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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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256 カルト教団ケルベロス ④

カルト教団ケルベロスの本拠地で、ライは日を過ごしながら少しずつ内情を知り始めていました。信頼して可愛がっていた後輩のティトレイに裏切られていたことを知り、さらには知らずして殺されてかけていたことに傷つきもします。けれどティトレイの方にライの心を気遣う様子が見えず、ライはすっかり失望してしまいました。そんなライの様子をクルンはナトゥールスに報告しているようですが…?

      【 第二百六十五話 カルト教団ケルベロス ④ 】



「今日一日のオドの様子はどうでしたか?クルン。」


 その日の役目を終え、ライの護衛を務めるクルンは、ライが〝ナトゥールス〟と呼ぶ教祖アクリュースの元を訪れていた。

 多くの信者がそうするように両膝を床に着いて頭を垂れ、左手を胸に添えて教祖への敬意を表している。

 そうしてクルンはいつも通り、ライの傍で見聞きしたことやライ本人から聞かされた話など具に報告していく。


 そう、ライ自身もそうだろうと予想していたように、確かにクルンは〝護衛〟だが〝それ以外〟の役目も担っていたのだった。


「はい、本日のオド様はアクリュース様との朝食後に面会の申し込みがあったリーグズ信徒と屋上庭園で顔を合わせられましたが、女性信徒との結婚報告を受けた後に式への参加を請われて不快感を露わにされておいででした。」

「そう…無理もありませんね。信じていた後輩に裏切られただけでなく、殺されかけていた事実を知ったばかりなのですから。その上この時期のオドはまだ、結婚を望んでいた唯一の女性と別れて左程経っていないはずです。…リーグズ信徒はオドと親しくしていたと言う割りに、裏切りに対する謝罪を忘れているばかりか彼の心を思いやるという配慮に全く欠けています。」

「はい、僕もそう思います。」


 クルンの報告を受けたナトゥールスは僅かに目を細めると、軽く握った右手を上唇の辺りへ添えながら、なにか思案するように椅子の肘掛けを左手の人差し指でトントン、と二度ほど叩いた。


「――その後、どこか落ち込んでいるような節は見られましたか?」

「いえ、直後は口数も減っておられましたが、僕が十歳以下の子供の通う魔法学校への見学を提示したところ喜ばれて、それが良い気分転換になったようでした。」

「それは良かったわ、さすがはクルンですね。どうすればオドの心を慰められるか良くわかっています。…あなたをオドに付けて正解でした。」


 ナトゥールスは満足げに微笑むと心からクルンへ労いの言葉をかける。


「ありがとうございます、アクリュース様にそう仰っていただけるだけで嬉しいです。――僕の役目はなんの先入観も持たずオド様に付き添い、オド様を守りながら強固な信頼を得ること…事前に必要最低限のことしか伺っていませんが、オド様という御方のお人柄について大分詳しく知れたと自負しています。」


 教祖直々に褒められ、クルンは宗教に心酔する信者らしくその瞳を潤ませながら、誇らしげにそう言った。


「今後もその調子で頼みますよ、クルン。普段は安易に他者を懐へ入れないオドですが、年が下の子供に対してはその警戒心もかなり薄れる傾向にあります。孤児院で育った過去の境遇から、幼き者は守るべきものと思っているのでしょう。」

「オド様はお優しい方ですから。」

「――それでオドに関して私に許可を取りたいことがあるそうですが、なんでしょう?」

「はい。既にテリオスクルムは終えましたが…どうか僕がリーグズ信徒へ個人的な罰を与える機会を頂けませんでしょうか。」


 歓喜の表情から一転し、クルンは子供とは思えないほど冷酷な目をして、ナトゥールスに訴える。


「…オドがそれを望んだのですか?」

「いいえ。ですがあの者は同様の欲が絡めば再び同じことを繰り返すと思います。そうなれば次はオド様がどのような危険に晒されるかわかりません。僕は亡き両親からあのような人間が辿るべき末路を教わりました。」


 そうして最後に小さく口の端に歪んだ笑みを浮かべて続けた。


「後々の懸念を払拭するためにも是非御一考ください。」



 ――同時刻、ライ。


 日付の変わる深夜。子供のクルンはまだ起きていたが、ライはティトレイから受けた精神的な傷の痛みを紛らわそうとして、部屋に置いてあった酒を軽く呷ってから早めに床へ就いていた。

 元々ライは酒に強くなく、一、二杯口にすればすぐに酔って眠くなってしまう方だ。

 そのことは自分でも良く知っているだけに、今日はわざとそうしてから横になったのだが、眠りについて二時間もしないうちにライはぼんやりと目を覚ました。


 まだ酔いの残る頭で、寝惚け眼にうっすら目を開ける。



「……?」


 空気が…微かに、動いている?


