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Eternity~銀髪の守護者ルーファス~  作者: カルダスレス


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25 王都戒厳令 ④

戒厳令が発令されて二日が経ち、王都民以外の国民と、滞在許可者が王都から退去するように命令が出された。ラーンと別れ、王都から出るために検問に向かうルーファスとウェンリーでしたが…

         【 第二十五話 王都戒厳令 ④ 】



 ――王都に来て四日が過ぎた。本当なら今日まで国際商業市(ワールド・バザール)が開かれ、大通りも祭典を楽しむ人で一杯になっていたはずだった。

 それが…この二日というもの窓から外を見る限り、王国軍の軍人か憲兵、警備兵の姿しか見かけない。王都民でさえ今は自由に出歩くことが出来ず、みんな家に閉じ込められている状態だ。


 一昨日の調査で俺の疑いは晴れたようだが、出来るだけここから出ないようにラーンさんにも言われていた。この軍事棟内では銀髪と剣を装備したこの姿は目立つし、良い意味でも悪い意味でも今俺の噂が流れていて、無用な騒ぎになりかねないと心配されてのことだった。

 たださすがに二日も室内に閉じこもったままだと、身体が(なま)る。せめて練習場を使わせて貰えれば軽く身体を動かせるんだけどな…まあ、無理か。


 そんなことを考えてぼんやりしていたら、部屋の窓ガラスにぽつりぽつりと雨粒がついてきた。

「ん?雨か…今日は天気が崩れるのかな。」

 そう独り言を呟くと、いきなり横にアテナが現れて返事を返してきた。

『小雨程度で午後には止むでしょう。』

 その声に驚いて身体がビクッと反応する。

「わっ!?…びっくりした、アテナか。俺、今君に話しかけたか?」

『…いいえ。出て来てはいけませんでしたか?ルーファス様が退屈そうでしたので話し相手にでも、と思ったのですが。』

 そう言って寂しそうな顔をする。

「ああ、いや…いいんだけど――」


 ――アテナはこの二日間で凄まじい変化を見せていた。その一つが感情表現だ。笑う、悲しむ、拗ねる、驚く、寂しがる…細かい表情と心の機微まで、実体さえあれば普通の人間と変わらない。

 そして口調や話し方も、少しずつ変わって来ている。初めは単語をただ並べたような機械的な話し方をすることもあったが、今では会話も流暢で、そこに自分の感情を込められるようになり、声の調子や抑揚で表せるようになった。

 と同時に笑顔を見せる回数も増え、俺が褒めたりすると子供みたいに嬉しそうに笑うので、こちらも父親のような心境で、アテナを可愛いなと思うようになっていた。


「おーいルーファス、俺の荷物…ん?そこにアテナいる?」

 ウェンリーがリビングから入ってくるなり、そんなことを口にした。

「ああ、いるよ。わかるのか?」

「うん、なんとなく。見えるわけじゃねえんだけど…気配?つーの?俺にもフィールドなんかなくったって見えりゃいいんだけどなあ。声も聞こえねえし、せっかく可愛い女の子がそばにいんのに…つまらねえ。」

 がっかりした顔でそうぼやく。

『…可愛い女の子…私のことですか?』

 アテナがぽっと頬を赤らめた。

「ああ。ウェンリー、アテナが嬉しそうに照れてるぞ。」

「え?マジ?ああ、ちくしょ、見えねえっ!!」


 アテナが実体化したら、二人は気が合いそうだな。既にウェンリーは彼女を人として扱ってくれているみたいだし、こういうところの順応性が高いというか、俺のせいで慣れているというか、ラーンさんのようにウェンリーも懐が深いんだろうな、やっぱり。

 大概のことは驚いたとしてもすぐに受け入れてしまうみたいだ。


 そんな風に和んでいると突然、隣のリビングにある音響設備から施設内放送が流れてきた。


『――全王都外在住王国民、並びに現王都内滞在許可者に告ぐ。本日午前十時より二重門に設置される検問所にて身分証明、身元確認の後、速やかに王都外への退去を命じる。なお、これに従わない場合、王国法令により直ちに身柄が拘束され…』


