256 終焉 ①
ルーファスから離れ、クリスの愛竜クレスケンスを見にイスマイルと来たウェンリーは、決して忘れることのない可愛らしい女性の声に振り向きました。するとそこには、ルフィルディルで消えてしまった『アテナ』が、以前と変わらぬ姿で立っていました。信じられない思いで彼女に近付き、喜ぶウェンリーでしたが…?
【 第二百五十六話 終焉 ① 】
――俺は夢か幻でも見てんのか?
聞き覚えのあるその可愛らしい女の子の声に、思わず後ろを振り返ったウェンリーは、そう思いながら我が目を疑った。
ラベンダーグレーの肩までの髪に、薄紫色の瞳。年令は十代後半ぐらいに見えて細身で小柄で、それでいてルーファスと同じくらいにとても強かった。
忘れもしない…ルフィルディルで自分にはなにも出来ないまま、彼女は目の前で儚く消えて行ってしまった。
もう二度と会えない。そう思っていた大好きな女の子…『アテナ』。
そのアテナが、普通に立ってそこにいる――
「あ…、アテナ…?」
信じられない思いでふらりと歩を進めるウェンリーは、呆然としながらゆっくりと〝彼女〟へ近付いた。
「ウェンリー?」
呼び止めるイスマイルの声も耳に入らず、ありふれた村娘の衣装を着てこちらを見ている『アテナ』へ、ウェンリーはそっと右手を伸ばした。
「あの…?」
伸ばした手の指先がアテナの左手に触れた瞬間――
«触れる…温かい…»
ウェンリーはポロポロと涙を零す。
「夢じゃ、ねえ…、ほんとにアテナだ…――もしかしたら、って思ってた。いつかまたどこかで会えるんじゃねえか、って心のどこかで諦めらんなくて…っけどルーファスはなんも言ってくれなかったし…アテナ…生きてた…っ」
途切れ途切れに詰まりながらそう言ったウェンリーは、もう二度と消えてしまわないようにと願うようにして、そっとアテナを抱きしめた。
「アテナ…アテナ…っ」
――この人は、誰…?どうして私の名前を呼んで、こんなに泣いているの…?
まるで壊れ物に触れるかのように、限りなく優しくそっと自分を抱きしめる赤毛の男性に、アテナは戸惑いながらもされるがままになっていた。
普段なら男の人に手を触れられるのも嫌なのに…どうして?この人は大丈夫みたい、と彼女はウェンリーの胸に顔を埋めて目を閉じた。
「あれれ…?どうしてウェンリーお兄さんがアテナさんを知ってるの??ヴェントゥスに来るのはこれが初めてだよね?」
そんなウェンリーとアテナの再会にも空気の読めないクリスは、ウェンリーの顔を下から覗き込んで水を差し無粋な問いを投げかけた。
「っ!!…って、ご、ごめん、アテナ!!俺嬉しくてつい――」
ハッと我に返ったウェンリーは慌ててアテナから離れた。
「あの…クリスさん、この方々はクリスさんのお知り合いですか…?」
ウェンリーの温もりが離れたことに少し寂しさを感じながら、アテナは僅かに首を傾げてクリスに尋ねる。
その仕草はウェンリーにとって見慣れた、アテナの可愛くて堪らない動作だったが、瞬間そんなことを考える間もなくウェンリーはサアーッと青ざめた。
「ア、アテナ…?なに言って…俺だよ、ウェンリーだよ…!!…まさか、俺のことわからねえのか…!?」
顔色を変えたウェンリーに戸惑うと、アテナは困り顔をして申し訳なさげに謝った。
「ご、ごめんなさい…私――」
勢い余って今にもアテナへ詰め寄りそうになるウェンリーとの間に割り込み、クリスはアテナを庇うようにして事情を話す。
「うんとね、アテナさんはね、ここに来る前の記憶がないんだって言ってたよ。目が覚めたらいつの間にか村はずれにいたんだって。」
「記憶が…?そ、そんな…嘘だろ…っアテナ!!」
愕然として問いかけるウェンリーを、今度はイスマイルが制止した。
「待ってウェンリー、落ち着きなさいな。察するにこの女性は、以前伺っていた『アテナ』さんと仰る方ですのね?確認のために今一度尋ねますけれど、ご本人に間違いありませんの?」
「なに言ってんだよ、マイル!!俺がアテナを間違えるわけねえだろ!?」
「…間違いありませんのね。」
イスマイルはまだ自分の封印が解かれる前に同行していたという、アテナの存在と消えた経緯だけは聞いており、ウェンリーの様子を見て考える。
«アテナさんはプロートン達のように、ルー様の魔力で作られた肉体に宿っていたものの、ルフィルディルで消滅なさったと聞いておりましたけれど…ルー様が召喚されたわけでもなく、どうやってこちらに…?»
