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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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39 坑道の悪魔 ①

元軍人の守護者ヒックスと一緒にメソタニホブに着き、翌日から早速依頼を開始したウェンリーでしたが、メクレンでルーファスのそばにいてくれると思っていたシルヴァンが目の前に現れて…

          【 第三十九話 坑道の悪魔 ① 】



 カチャッ…キィ……パタン


 隣室から静かにドアを開け閉めして、その気配はゆっくりと歩いてきた。障壁の縁で立ち止まり、それに向かってそっと手を伸ばすと、触れる直前で既にパリパリと小雷撃が奔り今日もまだ近付けないことを知る。


「まだ、だめですか…今朝は少しぐらい良くなっているかと思ったのですが…」


 一晩経っても障壁に包まれたままで、未だ苦しそうなルーファスを憂えた顔で見ると、リカルドは瞳を曇らせて肩を落とした。


「聞こえているかもしれませんので、一応これだけは伝えておきますね。シルヴァンティスなのですが…私になにも言わず受付に伝言だけを残して、どこかへ行ってしまいました。すぐに戻るとのことですが、あれほど人を信用出来ないと噛みついておきながら、こんなあなたを放ったらかして出掛けるなんて薄情すぎませんか?」


 部屋中に響く大きな溜息を吐き、リカルドは〝少なくとも私なら、あなたのそばを離れたりしませんけれどね〟とベッドの上のルーファスに向けて呟く。


「ルーファス…私はあなたが心配です。なにかしてあげられることはないのでしょうか?…せめてこの障壁がなければ…」

 リカルドがそう口にして視線を落とした時、そばから聞こえてきた声にルーファスが目を覚ます。

「…リカルド…」

「ルーファス!?気が付いたのですか…!あっ…つ…!」

 ハッとしてリカルドは思わず手を伸ばそうとしたのだが、すぐにバチバチッと障壁に弾かれ、指先に雷撃が迸る。

 ルーファスはゆっくりと上半身を起こして、まだ熱の所為で赤い顔をしたまま、一度障壁を解除(正確にはアテナに解除するように頼んだ)した。


「ごめんリカルド…随分と心配をかけているみたいだ…。悪いんだけど、水を貰えるか…?喉が渇いて――」

「待って下さい、今すぐ…!」

 リカルドは慌ててテーブルの上に置いてあった水のボトルを手渡すと、ルーファスの横に腰を下ろし、肩に手を回してその身体を支えた。

 ルーファスは相当喉が渇いていたらしく、ゴクンゴクンと音を立てて水を一気に飲み込んで行く。その額からは汗が滴り、着ていたシャツは肌に張り付くほど濡れていた。

 ルーファスが水を飲むその間にリカルドは、そばの椅子に手を伸ばしてタオルを取ると、汗でぐっしょりと濡れたルーファスの首元を急いで拭う。

「酷い汗ですね…手伝いますから服もすぐに着替えた方がいいでしょう、濡れたままでは良くありません。」

 夢中で水を飲み干しボトルを空にすると、ルーファスは大きく "ふう"、と一息を吐き、濡れた衣服を脱いで身体を拭いてから、フラつく身体を支えて貰ってなんとか着替えを済ませた。


「――こんな高熱を出すなんて初めてだよ…。今まで風邪も引いたことはなかったんだ。…況してや倒れるなんて…」

 リカルドにありがとう、と礼を言い再びベッドに戻ると、また身体を横たえながらルーファスは苦笑する。

「でも意識が戻って良かった。ずっと障壁が張られたままで、私もシルヴァンティスもあなたに近付けなかったんですよ?ああ、シルヴァンティスは出掛けています。すぐに戻るそうですが…ええと、少しは口に入れた方がいいでしょう、なにか食べられますか?」

 シルヴァンの話もそこそこに、リカルドは甲斐甲斐しく動き始める。だがルーファスは食欲がないらしく、今はなにも食べられそうにない、と右腕を上げて額の上に置くと天井を見た。


