37 ルーファス、寝込む
ウェンリーはログニックになにか感じてその考えを探ろうとする。ルーファスに会いたいと言い出した彼と、メクレンに向かいますが…
【 第三十七話 ルーファス、寝込む 】
俺がキー・メダリオンのことを口に出すと、ログニックさんの顔色が一瞬で変わった。おー、おー、思いっきり俺を訝しんでる。…ってことは、やっぱりある程度あれの重要さを知ってるってことだな。
「どうして…――」
「俺が知ってるかって?そりゃあその女の人に、イシリ・レコアの祭壇に戻してくれって最後に頼まれたからだよ。まあ、正確には――」
〝俺じゃなくてルーファスが頼まれたんだけどな。〟と付け加えるのを忘れない。そう付け加えたことで、予想通りログニックさんはすぐにルーファスのことと、キー・メダリオンがどうなったのかを聞いてきた。
俺はルーファスがSランク級守護者であることを伝え、キー・メダリオンの在処は隠して、ルーファスがイシリ・レコアに行ったことだけを話すことにした。
間を全てすっ飛ばし、そこだけ話すことで、ログニックさんがこの先なにを知りたがるか、なにを話すかその言動から、どの程度知っているのか考えていることを推測しようと思ったんだ。
ところが――
≪…え?なに?俺もしかしてやっちゃった?≫
シルヴァンの怒った顔が頭に浮かんで、だらだらと背中に冷や汗が流れる。…焦った。なぜかというと、ルーファスがイシリ・レコアに行った、と話した直後から、ログニックさんが黙り込み、ずっとなにか考え込んでるからだ。
やべえ、イシリ・レコアに行ったこと自体、話しちゃまずかったんじゃ…?え?でもさ、そこに引っかかるとしたら、それこそかなり事情を知ってるって証拠なんじゃねえ?
シルヴァンから聞いた話じゃ、キー・メダリオンを持ってるってだけじゃ、イシリ・レコアには辿り着けないってことだった。当然、インフィランドゥマの番人をしていたシルヴァンが、許可して連れて行きでもしない限りは遺跡の餌食になるだけだろうし(だからリカルドは死にかけたんだし)、その先にはラビリンス・フォレストもある。
ちょっと考えただけでも、考古学に詳しいとかってだけで辿り着ける場所じゃねえんだよな。
…てかさ、あのレイアーナさんも、どうやってイシリ・レコアに行くつもりだったんだろ?俺はそこが引っかかるんだよな。
まあとにかく、もし俺の考え通りならログニックさんは、きっとこの後でキー・メダリオンがどうなったか、ってことよりルーファスに会いたがるような気がする。
――はい、その通りでした。
少し間を置いた後、ログニックさんが次に聞いて来たのは、ヴァハに行けばルーファスに会えるか、という質問だった。もちろんそりゃ無理だ。
ルーファスは疾っくにメクレンに着いてると思うし、村で待ってたってもう戻って来ねえ。俺達はヴァハを出て来たんだからな。
俺はここでどうするか考える。多分この人は俺が思うにルーファスの役に立つ情報をなにかしら持ってそうだ。けどそれを知るために先走って勝手にべらべら喋るわけにもいかねえ。多分大丈夫だとは思うけど、本当に信用出来るかどうかはまた別だしな。
…うん、ここはやっぱシルヴァンに先に会わせるべきだな。シルヴァンは正真正銘ルーファスの守護者なんだし、あの人の判断なら間違いねえはずだ。
そう決めた俺は、ルーファスがメクレンにいると言うことをログニックさんに伝え、そのギルドにレイアーナさんの遺品を預けてあることと、俺もそこに向かっているから、一緒に行こう、と提案してみた。
