33 伝説出現 ペルグランテ・アングィス
イシリ・レコアからヴァハへとようやく戻ったルーファス達の前に、とんでもなく巨大なものが出現した。村を守るために戦おうとするルーファス達ですが…
【 第三十三話 伝説出現/ペルグランテ・アングィス 】
――村の南東…ヴァンヌミストの森の方から、それは姿を現した。
今まで大型魔物やら変異体やら“巨大”といえる類のものに数多く対峙したことはあるが、さすがにここまでのものは見たことがなかった。
外見を一言で言えば、蛇だ。それも、超が付く巨大な蛇。上体を起こし、首を擡げた体勢で頭までの高さが優に十五メートルはある。その太さは、大剣でも一薙ぎでは断ち切れそうにない。
平たい頭の形は指をぴったりと閉じて曲げた手のような、威嚇状態の毒蛇その物で、左右に皮膜で繋がった尖鋭状の突起が数本突き出ており、それと同様のものが背中にも列をなして連なっているようだ。
これは本当にフェリューテラ上の生物なのか?そもそも、今までいったい何処に潜んでいたんだ…!
「巨大な蛇…!?」リカルドが呆然として呟く。
「シルヴァン…あれはいったいなんだ…!?」
「我も知らぬ…!ラビリンス・フォレストの方から来たようだが、あれは八岐大蛇ではない。頭が一つしかない…伝説の聖蛇なら八つ頭があるはずだ…!」
シルヴァンも知らない?だが徒ならぬ気配を感じる。あんな強大なものをどうやって倒す…?いや、それ以前に、どうやって戦えばいい…!!
『無限界生物<インフィニティア・クリアトラエ>/ペルグランテ・アングィス/弱点/水属性氷結』『要注意/頭部再生最大八回』
「!!」
――これは…アテナの情報か!? “頭部再生最大八回” …八岐大蛇…八岐じゃなくて、八つまた(洒落じゃあるまいし)か…!!
冗談じゃない、それだけの回数頭を切り落とさなければ、倒せないってことじゃないか…!!
「いや…シルヴァン、リカルド、あれが例の聖蛇…ラビリンス・フォレストの守護獣で間違いなさそうだ。」
「なに…!?」
「頭を切り落としても再生するらしい。最大八回だそうだ。」
「…!!」
シルヴァンが唖然として俺を見た。どこからの情報だ、とかなぜわかる、とか聞いて来ないのはさすがだ。
だがその表情は険しく、俺同様どう対処すればいいのか考えあぐねているようだった。
〝弱点はあるのか?〟と聞いて来る。俺は水属性の氷結が弱点だ、と答えた。するとシルヴァンは不敵に笑ってこう言った。
――ならば凍結させて都度頭を叩き落とせば良いのだな、と。
言うは易し、だ。そんな簡単にできれば苦労はしない。周囲の被害を考えずにただ戦うだけならまだいいが、俺が最優先にしたいのはこの村と住人達の命だ。あんなのに中へ入られたら、それだけでも甚大な被害が出る。ここは小さな集落だ、下手をすれば再建不能になりかねない。
どこか離れた場所におびき出して戦うか?…いや、その前に被害が出そうだ。迷っている時間はない、だがどうすれば…――
その時だ。リカルドの元へスカサハとセルストイが、見知らぬ五人ほどの仲間らしき他者を伴って転移して来たのは。
それを見るなりシルヴァンは、即行武器を具現化して俺を庇うように前に進み出ると、巨大蛇よりも彼らに敵意を向け、愛用の斧槍を構えた。
「蒼天の使徒アーシャル…!!」
「おいシルヴァン!!」
そんなことをしている場合か!?相手を間違えている…!!
