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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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263 カルト教団ケルベロス ②

ライがカルワリア司祭と面会をしていたその頃、ナトゥールスは宵の間でその光景を覗き見ていました。彼女の傍らには複数の男女がおり、ライを『オド』と呼びながら気になる話をしているようですが…?

      【 第二百六十三話 カルト教団ケルベロス ② 】



 <カエルレウム宮・宵の間>


「――やはりカルワリアの目的はオドの記憶でしたか。」


 ライがカルワリア司祭との面会をしている頃、その様子を『宵の間』の床全面に映し出された映像によって、ナトゥールスは会話の全てを覗き見ていた。


「それだけではないでしょう、狙いはオド様の封じられた力にもあるはずです。あいつは隠し持っている魔吸聚珠(まきゅうしゅじゅ)の件をこちらには知られていないと思い込んでいますからね。」


 この声は比較的若い男で、僅かな光にちらりと見えたのは、後頭部を刈り上げた短髪の赤毛だ。


「結局狸爺(たぬじい)が欲しいのはもう全部なんじゃない?オド様はまだなんにもわかってないみたいだけど。」


 こちらも若い印象の女の声で、かなり薄い水色の髪をしている。彼女が口にした〝狸爺〟とは、どうやらカルワリア司祭のあだ名らしい。


「そうね。レーヴェ様…オド様の為にも、クルンを使ってもう少し行動を制限された方が良いのではないですか?」


 この声は落ち着いた印象の女性で、青味の強い紫の髪を邪魔にならない程度の長さに整えた髪型をしている。

 ナトゥールスの周囲には今意見を発し、同じように床の映像を見ている教団服の男女がいた。

 その数はまだ口を開いていない壁際の人物を入れて、合計で四人。額に三つ頭を持つ黒犬の紋章が光って見えるも、宵の間はとても暗く彼らの顔は殆ど見えない。


「私がそのような真似をすれば、オドはすぐにでもここから逃げ出そうとしますよセンス。…アテルはどう思いますか?」


 ナトゥールスに『アテル』と呼ばれた男は、壁に背中を預け暗闇に腕を組んで立っていたが、そう問いかけられてバサリと長い黒髪を靡かせながらこちらへ歩いて来た。


「カルワリアの最たる目的は〝最後の系譜〟についての正確な情報だろう。奴はレーヴェの話を完全には信用していないという証拠だ。この様子ではシェラノール王家に伝わる『秘宝』の正体にも既に気付いていると見るべきだな。」


 その男はライが初日に回廊で見かけた人物であり、やはり暗がりで顔は良く見えない。

 彼がナトゥールスに自分の意見を答えた直後、今度はナトゥールスの背後に、黒ローブを着てフードを目深に被った人物が何処からともなく現れた。


「たとえそうだとしても、奴にそれを手にする手段まではわからんだろう?そう心配することはないさ。」

「ちっ、今頃合流かよ…イグアル。どこへ行っていた?」


 転移魔法で現れた黒ローブの人物に、赤毛の短髪男は舌打ちをする。


「怒らないで、ルベウス。イグアルには私の命でエヴァンニュ王国の様子を見に行って貰っていたのですよ。」


 ナトゥールスはイグアルと呼ばれた黒ローブの人物を庇い、ルベウスにニコッと微笑んだ。


「そういうことだ。――レーヴェ、シャール王子が王太子に立儲したぞ。スプレムスへの招待状は届いていないが、既に行われた立太子式に諸国から出席したのはシグルド・サヴァン王だけだった。同時に王太子と聖女の婚約も発表されたことから、シェナハーン王国はイサベナ王妃と組んで内定していた婚約者をすげ替えることにしたようだ。」

「……そうですか。」


 イグアルの報告を聞いたナトゥールスはガラリとその表情を一変させ、宵の間の空気を凍り付きそうなほど一気に冷たく冷やして行く。


「本来のシグルド・サヴァン王は妹である聖女を大切にしており、暴君と名高いシャール王子に嫁がせることだけは微塵も考えていなかったはずです。そのことからしても、ここでフェイトが干渉しているのはシェナハーン王国に間違いなさそうですね。」

「ああ、俺もそう思う。――で、どうする?せっかくアクリュース様に召喚して頂いたんだ、やるなら少しでも早い方がいいだろう。アテルと俺の二人ならなんとかなると思うぞ。」

「おい、断りもなく俺を勝手に入れるな。」

「なんだよ、オドに会えない鬱憤晴らしにくらいはなるだろう。偶には付き合え。」


 フードの人物イグアルは揶揄うようにアテルを肘で小突くと、腕組みをしてその傍らに並んだ。


「いいえイグアル、まだアテルは動かせません。今(ひず)みを大きくすれば相手の思う壺でしょう。それよりあなたには各所へ次の神託を届けに行って貰います。『姿なき御方』とはくれぐれも接触しないように。」