ログニックさんは二つ返事で頷き、最後にもう一度レイアーナさんのお墓に向かって別れを告げると、道中よろしく、と俺に微笑んだ。
「――あの人、国に連れて帰らなくていいのか?こんな山ん中じゃ一人で寂しいだろうに。」
シェナハーンに家族が待ってるのなら、きっとお骨でも会いたいだろう、そう思い、俺はログニックさんに聞いてみる。
「いや…きちんと埋葬してもらい、静かに眠りについたものを掘り起こしてまで連れて帰る気にはなれない。もしもの時のことは既に話し合って決められているし、ご家族も覚悟はなされている。後はレイアーナ様がここに来た目的が、達成されたのかどうか、それを確かめられればそれでいい。」
うーん、冷たいとは思わねえが、かなり割り切った考え方だ。普通の民間人の思考とはちょっと違うように思える。
「目的…キー・メダリオンをイシリ・レコアのマスタリオンの祭壇に戻す、って奴だな。」
態とそう言ってログニックさんをチラリと見た。
俺の意図を知ってか知らずか、バチっと視線が合うと、作ったような笑顔でにっこりと笑ってみせる。この笑い方、なんだかあの野郎に似てんな。(あー、俺は奴の名前は口に出さねえぞ。)
道すがらなんか少しでも情報を得られねえか、話を聞き出そうと試してみる。先ずはログニックさんも考古学者なのかを聞くと、勉強はしていて知識はあるが、本職ではない、と言う返事が返ってきた。
じゃあ本職はなんなのか聞いてみると、ドヤ顔で『マギアトレータ』だ、と答えた。…なんでしょうか?それ。
マギアトレータってのは、どうやら魔法闘士って意味らしい。シェナハーン独自の呼び名で、魔法を使えて接近戦で戦うことも出来る、守護騎士の中でも上位騎士を指す言葉なのだそうだ。
…守護騎士?って結構偉いんじゃなかったっけ?シェナハーン王国のことだからよく知らねえけど、ログニックさんが?でも魔法なんて使ってなかったよな?
思わず疑いの眼で見る俺に、慌てた様子で「本当だぞ!」、とムキになる。
ログニックさん曰く、エヴァンニュではなぜか魔法が使えないと言う。事前にシェナハーンで説明を受けていた通り、確かにこの国に入ってからは、魔法が使えなくなったんだそうだ。
へ?それもおかしくねえ?ルーファスはガンガンぶちかましてるよな?そう教えると、ログニックさんは俺の目の前で魔法を使ってみる、と言った。
手元に灯を点すだけの簡単な魔法だったけど、それはきちんと使えたようだ。
益々以て俺は怪しい、と疑いの眼をジト目にして向けた。
「ほ、本当に使えなかったんだよ!?昨日メクレンに着くまでだって、アラガト荒野でどれだけ苦労したことか…!!」
「アラガト荒野?ってまさかシャトル・バスに乗らずに、歩いてメクレンまで来たのかよ!?」
俺はそっちの方に驚いて呆れた。けどそれだけ魔法も使わずに魔物と戦いながらここへ来られるってことは、ログニックさんの実力は本物だ。
それなのにヴァンヌ山で苦労してたってことは、魔物が強くなってるのは間違いねえらしい。
まあこんな感じで話しながら登山道を進み、途中何度かまた魔物と戦いつつ(ログニックさんは魔法が使えるとわかると、これまでの鬱憤を晴らすように、ドヤ顔で笑いながらぶっ放していた)、俺達は夕方までになんとかメクレンに着いた。
ルーファスのところへ向かう前に、ギルドへ先に行く。ルーファスはいつものREPOSに泊まってるはずだ。もちろん俺に会うつもりはねえから、部屋を訪ねたりはしねえ。まだ守護者の資格を取れてねえからな、シルヴァンにあんな啖呵を切っておいて、のこのこと会いに行くはずねえだろ?
