36 ウェンリーの決意
ルーファスがヴァハから旅立つ裏で、ウェンリーは決意を胸に動き出そうとしていましたが…
【 第三十六話 ウェンリーの決意 】
――あ〜、突然だけど、俺はウェンリー・マクギャリー。
魔法も使えないし、不老不死でもない、獣人族でもないし、アーシャルでもない(当然カオスでもないぞ!!)、至って極普通の人間だ。
今俺は、ヴァンヌ・ミストの森手前にある、村の墓地に来ている。朝早くルーファスが起きる前に、シヴァンと数人の連中がクルトとラディの遺体を引き取りに来て、埋葬するって言うからだ。
あ、因みに身元不明の連中は、遺留品だけ保管して、無縁仏として墓地の近くに葬られることになった。そっちは正直言ってノータッチで済ませたいもんだ。
ルーファスを直接傷付けて殺そうとした奴なんか、手厚く葬ってやる必要なんかねえ。…なんて言うと、きっとあいつは悲しむんだろうな。
いつもならそろそろルーファスが起きる時間だ。あいつは多分、俺に会わずに村を出ようとするだろ。俺は俺でシルヴァンが渡してくれた首飾りを身につけてるから、見られると不味いし、会うのは避けたかったんだよね。
それに、自分を殺そうとしたってわかってたって、ルーファスはクルトとラディのことを気にしてる。…ったく、どこまでお人好しなんだっつーの。
俺にしてみりゃ当然この二人も絶対に許せねえが、ここはルーファスの代わりにぐっと我慢して埋葬を手伝うことにした。
許せねえのは確かだし、こうなったのは自業自得だったとしても、さすがに死んで良かったとは微塵も思わねえからだ。それは多分ルーファスも同じで、シルヴァンを責めないからこそ、自分が悪いとか思ってそうだしな。
「――おまえ…ルーファスの所へ行ってやらなくていいのか?」
殊勝な顔をして穴掘り用のスコップを手に、シヴァンが珍しいことを言いやがる。…こいつ、エリサの一件以来、少しルーファスに対する態度が変わったとか思ってたけど、本当はクルトとラディがあいつを襲おうとしてたこととか、知ってたんじゃねえだろうな。
「うるせえな、てめえに心配される筋合いはねえよ。」
手を休めずにザクッと地面に突き刺したスコップで、えっちらおっちら土を掘り出しては脇に積み上げる。
三メートルぐらいの深さには掘らねえと、きちんと柩が入れられねえ。
「…それより本当にあいつらの腕にある入れ墨のこととか、知らねえのか?嘘吐いて自分の腕にもあります、なんて落ちじゃねえだろーな?」
俺は思いっきり疑いの目で見てシヴァンを睨みつけた。今までが今までだ、信じろって方が無理じゃねえ?
「誓って知らないよ。なんなら裸になるから、全身調べて貰っても構わないぞ。」
「げ…要らねー。」
野郎の裸なんか見たくありません。…そこまで言うってことは、本当になにも知らねえのか。
「クルトとラディのことは…まだ整理がつかないが、ルーファスを恨む気持ちは俺にはない。エリサを助けて貰った恩を忘れるほど、恥知らずじゃないからな。」
「ふーん…ま、いいけどな。」
俺はスコップで土を掘りながら、神妙な顔をしてるシヴァンを見て、一応本気でルーファスに感謝はしてたんだなと、とりあえず納得はした。
二時間ほど掛けて墓穴を掘り終わり、俺とシヴァンが縄梯子で下から出ると、他の男連中がクルトとラディの柩をロープに括り付け、ゆっくり、少しずつ下ろして行く。…後は上から土をかけて埋葬し、葬儀は日を見て別に行う。それがここでのやり方だ。
穴の中に下ろされた二つの柩を見て、一度全員で冥福を祈る。もちろん、俺もだ。
クルトとラディは子供の頃はもっと良い奴だった。少し年の離れた俺ともよく遊んでくれて…それがなんであんなに嫌な人間になっちまったんだろう。ルーファスを襲って殺そうとするなんて、もうまともじゃねえことは確かだ。
そんなことを考えながら、土山を崩し、静かに柩を埋めていく。男数人でやればあっという間だった。
そして村への帰り道、歩きながら俺はシヴァンに言う。
「あー、そうだ、一応言っておくけど、俺もこの村からいなくなるからな。ついでに、お袋もだ。」
