32 守護壁消滅
神魂の宝珠の封印を解き、シルヴァンという仲間を得たルーファス。心配しているはずのウェンリーの元へ戻るために遺跡内を出口へ向かいます。ところが…
【 第三十二話 守護壁消滅 】
豪快な音を立てて真正面から、古代兵器ゴーレムの巨鉄槌が空気を震わせて振り下ろされる。それは少なくとも千年は超えているこの地下遺跡の石床を砕きながら穿った。
だが全体的に保存魔法でもかかっているのか、一定時間が過ぎると損傷は修復され元通りの石床に戻っていった。
いったいこの遺跡は、どういう仕組みになっているのだろう?…そんなことを思いながら俺は、また振り下ろされる鉄槌をひょいっと避けて脇を擦り抜ける。
不気味なことに首だけをギギギと回し、赤い攻撃色の光をチラチラさせながら、そのゴーレムは背後に回り込んだ俺を見た。
少し距離を空けてすぐに左右にシルヴァンとリカルドが並び立つ。戦斧を振り回す一番大きい奴の相手をシルヴァンがし、動きの鈍い鉄槌を装備した人型の相手を、俺とリカルドがしていた。
ガチンゴチンと金属同士がぶつかり合い、鈍重な音を響かせる。いくらやっても俺達に攻撃が当たらないと見るや、知能があるわけでもないのに、鋼鉄製の古代兵器達は即座に攻撃方法を切り替える。
重力を味方にして武器を縦に叩き下ろすだけだった動作が、横で軽々と斧槍をぶん回していたシルヴァンと、あの貴重そうな中剣を手に剣技だけで応戦していたリカルドの二人ごと巻き込む、真横への薙ぎ払いに変わった。
そうはさせない。『ディフェンド・ウォール・リフレクト!!』
唱えた魔法が“防御魔法”を意識しただけで即時発動する。いつものステータス画面を一瞥して確認すると、魔法補助スキルの『詠唱短縮』が、いつの間にか『瞬間詠唱』に進化していた。“無詠唱”に達しないところがなんだか残念だが、巻き上げられたその粉塵までもの一切が障壁に弾かれ相手にすべて跳ね返った。
――“光”の神魂の宝珠を得て、新たに使えるようになったスキルのおかげで、俺は今使用可能なすべての魔法が、ほぼ瞬時に放てるようになったようだ。
特に補助系の魔法のほとんどが光属性に含まれていたため、防御系と回復系の魔法は意識を向けただけで発動可能になり、周囲に対する効果範囲も広がって、一気にパワーアップした感じだ。
なんだかやけに身体が軽い。細胞が活性化し、能力上昇の補助魔法を使っているわけでもないのに、まったく疲れを感じない。指先から魔力が溢れ出て来て、自分の周りに存在する不可視の極小単位まで、思うままに操れるような気すらしてくる。
これまで魔物と数え切れないほど戦って来たが、戦闘を楽しいと感じたのはこれが初めてだった。
堪らずに力を爆散させたくなった俺は、俺を中心に逆三角形を描くように戦闘隊形を取っていた二人に、下がるよう合図を送り、使用可能になったばかりの魔法剣技を試してみることにした。
「一閃!!『インスピラティオ!!』」
ゴッ…
腰を落として胸の辺りで交差した腕を、右手で握りしめていた剣に魔力を込め、風を薙ぐように素早く左から右へと滑らせるように払った。
それだけで赤、緑、青、白の四色に輝いた光る三波の波動が眼前に立ちはだかる五体の古代兵器…ゴーレム達を駆動核ごと見事真っ二つに切り裂いた。が…
ゴンッガンッガランッゴゴンッドゴンッガラガラガランッ
複数の鉄塊が一度に転がり崩れ、肩をすぼめて目を瞑りたくなるほど不快な鈍音が床や天井、壁や柱にまで残響して空気を震わせる。ああ、言うなれば中が空洞になった鉄の箱をなにかでガンガン叩いたような?そんな音だ。
そのあまりの騒音に俺とシルヴァン、リカルドは瞬間、両手で耳を塞いだ。……須臾後、静寂が戻ると各々呟く。
「――なんという…っ」
「うるさ…っ…」
