かに強えし、多分…変異体とかでも十分相手にできるだけの戦闘能力があるはずですから。」

「そ、それは…凄いね。」

 俺の分まで飲み物を用意してくれたヒックスさんは、その笑顔を引き攣らせながらテーブルに着く。

 用意してきた食料、と言ってもちゃんとした料理の弁当なんかじゃなく、目の前にあるのは携帯口糧レーションだ。

 俺は栄養補給だけを目的としたこの固形食料が嫌いだ。だって不味いんだよ!!まるで数年間放置されたパンみてえだし、食うと口ん中の水分みんな持ってかれる感じがして飲み込み辛いったらありゃしねえ。

 けど今後ルーファスと一緒に旅をするんなら、こういうのも我が儘言わねえで我慢しねえとなんねえんだろうな。


 …と言うわけでその不味いレーションを頬張り、ヒックスさんが入れてくれたコーヒーで無理矢理喉の奥に流し込むと、俺は話を切り出す。もし予想外の手に負えねえ強敵にここで出会したらどうするのか、目的地に進む前に話し合っておきたかったからだ。

 それは当然ヒックスさんも考えていたらしく、俺らの実力じゃ「無理はできないよね」とかなり落胆した顔で呟いた。

 その表情があんまりにも暗く、なにか事情があんのかと気になった俺は、少しだけ突っ込んで話を聞いてみることにした。


 するとヒックスさんはなぜか俺にロッカールームへ行こう、と言って奥の部屋に移動すると、たくさん並んだ扉の前に立ってそこの一カ所の鍵を開ける。

 そのロッカーの中には誰かの私物が入っていて、扉の内側には写真が貼られていた。それを見た俺は思わず「あっ」と声を上げる。

 そこに映っていたのは、軍服姿のヒックスさんと肩を組んで仲良さげに笑っている、ヒックスさんに良く似た弟さんらしき二人の姿だった。


「弟が使っていたロッカーなんだ。…今日ここへ来たら中の私物を片付けるつもりだった。」

 そう話し出したヒックスさんの表情を見て、俺は一瞬で事情を悟る。


 昨日聞いた『王都の軍施設にいたって、家族や友人は守れないからね。』と言ったヒックスさんの言葉の意味…そして自分には向いていないと言いながら、弟さんのために頑張っていた軍人を辞めてまで守護者になった理由――


「え…弟さんってここの鉱山に勤めてたんですか?」

「うん…半年間の短期契約でね。メソタ鉱山の仕事は結構給料が良いんだよ。僕の弟…セリオはメクレンにある技術者育成大学に行きたがっていてね、その入学金と学費を稼ぐために、僕には内緒でここで働いていたらしいんだ。だけど二ヶ月前…」


 二ヶ月ほど前、セリオさんはこの17番坑道の奥での作業中に、一緒にいた他の鉱員達と共に大量の血痕を現場に残して行方不明になったらしい。

 当初は坑道内の魔物に襲われたんだろうと思われてたんだけど、セリオさんはそれなりに魔物相手にも戦えたらしく、少なくともここの魔物に殺されるような人じゃなかったそうだ。

 坑道内を散々捜索したのに誰の遺体も見つからず納得がいかなかったところに、あの『不審な物音』の話を聞いて、セリオさんを襲ったのはもっと別の存在かもしれない、とヒックスさんは思ったらしい。


 それほど前に血痕を残して行方不明になったのなら、おそらく生存している可能性は殆どねえだろう。

 なのに守護者になってまでここに来たって事は…やっぱり、真犯人を見つけ出して弟さんの敵討ちがしたいってことなんだろうな。


「――ごめんウェンリー君…僕は君に謝らなければならない。僕が昨日メクレンのギルドにいたのは、ここの依頼を偶然掲示板に見つけて…一人では受けられない依頼だったから、一緒に来てくれる人を捜していたからなんだ。