「ええ!?おまえは…ルーファスの後を追うのか、だけどターラさんまでか?」
面倒だけどシヴァンは次期村長で、村の連中の信頼が厚い。ヴァハにたった一軒しかない俺の家…雑貨店がなくなれば、村の住人が困るだろうこともわかってた。
だから先に説明し、お袋の代わりに店を開ける人間を手配しろ、と言っておきたかったんだ。
「あのな、俺ん家焼けちまったんだぞ?商店側が辛うじて残ってるけど、建て直さなけりゃ住めねえだろーが。けど俺はいなくなるからな、お袋一人じゃ無理だろ。だから親父に迎えに来いってもう緊急通信で連絡したんだよ。」
緊急通信ってのは、非常に貴重な魔法石を使用した連絡手段だ。共鳴石という珍しい魔法石を特殊加工処理して砕き、それぞれを決まった場所に設置して遠距離間で通信する。
但し一度使用するのに精霊石というこれもまた貴重な魔法石が必要で、かなり高価なため滅多に使用出来ない。このヴァハの村には、それが長の家にあるんだ。
ただ、聞いた話によると魔法が使えるような魔力の持ち主なら、共鳴石さえあればどこからでも互いに連絡が出来るとか。まあ俺には魔法なんか使えねえからどの道無理だけどな。
当然だけど、お袋は卒倒した。地震から発生した火事で家がなくなった上に、息子が出て行く、って言やあ…まあ倒れもするか。そのせいで昨夜から今も寝込んでる。
…あ?親不孝だって?仕方ねえだろ。俺はもう前から守護者になるって言っておいたんだし、親父にもちゃんと話して許可も貰った。それにさ、俺はもう成人してるんだよ!!幾ら中身が子供っぽくったって、大人なの!!この年になって親に負ぶさってる方が余っ程情けねえだろうが。
――まあとにかく、そんなわけで俺はルーファスの代わりにきちんと義理を果たした。
埋葬を全て済ませてシヴァンと別れ長の家に戻ると、もうルーファスとシルヴァンは出て行った後で、あいつがいなくなった後の部屋を覗いたら…なにもかもきっちり片付けてあった。
閑散とした部屋に、畳まれた寝具。いくらか衣服は残されていたけど、必要なものはなにも残ってなくて、それを見た俺には…ルーファスがもう二度とここに戻らないつもりで、出て行ったんだと言うことがはっきりとわかった。
俺はいつもこの部屋でルーファスと一緒に過ごしていた。十三の時から、ずっと。ヴァンヌ山で倒れていたあいつを俺が見つけたのは、絶対に運命だ。それだけは確信してる。俺はルーファスに会うべくして会った。だからなにがあっても離れねえ。置いて行かれても、だめだと言われても、俺は俺で勝手に付いていく。
ルーファスは今日、ここから旅立って行った。俺も今日、同じくここから後を追う。
あ、ほんの少し感傷的になって、ここで泣いちまったのは内緒な。
――そんでもって現在、遅れること数時間?いつも通りヴァンヌ山の登山道だ。
ルーファスを追いかけるため俺も村を出ていくと言ったら、猛烈に反対した長とゼルタ叔母さん、一切口を利かなかったお袋に、きっちりと、俺なりに別れを告げて村を出て来たってわけだ。
言っておくが、俺は村に未練はねえ。俺が生きる場所は、ルーファスの隣だ。
そう意気込んだまでは良かったんだけど…――?
…おい、ちょっと待てって。…なんか魔物が…強くなってねえか?
さっさとメクレンに行くべく、普段と同じようにサクッと魔物を倒しながら山越えするつもりが…初っ端からなんか様子が変わってる。霧が出てるわけでもねえのに、薄ら靄みたいので煙ってるような…全体的に景色が白っぽく見えるんだ。
おまけにヴァンヌビーやツノウサギでさえ、今までと違って妙な気を纏ってる。…例えば、昨日までならツノウサギは、頭に生えてるそのツノを攻撃して折っちまえばただのウサギと変わらず、多少暴れられてもなんてことはなかった。
ところが今日は後ろ肢の蹴りが異様に重く、一撃一撃が身体にズシッと決まってくるんだ。
どうなってんの?…ルーファスの補助がねえから、とかそんなんじゃねえ、興奮状態っつうか…なんかおかしい。
気のせいじゃねえかって?俺が弱い?違うっつーの!!……違うよな?やべえ、ふざけてる場合じゃねえ、マジメにやんねーと!!
