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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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28 地下遺跡インフィランドゥマ 救出

リカルドの救出に向かったルーファスでしたが、転送陣でたった一人遺跡内に送られてしまう。そこで自分のそばにいたのは、前に姿を見たことのあった、銀色の狼だった。その狼の協力を得て、ルーファスは地下遺跡を進んで行く。

     【 第二十八話 地下遺跡インフィランドゥマ 救出 】



「くっそ…ンのやろーっ!!んがぁっっ!!」

 奇妙な声を上げ、顔を真っ赤にしながらウェンリーが隠し扉と戦っている。

「だあああーっ!!動けってんだよ、こんちくしょうがあっ!!!」

 そして力尽き、ゼエゼエと肩で息をして四つん這いになると、項垂れる。さっきから再三、これを繰り返しているのだ。

 その様子を座り込んで見ているアインツ博士と、トニィ、クレンの姿があった。

「中々に諦めが悪いのう、おまえさん。」

 近くにあった岩に腰掛け、両手で頬杖をつきながらアインツ博士がウェンリーに言う。

「蹴ったり殴ったりして動くもんじゃないぞい、その扉は。」


 ――ルーファスただ一人が転送陣で消えてしまった後、部屋に残されていたウェンリー達の前で、突然あのプレートが光り出し警告音を発した。

 それは古代文字であったため、なにが書いてあったのかはわからなかったが、赤く光が明滅しだしたのと、開いた隠し扉がまた閉まり始めたため、一度全員で外に出ることにしたのだ。

 ところがその後、いくら仕掛けの岩を動かしても扉が開かない。蹴ろうが殴ろうが、押そうが引っ張ろうが、ビクともしなくなってしまったのだ。


「呑気に座ってねえで、なんとかしてくれよ、アインツ博士!!あれから一時間?まだ動かねえのかよ、こいつは!!」

 ウェンリーはそう言って苛立ち、隠し扉を思いっきり蹴った。


 ガンッ


「いってえぇっ!!」

 目一杯蹴った足の方が痛かったため、つま先を抱え込んでピョンピョンと飛び跳ねる。


「わかりましたよ博士!!」

 クレンと話をしていたトニィが、ぱっと顔を明るくして“ひらめいた!”的に話し出す。

「なんかわかったのか!?」

 期待を込めた瞳で、ウェンリーがトニィを見た。

「はい!今そこの転送陣がある入口は、おそらくリセット中なのです!!一度転送陣が発動すると仕掛けが初期状態に戻り、プレートの碑文も変化する。リカルドさんが入った後で同じことが起き、仕掛けがリセットされていたから、我々が調べたのと碑文が変わっていたのでしょう。」