そこら辺はちゃんとシルヴァンと打ち合わせしてあって、メクレンに着いたら無事に着いたって知らせるために、一度宿のエントランスで会う約束をしてあるんだよな。
シルヴァンってば優しいからさ、俺が来るまで下で待っててくれるんだとさ。
――ギルドの一階に行くと、民間人用の受付を通し、先ずは遺品受領の手続きを済ませる。その後はログニックさんに任せて一旦別れ、俺はその間に自分の用事を済ませることにした。守護者資格の取得申し込みだ。
詳しく説明を聞いてまずは最初に仮のIDを発行して貰い、二階の守護者専用フロアに行く。そこで正式に登録申請の書類を記入して、受付に提示し、注意事項を確認してから資格試験に入る。
その内容は、今日から一週間以内に指定された審査条件を全て満たすこと。一つは試験開始以降に指定数の魔物を狩り、その戦利品を証拠として提出する。その数はFランク程度の魔物討伐を十体だ。これは試験用に渡された記録媒体に討伐数がきちんと残されるようになっていて、誤魔化しが利かねえ。
そしてもう一つが、他の正守護者(冒険者でもいい)に協力して貰いパーティーを組んだ上で、どんなもんでもいいから、依頼を一つ完遂することだ。
実は後者が厄介で、初対面の見習い守護者にただで付き合ってくれるような、暇且つ寛大で世話好きな正守護者など、滅多にいねえ。
だから普通は先に守護者や冒険者と知り合いになっておき、ある程度無償で手伝いをしたりして信用を得てから協力して貰うか、自分で依頼を出し、お金を払って協力を得るかが常識なんだとさ。
ただし依頼を出すとなると、その金額も馬鹿高い。なにせ今後稼げるようになるはずの、見込み料まで色をつけるのが普通だからだ。当たり前だけど、俺にそんな金はねえ!!
「うーん、やっぱこっちがネックかぁ…どうすっかなあ…。」
審査条件を満たしさえすれば、資格IDは即時発行される。そう書かれた注意事項の書類を見ながら俺は溜息を吐いた。
物欲しそうにフロアを見回しても、こんな時に限ってフェルナンドの奴さえいやしねえ。あいつならAランク級守護者だし、顔見知りだし、もしかしたら頼めるかなってちょっと甘く考えてたんだけど…無理か。まあ頼んだところで法外な報酬をふんだくられそうな気もしないでもないけどな。
さて、弱ったなあ…と悩んで頭を抱えてたら、前から来た人に突然声を掛けられた。
「あれ…?君は…もしかして、ウェンリー君?ウェンリー君じゃないか?」
「へっ?」
顔を上げて相手を見ると、どこかで会ったことがあるような人だった。
んーと…?この少し伸びた柔らかそうなくせっ毛で、女性陣に〝母性本能擽られるっ〟とかって、きゃーきゃー騒がれそうな甘いベビーフェイスの人は――
「あっ!!ヒックスさん!?ヒックスさんだ、親父んとこの防衛部の――!!」
思い出した。親父のすぐ下の部下さんで、よく一緒にエヴァンニュ軍の制服を着て立ってる姿を見た記憶があった。親父のとこに行くといつも声を掛けてくれて…何度か施設内を案内してくれたこともある。
「やあ、覚えていてくれたんだね、嬉しいな。」と、こっちがへにゃっとなりそうな屈託のない笑顔でそう言われた。
「「どうしてここに?」」ほぼ同時に互いにそう言うと、思わず笑い出す。
ヒックスさんは俺の四つ年上で、確か俺より下の年の離れた弟がいる、と聞いた覚えもあった。でも…あれ?見た感じ服装がどう見ても軍服じゃねえし、寧ろ腰の剣と言い…守護者の装備っぽくねえか?って、ここ守護者専用フロアじゃん!!