「なあリカルド…おまえは金髪だけど、蒼天の使徒アーシャルの人達は皆スカサハやセルストイのような髪色をしているのか…?」

「え?ええ…そうですね、色の濃淡や斑などバラつきはありますが…大体は。種族的な特徴なのでしょう。」

「そうか…昨夜何回か夜中に目を覚ましたんだけど…なぜだか眠りに落ちる度に、同じ二人の男女が出てくる夢を見るんだ…。」

 リカルドは洗面器に水を汲み、そこでタオルを濡らすとルーファスの額を冷やすためにそれを宛行(あてが)う。

「それはいったいどんな?」

≪まだ熱が高い…顔色は悪くはありませんが――≫

 ルーファスの額がまだ熱いことに気付くと、リカルドの表情はまた翳る。


「うん…それが…そこに出てくる男女二人ともが…スカサハ達と同じような緑髪をしていて…」

 その言葉を聞いて、リカルドの指先がピクリと僅かに反応する。

「互いを名前じゃなく…、第二位とか…第四位とか…まるで順位みたいな呼び方で、呼び合っているんだ…。…あんまりにも何度も…出てくるから、少し気になって…」

「…!?」

≪ルーファス…!?≫

 リカルドはその言葉になにか心当たりがあるのか、愕然としてその目を見開き、血の気の引いた青ざめた顔でルーファスを見ると、その手をカタカタと小さく震わせ聞き返す。

「え…――ルーファス…、それは…夢のお話、ですよ…ね?」


 ルーファスがリカルドのその表情に気付くことはなく、また眠くなって来たのか、重くなる瞼を辛うじて開き、意識を朦朧とさせながら答える。

「ああ…夢の話…だ。…でも…あまりいい夢じゃ…ないんだ。――彼らの名前…は……」


 『ミュゼリカ』と『エクシオル』


 眠りに落ちる直前にそう言ったルーファスから、驚きの余りリカルドは蹌踉けて後退った。


 キイン…キンッ


 部屋の壁に背中を預けくの字に前屈みになると、ガタガタと震え出したリカルドの前で、再びルーファスは障壁に包まれてしまう。

 リカルドはまるで、なにか途轍もなく恐ろしい思いをしたかのような恐怖に歪んだ顔をして、眠りにつくルーファスを見た。

「…そんなはずは…」

 壁に手をつきそれを支えに、よろよろと蹌踉めきながら隣室へと部屋を出て行く。

「グ、グラナス…どういう事なのですか…?ルーファスが言ったあの言葉の意味は…なぜ我らのことを知らないはずのルーファスが、かつてル・アーシャラーであった第二位と第四位の二人の名を知っているのですか…っ?」


 そのまま倒れ込むようにリカルドは、ソファへと一気に崩れ落ちたのだった。





 ――メソタニホブの街からメソタ鉱山の最も近い坑道まででも、『キャロ』という乗り物に乗って30分ほどの距離がある。

 その『キャロ』とは、牽引型駆動車両の運転席前部のことを言い、狭い道も自在に動けるよう、馬力がありながら極力小型化された小回りの利く非常に優秀な乗り物だった。

 通常鉱山に通う鉱山夫達は、このキャロに繋がれた幌付きの荷台のような車両に乗り、住居のある街から担当坑道に向かう。

 メソタ鉱山の坑道は番号一つに付きA〜Zまでの26区画ずつに分かれていて、内部は広範囲に渡って編み目のように複雑な道が延びており、一定距離毎に場所を示す標識が壁に設置されているのだそうだ。


 …とその依頼調査対象である坑道に辿り着く前に、俺はと言えば、そこまでの道中で早速ヒックスさんに扱かれていた。


「ほらそっち!行ったよウェンリー君!!足元にも注意して!!」

「うおっ動き早え!!」


 目の前にはブンブンと飛び回る30センチ大の黒足長蜂、『ブラックヴェスパ』が、足元にはシューシュー威嚇音を出して首を擡げる毒蛇、『メソタコブラ』が敏捷な動きで襲って来る。


