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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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38 資格試験へ

ウェンリーはルーファスと一緒に行くために、資格試験に臨みます。シルヴァンはそのウェンリーを心配し、裏でこっそり動くつもりのようです。ウェンリーは正守護者であるヒックスとメソタニホブに移動しますが…

          【 第三十八話 資格試験へ 】



「ウェンリー君、こっちこっち!」

 俺が待ち合わせた宿『デライラ』に着くと、ヒックスさんは既にロビーの椅子に座って待っていた。

 ここの宿はブリックストーンを中心に建てられた煉瓦造りで、照明の明るさを少し抑えた落ち着いた雰囲気があり、宿泊目的以外にも商談などで訪れた客が利用し易いようテーブルセットが多く置かれている。

 その奥の方で入って来た俺に気付くと赤茶色の壁を背にして、にこにこ手を振りながら結構大きな声で呼ぶ。


「すいません、遅くなっちゃって。依頼の方大丈夫でしたか?」

 俺は足早にヒックスさんのところへ向かうと、立ったまま先ずはそれを聞いた。俺がREPOS(レポス)へ行っている間に、試験対象の依頼選びと受注申請をすべてお願いしてあったからだ。

「うん、問題なかったよ。依頼難易度はEランクで、君の戦闘能力に見合った物にしたから。」

「なにからなにまで、本当にすいません、ありがとうございます。」

 ほんと感謝の一言に尽きます。俺は目一杯頭を下げた。

「いいって、これも君との縁だと思うよ?僕がメクレンに来てたのだって本当に偶々なんだし、いくら守護者になったと言ったってギルドで会う確率だってそんなに高いはずもない。それなのに今日こんなタイミングで僕らは再会した。なんだか不思議だよね。」


 実のところ、俺もそう思ってた。ヒックスさんは元々エヴァンニュでも西部の出身でこの辺りの住人じゃないし、軍を辞めたのならこれと言って接点のない俺と会う可能性はかなり低かったはずだもんな。


 とりあえず説明するから座りなよ、と促され、俺は書類を見やすいように隣に座らせて貰う。


「それで早速、依頼内容なんだけど――」

 ヒックスさんの説明を聞くに、出向先はメソタ鉱山の下層にある坑道で、内部の魔物調査と駆除が主目的だった。

 それを選んだ理由は、ヒックスさんがそのメソタ鉱山には何度も行っていて、坑道内部に慣れていることと、魔物のランクがE〜Dと比較的弱い奴しかいねえから、と言うことだった。


「相手方の鉱山長にはできれば今日中に会いたいんだよね。今の時間ならメソタニホブ行きの最終便に十分間に合うから、準備ができ次第、もう向かってしまわないかい?」

「了解です。俺の方はそれで構いません。時間どのくらいですか?」

「あと30分くらいは余裕があるよ。なにか準備とか用があるなら、チケットは僕が立て替えて先に買っておこうか?」

「あ〜いや、俺の分はいいす。実は…」

 ヒックスさんの耳元に近付き、小声でシャトル・バスのフリーパスを持っていることを伝えた。当然ヒックスさんは酷く驚く。


 行路指定の定期券ならともかく、無期限全行路フリーパスともなると、普通ではまず買えねえ。その金額もさることながら所持するのには厳格な身元審査と、運営会社の信用が必要だからだった。

 俺はこの間の運行トラブルを偶々居合わせたことで友人が解決した、と話し、その縁で貰ったことを話した。


「凄いな…確かこの前の運行トラブルって、特殊変異体(ユニーク)っていう新種の魔物が関わっていたんじゃなかったかい?君の友達って、一体――」

「うー、あー、その辺は聞かないで欲しいです。俺は丸っきしそいつの役には立てていないんで。」

 そう返事を濁すと、ヒックスさんは笑って「まあ、いいけどね」とそれ以上聞かないでいてくれた。


 あとはメクレンを出てメソタニホブに行くなら、一応シルヴァンに知らせてった方がいいのかどうかだったけど、何度もヒックスさんを待たせるのは悪いし〝言わないで行っても大丈夫だろ〟…なんて軽く考えた俺に、ヒックスさんは真剣な顔をして〝誰か待っている人がいるなら、せめて伝言だけでも残しておいた方がいいよ〟と忠告してくれる。