「ルーファス…」
シルヴァンとリカルドが途轍もなく迷惑そうな顔でじとっと俺を見た。
「…ごめん、ちょっと調子に乗りすぎたみたいだ。」
俺は笑って誤魔化し、剣を手に持ったまま左手の人差し指で頬の辺りをカリッと引っ掻くと、有らぬ方に目線を逸らしてとりあえず謝り、いつものように戦利品をスキルでささっと回収した。
――イシリ・レコアを出て、今…俺達はインフィランドゥマの中にいる。
この遺跡の番人をしていたシルヴァンの案内で、ウェンリー達が待っている出口への転送陣に向かっているところなのだ。もちろん俺にも簡易マップはあるのだが、せっかくなので道案内はシルヴァンに任せることにして、俺は遺跡内を見る方に集中する。
ここは力封じの遺跡で、今後探索の際に参考になるような仕掛けや罠がたくさんあるのだ。
その途中、シルヴァンの身体慣らしも含め、リカルドが散々追いかけ回されたという古代兵器のゴーレム達を一掃すべく戦っていた。
「絶好調なのはいいことですが、倒すなら倒すと先に言ってください。」
“耳を塞いでおきますから” とリカルドが苦笑する。
「その様子では身体に戻った神魂の宝珠の力は、問題なく馴染んだようだな。」
シルヴァンが寸時瞼を閉じ、斧槍を手元から一瞬で消すとまだ首に違和感があるのか、肩を押さえながらまたコキリ、と回して鳴らす。
「ああ…と言うより、もの凄く身体が軽い。全身の隅々までエネルギーが行き渡っている…そんな感じだ。」
自分の両手を見ながら、いくらでも身体を動かせる、そんな気がして掌を握ったり開いたりしてみた。
「…至極当然の感想だな。今のあなたは本来の力のほとんどが失われている状態だ。その一部でも戻ったのだ、軽くなって当然と言える。」
シルヴァンはうんうんと頷きながら、目を細めて口の端で満足げに笑った。
――そうなのか。封印をたった一つ解いただけでこんなに身体が軽くなるなら、元の俺はどれだけ動けたのだろう。…ちょっと想像が付かないな。
剣を鞘に戻し、無限収納にではなく腰の武器ホルダーに固定すると、安全になったフロア内を俺達はまた歩き出す。
「ところで、おまえのその斧槍はどこに仕舞ってあるんだ?無限収納を持っているようにも見えないし、一瞬で手元に現れてるように見えるんだけど。」
不思議に思い、シルヴァンの身体を頭の天辺から足のつま先までじっと眺めてみる。…と、“ああ、これか?” そう言ってシルヴァンはまた武器を出現させた。
「空間魔法の応用だ。あなたとて以前はそのようなカード状の媒体など必要とせず、なんでもホイホイ出し入れしていたではないか。」
「え”…?」
ホイホイ?そう言われても…全く記憶にはないんだから仕方がない。だけど空間魔法の応用、か…無限収納より便利そうだし、あとでアテナに聞いてみるかな。
「シルヴァンティス、私の魔法とスキルはこの中で使えるように解除しては貰えないのですか?…不便なのですが。」
不満げにリカルドがシルヴァンを見やる。だがシルヴァンは例によってプイっと顔を背け、“主以外は魔法の使用を認めぬ。” とやっぱりすげなく返していた。
…だめだ、どうしても笑いそうになる。仕草が狼の時と同じなんだよな。いや本人なんだから当たり前なんだけど、それでもなんだか可笑しい。さすがに失礼だろうとまた笑いを堪えていると、シルヴァンが俺を見て“なにがおかしい?” と首を傾げる。
そんな風に呑気に雑談をしながら歩いて行くと、ようやく目的の場所に辿り着いた。ここは最下層から三階ほど上に上がってきたところで、インフィランドゥマの六層ぐらいに位置するフロアだ。
行きはリカルドを捜して素通りして駆け降りたし、ヴァンヌ山側の出口を探す前に先にイシリ・レコアに向かってしまったから、どこから出られるのかはまだきちんと把握していなかった。