「うんうん、それで?」

「えっと…?」

「つまり、どうすりゃ入れるんだ?」

「リセットが終わって、初期化されればまた開くようになるのではないかと。」

 トニィがにっこりと微笑んでウェンリーに言う。

「まあそうだろうね、でもその時にはプレートの碑文も変わっていて、また解読が必要になるわけだ。」

 とその後でクレンが続けた。

「…ルーファスがいなけりゃ、時間かかるよな?」

「ですねえ。」

 ウェンリーとクレンが顔を見合わせて“こりゃ参ったね”、というように、あはははは、と笑う。

「――それじゃいつ入れるかわかんねえだろうがっっ!!」

 態度を豹変させてウェンリーがクレンの首元を掴んだ。

「どう、どう、ウェンリーさん落ち着いてっっ!!」

「楽しそうじゃのう、おまえさん達。」

 うっほっほとアインツ博士が笑う。

「楽しくねえっっ!!だああ、もうどうにかなんねえのかよーっ!!」

 両手で頭を抱え、空に向かってそうウェンリーは叫んだ。


「周辺を調べて参りましたが、やはり難しそうですね。そもそも入口はここしかないようですし、大人しく仕掛けが動くようになるのを待つしかなさそうです。」

「戻ったのかよ、スカサハ…あんたらさあ、魔法でそこを吹っ飛ばすとかできねえ?」

 ウェンリーの無茶な言葉に、ギョッとしてスカサハが答える。

「む、無茶を言わないでください、そんなことをしたら遺跡の防御機構が働いて、中にいるリカルド様とルーファス様がどのようなことになるかわかりません!!」

「あ、でも一応出来んだ。」

「そ、それはまあ…いえ、とんでもない!」

 頷きそうになって慌てて否定する。

「スカサハ、ウェンリー殿に遊ばれている場合ではない。」

 セルストイが冷ややかに(たしな)めると、“いや、俺遊んでねえけど”とウェンリーがぼやいた。


「まあ焦っても仕方がないて。ルーファス君もかなり優秀な守護者(ハンター)なんじゃろ?リカルド君はちと心配じゃが、なに、あの二人ならばきっと大丈夫じゃ。」

「あのな、リカルドが大丈夫じゃねえから、俺らがここに来てんだろ?ルーファスだって大丈夫だとは限んねえだろーが!!…と、!?」


 その時、突然地震が起きる。


「なんじゃ、地震か…!?」

 その揺れはグラグラと少しの間続き、すぐに治まった。

「珍しいな、エヴァンニュじゃ滅多に揺れたりしねえのに。」


 スカサハとセルストイが顔を見合わせ、空を見上げた。

「今の揺れは…セルストイ。」

「ああ、おそらく。」

 二人だけで相槌を打っていることにウェンリーは訝しんで首を傾げる。

「?」“なんだ…?”


 ――スカサハとセルストイは思う。“始まったのか、遂に”…と。




 ――遡ること一時間ほど前…ルーファスは銀の狼の案内で、遺跡の通路を進んでいた。


 スタート地点から暫くの間は、扉のある細い通路がまるで迷路のように続いていただけだったのだが、行き止まりだと思われた小部屋に動く床があり、そこが階下に降りる一方通行の隠し穴となっていた。

 他にもきちんとした道はありそうだったが、急いでいるルーファスは迷いもせず下に見える床へと飛び降りる。

 降りた先のその部屋に扉はなく、壁を引っ掻く狼の仕草を見て慎重に調べていくと、すぐに回転式のからくり扉が見つかった。


 部屋から出るとそこはまた扉のない部屋になっており、同じように壁を探ろうとすると、今度は狼が服を引っ張って止める。

 そしてルーファスの前を数えるように数歩歩き、床石をトントンと前足で叩いて“ここだ”と言わんばかりに仕掛けがあることを指し示した。

 ルーファスがその床石を体重をかけて押すと大きな音がして、この部屋自体が動き出したように感じる。

 僅か数秒間の揺れの後、ゴトン、と音を立てて壁の一部がめり込み、そこには扉ではなく人一人が通れる位の出入り口が開いていた。


「やっぱり難解な仕掛けだらけなんだな。おまえがいてくれて本当に助かるよ。」

 銀の狼に向かってそう話し掛けながら、足早に少し広くなった通路を歩いていると、突然狼が俺の服を強く引っ張って後ろに引き倒した。

「わっ!?」

 凄い力だったために、踏ん張りきれずに手をついて倒れる。その直後…


 ヒュヒュヒュヒュヒュンッ


 すぐ横の壁から交互に飛んできた数本の矢が、目の前を掠めて壁に当たり、床にバラバラと落ちて行った。驚いた俺の背中に、冷や汗が流れる。


「がうっ!!」

 その吠え声は、油断するな気をつけろ、と言わんばかりだ。

「ああ、ごめん、気をつけるよ。」

 狼の頭を撫でて俺は立ち上がる。


 ――今の罠…僅かな音も気配も感じなかった。狼が引き倒してくれなかったら、避け損ねて刺さっていたところだろう。彼はまるで…この遺跡の案内役みたいだな。

 どこになんの仕掛けがあって、罠がどこに配置されているのかも完全にわかっているようだ。でも…


「おまえ、リカルドを見かけたんだろう?それなのに…どうしてリカルドはここを出て無事にメクレンへ戻って来られなかったんだ?」

 疑問に思った俺の問いかけに、狼はふいっと顔を背けた。…なにか理由があるのだろうか?