 ルーファスとシルヴァンのことは話してねえんだけど、ギルドで会った時に一人じゃないとは言ってあったので、気を使ってくれたみたいだ。

 先輩の言うことは素直に聞いておくか、と思い直し、その言葉に甘えて結局もう一度REPOS(レポス)へ戻ることにする。

 ところがヒックスさんと一緒に外へ出たら、なぜかそのシルヴァンが目の前の通りに立っていた。


「は?…なんでこんなとこにいるんだよ?」

 ヒックスさんには少し離れたところで待ってて貰い、俺は脇へ避けてシルヴァンを問い詰める。シルヴァンは言い訳を考えてでもいるかのように、ほんの一時目を泳がせた後で平然と答えた。

「…散歩だ。」

「って嘘吐け!!」

 ≪吐くにしたってもっとマシな嘘があんだろうが!≫


 あ、開いた口が塞がらねえ。いくらルーファスにはアテナがいるから大丈夫だっつっても、完全に離れて宿から出歩くとは思ってなかったぞ?


「もしかして俺を心配して後をつけてきた?あのな、過保護すぎんだろ…!!」

「なんのことかわからぬな。」

 まだ知り合ったばっかだけど…シルヴァンてさ、嘘吐くの思いっきし下手だよな。隠すつもりがねえのか?バレバレだっての。

 もういいからとっとと用件だけ伝えよ。まさか倒れたルーファスを放って、メソタニホブまではついて来ねえだろ。

「しらばっくれるつもりなら、それはそれで構わねえけどよ…まあいいや、ここで会えたんならちょうど良かった。俺さ、あそこにいる守護者のヒックスさんと一緒に、これからメソタニホブに移動するから。試験終わるまでそっちに泊まる。」


 俺がそう言うとシルヴァンはヒックスさんを横目で見て、「それはどこだ」と聞き返してきた。千年前に、メソタニホブという名の街はなかったらしい。


 メソタニホブはこのメクレンからシャトル・バスに乗り、東北東へ三時間ほどの距離にある中規模の鉱山街だ。そこに住む民間人の八割が鉱山夫とその家族で、何らかの形で鉱山に関わる仕事に就いている。

 その主な労働先であるメソタ鉱山は、ヴァンヌ連峰にあるエヴァンニュ屈指の大鉱山で、その量に差はあれど、フェリューテラで採掘可能な鉱石種の七割くらいがここでも採掘可能だった。

 特に産出の中心となっているエラディウム鉱石は、王都の軍施設や王城に使用されることが多く、その量はフェリューテラでも第一位を誇る。そしてそれは王都の主施設の発展にも大きく貢献して来たのだった。


「ここから三時間…シャトル・バスとはあの妙な箱形の乗り物のことか?」

「妙なって…あー、まあそう。」

 メクレンに着いてから調べたのか、元々知ってたのかはわからねえが、シャトル・バスのことをそう言った後、掻い摘まんでメソタニホブのことを説明した俺の前で、なぜかシルヴァンは眉間に皺を寄せた。


「…なに?なんか気になることでもあんの?」

 そんな顔をされるとこれから行こうとしてる俺にしてみりゃ、気になって心配になるんですけど。

 ルーファスもそうだけど、大抵こういう顔をしてる時ってなにかしら懸念材料がある時なんだよな。

 なにかあんなら先に聞いておきてえ、そう思ってさらに突っ込もうとしたんだけど、シルヴァンは「いや、こちらのことだ気にするな。」と言ってぴしゃりとそこで打ち切った。


 〝呉々も道中気をつけよ〟と念を押したシルヴァンと別れて、俺はヒックスさんと一緒にそのままシャトル・バスのターミナルに直行する。

 そこに着くまでの間、一応何度か振り返ってみたものの、今度はシルヴァンの気配はなく、さすがに付いて来てねえな、と安心した。


 俺はシルヴァンに聞いたスカサハとセルストイ達の正体、 "蒼天の使徒アーシャル" ってわけのわからねえ連中は元より、なによりもリカルドの野郎が最も信用出来なかった。