「この突き当たりの部屋に転送陣がある。さらに上層階の仕掛け部屋にも同じ物があり、一度起動させておけば、ヴァンヌ山とイシリ・レコアの転送陣から行き来が出来るようになるだろう。」
仕掛け部屋…ああ、あの泉があった場所か、と俺は思い当たる光景に勝手に自分の中で自己完結する。
そのまま通路を進み、部屋の扉を開けるスイッチをシルヴァンがバン、と乱暴に叩いて作動させるのを見て、もう少し丁寧に扱った方が良いんじゃないか、と思っていたら、“む…つい狼姿のつもりで力を入れすぎた” と独り言を言っているのが聞こえてきた。
室内に入ると既に転送陣は作動していて、足元の魔法陣がぼんやりと薄く光を発しており、横の装置で行き先を指定するだけで、すぐにでも出られるようになっているみたいだった。
「なるほど、この装置で行き先を指定可能なのですね。上階にも同じような装置が?」
「うむ、この階の転送陣は出入り口と階層移動にしか使えぬが、上階の物は泉に番人が…――」
リカルドが真剣な表情で装置を覗き込み、なんだかんだとシルヴァンの説明を聞いていたその時だった。
僅か一秒にも満たない刹那的時間だったが、どこからかなにかが俺の中にスウッっと入り込み、きちんと意識はあるのにその支配だけを奪われたかのように、身体がビクッと硬直した。
――瞬間、頭の中にとんでもない光景が流れ込んでくる。
俺は目を大きく見開き、叫んだ。
「急げシルヴァン!!大きな地震が来る!!」
「!?」
リカルドは驚き振り返って俺を見たが、シルヴァンは即時反応して転送陣を作動させた。
ボウォンッ、という作動音と共に足元から白い光が立ち昇り、ふわっと身体が浮き上がるような感じがして俺達は転移する。
――その情報がどこから来たものなのかはわからなかったが、大きな地面の揺れによって天井が崩れ、インフィランドゥマの出入り口が塞がれてしまう光景が見えたのだ。
秒で移動し、ウェンリー達と別れたヴァンヌ山側の転送陣に出ると、既に開きかけていた隠し扉を大急ぎで駆け抜ける。
外に出た途端、まだ日暮れ前の傾きかけた陽光が目を貫き、見慣れた赤毛といつもの笑顔が飛び込んで来た。
「ルーファスっ!!!」
出入り口前で俺を待っていたウェンリーが安堵の表情で駆け寄ろうとし、こちらに気付いたアインツ博士達、そしてスカサハとセルストイの二人は一息遅れてその足先を向ける。
「下がれウェンリーっ!!すぐに崖から離れろ、地震が来るっっ!!!」
「うえっ!?」
俺は手を伸ばしてウェンリーを止め、擦れ違い様に腕を掴んで引っ張ると、ここでは十分安全な距離が取れないため、すぐに防御魔法を発動した。
『ディフェンド・ウォール・プロテクト!!!』
キンキンギィンッ ……ズズンッ
転送陣の出入り口から離れ、自分達とアインツ博士達全員を含めた障壁を展開した直後、間を開けずにそれはやって来た。
ゴゴゴゴゴ…グラグラグラグラ…ガガガガッ
まず最初に話せば舌を噛むような激しい縦揺れが身体を上下に震わす。
「うわっうわあああっ!!!」
「ひええええっ」
障壁の中でウェンリーとアインツ博士、トニィさんとクレンさんが驚いて喚きながら頭を抱えて蹲る。
続いて横揺れが足元をフラつかせ、踏ん張って立っているのがやっとになった。
「なんて揺れだ…!!」
「見よ、崩れるぞ。」
崖の上からパラパラと細かい砂利が降って来て、インフィランドゥマの出入り口の壁にビキビキと亀裂が入る。それが広がった、と思った途端一気に轟音を立てて崩れた。
「あああっなんとぉっっ遺跡の入口があぁっっ!!」
四つん這いになったアインツ博士が嘆きながら手を伸ばす。
