254 ヘズルの落日 後編
膝を着くレインフォルスに、リカルドが放った言葉を聞いて、ルーファスは酷く困惑します。自分はここにいるのに、なぜリカルドはレインフォルスに〝ルーファスを殺したことか〟と問うのか意味がわからなかったからでした。亡国ラ・カーナのヘズルで、リカルドの使った『欠片』の力から、『邪眼』に精神世界へ落とされたルーファスは、十年前の出来事を目の当たりにして…?
【 第二百五十四話 ヘズルの落日 後編 】
…今…、今リカルドは…なんて言ったんだ…?
〝罪を償うためだけに生きている〟――そう言ったレインフォルスになんの罪か、と問うて、リカルドの家族を手にかけたことか、それとも…
〝ルーファスを殺したことか〟
…そう言ったような――
「――どうしたんです?答えられないのですか。私はフォルモール様から事の次第を聞いて知っているんですよ。なぜルーファスが今、このフェリューテラにいないのか…その理由を。」
「………」
傷口を手で押さえ項垂れるレインフォルスへと、リカルドはグラナスを突き付けたまま続ける。
「貴様はルーファスに救われた身でありながら、最後の最後で諦め、彼に手を下す決断をした…だから私は決して貴様を許しません。そして今日こそ殺します。もう一度ルーファスをこのフェリューテラに取り戻すためにも…!」
「…そうか、おまえは…」
俯いていたレインフォルスは顔を上げ、リカルドをキッと睨んだ。
「おまえが誰なのか…ようやくわかった。フォルモールは死んだはずの人間を利用するために、わざわざ生き返らせたんだな。しかもル・アーシャラーとして身の内に抱き込んで――」
――リカルドが一度死んで、フォルモールに生き返らせて貰ったという話は既に俺も聞いて知っている。
でもレインフォルスはあの口振りだと、それ以外のことにもなにか気づいたような…
「くくく…笑わせてくれる。蘇らせて貰ったことで、まさかあの狂信神官に恩を感じたのか?騙されているとも知らずに?少なくとも俺が見るに、とても〝まともな〟方法で蘇生したとは思えないがな。」
「な…」
「どうせ俺がなにを言っても初めから聞く気はないんだろう。奴の真の目的も知らないくせに、妄信的にフォルモールの言うことを真に受けて…おまえは本当に愚かだな。だから俺はおまえが大嫌いなんだ。」
「貴様…!!」
ゴッ
『リカルド、やめろーッ!!』
レインフォルスがリカルドを嘲るように笑ってそう言った瞬間、俺は彼がなにを考えているのか気がついた。
――リカルド、やめろ…!!レインフォルスのそれは挑発だ。わざと怒りを煽って、自分を攻撃させようとしている…!!
レインフォルスの言葉に激怒したリカルドは、我を失って全身から深緑と青の混じった凄まじい闘気を燃え上がらせると、再びエレメンタルアーツを放った。
それに対してレインフォルスにはもう一切戦おうという意思がなく、まるで生きることを諦めたかのようにそこから動かずに、無抵抗で攻撃を受けるつもりだという感じがしていた。
「それでいい…俺もおまえに言われて気がついたことがある。俺はいつの間にか俺の罪がいつか許されるのかもしれないと…無意識に期待していたんだ。気の置けない友人ができ、人を愛することができて守りたいものもあった。この街の人々に当たり前のように受け入れられて幸せで…すっかり忘れていたんだ。――俺には初めからそんな資格などなかったのにな。」
レインフォルスは静かに微笑み、目を伏せる。
「ルーファスは俺に、なにがあってももう一度会える日まで生き抜くようにと言ってくれたが…どうやら俺はここまでのようだ。」
〝約束を守れなくて…すまない、ルーファス。〟
ぽつりとそう呟くレインフォルスの声が俺の耳に届いた。
『だめだ…生きることを諦めるな、レインフォルス!!!リカルドに抗え!!!』
――リカルドは狂ったようにグラナスを振るい、無抵抗のレインフォルスを無情にも俺の目の前で傷つけて行く。
なにがそこまで駆り立てているのかは今の俺に知る由もないが、リカルドは既に正気を失って喚きながら滅茶苦茶に剣を振り回している。
『止めないと…誰かリカルドを止めてくれッッ!!あのままではレインフォルスが殺されてしまう!!』
焦る俺に対して、もう一人の俺…ファエキスからはなんの反応も返って来ない。そう、落ち着いて考えれば、これは過去を映しているだけなのだから、当たり前なんだが…
「やめろーッッ!!!」
その時突然、まだ変声期前の少年による絶叫が聞こえ、物凄い速さで俺の横をなにかが通り過ぎて行った。
え…なん…
「レイン――――ッッ!!!」
こ…子供!?
驚く俺の目に、手を伸ばしながら駆けて行く、黒髪の子供らしき後ろ姿が飛び込んで来た。
な…リカルドを止めに入るつもりか!?