 ルーファスが信じると言っても俺は信じられねえ。あの野郎が時折見せる、ルーファス以外の他人に向けた冷徹な視線が、到底善人のそれとは思えねえからだ。

 あれは俺に対してだけじゃねえ、言葉は丁寧に聞こえても他人を軽蔑して見下し心の中では貶んでる。

 多分あいつは、目的のためなら何でもする類いの人間だ。それどころか、そのためにもう既に何人も殺してるかもしれねえ。

 シルヴァンだってルーファスを守るためなら、これからも人を手にかけることがあるだろうよ(クルトやラディの時みたくな)。けど奴のそれはなんか違う…そんな気がしてなんねえんだよな。


 この中に俺の個人的な感情と私怨ってのが入ってたとしても、その根底にある “なにか” がはっきりしねえ限り、俺があの野郎を信用することはねえと思う。


 …ってなわけで、シルヴァンにはちゃんとルーファスのそばで守護七聖<セプテム・ガーディアン>としての務めを果たしてて欲しいんだよな。

 アテナ以外に安心してルーファスを任せられるのは、シルヴァンしかいねえんだからさ、マジで頼むぜ?


 そうしてヒックスさんと一緒に、無事にシャトル・バスに乗ってメソタニホブに向かった俺だったけど…後で様々な点に於いて、如何に自分が未熟なのかを思いっきり痛感することになる。




 ――メクレンの宿REPOS(レポス)の、自宅として契約し利用しているその部屋で、リカルドは続き部屋となっている隣室のドアを見ながら大きな溜息を吐いていた。


「ルーファスのあの障壁…なんとかならないのですか?グラナス。まさか私やシルヴァンティスまでも身体に触れさせて貰えないとは…熱が高そうなのに、額を冷やしてあげることさえ出来ないではありませんか。」


 ルーファスが突然倒れ、意識を失う前にシルヴァンとこの部屋を訪れた時、すぐに隣室のベッドに横にならせたその直後から、あの障壁は発動し、以降リカルドもシルヴァンもルーファスに近寄ることができなくなっていた。

 ルーファスは自力で回復しようと、熱で朦朧としながらも治癒魔法を使ってみたのだが、一切効果がなく、解熱剤や回復薬を服用しても未だに効果は現れないようだった。


 鞘に収められたままその刀身をブウンとオレンジ色に光らせ、リカルドが愛用する中剣 "グラナス" と呼ばれた(かれ)が答える。


『無理だな。あれは消去魔法(ディスペル)で解除することもできぬし、攻撃して破壊したところで、すぐに再生する類いのかなり強力なものだ。彼は高熱で意識を失っているようだが…無意識下でもあれほどの自己防衛施術を継続していられるのだから、さすがとしか言いようがない。』

「感心している場合ではありませんよ。治癒魔法も解熱剤も効かないようですし、そのことからシルヴァンティスは病気ではなさそうだと言っていましたが、ルーファスのあの高熱はなにが原因なのでしょう?」

 首を捻るリカルドに、グラナスは〝我に聞かれてもわかるはずがあるまい〟と素っ気なく返し、『まあ、治癒魔法も薬も効かぬのでは、医者に診せても無意味なのは確かだろうな』と付け加えた。


 再びリカルドはこの世の終わりのような顔をして大きく溜息を吐く。

「…シルヴァンティスは出掛けたまま戻りませんし…ルーファスが苦しんでいるというのに、私はこのままただ見ているしかないのでしょうか。」

 向こうから感じる、強固な障壁の気配を恨めしく思いながらぼやくリカルドに、グラナスは諦めろと言い放った。

『本人がイシリ・レコアで "不老不死" だと言ったのだから、少なくとも死ぬようなことにはならぬのだろう。歯痒くとも大人しく回復するのを待て。』


 〝全くあなたは冷たいですね〟と言いながらリカルドは、グラナスが言ったその言葉の意味を考える。“不老不死” というルーファスが告げたその言葉が真実ならば、それはいくらなんでもあり得ないことだった。


 実のところ “不老” か “不死” のどちらかだけならば自分が知る限り、可能性としてそこまであり得ない話ではないと思っていた。

 現在フェリューテラの地上を支配しているのは短命種族の “人間” であり、精々寿命は100年ほどしかない。だが蒼天の使徒アーシャルに属するようになって、この世界にはフェリューテラ以外の “異界” が存在することを知った。