 通路から扉を開けて入ったなにもない小部屋を抜けて、また連続した部屋と部屋を通り抜ける。いくつかの部屋を通り、同じような出入り口が見えたところで、閉ざされた扉の先に動く、なにか大きな物の気配を感じて俺は立ち止まった。

 その場にしゃがんでじっと耳を澄ます。


 ゴ…ゴリ…、ゴ…ゴリ…ズシン…ズシン…ゴ…ズシン…ゴリ…


 ゴ、ゴリ、と一定のリズムを刻むその音は、なにか固い物を引きずっているような感じがした。その音に混じり、これも固くて鈍重な物が床を踏みしめて歩く、足音らしき震動が伝わってくる。

 神経を集中させて気配を探るが、この先はどうやら広い空間になっているようで、複数の音が反響してしまい、その(ヌシ)が何体いるのかよくわからない。


 ――聞き慣れない音だな。重そうな“なにか”がいると言うことだけはわかるが、剣だけで相手を倒せるかどうか…姿を確認しないと判断できない。


 俺は音を立てないように、ほんの少しだけ扉を開けて隙間から外の様子を窺った。


 あれは…いったいなんなんだ…!?


 そこから見えたのは鈍色(にびいろ)に光る、巨大な金属の塊だった。それらは人型のような手足が付いており、尖った先端の付いた鉄槌(ハンマー)型の武器を引き摺りながら歩いている。

 頭には兜のような物を被っており、その中から正面に向かってチラチラと動く青い光が放たれていた。


 魔物じゃない…暗黒種とも違う。まるで原動機が自立して動いているような…あんなもの、初めて見たぞ…!

「…剣の攻撃が通じるようには見えないな。何体いるのかわからないが、合間を擦り抜けて突破できるか…?」

「わう。」

 狼が小さめに吠えて俺を見る。

「どの道俺には進む方向がわからない。だからおまえの後に付いていくよ、頼むぞ。」

「ばう。」

 返事をして狼は扉の前に身を構え、陣取った。

「よし、扉を開けたら一気に駆け抜けよう。…1、2…行くぞ!!」


 バンッ


 勢いよく扉を開け、俺達は走り出す。すぐに気付いた金属の人型達は、青かった頭の光を赤く変え、後を追いかけて来る。

 相手は全部で三体。その内の一体は、鉄槌(ハンマー)ではなく巨大な戦斧(バトルアックス)を所持していた。


 あんなに重そうなのに、意外に移動スピードが速い。追いつかれたらやばいな…!!


 ブンッ、ゴォッ…


 その時空を斬る音が聞こえ、俺の頭の上を巨大な戦斧が飛んで行った。

「うわっ!?」


 ドズズン…ガガッ パラパラ…


 目の前の石柱にそれが突き刺さる。

「じょ…冗談じゃない、こんなものを投げてくるなんて…!!」

「ばうっ!!」

 狼と一緒に転げるようにして大広間から通路脇の部屋へと駆け込む。


 すると不思議なことに金属の人型は、それ以上無理をしてまで追いかけては来なかった。


「ハア、ハア…なんとか通り抜けられたか…。」


 あれは侵入者対策のからくり人形かなにかなのか…?それにしては恐ろしいほどの馬鹿力だ。あんなのと魔法もスキルもなしにまともに戦えるはずがない。

 そのことから考えても、ここはとてもじゃないが並の人間が簡単に通れるような遺跡じゃないことだけは確かなようだった。

 クレンさんが言っていたあの言葉…


『フェリューテラを追われた獣人族(ハーフビースト)の隠れ里“イシリ・レコア”に通じる道かもしれない、ということ以外にも…ここにはなにかもっと重要な秘密が隠されている気がします。』


 …あれは強ち、間違いじゃないのかもしれないな。


 少しの()を置いて息を整え、俺はまた立ち上がる。

「結構進んで来たと思うけど…リカルドの居場所はまだ遠いのか?」

「わう…」

 狼は俺の顔を見上げながら少しスピードを上げて駆け出した。その後についてまた暫く進んで行くと、広くなった通路の途中に、なぜかぽっかりと大きな穴が開いていた。


「ばうっばうっ!!おぉん!」

 銀色の狼が先ほどまでとは違った吠え方をして、俺になにかを知らせようとしている。

「…まさか、ここ…?」


 ヒュオオオォォォ…


 果てのない奈落のように、真っ暗な地底(ちぞこ)から風が音を立て吹き上げている。


「――う…そだろう…?…リカルドが、こんなところに…?」

 その穴はどこまでも暗く、覗き込んでもまるで底が見えなかった。


 ――足元に崩れた跡…これは落とし穴か。…いったいどれぐらいの深さがあるんだ?