その子供は一直線に躊躇うことなくそこへ向かうと、今にもグラナスで貫かれそうになっているレインフォルスの元へ辿り着いた。
「な…来るな、ライッッ!!!」
刹那そのことに気づいたレインフォルスは青ざめ、咄嗟にその子の腕を掴んで抱きしめると、グラナスの凶刃から庇うように身を捩りリカルドに背を向ける。
直後大地の守護神剣は黄色い光を発して、無残にもレインフォルスの身体に沈み込んで行った。
ズンッ…
「か、は…っ」
『あ…あ……あ、ああ…――』
あまりの恐ろしい光景に声を失い、俺は身体がぶるぶると震え出す。
――その全ては一瞬の出来事で…リカルドが突き立てたグラナスは、腕の中に抱きしめていた黒髪の子供ごと、レインフォルスを背中から一気に貫いていた。
パアンッ…
次の瞬間、見ていることしか出来なかった俺の目の前で、レインフォルスのアストラルソーマが弾け飛び、同時にそれによって守られていた彼の魂が粉々に砕け散るのを目の当たりにする。
彼の紫紺の瞳からその光が消えて行き、大量の鮮血が地面へ流れ出すと、レインフォルスは黒髪の子供を抱きしめたまま前のめりに崩れ落ちた。
「はあはあ…あ、はは…アハハハハハハハッ!!やった…遂にレインフォルスを殺りましたよ、グラナス…!!アハハハハハハハ!!!アーッハハハハハハハ!!!」
『リ…カ、ルド…』
〝狂っている〟――高笑いするリカルドを見て、俺は真っ先にそう思った。
フォルモールに操られているわけでもないのに…なぜなんだ?
天を仰ぎ、笑いながら泣いていたリカルドは、横から子供が飛び出して来たことにすら気付いていなかったようで、自分が今なにをしたのかと言うことも理解していないように見えた。
――二人の身体を貫いたグラナスを引き抜くのに、リカルドは片足の靴底をレインフォルスの背中に押し当てて、あろう事か足蹴にまでしていた。
そこに俺の知るリカルドの姿は微塵も見られず、俺はリカルドへの深い失望に涙が溢れてくる。
やがて笑いながら転移魔法で去って行ったリカルドを見送ると、俺はなにも出来ずに目の前で黒髪の子供と共に命を落としたレインフォルスへ、ただ涕泣していた。
『――これが…十年前の真実なのか…?グラナスの力でレインフォルスのアストラルソーマは弾け、彼の魂が粉々に砕け散ったのを…確かにこの目で見たよ。〝レインフォルスは十年前に死んでいる〟…そう言いたいのか、ファエキス。』
『…いいや。俺が封印していたのはそれだけじゃない、まだ〝続き〟があるからな。』
続き――
――そうだ、この時レインフォルスはここで確かに命を落としている…それじゃあ、今の俺の中にいるレインフォルスは…誰なんだ?
それに、レインフォルスの中にいるはずの〝俺〟は影も形も見えない。…つまり俺の予想は外れ、この時点ではまだ彼と一つの身体を共有していたわけじゃないんだ。
ならば〝俺〟は…過去の〝俺〟は、〝どこ〟にいるんだ…!?
――ラ・カーナの西に太陽が沈んで行く。
魔法弾によって破壊し尽くされたヘズルは、燃えさかる炎と入り日に照らされてなにもかもが赤く染まっていた。
それはレインフォルスが命を落として、ほんの少し経ってからのことだった。
赤く燃える炎に、紫色に染まる空。大地に流れ込む命を落とした人々の〝それ〟と、墜落した戦艦に魔法弾から流れ出る〝あの〟力――
それら全てから、金色に光る結晶のようなものがここに集まってきて、徐々に両手の平へ乗るくらいの大きさの『球体』を形作って行く。
そうしてそれは次の瞬間、辺りを昼間のように照らすほど眩い光を放った。
『!!な…なんだ!?身体が――』
それと同時に霊体である俺の身体も金色に光り始め、その球体に引き寄せられて行く。
『身体が、引き寄せられる…ッ!!うわあっ!!!』
そして俺は〝俺〟の意識を保ったまま、その球体に飲み込まれた。
『今度はなんだ…!?』
球体に飲み込まれた俺は、どうやら今度はその球体の中から、横たわるレインフォルスを見ているようだった。
「「――大丈夫だ、俺が二人とも絶対に死なせない。…そこにいるだろう?〝ルーファス〟。」」
『…え?』
「「今のおまえなら既に〝リザレクション〟が使えるようになっているはずだ。先ずはあの黒髪の少年――『ライ・ラムサス』を蘇生してあげてくれないか?」」
『え?――待ってくれ、それは俺に言っているのか?』
「「他に誰がいるんだ。これも〝初めて〟のことじゃないだろう。この精神世界は、おまえが過去の記憶を取り戻すためのものだ。――思い出せ。この先レインとライを救うには、〝どうすれば〟良かった?」」
『なん…なにを言って――』
思い出せ…?