それどころじゃないだろうに、と苦笑しながら両手で魔力を流し続け、障壁魔法を維持していた俺は、右の顳顬の辺りに突然、普段意識しなくてもそこかしこに感じられた、温かくて包み込むような気配が…パキパキと破砕音を立て、急速に壊れて消えて行くのを感じ取った。
≪…なんだ?≫
ハッとして顔を上げ、天を仰ぐ。その俺の目に、遙か上空を覆っていた透明な壁が、罅の入ったガラスのように、そこから割れ砕け、粒子となって霧散して行くのが見えた。
隣に立っていたシルヴァンと、リカルド、スカサハ達の三人もなにか懸念を含んだ表情で同じように空を見上げている。
「――空が…いや、空じゃない、あれはなにが壊れて消えて行っているんだ…?」
俺の口から漏れた呟きにシルヴァンが答えた。
「エヴァンニュの守護壁だ。…最後の護印が崩壊したな。」
≪…どうにか間に合ったか。≫
揺れが徐々に治まって行く中、シルヴァンティスは心の中で呟いた。
――もし守護壁の消滅前に自分の封印が解かれなければ、最悪ルーファスを守る者が誰もいない状態で今後を迎えなければならぬところだった、と一先ず安堵する。
だが、大変なのはこれからだ。どこにあるかわからぬ他の宝珠を探し出し、一刻も早くかつての仲間を集めなければ。
…その思いは堅い決意の輝きとなって、主への信頼と共にその瞳に宿り、並び立つルーファスに向けられる。
守護壁…?以前リカルドに聞いたことがある、エヴァンニュに古くからあると言う守りのことか?最後の護印が崩壊した…シルヴァンはそう言ったよな。
やがて揺れが完全に治まると同時に、夕焼けでもないのに空が一時赤く染まった。それを見た俺はなにか言い知れぬ不安を感じる。
それはすぐに元に戻り、上だけを見上げれば普段となにも変わりのない景色だったのだが、インフィランドゥマへの入口を含め、ヴァンヌ山ではあちこちに崖崩れや落石、土砂崩れが起きているようだった。
「ウェンリー、みんな…大丈夫か?」
先ずは第一にみんなの無事を確かめる。各々立ち上がり、服の汚れを払ったり、どこか痛めたところがないか、互いの無事を確かめ始めた。
「ありがとうございますルーファスさん、魔法で守ってくださったんですよね。」
「おお、助かったわい。おかげで誰も怪我をせんで済んだようじゃ。すまんかったのう、ルーファス君。」
「間に合って良かった、みんな大丈夫そうだな。」
とりあえず怪我をした人はいないようで俺はホッと安堵する。
「びっくりした…でけえ地震だったな、俺も助かったぜ、ありがとな。…じゃなくて!!!ルーファス、おまえこそ大丈夫だったのかよ!?おまえだけいなくなるから心配したんだぜ…!!」
そう言ってがっちりとウェンリーが俺の両肩を掴んだ。
「俺は大丈夫だよ、ウェンリー。一人で中に飛ばされた時は驚いたけど、リカルドもなんとか助け出せたしな。」
俺はスカサハ達と話すリカルドの方に視線を向ける。アインツ博士やトニィさんとクレンさんも、リカルドが無事だったことを喜んでいるようだ。
「あのやろ…ピンピンしてんじゃねえか。」
苦々しげにウェンリーがリカルドをギッと睨む。その顰めた眉間からピリピリとなにか稲妻のようなものが飛び出していそうな顔をしている。
「いや、実はそうでもないんだ。…危なかったんだよ、あれでも。もう少し遅かったら、本当に助けられなかったかもしれない。」
「へ…」
俺が声を落として静かに言うと、ウェンリーは少しだけ目を丸くしてから “あ、そう…” と場都が悪そうに目線を逸らした。
無事で良かった、とは言わないものの、ウェンリーなりに心配はしていたんだと思う。まあ、素直にそうは認めないだろうけど。
「――いやあ、リカルド君が無事だったのは幸いじゃったが…」と博士が崩れた出入り口を見やる。
「博士〜…完全に埋まっちゃいましたよ、入口…。」