「…ふ、承知した。」


 次の命令を受けたイグアルは、直ぐさま転移して消えて行く。


「…守護七聖主(マスタリオン)を動かすつもりか?」

「ええ。この時点で上手く誘導されてくれるかは五分五分ですが、それでもフェイト相手にあなたが出るよりは安全でしょう。」

「慎重には慎重を期すか…だが時翔(ときか)る者を決して侮るなよ。あれは永遠(とわ)を生きる神殺し<ディサイダー>だ。今はカルワリアが良い隠れ蓑になっているが、真の目的に気付かれれば必ず教団(俺達)の障害となるだろう。」

「わかっています。――全ては正しき歴史を辿るため、我らケルベロスの偽神…アクリュース様の御心のままに。」




 ――ケルベロスの本拠地である魔法国カルバラーサに来て三日目、初日から俺との面会を望んでいたらしいカルワリア司祭と会うことにした俺は、司祭に奇妙な提案をされた。

 目の前のどう好意的に見ても善人とは思えない男は、俺の母方の実家であるシェラノール王家の情報が欲しいと言う。

 だが血族唯一の人間である俺は、二歳の時に滅んだミレトスラハ王国についてエヴァンニュとゲラルドの戦地であること以外なにも知らない。

 そんな俺からどうやってシェラノール王家の情報を得ようと言うのか詳しく話を聞いてみると、司祭は俺の中に眠っている幼少期の記憶を利用するなんらかの手段を持っているらしい。

 おまけに俺が魔法を使えない原因だと言う『封印』をも解けるかもしれないそうで、あれこれ利点を上げてはなんとか俺の同意を得ようとしているように見える。


 そのことから俺は、ふと気がついた。


 この場で俺が断れば、こいつはどんな手段を用いてでも無理やり情報を得るつもりなのだろうと思ったが、実際にはなんらかの理由で実行できないのではないだろうか。

 その方法が魔法によるものにせよ道具を用いるものにせよ、恐らく俺の同意を得ることが必須条件なのだ。


 手荒な手段は選びたくない、などと気遣うようなことを言っているが、でなければこの男なら、出された飲み物に薬でもなんでも盛ってさっさと実行していることだろう。


 ――となるとここでの記憶を消すというのも、単なる〝はったり〟かもしれんな…俺が焦って冷静な判断を下せなくなるように誘っているのか?


 どう答えるべきか…


 表面上は笑顔を崩さずに返事を待っている司祭から目線を落とし、わざと時間をかけて悩んでいる振りをしてみる。

 内心ではやきもきして苛立っているはずだが、その仮面を崩さないのはさすがだろう。エヴァンニュでもイサベナ王妃が良く公共の場での俺との対面時にこんな顔をしていた。

 それを見た後のイーヴは、影でトゥレンに『女狐』と悪態を吐くこともあったらしいが――


 あの二人はいつもこういう時、俺が判断を誤らないように適切な助言を耳打ちしてくれていた。

 執務室でもイーヴの慎重な意見に思う所があると、必ず横からトゥレンが口を挟んで討論となり、白熱しかけるのを見かねたヨシュアが間に入って宥める…そんなやり取りを見ているのが日課になっていた。

 あれからまだそれほど経っていないのに、もう随分昔のことような気がするのは何故なのだろう。


 根気強く静かに俺の返事を待っている司祭に対し、そんなこととは全く関係のないことを考えていると、その声はいきなり頭の中へ届いた。


『オド、私の声に反応せずそのまま聞こえないふりをして聞いてください。返事もしなくて構いません。』


 この声…ナトゥールスか?どこから――


 突然聞こえて来たナトゥールスの声に、俺は言われた通り努めて反応せずに耳を傾けた。


『最終的な判断はあなたの意思で下して構いませんが、できればカルワリアの誘いには応じないでください。もしもその者の提案に魅力を感じるのでしたら、私がなんの不利益も与えずにその願いを叶えましょう。』


 つまりカルワリア司祭のこの提案には、少なからず俺とナトゥールスになんらかの不利益があると言うことか…


 でなければこんな形で割って入りはしないだろうからな。


『強制はしません。これはカルワリアとは別の、あなたにとってより良い選択肢だと思ってください。ストレーガを通じて渡した魔法石がその場を切り抜ける役に立つことを祈っています。』


 一方的にそれだけを告げると、ナトゥールスの声は聞こえなくなった。


 ――ナトゥールスがこのタイミングでちょうど良く話しかけてきたと言うことは、俺とカルワリア司祭のやり取りをどこからか見ていると言うことか…覗きとは随分いい趣味をしている。

 どこへ行くにも護衛と称して初めからクルンが同行しているんだ、監視が付いているのと変わりはないが…離れて見ているなら見ていると先に言え。


 そう思い腹を立てたものの、こういうこともエヴァンニュで慣れていた俺は、俺の意思を尊重してくれるだけあの男よりは幾分マシか、と内心で苦笑する。


 渡された魔法石のことを言っていたな。誓約魔法と魔法破壊の魔法石をどう使えと…


 万が一のことを考えて予め右のポケットに誓約魔法の魔法石を、左側に魔法破壊の魔法石を入れていた俺は、右のポケットに自然な仕草で手を突っ込んでそれをいつでも使えるように握りながら考えた。