「いってえな!!蹴り食らわしてくんじゃねえよ!!」
目の前に鼻息をフンスカ言わせて向かってくるのは、三体のツノウサギだ。こいつらは素早くピョンピョン跳び回るから、遠距離から纏めて攻撃した方が早い。…のに、当らねえ!…こんなんで大丈夫か!?俺。
「ったく…しつっけえ、この…っ!!」
しっかり狙いをつけ、今度は闘気を込めてからエアスピナーを放つ。ビシュッという勢いよく手元から飛んで行く時の気持ち良い音を立てて、横から曲線を描き、一遍に三体のツノウサギを仕留めた。
「おしっ!!」
これくらいでなんだ、と言われそうだけど、思わず脇で右の拳を握ってポーズを決めた。
ルーファスに教わった戦い方の基本で、自分の得物に自分の闘気を込める、ってのがある。これはただ武器を振り回すんじゃなく、心を冷静に保って精神を統一し、集中することで威力と命中率を上げるために必要なんだそうだ。
その意味を改めて今理解する。今後は戦闘を繰り返し、経験を積むことで意識しなくても自然にそれが出来るようにならなけりゃ、きっとルーファスの役には立てねえだろう。
なんせスタートが遅かったんだから、それも仕方ねえさ。エアスピナーの扱いにだけは慣れてたってのが不幸中の幸いだったよな。
「はあ、しっかりしろ。ルーファスがいねえとなんもできねえ、なんて言われたくねえ。」
俺はこれも教わった方法で魔物の戦利品を回収する。…めんどくせえ。うー、そう言やルーファスはオートスキルがあるとかで、一瞬で回収してたよな。…あれ、狡くねえ!?自分一人でやってみて、初めて気が付いたぜ。…俺も欲しい。
それはともかく…俺の感覚が正しけりゃ、魔物がいきなり強くなってる。先に行ったルーファス達はこのことに気が付いたのかな…?…気が付いてるに決まってるか。
――それでもなにか他にも気付くことがあるかもしれねえ、そう思い、注意深く周囲を観察しながら先を急ぐ。もたもたしてたらあっという間に日が暮れちまいそうだもんな。
登山道をひたすら歩き続けると、なにかのざわめきと不穏な気配を感じる。これもルーファスから離れて一人になったことと、少しは訓練の成果が出てるおかげなのか、俺も索敵と暗視、気配察知ぐらいのスキルはいつの間にか身に付いたみたいだ。所謂レベルアップ、って奴かな。
実際にレベルなんぞあるのかどうかは知らねえが、静かにその気配を探ってみる。…うん、間違いねえ、この先で誰か魔物と戦ってる。えーと…5、6体はいる、かな。数が増える前に倒しきらねえとまずい…!!
俺は急いで走り出す。守護者の資格もまだ持ってねえ俺だけど、もう守護者のつもりで行動するくらいじゃねえとな!!
足元の草を蹴散らし、自慢の足でその場所に駆け付けると、少し開けた空き地で三十代半ばくらいの男の人が、錫杖のような武器でウェアウルフを相手に防戦一方で戦っていた。
やべえ、あれ…囲まれてんじゃん!!
俺がいるのは少し高くなった段差の上だ。ここからなら十分、ウェアウルフに気付かれる前に先制で攻撃が出来る。
一呼吸置いて闘気を込め、気負わずに肩の力を抜き、狙いを定めた。
――行け!!
放ったエアスピナーの感覚が、なんだかいつもと違ったような気がする。…ん?あれ?スピナーの刃が光ってて…いつもより大きくなってねえ?
シュルルルルルッ…バシュバシュバシュッズザザザザザンッ!!
攻撃した俺の方が驚くほど簡単に、三体のウェアウルフが倒れた。なにしたんだ、俺?