「王都民以外王都から出てけ、ってことか。親父が言ってた通りになったな。」


 俺達は昨夜、予めラーンさんからこうなる可能性が高いと話を聞いていた。

 丸二日間、戒厳令を敷いて王都の隅々まで王国軍が不審者の洗い出しと調査を行ったが、結局捕まったのは不法滞在者やならず者ばかりで、あの少年は見つからなかったらしい。

 事情を知る俺達にしてみれば当然だなと思う。転移魔法で逃走した少年が、今も王都内に残っているはずはない。


「おまえの荷物はまとめ終わったか?」

「おう、そんだけ。無限収納に入れて貰って構わねえか?」

 頷いてウェンリーが自分の荷物を指さす。きちんとまとめてバッグに衣服もしまってあるようだ。

「ああ、身分証明書と財布なんかは自分で持っていろよ。検問で必要になるかもしれないからな。」

 俺はウェンリーの荷物をさっさと無限収納に仕舞った。


「ウェンリー、ルーファス。」

 軍服を着たラーンさんが外から戻ってきて俺達に声を掛ける。あの騒ぎで結局ラーンさんの休暇も途中で取り消しになってしまった。

「二人とも、施設内放送は聞こえたかね?二重門で検問を受けた後、臨時に増便されたシャトル・バスで帰りなさい。それから、これを近衛補佐官から受け取ってきた。おまえ達にだ。」

 ラーンさんはそう言って身分証明用の特別カードを俺達にそれぞれ手渡した。

「検問はかなりの混雑が予想される。このカードを担当の憲兵に見せれば、面倒な手続きなしで通過できるよう取り計らってくれたようだ。せめてものお詫びだとパスカム補佐官が言っていたよ。」

「トゥレンさんか。あの人ほんといい人でさ、優しいんだよなあ。イーヴさんはちょっと真面目すぎるけど。」


 ウェンリーは俺が知らない間(部屋から出られなかった間)にいつの間にかあの二人と親しくなっており、名前で呼び合うようにまでなっていた。いったいどこで仲良くなったのやら。

「ルーファス、特に君は一度身元のことで不審に思われているから、ラムサス近衛指揮官が二度とそのようなことがないようにと、その身分証明カードに指揮官自ら身元保証人として名を登録してくれたのだそうだ。」

「え…そうなんですか?」

 俺は驚いた。近衛の指揮官というと、あの黒髪の鬼神と渾名される人物のことだろう。見せられた写真では冷たそうな瞳をしていたのに、顔も知らない俺のためにそこまでしてくれたのか。

 あの副指揮官と補佐官二人の上官、か…案外話のわかる、民間人側の人間なのかもしれないな。


 “再発行は不可能だから、絶対に紛失しないように” とラーンさんが念を押す。心配なのはウェンリーのほうだが、すぐに財布に仕舞っているし、まあ…大丈夫だろう。


「それじゃそろそろ出ようか。」

 俺はラーンさんに頭を下げて、お礼と別れの挨拶を済ませる。ところがこのタイミングでウェンリーが、ラーンさんに話したいことがある、と言って俺に先に出るよう促して来た。

 ああ…まあ父子水入らずでの時間は、ほとんど取れなかったからな。

 そう思い俺は“エレベーターホールで待っているから”と言ってウェンリーを残して部屋を出ることにした。



「――どうした?改まって。」

 ラーンが父親の顔で優しくウェンリーに問いかける。

「ん…あのさ、親父、俺――」

 問われたウェンリーはというと、言い難そうに視線を逸らし、有らぬ方を見て話を切り出そうとしていた。

「…“守護者(ハンター)”の話か?」

「知ってたのか…!?」

 驚いたウェンリーが顔を上げ、ラーンの目を真っ直ぐに見て、“なんで…”と続けた。

「母さんから手紙で聞いた。なんとかおまえを説得してくれと泣きつかれたぞ。」

「お袋…」

 そう言うことか、と気まずそうに母親の顔を思い浮かべる。

「――お袋には、心配かけて悪いと思ってるよ、けど俺…もう決めたんだ。ルーファスの…あいつの横で、あいつと同じ世界に立ちたい。今はまだ全然力不足で、足手纏いにしかなってねえと思うけど…(だってさ、あいつ半端なく強えんだもん)」