 そうか…思いついたぞ。


「――暫く考えたんだが、司祭…やはり俺は幼少期の記憶とシェラノール王家の情報に興味がある。」

「おお!では我の提案を…」

「ただアルケーのテリオスクルムが終わるまで待って貰えないか?」

「…なんですと?」

「俺はまだケルベロスという教団を良く知らないし、マギアピリエを見て回っている最中だ。今はそちらに集中したいのに、ここで記憶のことに気を取られると身が入らなくなるだろう。」

「いや、しかしですな…!」

「ナトゥールスにも先ずは隅々まで見て良く知って欲しいと言われているんだ、司祭も教祖でありスプレムスでもある彼女の希望を損なうような真似は避けたいだろう。だからあと五日はなにもせずに待つと約束して欲しい。代わりに俺もそれまでここでのことは口外しないと誓おう。――どうだろう?」

「ぐう…むむう…」


 俺は司祭の提案に強い興味があることを目で訴え、司祭が首を縦に振るまで待った。

 まだ一言も提案を受けるとは口にしていないので、これなら司祭が言質を取ることはできないはずだ。


「ふう…仕方がありませぬな、わかりました。オド様のその取引に応じましょう。」


 よし、確かに応じたな。目の前に餌をぶら下げられた上に、俺が魔法を使えないからと上手く油断してくれたらしい。


 ――その瞬間、俺と司祭の間に誓約魔法の魔法紋が浮かび上がって光を放った。


「な…こ、この魔法紋は誓約魔法の――!?」

「悪いが念のために言質を取らせて貰うぞ。誓約魔法があればこれから五日間は俺に手を出せなくなるだろう。」


 本当は今後ずっとそうして欲しい所だが、この手の相手に欲張っても良いことはないと経験で知っている。


 直後に今度は魔法破壊の魔法石を使って、俺と司祭の周囲に張られていた見えない障壁を壊し、俺は早々に椅子から立ち上がった。


「オド様!?今のは…!!」


 目の前で魔法が砕け散るのを見たクルン達は、司祭が障壁を発動したことにすら気付いておらず驚いて武器の柄に手をかける。

 それを見ただけでも、司祭がマギアピリエ最高位の魔法士だというのは紛れもない真実だと良くわかった。


「武器は抜くな、必要ない。」

「ですがオド様…!!」

「必要ないと言っている。――ここを出るぞ、クルン。司祭との面会は済んだ。」

「お待ちくだされ、オド様!!」


 司祭の呼ぶ声は聞こえていたが、俺は構わず無視してクルン達と外へ出たのだった。


「オド様、カルワリア司祭と一体なにがあったんですか?魔法破壊の魔法石をお使いになりましたよね?あの障壁はいつの間に――」

「ああ、大したことじゃない。渡してくれた魔法石が()()()()役に立ったと言うだけだ。」

「誓約魔法の方も使われたんですか!?」

「そうだ。同じ手は二度と通用しないだろうが、司祭が俺を侮ってくれていたおかげでなんとかなった。少なくともこれでアルケーのテリオスクルムが行われるまではなにも起きないだろう。その後は…さすがにわからないがな。」


 クルンとロゲリウオ、スアデラの三人は困惑顔をしながらもなにか納得したように頷き合う。


「では我々はここで失礼致します。今回はなんのお役にも立てなかったようですが、なにかの際はいつでも我らをお呼びください。次の機会こそはオド様にストレーガ本来の実力をご覧に入れられるよう努めます。」

「そう言った機会はあまりあって欲しくないが、わかった。覚えておこう。」


 ロゲリウオとスアデラが去ると、俺は直ぐさまカエルレウム宮へ踵を返した。


「部屋へお帰りになるんですか?」

「いや…クルン、この時間ナトゥールスはどこにいるかわかるか?」

「え…はい、執務室か宵の間のどちらかかと思いますが――」

「案内してくれ、話がある。」



 クルンの案内でナトゥールスの執務室へ向かった俺は、扉の前に立つストレーガに聞いてナトゥールスが中にいることを確かめると、勝手に扉を開けツカツカと室内に入り込んだ。


「――お帰りなさい、オド。」


 まるで俺が来るのを待っていたかのように、ナトゥールスは椅子から立ってにこやかに微笑みながら歩いてくる。

 自分の思惑通り、俺がカルワリア司祭の提案には応じずに戻って来たことを知っているんだろう。

 しかしナトゥールスは怒りの滲む俺の顔を見て今の機嫌を察したのか、途中でぴたりと歩みを止めて続けた。


「…どうやら私はあなたの気分を害してしまったようですね。」


 わざとらしく申し訳なさそうな顔をしてそう言ったナトゥールスに、俺は腹を立てながら直接不満を()つけることにした。


「――元よりエヴァンニュでも常に見張られていたようなものだったからな、クルンを付けられた時点で監視されるのは構わないと思っていたが…さすがに一切の断りもなくコソコソ他者との会話を覗き見られるのは不愉快だ。この二日間、そうしてずっと俺のことを隠れて見ていたのか?」