…少なくとも、これは単なる偶然とはとても思えませんわね。
「――でしたらウェンリー、ルー様とお会いすればなにか思い出されるかもしれませんわ。」
「ルーファスに…?」
「ええ。いなくなられた当時の状況を鑑みれば…わかるでしょう?」
「それは…」
ウェンリーは目の前で消えて行ったアテナの姿を思い出し、辛そうに顔を歪ませてアテナを見た。
«アテナ…本当に…?»
「後ほど一緒に戻ってルー様に会って頂きましょう。…ね?」
その頃、ルーファスは――
「ここで医者をされている方の息子さん…がそうなんですか?」
「はい。ケビッセン・カーテルノ医師と看護師のセルバご夫妻の間に生まれ、今年数えで十才になる男児の名が『クラーウィス』と申します。」
「今年数えで十才…!?」
『待て、ではラ・カーナ滅亡時の十年前には、まだ生まれてさえもいなかったんじゃないか…!!』
ヴェントゥスの村長さんであるラ・カーナ王国の元近衛騎士隊長だったカヒムさんに、俺が『クラーウィス・カーテルノ』と言う名前の人物に心当たりがないかと尋ねた所、こんな予想外の答えが返ってきた。
『いくら探しても見つからないと思えば、道理で…っ』
半ば怒っているんじゃないかと思うような声で、レインは悔しげに呟く。
ここまで思い出した記憶から推測するに、レインがとても長い間フェリューテラ中を旅して必死に探していたのは、恐らく俺の『器』だと思う。
それは俺が彼と交わしたなんらかの『約束』に基づく行動であり、その辺りがまだ戻っていない記憶の中に隠れている事情だとも思われた。
俺が今宿っているこの肉体は元々レインのものであり、十年前の俺はレインが殺されるまでフェリューテラに『霊力』として拡散していた状態にあったことからも、それは多分間違いないだろう。
ただわからないのは、そのクラーウィス・カーテルノという人物と俺の器になんの関係があるのか、と言うことだ。
『…レイン、そもそもあなたはなぜ、クラーウィス・カーテルノという人物を探していたんだ?』
『それは…おまえが俺へ残した手がかりに、〝クラーウィス・カーテルノを探せ〟と暗号で記されていたからだ。』
『暗号?…もしかしてシエナ遺跡の地下に残されていたような?』
『そうだ。――俺はそれをドラグレア山脈にある、パリヴァカの古代遺跡で見つけた。今から十三年ぐらい前のことだ。』
『……なぜ俺はそんな面倒なことを…』
『フッ、こういう時に記憶がないというのは便利だな?それを聞きたいのは俺の方だ…!』
――やっぱり相当怒っているな…無理もないけど、でも俺がなんの意味もなくそんなことをしたとは思えない。
「そのカーテルノ医師の息子さん…クラーウィス君について、直接会いに伺う前に簡単な情報で構いませんので教えて頂けませんか?」
「それは…」
難色を示したカヒム村長に、俺は差し支えない程度で構わないと説得を試みる。なにも知らないまま会いに行って、十才の少年にいきなり俺についてなにか知らないかと尋ねるわけにも行かないだろう。
「ご両親の手前もあるでしょうし、ここの集落の方全員が知っているようなことだけでいいんです。」
「……はあ、わかりました。ただクラーウィス…あの子はこのヴェントゥスにとって希望です。その力も然る事ながら、クラーウィスには光神様が宿っていると皆信じておりますから。」
「光神?それは光の神レクシュティエル様のことですか?」
まさか現代ではその存在が全く見られないあの光神が、ここにいると言うのか?
「わかりません。ですがクラーウィスは、常に夢の中で対面している御方を光の神様だと信じているのです。」
「夢の中で対面…」
夢の中と言うことは精神世界か…光の神がそこにいる?