 その “異界” にはフェリューテラの時間単位にして数百年を生きる、長命種族の存在する世界がいくつもあるらしく、そこから稀にこちらの世界へとやって来る者がいることを話には聞いていた。

 だがそれでも “不老不死” はあり得ない。死霊や不死族(アンデッド)吸血鬼(ヴァンパイア)と呼ばれる冥界存在はいると言われていても、如何なる者であっても “不老不死” はないのだ。


 ≪ルーファスはフェリューテラの存続に関わる、特別な存在。それは初めから知っていましたが、アーシャルの主神である “光神レクシュティエル” やカオスの主神 “暗黒神ディース” 、それに “災厄” でさえも不滅ではありません。≫


〝それなのに、ルーファスは…本当に?〟とリカルドの中で疑問が首を擡げる。


 そんな考えに耽っていると、グラナスが横から別の問題について答えを出すように促してきた。

『蒼天の使徒アーシャルについて、彼にどう説明するのかまとまったのか?大神官フォルモールがそなたに色々と真実を隠し、嘘を吐いていたことはもう明白だ。永年騙されていたとは言え、ルーファスとルーファスの眷属達から信頼を得るにはまだ問題がある。これからが正念場だぞ。』

「…そうですね、わかっています。ところで…ねえ、グラナス。」

『なんだ?』

「幾ら考えてもわからず、これがかなりの疑問なのですが、どうして私は守護七聖主(マスタリオン)と守護七聖<セプテム・ガーディアン>について、なにも知らなかったのでしょう?…ルーファスが特別な存在だと知っていながら、キー・メダリオンや神魂の宝珠についても一切知りませんでした。…おかしいと思いませんか?」



 ――ルーファスの意識が完全にないことを知り、油断して話していたこのリカルドとグラナスの会話を、隣室で聞いていた者がいた。


 そう、アテナだ。


 アテナはルーファスが神魂の宝珠で新たに得た魔力と魔法により、ここへ来てさらに能力が上昇して進化し、リカルド達に察知されないよう完全に自分の気配を消すことが可能になっていた。

 アテナの存在を知っているウェンリーとシルヴァンは、そもそもこのルーファスを囲む障壁が意識のないルーファス本人ではなく、アテナに因るものだろうと理解していたが、アテナの存在を知らないリカルド達は、ルーファスの中にまさか別の存在がいるなどとは思いもしなかった。

 況してやルーファスならばいざ知らず、そのアテナが、よもや剣であるグラナスの声までも聞き取れるなど、想像すら不可能だっただろう。


 そのアテナは、ルーファスがリカルドを信じると言っているのに、ルーファスの感情と同調するのが当然のはずの自分が、なぜリカルドに限って信用出来ないのか、その理由を探っていた。


 実はそれは、ほんの小さな違和感から来ているものだった。


 インフィランドゥマでリカルドを助けるために、ルーファスと一緒に施していた治癒魔法の効きが異常に悪かったこと…その時に感じた微妙ななにか。それの正体が分からず仕舞いだったことにあったのだ。


 おまけにあの(つるぎ)――この間まで少し変わった(つるぎ)ぐらいにしか思っていなかったのに、アテナの能力が上昇したことで、はっきりとその声が聞き取れるようになり、リカルドが当たり前のように会話を交わしていることから、あれがなんらかの『生きた剣』であると気が付いてしまった。

 その『生きた剣』について、ルーファスのデータベースに情報はなかったが、あれに秘められた力が計り知れぬほどに未知数であることと、あれとリカルドの間には自分とルーファスに似た特別な繋がりがあることを感じ取った。

 それだけでもリカルドが普通の人間ではないと証明してしまったようなものだったが、アテナにはあのグラナスと呼ばれる(つるぎ)が、不老不死であるルーファスをも深く傷付けることが可能なほどに、危険な存在であると思えてならなかったのだ。


 結論としてアテナはさらにリカルドへの疑惑を深める。


 あのリカルド・トライツィとはいったい何者なのだろうか?聞こえてきた会話に敵である可能性を示唆するものはなにもなかった。寧ろルーファスの身を心から案じているようにさえ感じ、敵意など微塵も感じられない。それなのになぜか警鐘が鳴り響く。まるで過去、一度でも敵対したことがあるかのような感覚がどうしても消えなかった。