 疑心から不信と疑惑の目を向ける俺に、ナトゥールスは必死さを前面に出して首を振る。


「いいえ、まさか。そもそも私は、そのようなつもりでクルンを護衛に付けたわけではありません。今回はカルワリアの目的が不明瞭でしたので、万が一を考えての備えでした。それでもあなたに黙って遠視の力を行使したことは謝罪します。」

「は、物は言いようだな…馬鹿にするなよ。実際は司祭の狙いを把握するのに俺を利用したのだろう。ご丁寧に予めあの魔法石を用意してくれたのが証拠だ。」


 瞬間、ナトゥールスはまた初日に見た時のようにその表情を一変させて、直前とは異なる冷ややかな笑みを浮かべた。


「馬鹿に…ですか?心外です、寧ろその逆なのですよ。――あなたなら渡した魔法石を上手く使い、自力で身の安全を確保する手段に気づくと思っていたのです。実際、誓約魔法と魔法破壊のどちらも〝役に立った〟でしょう?」

「………」


 今の一瞬でなにかナトゥールスの雰囲気まで変わったような…そう言えば最初に会った日も、会話の最中に突然瞳に宿る光が冷徹に変化したのを見たような気がする。

 普通では見過ごしてしまいそうなほどの些細な変化だが…ナトゥールスは自分自身をそうやって巧みに使い分けてでもいるのか?


「…いいだろう、今回だけは目を瞑ってやる。渡された魔法石が役に立ったのは確かだし、クルンに聞いていた通り司祭の狡猾さと真の力も実感した。一部は俺にそれを見せることも目的だったのだろうからな。」

「では許してくれるのですね。」

「許すもなにもない、抵抗しようにも俺に貴殿の魔法を防ぐ手立てがあるはずもないからだ。かと言って完全に怒りが収まったわけではないことは覚えておけ。」

「訂正しましょう、割り切りが早い上に思ったよりも寛容なのですね。エヴァンニュではあなたが一度怒ると周囲に当たり散らして、臣下でさえ手がつけられなくなるようなこともあったと聞いていたのですが…少し意外です。」

「このまま俺が寛容でいられるかどうかは今後の行動次第だな。」

「肝に銘じましょう。」


 言うだけ言って踵を返した俺は、再び嫣然と微笑むナトゥールスに構わずその部屋を後にした。


 ――エヴァンニュの王城や紅翼の宮殿内でのことまで知っているか…ティトレイやアルケーが取り込まれていたことと言い、ケルベロスの信者は思っている以上にどこにでも潜んでいるようだな。

 カルバラーサ産の魔法石がどこででも買えるように、やはり殆どの国が掌握されていると見るべきだろう。

 その上で俺に関してもなにが目的なのかわからないからこそ、不気味に思えて仕方がない…ジャンの事がなければ早々に逃げ出したいところだな。


「もうお話は済んだんですか?」

「ああ。」

「昼食の時間まで一時間ほどしかありませんが、外出されますか?」

「いや…クルン、このカエルレウム宮にも、カルバラーサの歴史やケルベロスに関する本の置かれた図書室があるだろう。少し早いが先に昼食を済ませて、ティトレイのテリオスクルムまでの時間はそこで過ごしたい。」

「畏まりました、では一度オド様は御自室にお戻りください。すぐに昼食をお部屋の方へ用意するよう伝えて来ます。」

「頼んだ。」



 部屋でクルンと一緒に一時間ほど早い昼食を済ませると、俺は一階層全てが書庫と資料室になっているという、カエルレウム宮の十階を訪れた。

 そこには古代魔法に関する魔法書や、現代では既に失われた大陸に関する書物などかなり貴重な物も置いてあるそうで、ナトゥールスの許可なく入れないだけあってひと気がまるでなかった。


「誰もいないのか…」


 ぐるりと回廊状になっている通路を挟んで、中央に司書室と鍵のかかった禁書庫があり、外側にびっしりと本の詰まった本棚が並んでいる。


「ここは普段からこんな感じなんですよ。司書官も常駐しているわけではないですし、アクリュース様以外特別な用もなく人が来ることは滅多にないです。」


 シンと静まり返った空間は、熱くもなく寒くもない温度に保たれており、一定量の空気が僅かに流れているのを感じる。

 全体的に薄暗く物音一つしないその場所はあまりにも静か過ぎて、なんとなく肌寒さまで覚えそうな気がした。


「風通しを良くするために壁に風の魔法石を埋め込んでありますが、貴重本の焼けを防ぐ理由で日光が入らないよう窓もありません。中央の司書室沿いに本を読むための席が設けてありますので、目を悪くされないように手元の明光石を点してからお読みくださいね。」