「え…ヒックスさん、まさか…軍人やめて守護者になったんですか!?」
「うん、そうなんだ。まだ駆け出しだけどね。最近ようやくDランク級に上がった所なんだよ。」
そう言ってヒックスさんは右手で頭を掻きながら笑った。けど俺は驚いて笑えなかった。だってヒックスさんは、自分は軍人に向いてないと思うけど、弟のために頑張って国に尽くす、そう言ってたのに…なんで守護者に?
そう疑問に思ったのが顔に思いっきり出てたみたいで、尋ねる前にヒックスさんの方から話してくれた。
「僕がどうして軍を辞めたのか、不思議に思っているみたいだね。まあ理由は色々あるんだけど、一番は僕が望んでいたのと進んでいた道が違っていたことに気が付いたからかな。」
そう目を細めた後、〝王都の軍施設にいたって、家族や友人は守れないからね。〟とほんの一瞬悔しそうな表情でそう呟いた。
その顔を見て、俺はあれ?と思う。なんでかわからねえけど、以前のヒックスさんとはどこか違う感じがしたからだ。
けどそう思ったのも一瞬で、すぐにヒックスさんはまた屈託のない笑顔を見せて、俺に笑いかける。
「ところで君の方は?」
「あー、俺はこれから資格試験を受けるんです。ちょっと事情があって、ヴァハを出ることにしたんで、どうしてもすぐに資格だけ取っちゃいたいんですよ。」
こんなことを言うと親父のことを聞かれそうだな、と思ったら、案の定…
「ええ!?でも君…確か一人息子だったろう?マクギャリー大佐はこのことを御存知なのかい?」
…やっぱそう来るよな。
「あはは、もちろん親父には守護者になるって話はしてあるから大丈夫ですよ。自分の道は自分で決めるもんだって言って貰いました。これでもちゃんと覚悟は出来てるし、中途半端な気持ちでここに来たわけじゃないんで。」
「――なるほど…」
俺の言葉を聞いて、ヒックスさんの目つきが変わった。
「因みに、君の実力って、どんな感じかな?」
「え?どんな感じって聞かれても…とりあえず、ヴァンヌ山の魔物なら一人でもなんとか倒せます。今日もここに来るまでに狩ってきた戦利品で、資格試験の討伐数に加算出来るかと思ったんですけど、試験始まってから討伐した奴じゃねえとだめなんですね。」
「ああ、まあね。戦利品だけ他人に貰って手を抜こうとする人間もいるから。それより、ヴァンヌ山の魔物なら単独でも倒せると言うことは、Eランク級くらいの戦闘能力はありそうだね。」
"え…なんかこの話の流れって、もしかして…?" 俺は期待を込めた目で、ヒックスさんを見る。
「資格試験の中に、守護者と組んでの依頼完遂、ってのがあっただろう?あれ、厄介なんだよね。君もそのことで悩んでたんじゃないか?」
〝俺で良ければ協力するよ〟そう言ってくれたその言葉に、俺にはヒックスさんの笑顔が、輝く神様のように見えたのは言うまでもねえ。
――それから少し後、ログニックさんを一階に待たせていたため、用事を済ませてから再度別の場所で会う約束をして、一旦ヒックスさんと別れ、俺は少し急ぎ足で下へ戻る。
ログニックさんはフロアの端の方にある椅子に座り、俯いてあのレイアーナさんが身につけていた、形見のロケットペンダントを開いて見つめていた。
遺品として預けてあったのはたったそれだけで、他にはなにもなかったことを予め話しておいたけど、やっぱりかなり辛そうだ。
それでもログニックさんは俺に、たった一つでも形見となるものが手元に戻って来ただけで十分だと言ってくれた。
その後俺とログニックさんはギルドを出て、シルヴァンが待ってるはずのREPOSへと向かう。
もう外は日が暮れてすっかり暗くなってたし、俺はシルヴァンにログニックさんのことを頼んで、すぐにそこを出るつもりだった。じゃねえと下手にもたもたしてたら、ルーファスと顔を合わせることになりかねねえ。