「リカルド!!いるのか!?…リカルドっ!!」


 穴の底に向かって俺は大声で呼びかけてみた。…だが返事はない。


「おまえはここから落ちるリカルドを見たのか?」

 そう尋ねると狼はまた、ぶんぶんと首を横に振る。

「見たわけじゃないのか。それじゃどうしてここに俺を案内して来たんだ?」

 俺の質問の後で、自分の鼻を前足で擦って見せた。

「ああそうか、匂いか…!」

「ばうっ!」

 それを見てすぐに俺が理解すると、狼は嬉しそうに尻尾を振る。


「…ああ、いや、でも匂いがここで途切れているってことなんだよな。…だとしたらやっぱり、リカルドはここから落ちたのかもしれないのか。」

「クウゥ…」

「この下はどうなっているんだろう?…飛び降りられる高さではなさそうだし、さすがにここからは降りられないよな。どこか下に降りる道は…――」

 その時突然、足元から地鳴りのような音がして地面が揺れ出した。


 ゴゴ…グラグラグラ…


「地震…!?まずい、こっちだ狼!」


 咄嗟にすぐ近くの扉から小部屋の中に入り、狼を抱いて身を低くする。


 ガラガラガラ…ドドド…


 パラパラと天井から細かい砂や石の欠片が降って来て、どこか遠く下の方でなにかが崩れるような音が聞こえた。


 これ以上大きくなるようなら、ここも危ないか…!?崩れたら生き埋めだぞ…!


 そう心配したが、揺れは徐々に減って行き…程なくして完全に治まってくれた。


「…ふう、なんとか大丈夫だったみたいだな。こんなところで地震なんて生きた心地がしない。どこか崩れたような音が聞こえたし、通路が塞がれていたりしなければ良いけど…」

 ほっとして俺はそう呟き、抱いていた狼を見る。

「おまえは大丈夫か?」

「わうっ!」

 返事をした彼を両手で撫でていると、ふとずっと遙か以前にもこうして同じように、この大きな銀色の狼と過ごしたことがあったような気がしてきた。

「――なんだろうな、おまえとは…ずっと前にもこうして、一緒に過ごしたことがあるような気がするよ。とても出会ったばかりとは思えない。…なぜなんだろうな。」

「クウゥ…」

 これは俺の気のせいかもしれないが、鼻を鳴らした狼が少し寂しそうに見える。


「…と、こんなことはしていられない、リカルドを探さないと。下へ降りる道はどこか――」


 ズザザザザッ…ドドドドッ


「…!?」


 開いたままの扉の前を、一斉に黒い小型の虫型魔物が集団で通り過ぎて行った。それらは一瞬で流れる水のように、キィキィと小さく鳴きながらあっという間に駆けて行く。


 今度は魔物か…今のはどこから現れたんだ?こちらには気付かずに行ってしまったようだけど…なにかから逃げてでもいたのか?

 

 そう不審に思いながら俺はまた元の通路へと戻った。見たところなんの変化もないように思えたが、床の穴向こうの壁に、大きな亀裂が入っていた。

「ばう、わう!」

 銀の狼は軽快にスタッと穴を飛び越え、その亀裂が入った壁の前へと移動する。

「ばうばう!」

「え…?もしかしてその壁を崩せって言うのか?…大丈夫かな。」


 まあいい、やるだけやってみよう。


「はあぁ…せいっ!!」

 闘気を込めて俺は利き足で思いっきりその壁を蹴った。


 ドンッ、ガラガラガラ…


 崩れた壁のその先に、なんと下への階段があったのだ。

「わう!」

「あっおい!?」

 銀の狼が俺を置いて階段を駆け降りて行ってしまう。

「待てよ…!」

 慌ててその後を追いかけると、辛うじて階段を降りて行く狼の尻尾だけが見え、それを見失わないように一気に三階層分ほども駆け降りた。

「おい待てって…!どこへ行くんだ…!?」

「ばううっ!!」


 やがて辿り着いたその場所で、狼は尻尾を振りながら俺を待っていた。そこは先ほどの広間の半分ほどの広さで、両脇に細い通路と真ん中に三つの石の扉が並んでいる、仕掛けが設置された部屋だった。