 部屋には俺以外誰もいないのに…まるでなにかが、寝台のすぐ傍を行ったり来たりして移動しているような――


 ――部屋の灯りは点けたままだ、誰かいればすぐにわかる。


 なによりもその流れを右腕の肌に直接感じているのに、そこに動くような存在がなにも見えない事の方が奇妙だろう。


 …気のせいだ。こんな気配は無視して目を閉じ、知らぬ振りをして眠ってしまうに限る。

 ここがエヴァンニュならまだしも、ナトゥールスの宮であるこのカエルレウム宮で、少なくとも俺の命を狙うような輩は()()いないはずだ。


 命の危険がないのなら放っておこう。――そう決めて再び目を閉じ、再度眠りにつこうと体勢を変えた時だ。


 ふっ、と部屋の灯りが消えて真っ暗になった。当然驚いて重くなりかけた瞼をぱちりとまた開く。

 この部屋に独りでに明光石が点消灯するような機能はついていない…ならばなぜ灯りが消えた?――誰かが消したのでもない限りはあり得ないだろう。


 俺はふと、昨日の図書室での一件を思い出した。俺がカルバラーサ建国記を読んでいた時、背後に近付く人の気配を感じて振り返ったのに、そこには誰もいなかった…あの時の事だ。


 まさかとは思うが…


 恐る恐る顔だけを室内へ向け、思い切って尋ねてみる。


「……誰かいるのか?」


 ――こう声をかけて返事があったらあったで対処に困るな、と心で苦笑した。他人に見えないものが見えることはあれど、なにも見えないのに〝そこにいるなにか〟の気配だけを感じるのは初めてだ。

 こちらから話しかけてみたものの返事はなく、念のため暫く待ってみたが室内は暗いままシンと静まりかえって物音一つしない。

 このことで俺の目は完全に冴えてしまい、残っていた酔いも吹っ飛んで行く。反射的にそのなにかの動く気配を探ろうとして無駄に神経を張り詰め、わけのわからない不安が心臓の鼓動を早くした。


 …なんだ、やはり気のせいか。


 動きの停止した空気にホッと安堵しかけた瞬間、再びあの声が俺の名を呼んだ。


『…ライ…、ラムサ…ス……』

「誰だ!!」


 反射的に上半身を起こして見えない相手に問いかける。今度は耳元でこそなかったものの、明らかにその声は部屋の中で木霊してはっきり聞こえたからだ。


 気のせいじゃない…なにも見えないが、室内になにかいる…!


 俺は眠るのを諦めて寝台から飛び起き、傍の椅子にかけてあった上着を羽織ってそこに座り直した。


「昨日図書室にいた奴だな。そうして傍を彷徨いて呼びかけてくるだけでは、おまえが誰なのか俺になんの用があるのかもわからない。言いたいことがあるにしろ、して欲しいことがあるにせよ、せめて姿を見せたらどうなんだ。」


 俺は識者で他人に見えないものが見えることもあり、不安を抱くことはあっても左程不可視の存在には恐怖を感じない。

 それでも人並みにゾッとして驚くことはあるが、同じ存在との遭遇も二度目となると、相手が不死族になる前の霊魂…所謂『幽霊』の類いであっても話ぐらいは聞いてやろうと言う気になっていた。


 なにより俺の名を呼ぶからには、俺に用があると決まっている。


 一体この声の(ぬし)は誰だ…なんの用があって俺の近くを彷徨いている?


 そう思いながら灯りを点けずに待っていると、やがて扉前の空間に宙に浮くぼんやりとした黄色い光球が現れた。


 ――今にも消え入りそうなほどに弱々しい光…


「なるほど…それがおまえの姿か。」


 話に聞く幽霊というのは生前の姿を取るものだと思い込んでいたが、拍子抜けしたな。これでは元がどんな人間だったのかわからない。


「誰かは知らないが俺になんの用だ?なにか頼みでもあるのか。悪いが俺は霊媒師ではない、霊視とかいうのもできなければしてやれることにも限りがあるぞ。それでもいいのなら聞いてやる、言ってみろ。」


 我ながら寝惚けているのかと正気を疑いたくなるが、気配だけで今後も昼夜問わず近くを彷徨かれては迷惑だ。

 今のところ害はなさそうだし自力で解決できるのなら、この程度クルンやナトゥールスに知らせるまでもないだろう。


 俺の名前を繰り返せるのだ、口が利けないわけではないと思うのだが…やがてその光はなにかを訴えるように一度だけ明滅すると、スウッと扉を擦り抜けて廊下へ出て行ってしまう。


 消えたのか?…いや、まるでついて来い、そう言っているように見えたな。


 秒の間悩んだものの俺は立ち上がり、扉を開けて廊下へ出てみる。


 ――いた。暗がりでなければ見えないほど弱々しい光は、俺が部屋の外へ出てくるのを待っていたかのように再び一度だけ明滅すると、スイッと一定の方向へ宙を移動し始めた。


 やはりついて来いと言っているようだな。どこへ連れて行くつもりなのか…仕方ない、乗りかかった船だ、付き合うか。


 俺は右手首に嵌めたままのグルータバングルを一瞥し、短い溜息を吐いて歩き出した。


 俺がその後を追い始めると、ついて来ることを確信した光は移動速度を速めてどこかへ突き進んで行く。

 しかしこのカエルレウム宮に上下階層の移動手段は転送陣しかないのだ、すぐに廊下は行き止まりへと突き当たってしまう。


「!」


 するとそれすらもわかっているかのように光は転送陣を出現させ、その上で漂いながら俺が中に入るのを待っている。


 腕輪もないのにどうやって…いや、この手のことは考えるだけ無駄という奴だな。


 俺は無言で転送陣に足を踏み入れた。


 シュンッ


 ――自分で行き先を選んでいないのだから、当然その先がどこへ行くのかもわかっていない。…が、幸いなことに移動先は見覚えのあるフロアだった。


「ここは…」


 足元の床に点々と夜間用の誘導灯だけが灯っている。その僅かな光でどこなのかはすぐにわかった。


「昨日の図書室か…どうやらここで最初に遭遇したのには理由があったようだな。」


 俺に構わず光は壁際にずらりと並んでいる本棚の方へ飛んで行く。なにか特別な本でも読ませたいのかと首を捻るが、その後を追うと光は本棚と本棚の間を擦り抜けて真っ直ぐ突き当たりへ向かい、そのまま壁の中に吸い込まれてしまった。


