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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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34 永き旅路へ

ペルグランテ・アングィスの真の姿が出現。ルーファス達は協力して見事に倒します。その後でヴァハへと戻り、襲って来た正体不明の男達とクルト、ラディの遺体が横たわる場所へ戻りますが…

       【 第三十四話 永き旅路へ 】



「――いったい、何をしたのだルーファス…!!」


 愕然とした表情でシルヴァンが俺に叫んだ。


 突然のことに、空中で待機していたアーシャルの面々も驚愕してその場に立ち竦んでいるように見える。

 まあ、驚くのも無理はないか。四つほど欠けているとは言え、まだ残り半分、四つ頭を擡げた巨大蛇が、さっきよりもさらに巨大化して目の前に正体を現したのだから。


「これがペルグランテ・アングィスの本当の姿なんだよ。シルヴァンが聞いていた伝説の通り、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)だ。但し七つの(また)に八つの頭、が正しい姿みたいだけどな。」


 俺は掻い摘まんでリカルドとシルヴァンに説明する。


 俺達が今まで戦っていたのは、空(間)属性魔法によって身体が守られた異空間の箱(箱という表現を使っているが、本当に箱というわけではなく、なにがしかの器のようなもの)から、首の一部と頭だけをこちらの世界に出した、ペルグランテ・アングィスだ。

 俺達に見えていた奴の身体は、その箱の表面に映し出された幻視のようなもので、それに見えない壁を隔てて攻撃を叩き込んでいたようなものだった。


 そのため、いくら身体を攻撃しても大したダメージは与えられず、首を切り落とす方法でしか倒せないように思えた。実際その方法でも八つ全ての頭を叩き落とせば最終的には倒せただろう。


 だが俺には懸念があった。俺の障壁を破る力がこの蛇には備わっている。つまりなにかしら頭部に時属性の魔法効果を所持している可能性があったのだ。

 それに該当すると思われるのが、アテナがくれた最初の情報だ。"頭部再生最大八回”。再生には二つの意味がある。再度生まれる、と再度繰り返す、だ。


 つまりあの頭は、なんらかの手段で斬られる前の状態に戻り、また出現する。それが時属性魔法効果による時間軸の巻き戻しと、再生なのではないかと俺には推測出来た。

 それはおそらく俺が時属性の魔法を使用可能な存在だからこそ、思い当たったのではないかと言える。

 だとしたら、完全に八つ頭を切り落とされる前に逃走を図られれば、最悪の場合、なにもかも最初の状態に戻ったペルグランテ・アングィスが再び出現する可能性があった。

 それに気付かなければ、延々と鼬ごっこを続けることになる。


 そこで俺はその身体に施されている空間魔法を、相互干渉の法則に則って同属性を含むグラビティ・フォールと魔法効果消去のディスペルを合成して同時に喰らわせることで消去し、こちらの世界に完全に顕現させることで、その真実の姿を引き摺り出すことにしたのだ。


 こうすれば頭ではなく、本体にある心臓を直接狙える。いくら頭が再生可能でも、心臓を仕留められれば、生き返ることは不可能だ。


「――というところかな。」

 そう説明を終えた俺を、リカルドとシルヴァンはポカンと口を開けて見ていた。

「我と共に対峙したこの僅かの間に、どうしたらそのようなことに気付くのだ…?特段変わった行動を取っていたわけでもなかろうに――」

「そうですよ、ルーファス。最初から首を狙って攻撃していた私達でさえ、あれが偽りの姿だなどとは思いもしませんでしたよ…!?」

「うーん、でもその首が切り落とされた直後に掏り替わるのを見て、違和感に気が付いたんだよな。まあとにかく、これで今度こそ倒せると思う。」


 俺達は作戦を立て直し、今現在空中で四つ頭の相手をしてくれている、スカサハとセルストイ、他アーシャルの五人に、そのまま頭の相手をして貰い、俺とリカルドとシルヴァンの三人で心臓を狙うことにした。

 不思議なことに、あれほど手強く感じていたペルグランテ・アングィスは、こちらが各個撃破の戦闘隊形に切り替えた途端に、その攻撃が極端にちぐはぐになった。

 どうやら八つあったあの頭は、その思考も各々備えているらしく、最初は事実上八対一だった戦闘が、一対一に変わった途端にその統率を失ったらしい。


 この上徹底的に残った四つ頭が協力して、一点集中を貫いた攻撃をして来たならば、こちらもかなり大変だっただろうが、頭の注意がそれぞれ他を向いている間に、ガラ空きの弱点を狙うことなど造作もなく、心臓の位置を探すのに少し手間取ったくらいで、後はもう問題なく止めを刺すことが出来たのだった。