 こいつらは共にDランクの魔物だ。つまりヒックスさんには同ランクでも、見習い守護者の俺にとっちゃ、魔物の方がかなり格上に当たる。

 危険はあるけどその分、倒せば資格試験の評価が格段に上がり、自分が倒したと試験用に渡された記録媒体に記されれば、資格を得たその直後からDランク級守護者としてIDを発行して貰えるんだとさ。


 俺にしてみりゃそいつは願ってもねえ話だった。なにせルーファスはSランク級守護者だからなぁ…少しでも初期ランクは上げておきてえ。

 欲を言えば初期段階でCランク級まで上げておけば、周りの目もちょっとはマシになり、Aランク級以上の守護者と一緒にいても『寄生』だと疑われて白い目で見られることは減るらしい。(寄生ってのは低ランク級守護者が、通常では貰えないような高額報酬目当てに、高ランク級守護者のパーティーに入れて貰って仕事をすることを言う)


 それにCランク級になれば、単独だと自分に見合ったランクの依頼しか受けられねえけど、パーティーとしてならルーファスが受ける高ランクの依頼も一緒に受けられるようになる。

 その中でどんな形であれ、きちんと役に立って同等と認められる仕事をすれば、個人でなくてもパーティー要員としてポイントが貰え、その経験を積めば少しずつでもランクを上げていけるんだ。

 但し、それはBランク級までだけど。Aランク級になるには、個人実績が絶対に必要で、単独でのBランク依頼完遂が条件になる。まあ当然だよな。


 そんでもってSランク級になんかなると、これはもっと桁違いに条件が厳しい。そもそも一定期間内に魔物討伐だけで稼いだポイントが1万以上なんて、どんだけだっつーの。

 因みにルーファスがつい最近Sランク級に上がったのは、特殊変異体(ユニーク)って新種を倒した功績がかなり大きかったらしい。シャトル・バスの一件だな。あれ一体だけで、一発昇級だったんだってさ。まあそれも当然か、あんなのルーファスじゃなきゃ簡単には倒せねえ。

 もちろん俺にそんなのは無理だから、とりあえず地道に頑張るけど、いつかはAランク級になれるといいな。


 ってなワケで、目の前の敵を先ずは討伐、と。ここの魔物は俺のエアスピナーと相性が良く、距離を詰められさえしなければヴァンヌ山のウェアウルフよりは相手をするのも楽に感じた。


「うん、さすがだね。ウェンリー君はヒットアンドアウェイがとても上手だ。素早さと回避能力に特化していると友達に言われたんだっけ?攪乱役に向いていると言う意見にも納得したよ。」

 倒した魔物の戦利品を回収しながらヒックスさんが言う。

「と言うか…君、戦闘に随分と慣れているよね?君にとっては初遭遇になるはずの魔物相手に全く物怖じしないし、守護者になる前にもう既に幾つかスキルを獲得してるんじゃない?」

「あー、多分『暗視』と『索敵』は確実に持ってます。それと『気配察知』ぐらいですかね。…てか、スキルってどうしたら確かめられるんですか?」


 ルーファスと一緒の時にアテナが戦闘フィールドを展開してくれると、俺の頭ん中にもステータス画面って奴が表示されるから、見りゃあわかるんだけど…それってルーファスのチートだろ?一般の守護者ってみんなどうやって自分の能力を見てるんだか知らねえんだよな。


 ヒックスさんにそう尋ねたら、友達が守護者なのに知らないなんて、君の友達はどうやってスキルを確認しているんだい?と首を傾げられた。

 その後で『技能力鑑定』の魔石を使って、空中にモニターが出るという魔法が封印された魔法石を使って見るのだと教えて貰った。

「予備を幾つか持っているから、君に使ってみようか」、そう言ってヒックスさんが白い魔石を俺にくれた。俺は喜んで早速試してみる。


 フィン、と少し柔らかい間の抜けた音を立てて、俺が手にした魔石から目の前にモニターが展開された。

 ん?あれ…この画面って、アテナのステータス画面に似てら。ただスキルのリストしかない感じだけど…

「――って、あれ?なんか結構持ってんな俺。」

 予想よりも並んだリストの文字が多いことにちょっと驚く。


 ここで初めて今現在俺が取得してるスキルが判明した。その数は全部で9つ。いつの間に獲得してたんだろ?