――その球体から聞こえる〝声〟の言葉に意識を集中した直後、これまでと同じように一気に失っていた記憶の一部が頭へ雪崩れ込んで来て、俺が十年前にここで取った行動の〝全て〟までを思い出した。
刹那、〝俺〟は金色に光り輝いていた〝球体〟と『同期』する。
「『――そうだ…、思い出した…』」
俺は〝過去の自分〟と重なるようにして、当時の行動を再現するように動いた。
「『死なせない…絶対に助ける。ライ…君はレインにとって、なくてはならない存在なんだ。君がいなければ、レインはこの先も生きて行く希望を自分に見い出せないだろう。だからどうか…生きて幸せを掴み、レインを苦しみから救ってくれ。それだけは俺にもできないことだから――』」
俺は直ぐさま魔力を集中して魔法詠唱に入った。
「『我が唱えし生命の詩は、我が命の灯を去りゆく汝に分くるものなり。天命尽くは今この時に非ず、我が祝福が汝の魂に再び輝きを与えん。蘇れ死の縁に立つ者よ、至高天位聖呪〝リザレクション〟――!!!』」
――俺の〝霊力〟がライの中へ大量に流れ込み、既に息絶えていた彼を瞬く間に死の縁から甦らせる。
「けほけほっ…はあはあ…」
目を開けてすぐ口の端から吐血した血を垂らし、それが喉に引っかかったのか、ライは咳き込んだ。
「もう大丈夫だ、口の中の血は吐き出した方がいい。」
「だ…誰…?金色に…光ってる…」
その左右色違いの瞳が俺を見て、不思議そうに首を傾げる。今のライ・ラムサスには光に包まれている俺の顔は見えないだろう。
「『――俺はルーファス。レインの知り合いだ。起きられるか?』」
「う、うん…ハッ…レ、レインッッ!!!!」
身体を起こしてすぐ、ライは倒れているレインに気づいて縋り付いた。
「いやだ、レイン!!目を開けて…死んじゃいやだ!!!」
ショックに泣き出すライの肩をそっと掴むと、俺は静かに宥める。
「『大丈夫だ、レインは死なないよ。俺が必ず助ける。』」
「ほ、本当か…?」
「『ああ、本当だ。』」
ライ・ラムサス…1996年で出会ったあの〝黒髪の鬼神〟が、レインの養い子だったとは…彼も俺達とは無関係じゃなかった。
「『だけど君は見てはいけないものを見ているから、俺と会ったことを含めてここで起きたことは忘れなければいけない。そうしないと次は君が狙われて、またレインが危なくなってしまうからだ。…俺の言うことがわかるかな。』」
これからライには、ここでリカルドによって自分とレインが殺されたことと、俺に会ったことを忘れて貰わなければならない。
でなければ十年後の未来で自分からアーシャルに近付いてしまい、フォルモールやリカルドに利用される可能性が高まってしまうからだ。
幸いなことにリカルドはライに全く気づかなかった様子だから、ライがリカルドを思い出さなければ、それだけで危険はかなり減るだろう。
「う、うん…そう言うことは前から何度もあったから…わかるよ。レインは悪い奴らにいつも狙われているんだ。」
悪い奴ら…主にフォルモールが率いる蒼天の使徒アーシャルのことだな。レインは過去にライを何度か攫われて、その度にル・アーシャラーとも戦っている。
俺は…そんなレインを彼の傍でいつも見ていた。俺との約束を守り、俺を探し続けるレインの孤独な姿を――
――なぜなら、俺とレインは〝繋がって〟いるから。
「『…そうか。この記憶は〝覚えている〟だけで、君を特定されてしまうから、できれば記憶そのものを消した方がいい。君さえ了承してくれるなら、俺の力で忘れさせてあげられるんだけど…そうしてもいいか?』」
「…うん、いいよ。俺はまだ子供だから、時々レインの迷惑になってることもわかってる。それで俺が足手纏いにならなくなるんなら…きっとその方がいいよね。」
「『いい子だ。それじゃあ君の記憶を完全に消そう。ここで君は、炎の中に消えたレインを見たのが最後で、それっきりレインには会えなかったことになる。――いいね?』」
「え…待ってよ、俺、レインに会えなくなるのか!?」
「『ごめん…それが君のためでもあるんだ。でもまた必ず会える。レインに会いたくてどうしても寂しくなったら、その時はラカルティナン細工のオルゴール・ペンダントを鳴らすといい。そうすればイティ・エフティヒアの曲と共に、君の中にある俺の霊力が辛い心を癒してくれるだろう。――だから君はこのまま〝リグ〟のところへ戻るんだ。』」
「待って!!俺そんなのは――」
「『彼の者の記憶よ、忘却の彼方へ消え去れ――〝オブリビオン〟。』」
〝いやだ〟と言おうとしているライに構わず、俺は冥属性忘却魔法『オブリビオン』を彼にかけた。
この魔法は俺の創作魔法であり、なにかの拍子に記憶が戻ることは絶対になく、一度かければ永遠に忘れたままとなる禁呪だ。
記憶を消されたライは催眠状態となり、俺の防護障壁に守られた状態でフラフラと一人丘を下り始めた。
このままライを捜しているリグ・マイオスの元まで誘導すれば、問題なく出会えることだろう。
――どうして俺にそんなことがわかるのか、って?