リカルドは武器を向けるシルヴァンを一瞥するも、構わずにスカサハ達に即時指示を出す。どうやら何らかの方法で彼らを呼んだのはリカルドだったらしい。そして俺は、直後リカルドを除いた彼らの、真の姿を目にすることになった。
「巨大蛇を殲滅!!あれをこの村に入れてはなりません!!」
「はっ!!」
バサバサバサッ…
命令を受けた彼らは、一斉にその背に純白の二枚羽根を出現させると、その場から急上昇して空高く舞い上がり、各々武器を手に巨大蛇の頭部へと突撃していった。
「な…――」≪背中に白い二枚羽根…!?≫
蒼天の使徒アーシャルって言うのは、天翔る空の民…有翼人だったのか…!!
「ルーファス、今の内に住人の避難を。あの巨大蛇は任せて下さい。私もこのまますぐに彼らと合流し、あれの侵入を食い止めます。」
驚いて空を見上げる俺に、リカルドが険しい表情でそう告げた。
任せろって…大丈夫なのか?そう思い巨大蛇との戦闘を開始したスカサハ達を見ると、空中を自由自在に飛びながら、少しずつ村から離れるように巨大蛇を誘導しているようにも見えた。
あれなら暫くは大丈夫そうか、そう判断した俺は、リカルドの提案に素直に従うことにした。
「わかった、みんなの安全が確保されたら、俺も合流する。だが無理はしないでくれよ?」
リカルドはアーシャルに属していても、“自分は人間だ”と言っていた。それなら彼らのように空を飛べたりはしないだろうし、いくら魔法に長けていても、身体的危険度は俺よりも遙かに高いだろう。
出来れば戦闘に向かわせるよりも、こちらを手伝って欲しいところだったが、彼らの指示はリカルドにしか出来ない。
「大丈夫です、魔法もスキルも使用可能になりましたからね。」そう言って彼が微笑むと、シルヴァンは〝それは我に対する嫌味か?〟と苦々しげに返した。
〝ではまた後ほど〟と、普段通りに去って行くリカルドの後ろ姿を見送り、俺とシルヴァンは住人の避難を開始することにした。
突然現れた巨大蛇を見るなり、すぐに恐慌状態に陥っていた住人達はバラバラに行動していた。悲鳴を上げ、子供を抱えて家の中に逃げ込むもの、腰を抜かして動けなくなるもの、我先にと他人を突き飛ばして逃げるもの、など様々だ。
「シルヴァン、家の中に閉じこもっている住人達に、長の家に逃げるように言ってくれ!あの奥の一番大きな家だ!!」
「承知した。」
シルヴァンは今度こそ武器を仕舞い、逃げ惑う住人達に村長の家に行け、と大きな声で避難を促す。だがその中には初めて見るシルヴァンを余所者と呼び、耳を貸さない住人がいた。
シルヴァンだけじゃだめか…!俺の言葉にも従わないだろう、とにかく先に――
「ウェンリー!!」
俺はなによりもまず先に、ウェンリーとゼルタ叔母さん、そしてターラ叔母さんの元に駆け寄り、怪我をしているターラ叔母さんの治療を優先することにした。
「ルーファス…お袋が!!」
ウェンリーが動けないターラ叔母さんと、付き添っているゼルタ叔母さんの二人を庇うように守っている。
「ゼルタ叔母さん、長は家の中ですか!?」
「あの人は今、地震で怪我をした人の手当てをしているんだよ。偶々行商に来ていた人が大怪我をしてね、治療にかかりっきりなんだ。」
そう言うことか、道理で長の姿が見えないと思った。
「ウェンリー、俺がターラ叔母さんの怪我を治す。すぐにゼルタ叔母さんとターラ叔母さんを連れて長の家に避難して、なにがあっても外に出るな!!」
「でもルーファス…おまえは!?」
「怪我を治すって…ルーファス!?」
俺が魔法を使えるようになったことを知らない、ゼルタ叔母さんとターラ叔母さんの二人が困惑した表情で俺を見上げた。だが今は説明している時間はない。