『――なるほど、なんとなくわかって来たな。』
『…?なにがわかって来たんだ?』
『おまえが千年前、俺に言った言葉の意味がだ。』
いや、俺は自分がどういう状況でなにを言ったのか思い出せていないんだけど…できれば一人で納得しないで欲しい。
「今、〝力も然る事ながら〟と仰いましたが、クラーウィス君にはなにか特別な力が?」
「…ええ。」
「差し支えなければ――」
「治癒魔法です。それも欠損部位すら再生可能なほどの。」
「〝エクストラヒール〟ですか。もしかして…蘇生魔法〝リザレクション〟も使えますか?」
「!」
カヒムさんがサッと顔色を変えた所を見るに、その辺り全般は一通り使えるようだ。
「なぜそれを…あの子の力は生まれた直後から発揮され、最初に命を救われたのは母親のセルバでした。酷い難産でクラーウィスが生まれたと同時に一度息を引き取ったのですが、その瞬間にあの子の身体が純白の光に包まれてセルバは息を吹き返しました。後に判明しましたが、それが蘇生魔法であったのだと…以降あの子は寿命以外で命を落とした住人を何度か生き返らせております。それ故にこの集落の住人はクラーウィスを『光神様の落とし子』として大切にしているのです。」
その言葉を聞いた瞬間、いきなりレインがくくっ、と嘲るように小さく笑った。
『光神の落とし子…か。――自らに扱えない奇跡の力を目の当たりにすると、人はすぐそれに縋り神だ奇跡だと崇め始める。だがその期待に応えられなかったり、自らの命が懸かるような場面が来ると途端に手の平を返し、平気で裏切ったり贄として差し出したりできるようになるんだ。…果たしてその十才の子供にとって、その身に過ぎた力を持ち続けることが良いことなのかは疑問だな。』
『………』
ここの住人達が子供相手にそう言った扱いをするのかどうかはわからないが、エクストラヒールにしてもこれは普通の人間…しかも身体が未発達の子供にはあり得ないことだ。
以前にも説明したかもしれないが、『禁呪』とされる『蘇生魔法リザレクション』は、自らの生命力である『霊力』を他者に分け与えることで蘇生する聖魔法だ。
俺のような特異な存在であるならそれを行使しても左程問題はないが、普通の人間なら自らの命と引き換えにしなければならないほど〝危険〟な魔法でもある。
それをそのクラーウィス君が生まれた直後に放てたと言うことは、本当に光の神が宿っているのかもしれない。
どちらにせよ俺の『器』に繋がる…もしくはレインの身体で神魂の宝珠の封印を解くなんらかの〝手がかり〟を握っているのは間違いなさそうだ。
「ありがとうございます、その情報で大分わかりました。」
「たったこれだけでいいのですか…?」
「ええ、俺の知りたいことは知れましたから。そのクラーウィス君にはどこへ行けば会えますか?」
「中央の水汲み場から南東にある診療所へ行って下さい。先ずは父親のケビッセン医師に会って許可を得てからにして頂きたいのと…それとクラーウィスはご夫妻とは異なる容姿をしているので、それにはあまり触れて頂きたくないのです。」
「はい?」
「あの子はそこの少年のような金髪に青緑の瞳という、両親とは全く異なる容姿を持って生まれて来ました。本人達はそのことを気にしているので――」
金髪に青緑の瞳…?
俺はずっと黙って俺とカヒムさんの話を聞いていた、ゲデヒトニスを一瞥する。
「…わかりました、気をつけます。」
その後俺はレインの住んでいた小屋がここになかったかを尋ねると、ゲデヒトニスとリヴを伴い、カヒムさんの自宅を後にした。
『…まさか俺の住んでいたあの木組みの小屋が、クラーウィス・カーテルノに使われているとはな。』
『壊されていたわけじゃなくて良かったよ。その子は一日の殆どをそこで過ごしていて大事にしてくれているようだし、アトリエとして使われているならそう傷んでもいないだろう。』
「クラーウィス君に会う前に、先にロクヴィス遺跡へ行くんだよね?僕はここに残ってウェンリー達と合流するよ。リヴだけルーファスについて行ってくれるかい?」
「うむ、構いませぬぞ。」
「ゲデヒトニス、ウェンリーとイシーにカーテルノさんの診療所で落ち合おうと伝えてくれ。」
「了解。じゃあ後でね。」
カヒムさんの自宅前でゲデヒトニスと別れ、俺とリヴはここから歩いて十分ほどの場所にあるロクヴィス遺跡へ向かった。
『…大分森が切り開かれて畑にされているな。――良く精霊達が怒らないものだ。』
道中鬱蒼とした森だった景色が作物の実る畑と化していたことに、レインは少し複雑な思いを抱いているようだった。
『限られた範囲で作物を育てなければここの人達は皆飢え死にしていたんだ、精霊もその辺りの事情は汲んでくれる。それにデューンは識者だからな…上手く取り成してくれてもいるんだろう。』
『…俺がドラグレア山脈のパリヴァカ遺跡や、ここのロクヴィス遺跡を頻繁に訪れていた時は、まだアルティス・オーンブールもデューン・バルトも完全に眠っていた。シルヴァンティス、リヴグスト、イスマイルの三人もそうだが…守護七聖はおまえが覚醒したことで同時に目を覚ましたのか?』
『ああ、多分そうだろう。』
『つまり十年前の出来事がなければ、ここにラ・カーナの生存者は一人もいなかったのか。――おまえはフェリューテラの未来について、一体どこまで知っているんだ?』
レインの唐突な問いに俺は驚いた。これまで彼が俺に、そんな具体的な質問をして来ることはなかったからだ。
珍しいことを訊いてくるんだな…俺がどこまで記憶を取り戻しているのかを知りたいのか?