 最後の部分は小声でぼやく。


 ふう、とラーンが大きな溜息を吐き、腕を胸の前で組んだ。

「…決意は固そうだな。“守護者(ハンター)”はある意味、戦地の軍兵よりも死に近い職業だ。常に命の危険と隣り合わせで、死なないまでも大変な思いをする可能性は高い。万が一それで命を落とすことになっても、後悔しないのか?」

「…しない。」

 父親の目を真っ直ぐに見てきっぱりとウェンリーは頷き答える。

「…まったく、親不孝な一人息子だな、おまえは。」

「親父!」

「――いいだろう、自分の道は自分で選ぶものだ。おまえは二十歳を過ぎ、成人もしている。…それにどうやら、既にその道へと歩き出してしまっているようだしな。私が止めても無駄だろう。」


 ラーンは少し寂しげに複雑な表情をして息子を見つめる。立派になったな、と思いつつ、死地に足を踏み出す最愛の息子の身を案じているのだ。

「だが命を落とすのはいくらなんでもまだ早い。可能な限り私や母さんよりも先に逝くようなことにならぬよう、努力しろ。ルーファスの言うことを良く聞いて、くれぐれも自分を大事にして気を付けるんだぞ、ウェンリー。」

 息子を励ますようにその肩に手を伸ばし、ポン、と優しく叩いた。


 ――ウェンリーの選んだ道はおそらく、普通の守護者が歩く道よりも遙かに険しいだろう。ルーファスのあの力は…普通の人間のものではない。

 詠唱を短縮して瞬時に幾つもの魔法を展開し、アテナという存在を召喚して共に戦う。仲間の防御と支援を熟しながら複数の敵を一瞬で屠り、あのような異常な存在をいとも簡単に退ける…この目で見ていなければ、信じられないような戦闘能力だ。

 唯一の救いは、彼が私達人間の『敵』ではないことだな。人を思いやり、人のために魔物と戦う道を選択し、守護者として私達の味方をしてくれている。

 ルーファスが何者なのかはわからないが、彼があのまま変わらない限り、ウェンリーも危険に身を置きながらでもすぐに大事には至らないだろう。


 ラーンはそう心の中で思うのだった。



 ――エレベーターホールで暫く待っていると、なんだか機嫌の良さそうなすっきりとした顔をして、ウェンリーが足早に駆けてきた。

「ルーファス!悪ィ、お待たせ。」

「話は済んだのか?本当にせっかくのラーンさんの休暇が残念だったよな。」

「仕方ねえよ、こんな事件が起きちゃ。あ、そうだシャトル・バスのサナイさんから貰ったフリーパスだけ別のとこにしまっとこ。親父に見せたらさ、盗まれないように他人に見せるなって注意されちまったよ。」

「…そうか。」

 さすがラーンさん、ウェンリーの危なっかしさを良くわかっているな、と微苦笑する。



 一階に降り、軍事棟の出入り口にある来客用の所持品預かり所で、ウェンリーは預けていた武器を返して貰い、すぐに武器ホルダーに装備した。商業市で買ったばかりのものだが、悩んでいただけあってよく似合っている。

 さて、城前広場からラインバスに乗って、二重門に向かうとするか。と思ったのだが、外はびしょ濡れになるほどではない、細かい雨が結構降っていた。

『ルーファス様。』

 アテナが唐突に俺の前に姿を現す。

「どうした?アテナ。」

『私がお二人に雨避けの簡易シールドを施します。身体に密着させて展開しますから、周囲にはわかりませんし、傘がなくても濡れません。』

 にこにこと微笑みながらアテナがそう言った。

「アテナがなんだって?」

「雨避けのシールドを張ってくれるんだそうだ。傘がなくても濡れなくて済むぞ、ウェンリー。」

 まあアテナが、と言っても使っているのは俺の魔力なんだけど。こういう細かいところに気が付くのは、補助機能的な役割をしていたからなのかな。気が利いてとても助かる。


 俺達はアテナの言葉に甘えて雨避けのシールドを施して貰い、外に出て歩き出した。


 アテナは今のところ、俺の魔力を糧に生きているらしい。魔力が生命のエネルギー源になるのか、その辺りが良くわからないところだが、口から取る食事からも少なからず魔力を補給できることから考えると、そこまでおかしくはないのかもしれない。


「おお、ほんとに濡れないや、アテナはすげえな。」

 まるで姿が見えるかのように、ウェンリーがアテナのいるジャストな方向を見て笑いかける。…本当に見えていないのか?