「傷を癒やせ、治癒魔法『ヒール』!!」
治癒魔法でターラ叔母さんの怪我が治ったことを確認すると、驚く二人を余所に俺は続ける。
「アテナ!!手を貸してくれ!!」
この非常事態にリカルドを警戒していたらしいアテナも、さすがに俺の呼びかけを無視出来ず、すぐに姿を現した。
だがその表情は酷く険しく、一目見て俺の身を心の底から心配しているのがわかった。
それでも俺にとって今最も重要なのは、アテナの力を借りてこの村と村の人達を守ることだった。
「アテナはウェンリーと一緒に長の家に行って守護障壁を張ってくれ。あそこには怪我人もいるみたいなんだ。」
『ルーファス様!?』
「頼む、アテナ。俺にとってこの村とここの人達は、なによりも大切なんだ。だからウェンリー達を守ってくれ…!!」
アテナの存在を知るウェンリーを含め、ゼルタ叔母さんとターラ叔母さん達にも今アテナの姿は見えないし、この混乱の中で俺が誰と話しているかなどわかるはずもない。
もしかしたら俺がおかしくなったかと戸惑ってさえいるかもしれない。だがそれに構っている余裕はなかった。
そしてここで俺は、神魂の宝珠を得て新たに使用可能になった特殊能力を初めて使用する。
「『神霊具現化』出でよアテナ!!」
『…!!』
アテナの姿が実体化し、見た目では人のそれと変わらぬ姿で俺達の前に現れた。
「あ…アテナ!?」
ウェンリーが驚いて彼女の名を呼ぶ。
「ル、ルーファス様…これは…!?」
アテナは想像もしていなかった事態に驚きを隠せないようだ。
実はこの特殊能力を習得した直後…つまりは神魂の宝珠の封印を解いた直後から、俺の力の一部に“ブラインド”という作用が加わるようになった。
基準がいまいち不明だが、これは自分以外の存在に、能力の一部を知られないようにするための目隠し作用だと思われる。
今まで俺の中にいて俺の能力を完全把握していたアテナにでさえも、どうやらこの効果は適用されているようだ。
おまけに実体化したアテナは、ほぼ一個人の存在と相違なく、ある程度の距離までは俺から離れても行動が可能になった。つまりは完全に俺と別行動を取ることも可能なのだ。
その上で俺の力は今まで通りに使える。その仕組みは調べてみなければわからないが、これはある意味俺の分身体がいるようなもので、不老不死的なものがあるのかはともかく、最早チートと言える。
「説明は後だ、ウェンリー、アテナと一緒に急いで避難するんだ!!アテナ、ウェンリー達を頼んだぞ!!」
「か、かしこまりました…!!ウェンリー様、急ぎましょう…!!」
ウェンリーとアテナがゼルタ叔母さんとターラ叔母さんを連れ、長の家へと走って行く。それを確認した俺は、今度はシヴァンの家へと向かった。
「シヴァン、いるか!?」
ドアを開けてシヴァンの家の中へと駆け込む。
「ルーファス!?どうして――」
シヴァンとエリサ、そしてシヴァンの母親がすぐに顔を出した。外の騒ぎに怯え、エリサと母親を守るためにシヴァンは家に避難していたのだ。
「ここは危ない、守護障壁を張った長の家にすぐに避難するんだ。そして村のみんなに声を掛けてくれ!!次期村長のおまえの言うことになら、すぐに耳を貸すはずだ!!」
「守護障壁…?魔法か!?」
シヴァンは俺の言葉を信用し、すぐにエリサと母親を促して外に飛び出すと、よく通る大声で恐慌状態の住人達に呼びかけた。
「みんな、長の家へ向かえ!!あそこなら安全だ、急げ!!」
シルヴァンの言葉を信用しなかった住人も、シヴァンの言葉になら耳を貸し、ようやく動き始める。
「クルトとラディは…!?」
エリサと母親の手を握り、急ぎ足で長の家へと向かいながらシヴァンは俺に尋ねた。