 ≪ルーファス様の体調が回復するまで、やはりあの者は近付けるわけには参りません。私がお守りしなくては。≫


 アテナはルーファスの中からルーファスを癒やそうと、思い付く限りの治療を続ける。ルーファスが寝込んでいる原因――


 ――それはルーファスの中にいるアテナにでさえも、実はわからなかったのである。




『――本日もご乗車、誠にありがとうございました。まもなくメソタニホブに到着致します。どなた様もお忘れ物の無きようご注意下さい。』

 シャトル・バスの車内に、運転手の声でアナウンスが流れる。夜間の最終便にも関わらず意外にもバス内はそれなりの乗客で混雑していた。


 ウェンリーとヒックスは一番後方の座席に座り、雑談をしながらこれまでの道程を揺られてきた。明日からのこと、ルーファスからは聞けない守護者についての注意点、最新の魔物の情報や昔の思い出話まで、その内容は色々だ。

 メクレンでしっかり確認してきたこともあって、ウェンリーの頭からは〝まさか〟という思考そのものが完全に消えていた。言うまでもなくシルヴァンのことである。

 そのシルヴァンは今、 "中々快適だな" と上機嫌で風を切り、銀狼に変化した姿で身体を伏せこの車両の屋根の上に乗っていた。


 ウェンリーはシルヴァンのことを "過保護すぎる" と言ったが、ウェンリーがその表情から感じ取った通り、シルヴァンには幾つかの懸念があった。

 それは偏にウェンリーと同行者であるヒックスの戦闘能力を鑑みて、今後起こりうる可能性のある異変に即時対処するには心許ないと判断してのことだった。

 特にこの行き先…ヴァンヌ連峰のメソタ鉱山、という場所に於いては、シルヴァンにとってその懸念となる大きな要因が複数あるのだ。


 ≪位置的におそらくメソタ鉱山とは、旧ネクベト山の辺りにあるのであろう。あそこには "あれ" がある。杞憂に過ぎぬとは思うが…念を入れるに越したことはなかろう。

 …それにしても、守護者の資格試験というものにどの程度の制約があるのか知らぬが、もっと簡単な依頼はなかったのか?鉱山の魔物調査と駆除など…不測の事態もありうるではないか。≫

 シルヴァンはヒックスという守護者が、なぜウェンリーにこの話を持ちかけたのか、そのことにも僅かだが疑念を持った。

 だからと言って直接関わり、手助けをする気は毛頭無い。飽くまでも気付かれぬように距離を取ってついて行き、遠くからただ見守るだけのつもりだ。


 ガタン、と大きな音を立て車体が激しく揺れる。不意に襲われたその揺れに身体が浮き上がって落ちそうになり、シルヴァンは慌てて爪を立てしがみついた。

 シャトル・バスに乗っている車内からはもちろん、その頭上…つまりは車体の屋根の上まで見るのは不可能だ。だがこの時そのすぐ背後の窓に、ほんの一瞬銀色のフサフサした尻尾の先が、なにやら車両の上からチラリと垂れ下がって見えたことに、ウェンリー達は気付かなかった。


「ああ、ほらもう着くよ。メソタニホブのターミナルが見えて来た。」

 アラガト荒野の悪路を行くガタガタと揺れる車内から、ヒックスさんが俺の右側の窓を指さし、真っ暗な外の先に光る誘導灯を見てそう言った。

「ウェンリー君は初めて来るんだっけ?」

「はい。俺、王都以外あんま遠出したことないんですよ。街からメソタ鉱山までって近いんですか?」

「いや、少し距離があるかな。各坑道行きの専用キャロがあるんだ。ああ、キャロって言うのは乗りもののことだよ。」

「へえ…シャトル・バスとか王都のラインバスとは違うんですよね?」

「うん、もっと少人数の乗り物で…まあ明日見てみればわかるさ。」


 そう教えられて、初めて見る街に初めて乗る乗り物なんてちょっと楽しみだなぁ、と呑気に思ったら、〝因みに言っておくけど、僕らは訓練を兼ねて坑道まではもちろん歩きだからね。〟とヒックスさんにしっかり釘を刺された。