 そしてその三つの石の扉には、それぞれになにかの紋章のような模様が刻まれており、その中の一つ、真ん中の扉に描かれた紋章に俺は見覚えがあった。

「この紋章は…」

 俺は無限収納からキー・メダリオンを取り出す。

「ああ、やっぱり。このキー・メダリオンと同じ紋章だ。」

「わうっ!」

「――この扉、仕掛け扉になっているな。ええと…?」


 また古代文字の碑文が表示されたプレートがある。そしてその前には六本のレバーのような物が付いた箱があった。


『封印されし力の泉、正しき流れにて解放せん。火は立ち昇り、水は滴り、地は揺らぎ、風は凪ぐ。光は天に闇は地に。』


 要するに、これもパズルかな。レバーは上中下の三段階に動くようだった。その謎を解き、それぞれのレバーを動かして行く。


 するとキー・メダリオンの紋章が付いた扉だけが緑色に光り、音を立てて動いた。扉が開くのをそこで待ち構えていた狼が、タタタタッと奥へ走って行く。

 扉の先は今までの遺跡とは雰囲気が違っていて、まるで自然のままの洞窟のようだ。内部の壁には光り苔が輝いており、発光石とは違う薄緑色の光が辺りを照らしていた。

「――また随分と雰囲気が変わったな。ここは遺跡の中と言うより自然洞窟みたいだ。進む方向はこっちで本当に良かったのか?」


 少し不安を感じながら奥へと歩いて行くと、最奥に緑と橙の光を放つクリスタルの壁に覆われた不思議な場所へと辿り着いた。

 そこには真っ白い鍾乳石で囲われ、上部に青緑色のクリスタルが飾られた、直径約1メートルほどの大きさの、青白く澄んだ水を湛える泉があった。

「行き止まりじゃないか。どうしてこんなところに連れてきた?」

「わうわう!」

「わうわう、じゃない、俺はリカルドを探しているんだ。寄り道をしている場合じゃ――」

 その泉の傍らに、酷く古びた石碑がある。俺はふとその石碑に刻まれた一文に目が止まってしまった。


『終わりの地、イシリ・レコアはまた始まりの地。不可知なる深淵の闇より生まれ出でしもの 地に満つる時、天帝の御子(みこ)たる守護七聖主(マスタリオン)、その力解放せんがため舞い戻らん。』


 マスタリオン…!?


『其は万物を司りし者にして破壊者なり。其は世の(ことわり)に逆らいし者にして不滅なり。宝玉に封じられし七つの御魂(みたま)、其に呼応せしとき、砕かれし護印と共に災厄の(とき)始まれり。』


「これは…この文は…」


 世の(ことわり)に逆らいし者にして、不滅…?まるで…まるで、俺のことを表しているみたいじゃないか…!


 グイッ


「!!」


 服を引っ張られて俺は我に返る。


「な…なんだよ、引っ張るな。どうした?」

「わうわう、ばう!!」

「…?これが気になるのか?」

 俺の手にあるキー・メダリオンを(しき)りに鼻で(つつ)いている。

「なにが言いたいのかわからない。これがなんだ?」

「ばううっ!!」

 狼がもどかしそうに俺からキー・メダリオンを奪い、石碑の上に持って行った。

「あっこら!!」

 よく見るとそこに、ちょうどキー・メダリオンが嵌められる位の窪みがあったのだ。

「ここにこれを嵌めろって言いたかったのか。…わかったよ。」


 カチッ


 ――ぴったりだ。でもこれでなにが起きる…?


 フオンッ…


 ほんの数秒()を置いた後、目の前の石碑が眩い光を放つ。すると次に足元の地面が小刻みに震え出した。それは地震と言うほどのものではなく、下でまたなにか仕掛けが動いているような感じだった。その振動が静まるとすぐに奇妙な音が響き出す。