「な…おい、そこは壁だ!俺は生身の人間だぞ、そんなところは通れな――」


 慌てて光の消えた壁に手を伸ばすと、そこに触れた瞬間なぜか壁の固い感触はなく、どういうわけか俺までそこを擦り抜けてしまう。


「なにっ!?」


 あるはずの壁がないことで転倒しかけるも、俺はどうにか寸前で踏み留まり、蹌踉けて体勢を崩したまま振り返ると、そこにはもう壁すら見えなかった。


「………」


 なにも見えない暗闇の中を二、三歩戻りながら手で探るも、俺の両手はただなにもない空を彷徨っている。


 壁が消えた。このカエルレウム宮という場所には、随分あちらこちらに魔法による仕掛けが施されているらしい。

 そう言えば初日も通ったはずの扉が消えて壁になっていたり、扉を抜けた先が入って来たのとは別の場所へ変わっていたりもしていた。

 もしかしたらこれもそれと同じ原理の現象なのかもしれないが、これでは到底俺など宮内の構造を正確に把握するのは無理だ。


 ナトゥールスは俺にどこへでも入る許可をくれると言っていたが…秘匿転送陣(ハイドポータル)すらないこう言った仕掛けまではさすがに見つけられないだろう。


 こうなってくるとあの言葉も本当かどうかは信じられなくなってくる。


「まあいい、この光が俺をどこへ導こうとしているのか…ついて行けばそれもわかるだろう。」


 ――周囲はかなり暗く、照明が一切見当たらないために、どうなっているのかもわからない。

 やけにひんやりとした空気が漂っていることから、魔法石による空調が効いているのか、元々気温が低い傾向のある場所なのだろう。

 靴裏に感じる地面の感触は石床の上を歩くように固いが音は殆どせず、一人で喋った声も響かないところを見るに少し特殊な空間のようだ。


 俺は目の前を一直線に飛んで行く光を見失わないよう追い続けた。そうして数分も進んだ頃、また突然に明るい場所へ出たのだった。


 眩しい…!暗闇からいきなり外へ出たせいか…!!


 目を刺す光から守ろうと手を翳しつつ一時瞑るも、すぐに慣れて恐る恐る再び開いた。

 すると明るかったのは明光石などによる照明の光ではなく、あの清めの間で見たのと同じ『青い光』の所為だということがわかった。


「…一体なんだ、ここは…」


 天井を見上げると剥き出しの岩盤がそのままで、かなりの高さがある。そこから落盤を防ぐ為なのか、金属製の太い支柱が一定間隔で並んでいるのが見えるも、地面との設置部位はずらりと並んでいる円柱型の容器で見えない。

 所々に駆動機器のような箱型の装置が見えることから、どうやらここはなにかの研究施設のような場所かもしれなかった。


「どこまで広いんだ…部屋の端が全く見えない。…エヴァンニュにもある巨大な地下空洞かもしれないな。王都の真下にある護印柱の入口付近にも似ているような雰囲気がある…」


 とりあえず歩を進め、先ずは目に付いたすぐ傍の天然岩を刳り抜いただけのような水槽を上から覗き込んだ。ここが最も強い光を上へ向かって放っていたからだ。


「この青い液体は例の〝神水〟か。」


 形は歪だが、槽の大きさはざっと縦横が十メートル以上はある。深さも地面の下にまで及んでおり五メートルぐらいありそうだ。

 その水槽が幾つもあって、全てあの青く光る神水で満たされていた。


 ナトゥールスは青い光の正体を神力<エーテル>と言っていた。つまりこの神水がその『エーテル』と言うものなのか…?


「…うん?」


 よく見ると縁の方が固形化しているような…神水は液体だけでなく、低温で凍る水のように固体にもなるのか?


 俺は水槽に張られた神水に手を伸ばし、表面が固まり始めているその部分に力を加えてみた。

 パキン、と小気味の良い音を立て、冬に水桶の表面に張る薄氷にも似たその欠片を手に取ってみる。


 …やはり固形化しているな。触れた指先から体内に流れ込んで来るような、不思議な力を感じる――


「こう言ったものの知識のない俺がこれを見た所でなにかわかるというわけではないが…後で誰かに調べて貰うためにも、とりあえずこの欠片だけ持って行ってみるか。それはそうと…」


 欠片を上着のポケットにしまいながら顔を上げて周囲を見回す。


 あの光はどこへ行った?眩しくて目を瞑っている間にすっかり見失ってしまった。それに…見渡す限りこの空間一杯に置いてあるあの容器はなんだろう?