それは俺がこの日のことを具に知っているからだ。
『ルーファス、全て見たいのなら少し急いだ方がいい。例の異変が始まった。』
「『ああ…フォルモールの〝実験〟か。わかった。』」
俺は大地の守護神剣で魂を砕かれ、いくつかの小片を残して既に息のないレインフォルスの肉体にそっと手を触れる。
レイン…こうなる前にあなたを助けられたなら、どんなに良かったか…本当にすまない。
後になって〝余計なことを〟と怒られそうな気もするが、それでも俺はあなたに生きていて欲しい。
だから…諦めないよ。
「『レインの魂は生き返ることを望んでいない…これでは呼びかけても砕け散った魂の欠片は自発的に戻って来ないだろう。』」
『そうだろうな…時に心無い言葉は、命を奪うほどの凶器となることがある。それほどにリカルドのあの一言はレインを傷つけ、絶望させるには十分だった。』
〝ルーファスを殺したことか〟
――十年前の俺は、覚醒直後レインフォルスの『養い子』だったライ・ラムサスを蘇生させると、彼の記憶を消して近くにいたリグ・マイオスに保護されるよう誘導し、すぐにレインフォルスの砕け散った魂を身体に呼び戻す作業へ入ろうとした。
だがレインフォルスはリカルドから浴びせられた言葉に深く絶望しており、生きていることそのものに希望を持てなくなってしまっている上、養い子のライが腕の中で命を落としたことから、生き返ることを全く望まなかった。
そのせいで砕け散った魂の欠片は呼びかけても集まらず、僅かに残る『小片』だけが辛うじて肉体の消滅と拡散を防いでいるような状態になる。
レインフォルスの魂が戻ることを望まないのなら、あとはもう俺がその欠片を集めてアストラルソーマを再生し、無理やりにでも生き返らせるしか方法がない。
ただそれにはかなりの時間と労力が必要で、神魂の宝珠に力を分散している状態の俺では自由に動くことすらままならなかった。
かと言ってこのままでは、そう経たないうちにレインフォルスの肉体は崩壊が始まってしまい、やがては拡散して消滅してしまうことだろう。
そうなれば俺は、永遠にレインフォルスを失うことになる。
――だから当時の俺は、魂を失ったレインフォルスの肉体を保持するために、一旦この身体へ入って先に神魂の宝珠を解放することにしたのだ。
ただそれだけでは俺が身体を乗っ取った形になるだけで、僅かに残っている『魂の小片』も時間が経てば消えてしまう可能性がある。
それを防ぐために残ったレインフォルスの魂を核にして、俺がある程度力を取り戻すまでの間、繋ぎに『疑似魂』を作ろうと思いついた。
だがそれに関しては一つ大きな問題があり、小片でも彼の魂はあるとは言え、疑似魂は真っさらな霊力の塊に過ぎないことから、人格を形成するために俺が知っているレインフォルスのこれまでの記憶を基本情報として移す必要があったのだ。
しかし俺の記憶を直接移すため、それを行ったと同時に俺の中からレインフォルスの記憶が全て消えてしまうと言う危険を孕んでいた。
それについては言うまでもないが、結果として俺はレインフォルスの記憶を完全に失ってしまう。
「『…迷っている時間はないな。今すぐ蘇生が叶わないのなら、肉体の生命活動を維持する疑似魂を形成してでも守るしかない。ここに僅かに残った〝小片〟を核にして霊力を集め、そこに人格を宿すための情報を移す。それにはレインに関する多くの『記憶』が必要だ。代わりに俺はレインに関わる記憶を全て失ってしまうかもしれないが…それでも俺はレインを助けたい。ファエキス、準備はいいか?』」
『ああ、いつでもいいぞ。…と言っても、そのために俺はこの時点で〝分離〟したんだ。覚醒時の記憶と同期したことで少し混濁しているな。』
「『ああ、そうか…確かにそうかもしれない。これが現実でないことの方が信じられないくらいだ。』」
そうだ――俺からレインフォルスの記憶だけを抜き出し、ファエキスという分身を生み出して…彼にレインフォルスの疑似魂を『隔離』して貰っていたんだ。
「『ファエキス…レインフォルスの魂を守ってくれてありがとう。――そして俺がここに戻る十年後まで、彼の疑似魂の守護を頼む。』」
『やれやれ…だからこれは記憶を再現しているだけなんだ。実際にはもう既に十年経っているから、おまえに全ての過去を見せて記憶を甦らせたなら、俺の役目は終わり〝次〟はないんだよ。』
「『そうだったな…だがどちらにせよ助かった。』」
『自分に礼を言う必要はないだろうに…まあいい、先へ進もう。――ここは間もなく瘴気に覆われて地獄と化す。』
――そうして十年前の俺はレインフォルスの身体に宿り、ファエキスの協力の元彼の中で疑似魂を作り上げることには成功したのだが、〝肉体〟という器のない状態で覚醒し、無理に力を行使した反動で、その直後完全に意識を失ってしまったのだった。
『…また俺はレインの外へ出たのか。ここは…』
『見覚えのある懐かしい景色だろう。――ヴァンヌ山だ。』
『ああ…』
レインフォルスの中に宿った〝過去の俺〟が、朦朧とする意識の中で空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな灰色のどんよりとした曇り空だった。
『――こうして明るい中で見ると、酷い傷だな。』
全身から出血し、流れ出た血液が土に染み込んで身体の下を変色させている。