 コッ…コポポコポ…ココココ…


 その妙な音の正体は目の前の泉だった。


 さっきまでただ静かに澄んだ水を湛えていただけの泉が、上部の青緑色のクリスタルに吸い込まれるように()()()()()と向かい水が逆に流れて行く。


「――泉が…」

 その時だった。俺の頭の中にいつもの声が響いたのは。


『――ルーファス様!!』


「この声…アテナ!?アテナか…!!」


 俺の横にすぐにアテナが姿を現した。

「アテナ!!良かった、無事だったか…!」

『はい、ルーファス様の魔力が急に封じられて…意識を失っておりましたが、今目を覚ましました。』

 そう言われて俺は静かに目を閉じる。どういうわけか魔力が元通り使えるようになっていた。

 自己管理システムも復活し、いつものステータス画面が見える。簡易マップも表示されるようになった。


 そうか、もしかしてこの装置は――


『我が(あるじ)よ、ようやくこれで言葉が通じるな。』

 そう言って目の前の銀の狼が突如話し出した。

「え…――」

『お捜しの人物は、ここより下層、地下水脈の川辺に流れ着いている。このインフィランドゥマでは(あるじ)以外魔法の使用は我が許さぬ。かなりの負傷具合だったが故に、あの者を助けるのであれば急がれた方が良い。』

「おまえ…!?いや、あ、主って――」

 狼が話した…!?しかも俺を(あるじ)って…どういうことだ…!!


『ルーファス様、下層に誰か瀕死の状態で倒れています。あのままでは命が危険かと――』

 アテナの言葉に混乱が全て吹っ飛んだ。

「リカルド…!!」

 俺は慌ててキー・メダリオンを引っ掴むと、すぐに無限収納にしまい込む。


 アテナ、その場所まで簡易マップで誘導してくれ!!


『かしこまりました、要救助者の位置を表示します。ですがルーファス様…』

 俺はリカルドの位置が黄色の点滅信号で表示されるとすぐに走り出した。その後を追うように銀の狼も付いて来る。


 なんだ!?


『…いえ、なんでもありません。“古代兵器ゴーレム”の徘徊位置を特定。可能な限り回避する最適ルートを表示します。』


 急がないと…!!狼はかなりの負傷具合だと言った。アテナは瀕死だと…どれほどの怪我を負っているのかわからない。今行くから…今俺が助けに行く、待っていろリカルド…!!


 アテナの簡易マップが、これほど有り難いと思ったことはない。隠し扉も、あちこちにあるトラップも、その全てが表示されていて…あの金属の人形を避け、最短距離で下層へと向かうことが可能なのだ。


 ところが――


『ルーファス様!!前方の大広間に、未知の大型生物がいます…!!』

 一気に何層か駆け降りてきたところで、俺の横を滑るように飛んで移動していたアテナが叫んだ。

「未知の大型生物…!?この急いでいる時に…!!」

『――む…(あるじ)よ、先ほどの地震で封じ込めていた古代期の魔物、ダイナ・センティピードが解放されたようだ。』

「それはどんな魔物だ!?」

 俺は走りながら聞き返す。

『奴は壁や天井全てを移動し、その身体に猛毒を持つ、節足動物だ。長い身体を利用して獲物を囲い込み、顎肢にある爪から毒液を注入する。頭には対の触覚と強靱な大顎があり動きが速く、とても危険だ。』

「ムカデのような怪物か…弱点は?」

『火に弱い。』

「――火属性の魔法はまだ使えなかったな、わかった、今使える魔法で対応しよう。」

『我が囮を引き受ける。』

「大丈夫なのか?」

『任せよ。』

「無理はするなよ、アテナ!!時間が惜しい、このまま突っ込む!!防御と支援は頼むぞ!!」

『かしこまりました。対大型フィールド展開、ステータスオープン。』

『!?…これは…!?』

 その反応を見るにどうやら狼の頭にもステータス画面が表示されたようだ。だが説明している暇はない。


 ギシャアアアアアアアッ


 速度を緩めずに突っ込んだ大広間で、その大型の魔物は待ち構えていた。


 特徴を聞いていた通り、やはり外見はムカデのような巨大魔物だ。体長は六メートル近くあるだろうか、真っ黒い各環節に朱色の歩脚が左右二本ずつ、平べったい躯体に黄色い触覚とオレンジ色の顎口下に、鋭い顎肢(がくし)が見える。