 俺はずらりと縦横に並んでいる円柱型の容器が酷く気になった。


 土台部には金属製の台座があり、各個別に四角い駆動機器のようなものと消灯された赤色、青色に、どれも点灯している緑色の三つの球灯が見えている。

 本体部は硝子様の外から中が透けて見える素材で筒型をしており、上部にも金属部が見えることから、多分天井部で蓋をされているのだろう。

 さらにそこからは金属製の細長い管が生えていて、背面で地面へ向かい縦に真っ直ぐ伸びていた。これは地下に埋まっていると思しき配管と繋がっているらしい。


 容器内は上まで神水に満たされているようだが…青い光の中になにか黒っぽい影がゆらゆらと浮かんでいるように見える。

 各容器によって影の大きさは様々だし、もっと近付いてよく見てみないとはっきりしないが、あの形はまさか…?


 ――その円柱容器はざっと見ただけでも、間に細い通路を挟んで並べられ、遥か奥の方までずっとずっと続いていた。

 その数は数百か数千か…とにかく、とてもこの場ですぐに数えられるような数ではなかった。


 嫌な予感がする…


 ゆっくりとそれに歩を進めながら一歩一歩近付くにつれ、心臓がドキドキし始め段々と胸騒ぎが強くなって来た。

 これはなにも知らなければ普通でいられるのに、知ってしまったらもう元には戻れない、と言うような、恐ろしい現実を目の当たりにするある種の前触れみたいなものだ。


「…は…」


 ――そうして俺は見てしまった。


 思わず右手で口を塞ぎ、驚きの声を漏らす前に防いだ。一応周囲に人の気配はないが、それは恐らくこの場所に誰かが侵入すること自体、初めから想定されていないせいではないだろうか。


 愕然としながら見上げた容器は離れて見ていた時の予想よりずっと大きく、土台部分を除いた透明な器だけでも五メートルはあり、上部に突き出た管までは地面から一階建て民家の屋根ぐらい高さがあった。


 その中に全裸の青年が浮かんでいる。目を閉じて両手両足を垂れ下がらせ、完全に頭の上まで神水に浸されていた。


 …人間だ。やはりそうだった。遠くから見えた黒い影に見慣れた形の手足が見えたから…そうではないかと思ったんだ。


 これは生きているのか?それとも死んでいるのか、どちらなんだ…


 外から見ただけでは、中に浮かんでいる人間がどういう状態にあるのか全くわからなかった。


『ライ…、ラム…サ…ス…』

「!」


 呆然とする俺の耳に、再びあの声が届く。見ると百メートルほど先の方で明滅するあの光が俺を呼んでいた。


「…おい!」


 俺はまた見失ってしまう前に慌てて光の元へ駆け出した。


 走りながら視界に入る左右の円柱容器全てに、老若男女問わず全裸の人間が浮かんでいるのを確かめる。


 ――この容器全てに人間が入れられているとするなら…俺を呼んでいるあの光は、もしかして自分の本体へ誘導しているのか?…そう思った。


 光は俺が一定の距離まで近付くと動き出し、それを繰り返しながら通路を右に曲がって少し行っては左へ折れ、また右に曲がってそこまでの最短距離を導いているらしかった。

 そして光は目的地らしきその場所へ辿り着くと、俺がしっかり視認してやってくるのを見計らい、スウッと右脇の円柱容器内へ吸い込まれて行った。


 あそこがそうか…!


 息を切らせてようやくそこに駆け付けた俺は、一旦息を整えて顎先に伝う汗を拭いながら顔を上げその器を見上げた。


「な…」


 その瞬間、驚きのあまり両目を大きく見開いて凝視する。


 ――窶れて落ち窪んだ伏せた目に、少し伸びかけた無精髭。がっしりとした大柄な体躯に、厚い胸板と六つに割れた腹筋や鍛えられた筋肉で盛り上がった二の腕は、最後に別れた時と殆ど変わっていないように見えた。


 その円柱容器内でゆらゆらと神水に浮かんでいたのは、エヴァンニュ王国のAランク級守護者パーティー『根無し草(ダックウィード)』の副リーダー、『フォション・ボルドー』だったのだ。


「フォ…、フォ、ション…?」


 嘘だろう…なんだこれは…どうしてエヴァンニュから遠く離れたこんな場所に、それもこんなわけのわからない容れ物にフォションが入れられている…?一体なにが――


 俺はフォション・ボルドーと最後に別れた時のことを必死に思い起こしてみた。



 ――数ヶ月前、エヴァンニュ王都の地下にある『護印柱』のエントランスで、俺とイーヴ、トゥレン、そしてフォション・ボルドーの四人は、いきなり現れたリカルド・トライツィと二人の男によって魔法の檻に捕らわれた。

 その時俺達は、施設内で負傷し瀕死状態に陥っていた根無し草(ダックウィード)のリーダー『ヴァレッタ・ハーヴェル』を連れていた。

 だがヴァレッタはトライツィの連れていた男達が放った魔法で変異し、『レスルタード』という異形の魔物と化してしまう。

 彼女は護印柱内を徘徊していた魔物から受けた傷により、魔物の種だと言う『テリビリスザート』に感染していたからだった。


 そんなことなどなにも知らなかった俺達は、檻に捕らわれたままなにも出来ず、トライツィ達の手で壮絶な戦いの果てにヴァレッタが消滅させられるまでの一部始終をただ見ていた。

