26 狙われた鍵
ルーファスはライに話を聞いて貰おうと近づき、声を掛ける。ところがその反応は予想外のものだった。碌に話も出来ぬまま、二重門で暴動が起きてしまい…――
いつも読んでいただき、ありがとうございます。もし気に入って頂けたら、ブックマークや評価も励みになるのでよろしくお願いします。未熟者ですが頑張ります!
【 第二十六話 狙われた鍵 】
「――ではなにか、捕らえた不審者というのは…」
「はい、防衛部所属、ラーン・マクギャリー軍務大佐のご子息と、ご友人である例のSランク級守護者殿でした。」
イーヴの説明を聞き、呆れたように大きく溜息を吐くと、ライは目の前の憲兵達を冷ややかに見下ろす。
「…それは大した“不審者”だな。特別カードには年令も記載されている。きちんと見て確認すれば、どちらが正しいかすぐにわかったことだ。
貴様らのそういう舐めた勤務態度と、おざなりな確認姿勢が騒ぎを引き起こし、子供と言えど狡猾な犯罪者を取り逃がした。
誰かこの間抜け共を全員懲罰室に連れていけ!この混乱の最中に役立たずの愚か者は要らん!!」
「はっ!直ちに。」
ライの指示を受け、そばにいた近衛の隊士数人が兵隊長と憲兵達を囲むようにして移動させて行く。
「ただでさえ今にも暴動が起きそうだというのに、それを刺激するような面倒を憲兵が起こすとは…末端組織の軍兵管理はどうなっている…!」
この先の仕事が増えたことに苛立ち、腹立たしげにライが言い放つ。
「五年間の統括指揮官不在で、微温湯に浸かり切った人間が幹部クラスに居座っていることが原因でしょう。一度全ての人事から見直す必要もあるかと。私の方で詳細にスケジュールを組み直します。」
「そんな暇があればな。それよりトゥレンを――」
目の前の群衆を見て次の指示を出そうとしたライの背後から、若い男の声が響く。
「――貴方が“黒髪の鬼神”…ライ・ラムサス近衛指揮官ですか。」
気配も感じさせずいつの間にか近付いていたその声に、酷く驚いたイーヴは咄嗟にライを庇い、守るようにして立ち開かった。
「…!貴殿は――」
イーヴが相手の顔を見てまた驚く。そこ立っていたのは、先ほどまでトゥレンと一緒にいたはずのルーファスだったからだ。
「閣下!」
ザッ…
イーヴの行動を見た近衛の隊士二人も即座に反応し、イーヴとライの両脇に両手を伸ばして壁を作った。
「ああ、驚かせてすみません。少し話を聞いて貰いたいだけです。危害を加えるつもりはありませんから――」
そう言ったルーファスをさらに警戒して、イーヴ以外の隊士二人が、即座に引き抜けるよう腰に装備した剣の柄に手をかけた。
それを見たルーファスの瞳がまたその輝きを変える。
――ルーファスは冷静だった。今口にした言葉の通り、話を聞いて貰いたいだけで、危害を加えるつもりなど微塵もない。ライ・ラムサスと言う人物が見込んだ通りの人間ならば、こちらの姿勢を見てなんらかの形で理解を示してくれるだろう。…そう思っていたからだった。
だが実際は少し思っていたのと異なっていた。イーヴと二人の隊士に守られ、こちらからはよく姿の見えないその人物は、一言の言葉も発することがなく、ただ酷く驚いた顔をしてルーファスを凝視し、身じろぎ一つせずなんの行動も起こして来なかったのだ。
…見込み違いだったかな。
ルーファスはそう思い、イーヴに視線を移す。
「――いきなり近付いて来て、信用しろと言う方が無理なのかもしれませんが…近衛の隊士でさえ、そうしてすぐに剣を抜こうとするんですね。貴方達の敵は誰なんですか?」
その問いにイーヴが反応する。
「守護者殿、その質問の意味がわかりかねる。」
「俺はルーファスで構わないとさっき言いましたよ、イーヴさん。まあどんな呼び方をしようとそれは貴方の自由ですが、俺をそう呼ばないと言うことは、貴方に俺と親しくなるつもりがない、と受け取るべきなのかな。」
「そ、そう言うわけでは――」
ハッとしてイーヴは慌てて繕う。
「ルーファス!!」
そこに血相を変えた様子でウェンリーとトゥレンが駆け寄ってくる。
「お前なにしてんだよ!?」
「警戒を解け、彼は怪しい人間ではない。軍事棟の魔物を殲滅してくれたSランク級守護者だ。身元はラムサス閣下が保証している。」
トゥレンはすぐに近衛の隊士達に警戒を解くよう命令を出した。
「ルーファス君、どうして――」
その後で困ったような表情をすると首を振る。
「すみませんトゥレンさん、ラムサス近衛指揮官に話を聞いて貰おうと思ったんですが、無理そうなので諦めます。」