「…と、んなのは後だ!!…大丈夫か!?加勢するぜ!!」
手元に戻って来たエアスピナーを手に段差を滑り降りると、俺は大分息を切らせていたその人の元へ合流し、戦闘に参加する。
「ありがたい、助かった!!」
「なんの!おらあ…っ!!」
ドガッ… ギャウンッ
俺はウェアウルフの鼻っ面を蹴り、残る三体に地面の細かい土を掴んで目潰しに投げつけた。砂が入り、怒った連中は俺にヘイトを向けて襲いかかってくる。
目がきちんと開けられない今がチャンスだ。手当たり次第に噛みつこうと口を開け閉めしてくる奴を左肘で一撃し、スピナーの刃で攻撃する。
俺が相手をして押さえている間に、その人は錫杖の先を魔物の脳天に振り下ろした。
「一体一体、確実に行こう!!」
「了解!」
俺の戦闘様式は、中距離から遠距離型だけど、最近は接近戦の訓練を中心にやっていたおかげで、近距離戦にも慣れて来ていた。今みたく小細工を使ったりしながら隙を突くように攻撃するんだ。
ルーファス以外の他人と協力して戦うのはこれが初めてだし、にわかパーティーになったけど、この人もそれなりに戦えるみたいで、得物を棍のように使って殴ったり突いたりして連携を取ってくれた。
それにしても…やっぱり堅え!!敵の能力値が見えるわけじゃねえから、正確なとこはわからねえけど、体力や攻撃力、防御も…全てが五割増しくらいに強くなってんじゃねえか!?
さっき先制で三体倒せたのは紛れだったとしか思えねえぞ…!!
思った以上に俺は苦戦を強いられた。なにせ体術じゃほとんどダメージが通らない。打撃系の耐久力が上がってるのか、吹っ飛んでもくるりと体勢を戻し、今までみたいに地面に叩き付けられてくれないのだ。
要するに隙が少ない。動作もさらに俊敏になっていて、統率と連携がないだけマシな感じだ。
それでもなんとかその後、俺達は残ったウェアウルフも全て倒し切った。
「はあ、はあ、なんとか、なったか…あんた、平気か?怪我は…」
息が上がりへたり込んで、途切れ途切れになりながら、ようやくそれだけ口に出す。あ、ちゃんと生きてる奴が残ってたりしないか、魔物の確認はしたからな?
「はあ、はあ、だ、大丈夫だ…君のおかげで命拾いをしたようだ。はあ、ぜえ…私も年だな。」
お互いに息を整えると立ち上がり、戦利品だけはちゃんと回収して、安全な場所まで移動する。ルーファスのスキルと違って魔物の死骸が残るから、それ目当ての奴が寄ってくるかもしれないし、いつまでもここにいると危険なんだよな。
「いや、本当に危ないところをありがとう。私はログニック・キエスという者だ。君はこの辺りの守護者かい?」
歩きながらそう話す、近くに立つのが嫌なくらい長身のその人は、しっかりした旅装備でどこか遠くから来たのか、見た感じかなり苦労してここまで来たような印象だった。
「んにゃ、まだ見習いなんだよ。助けに入った割には倒すのに時間かかって申し訳ねえな。俺はウェンリー。ウェンリー・マクギャリーって言うんだ。」
礼を言われて悪い気はしねえけど、ルーファスだったらもっと早いし、要救助者に戦闘の手伝いなんかさせたりしないだろう。
それでもこのログニックさんは俺が見習いでも凄い、と感心してくれ、もう一度助けてくれてありがとう、と感謝してくれた。その後で続ける。
「つい先日の情報では、エヴァンニュは安全だと聞いていたのに…国境を越えてからこっち、魔物に追いかけ回されっぱなしで参ったよ。」
そう苦笑する顔を見て、この人の言う『安全』とはどの程度のことを言うのかちょっと疑問に思った。
国境ってことは他国から来たのか…追いかけ回されっぱなしって、きちんと公共交通ルートを使えばそこまでじゃねえと思うんだけど。ふとその言葉とよれよれの姿に、どうやってここまで来たんだろう、と訝しむ。
一応不審者かどうか確かめるために、どこから来たのか聞いてみると、隣国のシェナハーン王国からだと隠しもせず答えたから、密入国者じゃねえことは確かみたいだな。
けどそこでまた新たな疑問が湧いてくる。この人ただの旅行者には見えねえし、荷物が少ないから行商人なんてあり得ねえ。守護者や冒険者にも見えねえし…なにしにこんなところへ?