 そうして全てが終わり、ヴァレッタが身に着けていた一部の装身具だけを残して跡形もなく消えたあと、トライツィ達が無言で去って行ったと同時に魔法檻からようやく解放されたのだった。


 目の前で変異したヴァレッタに、直後から繰り広げられた凄まじい戦闘。なにが起きたのかすら理解出来ないままその場に残された俺達は茫然となったが、ヴァレッタを失ったフォションは声も上げずに暫くの間地面に突っ伏して肩を震わせていた。


 その後重い足を引き摺って地底深くから長い長い階段を上り、ようやく地下水路へ戻った俺達は、今度はそこに待ち構えていたあの男の私兵に問答無用で捕らわれた。

 俺は直ちにイーヴとトゥレンから引き離され、フォションはフォションだけでなんの言葉も交わせないまま別にどこかへ連れて行かれてしまった。


 その際虚ろな目をして失意の底へ沈み、悲しみに項垂れて小さく背中を丸めた姿を見送ったのが、俺がフォション・ボルドーを見た最後だった。



 ――あの後俺は謹慎を言い渡されていたが、新法制定により理不尽に捕らわれた民間人をバスティーユ監獄から助け出すのに必死で、フォションがどうしているのかを知ろうとさえしていなかった。

 それが落ち着いてようやくヴァレッタの剣を埋葬でき、墓地にその名を刻んで弔った際も、ギルドを通じて報せだけは送ったが、フォション達根無し草(ダックウィード)のメンバーから返事がなくてもリーダーを死なせた俺の顔を見るのは嫌なのだろうとさして不思議に思ってはいなかった。


 それが…なぜこんなことになっている?フォションになにがあったんだ…!!


「フォション…おい!!聞こえるか!?聞こえるなら目を開けろ!!俺を呼んだあの光はおまえだったんだろう!?…フォション!!!」


 俺はフォションがまだ生きている可能性を考え、硝子のような透明な容器を握り拳で強くバンバン必死に叩いてみる。


 反応がない…既に死んでいるのか?あの光はフォションの霊魂かなにかで、自分の遺体を見つけて欲しい一心で俺を呼んだだけなのか…


「どうすれば…」


 この容器からフォションを外へ出す方法はなにかないのか!?


『――…た、のむ…』

「!」


 この声は…!


 円柱容器の中に浮かんでいるフォションは目を伏せたままで、口も動かしている様子は微塵もない。

 だがその途切れ途切れに聞こえてくる言葉は、フォションがなんらかの方法で発している物に間違いなさそうだった。 


「フォションか!?なんだ!!助けて欲しいのか!?待っていろ、俺がすぐにここから出す方法を探して――」

『…ヴァリー…の…とこ、ろへ……行きた、い…』

「…なに?」


 〝ヴァリーのところへ行きたい〟


 その言葉の意味を悟り、俺は神水の中に浮かんで微動だにしないフォションの顔を見上げた。


『……ラ、イ…、ラムサ……』


 …が、それきりフォションの声は途切れてしまった。


 ――ヴァリー…ヴァレッタのところへ行きたい、フォションがそう言ったということは…


 フォションはこの神水の中で生きている…?


 ブオンッ


「はっ…!!」


 俺がフォションの生存に気付いた直後、その鈍い音と共に突然足下へ紫色の魔法陣が現れた。


 しまった、魔法が…!!


 カッ…


 閃光が輝き、逃れる間もなく発動した魔法が俺を包み込む。


 ――そうして俺はそのまま意識を失ってしまったのだった。




 翌朝。


「おはようございます、オド様。今朝はまだお目覚めではなかったんですね、今日も良い天気ですよ。」


 クルンがシャッ、と勢いよくカーテンを開け、窓から眩い朝日が差し込むと、俺は眠気の残る目を擦り擦り瞼をしばたたかせた。


「おはよう…クルン。」


 今朝はなんだかやけに身体がだるい。昨夜酒を飲んでから横になったせいかもしれない。


「あれ…?あまりお顔色も良くありませんが、もしかして二日酔いですか?」


 中々起きられない俺の顔を覗き込むと、クルンは心配そうに首を傾げる。二日酔い、という言葉がすぐに出た所を見るに、ほんの少し引っかけただけなのに俺の吐く息からまだアルコールの匂いがするのだろう。


「そんなに飲んだわけではないんだが…匂うか?…そう言われるとなんだか頭まで痛いな。」


 ズキズキと痛む頭を押さえながらゆっくり上体を起こした俺は、布団を剥いで身体の向きを変え、寝台から床に両足を降ろした所でふと違和感を持った。


「……?」

「オド様はお酒に弱いんでしょう?余計なことかもしれませんが、寝酒の飲み過ぎは良くないです。頭痛が酷いのでしたら薬をお持ちしましょうか?」

「いや…おかしいな、…俺はいつ寝台へ戻ったんだろう。」

「え?」


 そう口にした瞬間、クルンがきょとんとして俺を見る。


 ――そうだ、昨夜確か俺は…


「…夜中に一度、なにかで目を覚まして…部屋から外に出たような覚えがあるんだ。」

「え…そうなんですか?」

「………」


 椅子の背に畳んでかけておいた上着はそのままだ。あれを羽織って…それからどうした?