「わからない、見かけていない。ウェンリーも中にいるから、絶対に外には出るなよ。」
それだけ伝えると、俺はまたシルヴァンの元へと戻る。粗方の住人は避難し、村の中に人の姿は見かけなくなった。
「中々に閉鎖的な村だな。このような危険時でも余所者を信用しない傾向があるようだ。これでは守るのも苦労したのではないか?」
唐突にシルヴァンが俺に同情するような目を向けてそう言った。
「逆だシルヴァン、ここまで閉鎖的になったのは…俺がこの村に来たせいだ。俺は異質な存在だからな。ここには村から一度も出たことのない住人がかなりいる。それこそ魔法と言う力の存在すら知らず、見たこともない人間が半数以上だ。
そんな中に俺のようなものが突然現れれば…気味悪がられても仕方がないだろう。」
「ふむ…前言撤回だ。」
シルヴァンは顎に左手を当てると、右手を腰に、少しだけ右目を吊り上げて訝しむような眼差しで俺を見た。
「記憶を失ってもあなたはあなただ、と言ったが、随分と自虐的な考え方をするようになったものだ。あの底抜けに明るくて自信に満ち溢れた、周囲をその光で照らす太陽の希望…"ソル・エルピス"と呼ばれた人物と同じ御方だとは思えぬな。」
「太陽の希望?…なんだその恥ずかしい呼び名は。」
思わず顔がカッと熱くなってきそうな気がしたが、そう言えばシルヴァンとの出会いを思い出した記憶の中で、自信満々に綽名を名乗っていたような気が――
「フェリューテラ北東の大国を拠点に活動していた時、誰からともなく民衆があなたを指してそう呼ぶようになった。まあ千年も経てば色々と変わることもあるのだろうが――」
――決して気を抜いていたつもりはない。いつものマップで残った住人がいないか、魔物が入り込んだりしないかと索敵も続けていた。
…なのに、それは突然現れた。
ヒュッ…ザンッ
「うあっ…!!」
気配を感じる間もなく、背後からの一撃。俺は意図せずその場に蹲る。
「ルーファス!!」
二撃目はシルヴァンの斧槍が既のところで受け止めてくれた。
背中に走る激痛。着ていた衣服に生暖かい液体が染みこんで行くのを感じる。その激しい痛みから右肩甲骨から左後ろ脇までバッサリと袈裟斬りにされたのがわかった。
「ちっ、千載一遇の機会に仕留め損ねるとは…!!」
そう舌打ちをする覚えのない声が、すぐ後ろから聞こえる。俺は即時自分に治癒魔法をかけて傷を治すと立ち上がり振り返った。
――人間。…そこに居たのは、魔物でもアーシャルでも、況してやあのカオスでもなく…見慣れない闇色の衣服に、顔を覆面で隠した…人間の男だった。
「貴様…よくも!!」
シルヴァンが怒りに震え、その男との交戦を開始した。ところがその男は、すぐに複数の仲間を呼び、こう言い放った。
「狙うはマスタリオンただ一人!!殺せ!!」
あっという間に五人ほどの同じ装束を着た人間に俺は取り囲まれる。…こんなことは初めてで、俺は正直言ってかなり動揺していた。
思考が停止し、まともになんの対策も取れないまま、相当な手練れと思しき暗殺者達に襲いかかられる。
その理由もわからず、どう対応するべきかすぐに判断が下せずに、俺は攻撃を躱すことしか出来ない。この瞬間は巨大蛇のことすら頭から吹っ飛んでいた。
"狙うはマスタリオンただ一人…殺せ" …俺がマスタリオンだと知っているのに、不老不死だとは知らないのか?剣で切られれば傷を負うし、血も流れる。
だが俺は死なない。その怪我の程度によっては昏睡状態になることがあっても、死にはしない。そのことは記憶の片鱗を思い出した時にわかっていた。
その俺を殺せる、と思って襲って来たこの男達…いったい何者だ?いや、それとも…死なないと思っていた俺の認識が間違っているのか?