 本当はもっと安全で簡単に済む、資格試験向けの低ランク依頼が他にもあった。なのに僕は…自分の感情を優先して君をこの依頼に上手いことを言って引き摺り込んだんだ。」

 〝本当にごめん〟そう言ってヒックスさんは申し訳なさそうに俺に頭を下げた。


 でもこれってヒックスさんが謝るようなことじゃねえよな?依頼選びからなにからお願いしたのは俺の方だし、きちんと説明を受けた上でこれでいいと了解したのも俺だ。

 受注依頼のランクを偽られたわけでもねえし、選んだ依頼にヒックスさんの個人的な感情が入ってたって何の問題もねえ。


 そう思った俺は、そもそも最初からヒックスさんが謝る必要なんかねえことと、俺の方こそ役に立てそうになくて申し訳ねえ気持ちでいることを伝えた。


 ロッカールームを出て食堂に戻ると、さっきまで暗い顔をしてたヒックスさんは、俺に弟さんのことを打ち明けて踏ん切りが付いたのか、少しすっきりした表情になっていた。

 俺の方もいっそのことシルヴァンが獣人族(ハーフビースト)だって話しちまいたかったところだけど、こればっかりは本人の同意無しにばらすわけにはいかねえ。

 そういやシルヴァン…どこまで行ったんだろ?離れて結構経つのに、まだ戻って来ねえな。


 気になって入り口から外を見ようと扉に近付いた時だ。


 ズズン…ガラガラガラ…ドドドドド…と、またどこか遠くでその音が聞こえ出した。小刻みにガガガガガ、と足元から伝わって来る細かい微震。その後であの呻き声のような音が坑道内に流れてくる。


「またあの音だ…一体どこから聞こえて来るんだろう。」

 その音に耳を澄ませ、俺とヒックスさんはどの方向から聞こえるのか必死に探ろうとした。

「坑道の中に反響しちゃって、どの方向から聞こえて来んのかもちょっとわかりづらいですね。」

 ただやっぱり風が吹き抜けるような音とは違うような気がした。これが人の声とは思えねえけど、なにかの呻き声には違いないように俺には思えたんだ。


 その不審な物音が止み、「休憩はここまでにしてそろそろ先へ進もうか。」と発したヒックスさんが椅子から立ち上がると、今度は入り口の扉を外からなにかがガリガリ引っ掻く音がし始めた。

 これは休憩所の中にいる俺らの気配を察知して、魔物が扉を引っ掻いてんのかもしれねえ。

 俺は扉から離れて後ろに下がり、ヒックスさんが剣を抜いて入り口前に陣取る。


 ヒックスさんはシルヴァンが離れた後、ずっと前衛を務めてくれてた。何度も戦闘を繰り返すうちに、互いの位置的にこれがベストだと自然に戦闘隊形が定まったからだ。

 そのヒックスさんが小声で「僕が扉を開けるから」と俺に合図を送ってくる。俺は大きく頷いて、ヒックスさんが扉を開けたと同時に攻撃を放てるよう、エアスピナーを構えた。ところがだ。

〝我だ、ここを開けよ〟と言わんばかりに、バウバウ言うシルヴァンの吠え声が聞こえ、緊張が解けた俺らはガクッと一気に虚脱する。


「なんだ、シルヴァン君か、待って今開けるよ。」

 ホッとした顔でヒックスさんが扉を開けると、すぐにシルヴァンがタタタ、と中に入って来る。

「やあ、おかえり。無事だったんだね、良かった。」

 そう言って微笑みかけたヒックスさんをチラリと見ると、シルヴァンは返事をするでもなくその足ですぐに俺の所へ駆けて来た。

『バウッ!!』

「遅かったな、どこまで行ってたんだよ?」

『バウバウガウッ』


 いやだからわかんねえって。あー、マジで不便だなこれ…


「結構奥まで行って来たのか?なんか見つかったかよ。」

『バウバウ、ガウバウッ』

「…え?なんか見つけたのか。」


 なに言ってんのか言葉はわからなくても、なんとなく目と感覚で言いたいことは理解できる。

 どうもシルヴァンは、この先でなにか気になる箇所を見つけて来たらしいな。


「シルヴァン君がなにを言ってるか、やっぱりウェンリー君にはわかるのかい?」

 横で俺とシルヴァンの会話を聞いていたヒックスさんが、真面目な顔で聞いて来る。

「や、はっきりとはわかりませんよ?ただなんとなく感じ取れるっつーか…とにかくそんな感じです。」

「そうか…もしかしたら思念伝達とか、魔力を介した会話手段があるのかと思ったんだけど、違うんだね。」

 俺とシルヴァンはさらっとそう言ったヒックスさんにギョッとした。


 えー!?ヒックスさん…なんでそんなこと知ってんの!?