『この時おまえは意識を失っていて、疑似魂はまだ身体に馴染んでいなかった。だからそこにいるのはおまえではなく〝俺〟なんだ。』
『…そうか、俺は…他人の身体で無茶をしたから…だから魔力回路がズタズタになって魔法が使えなくなった。そのせいでグラナスから受けたレインの身体の傷を癒してやることが出来なかったんだ。』
『ああ。まあそれでも俺が宿った時点で、レインの肉体は〝不死〟の条件を満たした。このまま誰にも見つからなかったとしても、一月二月もすれば自然に回復しただろう。』
『それは魔物に見つからなければの話だ。それで…俺はここまでどうやって来たんだ?転移魔法は使えないし、転移球も持っていなかったはずだろう。』
『――気づかないか?首元を見てみろ。レインが三年前からいつも身に着けていた〝特殊装身具〟が消えている。あれに緊急避難用の転送魔法が予め仕込まれていたんだ。俺の魔力に反応する――』
『レインの窮地にではなく、俺の魔力にか?だがあの首飾りはサイードが…』
これは余談だが、レインフォルスが身に着けていた首飾りは、十年後、王都で開催された国際商業市で俺が見つけ、元の持ち主だった〝レイン〟の元へと戻って来ている。
『そう、レインがこの三年前にサイードから貰った物だ。そこにこのヴァンヌ山の、俺達がウェンリーと出会った場所へ移動するように、予め片道の転送魔法が刻まれていたんだ。それがどういうことか…わかるか?』
『………』
サイード…彼女は〝時空神〟の娘だ。〝時翔人〟の俺と異なり、過去へ行っても未来を変えることはできないが、まさか…?
『…このヴァンヌ山には〝神の花〟ヴァンヌ草がある。あの植物には霊力が満ちているから、覚醒直後の俺に必要となることを知っていたのか?』
『俺もそう思った。だがもしそうだとしたら、サイードはまだ定まっていないはずの〝未来〟を知っている事になる。』
『でもサイードは〝裁定者<アジュディケイター>〟でも〝鍵〟でもない。どちらかであれば俺にわからないはずはないからな。』
『ああ、それだけに気がかりだ。彼女の行動にはくれぐれも気を付けろ、ルーファス。あの人が敵の側へ回るとは思えないが、知らずに〝世界の記憶〟の駆動源と見做され、歯車にされているのかもしれない。』
『…わかった、気をつけるよ。』
『そろそろ時間だ。――すっかり成長してしまったが、ライ同様にまだ少年だったウェンリーの懐かしい姿が見られるぞ。』
『はは、そうだな。』
――FT歴1986年…この日はこの後、ヴァンヌ山に雨が降り出した。
ラ・カーナ王国が滅びた翌日のことで、俺は少しでも動けるようになるまで大きな岩に凭れて休息を取っていた。
この時の所持品は念のために、と持って来たレインフォルスの剣と、彼が着ていた衣服のみ。
レインフォルスの無限収納はラ・カーナにいた時点で俺の空間収納庫へ仕舞い込み、本当の身元が誰にもわからないようにした。
そしてレインフォルスの漆黒髪は俺が入ったことで『銀色』に変わる。
そこから先は、倒れていた俺をウェンリーが見つけてくれ、血の匂いに引かれて集まってきた魔物から俺が守り、ウェンリーはヴァハの村へ人を呼びに駆けて行った。
その直後…もう一人の〝俺〟が現れる。
「…そこに…いる、のか…?ルー…ファス…――」
『!…この場面は…』
『俺が最後に見せたいのは〝これ〟だ。』
――ファエキスがそう言って見せられた〝過去の記憶〟は、まだ魔力回路が治る前、転移魔法が使えないにも関わらず、俺が頻繁にどこかへ〝飛ばされていた〟時に見た、一つの光景だった。
それはウェンリーとネメス病に罹ったシヴァンの妹を助けるため、ヴァンヌ草を集めに行った時、ヴァハの門前で飛ばされて血塗れの俺に対面した時のものだ。
あの時、もう一人の自分に対峙して驚き、それが十年前の自分だということぐらいしかわからなかった。
レインフォルスの中で表面化している俺の分身『ファエキス』は、急激に襲い来る回復のための〝眠気〟に朦朧としながら、記憶を失っている俺に警告を残した。
〝もう時間がない。おまえが過去から来たのか、未来から来たのかはわからないが、アーシャルに気をつけろ。〟
それは暗に、この怪我はリカルドが原因だと言うことも告げていたことになる。
『俺に異常な執着をしているフォルモールが、いつか必ずル・アーシャラーの誰かを寄越すだろうとは思っていた。だから近付く者に警戒しろ、という意味も込めて俺の前に現れたおまえに警告した。』
『…俺が傍に現れることがわかっていたのか?』
『いや、気配を感じただけだ。俺もおまえの分身だからな。』
『そうか…』
『ルーファス、俺がレインの死に動揺しないよう封印していた記憶は、これが全てだ。それでもまだ思い出せない部分は、残る神魂の宝珠に封じられているのと、フェリューテラに拡散していたことで千年の間に世界中に散らばってしまっている。それらを集めたければ、レインの魂の欠片を見つけろ。おまえの記憶は、レインの欠片に引き寄せられる。なぜならおまえとレインは――』
『ああ、〝繋がっている〟からだな。』
『そうだ。手がかりは〝欠片〟と〝記憶〟が、レインの身体にいるおまえを呼び寄せた場所だ。ヴァハにいた十年の間に、何度も〝飛ばされた〟だろう?』
『!』
あれは…そういうことだったのか…!!