俺の頭は混乱してほんの一刻、相手が人間だと言うことを忘れた。そしてその時間は、シルヴァンの憤激が炸裂するのには十分すぎる時間だった。
「我が主を傷付けた報い、その命を以て贖い受けるが良い!!」
「――待てシルヴァン!!」
ハッと気付いた時には、もう遅かった。シルヴァンの光属性攻撃…雷撃這貫死槍が一瞬で閃光とバリバリバリという電光を放ち、彼らの命を狩り取った。
天雷に等しい地を這う雷に全身を貫かれ、バタバタバタッとその場に倒れ伏す男達。確かめるまでもなく、彼らはもう二度と動くことはなく、既に事切れていた。
「なぜ止める!!此奴らはあなたを狙い、背後から傷付けたのだぞ!?それもあなたがマスタリオンであると、承知の上でだ!!」
激高したシルヴァンは全身の毛を逆立て、彼らの命を屠って猶怒りが治まらない、という顔をして俺に怒鳴った。
「落ち着いてくれ、シルヴァン。襲って来た理由もわからないのに、いきなり殺すのが最善とは言えないだろう。」
「最善!?背を斬られたのだぞ!?なぜそう平然としていられる!?昔からそうだ、あなたはなぜそうも自分が傷付けられることに鈍感なのだ…!!」
今にも俺の胸ぐらを掴むんじゃないかと思うほど怒って顔を近づけるシルヴァンに、俺は降参の意を込めて両手を挙げると、
「わかった、文句は後でいくらでも聞く。とにかくこの男達の覆面を取ってくれ。顔を確認だけして早くリカルド達の加勢に行きたいんだ、頼む。」
それだけ言ってなんとか怒りの矛先を鎮めて貰った。
――俺が傷付けられることに鈍感?…いや、十分痛いし。かすり傷ならすぐに治ると言っても、怪我はしないようにこれでも気をつけているつもりだ。そこまで怒られるようなことをした覚えはないんだけどな…。
シルヴァンがなぜあんなにも怒るのか、俺には良くわからなかった。
「…!!――そんな…」
覆面を外し、男達の顔を確認していたその時だ。五人いた彼らの中に、見知った顔が二人いた。
俺はそれを見てもすぐには信じられず、何度も見て確かめる。だがどれだけ否定したくても、既に絶命していたその二人は、間違いなく俺が知っている人物だった。
〝知り合いか?〟俺が項垂れるのを見るなり、シルヴァンが聞いて来る。
俺は無言で頷いた。
――どうしてだ?なぜこの二人が…
「…クルト…ラディ…。」
疎まれているのは知っていた。嫌われているのも感じていた。でもそれは単に俺を普通の人間ではないと…他の人達と同じように、気味悪く思っているからなのだと思っていた。
それが…違ったのか?…どうなっているんだ…。
シュンッ
「ルーファス様!!」
慌てた様子でスカサハが二枚羽根の生えた姿のまま、俺の元へと転移して来た。
「何卒ご助力下さい!!あの巨大蛇ですが、我々だけでは倒しきれません…!!既に三度首を切り落としましたが、すぐに再生し、復活してしまうのです…!!」
「…!!」
そうだった、まだあの巨大蛇が残っているんだ。あれを倒さなければ…