「そう言うことなら、先に俺に一言言ってくれれば――」
ドォッ
検問所前の群衆の中で、突然あちこちから燻っていた暴動の火種が一斉に燃え上がった。
「…!?」
「まずい、暴動だ…!!イーヴ!!」
トゥレンがすぐに行動を起こし、イーヴが近衛の隊士に命令を飛ばす。
「近衛隊分散!!直ちに暴動を鎮圧せよ!!」
二重門の前は騒然となり、悲鳴と怒号がそこかしこから飛び交う混乱状態に陥った。
「やべえぞルーファス!!」
「ああ、俺達は巻き込まれる前にすぐにここを離れよう。」
ルーファスとウェンリーは踵を返し、すぐにその場を離れようと走り出す。だがその時、背後の騒然とした喧噪の中から誰かの声が響いた。
「待ってくれ…レイン!!」
――…?
その声は俺の耳に、確かにそう聞こえた。
走りながら振り返り、その声が誰のものだったのか確かめようとしたが、逃げ惑う人々の慌てふためく悲惨な状態ばかりが目に入り、到底それどころではなかった。
「ルーファス早く!!巻き込まれちまうって!!」
先を行くウェンリーの後を追って、トゥレンさんに言われていた近衛兵が立つ検問所へと急ぐ。
「結構です、どうぞ!シャトル・バスのターミナルも非常に混雑していますので、お気を付けてお帰り下さい!」
特別カードを見せると、近衛兵が俺の銀髪を見て敬礼をし、すぐに通してくれた。
「ウェンリー、逸れるなよ!」
「わかってるって!」
人の合間を縫ってメクレン行きのシャトル・バス乗り場へとどうにか辿り着く。ここも押し寄せる人々で混雑していたが、次々と到着する車両のおかげでなんとか早めに乗り込むことが出来た。
「大丈夫か?凄い混乱状態だったな。」
俺は息を切らせてウェンリーを見る。駆け込んだバスの車内は、不安げな表情の人々で一杯だ。
少し落ち着いた辺りでなんか痛いなと思ったら、押されたり引っかかれたりしたせいなのか、いつの間にか俺の腕に覚えのないかすり傷が付いていた。だがそれも、ものの数秒ですぐに消えて行く。
「ああ、平気。上手くシャトル・バスに乗れて助かったぜ。下手すりゃまた足止め喰らうとこだったもんな。」
二重門を通過しようとする凄まじい群衆の、混乱した状態が窓から見える。その様子を後方に見ながら、鮨詰め状態の車両はすぐに王都のターミナルを出発した。
無事に動き出したシャトル・バスにようやくホッと安堵する。後はこのままメクレンまで黙っていても運んで貰えるだろう。
それにしても最後の最後で暴動とは…人間の集団が冷静さを失うと本当に恐ろしい。
体力的には問題ないが、精神的にこの数日間は本当に疲れた。休暇として羽を伸ばすつもりが、とんでもない出来事ばかりに遭遇してしまい、寧ろ疲れが増したような気がする。
思えば王都へ出発したその日から、災難は始まっていたも同然だったのかもしれない。
――今日は真っ直ぐには帰れないから、メクレンでまた宿を取る必要があるけど…村の静けさが恋しい。早くヴァハに帰って、ゼルタ叔母さんの温かい手料理が食べたいな。まあ大丈夫だとは思うけど、もうこれ以上なにも起きないで欲しい。
そう思う俺のささやかな願いは、メクレンに着いたその夜の内に無残にも打ち砕かれるのだった。
――二重門の検問所前は、すぐには鎮まりそうにないほどの凄絶な騒乱状態になっていた。そこら中で殴り合いの喧嘩が始まり、逃げ惑う者、騒ぎに乗じて検問を擦り抜けようとする者、隙を突いて他人の持ち物を盗もうとする者、親と逸れて泣き叫ぶ子供に転倒して怪我をする老人など、とてもすぐには収拾が付かない。
だがそんな中に於いても事態を収めるべく、近衛の隊士達は奮闘していた。
「守備隊は負傷者の運搬と、怪我人の救護に当たれ!!憲兵小隊は各個暴力行為者を確保!!騒ぎに乗じて犯罪を犯す者も見逃すな!!」
ライが的確に次々と命令を下し、必死に対応して行く。
「近衛第一、第二小隊は検問状況を維持!!第三、第四小隊は民間人の隊列を乱さぬよう囲い込め!!」
「はあ、はあ、はあ…」
激しく肩で息をするライの目に、近衛の隊士達を率いるイーヴとトゥレンの姿が映る。額から流れて来る汗を拭いながら、自身の混乱した頭の中を、なんとか整理しようと思うが上手くいかない。
心配していた暴動が起き、一刻も早く鎮めなければならないのに、今、指揮を執る立場にいるライ自身が最も混乱していたのだった。
――考えがまとまらない…!落ち着こうと思うのに、動転した気が静まらない…!