 倒したペルグランテ・アングィスはさすがに巨大で、そのまま放置しておくわけにも行かず、結局俺の戦利品回収スキルで、あっさり消し去ることにした。

 初めて見る素材や貴重品、かなり珍しい魔石、大量の硬質鱗など、手に入れたものはかなり価値が高そうだったので、後でよく話し合ってから分配することに決める。


 そうして俺達は村に戻ることにしたのだが――


 〝…アテナ、聞こえるか?こちらは無事に巨大蛇を倒し終えた。今からそっちに帰るから…〟


 俺はリカルド達に気付かれないよう、心の中でアテナに連絡を試みる。するとやっぱり俺とアテナはなにかで繋がっているらしく、すぐに返事が返ってきた。


『かしこまりましたルーファス様。では人目を避けたところまで行ってから、すぐにルーファス様の元に戻りますね。』


 〝…いや、リカルド達のことを気にしなければ、そのままそこで待っていてもいいんだぞ?せっかく実体化したんだし…〟

 念のためそうも伝えてみる。だがアテナは厳しい口調できっぱりと言った。


『いいえ、ルーファス様。私はシルヴァンティス殿と同意見で、蒼天の使徒アーシャルは信用出来ません。私の存在はまだ知られない方がよろしいかと存じます。』


 〝…そうか、わかった。それじゃ戻って来てくれ。〟


「――…。」


 俺は少し後ろをシルヴァンと話しながら歩いているリカルドを、気付かれないように一瞥した。

 リカルドはシルヴァンに嫌味を言われながらも、いつものように優しく微笑んでいる。その笑顔を見ると俺は…少し胸が痛んだ。


 ――やっぱりアテナはリカルドも信用していないのか。蒼天の使徒アーシャル…彼らのなにがそこまで信用出来ないのだろう?

 こればかりは話を聞いてみないことにはわからないが…それでもまだ俺はリカルドを疑いたくない。俺の敵じゃないと言った言葉を信じたい。リカルドは裏切ったりしないと…信じていたいんだ。


 暫くすると俺の中のどこかに、なにか温かい物が入り込んで来たような感じがして、アテナが俺の中に戻って来たのだとすぐにわかった。

 今まではアテナが出入りしてもそんな風に感じることはなかったのに、なんだか不思議だ。

 しかもそれだけじゃなく、別に拒否されたわけでもないのに、彼女が俺の中に戻って来てくれた、そう思っただけで…今はなぜだかホッとして安心したのだ。


 お帰り、アテナ。ウェンリー達を守ってくれてありがとう、助かったよ。…そう声を掛けても返事はない。彼女はまたそのまま気配を断ってしまった。



 ――ヴァンヌ・ミストの森から、壊された柵を乗り越え、ヴァハの村の中へと再び戻る。スカサハとセルストイ、他の五人はいつの間にか姿を消していた。

 彼らの協力がなければ村を守り切れなかったし、せめて一言礼を言いたかったのだが、リカルドは気にしなくていい、と言い、シルヴァンはアーシャルに礼など言うな、と怒った。


 そして俺達は、村長の家に向かう前に…あの場所へと戻った。…そう、俺が背後から突然斬りかかられたあの場所だ。


 村の住人はみんな長の家に避難していたため、遺体を誰かに頼むことも出来ずに、見知らぬ男達とクルトとラディは、事切れた状態のままそこに横たわっていた。


「――この者達がルーファスを襲ったのですか!?しかも背後からいきなり斬りかかったと…!?」

 シルヴァンから事情を聞いたリカルドの表情が、見る間に歪んで行く。それは驚いている、とか言う生易しいものではなくて、俺が傷付けられたことに激怒している、と言った方が正しかった。

 〝…許せません。〟そう呟きながら片膝を付き、見慣れない装束の男達を恐ろしい顔で具に調べている。

「なにかわかるか?」

 シルヴァンが未だ怒気を含んだ顔をしながら腕を組み、リカルドに問いかけた。

「――いえ、変わってはいますが、この装束に特にこれと言った特徴もありませんし、服装からではなにもわかりませんね。」

 そう言いながらリカルドは、男の袖を捲って腕を調べ始めた。右腕を見て、その後左腕を肩の辺りまで袖を捲り上げて見た、その時だ。なにか見つけたらしく、これは…と小さく呟いた。