 …思い出せないな…、その後でなにをした?この部屋を出てからどうしたんだった?


「変だな…記憶が酷く曖昧で、まるで夢でも見ていたような気分だ。」


 だが微かにモヤモヤとした嫌な気分と不快感…それになにかショックを受けた時のような、驚きの感情と焦り…そんな思いだけが胸に残っている――


「偶にありますよね。やけに現実的な夢を見て、それが夢だったのか現実だったのかわからなくなってしまうことって。」

「…クルンは俺が、夜中に目を覚まして部屋から出た夢を見たのだと言いたいのか?」

「例えばの話です。それに今オド様が仰ったんですよ?夢でも見ていたような気分だって。そう感じるのでしたらやっぱり夢でしょう。僕はそう思います。」


 クルンは俺の寝台を軽く整えながらそう言った。


 あれが夢…?…だが実際、なぜ目を覚ましたのかすら思い出せないか…


「――そう、かもしれないな…」

「それよりご気分が優れないのでしたら、朝食はこちらへ軽い物でもお持ちしましょうか?」

「ああ…そうして貰おうかな。ついでに今日のナトゥールスとの食事は夕食にすると伝えて欲しい。」

「畏まりました、ではすぐにご用意しますね。」

「…ありがとう。」


 掛け布団を畳んで寝台の足元へ置くと、クルンは一旦部屋を出て行った。その直後、右の顳顬に強い痛みが走る。


 ビシッ


()…ッ!」


 思わず右手で頭を押さえるも、ズキンズキン、と繰り返し強く痛んだ。


 本当におかしい…この頭痛は二日酔いの痛みと違うような気がする。


「喉が渇いた、水を…」


 ゾクンッ


 ――そうして飲み水を取りに行こうと立ち上がった瞬間、凄まじい寒気(さむけ)が背中を襲った。


「は…、今度は、なんだ…っ!」


 ざわざわと両腕に鳥肌が立ち、急速に身体が冷えて冷たくなって行くように感じる。

 外気のせいではなく、身体の内側から凍るように寒い。歯の根がガチガチと震える。なんだ、なにが起きている?


 まるでいきなり極寒の世界へ放り込まれたような寒気に堪らず、俺は急いで椅子に掛けてあった上着を掴んでバサリと羽織った。

 するとたった一枚上着を着ただけなのにすぐ異常な寒気は治まり、徐々に鳥肌も引き始めたようだった。


 今のはなんだったんだ…負傷して血を流し過ぎた時の貧血とも違う。こんな身体の異常は初めてだぞ。


「…今日はもう少し横になっていた方がいいか?二日酔いではなく風邪でも引いたのかもしれない。」


 落ち着きを取り戻して、はあ、と溜息を吐き、何気なく上着のポケットに手を突っ込んだ。


「…ん?」


 なにかポケットに入っている。薄くて固い、小さな物だ。俺はそれをポケットから取り出して、なんだろうと確かめた。


 それは青い光を放つ、薄氷のような透けたなにかの欠片だった。


「こ…の欠片、は――」


 ザザザーッ、と頭の中に波音のような雑音が響き、いきなり昨夜の出来事が全て甦る。


 ――そうだ、この欠片は神水の固形物…!!


 急速に頭痛は治まり、さっきまで思い出せなかった光景がはっきりと脳裏に思い浮かんだ。


「――フォション…ッ!!」


 俺は慌てて服を着替えると、素早く剣帯にライトニングソードを装備して魔法鞄(マジックバッグ)も準備する。これらはナトゥールスに貰った物だが、背に腹は代えられない。

 あの不可解な場所からフォションを助け出すにも、さすがに丸腰で向かうわけには行かないだろう。


 ――やられた…!昨夜の魔法…あれは俺の意識を奪うだけでなく、記憶にも作用する効果のある術だったに違いない…!!

 体質的にかかりが浅かったのか、エーテルの欠片を見たせいで解けたのかどちらかはわからないが、なんとか思い出せて良かった。


 俺があの場所に侵入したことを知られているのなら、もしかするとフォションの命が危ないかもしれない…急いでもう一度あそこへ行くんだ…!!


 フォションをあの円柱容器から助け出さなければ――!!


 ガチャッ


「…オド様?」

「!…クルン…!!」


 フォションを助けに行く準備が整った直後、朝食を運んできたクルンが戻って来た。

 まだ数分も経っていないのに、相変わらず仕事が早い。


「具合が悪そうだったのに着替えられて…え、朝食も召し上がらずにどこへ外出されるんですか?」

「………」


 クルンはナトゥールスが俺に付けた護衛だが、恐らく監視役も担っている。そうでなくとも俺のことに巻き込んで疑われでもしたら、教団を追い出されかねなくなるだろう。連れて行くわけにはいかないが、どうやって誤魔化す…?