『レイン…その質問をする意図は良くわからないが、俺はなにも知らない。』
『そんなはずはないだろう。』
俺の答えを強く否定したレインが、皮肉を込めて苦笑しているように感じる。
『今になって思い返せば、俺が見つけたフェリューテラ中に散らばるおまえの痕跡は、その全てが未来を知らなければ施せないものばかりだった。クラーウィス・カーテルノに関してもそうだ。でなければ千余年前にはまだ遺跡となっていなかった竜人族の集落跡に、生まれてもいない子供の情報をどうやって残すことができると言うんだ?』
『それはそうかもしれないが…それでも俺は本当になにも知らないんだ。…いや、もしかしたら〝昔は〟知っていたのかもしれないが…全ての準備を整えた後、俺は自分でそれらの情報を完全に〝消した〟のかもしれない。』
『…は、なぜそんなことをする必要がある?おまえは時翔人であり、時空転移魔法を使えばいくらでも過去へ戻って未来を変えることのできる存在だ。結末が気に入らなければその情報を用いて、思い通りに変えていけばいいだけだろう。』
『………』
『どうなんだ?ルーファス。』
――レインが俺に腹を立て、酷く苛立っているのが伝わってくる。
わざわざ遠回りさせられて、無駄に無意味な時間を取られたと感じているのか…彼の過ごした長い時を思えば当然かもしれないが、それでもこれだけは言える。
その時間はレインにとって〝なくてはならない〟必要なものだった。
そのことについて包み隠さず全て説明するには、どこか落ち着いた場所で改めてゆっくりと話すべきだろう。
少なくとも片手間に掻い摘まんで話せるようなことじゃなかった。
『答えないのか…おまえを信じた俺が愚かだった。』
『…酷いことを言うんだな…さすがに傷つくよ。俺があなたを騙すと思うのか?そんなことをするはずないじゃないか。』
『――もういい。おまえが本当に未来を知らないのかどうか…その答えはもうすぐわかるだろう。…暫く口を利きたくない、クラーウィスのところへ行くまで俺に話しかけるな。』
レイン…
「ルーファス、随分と険しい顔をされておられるが…どうされた?」
「リヴ…レインが俺に腹を立てて酷く怒っているんだ。…嫌われたかな。」
隣を歩くリヴに心配された俺は、レインに話しかけるなと言われたことに少し傷つきながら苦笑いを浮かべる。
幸先が悪い…ここへ来て彼と揉めるとは思わなかった。
「一つ伺ってもよろしいか、予の君。」
「ああ、なんだ。」
「レインフォルスとの関係について記憶は戻られておられるのでするか?」
今は二人きりだと言うこともあり、リヴはここぞとばかりにこれまでウェンリー以外暗に触れるのを避けて来た、俺とレインの関係を率直に訊いてくる。
それは少なくとも俺に記憶が戻ったことによる〝些細な変化〟が見えていると言う証拠でもあるんだろう。
「……うん。」
「イスマイルもそのことを尋ねたがっておるのでするが――」
「…ごめん、それはもう少し待ってくれないか?今はまだ話せない事情がある。その時が来たら全て打ち明けるつもりでいるから。」
「…わかりましたでする。ではイスマイルにもそう申しておきましょうぞ。」
「すまないな、ありがとう。――着いたな、あそこがそうだ。」
途中で畑が途切れ、ある一定の線から先が森になっているその場所へ来ると、巨大な岩の前にヴェントゥスの住人らしき男性が二人立っていた。
彼らは腰に剣を装備し、その手には穂の付けられていない槍の長柄だけを持っており、入口の警護と言ってもそこまで厳重な印象は感じない。
「村長殿は先触れを出しておくと言っておりましたが、伝令の来た様子はありませぬな。」
「多分魔道具かなにかで連絡は取れるんだろう。」
俺達が彼らに近付いて行くと、俺の予想通り二人は既にカヒムさんから連絡を受けていた。
「貴殿らが連絡のあった守護者殿ですか。村長から決して失礼のないようにと伺っております。」
騎士然とした言葉使いに、監視の目が無くとも気を緩めない生真面目さ。使い込まれて手入れの行き届いた剣に、殺傷能力のない槍の長柄の構え方…この二人も恐らく、元は近衛の上級騎士だろう。
「パーティー太陽の希望のリーダー、ルーファス・ラムザウアーとメンバーのリヴグスト・オルディスです。失礼ですが、あなた方は遺跡内部に足を踏み入れたことはありますか?」
思わぬ質問だったのか、警護の二人は一度顔を見合わせてから片方の男性が返事をしてくれた。
「いえ、ありません。地下一階に降りてすぐの通路に侵入者避けの障壁があり、そこから先へは誰も進めないようになっているためです。」