 俺とシルヴァンがリカルド越しにそれを覗き込むと、男の左上腕筋の辺りに、掌大の入れ墨があるのが見えた。

 それは三匹の黒犬の横顔が並んだ図柄に、囲むように彫られた蔓草が左右に巻かれ、その先に小さな三角形が吊り下げられたなにかの象徴のような形をしていた。


「三匹の黒犬…変わった入れ墨ですね。」

「おい、こっちの男の腕にも同じ図柄の入れ墨があるぞ。」

 いつの間にか俺から離れ、他の男の腕も確認していたシルヴァンは、そのままクルトとラディのことも確かめに行った。

 俺は彼らの遺体を直視出来ず、ぱっと目を逸らす。


 クルトとラディのことを、仲の良かったシヴァンに…どう伝えればいいんだ。長や村の人達にも "いきなり襲われたから殺した" それで納得して貰えるとは思えない。

 確かに斬りかかられて傷を負ったのは俺だ。治癒魔法ですぐに治療出来ても、斬られた痛みは感じるし、俺が普通の人間だったらもしかしたら致命傷になっていたかもしれない。

 そう考えれば正当防衛には間違いない。…でもそれは命を奪う理由になるのか?…ならないだろう。なにも殺さなくたって良かったはずだ。


 ――今更ながらにして俺は、シルヴァンを止められなかったことを悔やんでいた。どんな理由があるにせよ、生きていれば和解の道があったかもしれない。

 そんなことを口に出したら、またシルヴァンには怒鳴られそうだが、それでも…そう思わずにはいられなかった。


 シルヴァンは俺を守っただけだ。だからシルヴァンのことは責められない。俺だって自分の仲間が不意打ちを受けて負傷すれば、きっと相手を許さないだろう。

 このことは潜んでいた相手に、斬られるまで気付かなかった俺の落ち度だ。


 クルトとラディの身体も確認し終えたシルヴァンは、俺の横に戻ってくると、「あの二人の腕にもあった。」…そう告げた。


「――三匹の黒犬か…まるで地獄の番犬、ケルベロスみたいだな。」

 それはふと思いつきから口を突いて出た言葉だった。地獄と呼ばれる空想上の異界、その入口を守るという魔犬ケルベロス。忠実で獰猛、漆黒の身体に三つの首を持つと言う。その言葉に、リカルドが反応する。

「ケルベロス…!?」

 俺を見上げて立ち上がり、リカルドのファンが見たら尻込みしそうなほど顔を顰めて考え込む。

 その様子を見て心当たりがあるのか、とシルヴァンが聞き返すと、リカルドは即座に険しい表情で答えた。

「…ええ、部下達からの報告で時折耳にする、ある組織の名前がケルベロス、と言うのです。あまり気分のいい話ではないので、正直に言ってルーファスの耳には入れたくないのですが…」

 リカルドがそのセルリアンブルーの瞳を曇らせ、俺を一瞥する。

「ならば一度ルーファスが世話になっているという、村長殿の家に帰るべきだな。此奴らの遺体を片付けなければならぬし、そちらの二名はこの村の住人であったようだしな。」

「え…」

 リカルドが少し驚いたように目を見開く。だがそれは一瞬で、俺になにか尋ねてくることもなかった。



 ――重い気を引き摺りながら、俺は二人と一緒に長の家…自宅へと帰る。


 ペルグランテ・アングィスの襲撃で避難していたのだから当然、そこには村の住人全てが集まっていた。

 掻い摘まんで事情を話し、ウェンリーを含めた数人の男手を借りて、クルトとラディ、他三人の身元不明者の遺体を集会所に運び込むと、ヴァンヌ・ミストの森方面の防護柵が壊れてすぐに修理が必要であることと、巨大蛇は退治して安全が確保されたことを告げ、避難を解除して貰った。


 そしてこの場に残ったのは、村の大半の男達と、俺達、ウェンリーと村長だ。


 事の詳しい事情説明と、こちらからも話と聞きたいことがあったため、急遽俺を囲んでの集会を開くことになった。


「クルト!!ラディっ!!どうして…っ!?」

 二人の亡骸を見てそう叫んだのはシヴァンだ。三人は幼馴染で、生まれた時から一緒に育って来たと知っていた。次期村長となるシヴァンを支え、三人でヴァハを守って行くつもりでもいたのだろうと思う。