「ああ、ありがとう。」

「では僕はお邪魔にならないよう護衛の控え室に行っています。オド様の声は中にいても聞こえますので、なにかあればお呼びください。」

「わかった。」


 クルンが俺に軽く会釈をして離れて行くと、俺は早速なんらかの情報を得られそうな歴史書などの類いを探すことにした。


 さて、と…先ずはなにから読むか。


 壁に対して直角に並べられた本棚には、そこに置かれている本の分類表示が掲げられている。

 それを見れば大まかにでも、どこにどんな本があるのかわかるようになっていた。


「歴史書の棚か…カルバラーサ建国記、とこの辺りからだな。」


 エヴァンニュでは国の成り立ちや過去について学ぶ機会は皆無だった。王都の地下にある護印柱の一件で、予想外にあの国には多くの秘密があることを知ったが…今思えばあの男の歴史に関する神経質さは少し異常だったのではないだろうか。


 自分の過ちに言い訳をするつもりはないが、王族や大勢の人間が普通に暮らしている街の下に、あんな危険な存在が眠っているなど想像できるはずもないだろう。

 ヴァレッタが命を落としたのは俺の所為に違いないが、それでも最初から知っていればもっと慎重に行動していたと言いたくもなる。


 壁に沿って置かれている長机の上に数冊の本を置き、引っ張り出した椅子に腰を下ろすと、クルンに言われたように手元の明光石で灯りを点け、分厚くて重い装丁の建国記を開いた。


〖――FT歴紀元前812年○月△日、雷神トールの祝福を受けし偉大なる魔法士『ヘルモーズ・ド・オーズ』により、ここに魔法国カルバラーサ建国す。〗


「FT歴…紀元前812年!?今はFT歴1996年だから…カルバラーサは最低でも二千年以上前の建国だったということか。」


 フェリューテラで現在もその実情が殆ど明かされていない『魔法国カルバラーサ』…まさかこれほど古くから存在していたとは驚きだ。

 俺は歴史に関してあまりにも無知だからな…紀元前が何年まであったのか正確にはわからないが、所謂古代期よりももっと前らしい。

 それに『雷神トール』の名が記されていることから、彼の神を崇拝していると言う噂は丸切りの嘘だというわけでもなかったのか。


〖――の年、暗黒の世に冥界より訪れし邪龍『マレフィクス』は、救世主であり勇者たるクアドルガと聖女アミッド、聖騎士ユスティディアに閃光の弓使いミディールと声なき賢者イーオ、そして豪腕のケルナッハに稀代の魔法士ヘルモーズの七名によって遂に倒された。

 勇者と聖女、聖騎士の三名は、邪龍の穢れた血に染まりし広大な大地を生涯かけて清めるため、この地より北東から南部にまで渡る広範囲に新たな国を興すと決める。

 残る四名は互いの友情を誓ってそれぞれの故郷へ帰り、各々の国の復興を手がけることにしたのだった。

 しかし光神レクシュティエルの加護強きセプテンティリオネスは、旅先にて雷神の洗礼を受けたヘルモーズの帰還を歓迎せず、民は勇者と共に世界を救った彼をいつしか『異端者』として扱うようになる。

 そればかりかヘルモーズの恋人は迫害を恐れて彼の元を去り、親族は神の力にも等しい雷力に畏怖して遂には家の扉を閉ざしてしまった。

 失意の底に落とされたヘルモーズは、暫しの間クアドルガの元へ身を寄せ心の傷を癒すと、やがて雷神トールの導きに従いこの地に隠れ住む決意をしたのだった。


 それが魔法国カルバラーサの興りである。〗


「――この(くだり)を読むに、カルバラーサを建国したヘルモーズは故郷を追われたせいでここに辿り着いたのか…セプテンティリオネスというのは古地図を見る限り、今のフェリューテラにはもう存在していない遥か北方の地だったようだな。」


〖――の後に建国の祖であるヘルモーズは、深き信仰の恩恵を受け雷神トールによって新たに人智を超えた力と技術を授けられた。

 これによりカルバラーサは、魔力なき者でも魔法を使用可能となる様々な道具を作り出せるようになったのだ。

 雷神トールの恩恵によりどの国よりも豊かになったカルバラーサだが、ヘルモーズは数年の後にかつての仲間から手酷い裏切りを受けることになった。

 あまりにも急速に発展し、恐るべき国力を持ち始めたカルバラーサの魔法を恐れたミディールとケルナッハの復興した国が、突然武力による戦争を仕掛けて来たのだ。

 その理由は実に単純で、それぞれ国の王となっていた()の二名は、殆ど魔法が使えなかったからだった。


 しかしこの裏切りを嘆いた勇者クアドルガに、聖女アミッドと聖騎士ユスティディアの三名が間に入ってカルバラーサの被害を最小限に留めたため、友情に亀裂は入ったものの我が国はどうにか事なきを得る。