 いや、誤魔化す必要はないな…なにも言わずに黙って置いて行けばいい。


「――すまない、クルン。」

「えっ…あ、待ってください、オド様!!」


 俺はクルンをその場へ置き去りにして部屋を飛び出すと、全力で廊下を転送陣へ向かって走り出した。


「お一人で出られてはいけません、オド様!!僕も一緒に…」


 慌てて追って来るクルンを無視して直ぐさま転送陣へ駆け込む。発動までに二秒ほどかかるが、移動してさえしまえば行き先を調べるまでの間、時間を稼げるはずだ。


「オド様!!」


 クルンが手を伸ばし、俺の腕を掴もうとした寸前、転送陣が発動し俺は十階にある図書室へ移動した。


「人は…いないな、今の内だ、急ごう。」


 一昨日クルンが言っていた通り、この図書室にやって来る人間は本当にいないらしい。


 ナトゥールスが時々来る以外、と言っていたな…つまりあの入口は普段ナトゥールスが使っているものなのかもしれん。


「どこの壁だ?入口から来て…確か右に入り、正面の本棚の間から――」


 この壁か!?


 床の誘導灯だけが光る暗い中で、しかも道案内をしてくれるフォションの魂について来ただけでうろ覚えだった俺は、とにかく記憶にある本棚と本棚の間の通路から突き当たりの壁に手を伸ばしてみた。


「!?」


 違う?ここは壁がある…!!


「この通路じゃなかったのか?」


 では左右どっちだ…!!


 だがここだと思った通路の突き当たりには壁があり、慌てて踵を返して右隣の通路へ飛び込んで行く。


「!!…ここも壁で塞がれている?」


 ならば左?いや、まさか――


 急いで反対側の左隣の通路へ向かうも、まさか、と思った通りそこも壁に塞がれていた。


 ――俺が再度ここから侵入しないように、既に手を打たれたのか。


 あの場所はエヴァンニュの護印柱があったような地下空洞と似ていたが、正確な場所など俺にはわからない…


「どうする…行けるだけ下層に降りてから、手当たり次第に地下を探し回ってみるか…?」


 だがそれだと辿り着くまでどのぐらい時間がかかるか、見当もつかないじゃないか…!!


「………」


 俺は壁に手を着いて下を向いたままの体勢で、どうするか悩んだ。


 昨夜見たものを正面から追及したとして、果たしてナトゥールスは素直に認めるか…?誰かが俺の記憶を消そうとした時点で、初日のあの言葉はもう信用できない。

 下手に覚えていることを知られて本格的に監禁でもされたら、魔法を使うことのできない俺にはここから逃げることも困難になるだろう。


 どうすればいい…?俺一人ではなにもできないのか…!?


「――オド様…!!」

「!」


 もたもたしている間に追いつかれ、背後から聞こえて来たその声に振り向くと、息を切らせて走って来たクルンが顔を強張らせていた。


「クルン…」


 結局追いつかれたか…当たり前だな、このカエルレウム宮の仕組みにはクルンの方が遥かに詳しいんだ。


 だが…


「…一人か?」

「え…はい、僕一人です…!」


 てっきりナトゥールスに知らせてストレーガを連れて来ると思ったが…


「それよりなにかなさりたいことがあるのなら、仰ってください…!僕はオド様の護衛であり、オド様の望みはたとえどんなことでも最優先に伺うよう、アクリュース様に言われています。」

「どんなことでも…?――そうは言うが、ナトゥールスや教団に不利益を生じさせ、裏切りにも等しいような行動はさすがに取れないだろう。クルンはケルベロスの信徒だ、俺の臣下なわけじゃない。」

「それは…っ」


 まだ食い下がるか…どう言えば引き下がってくれる?できれば手荒なことはしたくない…フォションを助けるためだと言えど、子供を傷つけるなど言語道断だ。


 こう言うときは相手を眠らせたりすることの可能な魔法が使えたら、と思ってしまうな。


「――それともナトゥールスに言われた通り、教祖や教団よりも優先して俺の頼みを聞き、手助けしてくれるとでも言うのか。」

「オド様…!」

「できないだろう?俺の頼みを聞いてくれると言うのなら、せめてなにも見なかったことにして放っておいてくれ。ジャンと同じ年のクルンに危害を加えたくない。逆に俺を魔法で無理やり部屋に連れ戻すか?」

「そんなことはしません!!」

「ならばやはり一人に――」

「…わかりました、オド様がなにをなさりたいのかわかりませんが、お手伝いします。」

「なに?」


 今…なんと言った?


「アクリュース様や教団にとってそれが良くないことであっても、僕はオド様に従います。」

「馬鹿なことを…クルン、自分がなにを言っているのかわかっているのか?」


 まさか…敬虔なケルベロスの信徒であるクルンが、俺の方を優先するだと…?なぜそこまで…!


「もちろんわかってます。でも僕は…アクリュース様に命じられたから、というだけでなく、自分からオド様をお守りしたいと思っているんです。僕がこの年で魔法に長け特級ストレーガになったのも、きっと魔法を使えないオド様をお守りする運命にあったからだという気がしてなりません。」

「…その気持ちは有り難いが、もしそれで教団を追われたらどうするんだ。」

「その時はオド様が僕を引き取ってください。」

「な…引き取る?」

「それこそ護衛として雇ってくださるのでも構いません。僕は自分で魔物を狩れるので、オド様がどこへ行かれるとしてもきっと御役に立てると思いますよ。」

「は…」


 ――なにを言うかと思えば…参ったな。


 まさかクルンがこんなことを言うとは思いもせず、半ば呆れた俺は苦笑いを浮かべるしかなくなった。


「本気で言っているのか?」

「はい。」

「……そうか。」


 クルンの手を借りられるのなら、あの容器からフォションを出すことも可能になるかもしれない…純粋な子供に悪事の片棒を担がせるようで気は引けるが、こうまで言ってくれるんだ、ここはクルンを信じよう。