銀色の…長い髪、ブルーグリーンの静かな瞳…髪の色も、瞳の色も違うのに…どうしてだ、あれは…あの顔は、間違いなくレインだ…!!
なぜ俺を見ても何の反応もなかった?時が経ちすぎて、俺が誰だかわからなかったのか?…あまりにも驚いて、すぐには声が出せなかった…呼び止めたのに…!!
だが、それでも――
「生きて…いたのか、レイン…――」
――生きて…
ライの紫紺の左瞳から、静かに一筋の涙が零れ落ちて行った。
――重苦しい雰囲気の中、疲れ切った様子の乗客達と一緒に、ルーファスとウェンリーがシャトル・バスを降りて来る。
メクレンのターミナルに辿り着いた車両は全ての乗客を降ろすと、空の状態ですぐにまた出発して行った。
俺達はようやくここまで戻って来たものの、ここにもまた多くの人だかりできていることに溜息を吐く。
王都が封鎖されているのだから当たり前なのだが、王都に行くことが出来ない人々がその行き場を失い、立ち往生しているようだった。
「あ、おいそこの兄ちゃん達、王都から来たんだろ?いったいどうなってるんだい?こっちまで情報が届かないんだよ、なにがあって戒厳令が出たんだ?」
人だかりの中の中年の男性が俺達を見て声を掛けてきた。そこにいた人達はみんな、王都民であったり、家族が王都にいたりで、少なからず何らかの理由があり、状況を知りたがっていた。
彼らを気の毒に思い、同情したウェンリーが掻い摘まんで情報を話す。もちろん、俺達が関わっていることなどは除いてだ。
「――戒厳令は発令されると最長で一週間ぐらい続くから、きっと当分はこのままだと思いますよ。」
最後にウェンリーがそう締めくくっていた。
「一週間か…そんなに続くのか?」
歩きながら俺は疑問に思い、ウェンリーに聞いてみる。
「長ければな。まあ思ったよりも早く王都外の人間に退去命令が出たから、もしかしたら二日ほどで解除されるかもしんないけど。犯人が捕まることはねえんだし、あるとしたら安全確認のためとかかなあ。テロとかの心配もあるかもしれねえしな。」
その可能性は低いような気がした。あれだけの力を持っているあの少年なら、その気があったのならもう疾っくに行動に出ていただろうと思うからだ。
宿へ行く前に目抜き通りで簡単な食事を済ませ、ギルドへ立ち寄って戦利品の換金をしてから、いつも通りREPOSへと向かう。
部屋を取るために受付カウンターに行くと宿の主人が気になることを言って来た。
「――え…!?リカルド、戻って来ていないんですか…!?」
「ええ、そうなんですよ。ルーファスさんから預かった手紙をその日に渡した後、いつも通りに出掛けられましてね、夕方食事席を予約してあったのに戻られなかったんでさ。普段なら二日以上留守にする際、必ず一言言って下さるんで、ちょいと気になって…」
俺の手紙を読んだのに、返事も預けずに戻って来ない?…ちょっと考えられないな。なにか緊急の用事が入ったのなら、俺にだけはなにかしらの伝言を残して行くはずだ。
宿のご主人になにも言わずに、というのもリカルドらしくない。世話になっている分、その辺りだけはきちんとしていたはずなのに――
「――わかりました、今日は俺達もここにお世話になりますから、明日まで待って、それでもリカルドが戻らないようなら俺の方で調べます。」
「へい、お願いしやす。いえ、なにもないならそれでいいんですがね、リカルドさんぐらいの守護者ともなると、かなりの危険があるらしいと耳にするもんですから。」
「そうですね、ご心配ありがとうございます。リカルドにもご主人が心配していたと伝えておきますよ。」
俺は今日泊まる部屋の鍵を受け取り、近くで待っていたウェンリーの元へと戻る。
「…なにあいつ、帰って来てねえの?」
「ああ、どうもそうらしいな。俺の手紙を受け取った上で、伝言さえ残さずに出掛けたままだというのが気になる。リカルドらしくないんだ。」
部屋へ向かって歩きながら俺は考えていた。この時期にリカルドが動くとしたら、近場の緊急討伐か周辺の魔物狩りくらいだろう。