「障壁…」
朧気だけど…昔レインはこの遺跡に、幼いライを連れて何度か入っていた覚えがある。
あの当時そんな障壁は張られていなかったはずだから、イスマイルのように目覚めたデューンが遺跡の防御機構を動かしたのか。
「なるほど…この遺跡は入口が地上にあるタイプの地下遺跡でするか。」
「ああ。例の扉は最奥にあるんだが、ここの遺跡も内部操作で構造や階層を自由に組み替えることが出来るようになっているはずだ。その入口に障壁が張られていると言うことは防御機構を起動した証拠だから、厄介な仕掛けや罠があちこちに設置されているだろう。」
「彼奴め…いずれ予らが来ることはわかっておったであろうに、なにを考えておるのだ。」
「……まあいいさ。――わかりました、とりあえず俺達は障壁の前まで降りてみます。」
俺は警護の二人にそう言うと、リヴと一緒に大岩の下にある入り口からロクヴィス遺跡の中へ足を踏み入れた。
巨石と巨石に挟まれるようにしてある細い通路へ入ると、すぐに遺跡が生きている証拠の『呪文帯』が壁に青く光って流れているのを目にする。
続いて正面の階段を降りると目の前に、赤、黄、青、透の順に四色の光を放つ呪文字で形成された魔法障壁が見えた。
「あれが障壁でするか。」
「属性色の魔法紋…?」
「火、地、水、無属性でするな。ここで対応属性の魔法を使えと言うことではありませぬか?」
「いや…単にそれだけじゃ駄目そうだ。これは――」
使用者を限定する識別紋が組み込まれている…?どういうことだ。
この障壁の解除方法は見ただけですぐにわかったが、俺はそこに込められている意図に気づいて眉を顰めた。
「――この魔法障壁は…俺に解除できない。」
「は…?」
俺が滅多に口にしない言葉を言ったことで、リヴがポカンとして目を丸くした。
「正確に言えば、極まともな手段で解除するには俺では駄目だ。」
「なんと、それはどういう意味でするか!?」
「リヴでも見ただけじゃわからないか…この魔法障壁は、解除に必要な魔法と使用者を『特定の人物』に限定されているんだ。――〝赤〟はアルティスの火属性固有魔法『サラマンドラス』、〝黄〟はユリアンの地属性固有魔法『コンストラクション』、〝青〟はリヴの水属性固有魔法『吸魔水鏡』に〝透〟はイシーの無属性固有魔法『ヴォイドテンペスト』だ。しかもそれらを四つ同時に使用しなければ障壁は消せない。もちろん俺なら無理やり破壊して強行突破することも可能だが、そんなことをすればヴェントゥスの人達の反感を買うのは目に見えている。侵入者対策に施されたのだとしても…なぜこんな魔法障壁なんだ?」
――恐らく遺跡の防御機構を使って設定すれば不可能ではないと思うけど…本当にデューン・バルトがこんな魔法障壁を張ったのだろうか?この時点でここへ来た俺の行く手を阻むような、こんな魔法障壁を?
カヒム村長は『風守り様』が俺を待っているようだと言っていた。ここヴェントゥスの状況から考えても、その〝風守り様〟とはデューン・バルトのことだと思うんだが…だとするならこれは矛盾していないか?
「この魔法障壁はデューンの奴めが施したものなのでするか?」
「…それがわからないから考えている。神魂の宝珠を安置した場所は、元からあった廃墟や遺跡に俺が手を加えたり、ユリアンと試行錯誤して新造した場所だったりするんだ。各安置場所は全て思い出したけど、封印を解除する順番やその理由についてはまだなんだよな。」
「つまり此度はデューンの番でなく、先にアルティスとユリアンを解放せねば風の神魂の宝珠へ辿り着けぬよう、ルーファスが予め遺跡の防御機構へ設定しておられた可能性があるのでするのか?」
「そうだ。それを確かめるにはデューン・バルトに聞けばいいだけなんだけど…」
少し気になるのは、シルヴァンやリヴのように魔力で作った〝仮の身体〟でも、彼が俺の前に姿を見せないことだった。
「――そう言えば彼奴、予らが来たことに気づいておるはずなのに…姿を見せませぬな。」
「うん…目覚めているのは間違いないし、奥にいるのも感じられる。――ただ今は眠ってでもいるのか、随分と気配が弱いな。」
「………」
リヴは魔法障壁の奥へと続く、薄暗い通路の先を龍眼でじっと見つめた。
「なにか見えるのか?」
「…特にはなにも見えませぬな。――この魔法障壁、カオスに破ることは可能なのでするか?」
「魔法障壁だけならな。これを越えて〝運良く〟最奥まで辿り着けたとしても、守護七聖主の紋章扉は無理だろう。壁に走る呪文帯を見るに、ここはインフィランドゥマと同じく『力封じ』の遺跡と化している。昔はそうじゃなかったから、これも防御機構を動かした影響だろうな。いくらカオスでも、弱体化した状態であの扉は壊せないはずだ。」