「君と一緒に、レイアーナ様の最期を看取ってくれたルーファス君と言う彼に、なんとか会えるといいんだが…」
シルヴァンの返答次第では会うのが難しい、と先に言っておいたので、ログニックさんの表情がちょっとばかし暗い。
なんか情報持ってそうだし、なるべくなら会わせてあげたいとこだけど、こればっかりはなぁ…あんな小さな村にいたって命を狙われたりしたのに、これまでと同じような感覚でルーファスを人には会わせられねえ。
それはマスタリオンだからとかじゃなくて、あいつが誰かに傷付けられたりするのはもう絶対に嫌だからだ。
だから今後は俺もシルヴァンを見習って、ルーファスの周囲には気をつけるようにする。怪しい奴は近寄らせねえ。
そんなことを考えながら歩いている途中で、なぜかログニックさんが「ところで、ルーファス君はもしかして金髪だったりしないかい?」と妙な質問をしてきた。
は?と思わず面食らう。「いや…違うけど?」そう答えると「ふむ、そうか」と言って、またなにか考えている様子だった。うーん、いまいち掴めねえ。
ルーファスが金髪?どっからそんな考えが思い浮かぶんだろ??わからん。
そうこうしているうちに、俺らは10分ほどで目的地に到着した。
カランカラン、とREPOSのドアベルが音を立てる。ルーファスと一緒に何度も聞いた耳障りのいい音だ。正面の受付カウンターにいた宿のご主人がいらっしゃい、と笑顔を向けてくれたけど、右手ですんません、と挨拶し、そそくさと離れる。今日の俺はここに泊まるわけじゃねえからな。
エントランスのどこかにシルヴァンがいるはず…と見回したら、入口から入ってすぐに目につく、吹き抜けの階段上に設けられた休憩スペースの長椅子に、ふんぞり返って足を組み座っているその姿を見つけた。
「お〜い、シルヴァン!」≪うーん、なんか偉そう。≫
俺は階段の下から手を振って声を掛ける。すぐに気付いたシルヴァンは階段を降り、俺の所まで歩いてきた。
この時の俺はシルヴァンの方を向いていて、後ろにいたログニックさんがどんな表情をしていたのか全く気付いていなかった。後で聞いた話だと理由はわからないままだけど、シルヴァンを見てログニックさんは、なぜかかなり驚いた顔をしていたんだそうだ。
「遅かったな、少々待ちくたびれたぞ。」
「悪い、ちょっと色々あってさ。」
そんな会話もそこそこに、シルヴァンはいきなり、俺が驚いて心配するようなことを言って来た。
「そなたが無事に着いたのはホッとしたが…着く早々あまり良くない報告をせねばならぬ。」
「げ…なに?」
≪まさか俺のことがばれたとか?≫
「…ルーファスが倒れた。」
「え…――」想像だにしなかった言葉に、俺は一瞬で固まった。
「た、倒れた!?って…ルーファスがかよ!?」
「うむ。ここに着いた途端、受付の前でいきなり崩れるように倒れてな。どうも朝起きた時からあまり体調が良くなかったようだが、かなり高い熱が出ている。」
「高熱?嘘だろ…だってあいつ、この十年病気どころか、ちょっとした風邪さえ引いたことなんかなかったぜ?」
「驚いているのは我も同じだ。…少なくとも我の知る限り、ルーファスが体調不良で倒れたことなど過去一度もない。それだけではない、他にも――」
そこで言葉を切り、シルヴァンの目線が俺の後ろにいたログニックさんに注がれた。
「――誰だ?」
思いっきり訝しむように怪訝な顔をして睨みつけている。
「あ…っと、悪い、事情があって俺がここに連れて来たんだ。ログニック・キエスさん…シェナハーン王国から来た人だ。」
「シェナハーン王国?…隣国か。」