この後でもうすぐアインツ博士の依頼があるし、他の依頼を単独で受けるとは思えない。大概のことなら一人でも大丈夫だとは思うけれど…なんだか胸騒ぎがするな。
王都で見かけたのは、本当にリカルドじゃなかったのか…?いや、あれは今関係ないような気がする。でも、いったいどこに――
「…ま、大丈夫じゃねえの?あいつは俺よかよっぽど強えんだしさ。」
意外にも今日はウェンリーが静かだ。しかもリカルドが自分よりも強いと認めている…?
「――…」
思わず俺はウェンリーをじっと見てしまった。
「な、なんだよ?」
「なんだかお前、少し変わったな。落ち着いたというか…ああ、今日のスリの件ではカッカしてはいたみたいだけど、もしかしてリカルドのことも、心配してくれているのか?」
「はあ?なに言ってんだよ、誰が!!あんな奴に俺の心配なんざ必要ねえだろ!!」
照れ隠し…ではなさそうだな。でも少しは気にかけてくれているみたいだ。そう思って微苦笑する。
宿の部屋に入り、俺達は先に交代で風呂に入ることにした。
今日はこのまま部屋に留まってゆっくり休み、明日の朝早くメクレンを出よう。そんなことを考えながらシャワーを浴びる。下を向くと胸のあの“痣”が目に入った。
「この痣…消えないな。この間の胸の痛みも、考えてみればこの痣が痛んだような気がする。」
俺の弱点と身体的異常…原因を取り除くための時空転移魔法…俺の自己管理システムについてはかなり謎が多いな。
魔力回路を正常に治してくれたのはサイードだったけれど、彼女は俺の自己管理システムについて知っているのか…?
まあそれ以前に、彼女のことは思い出せていないし、何者なのかもわからないままだ。もしかしてアテナに聞けば、もっとなにかわかるんだろうか…
『お呼びですか?ルーファス様。』
え――
アテナが俺の前に現れ、にっこりと微笑んだ。
「うわああっ!?」
慌ててそばにあったタオルを掴み、前を隠す。
俺の叫び声を聞いたウェンリーがバス・ルームに飛び込んで来た。
「なんだ!?おいどうしたルーファス!?」
「――……。」
――いや、うっかり頭の中で名前を呼んだ俺が悪い。俺が悪いことには違いないが…。…これからはアテナに、入浴中は外に出ていて貰うよう言い聞かせよう。
――ピチョン、ピチョン、とどこからか水滴が水面に落ちる音がする。
暗い、地底の周囲には、光苔のような植物のぼんやりした輝きだけが、ぽつりぽつりと所々に見えているようだ。
「弱りましたね…まさか、こんなところに落ちてしまうとは。」
冷たく堅い地面の上に、今…リカルドは横たわっていた。
…いったい、どのくらいの高さから転落したのでしょう。咄嗟に身を翻して急所は庇いましたが…腕と足、両方の骨を折ってしまいましたね。
もしかしたら肋骨なんかもやられているかもしれません。せめて治癒魔法が使えれば…動くことも可能なのに。
参りました、今日でもう…二日動けないままです。冷たい地面に熱を奪われ、身体が冷え切っているのに、骨折で熱が出ている。
持ってあと二、三日と言うところでしょうか。私の今の体力では、それ以上持たないでしょうね。…まさかこんなところで…
『しっかりしろ、ディアス!!』
リカルドのすぐ脇に落ちている剣がブウン、と音を立てて光る。
「…すみません、グラナス…魔法が使えなければ、動けないのです。どうやら私は…ここまでのようですね。あなたの魔法でさえも封じられているのでしょう?」
『く…っ動けないことがこんなにも口惜しいとは…!!』
その光は激しく明滅を繰り返す。
「――ふふ…地下遺跡『インフィランドゥマ』…予想以上に厄介な場所でした。魔法は封じられ、古代兵器ゴーレムが彷徨き、至る所に罠があり…本当にイシリ・レコアに通じていたのかもしれません。下調べだけのつもりだったのに、まさか転送陣があって閉じ込められるとは…失態ですね。」
『そなたの部下であるスカサハとセルストイならば、もうすぐ異変に気付くであろう。それまでなんとか意識を保つのだ!』