『ありがとうございます、ウェンリー様。褒めて頂けて嬉しいです。』

 アテナはそのウェンリーにとても嬉しそうに微笑んでいた。


 いや、アテナ…さすがに声は聞こえてないと思うぞ。


 軍事施設の門を出て、植え込みと林のある敷地を城前広場に向かっていると、俺は少し離れた低木の辺りに、ふと不穏な気配を感じて警戒を向けた。

 殺気は感じないのだが、2、3人の気配がこちらに集中している。なにかを狙っているような…そんな感じだ。

「おい、ウェンリー――」

 アテナと並んで俺の前を歩くウェンリーに、注意を促そうとしたその時、その気配が一斉に動いた。

「!」

 俺達の真横から突進するように突っ込んできた三つの影。


 ドンッドシンッ


「おわっ!?」


 ドタンッ


 俺の目の前で2回体当たりを喰らわせられ、ウェンリーがひっくり返った。

「ウェンリー!」

 俺はと言うと、押し倒そうと伸ばされたその手を掴み、身を躱して腕を捻ってから相手を後ろ手に締め上げたのだが――

「うわっ…痛っいてててぇっ…!!!」

「子供!?」

 予想外の相手に、思わずパッと掴んでいたその手を放してしまった。

「ちっくしょう、失敗した!!ずらかれっっ!!」


 呆気に取られる俺達の前から、一目散に逃げて行く三人の子供達。


 その後ろ姿を見てすぐに7、8才〜12才くらいの男の子二人に、女の子が一人だと顔と外見を記憶した。


「なんなんだよ、また子供(ガキ)か!?…いってぇな、くそっ…!」

「大丈夫か?ウェンリー。」

「うん…ん?…ん?ん?」

 ウェンリーが自分の胸元のスカスカとした感触に、何度もパタパタと触って確かめている。


 あー…これは、やっぱり。


「――ない!!ない、ない!!俺の財布と、親父に失くすなと念を押された…身分証明の特別カードが…ねえ!!やられた、今のガキ共だ…!!」

 慌てて立ち上がるウェンリーに、俺は落ち着け、と気を静めるように言う。

「アテナ。」

『はい、簡易マップに今の子供達の位置を表示します。』

「え?え?」

 ウェンリーは混乱したように俺と、見えないアテナを交互に見ている。こんな時でも気配で彼女の位置がしっかりわかっているようだ。


「――下町の方へ逃げて行っているな、あの辺りの子供達か?」

『どうでしょう、王都民は現在外出が禁じられていますよね?』

「ああ、そうだな。」

 それに…あの子達、かなりボロボロで粗末な衣服を着ていた。王都の下町にはあまり行ったことはないが、あそこまで貧しい身なりの子供を見かけた記憶はなかったと思うけど…――

「…財布はともかく、身分証明の特別カードだけは取り戻さないとまずいな。どこかに流れて、おまえの名前で悪用されたら大変なことになる。」


 俺の言葉に、サーっという音が聞こえそうなほど、ウェンリーの顔が青ざめた。と思ったら、すぐに真っ赤に変わる。


「…っくしょおぉぉ、ざけんなっっ!!捕まえてやる!!ぜってぇ捕まえてやるっっ!!追っかけんぞ、ルーファス!!」

 怒髪天を衝く、という言葉があるが、今のウェンリーは正にそんな感じだ。怒り心頭で子供と言えど情け容赦なさそうだな、と俺は思った。


 うーん、気持ちはわかるが、お仕置きが行き過ぎないように俺の方が気を付けるか。


 ウェンリーの怒りに圧倒され、アテナが探索フィールドを展開する。しかも場の固定フィールドではなく、ウェンリーを基点とした極小範囲の移動可能なものだ。

 そのおかげでウェンリーの身体能力が上がり、移動速度が異常に速い。簡易マップも俺と同じものが頭の中に表示されているらしく、一切迷わずに青色に点滅している三つの信号を目指している。