「デューンは稀代の魔物ハンターであると同時に、仕掛けや罠の専門家でもありまする。遺跡自体の防御機構に加え、彼奴の施した罠があるとなれば…予らでも無傷で通り抜けるのは不可能でするからな。」
「ああ。これはこれで神魂の宝珠を奪われる可能性が低くなったから悪くはないんだが…まだこの場所をカオスに掴まれ、ヴェントゥスが襲撃される怖れは残っている。――仕方ない、そのことは後で考えるとして、戻ってクラーウィス君に会いに行こう。」
「…でするな。」
そうして魔法障壁の解除を諦めて踵を返した俺達だが、リヴは姿を見せないデューンが気になるのか、後ろ髪を引かれるようにして薄暗い通路の先をもう一度振り返っていた。
ロクヴィス遺跡を出て警護の二人にまた来る旨を伝えると、俺達はその足でヴェントゥスへ戻り今度はカーテルノ診療所へ向かう。
レインの希望だった曾ての彼の家へ向かうにも、結局は先にカーテルノ医師へ許可を貰ってからでないと、そこをアトリエとして使っているというクラーウィス君に会えないからだ。
「――ここがカーテルノ診療所か…ゲデヒトニス達はもう来ているかな?」
湿気を避けるためか、土の地面から五十センチほどの高さに床面を上げて建てられているその木組みの診療所は、入口が木板で作られた傾斜の緩い坂になっており、その扉も患者を運び入れやすいように間口が広くなっていた。
扉脇の壁には木製の板で『ケビッセン・カーテルノ診療所』と表札が掲げられており、他と比べると一際大きく頑丈に作られた建物に見える。
俺とリヴは鍵のかけられていないその入口から中へ入ると、壁で仕切られた正面から室内へ回り込み、待合室らしきところで立ち止まって奥へ声をかけた。
「すみません、ケビッセン医師はいらっしゃいますか?」
すると扉のない隣室からすぐに返事がある。
「ああ、ここにいるよ。誰かな?」
間口からひらひらと振られる手だけが見え、俺達は顔を見合わせると隣室に向かい、そこから中を覗き込んだ。
「ケビッセン・カーテルノ医師ですか?連絡があったかもしれませんが、俺は先程ここに来たばかりの守護者でパーティー太陽の希望のリーダー、ルーファスと言います。カヒム村長の許可を頂き、折り入ってお願いがあって伺ったのですが――」
「「「!」」」
そのまま足を踏み入れた隣室は書斎か事務室になっているようで、机に向かって仕事をしていたケビッセン医師と目が合うと、その顔を見て驚いた。
「「アディ…!?」」
「あなたは――!」
俺とリヴは二人同時にその名前を口にするも、なぜだか相手の先生も俺を見て驚いており、ほぼ三人同時で一斉に声を上げたのだった。
「「「え?」」」
疑問の声を発するのも同じタイミングだ。
「なぜ兄の名前を――」
「どうして俺を見て驚くんですか?」
またも同時に質問を投げかけてしまい、俺達は一時的に固まってしまう。
直後ケビッセン医師はコホン、と一度咳払いをし、気を取り直して椅子から立ち上がる。
「私がケビッセンだ。守護者、と言ったかな?救世主様の呼称を名乗ったように聞こえたのだが…」
「ああ、はい…パーティー名として『太陽の希望』と名乗りました。改めて、俺はリーダーのSランク級守護者、ルーファスです。」
「ああ、そうなんだね…はは、一瞬私は君が救世主様御本人なのかと思ってしまったよ。」
「――…」
冗談めかして真顔でそう言ったケビッセン医師に、俺とリヴはまた顔を見合わせる。
この人…まさか太陽の希望を知っているのか?
…いや、いくらなんでも…それはまさかだ。
「この御仁、顔がアディにそっくりでする…血縁者でするか?」
「――多分そうだろう。母親と弟がいると言っていたし、年令的にも合うんじゃないか?」
アディは十七年前に家族の元を離れたきりだ。このケビッセン医師がアディの弟さんだとして、後に結婚しクラーウィスの生まれたのが十年ほど前だとすれば…アディが知らなかったのも当然だ。
「ふむ…そなた、アドロイク・カーテルノ殿の弟御であるか?」
「え…そうださっきも言っていたが、君達はなぜ兄の名を知っている?私の兄は十七年も前に亡くなっているんだ。それなのに、まるでつい最近どこかで会ったばかりかのような言い方をしている…なぜなんだ?」
アディの家族があの災難を無事に生き延びていたとは…さすがに驚いたな。アディが風の大精霊によって守られ、ウィンディアで生きていると教えるべきだろうか?