「スカサハとセルストイ、ですか…そうですね。ねえグラナス…私がこのまま死んだら、ルーファスは…今度もまた…悲しんでくれるでしょうか…?」
『縁起でもないことを言うな…!!』
「あの時と同じように、悲しんで…世界を、滅ぼし…て…――」
『ディアス…!!おい、ディアス、しっかりしろ…!!!』
光り輝く剣の問いかけに、リカルドはもう答えなかった。
――深夜…まるでこの前を再現したかのように、俺達が寝ていた部屋のドアを、誰かがけたたましく叩いた。
ドンドンドンッ
「すいやせん、ルーファスさんっ!!起きてくだせえ!!ルーファスさんっっ!!」
その声に俺とウェンリーは慌てて飛び起きる。
「この声、宿のご主人か…!?」
すぐに俺はドアを開ける。
「どうしたんですか…!?」
「ああ、大変なんです、街中にま、魔物が…!大量の魔物が現れてるんですっ!!」
「魔物!?」
俺達は顔を見合わせる。またか…!!
「わ、わかりました、すぐに行きます!!」
俺達は急いで身仕度を整え、武器を手に部屋を飛び出すと一階へと階段を駆け降りた。すると宿のエントランスホールには、魔物から逃げて来たと思われるかなりの人が集まっており、その中になぜか複数人の武器を装備した守護者や冒険者の姿まであった。
どうして守護者や冒険者まで避難している?
その様子に俺はおかしいと訝しむ。魔物を討伐する側である守護者が、と言うだけでなく、それなりのランクにありそうな中級以上の守護者まで混じっていたからだ。
「あっ!ルーファスさん、来てくだせえ、こっちでさ!!」
宿の主人に声をかけられ、そこへ行くとギルドの制服を着た協会員に、やはり複数の上級守護者達が待っていた。
「おう、待ってたぜ白髪頭。」
俺をそう呼んだその男は、この間ウェンリーが突っかかって、ギルドで揉め事になりかけたあの相手の大男だった。
「ああっ!?てめえこの間の…大男!!」
ウェンリーが早速腹を立てる。
「絡むなよウェンリー、それどころじゃない。」
「先日Sランク級に昇格なさったルーファス・ラムザウアーさんですね。」
ザワッ
協会員のその言葉に周囲がざわつく。
「え、Sランク…!?」
「リカルド・トライツィと同格かよ…!?」
そんな声が周りから聞こえてくる。
「緊急討伐をお願いしたく魔物駆除協会から参りました、オルランドと申します。パートナーのリカルド・トライツィ氏はご一緒ではないんですか?」
協会員は不安気にそうリカルドの姿を探して言った。
「リカルドさんはここ数日留守にしたまま戻って来ていないんですよ。」
すかさず宿のご主人が説明してくれる。
「それは…困りました、ルーファスさんだけで対応できるかどうか――」
「まあ先にあの厄介な魔物について聞かせてみろや。トライツィと同格ならなんとかなるかもしれねえだろが。」
意外にも大男は俺のことを認めてくれている様子だった。だが――
「厄介な魔物?」
そばにいた守護者らしい男達から事情を聞く。
「未確認情報としてあれを登録申請したのは、あんただろ?アメーバ状の黒い靄に包まれてるっつう軟体系の化け物。」
「!!」
「暗黒種かよ!?」
ウェンリーの顔色が変わる。
「チッ、やっぱり知ってやがんのか。」
大男が舌打ちをし、苦々しい顔をして俺を見る。
「おう、あの野郎こっちの攻撃がまるで効いてねえ。それどころか増えに増えちまって、偉ェことになってんだ。」
「増えた?」
「ああ、最初は1体だけだったんだが、今は――」
その数を聞いて俺達は驚く。
「100体以上…!?」
「冗談じゃねえぞ、おい!なんでそんなことになってんだよ!?」
彼らの話はこうだ。
突然街中に現れた暗黒種に、スライムと同種程度だと舐めてかかった低ランク守護者数人が喰われ、その直後喰われた人数分相手が増えた。さらにそれを討伐しようと他の守護者が攻撃を加えた途端、剣で斬りかかるごとに飛び散った欠片がまたその魔物になった。それをまた守護者が攻撃して、分裂したり喰われたりであっという間に増えてしまったらしい。