『暗視』『索敵』『気配察知』は思った通りで、それ以外に『思考察知』『見切り』『情報収集』って戦闘にも役に立ちそうなものがあった。…が、ヒックスさん曰く、固有スキルだろうと言う変わった物が三つ…『真偽洞察』『鼓舞激励』『未知の加護』これがどんな効果があんのかちょっとわからねえ。


「凄いよウェンリー君、固有スキルを既に三つも持っているなんて…!『真偽洞察』はきっと嘘や真実を見抜く力じゃないかな。『鼓舞激励』は人を励まして勇気づけたりする力だと思う。最後の『未知の加護』というのはさすがにわからないけど…加護と付くからにはきっと守りのスキルだろうね。」


 守りのスキル…あー、それってもしかして、『ルーファスの加護』だったりして…?…あはは、さすがにそりゃないか。


「おお〜、なるほど普通はこうやって見るんですね。技能力鑑定の魔石か…これってどこに売ってるんですか?」

「もちろんギルドのショップだよ。結構いい値段するから、僕なんかはある程度間隔を置いて使うようにしているけどね。」

 ヒックスさんはにこにこと丁寧にこの魔石のことを教えてくれた。


 この時だけど、俺は一応これでも周囲の安全には気を配っていたつもりだ。(後で聞いたらヒックスさんも周囲に魔物がいないことはしっかり確認していた)

 ルーファスがいつも常に気をつけろ、って教えてくれてた通りに、ちゃんと索敵しながらヒックスさんの話を聞いてる。

 けどそんな俺らをかなり離れたところから、呆れて見ている奴がいるなんて思いもしなかったぜ。



『――……。』

 ≪…なにをしているのだ、あれは。≫


 ゴツゴツした大きな岩陰からこっそりと顔だけを出し、道端にしゃがんで呑気に雑談しているらしきウェンリーとヒックスの姿を、思いっきり呆れた目で銀狼姿のシルヴァンは見ていた。

 この辺りは広範囲に荒れ地が続いていて草木が少なく、身を隠せる場所が極端に少ない。その分魔物を見つけやすいのは確かだが、逆を言えばこちらも魔物に見つかりやすいのだ。


 よもやここを街中かどこかと勘違いしているのではあるまいな。この辺りの出現魔物は皆、毒攻撃を所持している。不意打ちでも喰らおう物なら、鉱山に辿り着く前に街へ戻る羽目になるやもしれぬと言うのに…


 ―― "見てはおられぬ" とシルヴァンは大きな溜息を吐いた。


 どうにも心配になって念のために、と付いて来て正解だったようだな。ウェンリーは自分が見習いであることを忘れているのか?

 これから向かうのは鉱山内部の狭い坑道だと言うのに、あんな調子では逃げ場のない細い道で魔物に後れを取り、簡単に挟み撃ちにされてしまうではないか。


 むうう、と狼顔の眉間に縦皺を寄せ、シルヴァンは頭を悩ませる。ウェンリーにとってこれは守護者の資格とやらを得るための大事な試験だ。

 また過保護すぎると言われるやもしれぬし、あまり手出しをし過ぎるのは確かに良くない。良くないのだが…――心配だ。


 これはどこか適当な場所で人の姿に戻り、早めに合流すべきかもしれぬ。それに――


 シルヴァンはクンクン、とその鼻をヒクつかせ、風に乗り微かに流れてくる不快な匂いを嗅ぎ取った。


 ――妙だ…鉱山独特の匂いに混じり、ごく僅かだが死臭がする。集中して嗅ぎ取らなければ気付かぬほどに微かだが、調べた方が良さそうだな。


 ウェンリー達が進む道から一旦離れ、その匂いのする方向へと進路を変える。ここまではウェンリー達の後をつけ、気付かれないよう離れてゆっくり歩くことで気配を断ってきたシルヴァンだったが、新たな懸念材料が増えたことでその意識の向く先が変わり、自分がウェンリー達の先回りをする形になったことを失念した。