「せっかく古代文字が読めるルーファス君が無事に戻って来てくれたのに…入れないんじゃ、イシリ・レコアどころかなんの調査も出来なくなったじゃないですかぁ…とほほ…」
考古学三人組(うん、これからはアインツ博士達のことはそう呼ぶことにしよう)が立て続けにぼやいた。
「中を調査中に地震が起きて、閉じ込められることになった方が良かったんですか?私は御免ですけどね。ルーファスのおかげで生きていますが、ここの内部は予想以上に厄介でしたよ。なにせ死にかけましたから。」
涼しい顔でさらっとリカルドが言うと、スカサハとセルストイを含め、考古学三人組が“まさかリカルド君が!?”と仰天した顔で見ていた。
「…無駄話もいいが、村の心配もした方が良いのではないか?ルーファス。あれだけの揺れだ、なにかしら被害が出ているかもしれぬぞ。」
シルヴァンがヴァハの方角を気にしながら俺に言う。
「ああ、そうだな。ゼルタ叔母さんや村のみんなが心配だ、急いで俺達はヴァハに戻ろう。リカルド達はどうする?REPOSの主人が随分心配していたけど、メクレンに帰るか?アインツ博士達も送り届けた方が良いだろうし。」
「そうですね――」
俺とシルヴァン、リカルドですぐに話し始めると、ウェンリーと考古学三人組、スカサハ、セルストイが揃ってシルヴァンに注目した。
「…ん?」
その視線に気付き、俺達三人は顔を上げる。
「あの――…どちら様?」と、代表してウェンリーが尋ねた。
――「我はシルヴァンティス・レックランドだ。」
至って簡潔に、すべての説明を省いて、シルヴァンはウェンリー達にそれだけ言った。
束の間、シーンと静まりかえったのは言うまでもない。
とりあえずの補足として、俺の友人であることだけは伝えたが、シルヴァン自身が獣人族であることを告げなかったため、俺もリカルドもイシリ・レコアに行ったことなども含め、博士達には全て黙っておくことにした。
当然、なぜ遺跡の中で出会うのか、とかどこから入った、とか何者なのか、とか質問が飛び交ったが、シルヴァンはそのすべてを、ぷいっとあのお決まりのそっぽで見事なまでに “答える義務はない” と押し通して答えなかった。
それから博士達の依頼だが、出入り口が塞がってしまい、遺跡調査も出来なくなったと言うことで、不可抗力による契約不履行として終了することになった。不本意だがこれも仕方がないと諦めることにする。
そして俺達は今、日が暮れる前に帰り着くために、ヴァハへと向かってヴァンヌ山の山道を歩いているのだが――
「――だからな・ん・で、てめえが一緒に来るんだよ、リカルド!!宿屋の親父さんが心配してるっつったろうが!!てめえが博士達を送ってやれっての!!」
歩き慣れた登山道を俺とシルヴァンが並んで前を歩き、なぜかウェンリーとリカルドがその後ろに続いている。
「博士達を送るのはあの二人で十分ですし、宿のご主人にも伝言を頼みました。ルーファスがヴァハに行くことを許可してくれたのですから、あなたに文句を言われる筋合いはありませんよ。」
リカルドが猛烈に不機嫌な顔をして腹立たしげに言い返す。
「ああ?てめえ、ルーファスに迷惑かけておいて、偉そうな態度取ってんじゃねえぞ。」
今度はウェンリーが青筋を立て右の眉を引き攣らせながら言った。
「偉そうな態度というのはどんな態度ですか?私はこれが普通ですし、そう見えるのはあなたの心が歪んでいるからなのでは?」
「んだと、この野郎…!!」
――……。
すぐ後ろからずっと聞こえてくる、売り言葉に買い言葉、罵詈雑言の浴びせ合いに悪態と悪口の応酬。
ぎゃんぎゃんと吠え合う二人の声に、俺は無言のままひたすら歩いて行く。
「…なんなのだこの二人は。犬猿の仲、と言う奴か?」
「…そうとも言うな。」