「これはいったいどういうことだ、説明しろルーファス…!!」

「おまえがあの妙な力を使って殺したのか!?」

「なんとか言え!!この厄介者が…!!」

 口々に放たれる怒声と罵声に騒然となり、俺はなにも言えず押し黙った。


 覚悟はしていたが、一斉に今までにはない凄まじい敵意を向けられ、どんな理由があっても、なにを言っても、もう関係の改善は不可能だと瞬時に悟る。

 そもそも俺は、この村の住人ほとんどに好意的に見られてはいなかった。大きな変化を嫌う、閉鎖的な村や集落には良くあることで、余所者は受け容れられ難いことも最初からわかっていた。

 その上俺は普通の人間とは異なる体質や力を持っている。疎まれても嫌われてもそれも無理からぬこと、ずっとそう思っていた。

 それでも俺からしてみれば、記憶もなく、何処の馬の骨ともわからない異質な存在である俺を村に置き、住まわせてくれるだけで有り難かった。


 なにより村長とゼルタ叔母さんは息子が出来た、と俺を家族のように扱ってくれ、ウェンリーは子供の頃から俺を慕ってずっと変わらずに傍にいてくれた。その母親のターラ叔母さんも俺に優しく、ウェンリーを俺から引き離すのではなく、心配しながらも託してくれていた。


 俺はここでの生活になんの不満もなかった。怪我をして倒れていた、と言うだけの理由で受け入れ、記憶がないと言うだけで置いてくれた。それだけで感謝していたのだ。


 ――でもそれも…ここまでみたいだ。


 さすがに俺が原因で死者を出したのでは、もうここにはいられない。なにもなかったように平然と暮らしていくことなど出来ないし、村の人達に納得しては貰えないだろう。それに今後のこともある。この事態がどんな結末を迎えるにせよ、俺の心は…もう既に決まっていた。


「いい加減にしろよ!!!」


 怒声が飛び交う中、それを遮り、ウェンリーのもっと大きな声が響き渡る。


「ルーファスはまだなにも話してねえ!!なにが起きたのか説明しろ、って言いながら好き勝手に騒いでんじゃねえよ!!!」


 ウェンリーの怒気を含んだ迫力に気圧され、集会所内がシン、と静まる。


「ウェンリー…」

 俺の後ろで長の隣にウェンリーは立っていた。…だがその表情は強張り、成り行きを見守ると言うのではなく、既に想像の付いた俺の答えを、ただ待っているだけだというように感じた。


 何故なら、ウェンリーには先に、なぜこんなことになったのかを話してあったからだ。

 簡単に簡潔にだが、それを聞いただけでウェンリーの顔から、いつもの明るさが完全に消え、怒るでも喚くでも、問い詰めるでもなく、ただそのまま…黙り込んだ。


「――ようやくまともに話が出来そうだな。」

 そう言って俺の前に一歩進み出たのはシルヴァンだ。呆れているのか、怒っているのか…その身体からは微かに白銀の闘気が漂う。

「己らで身を守る努力もせず、無償の加護を受けておきながら、よくもそう厚顔無恥に人を罵れるものだ。」

 冷ややかに見下し、冷徹な口調で貶む。


「な…なんだおまえは!誰だ!?余所者が口を挟むんじゃない!!」

 そう捲し立てたのは、ヤルノさんだった。ウェンリーに良く説教をし、俺にウェンリーを連れ回すな、と普段から言っていた中年の男性だ。

「我はシルヴァンティス・レックランドという。ルーファスの友人であり、ルーファスの守護者(ガーディアン)でもある。余所者には違いないが当事者なのでな、先ずは先に言っておく。そこに横たわる痴れ者共を殺したのはルーファスではない、我だ。」

 再び集会所内が一斉にざわめくと、そこかしこから余所者が、とか人殺し、とか罵る声が聞こえてきた。


 そう告げた後でシルヴァンはいきなり俺の腕を掴んで引っ張ると、無理矢理後ろを向かせて俺の背中をみんなに見せた。

「シルヴァン、なにを――」

 袈裟斬りに裂かれ乾ききった血に一面染まった衣服を見て、周囲が一瞬にして凍り付く。


「見よ!!巨大蛇から守ろうと、貴様らのような者達のために駆け回っていたルーファスを、其奴らは背後から襲い、あろうことか剣で斬り付けた…!!

 傷は治癒魔法で癒え、その痕は完全に消えても、ルーファスを傷付けた者は白の守護者たる我が決して許さぬ…!!その命で贖うは当然だ、だから殺した!!