 その結果、匂いの元である鉱山の前まで来たところで、後ろから来たウェンリーとヒックスに正面からばったりと出会すことになる。


「はあっ!?嘘だろ…シルヴァン!?」

『…っ!?』


 素っ頓狂な声を上げられて驚き、シルヴァンは思わずギョッとする。匂いを辿ることに気を取られ、ウェンリー達に気付くのがすっかり遅れたのだ。

 ウェンリーは目が合うとその思考を逸早く察知し、慌てて逃げ出そうとしたシルヴァンのフサフサした尻尾をガシッと掴んだ。


「こら、逃げんな!!」

『…っ…っ!!』


 ――以前の銀狼姿のシルヴァンは本体ではなく、魔力により作り出した疑似体だったため言葉を発することも叶わなかったが、本来獣人族(ハーフビースト)は人型でなくても魔力を使用した念話によって多種族との意思疎通が可能だった。

 だがヒックスの前で言葉を発するわけにも行かず、慌てふためいたシルヴァンは、気まずそうにただ黙ってウェンリーを見上げる。

 ここは普通の狼の振りをするしか選択肢がなかったのだ。


「お〜い、どういうことだよ?な・ん・で、ここにいんだ?」

 ウェンリーは言い訳も説明も出来ないシルヴァンの首元を、もふもふした毛皮ごとガシッと両側から掴み、その顔に顔を近付けて引き攣りながら覗き込む。

『ガ、ガウッ!!』

「ガウッ、じゃねえ!!逃がすか!!」

 暴れてその手から逃げようとしたシルヴァンを、ウェンリーは全身で抱え込む。その二人の姿は、呆気に取られるヒックスの目にどう見ても大型犬とじゃれ合っているようにしか映らなかった。



 ――メクレンのターミナルまで、後ろにいねえことは確認して来たはずだった。なのにシルヴァンがここにいるってことは、俺はずっと後をつけられてたことにも気付かず、さらにシルヴァンがうっかりミスして俺らの前に姿を見せるまで、近くにいることすら把握できなかったってことだ。

 あー、情けねえ、未熟すぎるわ。そりゃあシルヴァンの方が遙かに上手(うわて)なのは確かなんだろうけどさ。あんまりにも情けなくて、もうジト目でシルヴァンを見るしかなかった。



 十数分後、俺達は目的地のメソタ鉱山17番坑道の入り口に立っていた。


 カーン、カーン、キン、キン、ゴトン、ガガガガ…ガコーンガコーンと、大きな声で会話をしなけりゃならねえほどに、あちこちから駆動機械の騒音が響き渡る。

 時折近くにあるなにかの大型駆動機から、ブシュウウウウウと真っ白い蒸気が吹き出してきて、その下に開いた四角い口から、ガタゴト動く凹凸の付いたベルトに乗せられ、坑道内部から掘り出された土が離れたところにある土山へと運ばれて行った。

 周囲に漂う空気には錆びた鉄の匂いと、硫黄のような鼻につんとくる微かな刺激臭が混じっていて、広大な敷地の中を行き来する鉱山夫達の中には、空気を濾過するための機能が付いた顔全体を覆う、仮面みてえな物をつけて仕事をしている人もいるようだった。


 今日は天気も良く空気が乾いていて、細かな土が風で舞い上がる度に俺らの視界を黄土色に遮る。少なくとも今ここで深呼吸はできねえな。吸い込まねえように気をつけてるのに、どこからか舞い上がった土が口の中に入って来て、なんだかジャリジャリするから気持ち悪い。

 依頼対象の現場である坑道内部には、この17という数字が書かれた、目の前の格子状の簡易扉から入って行くんだけど、その前にここの鍵を管理小屋から借りてくる必要があった。