この先には言うまでもなく、ヴァハしか村は存在しねえ。長は誰か客が来るようなことは言ってなかった(見かけない人間が門を出ると、事前にメクレンの警備兵から連絡が来ることがある)し、ヴァンヌ・ミストの森やらラビリンス・フォレストに行く奴なんているはずもねえ。
なにかの調査…?それなら護衛ぐらい雇うよな。
不思議に思ってしげしげと見ていたら、ログニックさんの方から話を切り出して来た。
「ウェンリー君はもしかして、この先の村の人なのかな?」
「えーあー、うーん、まあ…うん?」
なんて答えるべきか悩み、言葉をごにょごにょと濁す。
≪戻らないつもりで出て来たところだから、元、なんだけど。≫
「それはちょうど良かった、この山…ヴァンヌ山に詳しい人を、私に紹介して貰えないかな?メクレンで聞いたら、ヴァハにならいるはずだと教えて貰ったんだよ。」
「…それなら俺とルーファスぐらいだぜ?ほとんど毎日ここで過ごしてるからな。村の住人は余程でなけりゃ村から出ねえし。」
≪あ、それも過去形だった。≫
――なにか聞きたいことがあんなら俺で良けりゃ力になる、そう言うとログニックさんは、「本当かい!?」とその顔をパッと明るくして、いきなり両手の平を組むとその場に跪き、誰かに祈るように有らぬ方を向いて天を仰いだ。
「私はついているようだ、これもイスマイル様のご加護と思し召しに違いない。感謝致します!!」
「……。」
いきなり跪くとか…怖いんですけど。なに?イスマイル様って。
「えーと…?」
あ、やべえ、あんま時間ないんだった!!――そう自分が急いでいたことを思い出し、一瞬ガビン、と衝撃が走る。
時既に遅し、でログニックさんは着ていた外套の内ポケットから、いそいそとなにかを取り出して俺に向けた。
「実は私は人を探していてね、ここ2〜3週間の間に、この写真の方達を見かけたことはないだろうか?」
俺に見せられたその写真は二枚。大事そうにケースに入れられ、汚れないように魔法処理されているようだった。
ああ、そうそう、写真ってのは、俺達が普段目で見ているのと同じように、そのままのものを画像紙って奴に写し取ったものを言う。
これは一定時間、魔法石から転写石に強烈な光を浴びせて一定範囲のものを記憶させた後、後から必要な部分を抜き出して画像紙に加工処理する。
かなり繊細な技術がいるらしく、誰にでも出来るようなものではないらしい。そのため普段目にするのは、このログニックさんのように行方不明者を捜す時とか、有名人の超高価なブロマイドとか限られたものくらいかな。
話が逸れたけど、とにかくその写真のうち一枚は男性のもので、もう一枚は女性のものだった。
それを見た俺は、思わず驚いて「あっ!!」と声を上げる。
当然だろ?だってそこに写ってたのは、キー・メダリオンを俺達に託して亡くなった、あの女の人だったんだ。
俺の反応に、ログニックさんは「知っているのかい!?」と即座に詰め寄ってきた。
俺はどう答えようか少し考えた後で、場合によっては嘘を吐くことも念頭に〝もう二週間以上前になるけど、女の人の方にはここで会ったことがある〟とだけ話してみた。
ログニックさんがどういう経緯でその人を探しているのか、まだわからなかったからだ。
それも仕方ねえだろ?今までのことと、シルヴァンから聞いた話からもわかる通り、キー・メダリオンはルーファスにとってかなり重要なものだ。
それに関わっていたあの女の人が何者だったのかもわからねえし、おいそれと簡単に打ち明けて良いことじゃねえ。
…けど、俺が会ったことがある、と話しただけで、安心したように笑顔を見せたログニックさんを見て、最初に亡くなったと言わなかったことを、すぐに後悔した。
この人は多分、あの人と近しい関係にある人で、写真の二人を心配して探し回ってきたようにしか見えなかったからだ。
きっと…無事だと思って、ほっとしたんだよな。
「それで、この方は今どちらに?君と会った時に、どこへ行くとか言ってなかったかい?」
当たり前だけど、そう聞いてきたログニックさんに…俺は、「案内するよ」とだけ言って歩き出す。
連れて行くのは、六合目の展望広場の先に埋葬した、彼女のお墓だ。
ここからだとメクレンに行く方向からは離れるけど、これもやっぱり縁って奴だと思う。