「すぐに行く、シルヴァン、手伝ってくれ!!」
「承知した。」
…俺をマスタリオンだと知りながら、殺そうと襲って来た正体不明の男達。だがその中にクルトとラディがいた。…ショックだった。いつから俺を狙っていたのか。最初から?…そんなはずはない。
俺でさえ自分が何者なのかと言うことは知って間もない。それなのにあの二人がそれよりも前に、俺が何者なのかを知っていた?そんなことがあるのか?…信じられない。わからない、どういうことなんだ。
混乱しながらも、俺はリカルド達の元へと急いだ。
「リカルド!!」
リカルドはかなり体力を消耗しながらも、セルストイ達と連携を取りながら巨大蛇を村から離し、ヴァンヌ・ミストの森へと押し戻していた。
これまでの戦いで森の様子は一変し、周囲の木々は暴れ回る巨大蛇により根こそぎ倒されて押しやられ、まるで平地のようにぽっかりと伐採されていた。
そのことが幸いにも俺達にとって戦いやすい足場を作る形にもなっていたのだが…相当無茶な戦いをしたのか、リカルドは疲労困憊していた。
「仕方がない代わろう、少し休め。」
「助かります、ありがとうシルヴァンティス。」
シルヴァンがリカルドを労い、戦闘に参加する。全身に攻撃色(シルヴァンの場合は白銀)の闘気を纏い、猛烈な勢いで突っ込んで行った。…あれはもしかしたらさっきの憂さ晴らしが入っているのかもしれない。
俺もすぐに回復魔法をかけようとリカルドに駆け寄るも、リカルドが蹌踉けて倒れかかった。
「…っと、大丈夫か?今回復魔法を――」
倒れかかったリカルドの身体を正面からがっしりと支え回復魔法を放った俺に、リカルドが驚いて悲鳴を上げた。
「なっ…ルーファス!?あ、あなたの背中が…怪我をしたのですか!?血だらけではないですか!!」
ああ、そうか、傷は治せても服は直らないんだった。真っ青に顔色を変えたリカルドに、とりあえずもう傷は治っていることと、後で説明するから、と言うことだけを伝えて手を放すと、俺もシルヴァンの後を追う。
リカルドが心配して手を伸ばし、なにか叫んでいたが、とりあえず今は放置することにした。
「対大型戦フィールド展開!!フォースフィールド発動!!バスター・ウェポン、インテリジェンス・ブースト、クイックネス発動!!」
補助魔法をフィールド内に多重発動して、シルヴァンやスカサハ達にも効果が及ぶように一気にかける。
シルヴァンの横に並んで剣を抜くと、〝敵に塩を送るな〟といきなり怒られる。
いや、敵って…一緒に戦っているのに、そうまで言うのか?
シルヴァンは共闘していようが関係ないらしく、どうしても蒼天の使徒という彼らを敵としてしか見られないようだった。
――巨大蛇…ペルグランテ・アングィスは表示されていた通り、本当に頭部が再生するようだ。三度切り落とした、スカサハがそう言っていたことからすると、既に三回は再生したことになる。最大八回…と言うことは、後五回は再生する。倒すにはそれしか方法はないのか?