シルヴァンがあまりのことに目を丸くして俺に言う。そりゃ驚くだろうな。さっきまでのリカルドと、何度か見かけていたであろう普段のウェンリーとでは、二人ともあまりに態度が違いすぎる。
俺はと言えば、もう呆れ果てて止める気にもなれない。最初は止めようとしていたのだが、なにを言ってもすぐに言い合いに発展するので、途中から諦めたのだ。
…どうしてこうウェンリーとリカルドは啀み合うんだ?互いに静まるどころか、放っておいたらどんどん加熱しそうだ。かと言って俺がなにか言うと、却って悪化させそうだし…。
どうしたものか、と呆れながらも困り果てていると、シルヴァンが仲裁役を買って出てくれたようだ。
「――二人ともいい加減にせよ、ルーファスが呆れ果てている。まだ続けるのなら、我が黙っておらぬぞ。」
シルヴァンの鋭い眼光が冷ややかに光ると、一瞬で二人は押し黙った。
「…助かった、シルヴァン。」
心底ホッとして俺は思わずその肩に右手を置いて額を当て、凭れかかる。シルヴァンはウェンリーとリカルドを一緒にしないことを提案する、と言い、要らぬ気苦労を好んでするな、と忠告した。
……いや、好きでしてるわけじゃないんだけど。俺はそう苦笑するしかなかった。
――道すがら地震の影響を見ながら下っていくと、所々に亀裂が入ったりして危険な箇所もあったが、とりあえずは通行に支障が出そうなほどの場所はなく、村への物資輸送などには問題なさそうだった。
ところが登山道の方は大丈夫だな、と安心したのも一時で、見慣れたヴァハへの一本道に差し掛かると、俺とウェンリーは異変に気付く。
正面に見えた村の右側に、火の手が上がっていたのだ。
その立ち昇る煙の量と飛んでいる火の粉からすぐに火事だとわかった。ヴァハの建物はほぼ全てが木造だ。雨が降る気配もない今の天候では、あっという間に燃え広がってもおかしくはない。
それにその燃えている辺りには、村唯一の雑貨屋…つまりはウェンリーの家があったのだ。
「お袋!!」
そのことに気付いたウェンリーが血相を変えて走り出す。俺達もすぐに続いて全速力で後を追い、門へと向かった。
既に魔物除けの篝火が焚かれ始め、門扉も3分の1ほどを残して閉じられかけていた入口から、なにか叫んでいた見張り台の当番担当者を無視して、中へバタバタと駆け込む。
――懸念していた通り、燃えていたのはウェンリーの家だった。
「お袋…お袋ぉっっ!!!」
「待て、危険だウェンリー!!」
「放せ!!お袋が…お袋がーっ!!」
燃えさかる炎に包まれた家を見て動転し、ウェンリーがターラ叔母さんを助けに飛び込んで行こうとする。それをシルヴァンががっちりと腕を掴んで、引き止めた。
「シルヴァン、そのままウェンリーを頼む!!リカルド、手伝ってくれ!!水魔法で火を消すんだ!!」
「了解です!!アクエ・グラツィア!!」
リカルドが無詠唱で魔法を即時発動する。俺は水属性魔法は氷結系しか持っていなかった(使用可能なのが)ので、リカルドの魔法をトレースして習得し、それをさらに発展させてから遅れて使用する。
「『アクエ・グラツィア・インヴェル!!』」
ズッ……ザザアアアァァ…
リカルドの放った魔法を利用し、それを宙に舞い上げ、魔力で増量してから範囲を広げ、上から豪雨並みに降り注がせた。
大量に落下してくる水が蒸発するようなジュアアッという気化音を撒いて、一気に火を消し去ってくれる。
なんとか全焼は免れたが、住居部分はほぼ全滅で、店舗部分も完全に水浸しになってしまった。
ブスブスと燻り続ける焼け跡を前に、ウェンリーが呆然としてその場にへたり込む。
もし住居部分にターラ叔母さんが残されていたら、無事に済んでいないだろうことは一目瞭然だったからだ。
無我夢中で消火に集中していた俺は、村の人達が井戸からのバケツリレーで火を消そうと頑張っていたことに気付かず、呆気に取られている彼らを置き去りにしていた。