俺はシルヴァンに、これまでの詳しい事情を話す。キー・メダリオンを託された時のこと、その時の女性をログニックさんが探しに来たこと、ルーファスに会いたいと言ってることなどだ。
だけどシルヴァンは俺の話を聞いた後でもその表情を変えず、ログニックさんに向ける視線にも一切変化がなかった。
「…事情はわかった。だがルーファスに会いたい、という理由はわからぬな。」
腕を組み、壁に背中を寄りかからせた状態で瞑目し、首をコキリと鳴らしてシルヴァンが言う。
「いや、だから――」
「ウェンリーは黙っていろ。我が聞いているのはそこな者にだ。」
「ぐっ…」」」
静かに閉じていた目を開き、その瞳だけを下から見上げるように睨み利かすシルヴァンの迫力は凄まじく、とてもじゃねえが俺なんかが口出しできるような雰囲気じゃなかった。
≪さ…さすがルーファスの守護者…守護七聖<セプテム・ガーディアン>って、みんなこんなおっかねえのかな?≫
シルヴァンからは、ルーファスに近付こうとする不審な者を、悉く排除しようとする徹底的な意志を感じる。このシルヴァンの信用を得るのはきっと並大抵のことじゃねえだろう。
「私に他意はない。レイアーナ様を助けようとしていただいたことと、きちんと埋葬していただいたことの心からの感謝を直接伝えたい。それとキー・メダリオンのことも、イシリ・レコアに行かれたと聞き、その様子を詳しく伺いたい、本当にそれだけだ。」
ログニックさんは精一杯誠意を込めて話しているように俺には見えた。
「――礼なら我が確と聞いた。ルーファスには必ず我から伝えよう。キー・メダリオンのことも、知りたいことがあるのなら我が答えられる範囲で答えよう。なんなりと申せ。」
「いえ、伝言ではなく私はルーファス君という彼に直接――」
「だから会いたいと言うのなら、我が納得できる理由を言えと言っている。」
――こ、怖え…っ!!ここの空間にだけ、なんかやべえ気配が漂ってんぞ!?
シルヴァンとログニックさんの二人から、言い知れねえ不穏な気配が漂う。近くを通る宿の客が尻込みして俺らを避けて通ってくじゃねえか。
シルヴァンは頑として譲らねえし、それに対するログニックさんも、なんであんなムキになってルーファスに会いたがるんだか…やっぱこの人、なんかあるよな?もうそうとしか思えねえぞ…!!
「ふ…すみません、些か意地になりすぎた。理由云々の前に、具合が悪いと今聞いたばかりなのに、無理を通して会いたいという私の方が無作法というもの…納得していただけないのは当然だ。」
そう言って突然ログニックさんが引き下がった。シルヴァンは当然だ、と言わんばかりの顔をしている。
「ウェンリー君、無理を言って申し訳なかった。レイアーナ様の恩人を困らせるつもりは毛頭ないし、ルーファス君のことは今日は諦めることにするよ。レイアーナ様の行方がはっきりした以上、私はすぐに国に戻らなければならない。残念だがこれで失礼する。」
「ログニックさん…なんか、すいません。」
さっきまでとは打って変わって、なんだかしゅんとした表情をしていたログニックさんに、俺は申し訳なく思って思わず謝る。
ルーファスに会うのを諦めた後、ログニックさんは俺にこんなことを言い始めた。
「ウェンリー君、この先シェナハーンに来ることがあったら、是非…いや、必ずアパトに立ち寄って欲しい。アパトとはシエナ遺跡のすぐそばにある、私が駐屯する遺跡街だ。そこにはレイアーナ様のご家族がいらっしゃるし、きっと君達に会いたがると思う。その際は歓迎させて貰うから私を訪ねてきてくれると嬉しい。…待っているから。」
真剣な顔をして俺の手をぎゅっと掴み、それだけ言ってシルヴァンにも軽く会釈をすると、ログニックさんは足早に入り口から出て行ってしまった。