 そしてヘルモーズは自身を異端者として扱った故郷『セプテンティリオネス』と、閃光の弓使いミディール王の国『サカディ』、そして豪腕のケルナッハが族長を務める蛮国『ヒュイドン』とは完全に国交を断絶し、何人にも侵されない強固な防護結界で領土を覆うことに決めたのだった。〗


「…魔法を使える者と使えない者の差か…その気持ちはわからないでもないが、ヘルモーズには同情するな。」


 ミディールのサカディ王国とケルナッハの蛮国ヒュイドンは、セプテンティリオネスと同様に、現在のフェリューテラには跡形も残っていなかった。


「この古地図を見ると、紀元前のフェリューテラから三分の一もの大地が消えてなくなっているのか…それも多くは北方に集中している。これほどの大地がどうやって消えた?大きな天変地異でもあったのか。」


 ――カルバラーサの興りは大体わかったが、この時点ではまだ雷神トールに関する話しか出て来ていないな。


「それにしても邪龍マレフィクスに救世主である勇者、聖女と聖騎士か…神話か御伽噺かと思いたくなるような話だ。」


 だが現代でも〝聖女〟は存在している。この建国記にあるような、勇者と共に邪龍を倒せる力を持ったそれと同じかどうかは知る由もないが…現にペルラ王女はそう呼ばれているのだ。


「建国の祖ヘルモーズがスプレムスに座して四十年、フェリューテラに邪龍マレフィクスに代わる新たな脅威が現れた。正確にはそれは創世の時代から密かに存在していたのだが、邪龍の影に隠れて見えなかっただけだ。光ある所に闇はある。セプテンティリオネスに光の神がいる以上、対となる存在もまた――」


 ブツブツと声に出しながらその頁を読んでいると、ふと背中を向けている後方に近付いて来るような人の気配を感じてバッと後ろを振り返った。


 ――誰もいない。


「……クルンか?」


 もしクルンなら俺に声もかけず、後ろからそっと近付くような真似をするはずはないだろう。

 況してやすぐ真後ろにいる気配を感じたのに、振り向いて姿が見えないなどあり得ない。


 …そうは思ったのだが、今この階には俺と控え室にいると言っていたクルンしかいないはずであり、他の選択肢がなかった。


「………」


 気のせいだったのか…?


 ――風の魔法石で流れる空気を人の気配と間違えたか。


 無理にでもそう思い込もうとして、再度読んでいた頁に目線を落としたその時、かなりの至近距離から俺の耳元へ()()()()()()


「「……ライ…、ラム…サス……」」


 ガタタンッ


 瞬間、背筋にゾオッと冷たいものが駆け抜けて行き、戦慄して思わずそれが聞こえた左耳を両手で押さえながら立ち上がった。

 その拍子に座っていた椅子が引っくり返り、静かな周囲に響き渡るほどの大きな音を立てる。


「――………」


 な、なんだ…今の声は……


 腕には鳥肌が立ち背中に冷や汗をかく俺の元へと、すぐさま大きな音に驚いたらしいクルンが控え室から慌てた様子で駆け寄って来る。


「オド様、どうされましたか!?」


 クルンやナトゥールスのように『オド』呼びでなく、はっきりと『ライ・ラムサス』の名で呼ばれた…


 苦しげに吐き出された息に、酷く震えた…とても生者のものとは思えないような、低い低い男の声――


「なにかあったんですか!?顔色が真っ青です…!!」


 クルンに身体を揺さぶられてハッと我に返った俺は、たった今の出来事をどう説明すればいいのかと困惑してゴクリと息を呑んだ。


「オド様!!」

「――い、いや…驚かせてすまない…多分ほんの短い時間、居眠りでもしたんだろう。ここには他に誰もいないのに、誰かに名を呼ばれたような気がしたんだ。」

「え…幻聴が聞こえたってことですか?」


 指先が冷たくなって僅かに震えているのが自分でもわかる。まだ心臓が早鐘を打っている状態だ。

 命の危険を感じたわけでもないのに――


「……きっと夢でも見たんだ。…それともここには幽霊の類いが出るとか、なにかそういう曰くはあるか?」

「いえいえ、ありません!これまでそんな話は聞いたこともないです!!」

「そうか…ならばやはり転た寝でもしたんだろう。」

「そ、そうなんですか…??」


 まだ耳の奥に木霊しているような気がする…


 本当はあれが夢だったとは到底思えないのだが、無理にでもそう思わなければいられないだろう。


 徐々に落ち着きを取り戻した俺は、クルンが「本当はいけないんですけど…」、と言いながら用意してくれたホットミルクを飲んで一息吐くと、また机に戻ったのだった。


 ――幽霊に知り合いのいる覚えはないんだがな…一体なんだったのか…


 次にまた同じようなことが起きたら、今度は正体を突き止めてやる。――そう身構えていたのだが、結局この後はもうなにも起こらなかった。



「オド様、そろそろ下へ降りませんか?」


 ティトレイのテリオスクルムまで一時間ほどに迫ると、そうクルンに声をかけられた。


「もうそんな時間か?まだ少し早いだろう。」

「信徒はテリオスクルムの前に神水で身を清めて、教祖様の身に降ろされた神へ祈りを捧げなければいけないんです。なのでもうカエルレウム宮に来ているはずですから、リーグズ信徒に会われるかと思ったんですが…」