 これを見てもまだ文句があるのなら、その者達を殺した我に直接言え!!」


 男達を威圧し、軽蔑の眼差しを向けてシルヴァンは堂々とそう言い放った。


「その出血の跡…本当にこいつらが…?クルトとラディも一緒に、本当におまえを襲ったのか!?ルーファス…!!」

 愕然とした表情で俺を見てシヴァンが聞いて来る。


 俺は掴まれた腕を放してもらい、正面に向き直るとシヴァンを見て頷き、突然のことで気付かずに避けられなかった、と答えた。そして続ける。

 最初に襲って来たのは別の男だったが、その後の乱戦で確かにクルトとラディは俺に襲いかかってきた。

 それはいつものような嫌がらせで済むものではなく、村が異常な怪物に襲われているあの状況で、はっきりとした殺意を感じる行動であり、だからこそ俺は覆面を外した後、その中にクルトとラディがいたと知りショックを受けた。…そう説明した。


「クルトとラディを含め、この男達全員の左腕に、なにかの象徴のような入れ墨があるんだ。関係があるのかないのかはまだわからないが、誰かこの男達や、入れ墨についてなにか知らないだろうか?」

 各々ざわつくも誰もなにも知らないらしく、結局ここではこれ以上なにもわかりそうにはなかった。


「…誰もなにも知らないみたいだな。」

 俺はリカルドとシルヴァンに向かい、溜息を吐く。

「言いたくはありませんが、それか知らない振りをして隠しているか、ですね。こんな閉鎖的な村で、あの二人だけが他者との交流を…それも誰にも知られずに持つことなどあり得ないでしょうから。」

「ならば徹底的に洗い出すか?」

 シルヴァンとリカルドは納得のいかない表情で村の男衆をチラリと見やる。

「止してくれ、考えたくない。誰であろうと疑うのも嫌だし、もううんざりだ。」 俺は本心からそう言った。室内に安置されたクルトとラディを含め、五人もの人の命が消えたことに、居た堪れなくなっていたからだ。


 ウェンリーと長は未だ俺の後ろでただ黙っていた。特に長が一切なにも言葉を発しないのは、事が事なだけに、下手に俺を庇うことで状況を悪化させてしまうことを懸念してのことだった。

 俺はウェンリーと長の顔を見て、一度瞑目してから俯くと、ウェンリーにはごめん、と長にはすみません、と心の中で謝り、顔を上げて前を向いた。




 ――それから十数分後、夜も更け遅い時間に差し掛かった頃、この急な集会は解散した。

 シルヴァンは連れ立って集会所から出て行く男衆を "早く出て行け" と言わんばかりに冷ややかな眼差しで見送り、全員が出たのを確認すると入口の扉を閉め、遺体袋に入れられた身元不明の男達と、柩に入れられたクルトとラディの前に立つ俺の横に戻って来た。


「このような形で村を出ることになって、本当に良かったのか?我が表に立つことで、もう暫くは時間を稼げたであろうに。」

 俺を気遣うような内容の言葉の割に、淡々とした声でシルヴァンが言う。そのシルヴァンに俺は、"おまえそれ、本心ではそう思っていないだろう?" と突っ込みたくなった。

「なにもなくても数日中にはこの村を出ようと思っていたんだ。それが少し早まった、それだけのことだろう。」

 蓋の閉められたクルトとラディの柩を見つめながらそう答える。強がったつもりはなく、イシリ・レコアでアテナと話し、シルヴァンの封印を解くことを心に決めた時点で、すぐにヴァハから出ることを考えた。

 何処にあるのかわからない他の神魂の宝珠を探すには、今までと同じ生活では無理がある。誰かに相談するまでもなく、村から出ることは決定事項だったのだ。

 ただ、こんな形になるとは思ってもみなかった。況してや死人が出るなど――


「強がらずとも良いが、我はあなたに駄々を捏ねられなくてほっとしたぞ。十年住んでいたのだ、ここにいたい、離れたくないと喚かれたらどう説得しようかと悩んでいたのだ。」シルヴァンが真顔でそう言った。

 俺は思わず目を丸くし、直後あまりの言い草にジト目で睨んだ。

「おい…いくらなんでも酷いな、俺はそこまで子供じゃないぞ。」

「そうか?ならばあなたもこの千年で成長したのだな。以前はなにかと苦労をさせられたものだが。」

「――…。」

 ちょっと待て、シルヴァンの中の俺はいったいどんな人物像なんだ。どうやらこの千年の隔たりに、色々と齟齬がありそうだ。


「…とにかく俺が村を出ると話したことで、みんなにはとりあえずでも納得して貰えた。このことはメクレンで一応憲兵に届け出るとして、ここで俺達に出来ることはもうない。かなり急だけど、明日中には出発しよう。」