ヴァハにいた時、なんの前触れもなくいきなり見知らぬ場所へ飛ばされることが多々あった。
あれはこの身体が本来の持ち主であるレインの魂と引かれ合い、元に戻ろうとして呼んでいたからだ。
そうとわかっていたら、もっと早くレインの魂を集められたかもしれないのに…!!
『心配は要らない、俺の役目はこれで終わりだが、分離されていた俺がおまえの中へ戻れば、百カ所近くある転移先も自己管理システムに記録し直されるだろう。』
『!――ありがとう、ファエキス…!!』
『だから自分に礼を言うな。…ゲデヒトニスによろしくな。次はあいつの番だ。』『ああ…わかっている。』
――俺の中へと『ファエキス』が戻って来る気配を感じる。
ここで目にした過去の出来事と、ファエキスが封印していた十年前までの事細かな『全て』が、膨大な情報となって俺に吸収されて行った。
直後――
ピロン、といつもの通知音が頭の中に鳴る。
『全データベースを更新します。所要時間は約百分です。』
そんなにかかるのか?…まあ千年分だから仕方がないか…外の状態はどうなっている?俺はリカルドに襲われていた最中だった。
意識のない状態で倒れているなら、身体がどうなっているのか心配だ。
この身体は俺のものじゃない…レインのものなんだからな。
『付近に複数の存在を確認。真紅の災厄/カラミティ、闇の守護神剣/マーシレス、正体不明者一名です。』
なんだって!?
どうしてカラミティが――
強制覚醒だ!!データベースの更新は急がなくていい!!勝手にどこかへ運ばれては堪らない…すぐに俺を起こしてくれ!!
そうして俺は自力で強制的に目を覚ました。
「「「『!!』」」」
覚醒するなり俺は、瞬間移動でカラミティ達から間合いを取る。
「カラミティ…!!なぜあなたがここにいる…ッ!!」
俺は直ぐさま腰のクラウ・ソラスを引き抜いた。
シャッ
『なんだ、随分なご挨拶だな。危うくフォルモールの手に落ちる所を我らが助けてやったと言うのに…起きざまですぐに武器を抜くとは、恩知らずな奴め。』
「なに…?」
フォルモールだって…?
ハッとした俺は、リカルドの姿を捜したが、どこにも見当たらなかった。
「リカルドはどうした!?」
まだフォルモールの橾術を解けていないのに…!!
「――あの傀儡ですか?フォルモールが連れて逃げて行きましたよ。」
「フォルモールが!?…くっ…」
リカルド…!!
「…驚きましたね、なぜそのような顔をするのですか。あれはフォルモールの支配下にあり、あなた様にとっては敵でしょう。たった今『邪眼』を使われ、意識を失っていたことも忘れたのですか?」
その癇に障る事実を突き付けられ、カチン、と来た俺は見慣れない梟の仮面を付けた人物を睨んだ。
「誰だ、おまえは。リカルドが敵かどうかは俺が決めることだ。…まさか勝手にそうと判断して、あいつに危害を加えたわけじゃないだろうな?もしそうなら…」
ズオッ…
「ただで済むと思うなよ。」
「…!」
俺はその見知らぬ男に威圧を放ち、脅しをかけた。
「な…その力は――」
『ほう…くく、だから言ったであろう、カラミティ。恨みを買わずに済んで良かったな。』
「…記憶が戻ったのか。」
そう呟くように言ったカラミティは、全身から放っていた真紅の闘気を収めて小さく笑みを浮かべる。
「――なにを喜んでいるのか知らないが、まだ八割方だ。いくつかの肝心なことは思い出せていない。無論、カラミティ…あなたのこともだ。」
「………」
瞬間、スウッ…と周囲の空気が一気に冷えた。
「…どうすれば思い出す?」
カラミティから僅かな笑みは消え、冷ややかに俺に問う。
フォルモールもそうだが、どうしてカラミティもここまで俺に執着するんだ?