 メソタニホブのターミナルに着くと、バスを降りた先でまず俺は大きく伸びをする。長時間乗り物に乗ってるとさ、なんかこう…身体がギシギシ言って来ねえか?狭いところから解放されると必ずしたくなるんだよな。


 ああ、そうそう今日の俺は、ちゃんと自分の荷物は自分で持ってるぜ。見習い守護者に無限収納はねえし、もちろんヒックスさんに甘えるわけにはいかねえ。

 ヴァハを出て来たっつっても、俺の場合あんま最初から荷物持ってねえんだよな。家が焼けて殆どなにもなくなっちまったし、普段から持ち歩いてたお袋と親父と三人で撮った唯一の写真が一枚と、長の家に置きっ放しだった着替えが何枚か?そんぐらいかな。

 金はねえけど後は必要に応じて買えばいいし、最低限薬関係だけはしっかり持ってりゃなんとかなる、だろ?


 初めて来たメソタニホブの街はちょっと変わっていて、街全体が地面から浮いた少し高い位置に作られてた。一階がシャトル・バスのターミナルと倉庫区画になってて、もう暗くてどのくらいあんのか数えられねえけど、上階を支える多くの巨大な極太鉄柱が幾つも見えた。

 それになにより驚いたのは、ここの床や階段、柱とか建造物のほぼ全てが、多分鉄かなにかの金属でできてるってことだった。所々に茶色い錆が見えるし、場所によっては腐食した穴が空いてるところなんかもあった。そんな箇所には注意を促す看板が立てられてて、黄色と黒の縞模様の下地に大きく『危険足元注意!』の文字が書かれてる。


 けど鉄ってさ、雨とかで濡れるとやばいんじゃねえの?それにこの街ってどうやって造られたんだろ?そんな疑問に首を傾げてたら、ヒックスさんが〝初めて見るとこの街には驚くよね。〟と言ってまた色々教えてくれた。

 ここは見た目と違って金属の部分とか鉄だけで造られてるわけじゃねえし、鉱山で採取される鉱石を加工する工場なんかが、また街から離れたところにあるんだってさ。

 そこの技術は王都の軍施設にある例の研究室でも開発されてて、ここの鉱石から採取できる素材を、いろんな物に利用できないか考えられてるらしい。


 そう言えばさ、フェリューテラって人の生活に直接関わる、鉱石からできる加工物で魔石を使った駆動機や道具なんかはたくさんあるけど、この国の "戦闘輸送艦アンドゥヴァリ" みてえな大型の移動手段や交通設備ってねえだろ?

 ここで採れる鉱石なんかを使えば、もっと便利になるような気がするよな?けど今のところ俺ら人間が作り出せる動く物で、大きいのはシャトル・バスやラインバスが限度だ。

 それには大きな理由があって、アンドゥヴァリほどに大きな物を動かすにはフェリューテラに現存する魔石では不可能なんだってさ。


 じゃあアンドゥヴァリはどうやって創られたのか、って話だけど、そいつはさすがに俺のような民間人にはわからねえ。

 ただ前にちらっと親父に聞いた話だと、アンドゥヴァリみてえな大きい物を動かすには『フィアフ<異界から来た人工因子>』って名前の巨大核が必要不可欠で、それがフェリューテラには存在せず、どうやって入手したのかもわからねえから、アンドゥヴァリみてえな今の技術では作り出せねえ物のことを総じて『異界の産物』って呼んでるらしいんだよな。


 まあ頭の悪い俺にゃあんましわからねえ話だ。


 話が逸れたけど、そんなわけで俺は蒸気の噴き出す煙突とか、鉱石が乗せられて勝手に運ばれる動く通路とか、メソタニホブのあちこちある珍しい物に目を奪われながらヒックスさんの後について行った。

 そしてこの街の繁華街にある、ヒックスさんが良く利用するという宿に二人部屋を取り、荷物を置いて手早く食事を済ませると、ここのギルドから依頼主に直接連絡を入れて貰い、打ち合わせスペースでその相手が来るのを待つことにした。