「あ…アホかっっ!!なんで誰も攻撃を止めねえんだよっっ!!」
「いや〜斬り続けりゃそのうち消えてなくなるんじゃねえかと思ってよ。がっはっはっ」
そう言って悪びれもせず、大男守護者は笑った。
「馬鹿野郎、笑い事じゃねえっっ!!」
――100体以上…さすがに広範囲魔法で一掃でもしないと簡単には駆除しきれないな。
…ああ、そのまま俺の中で聞いてくれアテナ、この前の根無し草救出時に使用した闇属性魔法は使えるか?
『ルーファス様、…いいえ、それが…守護闇聖<ダーク・ローフィル>ネビュラ・ルターシュの存在は先日王都でロストしており、神魂の宝珠を通しての魔法使用が不可能になりました。』
存在をロスト?よくわからないが、消えてしまったと言うことか?…そう言えば“神魂の宝珠”というのがなんなのか、聞いていなかったな。
『今ご説明なさいますか?』
いや、後にしよう。他に対抗策はありそうかな?
『グラキエース・ヴォルテクスではおそらく凍結させてしまうため、魔核破壊には向いておりません。凍った躯体が飛散すれば、それだけでも増殖する可能性があるからです。となると今使用可能な魔法では、風属性魔法のウインド・スラストぐらいかと。あれなら魔核部位の露出に絞って私の方で調整可能です。』
ウインド・スラストか…精々2、3体ずつが限度だな。…それでも放っておくよりはましか。わかった、アテナ、君は今回表には出ないでくれ。ウェンリー以外の人間に君の存在はまだ知られたくない。
『ウェンリー様の防護は大丈夫ですか?』
それは俺がなんとかする。今周りにいる守護者達にも手伝って貰えば良いだけだ。
『かしこまりました。』
「ルーファス、どうする?なんとかなりそうか?」
ウェンリーが心配そうな顔をして俺を覗き込む。
「ああ、大丈夫だ。ここにいる守護者達にも手を貸して貰えればなんとかなると思う。」
「おお!さすがはルーファスさんだ!!」
宿のご主人と協会員のオルランドさんが顔を明るくして続ける。
「本当ですか?助かります…!では『フェルナンド・マクランAランク級守護者』及び『Aランクパーティー“豪胆者”』、他Bランク級以上の守護者はただいまより駆除協会の討伐要請に従い、ルーファス・ラムザウアー氏の指揮下に入り、緊急討伐を開始して下さい!」
「了解だ。おう、てめえら!協会からの要請だ、稼ぐぞ!!」
大男が戦斧を肩に担いで仲間に活を入れる。
「フェルナンド・マクラン?あんたの名前か?」
「がっはっはっ、おうよ!よろしくな、威勢だけはいい赤毛のおチビさん。」
フェルナンドはバン、とウェンリーの背中を思い切り叩いた。
「ぐへっ!!ンのやろ、誰がチビだっっ!!」
すぐに俺は協力して貰う守護者達に、暗黒種の倒し方を説明する。俺の魔法で赤く光る『核』が露出してから、それだけを狙って攻撃し破壊すれば良いことと、暗黒種に飲み込まれないよう、俺が展開する一定範囲の防護障壁から外へは出ないように戦うことを念を押して伝えた。
そして肝心の暗黒種の居場所だが――
「一定区域に固まっている?100体以上が全部か?」
俺達はREPOSを出てメクレンの街中を足早に現場へ急ぐ。
「ああ、なぜか知らねえが学術地区に集中してやがる。特に外れにある考古学研究所ってとこが一番ひでえ。」
「考古学研究所?…まさかアインツ・ブランメル考古学研究所か!?」
「なんだ、知ってんのか?あそこは大変なことになってんぞ。」
「…!!」
「まあ見りゃあわかるさ。」
学術区域に入ると、早速道を這うように移動している暗黒種を3体見つけた。
「いたぞ、あれだ!!」
「間違いねえ、やっぱあん時の暗黒種だ…!!」
「ウェンリー、俺は魔法に集中するから魔核が露出したら攻撃タイミングの指示を頼む!」
「りょうかーい!!任せろっ!!」
アテナは俺の補助を頼む。周囲の守護者になにかあったら知らせてくれ。
『かしこまりました。』