「逃げ足の早えガキ共だ、けどなあ、俺らにはアテナがいるんだよ!!逃げられると思うなよぉ!!はっはっはあ!!」

「…あー、ウェンリー?相手は子供だからな?」

 俺は走りながら一応宥めようと試みる。

(あめ)え!!おまえは甘すぎる!!ガキだからこそキッチリしつけてやらねえと、碌な大人にならねえんだよっ!!」


 ――左様ですか。



 ――その子供達は、ルーファス達を振り切ったと思い込み、下町の裏通りで四方向が見渡せる建物の影に隠れて、ウェンリーの財布を開けている。その中身を見て一番年上の少年が何枚かの紙幣だけを取り出し、小銭はそばの二人に手渡していた。

「…ちぇっ、シケてんなあ…たったこれだけかよ。軍事棟から出て来たから、もっと持ってるかと思ったのに。」

 その少年が不満げに顔を顰める。

「あんま金持ってそうな(つら)、してなかったもんな、あの赤毛の兄ちゃん。」

 少し年下の少年が子供らしくない口調でそう返した。

「銀髪の方はかなり持ってそうだったじゃん。」

 下の子と同じ年くらいに見えるショートカットの少女が、年令と顔に似合わず怖ろしげなことを平然と口にする。

「ごめん、失敗した。勘の鋭い奴で危なく捕まりかけちまったもん。子供だと思ってすぐに手え放してくれたから助かったけどさあ。…おっ、あったあった、ラッキー!!」

 少年はぱっと顔を明るくして、さらに探っていた財布からなにかを取り出す。

「軍関係者の身分証明カードだ。これで憲兵に捕まらないで検問を抜けられるぜ。顔写真がないから助かるよな。」

 少年の目的はこの身分証明カードだったらしく、それを見せて年下の二人にほっとしたような笑顔を見せる。


「俺達、こんな身なりで通れるかなあ?」

 あどけない少年が不安そうな顔をして自分の服を握りしめる。

「だーいじょうぶだって。今なら混乱してっから、大して服装なんか気に止めやしねえよ。憲兵って、意外とバカだしな。」

 そう言ってまだ声変わりもしていない少年があはは、と笑う。

「あーあ、せっかく商業市(おまつり)で久々にたんまり稼げると思ったのに。お腹一杯ボアのお肉、食べたかったなあ…。」

 少女が(さす)るお腹から小さくきゅるる、と音がする。

「うん…ほんと、この騒ぎで全部おじゃんだ。おまけに戒厳令のせいで王都から出られなくなっちまって…ツイてねえ。」

「ぼやくなよ、身分証明カードは手に入ったんだし、どうにか帰りの旅費も工面できた。怪しまれる前にとっととルクサールへ帰ろうぜ。」

 一番年上の少年が二人を慰めるように肩を抱き、励ます。そうして三人が歩き出した時、その姿を見つけたウェンリーが叫んだ。


「いた!!…見つけたぜ、このガキ共おぉぉ!!」


 鬼のような形相で子供達に迫り来る。


「やべえ!!あいつさっきの…カモ!!」

「大通りへ逃げるぞ、走れ!!」

 すぐに走り出す子供達を、ウェンリーが追いかける。

「…ンの野郎、待ちやがれぇっっ!!」


 バタバタと子供達とウェンリー、そして俺の足音が裏通りに響く。やがてすばしっこい子供達は、最短距離を通って検問へ向かう大勢の人でごった返していた大通りへと入ってしまった。