 メソタニホブでは鉱山の依頼に限り事前面接が必要らしく、ギルドから依頼主にまず連絡を入れる、という形を取っているらしい。

 当日会っていきなり仕事を開始するには、鉱山が広すぎて迷う人間が多く、坑道内もある程度地図を把握していないと、歩き回るだけで疲れてしまい仕事にならない。なので前日の打ち合わせは必須なんだそうだ。

 まあ今日のところはもう時間が時間だし、その打ち合わせが終わり次第明日に備えて休むことになるだろな。


 とにかく明日が本番。きっちり依頼を終わらせて守護者の資格を取る。今はそれに集中するんだ。待ってろよ、ルーファス。俺、頑張るからさ。




 ――シャトル・バスがメソタニホブのターミナルに入る直前、シルヴァンは人目に付かないように暗闇の中へと素早くバスから飛び降りていた。

 ウェンリーを心配してここまで来たが、シルヴァンには最初から街中に留まるつもりはなかったのだ。

 夜の真っ暗闇を銀狼の目で見て目的地へと駆けて行く。千年前とでは随分と景色が変わっているが、山の稜線と星の位置、そして進む方角から場所を割り出し、何度も立ち止まって確かめながら、昔の記憶を頼りにそこを目指す。

 時折襲ってくる魔物を相手にはせず、荒涼とした大地をひたすら山の方へと進んで行くと、岩だらけで山肌が顕わになった険しい斜面を一気に駆け上がった。


 所々に突き出た岩を足場に何度もジャンプを繰り返して跳び移りながら、下からも上からも見えない、切り立った崖の途中にあるその場所へとようやく辿り着く。

 さすがに少し疲れたのか、シルヴァンが一呼吸置いて振り返ると、遠くにメソタニホブの街灯りがちらちらと揺れていた。


 この場所には崖に突き刺さったような形の大岩があり、その背後の後ろ側に辛うじて人一人が通り抜けられるくらいの隙間が空いている。シルヴァンの目的の場所はこの隙間から入ったさらに奥にあったのだ。


 銀狼の姿のままスルリとそこに滑り込み、入り口の広くなった空間に入ってから人の姿に変わると、周囲に人が入った形跡がないことを確認し、緩やかに曲がった光苔の生えた通路を奥へと歩いて行く。

 周囲の壁は地層が岩のようにガッチリと固まった土壁だが、所々に人工物の白柱

が顔を覗かせており、そこに青く光る呪文帯が流れている。ここは人工的に補強した洞窟の中だ。

 シルヴァンが進むにつれブウンブウンという低い音が強くなり、その最奥に辿り着くと、三つの菱形をしたクリスタルのようなものが回転している、魔法陣の描かれた大扉の前に出る。


「――封印は…一応無事か。」

 扉に手を触れ、正常に機能しているそれを見て、シルヴァンはホッと安堵の表情を浮かべた。

「万が一にも今の状態でこれが破られたら…ただでは済まぬからな。」

 簡単には壊れそうにないその封印を隅々まで確かめると、シルヴァンは来た道を戻り、途中にある窪みで銀狼に変化して身体を休めるために腰を下ろした。

 ここは人や魔物が容易に入り込めない安全な場所であり、銀狼の姿でなら堅い地面も気にせず眠れるからだ。


 シルヴァンは銀狼と人の姿を瞬時に変化させられるが、実はその際着ていた衣服は霧散したり一瞬で再生したりしている。

 これはシルヴァンの衣服に、元々消散復元魔法『リレストア』がかけられているからだった。この魔法は一見時属性魔法に思えるが、物質再生が主となり光属性に分類される。この魔法がかかっていないと、当然衣服は破れて二度と使い物にならない。

 フェリューテラでは魔法は様々な物に施せるのだが、姿形が変化する獣人族にとって、この魔法は人前で素っ裸にならないための最重要魔法なのだ。


 シルヴァンは自身の前足に顎を乗せ、静かに目を閉じる。明日はウェンリーを見守りながら依頼を無事に終えるよう影でこっそり手伝うつもりだった。


 それぞれの夜は更け、また平穏には終わらない波乱の一日が来る――

  

遅くなってすみません!次回また仕上がり次第アップします!!

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