まともに戦っていては、本当に再生した頭を都度切り落とすしか方法がない。ここから追い払うことが出来れば…いや、それもだめだ。ヴァハから引き離しても、メクレンや他の街を襲うようになっては意味がない。
「凍れ!!『グラキエース・ヴォルテクス!!』」
弱点である氷結魔法を使い、凍結状態にする。暫時動きが止まるも、シルヴァンの攻撃でもその首は斬り落とせなかった。シルヴァンが悔しげにぼやく。
「ぬう…我の攻撃で斬り落とせぬ、だと?リカルドの奴…良くも三度あれを斬り落とせたものだ…!!」
「鱗が堅いのか?」
「それだけではないな、筋肉も相当固い。首が再生するのでは、一晩かかっても倒せるような気がせぬぞ。」
「――俺の魔法剣技を試してみるか。」
「インフィランドゥマでゴーレム共を倒したあれか?」
「ああ。」
「承知した、我があれを引きつける。隙を見て狙われよ。」
シルヴァンが必要以上に攻撃を食らわないよう防御魔法を発動しながら、俺はタイミングを見計る。だが巨大蛇は思った以上に警戒しているのか、上手くこちらに誘導されてくれない。
シルヴァンが疲れ始め、その動きが少し鈍ったところで、ようやく巨大蛇は頭をこちらに向けた。
「よし、ここだ!!一閃!!『インスピラティオ』!!」
ゴーレムをまとめて倒した時と同じように、赤、緑、青、白の四色に輝いた光る三波の波動が横一線に放たれ、巨大蛇の首を正面から襲った。
それは一見深くまで届いたかのように見えた。が、やはり切断するには至らず、仕留め損ねた残りをシルヴァンとセルストイが協力して叩き切った。
ドゴン、という鈍い音と共に地面を震動させてその巨大な首が落下する。だが僅かな秒の間も開けずにまた首が出現した。
それは切り落とされた部分から新たに生えて再生する、と言うものではなく、するっと他にあったものがそこに嵌め込まれるような、なんとも言えない不気味な挿げ替わり方だった。
なんだあの頭の再生の仕方は?蜥蜴の尻尾のように生えてくるのかと思えば…なにか酷い違和感を感じる。あの巨大蛇、あれが本当に真実の姿なのか…?
『真眼』を使って目を凝らしても特に変化はない。ただ、よく見るとあの巨大蛇の身体全体が、なにか異質なものに包まれているように感じた。
それは薄い膜のように見えない層となって表面を覆っており、それが日の暮れた夜の闇を背景ごと歪ませているようにも見える。
「ルーファス、今の方法でもう一度奴の首を狙ってみよ!!仕留め損ねても我が残りを叩き切る!!」
「了解だ!!」
他になにか別の方法が浮かばない以上、確実と思われる方法を取るしかないか。そう思いシルヴァンの提案に従ってもう一度魔法剣技を放とうと魔力を剣に込めた。ところが――
バキャンッ
「あっ!!!」
マジか。とウェンリーの真似をしてぼやきたくなった。どうやら俺の魔力に剣の方が耐えられなかったらしい。刀身が見事に砕け散ったのだ。
「ルーファス!!」
その俺の隙を突いて巨大蛇の頭が百八十度近い大口を開け、猛烈な速さでその牙を突き立てながら襲って来る。
「うわっ!!『ディフェンド・ウォール・リフレクト』!!」
咄嗟にいつもの防護障壁で攻撃を弾き返そうとした。が――
ガガガガガッ…ガリガリッ…ガギィンッ…
「なっ…!?」
攻撃はいつも通りに防げたのだが、そのどれもが相手に跳ね返ることはなく、巨大蛇は障壁ごとこちらを押し返し、さらに噛み砕くようにその大顎に力を込めた。
ビッ…ビキビキビキッ…ビキキ…
防護障壁が圧力に耐えられず、悲鳴を上げて軋み出す。…それはこの魔法を使えるようになってから、初めて聞く音だった。
――まずい、防護障壁が…保たない!?
ハッとしてすぐに俺は、巨大蛇の大きく開いた口の中目掛けてアイス・ブラストを放った。
「貫け!!『アイス・ブラスト』!!」
ズドドドドドンッ
ギシャアアアアッ
魔法円から出現した細かい氷の棘が、体内に向かって飛んで行き大量に突き刺さる。さすがにこれはかなり効いたのか、巨大蛇が空震を引き起こすほどの絶叫を上げて後退った。
「ルーファス、大事ないか!?」
血相を変えてシルヴァンが俺の元に駆け寄って来た。
「ああ、危なかったけどなんとか。得物が俺の魔力に耐えられずに砕けたよ。魔法剣技インスピラティオは暫く使えないな。」
顎を伝う汗を拭いながら俺は対策を考え続ける。
ディフェンド・ウォールの反射作用が効果を発揮しなかった…?その上おそらくはあのままだったら防護障壁が砕け散っていた。
俺の障壁はディスペルでも効果を消すことは出来ない。それは光属性だけでなく確か時属性の加護を利用しているからで――
≪時属性?なにか…閃きそうな気が――≫
「あの巨大蛇、ルーファスの障壁にも怯まず食いかかっていたな。奴に絶対障壁は効かぬのか?」
「俺もそれを考えていた。フェリューテラの生物が相手ならあり得ないんだけど…シルヴァン、おまえの目にはあの巨大蛇を包んでいる薄い膜のようなものが見えるか?」
「薄い膜…うむ、あの微かに歪んで見える保護膜のようなものか?まるで空気の層のようだな。」
「おまえにもそう見えるか。…やっぱりあの保護膜に秘密がありそうだな。」
身体全体を覆っているからには、何らかの重要な役目を果たしてるはずだ。あれの効果をディスペルで消去できないか試してみるか?