シルフィードの片割れであるティフォーネさんを助け出せれば、いずれ家族と再会することも可能だろうが…
『――教えてやれ。』
『え?』
俺に腹を立てていたレインが、突然口を挟んだ。ずっと眠っていたレインにアディのことは簡単にしか話していないのだが、今朝の短時間俺達がアディと過ごしていたのをレインも見ている。
『会える会えないは二の次だ。どんな形であれ、失ったと思っていた身内がどこかで生きていることを知れるのは…希望になる。』
『レイン…』
隣にいるリヴは俺の判断に任せるつもりでいるのか、ケビッセン医師の問いに自分が答える気はないようだ。
「落ち着いて聞いて下さい。事情があってすぐに会うことはできませんが…アドロイクさん…あなたのお兄さんは、生きています。」
「な…?」
俺は掻い摘まんでアディの事情を話し、彼が風の大精霊に助けられて、精霊の作った世界で十七年前の姿のまま今も生存していることを話した。
「――信じられない…では兄の病は…?」
「残念ながら治ってはいません。精霊の作った守護領域から外へ出れば、アディはすぐに命を落とす可能性は高いでしょう。」
「でも生きている…?俄にはとても信じられないが…確かに我々は兄の遺体を見ていません。遺書のような殴り書きを見ただけで、〝兄は死んだもの〟と思い込んでいたような気がします。」
「それは風の大精霊による強暗示だと思います。もしかしたら埋葬した気になっているだけで、お墓も建てていないんじゃないですか?」
「…!」
そう言われれば、と言う顔をしてケビッセン医師は愕然としていた。
「今のままではアディがここへ来ることはできないし、そもそも彼はラ・カーナ王国が滅びたことも知りません。俺もアディの家族が生きているとは思わなかったので、話すかどうか迷いましたが…」
「ならばせめて私だけでも兄に会えませんか?兄が病に倒れる前に私が医者の道を選んだのも、きっと未来で私が兄を救うという理由があったからなのかもしれない。私の力では無理でも、恐らく息子のクラーウィスなら――」
そこまで言いかけてケビッセン医師はハッと我に返り、しまった、と言う顔をして口を噤む。
「そのクラーウィス君は今、どちらにいますか?思いがけずアディの話で用件が逸れてしまいましたが、俺達が隣国ファーディアからラ・カーナ王国へ来たのは〝クラーウィス・カーテルノ〟という名を持つ人物を探していたからなんです。」
「それはどういう意味ですか。息子はここで生まれ、一度もこのヴェントゥスから出たことはない…それなのになぜ外から来たばかりの君達がクラーウィスのことを知っているんだ?」
その一瞬であからさまに警戒心を高めた医師に、俺はどう説明すればいいかとその場で悩んだ。
俺は嘘を吐くのが下手だし、馬鹿正直に話してもそうですか、と簡単に信じて貰えるはずもない…とにかくクラーウィス君に会ってみないことには、どんな解決策を握っているのかさえ俺にはわからないんだ。
カオスや暗黒神のことを話しても頭がおかしいと思われるかもしれないし…どうしたら会わせて貰えるだろう。
そして悩んだ末に、俺は切り出した。
「――では俺からもあなたに伺いたい。たった今あなたは、俺を見て驚いていましたが…それはなぜですか?」
「!…それは…」
「なぜ俺を見て、俺が救世主本人だと思ったんですか?」
「………」
ケビッセン医師は口を噤んで目を逸らし、困却している様子だ。
切り出し方を誤ったかな…この質問にさえ答えて貰えれば、俺が太陽の希望であることも話しやすいんだけど――
「ルーファス。」
横で黙って見ていたリヴが小声で俺に耳打ちをして来る。
「ここはルーファスがご子息と同じ治癒魔法を使って見せ、危害を加えるつもりがないことを伝えてみては如何でするか?」
「それは俺も考えたけど、同じ力を持っていると言うだけじゃ、なぜクラーウィス君のことを知っているのかという質問に対しては説明不足だろう。」
「でするが先ずは親御殿の案ずる気持ちを考慮して…」
――その時だ。
バンッ、と入口の扉を強く押し開ける音がして、誰かが診療所に駆け込んでくる足音が聞こえた。
直後――
「ルー様!!」
血相を変えたイシーの俺を呼ぶ声が背後から響く。
「イスマイル?」
「イシー、俺はここだ!!どうした!?」
その様子からなにか起きたことを悟った俺は、すぐにこの部屋を出て隣の待合室を覗き込んだ。
「ウェンリーが…ウェンリーが倒れましたわ…!!!」
「「!?」」
なんだって…!?
「倒れたとは急患か!?」
愕然とした俺が動くよりも早く、ケビッセン医師が直ちに俺の横を擦り抜けて行き、向かい側の壁にある両開きの引き戸を開けて診察室を開放し叫んだ。
「すぐにここへ運び込みなさい!!私は医者だ!!」
「イシー、ウェンリーはどこだ!?」
「近くにいた男性が背負って下さり、今は診療所の前まで運んで…っ」
「手を貸してくれ、リヴ!!」
「御意!!」
我に返った俺は急いでリヴと共に診療所から外へ飛び出すと、ウェンリーと同じような赤毛の男性に背負われている、ウェンリーらしき人を見て慄いた。
「なっ…」
「な、なんでするか…あれは――!!」
診療所の入口から下を見ると、俺達の目にその全身が殆ど見えないくらい真っ黒い靄で覆われているウェンリーの姿が飛び込んで来たのだ。
「ウェンリー…!?」
なんだあの黒い靄は…!