「ちっくしょう、しつっけえなー!!」

 はあはあと息を切らし、少年が後ろを振り返る。

「狙ったカモがまずかったよね、若いし体力ありそうだし…後ろの銀髪なんて、息も切れてないじゃん!そのうちきっと捕まっちゃうよぉ…!」

 人の列の間を擦り抜けるように駆ける子供達を、ひたすら追いかけるウェンリー。子供達の姿が見えなくなっても、簡易マップに信号がある限り、見失うことはないのだ。


 ――怒ると無尽蔵な体力を発揮するな…ウェンリーは。よくこれだけ走り続けていられるものだ。そう思って別の意味で感心していると、アテナがぽつりと言った。


『いえ、私がサポートしております、ルーファス様。』


 …ああ、そう。アテナ…ほどほどにな。


「…しかたねえ、奥の手、使うぞ!!ついて来い!!」

 振り切れないと判断した少年は、そう言って年下の二人の腕を掴んだ。


 検問所のすぐ近くに差し掛かったところで、その子供達は何を思ったか、俺達の目の前で憲兵隊が整列しているその場所へと駆け込んで行く。

「うわあーん、衛兵の、おじちゃあん!!」

 少し地位は高そうだが単純そうで、民間人にも横柄な態度を平気で取る、頭の悪そうな兵隊長らしき中年兵を狙い、子供達は泣き真似をしながら駆け寄ってしがみついた。

「うおっな、なんだガキ共が…!!こ、こら!離れんか…!!」

 ギョッとした兵隊長は慌てふためいている。

「えーん、助けてよう、ぼくたちなにもしてないのに…怖いお兄ちゃん達が追いかけて来るんだよう〜!!(へっ、ちょろいぜ)」

「わああん、たちけてぇ、おじちゃあん…!」

「なに!?」

 子供達の言葉にアッサリと騙され、そばにいた部下3人ほどの兵士が一斉にこちらを見た。

「あ…あいつら、なに考えてやがる…!あんなところに…っ!!」

 俺とウェンリーが追いつく前に、少年がウェンリーのものとおぼしき身分証明の特別カードを憲兵に差し出した。


 まずい…!あれは――


「隊長!この少年、マクギャリー軍務大佐のご子息では!?家族用の特別カードを所持しています!!」

「坊や、お母さんは一緒じゃないのかい?」

「門のお外でぼくたちを待ってるの。」

幼気(いたいけ)な円らな瞳をキラキラ、うるうるさせて少年は憲兵を見上げた。

「よし、それじゃお兄さんが外まで送って行ってあげよう。」

 すっかり騙された若い兵士が、少年の手を引いて二重門の方へと歩き出す。手を引かれた少年は、ウェンリーを振り返りあっかんべーをして連れられて行った。

「あんのクソガキゃ――!!!待てやコラあっ!!その特別カードは俺んだぞ!!返せっ!!」

 その一瞬で、ウェンリーがほぼ正気を失った。


「止まれ!!身分証を見せろ、怪しい奴め!!」


 ザッ


 ウェンリーの前に兵隊長を含む3人の憲兵が立ちはだかった。

「な…!?」

「なにゆえ幼気な子供達の後を追う!?まさか人攫いか!!」

 完全に騙され、ウェンリーを不審人物と認定した兵隊長と、その部下達が俺達の前で当たり前のように腰の剣を抜く。

「剣を抜いた…!?下がれ、ウェンリー!」

『お任せ下さい、防御障壁を――』


 ――いや、アテナは戻れ。これは戦闘じゃない、俺が処理する。


 すぐにそう告げて一先ず彼女を戻すことにした。


『えっ…は、はい、かしこまりました。』


「ば、馬鹿野郎!!なにが幼気(いたいけ)だ、あのガキ共はスリだぞ!?俺の財布と身分証明カードを盗みやがったんだ!!てめえの目は節穴かっ!!」

 すっかり頭に血が上っているウェンリーは言葉遣いが荒々しく、頭の足りない兵隊長の気分を著しく損ねた。

「むむう、兵隊長たる我が輩に向かって馬鹿野郎だと!?なんたる暴言!!」

「うるせえ!てめえこそもう一度、あのガキ共をよく見ろってんだ!!」

「ウェンリーもう止せ!!」

 カッとなったウェンリーの気を静めようとしたが、無駄だった。


 俺達の目の前で騙された兵士と共に、子供達が特別枠の検問を擦り抜け、二重門の外へ出て行くのが見える。

「あ、あいつら門を…どけよ!!逃げられちまうだろ!?」

 その言葉に、兵隊長がわなわなと震えだし、遂にブチ切れる。

「ぬうう、どけ、とは…もう許さん!!」