「その前に俺の質問にも答えて貰おう。――なぜレインを危険に晒した?彼のアストラルソーマに亀裂が入ったのは、あなたの仕業だ。あなたの迷宮で俺がライを助けようとした時、わざと俺にマーシレスで暗黒魔法を使用して、ライが見ていると知りながら目の前でレインと入れ替わらせた。おかげでレインは今、消えかけているんだぞ…!!」
『ふん、ならばあのまま放置していた方が良かったか?記憶を失い奴のことを忘れたまま過ごし、時が来て対峙したその場になって思い出しても遅いだろう。僅かな期間でも意思の疎通が叶えば、貴様なら後で必ず助けようとして動くはずだ。そう思ったから時機を早めてやっただけだろう。』
「おまえは黙っていろ、マーシレス!!俺はそう言うことを言っているんじゃない、俺達のことにライを巻き込むなと言いたいんだ!!」
『な…記憶が戻った途端我に命令するとはクソ生意気な…!!』
「ふ…」
「なにが可笑しい!!」
「我は世の全てに禍を齎す『災禍』だぞ。うぬとレインフォルスとその養い子――そう簡単に我の災厄から逃れられると思うのか。」
「……言い訳をする気もないのか。…まあいい。」
どうやら俺をどこかに連れて行く気はないようだな。…本当にフォルモールから俺を助けてくれたのか。
俺はクラウ・ソラスを鞘に戻した。
「もう一つ質問だ。カラミティ、あなたは俺について〝どこまで〟知っている?」
「それに答えて我に利があるのか?」
「俺があなたとの約束を忘れていることを理由に、反故にしても構わないと言うのなら答えなくてもいいが。」
「…チッ」
俺が強気に出ると、マーシレスではなくカラミティ本人が珍しく舌打ちをした。
「『世界の記憶』『裁定者<アジュディケイター>』『鍵』。後は『滅亡の書』ぐらいだ。」
「…なるほど。」
それらの言葉を知っていると言うことは、カラミティは〝こちら側〟の存在か。
「質問はそれだけか?ならば答えよ、どうすれば記憶が戻る?」
――そうまでして俺の記憶を取り戻したいのか…
「…十年前、ここでレインが殺されたことは知っているのか?」
「………」
「知っているんだな。その時レインの魂がグラナスによって粉々に砕かれた。それを集めれば、恐らく俺の記憶も戻るだろう。」
「それならば既に御前が集め始めています。ですがなぜ守護七聖主の記憶に関係が?」
「―――」
俺は口を挟んだ梟仮面の人物を再度ギロリと睨んだ。
――だからおまえは誰だ。
『其奴は〝ベレトゥ〟だ。カラミティの下僕のようなものだが、貴様さえ良ければこの機にカラミティとの連絡役を担わせよう。どうだ?』
「…顔も見せられない者を信用しろと?」
『少なくともカラミティには忠実だ。それに叛意を見せたところで、〝これ〟では貴様に勝てまいよ。』
「そうですね…過去に何度もこてんぱんにされていますし、今以て勝てる気は致しません。」
…知り合いか。
「レインの欠片を持っているのか?カラミティ。もしそうなら、今ここで集めた分だけでも俺に渡してくれ。少なくてもそれさえあれば、消えかけているレインを起こせるかもしれない。…頼む。」
『守護七聖主に頼み事をされるとはな…くく、脅しに使おうかとも思っていたが、これで貸しを作れたぞ。』
「煩いぞ、マーシレス。」
そう言うとカラミティは、何処からともなく紫色に光る『欠片』を取り出し、それを俺に手渡した。
「まだたったのこれだけだ。」
「十分の一にも満たないな…でもありがとう。」
俺は直ぐさま身体の中からレインフォルスのアストラルソーマを外へ呼び出して、疑似魂に『欠片』を融合させる処置を施した。
「これで体内に戻せば、小一時間ほどでレインは目を覚ますだろう。少しすれば俺の記憶も――」
と思ったが、レインのアストラルソーマを身体へ戻してすぐ、俺の記憶は流れ込んで来た。
「――いや、もう戻ったな…なるほど。」
この記憶は…
思い出した記憶を説明すると、それは禍々しい暗黒世界の一角にあるカオスの城で、カラミティとレイン、マーシレスがそこから逃げ出す算段をしており、それに俺が手を貸している、と言うような光景だった。
「…あなたとレインはカオスの城で出会ったのか。そこでマーシレスがカラミティとレインに自分も連れて行けと言った。…マーシレスは暗黒神の手にあるのが不満だったらしい。」
『!』
「――確かに欠片を渡すことで記憶が戻るようだな。ならば引き続き我ができるだけ集めよう。」
「いいのか?」
「元よりそのつもりでいた。連絡はベレトゥに取らせる。」
「そうか、ならば俺の共鳴石を渡しておく。」
俺は虹色に光る特殊な共鳴石を空間収納庫の方から取り出して、梟仮面の人物『ベレトゥ』に手渡した。
「…変わった色彩の共鳴石ですね、初めて見ます。」
「俺が作ったものだからな。それは世界がどんな形に変わっても、手元から消えることはない。例えば、俺が明日時間を巻き戻して、あなた達の記憶からここでの出来事が完全に消えたとしても、だ。」
「「『!?』」」
「そうだな…その石は『理外の共鳴石』と呼ぶといい。なにかあればそれで連絡を取ろう。」
「…さすがに守護七聖主は常識外れですね。有り難く頂戴致します。以後お見知りおきを。」
「ああ。」