「ルーファス、シルヴァン、ありがとうございました。疲労が回復したので私も復帰します。」
いいタイミングでリカルドが戻って来てくれた。
「もう大丈夫か?」
「ええ。ルーファスの方こそ…剣が壊れてしまったようですね。」
「ああ、これからはもっといい得物に変えないとだめだな。俺はこのまま奴に魔法で対処する。もう少しでなにか掴めそうだから、二人とも補助を頼めるか?少し思いつく方法を試してみたいんだ。」
「承知した。」
「了解です。」
俺の提案にシルヴァンとリカルドは快く応じてくれた。
――俺の防護障壁はディスペルでは打ち消せない。それは時属性の性質を併せ持っているからで、時属性に対処するには同じ時属性、それと天、空、幻、冥の五属性が有効…
フェリューテラ上の生物は魔物を含め、そのほとんどが火、水、地、風、光、闇、無の七属性のどれかに分けられる。だがこの巨大蛇は無限界生物<インフィニティア・クリアトラエ>と表記されていた。つまりは異界の生物だと言うことだ。
だから俺の障壁を食い破れる?…と言うことは、少なくとも時、天、空、幻、冥属性のどれかに分類されると言うことか。
≪…その中で可能性として最も考えられる属性は…?≫
俺の頭の中に、これまでに得た情報が映像となって駆け巡る。何処からともなく突然出現した巨大生物。切り落とされた首は挿げ替わるように不気味に現れる。俺の障壁を食い破り、反射作用も効果を発揮しない。
――ああ、そうか、ようやくわかった…!!
「先ずは答え合わせだ…!!」
俺は両手にそれぞれ時間をかけて魔力塊を練り上げる。右手にグラビティ・フォールを。左手にディスペルを。
その威力と、効果範囲を最大レベルにまで引き上げ、合成魔法を作成する。
ヴァンヌ・ミストの森周辺に存在する潜在魔力をも吸収して引き摺り込み、それは超極大魔法に発展して行く。
俺の周囲に吹き荒ぶ魔力の奔流にシルヴァンとリカルドがたじろいだ。
「ルーファス!?いったいなにを――」
リカルドの結んでいた金髪が解けて風に激しく靡く。飛び散った木々の葉がざわめきながら空へとらせんを描いて飛んで行き、シルヴァンがその片方の目を開けていられずに一度閉じた。
「合成魔法、『ルス・コーロス・エピファネイア』!!」
ブウオンッキュウンッ
ペルグランテ・アングィスの足元に白い魔法陣が、その頭上には薄灰色の魔法陣が、同時に出現し、下からは白い閃光が上へと走り、上からは灰色の球体が下へと落ちる。
その全てが終わった後、全身を包み込んでいた薄い保護膜は消え去り、俺が思っていた通り、今度こそペルグランテ・アングィスの真の姿が現れた。
伝説は時に真実を語る。
――そこに現れたのは、紛れもなく八岐大蛇その物だった。
次回、仕上がり次第アップします。