 俺達を見ると、もの凄い速さで壁から天井をぐるりと駆け上がり、真上に陣取って口から毒液を吐き出し降らせて来た。


『ディフェンド・ウォール・リフレクト!!フォースフィールド発動、バスターウェポン発動、クイックネス発動。』

 アテナの補助魔法が炸裂する。


 キインキンキンッ


 バシャバシャバシャッ


 障壁が先ずは降ってきた毒液を全て弾き返した。


 最初に動いたのは、囮を引き受けると言った狼だ。

『我が一撃を食らえ、閃光牙!!』

 その目にも留まらぬ速さで、魔物の顔前を右から左へと鋭く駆け抜けて行く。


 それは一筋の残光となって、魔物の顔に傷を負わせる。


 ズザザザザッ


 背後に着地した狼を追ってその巨体が反転し、渦を描くように移動し始めた。


「俺の邪魔をするなあっ!!どけえっ!!」


 進路を塞ぐ目の前の魔物が今、心の底から邪魔だった。


 リカルドを助けに行きたいのに、こんなところでおまえは邪魔をするのか…!!古代期の魔物だろうが関係ない…どかないのなら、すぐに倒してやるだけだ…!!


『――!!…特殊スキル“殲滅”発動を確認しました…!!』


「喰らえ!!グラキエース・ヴォルテクス!!」

 俺は抜いた剣で闘気を込めた衝撃波を飛ばし、左手に魔力塊を練り上げて一気に放つ。


 ゴッ…ドヒュウウウゥッ


 巨大ムカデの足元からいつもより大きい氷の渦が吹き上げ、天井からその巨体を叩き落とした。だが敵もすぐに体制を立て直し、首を擡げる。


「ちっ、凍結は効かないか…!!」

 動きを止めてしまえば早いと思ったが、耐性を持っているらしい。

『どこを見ている!!おまえの相手は我だ!!ビースト・ファング!!』

 銀の狼が攻撃を仕掛けて頭の注意を引きつけ続ける。俺はその隙を逃さず、死角から後ろに回り込んで、今度は腹部を狙った。

「切り裂け、ウインド・スラスト!!一刀両断っ!斬波真影閃(ざんはしんえいせん)!!」

 渾身の一撃を叩き込み、その躯体を切断する。


 ギシャアアァッ


 周囲に魔物の青い体液が飛び散った。怒り狂った魔物は、身を捩りこちら目掛けてその強力な顎をガチガチと鳴らして襲いかかって来る。

『ディフェンド・ウォール・リフレクト!インテリジェンス・ブースト発動!ルーファス様、グラビティ・フォールを!!』

 その魔物の攻撃をまたアテナの障壁が弾き返す。自分の攻撃が跳ね返り、魔物は混乱したように後退(あとずさ)った。やはり今度も相手にアテナの姿は見えていないようだ。


詠唱短縮(スピードスペル)!!押し潰せ、グラビティ・フォール!!」

 再び俺は魔力塊を魔物目掛けて解き放ち、灰色の球体で巨体を押し潰そうとした。だがこちらの魔力塊が当たる瞬間に魔物は踵を返し、天井に開いていた穴から素早く逃げ出してしまった。

「なに…っ!?」

『逃げたか…!!』

 さすがに上階に逃げられてはすぐには追えない。

『魔物の損傷率は70%です。追いかけますか?ルーファス様。』

 アテナが戦闘フィールドを解除した。

「いや、放っておいていい。俺の目的はリカルドの救出だ、後で討伐するにしても今はリカルドが先だ…!」

『かしこまりました。』


 逃げた魔物に構わず、俺はまたすぐに走り出し、リカルドがいる下層を目指してひたすら急いだ。途中に出会した魔物には一切構わず、一直線に黄色の点滅信号だけを目指して。


 ――そしてどのくらい下まで降りて来ただろう。


 石の階段から下に見える景色が、巨大な地下空間の自然洞窟に変わり、曲がりくねった地下水脈が流れていたその川岸に、倒れて動かないリカルドを見つけた。


「――リカルド…っ!!!」


 俺はピクリとも動かず、意識のないリカルドを…駆け付けてすぐに抱き起こしたかった。だがそれをアテナに止められる。


『ルーファス様、動かしてはいけません!先ずはすぐに最上級治癒魔法を…!!私も補助致します、急いで…!!』


「わ…わかった、頼む!詠唱短縮(スピードスペル)、深き傷を癒やせ、治癒魔法エクストラ・ヒール!!」


 ――緑色に輝く淡い光が、リカルドを包み込んだ。


 俺は願った。これ以上ないくらいに。


 血の気のない、青白いリカルドの顔を見て…またいつものあの笑顔が見たい、と――

リカルドの救出は、成功したのでしょうか?次回、仕上がり次第アップします。

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