急に静かになった俺の態度に、ログニックさんの表情が一転して強張った。普通無事なら無事って言うし、行き先を知ってるなら誰だって答えるだろ。それが黙り込むんだから、余程鈍くない限りは、嫌な予感しかしねえはずだ。
ちょっと狡いかもしれねえけど、言い難いことだし、俺の態度で察して貰うことにする。これでお墓に辿り着くまでに、心積もりはして貰える…よな。
途中運良く魔物にも出会わず、少し急ぎ足で登山道を進んで行くと、俺はログニックさんをその場所へと連れて行った。
木で組まれた十字架が立てられたあの人のお墓…それを見るなり、真っ青に顔色を変え全てを察したログニックさんはへたり込んだ。
「…そ…んな…レイ、アーナ様…なぜ…?」
レイアーナ、って言うのか…あの人の名前…――
「…ウェアウルフの変異体に襲われたんだ。悲鳴を聞いてルーファスと助けに駆け付けたけど、傷が深くて…」
身分証明となるものを持っていなかったことから、常外死亡者管理局にも引き取って貰えないとわかっていたため、自分達の判断でここに埋葬させて貰ったことを伝える。
その上で、助けられなかったことを謝ると、少しの間だけ一人にして欲しい、とそう言われた。
ログニックさんは、墓前で声を出さずに肩を震わせ、泣いているようだった。俺はその姿をなるべく見ないように、少し離れたところで彼が落ち着くのを待つことにする。
そう言や、遺品はギルドに保管して貰ってたはずだよな。…この後一緒に行って受け取って貰った方が良いかもしんねえ。
数分後、落ち着きを取り戻したログニックさんは立ち上がり、向こうを向いたまま涙を拭うと、写真を手に俺の所へと歩いて来た。
「見苦しい姿を見せてしまって申し訳ない。先程謝罪をされたが、とんでもないことだ。あの方を助けようとして下さっただけで心から感謝する。その上身元不明者として放置せず、レイアーナ様をきちんと埋葬してくれて…本当にありがとう、ウェンリー君。」
「ああ、んにゃ…当然のことをしただけだから。」と俺は首を振る。
ログニックさんはさらに写真の二人について話してくれた。
「この方達はガレオン・ザクハーン博士と、レイアーナ・ザクハーン博士御夫妻で、我が国でも著名な考古学者だった。一月ほど前にアパトを出られ、ある重大な目的のためにエヴァンニュ王国へと旅立たれたのだが…――」
そこまで口にしたところで、なぜかハッとしたように慌て始める。
「そ、そうだ…大変だ、〝あれ〟 はどこに…!?」
「へ…?」≪あれ…?≫
「ウェンリー君、君はレイアーナ様がなにも持っていなかったと言ったが、なにか変わった…そう、掌大のメダルのようなものは、近くから見つからなかったかい!?」
「…!」
――キー・メダリオンのことを言ってんのか。この人もやっぱり、あれのことを知ってんだな。
…写真の二人が考古学者だって言ってたから、アインツ博士達と同じである程度は知ってるんだろうけど、それにしちゃ慌て方が博士達とは違うし…どうする?正直に知ってるって話すか?
俺は悩んだ。思えばレイアーナって人は、最初からキー・メダリオンがどんなものなのか知っていたのかもしれねえ。
もちろん、ルーファスが正当な持ち主だとは知らずに託したんだろうけど、結果としてそれはルーファスの手に渡り、ルーファスはイシリ・レコアに行くことになった。
あの時俺達が聞いた、『聖櫃の封印が解かれなければ、世界が滅ぶ』と言った最後の言葉も正しくて、ルーファスがシルヴァンの封印を解かなければ、どちらにせよフェリューテラは滅びの道を辿るはずだったんだ。
けどその情報をこの人達はどこで知ったんだ?…俺にはそれが疑問だった。
――隣国シェナハーンから来たログニックさん…
シルヴァンは昨夜俺に、今後のことについて詳しく教えてくれた。だからルーファスがこれから、なにを目的として動くのか、既に知ってる。
どこにあるのかわからない神魂の宝珠を探す。当面はそれが第一の目的になるってな。これは飽くまでも俺の持論だけど、大きな物事の道理は、全てがそのタイミングと巡り合わせだ。
そして俺は自分の直感と、人同士の縁って奴を信じてる。だからここは――
「それって、キー・メダリオンのことだよな。」
俺はログニックさんの反応を確かめるように、そう言った。
次回、仕上がり次第アップします。