「――シェナハーン王国の遺跡街…『アパト』、と言ったな。…いずれ立ち寄ることになりそうだ。」
「シルヴァン?」
ログニックさんがいなくなった途端に、シルヴァンがその表情をガラッと変えた。元通りのキリッとしていながらも、優しさが滲み出るようないつもの顔だ。
その上で口元に右手の握った拳を当てて、なにか今後のことに考えを巡らせてるみたいだった。なに、その変わり身の早さ。
「最初はなぜここに他者を連れて来るのか、と思ったが…ウェンリーそなた、中々やるな。」
シルヴァンが俺を見てニヤリと不敵に笑う。
「え…って、なにその笑い。」≪これってもしかして褒められてんの?≫
「あの者、ログニック・キエスと言ったか、結局キー・メダリオンの行方を聞かずに帰っただろう。あれだけ会いたがっていたところを見ると、ルーファスについてもなにかしら知っていそうだ。少なくとも我らに役立つ情報を持っているのには違いないな。
そなたはそう思ったから、我に会わせることにしたのだろう?それでいて直にルーファスと会わせる約束をしていなかったところに、我は甚く感心したぞ。」
シルヴァンはにこにこしながら俺の頭を、子供にするようにくしゃくしゃと撫でた。…って俺は子供じゃねえ!!
「褒めてくれんのは嬉しいけど、頭撫でんのは止めてくれねえ?子供じゃないんですけど。」
ジト目で見た俺を〝まあそう言うな〟と猶も笑う。
「――ログニックさんのことは後で話すとしてさ、ルーファスは?どうしてんだよ。」
話の途中で言葉を切られたまんまだったから、そのことが気になってしょうがなかった。
「うむ、そうだったな、今はリカルドの所の続き部屋で休んでいる。」
「ええ!?なんであんな奴に任せて来てんだよ!?信用出来ねえって言ってたじゃん!!」
「まあ待て順に話す。」
シルヴァンの話によると、今のルーファスは高熱で寝込んでいる上に、なぜか絶対障壁を自分の周囲に張ったままなんだそうだ。それも、リカルドやシルヴァンさえ近付けない、いつもよりもっと強力な物らしい。
言うまでもなく、普通の病気なら治癒魔法ですぐに治せる。なのにどういうわけかこの熱は、ルーファスが治癒魔法を使っても、一向に良くならないらしかった。
そのことから推測するに、病気ではないという結論に達した、とシルヴァンは言う。
〝病気じゃねえならなんなんだよ?〟そう聞いてみたけど、結局シルヴァンにもわからないそうだ。
「あの絶対障壁だがな、我が思うに施しているのはあのアテナではないか?」
「あ…うん、その可能性はあるかも。きっとルーファスを守ってるんだと思う。」
そうだった、ルーファスにはアテナがいる。普段より強力な障壁を張ってるってことは、ルーファスの異常にアテナが対処中だってことだ。
ああ、そっか、だからシルヴァンはルーファスを置いてここで待っていられたのか。なるほどな。俺はようやく納得した。
アテナがリカルドやシルヴァンも近寄れねえほどの、強力な絶対障壁でルーファスを守ってるなら、俺としても安心だった。
それなら俺はルーファスのことはアテナに任せて、さっさと守護者の資格試験を終わらせてこねえと。
俺はシルヴァンにこれからの予定を話し、なるべく早く資格を取って戻る、と言ってREPOSを出ると、ヒックスさんと会う約束をした場所へ向かう。
――それにしてもルーファスが寝込むなんて…なにが原因なんだろ?
それは俺が感じた一抹の不安だった。そしてこの高熱はルーファスの身体に起きた一番最初の異変で、このことはもっと、ずっとずっと後になることだけど、とんでもない真実へと繋がって行く。
俺もシルヴァンも、況してや当の本人であるルーファス自身も、そのことはまだ誰も知らない――
次回、仕上がり次第アップします。