 そう怒鳴ると胸元の警笛を吹き、付近の憲兵を一斉に呼び寄せた。


 ピピイィィィ――ッ


 バタバタと駆けつけた8人ほどの憲兵に、俺達はあっという間に取り囲まれる。


「身分証を提示せよとの命令に従わず、我が輩に対する数々の暴言!!貴様らを不審者として拘束する!!」

 兵隊長はそう告げ、俺達に向かってその剣を真っ直ぐに突きつけた。

「な…っ冗談じゃねえぞ!!」

「ちょっと待ってくれ!!俺達の話もきちんと聞いてくれ!!」


 俺はこの場を何とかしようと、訴えかけた。だがそれに対して返ってきたのは――


「問答無用!!抵抗するなら斬り捨てる!!…かかれっ!!」


 ザザザ…ッ


 中年の兵隊長とその部下が二人、呼び寄せられた憲兵が八人の合計十一人もの軍人達が、周囲に大勢の民間人がいるのにも構わず、剣や槍を手に襲いかかって来た。

 ウェンリーの気を静めようとしていた側にいた俺が、これにはさすがに堪忍袋の緒が切れた。

「――ディフェンド・ウォール・リフレクト。」


 キィンキンキンキンッ


 攻撃を弾く防御魔法を使い、俺とウェンリーの周囲に障壁(シールド)を張る。憲兵達が振り下ろした攻撃は見えない壁に弾き飛ばされ、その衝撃で彼らは後ずさった。

「な…なんだ!?なにかに弾き返されたぞ…!?」

「こっちもだ!!」

「むむ、面妖なっっ!!魔術か!?」

「――魔術じゃない、俺の防御魔法だ。」


 俺は怒っていた。…いや、激怒していた、と言うべきか。とにかく滅多にないくらいに腹を立てていた。


「人の話も碌に聞かず、こんな民間人の多い場所で平然と武器を抜くなんて…これがおまえ達軍人のやることか…!!」

 目の前で武器を構える兵隊長を見下ろし、怒りを込めた覇気を放つ。

「ル、ルーファス…!!」

「ウェンリー、おまえは下がっていろ。」

「けど…!!」

 後ろにいるウェンリーの言葉を手で遮り、俺は前に進み出る。

「どうした?俺の障壁(シールド)は解除してやる。斬り捨てられるものなら斬り捨ててみろ。」

「うぐぐ…なにをしている!!さっさとかかれぇっっ!!」

 四方八方から襲いかかる剣と槍の攻撃を全て躱し、俺は両手に込めた最弱の魔力塊だけで応戦する。

 魔法という攻撃手段を取るまでもなく、普通の人間では俺に触れることさえ出来ないと知っていたからだ。


 一分ほどで兵隊長を除く全ての憲兵が気絶した。

「ば、馬鹿な…これだけの人数で傷一つ付けられないだと…!?しかも貴様は、武器を抜いてもいないではないか…!!」

「それで?まだやるつもりか。」

 気付けば周囲にもの凄い人だかりが出来ていた。


ピピ――ッピピピピ―――ッッ


 けたたましく警笛の音が近付いてきて、周囲に響き渡る。


「そこまでだ!!これはなんの騒ぎだ!?」

 そこに現れたのは、先日から何度も間近で見ている、あの制服の男性二人と数人の隊士達だった。

「あ。」

 ウェンリーが彼らを見て固まる。

「君達は――」




 二重門(ダブル・ゲート)内部には憲兵や守備兵、警備兵それぞれの待機部屋や取調室、聴聞室や臨時拘束室、資料室やら仮眠室などありとあらゆる施設が詰まっている。

 そこは通常それなりに重要な施設でありながら、有事の際には破壊されても問題がないように、廃棄や放棄を前提とした場所であるのもまた特徴的であった。

 その中の近衛用に仕切られた小部屋の一つで、ルーファスとウェンリーはイーヴとトゥレンを前に取り調べを受けている。


 テーブルを挟み、向かい合う形でトゥレンとウェンリーが椅子に座り、トゥレンの後方にはイーヴが立ち、ウェンリーの後ろの壁に寄りかかって、身体を預けるようにルーファスが立っていた。


「――そうだったのか、財布と一緒に身分証明の特別カードをスリに…」

「ちくしょう、あのガキ共…俺のカードを使ってあっさりと検問を抜けて行きやがって…!!」

 悔しげに歯ぎしりをするウェンリーを、パスカム補佐官が苦笑して見ている。

「それはおそらく、ルクサールから来た子供ばかりのスリ集団だね。昨日何人か捕まったみたいだが、商業市の観光客をカモにしようと狙って来たものの、戒厳令で出られなくなり王都内に隠れていたのだろう。あの街は身寄りのない孤児がとても多いんだ。」