「ティトレイに…ああ、もちろんだ、会えるなら会いたい。気を使ってくれてありがとう。」

「いえ。」


 初日に別れて以降、ティトレイにもアルケーにも会うことができなかった俺は、クルンの提案に喜んで席を立ち図書室を後にすることにした。


「今言ったナトゥールスの身に降ろされた神、というのはどういう意味なんだ?」


 ティトレイが来ているはずだという『清めの間』へ向かいながら、クルンに気になった言葉について尋ねてみた。

 クルンは博識でとても頭が良く、俺がケルベロスについてどんなことを尋ねても淀みなく答えてくれるから助かっている。


「オド様は『神降ろし』という言葉を聞いたことはありますか?」

「いいや?巷で稀に聞く降霊術と似たようなものか?」

「少し語弊はありますが、〝霊体を降ろす〟と言う点では確かに似ているかもしれません。教祖様がその身に神を降ろされることを教団では『エヴォケーション』と呼ぶのですが、アクリュース様は別世界から同名のアクリュース神をここにお招きする事が可能なんです。」

「…つまりナトゥールスの身体に別のなにかが〝入る〟と言うことか。」


 まさかとは思うが…時折ナトゥールスから感じるあの違和感は、彼女の身体に偽神が入っている所為だったりするのか?


「別のなにかって…その言い方は酷いです、オド様。」


 ケルベロスの信徒であるクルンは、不満げにそう言うとプクーッとあからさまに頬を膨らませる。こういう一面はやはりまだ年相応だ。


「ああ、悪い。ケルベロスの主神は偽神だと聞いた。そうでなくても俺は正直に言って宗教自体に興味がないんだ。人並みに死に瀕すれば誰とはなく祈ることもあったが、ここへも来たくて来たわけではないしな。」

「オド様は神の存在を信じない方なんですか?」

「いや、どちらでもないだけだ。これでも人智を超えた存在に対面したことはあるからな。あれらがそうだと断言されたわけでなくとも、フェリューテラには実際に常識では測れない存在はいるのだと思っている。」

「オド様って…」

「なんだ。」

「――いえ…なんでもないです。」

「?」



 «人智を超えた存在に対面…?普通の人間は自らが祈りを捧げる神に会いたくても会えないものなのに…アクリュース様がオド様を教団に招かれたのって、こういう御方だからなのかな。»


 クルンはちらりとライを見て困惑顔をする。


 «オド様って一体…»


「クルン?」


 不思議そうに自分を見て首を傾げたライに、クルンはぷるぷると頭を振って疑問を振り払う仕草をした。


 «いけない、オド様については必要以上の詮索はしないようにと厳しく言われているんだ、余計なことは考えないようにしないと。»


「――あの白い扉が信徒の清めの間控え室です。リーグズ信徒はもう中にいるはずですから、行きましょう。」



 クルンは率先してその扉をノックすると、中からは聞き覚えのある声が返事をした。


「特級ストレーガのクルンと申します。入ってもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ。」

「――失礼します。」


 扉を開けたクルンに促され、木製のロッカーと応接セットの置かれたその室内へ進み出る。


「ティトレイ、俺だ。」

「ライ先輩!!」


 ほんの一瞬、緊張した硬い表情で椅子に座っていたティトレイが見えたが、室内に入って来たのが俺だとわかると、ティトレイはぱあっと破顔して傍らの杖を手に立ち上がった。


 青色の真新しい教団服に、義足を外しているためか歩行の支えとなる松葉杖を突きながら、ティトレイは俺の元へ来ようとする。


「ああ、俺がそっちに行くから座っていろ。」

「ですが…」

「いいから気にするな。」

「は、はい。」


 ――強い昼間の光から目を保護する色つきの眼鏡を外し、義足もなく全ての傷を顕わにしている後輩の姿は痛々しく、本当にこれが元に戻るのだろうかと疑問に思う。

 顔の左半分に縦に走る深い傷痕。稀代の殺人鬼マグワイア・ロドリゲスと戦い、俺の目の前で奴に斬られた当時の光景が頭に浮かんだ。


 クルンは扉を閉めると室内側のその傍らに立ち、俺はティトレイが腰を下ろしている正面の椅子にテーブルを挟んで座った。


「あまり話している時間はないが…今後はアルケーも同じくこのマギアピリエに住むそうだな。カルバラーサの国籍を得るのはともかくとして、法都の居住権を得る方が困難だと聞いた。――おまえもアルケーも二度とエヴァンニュに帰らなくて後悔しないのか?」