 ヒックスさんはその鍵を借りてくる、と言って一旦俺らから離れ、敷地内に建てられた管理小屋へと走って行く。よし、この隙に――


「なんで来たんだよ?然もその姿じゃ話も出来ねえし…心配してくれんのは心底ありがてえけど、俺ってそんなに信用ねえの?」

『…そう言うわけではない。まあ危なっかしいとは思うがな。』

「信用ねえんじゃん!!ってか俺としちゃあルーファスのそばにいて欲しかったんですけど?」

『まあそう言うな、そなたが心配だったのは確かだが、それ以上にこのメソタ鉱山という場所には少々問題があってな。昔はネクベト山と呼ばれていたこの山一帯には、色々と普通の人間に触れて欲しくない物がある。その様子見と状態を確認に来た、と言うのが最も大きな理由の一つだ。』


 銀狼姿のシルヴァンは、人と違って顔の筋肉の動かし方とか違うはずなのに、それでも人の姿を知っているせいか、俺から見てその表情は豊かだ。

 んでそこから察するに、問題があると言ったその顔は、なにか見つけても絶対に近寄るな、と言いたいみてえだった。

 普通の人間に触れて欲しくない物ってのがなんなのか知るのが怖いけど、その顔を見りゃ聞かなくたってわかる。どうせ俺らじゃ手に負えねえとんでもねえもんだ。


 この依頼さえ終わりゃ守護者になれるんだ、厄介事はできるだけ無しでお願いします。そう願う俺は、敢えてそれがなんなのかは聞かねえことにする。


「――んで?最後まで付き合ってくれるつもりなワケ?…当てにしてもいいのかよ。」

『…ほう?てっきり過保護だ、お節介だと嫌がられると思ったのだがな。』

 シルヴァンがフフン、と狼顔を斜め上に向け鼻を鳴らすように笑った。

「俺はたった今自分の未熟さを思い知ったばっかだかんな、依頼完遂の確率を上げられるんなら素直に甘えさせて貰うさ。」


 でけえ口利いておいて結局頼るなんてホント悔しいけど、そんな懸念材料があんなら、俺とヒックスさんだけじゃやっぱり少し心配かもしんねえし、それこそなにかあって死んじまったら元も子もねえ。

 そう思った俺は素直にシルヴァンの助力を受け入れることにした。


「お待たせ!鍵を借りて来たよ。」

 戻って来たヒックスさんが鉄製の格子扉の鍵を開ける。扉の蝶番が軋むキキギィという音を立て、薄暗い穴への入り口が開いた。

 坑道の入り口は背後から差し込む外の光でまだ明るいけど、奥は灯りがなければ真っ暗でなにも見えねえ。だから先ずは数歩進んだ壁にある、灯りを点すレバーを操作して引き下ろすのが先決だ。

 これは雷石を使った発電機から、電線で繋いだ照明器具にエネルギーを伝えるためのスイッチで、一定の間隔毎に坑道の壁に設置されてるらしい。

 ここから見える坑道の天井と壁はしっかりした土止め板と柱で補強され、狭いことは狭いものの、大人三人が余裕で歩ける幅と高さがあり、思っていたよりは広いんだな、と少しだけ安心した。


 かなり奥の方まで灯りが点いたところで、俺達はなぜかシルヴァンを先頭に歩き出す。

 二メートルほど前を行くその足取りは弾んでいるように軽く、尻尾が左右にフリフリと揺れるのを見てると、なんだか楽しんでるんじゃねえかと思うぐらいだ。

 んにゃ、実際楽しんでるんだろうな。…その気持ちはわからなくもねえ。なんせシルヴァンは、千年もの間イシリ・レコアで眠ってたんだ、自由に動けるようになって嬉しいに決まってる。

 そのシルヴァンの後ろ姿を、隣を歩くヒックスさんがなんとも言えねえ複雑な表情で見てた。


「なんというか…彼は変わった狼だね。魔物じゃないのに二メートル以上もの体格に銀の毛色、というのも珍しいけど…なにより僕らの言葉を理解しているだろう?ウェンリー君もそれをわかっていて話し掛けているよね?」


 うおっ!ヒックスさん、鋭い…!!や、でもシルヴァンが明かさねえのに獣人族(ハーフビースト)だって言うわけにゃ行かねえし…こ、ここは誤魔化すしかねえ…!!