――カラミティには俺に危害を加えられない理由がある…約束というのがまだ思い出せないが、仲間ではなくとも俺が必要である限り、恐らく裏切ったりしないだろう。
俺は踵を返し、ウィンディアへ戻ろうと転移球を取り出した。
「ルーファス。」
するとカラミティが俺を呼び止める。
「…なんだ?」
「聖哲のフォルモールが用いた橾術は『アラクネス・ドラート』だ。」
『おい、カラミティ…!!』
「!?」
「フィネンの神獣『デミ・アケバロス』…二十四の獣の一体を屠らぬ限り、あれは生涯解けまい。」
フィネンの神獣…フォルモールは自分の力ではなく、神獣の力でリカルドの膝を折らせたのか。
「…礼を言うべきだな。――借り一つだ。」
リカルドを敵と見做すかはまた別にして、橾術を解いた後にもう一度本人と話をする必要がある。
俺はリカルドがライに気づかないままレインの身体をグラナスで貫いた光景を思い出し、その痛苦に顔を歪ませながら転移球でウィンディアに戻った。
「遅いッッ!!!」
ヘズルのギルドへ戻ると、顔を真っ赤にして激怒したゲデヒトニスと、イシー、リヴの三人が待っていた。
「なにが〝五分で戻る〟だよ、嘘吐き!!何時間経っていると思っているんだ!?」
「あー…すまない、ゲデヒトニス。心配かけて悪かった、そう怒らないでくれ。」
物凄い剣幕で責めるゲデヒトニスに、俺は両手を上げて上半身を引くように降参の意を表した。ところが――
「怒っているのはゲデヒトニスだけではありませぬぞ、予の君。」
「そうですわ、ルー様…」
ゴオオオオ、と猛烈な怒気を立ち昇らせて続くリヴとイシーに、今回ばかりはさすがに少し血の気が引いた。
「わたくし達が追えないのを良いことに、お一人でなにをしに、どこへ行っていらしたのですか…」
ま、まずい…イシーが怒髪天を突いている…!
「ゲデヒトニスに言って行った通りだ。亡国のラ・カーナへ戻り、ヘズルでエヴァンニュのサイードと連絡を取って来たんだよ。」
「それでこんなに何時間もかかりまするか!?」
カッ、と両目を見開き、血走った目でリヴが俺に詰め寄る。
「そうですわ!!百歩譲りましてそれが真実とし・て・も!!なにか危険なことがありましたわね?ルー様、そうでしょう!?」
続いてイシーが椅子から立ち上がり、代わりに椅子に座った俺を上から見下ろして再び攻めてきた。
「う…」
せめて言い訳をさせて欲しいと思い、助けを求めてまだ激怒しているゲデヒトニスを一瞥するも、ゲデヒトニスも怒っているために助け船を出して貰えなかった。
「わかった、わかったから二人とも少し落ち着いてくれ。」
――アディの家にいるウェンリーのことは呼ばなかったんだな…ちょうどいい。
「亡国のラ・カーナへ戻り、ヘズルでサイードと連絡を取った後でここへ戻ろうとしたら、突然襲われたんだ。」
「「「!!」」」
「ほら!!だから言ったじゃないか、一人じゃ駄目だって!!」
「無事だったから良かったものの、なにかあれば如何致すおつもりでするか!!」
「待って、二人とも…!」
さらに怒るゲデヒトニスとリヴをイシーが手で止めた。
「あの瘴気の中に入って来られて、さらにそこにルー様がいらっしゃると…なぜその襲撃者にはわかったんですの?」
さすがはイシーだな。最初にそこへ疑問を抱くのか。
「一つに、俺は完全に廃墟と化していたヘズルの街中へ入り、魔法弾の爆心地らしき空き地を見つけ、明日のためにそこに瘴気の浄化装置を設置してからサイードに連絡を取った。二つ、俺を襲って来たのは俺の友人であり、記憶を失っていた間の二年前から太陽の希望を結成するまでパーティーを組んでいた元守護者、リカルド・トライツィだった。」
「リカルド…!?」
「シルとウェンリーから聞いておりまする…今は違いまするが、フェリューテラの首位守護者でSランク級でしたな。そして蒼天の使徒アーシャルのル・アーシャラー第一位でもあるとか。」
「――ルー様の二の腕に『呪印』を刻んだ不届き者でもありましたわね…まさか、その呪印によって瘴気が浄化されたタイミングを見計らい、ルー様の位置を特定して襲って来たと仰るのですか…?」
「お、落ち着いてくれ、イシー…その通りだけど、リカルドはフォルモールに操られているんだ。」
「え…?」
「ん?」
ゲデヒトニスを除き、リヴとイシーが驚いた顔をして俺を見ると固まった。
「い、今ルー様…わたくしを〝イシー〟とお呼びになりましたわ…」
「うむ、予も確かに聞いたでする。」
「ゲデちゃんから千年前の記憶が戻られたらしいことは聞いたのですが…ルー様?」
「…?」
イシーの言うことの意味がわからないのか、ゲデヒトニスは首を傾げる。
「ああ、昔はそう呼んでいただろう?今は以前の呼び方の方が自分でもしっくりくるんだ。」
「え…?」
「ウェンリーには後で話すつもりだが…それとは別に、三人に話しておきたいことがある。」
俺がこういう言い方をする時はかなり重要な話であり、大概深刻な内容であることを知っている三人は、一瞬で顔付きが変わった。
「十年前までのことを含め、俺は失っていた記憶の八割が戻ったんだ。」
次回、仕上がり次第アップします。いつも読んで頂き、ありがとうございます!!