「ルーファスお兄さんっ、ウェンリーお兄さんが…っ!!」
「クリス!!」
「と…、とにかく診療所の中へ…っ早う!!」
「ウェンリーを運んでくれて助かった、感謝する…!!」
「えっ…あ、いや、俺は――」
赤毛の男性に礼を言い、俺は直ちに降ろされたウェンリーを受け取ると、すぐに両腕に抱きかかえて入口を駆け上がった。
「扉を開けてくれ、イシー!!」
「いいですわ、どうぞルー様!!」
「イスマイル、ゲデヒトニスはどこぞ!?」
「そ、それがゲデちゃんは…」
「思念伝達で呼ぶからいい!!ウェンリーの服を脱がすから、早く二人とも手伝ってくれ!!」
「「は、はい!!」」
突然慌ただしくなった診療所の入口で、クリスはウェンリーを背負って運んでくれた赤毛の男性に駆け寄ると、そっと男性を抱きしめた。
「ありがとう、シン…あんな状態のウェンリーお兄さんを運んでくれて。酷いよ、他の男の人達は助けてって頼んだのに…あの黒いのを怖がって一斉に逃げちゃうんだもん…っ!ここの男人族は同族の危機に逃げ出す臆病者ばっかりなんだね。」
「クリス…べ、別に礼を言われるほどのことじゃ――」
「ううん…シンは勇敢だね、惚れ惚れしちゃった。あとはルーファスお兄さんに任せておけば大丈夫だと思う。ルーファスお兄さんはね、怨嗟の呪縛で死ぬ所だったボクのことも救ってくれたんだよ。」
「怨嗟の呪縛?…クリスも病気だったことがあんのか?」
「うん。」
「そっか…」
«ルーファスお兄さんって…あの人、レインさんじゃなかったのか。俺のこともわからなかったみたいだし…»
それにしても顔がそっくりだった。シンは不思議に思いながら甘えるように抱きついて来るクリスへ、困ったような顔をして微苦笑するのだった。
再びルーファス――
ケビッセン医師に診察して貰うために、俺とリヴとイシーは三人がかりで、直ぐさま診察台上の黒い靄に包まれているウェンリーの衣服を脱がしにかかった。
「どうしてこんな…一体ウェンリーになにがあったんだ!?説明してくれ、イシー!!」
ウェンリーは全く意識がなく血の気のない青い顔をしており、纏わり付く黒い靄を俺がいくら手で払おうとしても、まるでウェンリーの身体から湧き出ているかのように一向に消える気配がなかった。
「も、申し訳ありません、ルー様…わたくしにもわからないんですの…っ!クリスのクレスケンスさんに挨拶をして、一旦こちらへ戻ろうとしたら…ウェンリーがいきなり倒れてしまって…!あっという間にこの黒い靄が…っ」
「このヴェントゥスには風の守りがある…ここでなにかの影響を受けたという可能性は低いであろう。ルーファス、考えられるとしたらばツェツハでの――」
「…っ」
スカサハとセルストイの仕業か――!!
「衣服は脱がせられたかね!?」
「あとシャツ一枚だけでする!!」
「くそっ、釦を外すのが面倒な…!!」
「鋏で切って仕舞われますか!?」
「だったら力で俺が引き裂く!!」
俺は釦を一々外すのがもどかしくなり、ウェンリーのシャツを両手で掴むと、力を込めて一気に引き裂いた。
ビビ、ビーッと布の裂ける音がして、ウェンリーの上半身が顕わになる。
刹那、そこで見たあまりにも恐ろしいウェンリーの身体に、ケビッセン医師以外の俺達三人は戦慄し恐れ慄いた。
「なん…っ」
「き…きゃああああっ!!!いやああっっ!!!」
「ひ…」
悲鳴を上げたイシーはウェンリーから後退って気絶し、リヴは悍ましさに真っ青になって身体から無意識に氷の息吹を放ち始める。
そして俺は――
「ウェ…、ウェン、リー……?」
――絶句してよろよろと蹌踉け、壁際に置いてあった棚に背中をどんっと着くと、そこに凭れてへたり込まないよう立っているのが精一杯になった。
「な、なんだこれは…新種の寄生生物か、魔物か…!?」
そう呟いたケビッセン医師の声が、遠くに聞こえる。
ウェンリーの身体には、心臓の辺りに食材に生える黴のような塊が付着しており、そこを中心にして外側へ向かって肌がまるで生きながら腐って行くかのように、不気味な青紫色へと変色していた。
その変色具合は一箇所一箇所が『死』を表す魔法紋を描いており、肌の下にある皮膚と肉の間でなにか寄生虫のような小さな物が、数え切れないほどびっしりと蠢いていた。
瞬間、俺にはわかった。
これは暗黒魔法に属する類いの『死魔法』だと――
次回、仕上がり次第アップします。いつも読んで頂きありがとうございます!!