「ディフェンド・ウォール・ダークネス!対暗黒種戦闘フィールド展開!!行くぞ、ウインド・スラスト!!」
俺は俺達と周囲の守護者を包むように防御障壁を施し、両手に魔力塊を練り上げて一斉に魔法を放った。
ヒュオオォ…シュパパパパパッ
「おっしゃ、今だ!!核を砕けぇっ!!」
魔核が完全に露出したタイミングでウェンリーが合図をし、フェルナンド達が一斉に動く。
「おりゃああああっ!!どっせい!!」
ガンッバキャンッ…ガキィンッ…パキイィンッ、バシュシュッバキャキャッ…
響き渡る破砕音と共に暗黒種が霧散して消えて行く。
「おおっ、倒せたぜ!!あの玉っころが弱点か!!」
「その調子で頼む!!片っ端から駆除して行くぞ!!」
「合点だ!!」
学術地区を道に沿って走り回り、取りこぼしのないように手当たり次第に暗黒種を駆除して行く。8…、15…、24…30、45…!!そうしてかなりの数を消したところでようやく俺は気が付いた。
道を這って移動する暗黒種は、そのすべてが同じ方向に向かっている、と。
…全部が全部同じ方向を目指して移動している?この先にあるのはアインツ博士の研究所だけだ。…まさかこいつらの目的は研究所にあるのか…!?
――嫌な予感がした。俺の中でいくつかのキーワードが頭に浮かぶ。
『暗黒種』『暗黒神ディース』『混沌』『マスタリオン』そして…『俺』。
…あそこには俺が記憶の一部を思い出す、そのきっかけとなった『キー・メダリオン』を預けてある。
最初にヴァンヌ山で暗黒種に出会した時も、俺はキー・メダリオンを所持していた。無限収納の中までも感知できるのかどうかはともかく、もし暗黒種の狙いがあれにあったとしたら…?
「――アインツ博士達が…危ない…!!」
俺は討伐の速度をできる限り上げ、フェルナンドや他の守護者達と一緒に急いで考古学研究所を目指す。
俺の勘が当たっていたら、あのキー・メダリオンを持っている限り博士達が危ないし、あれを暗黒種に奪われてはいけないような気がしたからだ。
半分以上もの暗黒種を消し去り、俺達はようやくアインツ・ブランメル考古学研究所に辿り着いた。
だがそこで目にしたのは――
「な…なんだ、この有様は――」
「うげぇ…気色悪ィ…、あれ全部暗黒種かよ…!?」
余りの惨状を見て、俺達は絶句する。
――建物全体を覆い尽くすかのように、隙間なくびっしりと暗黒種が壁に張り付いていた。ゼリー状の躯体から放たれているあの黒い靄が、元々荒れ果てていた庭に瘴気のように周辺に漂って…まるで霧のように辺りを翳ませている。
「な?だから言ったろ、大変なことになってるって。」
フェルナンドが両手を広げて“お手上げ”だと言うようにジェスチャーで示す。
「な、なあルーファス、あんなにびっしり張り付かれて、もし博士達が中にいたら…やばいんじゃねえか?そのうち窒息しちまうんじゃ…」
「ああ、まずいな。」
研究所はそれなりの広さがあるから今すぐではないにしろ、時間がかかればどうなるかはわからない。それによく見ると、俺達が案内された応接室の辺りに、ぼんやりと明かりが点いているように見える。
博士達が中に残っている可能性が高そうだった。
「下の方はともかく、上の方の暗黒種に魔法は届いても魔核が破壊できないな。どうにかして下まで引き摺り下ろさないと――」
「でしたらそれは我々にお任せ下さい。」
俺達の背後から誰かがそう言って近付いて来た。
振り返るとそこにいたのは、以前宿の前でリカルドに声を掛けていたあの緑髪の二人だった。
「ええと…貴方達は?前にリカルドと話しているところは見かけましたが――」
「私はセルストイ、隣はスカサハ、と申します。詳しいご説明は後ほどに。中にいる方々の御身が心配です。今は先ず、暗黒種を片付けてしまいましょう。」
セルストイ、と名乗った男性がスカサハ、と言う男性と共に俺達の前に進み出る。
「我々が協力魔法で上方の暗黒種を下に落とします。ルーファス様はその後をお願い致します。」
協力魔法…?