「ルーファス…ウェンリー?帰って来てたのかい、あんた達…――」
その人垣の向こうから、ゼルタ叔母さんに肩を抱かれて支えられ、頭や腕に包帯を巻いたターラ叔母さんが姿を見せる。
「ゼルタ叔母さん…ターラ叔母さん!!」
≪ 無事だった…!!≫
俺がウェンリーに声を掛ける前に、ウェンリーはすぐさまターラ叔母さんに駆け寄り、ガバッと抱き付いた。
「お袋…っ良かった、無事だった…!!」
「ちょ…なんだい、痛いじゃないか…!」
ターラ叔母さんは少し照れたように困った顔をして、自分より大きいウェンリーの背中を宥めるようにポンポンと叩いた。
それを見ていた俺はホッとしたのと同時に、やっぱり家族がいるというのは羨ましい、そう思いながら隣のリカルドに、手を貸して貰ったお礼を言おうと目を向けた。
「リカルド、手伝ってくれて助かったよ。ありが…――」
思わずそこで言葉を飲み込んでしまったほど、俺はリカルドのその表情に驚いた。…どう言えばいいんだろう?それは俺が初めて見る他人の表情で、一瞬、そのまま泣くんじゃないかと思ったほど、誰かに対する思慕の念が表に現れていた。
…なんて顔をしているんだ、いったい誰を見て――
その視線の先を辿ると、それは間違いなくウェンリーとターラ叔母さんに注がれていた。いや、ターラ叔母さんにだけか…?
俺は困惑して少し躊躇ったが、その肩に触れ、静かに声を掛ける。
「リカルド…?どうした?」
“大丈夫か?” そう尋ねるとハッと我に返ったように瞬間、その表情もがらりと変わる。
「す…すみません、ぼうっとしてしまいました。なんでしょうか?ルーファス。」
――今の顔はなんだったんだ、と言うくらい、いつもの笑顔でにっこりと微笑む。それはひょっとしたら二重人格なのではないかと疑いたくなるほど、見事な変わり身の早さだった。
そうまでして冷静に取り繕われては、気になっても事情を尋ねることなど出来やしない。結局俺はなにも気付かなかった振りをして、直前に言おうとしていた魔法の礼を言うに留めた。
「いや…手伝ってくれてありがとう、と言いたかっただけなんだ。おかげで火は燃え広がらずに済んだみたいだ。」
“どういたしまして、お役に立てて良かったです。”、リカルドはらしくなく俺に営業用の作り笑いを向ける。
普段のリカルドなら、俺にだけはそんな顔を向けたことはなかったのだが…さっき見た表情は気のせいではなかったらしい。そうせざるを得ないほど、何らかの理由で動揺しているのだろう。
触れるべきか、触れずにおくべきか、迷った。だがウェンリーとの初対面時に見せたあの動揺と言い、ウェンリーに対するリカルドの態度となにか関係があるように感じて流せず、俺は少し踏み込んで個人的なことを聞いてみようと思った。
…その時だ。またも異変が襲い来る。
ついさっき起きたばかりの地震とは異なる、細かく、じっと立っていなければ気付かないような微振動が足元を伝う。
なにかヴァハの南の方から少しずつ、こちらへ、こちらへとその震動がかすかな遠鳴りを伴って近付いてくるようだ。
やがてそれは大木を踏み倒すバキバキバキと言う異様な物音と地響きに掏り替わり、目を疑うような巨大な影がその首を擡げた。
「――う…そだろう…!?」俺は思わず口から漏らす。
伝説だと、言ったじゃないか。すぐ横で俺と同じ顔をしてそれを見上げるシルヴァンに、俺は心底そう叫びたくなった。
本編再開します。序盤、小説を書くことに慣れていなかったため、文章があまりにも酷いので、今後改訂版としてR15で少しずつ書き直し新しく投稿しようと思います。話の内容は同じなので、同時進行するつもりです。今後ともよろしくお願いします。