「…しませんね。先輩だってそうでしょう?国王陛下の暗殺未遂だなどと濡れ衣を着せられた挙げ句、処刑される直前だったんです。まさか戻りたいなんて思っていませんよね?」

「……どうだろうな。」

「先輩…!」


 ――二日ぶりにティトレイに会い、少しだけ落胆した。俺は僅かながらに、ティトレイとアルケーには裏切られたような思いを抱いていたからだ。

 だからこそ開口一番に、先ずは何食わぬ顔で俺を騙していたことに対する謝罪の言葉が聞けるだろうと、勝手に期待していたのだ。


 ティトレイは自分がケルベロスに傾倒するあまり、俺に悪いことをしたとは思っていないようだな。…残念だ。


「俺の話はいい。それよりおまえはいつからケルベロスの信者になったんだ?」


 乗り出しかけた身を椅子に収め、神妙な面持ちでティトレイは答える。


「大体…一年前くらいからです。」

「そんなに前からか…」


 ずっとミレトスラハにいたんだ、気付かないのは当然だが…


「時々近況を手紙で知らせてくれていたのに、そう言った話は微塵も書かれていなかったな。」

「――書けなかったんですよ。宗教団体に入信したからと言う理由からではなく、それに至る経緯まで話さなければならなくなるのを避けたかったからです。」

「…俺の知らないなにかがあったのか?」

「…はい。多分ライ先輩は確実に怒るだろうと思います。」

「怒らないから話せ、()()()()。」


 俺がティトレイを心配し、時に叱りつけたりしていたのは、偏に友人だと思って信用していたからだ。

 それが今回のこの件で裏切られていたと知り、その信頼は既に崩れている。


 ティトレイはまだ気付いていないようだが、今俺が〝怒らない〟と言ったのは、そういう意味から来ている言葉だった。


「先輩は怪我をしていない方の俺の右目が、いずれ見えなくなるのを御存知ですよね。」

「ああ。事故で頭を打ったことが影響し、やがてはそちらも見えなくなると医者に言われたんだったな。」

「――実は一年ほど前、予想していたよりもずっと早く、突然右目も見えなくなったんです。」

「…!」


 ――その頃、士官学校の教員として仕事の忙しさに疲れているな、と感じていたティトレイは、ある朝真っ暗闇の中で目を覚ましたという。


「職員寮の自室でパニックを起こした俺は、他の教員の手を借りてどうにか王都立病院に行きました。そこで担当医に言われたんです。右目の失明は身体的疲労から来る一過性のものなのか、このままもう完全に見えないままなのかは経過を見なければ判断できないと。」


 まだ完全に光を失うまでには時間があると思っていたティトレイは、僅かな光すら感じられなくなったことで生き甲斐になっていた仕事すらできなくなり、全てに絶望してしまったのだと胸の内を語った。


「そうして気がついたら…自分の手で命を絶っていたんです。――寝台の傍にいつも置いていた剣で胸を突いて…」

「な…」


 ――なんだと…?


 自殺を図ったのか…!?


「心臓を貫き、痛みに苦しんだのは一瞬だけで、死ぬ直前もその後もなにもない真っ暗闇なんだな…、と最後に思ったのを覚えています。――けれど次に意識を取り戻すと、ぼんやりとした光だけが見えて、自分で流した床一面に広がる血溜まりの上に横たわっていました。」


 意識はあるが指一本動かせない、朦朧とした世界でティトレイはその声を聞く。


『ティトレイ・リーグズ。自らの手で命を絶つほど死に急ぐくらいなら、私の願いを叶えてくれませんか?――もしも応えてくれるなら、代わりにあなたの願いを叶えましょう。』

『俺の…願い…?――誰かは知らないが…それならもう一度目が見えるようになりたい。事故で失った左足を取り戻したい。五体満足で生きて行けるのなら、それだけでいい…それだけでいいんだ。』

『わかりました。私の名はアクリュース。とある宗教団体に崇められている〝偽神〟です。あなたの元へ今すぐ使いを送りましょう。その者達から私の願いを聞いてください。』


「最初はふざけた夢だと思ったんです。自らを偽神…偽りの神だと名乗るなんて、余計信じられるわけがありません。――でも数秒と経たないうちに、動けない俺の前にカルワリア司祭が現れました。」


 〝貴殿のことは神託によって聞いている。アクリュース様の望みは貴殿が親しくしている高貴なる御方と(まみ)えることだ。〟

 〝黒髪の鬼神と呼ばれし愛し子を魔法国カルバラーサまでお連れせよ。取引に応じるならばその命この場で救い、願いを叶える機会を与える。〟


「そう言われて俺は一も二もなく取引に飛びついたんです…」






次回、仕上がり次第アップします。

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