「――ああ、わかった。ウェンリー、フェルナンドも今までと同じように頼む。」
「りょ、了解!」
「いいぜ。」
「行くぞ、スカサハ。」
「ああ。」
「「――重力よ、押し潰せ!グラビティ・フォール!!」」
彼らは呼吸を合わせ、まったく同じタイミングで詠唱をし、寸分の狂いもなく同時に同じ魔法を発動した。
ギュゥオオオオォォ…
なにかが強い力で捻じ曲げられるような不気味な音を立て、暗黒種の真上から灰色に鈍く光る巨大な球体が降りて来る。
「これは――」
『ルーファス様、光属性の空間魔法です!魔法陣を解析複写します!!』
解析複写?なんだかわからないが、任せた。
ドオオオンッ
それが一気に加速して地面に叩き付けられるように降下すると、建物に張り付いていた全ての暗黒種が押し潰されたようにぺしゃんこになって落下した。
「連続発動!!ウインド・スラスト!!」
俺はすかさず両手に魔力塊を次々と練り上げ、連続してウインド・スラストを暗黒種に放った。
「おらおらおらーっ出番だぜえ!!」
「今だ!行っけええ、フェルナンド!!」
「ウオオオーッ!!!」
調子に乗ったウェンリーの合図に、フェルナンドとそのパーティー“豪胆者”のメンバーが雄叫びを上げた。
「対暗黒種フィールド展開!!ディフェンド・ウォール・ダークネス!!核を砕け!!」
協力してくれた守護者達が一人残らず暗黒種に突撃して行く。良かった、これでどうにかなりそうだ。
『光属性空間魔法/グラビティ・フォールのトレースに成功/獲得しました。』
…ん?え?獲得って…あの魔法を俺が使えるようになった、ということか?
『はい!これで今度から同じことがあっても、もう大丈夫ですね!』
とても嬉しそうに、声を弾ませてアテナが言った。
――こうして突然現れた緑髪の二人が協力してくれたことも有り、俺達は目の前の暗黒種全てを消し去ることに成功した。
だがまだ博士達の無事が確認できていない。
フェルナンド達他の守護者を表に残し、俺とウェンリーは研究所の中に入って明かりが見えた応接室を目指すことにした。
内部は入口の前に積まれていた大量の本や、書類の入った箱が無残に崩され、辺り一帯に散らばっていた上に、廊下の本も倒れてしまっていて足の踏み場がない。
それなのに、最後の最後…応接室の扉にまだ暗黒種が一体、張り付いて残っていた。
「アインツ博士!!トニィさん、クレンさんっっ!!いますか!?」
俺の呼びかけに、扉の向こうからそれぞれの声が返って来た。
「そ、その声は…ルーファス君!?ルーファス君かの!?」
これはアインツ博士の声だ。
「ルーファスさん、助けて下さいっっ、ブヨブヨでグチュグチュの真っ黒い化け物がああっっ!!」
「ここから出られないんです!!」
良かった、三人とも無事みたいだ。
「今、助けます!!ウェンリー、核を頼む。」
「了解。って…え?」
その時だった。目の前の暗黒種が蠢きながら、声とも音ともつかないなにかの言葉で、突然話し出した。
『グボ…グロロ…きぃ・めだりおん…ヨコ、セ…ブゴロ…』
――キー・メダリオン、よこせ。…その暗黒種は確かに、そう言った。
次回、仕上がり次第アップします。