「…承知した。」


 ――先程までの集会を解散する直前に、俺は村長とウェンリーの前で男衆達に、記憶の一部が戻ったことを明かし、死者を出した事の謝罪をした上で、ヴァハから出て行くと告げた。

 おそらくはなにか余程のことでもない限り、二度とここへは戻らないだろう。この村に、もう俺の居場所はなくなったのだ。

 ただ、そうとわかっていても…当然だが心残りも未練もある。その最大は、言うまでもなくウェンリーの存在だ。


 いくらなんでも暗黒神と戦う、なんてとんでもない旅にあいつを連れてはいけない。精神的にも俺がこれ以上依存してしまう前に、離れることになって良かったじゃないか。

 無理にでもそう思うことにし、自分には繰り返し言い聞かせることにした。


 俺とシルヴァンは集会所から廊下に出て、リビングに向かう。因みにリカルドは明日からの準備をする、と言って早々にメクレンへと帰った。

 もう遅いし危ないから泊まって行け、と言ったら、実はリカルドもスカサハ達と同じように転移魔法が使える、と言うことをあっさり暴露されたのだ。


 なぜ今まで黙っていたのかその理由を聞くと、どうもリカルドは転移魔法との相性が悪いらしく、使用すると異常なほど身体に負担が掛かるのだそうだ。

 そのために普段は余程のことがない限り使用するのを避け、通常の移動手段を利用しているとのことだった。


 ここで(今更だが)簡単に説明しておくが、転移魔法というのは知っていれば誰にでも使えるというものじゃない。フェリューテラの人間に至ってはほぼ習得も使用も不可能な種類の高位魔法だ。

 それなのになぜリカルドが使用出来るのかが謎だが、蒼天の使徒アーシャルが異界属性に関わる存在であれば、それもなんとなく納得出来るというものだろう。

 そうでなければ最低でも、フェリューテラ外の異界属性である、時、天、空、幻、冥、暗黒属性の理と通じていなければならない。


 なぜ俺にこんなことがわかるのかというと、一部記憶が戻ったことで、俺の中のデータベースが更新されたからだ。

 それによって気が付いたこともある。それは、時属性魔法を含め、異界属性の魔法が使用可能な俺は、間違いなくフェリューテラ外の理に通じる存在だと言うことだ。

 そこでまた説明が必要なのは、フェリューテラ外の "異界” についてだが、俺の記憶の中に、その "異界" についての情報はまだない。

 ただ、フェリューテラ以外の存在世界を綜合して『インフィニティア』と呼んでいるらしい。その意味は "無限(世)界” だ。

 今後他の神魂の宝珠を見つけ出し、封印を解いて行けば、記憶が少しずつ戻ると共に、またデータベースも更新されて行くだろう。そうなればそのインフィニティアについても詳しいことがわかるかもしれない。


 話が逸れたが、そんなわけでリカルドはメクレンに帰り、今この家には俺とシルヴァン、村長とゼルタ叔母さん、家が火事で燃えてしまったウェンリーとターラ叔母さん、そして地震で怪我をしたという行商人が一人の計七人が残っている。


 その怪我をした行商人は、集会所の奥にある医務室で休んでおり、二部屋ある客室のうち、片方を当分の間ターラ叔母さんが使うことになったようだ。

 ウェンリーとターラ叔母さんは住む家もなくなって、これから大変だろう。それを手伝うことも出来ず、別れることになるのは辛いが、これ以上迷惑をかけるわけにも行かない。


『ルーファス様。』


 突然アテナが声を掛けてくる。…ああ、リカルド達がいなくなったから安心して出て来られるようになったのか。


『この先のお部屋で、どなたか…泣いていらっしゃいます。とても悲しそうで…あの女性は、ルーファス様の…?』


 ――それが誰のことを言っているのか、俺にはわかっていた。


 リビングに近付くにつれ、すすり泣く声が俺にも聞こえてきた。それはこの十年、俺を息子のように思い、いつも心配してくれていた…俺にとっての母親のような存在――…ゼルタ叔母さんの声だった。



エヴァンニュ王国のあちこちで異変が起き始めます。ルーファスや、ライ・ラムサスも今後その異変の対処に追われます。次回、できあがり次第アップします。感想、わかりにくい部分など、教えて頂けると嬉しいです。いつもありがとうございます!!

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