 俺は思わず横目でシルヴァンを見る。シルヴァンも顔的にはわかりにくいけど、ちょっと驚いてるみてえだった。


「それでシルヴァン君がなにか見つけたのは間違いないのかな?」


 そんな俺らとは違って、ヒックスさんの関心は既に "シルヴァンがなにかを見つけた" と言うことに移っていた。

 シルヴァンは『バウッ』と一声吠えて、多分肯定の意味で返事をすると、案内しよう、とでも言うかのように入り口の方へと走って行き、こちらを振り返る。

「僕達を案内してくれるんだね、ありがとう。よし、ウェンリー君シルヴァン君の後について行ってみよう。」

 ヒックスさんの表情が一瞬で守護者のそれに変わった。


 休憩所を出て坑道へ戻った俺らは、またシルヴァンを先頭に歩いて行く。シルヴァンがどこでなにを見つけたのか、詳しく話を聞けねえのは心配だったけど、どうせ調査しに奥へ行くことに変わりはねえから、その辺は諦めることにする。


「おいシルヴァン、昼飯も食ってねえだろ?レーションで悪いけど、せめてこれだけでも食っとけよ。」

 途中シルヴァンの腹具合が気になった俺は、先を歩くシルヴァンに少し早足で追いつくと、横に並んであの不味いレーションを裸で差し出す。

 するとシルヴァンはチラリと俺を見上げた後で、いきなりガブッとそれに食い付くと、瞬時に噛み砕いて一秒とかからず飲み込んだ。

「早っ!!実は腹減ってんじゃねえの?もっと食うか?」

『ガウッ』

 返事をしながら斜め上にふいっと鼻先を向けた所を見ると、もう要らないようですね。

「ふふ…シルヴァン君ってレーションとか食べるんだね。野生の狼は魔物や動物の生肉しか食べないのかと思っていたよ。それとも彼が特別なのかな?」

「あー、まあそうですね。」

 寧ろ生肉を食べるのかどうかの方が疑問だったりして。



 その後も俺らはこれまでと同じように魔物を倒しながら奥へ奥へと歩いて行く。シルヴァンがなにか見つけた所ってのは、まだ随分先らしく、結局はF区画辺りまで行くことになりそうだった。

 けどその手前のE区画途中に来た辺りで、補強された壁面一帯に幾つもの亀裂が入っているのを見つける。


「この亀裂、割と新しいね。一昨日の大きな地震が原因で出来たのかな。」

「そうかも…確かにデカい地震でしたからね。」

 亀裂の入った壁を前に、俺とヒックスさんは隅々まで具に調べる。それは細かく多方向から幾筋もの裂け目となってはいるものの、特段なんの変哲もなさそうだった。

「そう言えばあの地震について、メクレンで妙な噂を聞いたよ。ウェンリー君は知ってるかい?」

「いえ…噂ってどんなのですか?」

「うん、それがあの地震はどうやら局地的なものじゃなくて、エヴァンニュ王国全域に渡って同クラスの規模で発生したものだったみたいだね。王都やルクサール、ヒュールなんかでも建物が崩壊したり、崖崩れが起きたりして結構な被害が出ているらしいんだ。」

「ルクサールにヒュールでも…?」


 王都にルクサール、ヒュールにメクレン、ヴァハ…メソタニホブ?それぞれどんだけ距離的に離れてると思ってんだ?エヴァンニュ全域に同クラスの規模で地震なんて、そんなことあんのかよ。…ちょっとあり得ねえ。


 そう言やあの時、ヴァンヌ山でルーファスやシルヴァン、スカサハ達とリカルドの野郎も…空を見上げてたよな。つられて俺も上を見たけど、なにも見えなかった。あれって…もしかしてなんかあったのか?


 ふと疑問に思った俺は横にお座り状態で待っていたシルヴァンを見る。シルヴァンは俺と目が合うと〝なんだ?〟とでも言いたげに首を傾げた。


 今ここじゃ聞けねえか、後にしよう。


 壁の亀裂から離れ、また俺らは歩き出す。次の区画が依頼対象のF区画だった。この辺りから地層の色が変わり、赤く横に筋の入った薄茶と焦げ茶の混じった壁が続く。

 17番坑道は入り口からずっと、下へ下へと向かう下り坂の坑道になっていて、傾斜が緩やかだから地下に潜って来た感覚が薄い。

 けどこうして壁の地層が変わると、結構地下まで来たんだなとようやく実感する。ここからF区画に入ったんだ。

 この先は一気に坑道の範囲が広がって、迷路のように多方向に道が延びてる。一応ここにも鉱員の休憩所があるらしく、この時間だと今夜はそこで休むことになりそうだった。


「――んで?シルヴァン、F区画まで来ちまったけど、一体なにを見つけたってんだよ?」

『バウッ!』

 移動速度を上げて軽く走り出したシルヴァンの後に付いていくと、入り組んだ坑道の先に、補強されてない剥き出しの地層が現れた。

「え…?ちょっと待って、ここって――」

 ヒックスさんは腰に下げたミニバッグから、坑道の地図を取り出すと今俺らが立っている現在地を確認する。

「…やっぱり…こんな坑道、地図にないよ…!」


 地図上では突き当たりのはずの壁には、どう見てもつい最近出来たばかりの、まるでなにかが通った後のような新しい通路が出来上がっていた。

 それは曲がりくねって先が見通せず、傾斜もここまでの坑道と違ってあまり緩やかじゃなさそうだった。


 ――こいつは…愈々以てヤバくなって来たんじゃねえか?