「そ、そうですか?なんつうか…ほら、なんとなく通じてるような気がするっつうか…?」

 ヒックスさんみてえな優しくて真面目な人に正直に話せねえのは辛え。きっと俺の目は思いっきり泳いでるとは思うけど、その辺は逆に察してくれるかも。

 …なんて期待しながら進んでいくと、あー、早速初対面の魔物集団がお出ましだ。


『ガウッ!!』

 シルヴァンの吠え声が反響する。気をつけろ、ってか。


 出現したのはこういう場所に相応しい姿形の魔物だ。土竜(モグラ)みてえな目が退化した大きな手に爪のある、ぼてっとした身体の奴と、ダンゴムシ?ワラジムシ?だっけ?身体の下に短くて細い脚がいっぱいあって、時々丸まって転がってくる奴。それに脚がやたらと長くて身体が小さい蜘蛛に、蝙蝠型の魔物だ。

 一体一体のランクは確かに低いけど、数が多い。俺は魔法なんざ使えねえし、集団戦ははっきり言ってまだ経験不足だ。初っ端からピンチかよ?


「ウェンリー君、転がってくる『ローリーポリィ』の牽制と足止めを頼めるかな?シルヴァン君が前衛を務めてくれるみたいだから、土竜型魔物の『トゥープ』の相手は僕に任せて!」

「了解です!!」


 さすがヒックスさん、慣れてるって言ってた通り、数が多くても全く怯んでねえ。俺と違って話したことがあるわけでもねえのに、シルヴァンの行動をきっちり把握して連携し指示してくれる。こういうのがきっと経験の差って奴なんだろうな。

 言うまでもなくシルヴァンは敵の注意を引きつけながら、壁を蹴って蝙蝠型魔物『リリアック』を瞬殺する。飛び上がって噛み付き、地面に叩き付けてアッサリだ。


 えー、飛んでるのは俺のエアスピナーの出番じゃねえの?くっそ、負けねえ!!


 身体を丸めてゴンゴロゴンゴロ転がって来た、ローリーポリィ二体にスピナーを横から放って進行を邪魔する。

 表面が堅いからダメージは少ねえけど、進行方向を変えて壁に激突させたり、障害物に突っ込ませたりするぐらいは役に立てる。

 そんで足止めして丸まりを解除するその隙を突いて蹴っ飛ばし、引っくり返ったところを狙うんだ。おっしゃ、きっちり仕留めたぜ!!


 そんで脚の長ーいちっさな蜘蛛『レッグスパイダー』は、シルヴァンとヒックスさんの連携でしっかり倒してくれてました。


 おお、なにげに俺ら息ぴったりじゃねえ?この調子で行きゃあ楽勝かも。


 戦利品を回収するために倒した魔物をチミチミ解体してた時だ。足元を細かな震動が伝わって来た。最初は地震かと思ったけど、ちょっと違う感じだな。

 どこかずっと遠くからだけど、岩が転がるような、なにかが崩れるようなガラガラという音も聞こえる。

 それが聞こえなくなったかと思ったら、"おおー"、とか "うあー"、とか不気味な声のようなものが聞こえ出した。


 これってもしかして――?


 俺は音に耳を傾けながらヒックスさんを見る。ヒックスさんは俺と目が合うと大きく頷いて言った。

「多分これが昨日鉱山長から説明を受けた、調査対象の『不審な物音』だね。」


 俺達の会話を聞いて "なんのことだ?" と言う顔をしながらシルヴァンが首を傾げてた。

 連鎖して聞こえたこの不気味な音に、なんだかすご〜く嫌な予感がして俺は、この依頼が思ったよりも簡単には終わりそうにねえことを悟ったのだった。

次回、仕上がり次第アップします。いつも読んでいただき、ありがとうございます!

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