「そういや…やけにボロっちい服を着ていたっけ。ガキ共なりに盗むのにも理由があったのか。…ちえ、後味悪ィの。」


 ルーファスはただ黙って両腕を組み、足を交差させて壁に凭れかかるようにして話を聞いている。その表情は思わず声を掛けるのを躊躇うほどに不機嫌だった。


「盗まれたものが戻ってくることはまずないと思って欲しい。財布とお金は諦めるとしても、身分証明の特別カードは悪用される恐れがあるから、直ちにこちらから軍警の方に届けを出しておこう。」

「はあ…ほんっとにすいません、よろしくお願いします。」

 そう言ってウェンリーはパスカム補佐官にぺこりと頭を下げた。

「それから…ルーファス君、でいいかな?馴れ馴れしければ先日までと同じように呼ばせて頂くが――」

 ふう、と溜息を吐いて俺は顔を上げる。

「いえ、構いませんよ。俺の方もウェンリーと同じようにトゥレンさんと、イーヴさん、そう呼ばせて貰います。ああ、改まった言葉遣いも要りません。外見()貴方達の方が年上ですし。」

「おいルーファス、声が機嫌悪ィまんまだぞ、お前…!」

「?…外見()?」

 トゥレンさんが首を傾げる。

「ああ、えっと気にしないで下さい。すいません、こいつ滅多に怒らない分、怒るとなかなか機嫌が直らなくて――」

 ウェンリーが俺の代わりに誤魔化そうと必死のようだ。だが――

「誰のせいだと思っているんだ。」

「あっ…いや、そりゃ…はい、俺のせいです、ごめんなさい。」

 当然だな。


「――トゥレン、私は先に表に出ているぞ。そろそろラムサス閣下がお見えになる頃だ。」

「ああ、俺もすぐに行く。」

 イーヴさんが俺をチラリと一度見て、軽く会釈をするように目で挨拶をすると部屋を出て行った。

「ルーファス君、重ね重ね不愉快な思いをさせてしまい、申し訳なかった。非礼を働いた兵隊長はラムサス閣下が適切な処分を下してくださるだろう。マクギャリー軍務大佐には我々の方からまたお詫び申し上げておくことにするよ。それで納得して貰えないだろうか?」

「――…。」

「ええ…?ルーファスってばよ〜…。」

 ウェンリーが情けのない困ったような声を出して俺を見ていた。

「ふう、まあトゥレンさんに怒っても仕方がないな。」

 でも納得は出来ない。俺達はともかく、武器を持たない民間人を相手にする憲兵が、ああも簡単に武力にものを言わせようとするなんて――


 …そうだ、ライ・ラムサス近衛指揮官…上官である人間に直談判すれば、少しはああ言う横暴を変えて貰えるだろうか?

 ただでさえ魔物という敵対存在がいるのに、街中で同じ人間があれではこの先が思いやられる。もし話のわかる人物であるなら、考えて貰えるかもしれない。


 そんなことを考えていた俺を余所に、トゥレンさんが取り調べがこれで終わったことと、二重門(ダブル・ゲート)を通るには近衛兵が立つ検問を通って出るように、とウェンリーに説明していた。


 二重門内部の施設から通路を通って外に出ると、いつの間にか降っていた雨は止んでおり、すぐ目の前に並ばされた中年の兵隊長と、気絶していた憲兵の面々が自分達の失敗に項垂れていた。

 そしてその憲兵達の前に立つ、イーヴさんから説明を受けているらしき黒髪の人物が俺の目に入る。


 ――黒髪の鬼神。そう呼ばれていると言う、近衛の指揮官。ああ、なるほど…独特な雰囲気を持ち、人の上に立つカリスマ性も持ち合わせているようだ。

 どんな人物なのかは知らない。だが俺の事情を考慮して身元を保証してくれるような民間人寄りの人間であるならば、きっと話してみるだけの価値はあるだろう。


 俺はウェンリーとトゥレンさんをその場に置いて、ゆっくりとその人物に向かい歩いて行く。

 それが俺と彼…ライ・ラムサスとの運命的な邂逅であることも知らずに――

ルーファスとライが初めて対面します。次回、仕上がり次第アップします。

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