「わかった、クルン…ならば手を貸してくれ。昨夜この場所から行けた奇妙な場所で、神水に浸された知人を見つけた。――俺はその男を助けたいんだ。」

「神水に…?詳しく事情を聞かせてください。」


 こうして俺は一人ではフォションを助け出せないと悟り、クルンの申し出を受けることにして昨夜の出来事を全て包み隠さずクルンに話したのだった。


「神水で満たされた容器に無数の人間が…?このカルバラーサにそんな場所があるなんて――」

「信じられないかもしれないが、俺は昨夜確かにこの目で見たんだ。だが誰かに魔法を放たれて気を失い、目が覚めたら朝であの通りだった。その上記憶に作用するような魔法だったらしく、昨夜の出来事を危うく忘れかけていたと言うわけだ。」

「…それであんなことを仰っていたんですね、納得しました。――で、光に導かれてここへ来て、そこの壁から移動したんですか…だとすると、空間魔法で通路を繋いであったのかな…」

「空間魔法?やはりそれらしい魔法があるんだな。」

「はい。このカエルレウム宮には、至る所に『ノード』と呼ばれる空間の接点が設けてあるんです。」


 クルンが言うにはその『ノード』と『ノード』を繋ぐことで、自由自在に離れた場所を〝連結〟することが可能なのだという。


「ノードは転送陣や転移魔法を必要としない空間湾曲法であり、一瞬で連結と解除を切り替えることが可能なため、非常に優れた警備機構としても役立ちます。」

「まあそうだろうな…おかげで俺などは、いつまで経ってもこの宮の全体構造を把握できない。知らずに彷徨えば、迷路などより余程目的地へ辿り着くのは困難だろう。」


 空間を湾曲して繋げる接点…か。


「クルンの説明だと、俺が昨夜侵入したあの場所も、そのノードでこの図書室と繋がっていたから通れた…そう言うことだな?」

「はい。オド様はこの壁からそこへ行ったんですよね?」

「ああ、そうだ。クルンの力でもう一度こことあの場所のノードを繋ぐことは可能か?」

「多分可能だと思います。」

「ならば頼む。俺に魔法をかけて気絶させたのが誰かは知らないが、知人の身が心配だ。」

「やってみます。」


 クルンは壁に手を当てて、早速なにかの呪文を唱え始めた。


 ――本当に俺に協力してくれるのか…もしこれでクルンがここを追われるのなら、その時は俺もどんな形であれここから出ることになるだろう。

 そうでなくてもフォションを助け出せたなら、アルケーのテリオスクルムを待たずにすぐにもカルバラーサから離れるべきだ。

 心残りはジャンのことだけだが…それは一旦諦めよう。元々本当に生き返るとは信じていないんだ。


「あ…オド様、成功しました!」

「本当か!?」

「はい!見ててください!!」


 ぱあっとその表情を明るくしたクルンが、俺の目の前で壁を擦り抜け消えて行く。


 俺もすぐにその後を追ってクルンに続いた。


「うわ、真っ暗ですね…」

「ああ、昨夜もそうだった。光の案内がないとどこへ進めば良いのか全く方角がわからないな。」

「大丈夫です、探索魔法を使いますので僕に任せてください。」


 そう言うとクルンは手元に照明用の灯りを点けて僅かに辺りを明るくし、同時に小さな虫のような光を五つ点してそれを宙に放つと五方向へ飛ばした。

 すると五つの内四つは近くでなにかにぶつかりすぐ消えてしまったが、一つの光だけは途中で消えることなくふわふわと進んで行く。


「進めるのはこの方向だけですね、あの光について行けばここから出られますよ。行きましょう。」


 俺は感心しながら頷き、昨夜のように光の後についてクルンと歩き出した。


「…正直に言ってクルンが手を貸してくれて助かった。図書室で道が塞がっていた時点で俺一人ではどうにもならないとわかっていたんだ。」

「だと思いました。オド様は僕がケルベロスの信徒だと言うことだけでなく、僕が後々どうなるかということも考えてくださったんですよね?」

「…できれば巻き込みたくはなかったからな。」

「オド様のそういう優しいところ…凄く尊敬します。」

「――俺はクルンにそう思って貰えるほど立派な人間じゃない…買い被りすぎだ。」

「そんなことありません、護衛を命じられたのがオド様のような御方で良かった。」

「………」


 フッ…


 程なくして昨夜と同じように、いきなり目の前が明るくなる。眩しさに手を翳し薄目を開けて周囲を確かめると、すぐに目的の場所に間違いないことはわかった。


「ここだ、クルン…!!ここに俺の知人がいる…!!」

「本当に神水の水槽や円柱型の容器が並んでいる…この場所って、なんなんですか…!?」

「クルンでさえ知らないのなら、俺にわかるわけがないだろう。それよりフォションが入れられていた容器のある大体の場所は覚えている、こっちだ、誰かに見つかる前に急ごう…!!」

「は、はい…!」






次回、仕上がり次第アップします。ほんのすこ~しだけ、ようやく気温下がりましたね…でも暑いです。笑

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