 ヒックスさんが地図にないと言った目の前の道は、直径が二メートル以上は軽くありそうな円形状の通路みてえだ。壁や天井からはパラパラと土の粉が時々落ちて来るし、補強されてなけりゃ崩れる可能性も捨てきれねえ。

 それになにより、これだけの通路を一体なにが造ったのか、それが一番の問題だろ。


 俺の横でシルヴァンが頻りに鼻をヒクつかせてる。

「なんか臭うのか?俺には土の匂いしかわからねえけど…」

『…バウ。』

 シルヴァンの顔を見る限り、相当ヤバそうだな、こりゃ。

「ヒックスさん、今日のところはF区画の魔物駆除だけにしておいて、この先を調べるのは明日にしましょう。ちょっとどこまで続いてんのかわからねえし、しっかり準備もした方がいいと思います。どうですか?」

「うん、そうだね。それじゃこれから区画内の魔物を倒して、最後に休憩所へ向かおうか。」


 ヒックスさんの横に並んで歩きながら、俺はあんな通路を作れる魔物がどんな奴なのか考えてみた。

 土中に生息して活動する生物は意外に多い。土竜(モグラ)蚯蚓(ミミズ)螻蛄(オケラ)にダンゴムシ…蟻に甲虫の幼虫、他にも俺が知らねえような生物がいるだろうな。

 どれも土を掘ったりするのは得意そうだけど…例の音と関係してるとするなら、蚯蚓みてえな奴かな…?土を吸い込みながら移動して、どこかに吐き出す…?そう考えれば、地面から伝わってくる微震の説明も付くような――


 ――直径二メートルの通路を掘れる、巨大蚯蚓の魔物…?


 想像しただけでゾワッとした。まだ土竜なんかの方がマシだぞ、おい。


 それから小一時間ほどかけて区画内の魔物を一掃すると、俺らはG区画の手前で引き返し、時間的にももう晩飯の時刻になったので、切り上げて休憩所に向かうことにした。

 その途中、ヒックスさんはなにか思うところがあったのか、歩きながらシルヴァンに弟さんの話をし始める。

 その中で、もしかしたらそこの通路を造った魔物が犯人じゃないかと口に出し、自分の力で仇を討ちたいと思ってることも、悔しそうに訴えていた。


 後で俺の方からシルヴァンに話して聞かせようと思ってたけど、まさかヒックスさんが自分から話すとは正直言って驚いた。

 やっぱシルヴァンが普通の狼じゃねえって、気が付いてるんだと思う。まあそれでも獣人族(ハーフビースト)だとはさすがにわかってねえだろうけどな。


 少し疲れた俺は、気を抜いて欠伸をする。この辺りの魔物は全て駆除したし、後はもう休憩所に行って飯を食って寝るだけだ、今日はこれで終わり。


 まだ安全な場所に辿り着いてもいねえのに、そんなことを考えること自体、俺は見習い守護者だって言う証拠で、たとえ周囲に魔物の気配を感じなくても、索敵を解除したらだめなんだと、この直後身を以て知ることになる。



 ――それはなんの前触れもなく俺らに襲いかかって来た。


 入り組んだ坑道の塞がってると思っていた壁から、脇を突くように一瞬で前を歩いてたシルヴァンを飲み込んだ。

 地を這う土壁と同色の "それ" は、突き当たりの壁に突進したかと思えばそのまま食い破り、向こうに開いていた見つけたのとは別の通路へと、轟音を立てて逃げ込んで行った。


 どうして俺はヒックスさんの弟さん達が、この17番坑道で襲われた話を聞いてたのに…その可能性が浮かばなかったんだろうな。

 敵は最初から俺らの居場所を感知する手段を持ってる奴だったんだよ。そしてあの微震は移動する俺らの動きを追って、敵が移動してたから聞こえてたんだ。


 結論から言って俺が想像してた魔物の正体は大体合ってた。かなり後になって判明したそいつの名前は『ヘルアートゥルム』。


 古代期の生き残りで地中に隠れ棲んでいた巨大蚯蚓だった。


次回、仕上がり次第アップします。

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